複雑・ファジー小説

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あなたを失う理由。 完結
日時: 2013/03/09 15:09
名前: 朝倉疾風 (ID: kWFjr3rQ)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

どうも 朝倉疾風です。





性描写などが出てきます。

嫌悪感を覚える方はお控えになってください。



主要登場人物>>1

episode1 character>>4


episode2 character>>58


episode3 character>>100


episode4 character>>158



小説イメソン(仮) ☆⇒p


《episode1》
・まきちゃんぐ / 煙
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=kOdsPrqt1f4


《episode2》
・RURUTIA / 玲々テノヒラ
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=wpu9oJHg2tg


《episode3》
・kokia / 大事なものは目蓋の裏
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=LQrWe5_q6-A


《episode4》
・Lyu:Lyu / アノニマス
   htt☆://www.youtube.com/watch?v=lSFYtyxojsI


執筆開始◎ 6月8日〜



Re: あなたを失う理由。 ( No.62 )
日時: 2012/07/22 09:53
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




 栗花落麻央。

 わたしと同じ大路第一中学校の生徒で、今はここから少し離れた神楽山高校に通っているらしい。 昔からの癖なのか、誰に対しても敬語なのは今でも変わっていない。
 「栗の花が落ちるで、つゆりっていいます」 珍しい苗字のため、初対面の人間には必ずそう言うのだと言っていた。

 前髪が左下がりになっており、後ろ髪は限界まで切られているが、正面から見ると若干左が長めになっている。 なかなか個性的なヘアスタイルだ。 アシンメトリーというのだろうか。 けれどなかなか似合っている。 着ている服もどこか奇抜で、あまりここらでは見かけない。 黒のサルエルに、ショッキングピンクのタンクトップの上から髑髏がプリントされた白い服を着ている。 耳には派手な黄色のピアスも。
 中学のときから生活態度や服装などで問題の生徒として名前があげられていたけれど、それも相変わらずらしい。
 あと、大瀬良くんと同様に表情が芳しくない。

「久しぶりですね。 笑日ちゃんも夏期講習なんですか」
「そうなんだよね。 ちょっと色々あって成績下がっちゃってさあ」
「ああ……先月ありましたね。 笑日ちゃんの高校の教師が犯人だったらしいですが」

 やっぱり知ってたか。 対して興味も無さそうなので、適当に流した。 麻央もそれ以上は何も言及せず、話題は最近の高校生活へと変わった。

「笑日ちゃんは彼氏の一人とかできましたか」
「えぇっ? ええっと……残念ながら……。 す、好きな人もいない!」
「── 笑日ちゃんって、色恋沙汰の嘘が本当に下手ですよね。 麻央でも見破れますよ」
「嘘じゃないって」
「目が泳いでいますし、顔も赤いです。 バレバレですよ」
「そういう麻央はどうなの。 麻央はモテるから、どうせ彼氏とかいるんでしょ!」
「モテるかどうかはわかりませんが……いることにはいますよ」
「いいなぁ。 麻央にも彼氏はいるのかぁ……。 そういえば潮音は? 潮音ってどこの高校いったっけ」

 中学の頃、わたしと麻央、そして十八公潮音という女の子の仲がすこぶる良かった。 性格も趣味もまったく違うのに、よくもまああれだけ一緒にいたもんだ。

「中卒ですよ、潮音は。 あの子とは家が近いので今でも時々会ったりしてますが、相変わらず声は小さいですね」
「ああー潮音って声すっごく小さかったなぁ。 思い出した、思い出した。 そっかぁ、高校行かなかったんだぁ……真面目だから行くと思ってたのに」
「潮音は集団行動はあまり得意なほうではありませんから。 ……あとは、家の都合ですね」
「家……? 潮音の母さんって8年前に事故死してるけど、それと何か関係あるの」
「麻央は何も知りませんが、潮音が行きたくないらしいので別にいいと思います」

 本当に淡白というか……どことなく大瀬良くんに似ている。 大瀬良くんが女の子になったらこんな感じなのかも。 もしかしたら、わたしはこういう感情があまり表に出せない子を好きになる傾向なのかもしれない。
 わたしの視線に気づいたのか、麻央がこちらを見た。

「そんなに麻央を見て、何か面白いことでもあるんですか」
「んー麻央ってわたしの好きな人に似てるんだよねぇ」
「麻央に似てる……あまり良い人ではないのかもしれませんね」
「いや、ただ単に甘えるのが苦手で人間不信でちょっと病んでる厨二病なだけだから」

 ボロクソ言っているけれど、そこがいい。 大瀬良くんの家、また行っていいのかな。 宝月の一見以来、ご無沙汰している。
 メアドも携番も持っているから連絡を取ればいいんだけれど、なんというか人を誘っておいてズカズカと 「家行っていい?」 というのもアレだ。 ならわたしの家に誘えばいいじゃんってなるんだろうけれど……ちょっと厄介な人物が帰ってくるので家に入れるわけにはいかない。

「ていうか、やっぱり笑日ちゃんって好きな人いるんですね」
「にょえっ? いないっていないって!」
「さっき麻央のことを好きな人と似てるって言ったじゃないですか」
「ぬわ……っ!」

 口は災いのもとと言うけれど、本当だったのか。
 麻央は頬杖をついて妙に試すような目線を送ってくる。

「なに高ですか」
「──百々峰高校の同じクラス」
「同じクラスですかぁ。 笑日ちゃんってそれなりにモテるし彼氏もいたし好きな人もいたけれど、あまり一途ではないですよね」
「んー……それだけ本気じゃなかったってことかなぁ」
「片思いもするけれど一週間で飽きたとか言っちゃってましたもんね。 単純というか飽き性というか」
「でも今は本気だよ。 もう4ヶ月くらい片思いしてる」
「笑日ちゃんにしては最長記録ですね」

 ピロピロと、のろまな授業開始のチャイムが鳴る。
 真央は少し微笑んで、

「講習が終わったら色々とまたお話聞かせてください」
「りょーかい」



Re: あなたを失う理由。 ( No.63 )
日時: 2012/07/23 19:50
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



 時間が経つのは思ったより早かった。
 踏切の音を聞きながら、旧友との会話を思い返す。
 あの後、90分の夏期講習のあと、近くにあるファミレスでお互い思い出話にふけった。
 麻央は相変わらずで、ドリンクバーのジュースを一つのコップに全部入れていた。 烏龍茶、オレンジジュース、メロンソーダー、コーンポタージュ、抹茶、いちごミルクなんかを混ぜたわけだけど、なかなか強烈だった。 じゃんけんで負けたとはいえ、ひどい。 あんまりだ。
 麻央に予定があるから夕方前に別れたわけだけど……はてさてどうしよう。
 今から家に帰ってもいいけれど、どうせ家には面倒な奴が帰ってきているだろうから遠慮したい。

「── んんー。 大瀬良くんに会いたいなぁ」

 一人になるといつも考えるのは大瀬良くんのことだ。 夏休みに入ってから一回も会っていない。 大瀬良くん不足で行き倒れそうだ。
 まあ彼に会いに行くことは決まりとして……どうしよう、家にあがらしてくれるだろうか。 ていうかちゃんと生活できてるのか。
 前にも家に行ったことはあるけれど、冷蔵庫はカラだった。 頭に殺風景な部屋でポツンと独りでいる大瀬良くんの姿が浮かんで、そして消えた。

 行こう。 迷惑じゃないか、とかはもう考えない。 甘えるのが苦手な大瀬良くんのことだ。 絶対に自分から連絡してこないだろう。

「── よし」





『ああ……アンタって本当に暇なのな』
「失敬なー! これでも夏期講習受けてきたんだってばー!」
『夏期講習……? アンタって頭良かっただろ。 何でそんなの受けてんだよ』
「大瀬良くんのことを考えすぎて勉強が手につかない」
『── ああそう』
「ぬがああああ! また思ったままを言っちゃった!」
『……………………』
「で、で、で? 大瀬良くん、どう? 行っていい? ていうか実はもう大瀬良くんのアパートに向かってるんだよね」
『勝手にしなよ』


 電話を切る。
 大瀬良くんの声。 久しぶりに聞く彼の声は本当に心地よくて、わたしの心臓がとくりとくりと鳴る。
 余計に熱くなってしまった。
 夕方だというのに暑さは相変わらず。 時間と太陽の照りが全然噛み合っていない。 もう涼しくなってもいいじゃないか。 そう文句を言っても何も変わってくれないのはわかっている。

「── スーパー寄っていこうかなぁ」





                ♪



 何度、壊れそうな夜を過ごしただろう。
 逃げ出したくなる心を抑えて、布団の中で必死で涙を堪える。 小さな体を、もっともっと小さくして
 ここにしか、自分の居場所は無いのだから。

「カミサマ、カミサマ、カミサマ、カミサマ、カミサマ、カミサマ、カミサマ、カミサマ、カミサマ、かみさま、かみさま、かみさま、かみさま、かみさま、かみさま、かみさま、かみさま、かみさまぁああぁあああっ」

 どれだけ頭を掻きむしっても、壁に打ち付けても、記憶は消えなかった。 痛みで気を紛らわせても、あの恐ろしい記憶が薄れてくれることはなかった。 気が狂いそうなほど叫んでも、泣いても、暴れても、少女の周りの環境が変わることはなかった。
 不安定なまま、また一つ夜を越えていき、彼女は瞳に映る輪郭のない朝日を見て微笑する。
 まだ自分には光があるのだと。
 あんなに出たくなかったはずの部屋から飛び出し、廊下を走って、いつもの本棚であの本を探す。 すぐにそれは見つかって、少女は一心不乱にページを捲る。 手が震えて、ページが捲れない。 早まる気持ちを抑えて42ページを開く。
 そこには一枚の紙切れが挟まっていた。


『 朝ごはんはしっかり食べて。 昨夜もえらかったね、おつかれ 』


 それを見た瞬間、少女は膝から崩れ落ち、我慢していた涙を溢れさせた。 子どものように声が枯れるまで泣きじゃくる。
 毎日必ず挟まっているその手紙は少女にとって朝日にも負けない光であり、希望だった。 思い切り泣いたあとは涙で手紙を濡らさぬよう、そっとワンピースの内ポケットに入れておく。

 だいじょうぶ。

 今日もこれで笑っていられる。 あの辛い夜を乗り越えられる。 自分はまだ負けてはいない、屈してはいない。
 決して強くはないはずの心がもうとっくに壊れていることに気づかないまま、少女は涙で濡らした顔で微笑んだ。




 楽しいことなど、何一つ待ってはいないのに。




Re: あなたを失う理由。 ( No.64 )
日時: 2012/07/26 10:05
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/




「どうしたのそれっっ!!!」
「言うと思った」


 大瀬良くんの住む302号室に無断であがって、久しぶりに彼と対面した瞬間、持っていた荷物を全て落とした。 ズカズカと彼に近寄り、大げさに包帯の巻かれてある右腕をじっと見る。 手首から肘まですっぽり巻かれている包帯。
 さっき電話で行くと伝えたが、いきなり部屋にあがりこまれたせいか、大瀬良くんは一瞬目を丸くさせた。

「ちょっと見せて!」

 細い腕をなるべく優しく掴む。 怪我? 宝月の件の怪我じゃないよね。 あの時はお腹を刺されて入院しちゃったけれど、もう退院したし。
 ものすごく慌てているわたしとは対照的に、落ち着き払ってどこか呆れた表情で大瀬良くんがわたしのおでこをぐいっと押し返す。

「たいしたこと無ぇから」
「腕、痛むの!? どうしてこんな怪我してるの!」
「まあちょっと色々あって。 あとあまり大声出すな、耳が痛い」
「あぁ、ごめん」

 色々気になる部分はあるが、包帯についてはそれ以上追求せず、落とした荷物を拾って台所へ行く。 冷蔵庫を開けるとやっぱりカラに等しい。 こんなんで今までどうやって生きてきたんだ。

「スーパーでお野菜とか買っておいてよかったぁ。 大瀬良くんのことだから、良いもの食べてないと思って」
「カップラーメンがあったらそれでいい」
「ダメだよーちゃんと食べないとー。 今から何か作ろうか。 材料があっても大瀬良くん、すぐ腐らせちゃいそうだし」
「── 勝手にすれば」

 作ってってことか。
 ツンデレと言えば絶対に嫌な顔をするだろうから言わないけれど。
 横目で、大瀬良くんが自分の財布からお札を取り出すのが見えた。

「お金はいいよ。 わたしが好きでやってることだから」
「それは……さすがに悪い」
「気にしなくていいってばー。 そのかわり、今度どっかでデートしてね。 それでチャラってことで」

 不服そうな顔をしているところを見ると、納得はしていないのだろう。
 けれど大瀬良くんは知っている。 わたしが何かを言いだしたら絶対に引かないってことを。

「和食でいいよねー。 なんかそんな気分だし」

 どうして他人にここまでするのかと聞かれると、好きだからとしか答えようがない。 大瀬良くんからは告白の返事をまだもらっていないし、両想いになって付き合えるとも思っていない。 それでいい。 わたしは今のままでも充分すぎるほど、幸せだ。





 適当にテレビをつけ、チャンネルをニュースにかえる。
 テーブルには先ほどわたしが作った夕食が並んでいる。 わかめと玉ねぎ、じゃがいものお味噌汁にほうれん草のおひたしと焼いた鮭。 奇跡的に炊飯器には白米が炊けていた。 わたしも夕食をここで摂るから二人分。 大瀬良くんと向かい合わせになって食べる。 新婚みたいでテンションの上がり方がやばい。

「給食みたい」

 お味噌汁を飲みながら大瀬良くんが呟いた。
 新婚みたい、とは思わないらしい。
 仕方がない、話を合わせるか。

「給食の味噌汁ってなんでもゴロゴロ入ってたよね。 わたし、コッペパン半分でお腹いっぱいになっちゃてたなぁ」
「……………………………」

 相変わらず無視されるけれど、その表情は穏やかだ。
 うちは母さんと兄さんの3人家族だけれど、兄さんは2年前から県外で一人暮らしをしているし、母さんは仕事で夜は帰ってこないことが多い。 誰かと食事をするなんて、わたしもずいぶん久しぶりだ。
 大瀬良くんは……誰かと食事なんて機会がなかなか無かったんだろうな。 ……ん?

「大瀬良くん、テレビの音量あげて」
「なに……どうしたの」

 耳に届いた、聞き覚えのある町の名前。 テレビ画面に目をやる。
 アナウンサーがニュースを読み上げていた。 内容はずいぶんと物騒な話だったけれど。

「この町って……隣町だよね」

 テレビ画面に映し出されている、見覚えのある町並み。 電車で数分あればいける隣町で、女性が何者かに性的暴行を受ける事件が連続で3件起こっているらしい。
 犯人のものと思われる体液は確認されておらず、未だに逃走中だと中年のアナウンサーが言う。

「物騒な世の中だね……。 しかも隣町ってけっこう近いじゃん」
「何ブツブツ言ってんだよ」
「ああ、ごめんごめん」

 慌ててチャンネルをバラエティにかえる。 性にトラウマのある大瀬良くんにこのニュースは地雷すぎる。 ……そういえば、あのバイトはまだやってるんだろうか。

「夏休みはバイトで忙しいのかな」
「別に……今までどおり」
「風船配りはどうなの」
「このクソ暑い中、ピエロの格好でやってられっかよ」
「── 首筋、赤い痕ついてるよ」

 鮭の身をほじっていた手が、止まる。 伏せている目を上げる。 大瀬良くんの眉が微妙に下がった。
 泣き出しそう。 そうぼんやり思って相手の様子を伺っていたら、

「っ、え」

 コップの水をかけられて、何が起きたのかわからないまま腕を引っ張られて無理やり立てらされる。 首に手を添えられて、殺されるのかなーと不本意ながら思ってしまう。
 けれどそれだけだった。
 大瀬良くんは何もしてこない。 ただ、手が震えていた。 この反応からすると、まだバイトは続けているらしい。

「ごめん、意地悪言ったね。 首に痕なんかついてないよ」
「── あ、や、いやいい。 水かけて……ごめん。 ……ひかれるようなことしてるの、俺だし」
「ひいてないけどね。 恐ろしいことに」
 
 怒りと気が狂いそうなほどの嫉妬は感じている。 この人の体温を、熱を、吐息を、素肌で感じている人間がいると思うと、自分でも驚くほど冷静ではいられなくなる。
 わたしの首に触れていた彼の手が、苦しそうに歪む自分の頬にあてられた。

「なあ、流鏑馬……俺はどこかおかしいのかな。 周りと向いている方向が逆な気がするんだ。 同じように呼吸をしているつもりなのに、自分だけ別の空間にいるみたいだ」

 そう言う彼は今にも何かに押しつぶされそうだった。 重圧に必死で耐えて人間でいることに限界を感じている。

「なら、わたしも其処にいくわ」

 人とは違う、そんな彼に惹かれたんのだから。
 わたしがしtらに行けばいいだけの話。 一緒に堕ちていくのなら怖くもないだろう。

「大瀬良くんと一緒にいる。 どんな大瀬良くんもわたしは好きだから」
「── 変なやつ」

 それでいい。 わたしたちの関係は曖昧なままで。
 ズルズルと絶えることのない、名前のない関係が続けば満足だ。
 大瀬良くんは何もわかっちゃいないだろう。
 わたしがどうして彼を好きなのかも、こうして笑っているけれど今にもあなたを求めてしまいたい衝動に駆られていることも。
 サイテーだ。
 ドロドロと気持ちが悪い独占欲。 こんなのを知ったら大瀬良くんはどう思うだろう。

 案外、嬉しく思ってくれるかもなんて。 自己陶酔もいい加減にしときなよ、わたし。





 夕食を摂って片付けをし、お泊りをしたいという要求を軽く流されて大瀬良くんの家から出る。 時刻が19時なんだけど外はまだ明るい。
 中央公園を通り過ぎ、踏切で停る。 目の前で電車が通過していくのを眺めながら、そろそろ家には県外から戻ってきた兄さんがいるんだろうなぁとか考える。
 兄さんは好きだけれど、相手にするには少々面倒くさい相手だ。 大瀬良くんとの甘い新婚生活もどきの余韻を引きずったまま兄さんに会うと、嫉妬されるに決まっている。

 電車が通り過ぎて車が動き出す。 自転車をこぎだそうと前に重心をかけて、

「…………?」

 線路の向こうでフラフラと歩いている人物を見つけた。
 背中まである長い黒髪に、ひどく透き通るような白い肌。 何故か裸足だ。 顔は見えないけれど体格的に少女らしい。
 道行く人は不審そうに少女を見ているが、気にも止めていない。
 少女がふらついた足で線路を渡ってこちらに来る。 直射日光で熱せられた線路の上を裸足で歩いて、熱くないのだろうか。
 すれ違う。
 横顔が一瞬だけ見えた。 その顔に、見覚えがある。

「潮音……?」

 小さく呼んだはずの声が聞こえたのか、ゆっくりと少女が振り返る。 大きな目がわたしを捉えた。 虚ろな目。

「── わ、らび……?」

 線路の上で潮音が硬直する。 体が震えていた。 大きく見開いた目が細くなり、顔がくしゃっと歪む。

「わらび……っ」

 笑日、と。
 あの日の頃のようにそう呼びながら、潮音が走ってくる。 抱きつかれた。 わたしの胸を涙で濡らしながら、潮音は慟哭する。

 それはまるで、悪夢から覚めた子どものようだった。



Re: あなたを失う理由。 ( No.65 )
日時: 2012/07/27 10:38
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/

 泣きじゃくる潮音を自転車の後ろに乗せて、やっとの思いで家に帰ってきたのは1時間前だった。
 裸足だったから玄関で足を拭こうとしたら、何かを叫んで倒れてしまった。 わたしの部屋に運んでベッドで寝かしつけてはいるけれど、嫌な夢を見ているのか時々、寝言が聞こえてくる。

 潮音は中学のときの友人で、麻央と同じくらい仲が良い女子だった。 特に素行が悪いわけでもなく、かといって学級委員などに推薦されるわけでもない。 先生に怒られることもなかったが、体育館で何かで表彰されるわけでもない。 ノートは綺麗に写すけれど、授業内容はあまり聞いちゃいない。 普通。 平凡な性格。
 長い髪が綺麗で肌の色が真っ白ということ以外、とりたてて記述すべきところはないほど、普通な子だ。 
 だからこそ驚いている。 裸足で隣町からここまで徒歩でってどれだけ長い距離を歩いてきたんだ。 しかもこの炎天下のなか。 脱水症状らしきものも引き起こしていたから、無理やり水を飲ませたけれど。
 家出……にしては荷物どころか携帯や財布も持っていないのはおかしい。 何あったのだろうか。 中学を卒業してから1度も会う機会がなかったから、最近の潮音も知らないし……。

「後ろを通るんだけど、ちょっといいかい。 あと、その子ダイジョウブ?」
「── 大丈夫よ……たぶんね」

 そうだ、忘れていた。 いや忘れていたわけじゃないけれど、“居る”ってことを忘れていた。 振り返る。 兄さんの眠たそうな目と目が合った。

「かなり驚いちゃったよ。 いもーとが女の子背負って帰宅しちゃうんだもん。 ビックリビックリ」
「ありがとうね兄さん。 潮音を部屋まで運んでくれて」
「お礼はいいや。 それより俺はお腹がすいたから、何か作ってきてくれないかな、いもーと」
「今から作るから」

 流鏑馬瑠依は、わたしの5歳違いの実兄だ。
 大学生で県外で一人暮らしをしている。 こんな調子でよく一人暮らしができているなと感心する。 奇人と呼ばれていて、何かと特殊な思考で物事を傍観していることが多く、わたしはあまり兄さんが好きではない。 頼りになるときはなるけれど、ならないときは本当にならないのだ。
 1年ぶりの再会ではあるが、あいかわらず髪の毛はボサボサだし目は眠たそうだし、顔がちょっと綺麗だからって手を抜きすぎだと思う。 ちゃんとした兄さんを、彼の高校の卒業式のときに見たことがあるけれど、それなりにイケてると思ったんだけどなぁ。
 ちなみにわたしと顔は全然似ていない。 わたしは母親似、兄さんは祖父似だ。

「この子の親とかに連絡しなくていいの?」
「携帯持ってないらしいのよ。 麻央に聞いたらわかるかなぁ……中学の連絡網は捨てちゃったかなぁ……。 おおーあったあった! えーと、十八公、十八公……」

 毎日綺麗に整頓している机のファイルから、中学時代の連絡網を奇跡的に見つけた。 潮音の家は電話番号を登録しているっけ。

「ねえ待ってよ、いもーと。 その子って十八公っていう苗字?」
「んー。 珍しい苗字でしょう。 わたし最初“おはこ”って呼んで皆に爆笑されちゃってたよ」
「それは傑作だね。 あー……俺の大学の知り合いで十八公って奴がいるんだけど、兄か従兄じゃないかなぁーって思ったりしてる」
「え……本当に……?」

 潮音には4歳年上の兄さんがいたはずだ。 ちょうど兄さんと同じ大学生……もしかしたらもしかするかも。 十八公なんてそういない苗字だし。

「連絡網に電話番号、登録してない……。 兄さん、その人に電話をかけられる?」

 無言で頷いて、兄さんが携帯でその人に電話をかけてくれる。
 兄さんがわたし以外の人間と何かを話すのを見るのは初めてで、妙に不思議な気持ちになる。

「── もしもし、ミチル? 瑠依だよー。 お前に他の用事があろうが無かろうが俺にはどっちでもいいんだけど、ちょっといーいー? ……お腹すいてるから電話したわけじゃないよ、この前のは俺が払ったろ。 ちょっと俺のいもーとと話して欲しいんだ。 かわるよ」

 差し出された携帯を取って、耳にあてる。

「もしもし、瑠依の妹の笑日ですが、潮音のお兄さんでしょうか」
『流鏑馬いもーとやん。 ハジメマシテ』

 関西弁だった。 新鮮でちょっと驚く。

「初めまして。 ええっと、潮音のお兄さんですか」
『そうやけど、どないしたん。 潮音がなんかやらかした?』
「いえ。 ただ、軽い熱中症のせいか倒れてしまいまして、今はわたしの家で安静にしてるんです。 もう晩ですから、一晩だけこちらでお預かりします」
『ああ……そうやったんか。 なんやいもーとちゃんには迷惑かけたなぁ』
「いえいえ。 あと……潮音は徒歩でここに来たみたいなんですが、何かご自宅で変わったことはありませんでしたか」

 しばらくの沈黙が過ぎて、うーんとミチルさんが唸る。

『あんま俺には心当たりないんやなぁ。 俺は大学もこっから通っとるけん、潮音には毎日会っとるけど、なんも思わんかったで』
「そうですか。 ありがとうございました。 では」
『潮音をよろしくな、いもーとちゃん』

 軽く言われて電話を切られた。 あまりにもあっさりしすぎている。 本当に家族に何か不満があって家出をしてきたんじゃないだろうか。

「ありがとう、兄さん。 今からご飯作るから少し待ってて」

 ぐるぐる考えていたら本当にお腹がすいてきた。 潮音の分も作っておくか。 母さんは……たぶん今日も戻らないだろうから、3人分。
 あれこれ考えながら一階の台所へ行こうとすると、部屋から兄さんがわたしを呼ぶ声がした。 慌てて戻り、何事かと思うとまた兄さんの携帯を差し出される。

「えっ?」
「なんか、お前のこと知ってる男から電話かかってきたんだけど」
「???」

 よくわからないまま携帯を取る。

「いまかわりました。 笑日です」
『あーっははははは。 やぁっぱり流鏑馬のだった』
「…………………」
『流鏑馬、携帯落としてるでしょー。 ダメだろう、ちゃんと確認しなきゃー。 踏切のところに落ちてたぞー』

 いつも携帯を入れている内ポケットを軽く叩く。 あるはずのわたしの携帯が無かった。
 潮音に抱きつかれたとき落としたか。 けっこう激しく服も掴まれていたし。

『連絡先に“兄さん”ってあったから試しにかけてみたんだけど、ビンゴだったよ』
「ああ……そう」
『今から家に返しに行くよ。 ていうか実はもう向かってるんだよね。 あと数分で着くから。 ばいばーい』

 電話を切る。 心に溜まっていく不快感。 夏休み中は声を聞かないと思っていたのに。
 憂鬱で気分を害する。 深くため息をつくわたしを、兄さんが楽しそうに見ている。

「さっきの男は、いもーとのなに? 彼氏? 俺のいもーとに手を出すなんて、命知らずだね」
「顔も見たくない男だよ」

 へぇーと納得したフリをして、兄さんが甘く微笑んだ。 こういうとき顔の良い人って本当に得だと思う。
 床にあぐらをかきながら、伸びた前髪をかきあげる。 それだけで魅せられる。 兄さんは、人を惑わせるのが得意なのだ。
 そうやって、わたしから大切なものを奪っていって笑ってる。 シスコンな兄さんを演じているけれど、こいつはわたしに微塵の情けも持っていない。

「良かった。 またいもーとを抱くフリをしないといけないのかと思ったよ」
「── 今のは聞かなかったことにしてあげる。 ご飯、作ってくるね」

 視線を背に感じたけれど振り返らなかった。
 兄さんにだけは大瀬良くんの存在を知られてはいけない。 会わせるわけにはいかない。 隠さないと。


 これだから厄介なのだ、兄さんは。


Re: あなたを失う理由。 ( No.66 )
日時: 2012/07/28 17:15
名前: 朝倉疾風 (ID: FZws4pft)
参照: http://ameblo.jp/asakura-3-hayate/



「いやあ、夜分にお邪魔して悪かったねー」
「携帯、どうもありがとう。 だからもう帰って」
「ひどく辛辣だねぇ、流鏑馬。 そんなに俺が怖い?」
「怖いんじゃなくて苦手なの」
「んーまあそりゃそうだ。 認めるよ。 俺はきっと本性を知られたらみんなから苦手な対象として見られるんだろうなぁ。 でもさ、こんなふうに自分の気持ちを素直に言ってくれる流鏑馬を、俺は好きだよ」

 鬱陶しい。
 玄関先でわたしを苛立たせている、一見優しげで人当たりの良さそうな嘘笑いを浮かべているのは千隼望夢だ。
 6月初旬に起きたとある殺人事件の、犯人というか黒幕というか……なんとも言えないけれど、まあ表向きに張り付いているこの笑顔とはまるで対照的な黒々しい奴だ。 主に腹の奥が。

「用はもう済んだでしょうが。 さっさと帰って」
「つれないなぁ。 世間話の一つくらいしようよー」
「── どうせアンタのことだから、隣町の連続婦女暴行事件とかの重たい話題をふってくるんでしょ」
「すごいね流鏑馬! どうして俺の考えていることがわかるんだい?」

 スルー。
 眼鏡の奥で瞳をキラキラさせないでほしい。
 靴箱に背をもたれかけて、千隼くんが眼鏡をかけなおす。

「今までの被害者は3人……。 全員は十代後半か二十代前半。 犯人は夜、人通りの少ない路地裏に女性を連れ込んで犯行を行った。 だけれど、被害者は全員“犯されて”はいなかった。 まあ……ある意味では未遂なんだろうな。 ……なあ、流鏑馬。 彼女たちは犯人に“犯されては”いなかったんだけど、代わりに何をされていたか知ってる?」

 代わりに……? ニュースを最後まで見ていないからわからない。
 わたしの、また悪趣味な好奇心が疼きだした。
 そんなわたしの内側に見透かしたのか、楽しそうに千隼くんが口を開く。

「裸にされていた彼女たちはねぇ……チューブ型ののりを入れられてたんだよねぇ」
「── 下衆が」
「いや、でも全員のりだったわけじゃない。 一人はのり、一人は筒型の色鉛筆入れ、一つは……って止めておこうか。 女性相手にこういう話はさすがに不快だろうから」

 千隼くんに相手の気持ちを察することってできたのか。

「被害者は生きているのよね」
「ああ。 死んでいた方が楽だったろうに……犯人も酷なことをするよねぇ。 でも俺はさ、こんなことをしている犯人に興味があるんだ。 己の欲を解消することなく、また新たな事件を起こしている。 まさかこれで欲を満たしているつもりなのか。 精神的なショックで被害者はまだ詳細を喋れないらしいし……」
「やけに詳しいけれど、それって警察のお偉いさんのおとーさんから教えられたの?」
「仕事用のパソコンをちょちょいとね。 あの人は忘れやすいから、パスワードは全部自分の誕生日なんだ」

 お父様、アンタのバカ息子はけっこうやらかしちゃってますよ。 まあとにかく今回の事件には千隼くんは絡んでなさそうで正直ホッとした。 実は若干疑ってましたとか言えない。

「というか、さっきから流鏑馬の後ろでずっとこっち見てくるのって、お兄さん?」
「あー……無視してくれていいから」

 どうりで背中に視線の圧力を感じると思った。
 無言でいないでほしい、怖いから。
 千隼くんはよそ行きの笑顔で軽く一礼する。

「初めまして。 流鏑馬さんのクラスメイトの、千隼望夢です」
「いもーとの兄の瑠依です」

 腹黒い奴らに囲まれていると、なんだかひどく逃げ出したくなる。 千隼くんもそうだけど、うちの兄さんも内側は真っ黒だ。 何を考えているのかがわからない。
 興味の対象にもならないほど、腹の中は危険な考えで溢れているだろう。

「じゃあ俺はもう帰るよ。 夏休みの課題がわからなかったらいつでも言ってね」
「言わないから。 次に会うのは夏休み明けでしょうよ」
「ひっどいなぁ。 本当に流鏑馬は俺のことが苦手なんだね」
「当たり前でしょ」

 そう言うたび、彼はホッとした表情を見せる。 こうすることで自分が相手にどう思われているのかを知って、安心しているのだろう。

「そのくらい顔に出してくれたら、俺も人の気持ちを疑わずに済むよ。 じゃあね、流鏑馬。 さようなら、流鏑馬のお兄さん」

 扉を閉める。 どっと疲れが出てきた。
 この際だ、もう鍵をかけよう。 母さんが帰ってきたとしても、あの人は鍵を持っているだろうからほっといていいだろう。
 後ろの階段で手すりにもたれている兄さんが、眉をしかめる。

「あいつは、なに? 人間不信?」
「あー……まあそんな感じかな」
「いもーとの周りってさ、けっこう個性的な子たち多いよね」

 兄さんにそんなこと言われたら、軽くヘコむ。






                ♪





 あの日が来るまでは、少女の未来は明るいものだった。

 温かい家庭、いつも一緒にいてくれる友だち、話を聞いてくれる先生や優しい近所の人。
 寂しいという言葉の意味も知らなかった。
 孤独という感覚すら知らなかった。
 それほどまでに少女は愛されていた。

 そして今も、少女は愛されている。

 けれどこれまでと違うのは、その愛を少女自身が強く拒絶していることだった。
 やめて、もうしないで、助けて、怖い、辛い、悲しい。
 そう彼女がどれほど喉を潰して叫んでも、その願いはバラバラになってしまう。

 そんな少女を守れるのはただ一人、彼だけだった。
 彼はいつも一番近いところで少女を見ていた。 少女の痛みを自分も背負いたいとそう願った。
 だけど絶望に沈んでいる少女には、彼の声は届かないだろう。
 ならば、せめて。

『 泣かないで 』



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