茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく
作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第一話「それの味は想像し難い」その1
「レーズン納豆を食べなさいッ!」
――何故こんなことになってしまったのだろう。
僕はテーブルに置かれた“ブツ”に手をつけられずにいた。
「ホラ、早く! 絶対おいしいから!」「味見……した?」「ギャハハハそんなことするわけないじゃんこんなゲテモノっぽい食べ物!」
レーズン納豆。それは、姉ちゃんが納豆について独自に研究を重ねた末に辿り着いた新境地。
姉ちゃんが、外で嘶く蝉が、電車の走行音が、全てが僕をこの謎の食物を食べるように急かしているように感じる。
「さぁ食べなさい。拒否したらあんたの所持するえっちな本全部母さんに見せるわよ!」「ちょっ……机の裏に厳重に管理してたのに何で知ってるんだよ!」「知らなかったわよ。へーえ、ホントに持ってるんだぁ」
敵わない。この極悪非道の姉に対抗するなんて僕にはできない。
だがしかし、苦痛を和らげる事は可能だ。
「ちょっとトイレ行ってくるね」「あっ忠弘逃げる気? そうはいかないわよ」「ホントにトイレだけだって」
そしてトイレに入った僕は懐から携帯電話を取り出す。祈るような気持ちで電話をかける。
繋がった。男にしては高い声が応答する。
「はいこちら葛飾区亀有公園前派出所」「こんな時にボケなくていい! ちょっと外さんに頼みがある」
外さんとは、電話に出た相手、外山雄治のあだ名だ。「山」を「さん」と読んで「外さん」。略されて「外」とか「ソットー」とも呼ばれている。が、「ソットー」は「卒倒」に似ているからという理由で本人は嫌がっている。
「こんな時ってどんな時だよ忠弘」「今姉ちゃんに虐められててピンチなんだ、助けてくれ!」
「いくらだ?」「明日自販機のジュース奢るよ」「オーケー」貧乏学生である外さんはジュースを奢ると大抵の事は引き受けてくれる。
次だ。届け、電波。
繋がった。その応答は低音の魅力。
「はいこちらザポリスボックスインフロントオブザカツシカワードカメアリパーク」「こち亀英訳すんな! つか何でお前らそんなテンションなんだよ!」
「悪かったな。今丁度こち亀を読んでいて」「どうでもいい! ケンタウロス、お前に頼みがある。うちに来てくれ。話はそれからだ」
ケンタウロス、これもあだ名。高杉健太郎につけられたそのあだ名には不良である健太郎に対する畏怖の念が込められている、と本人は思っているが、実際は軽蔑の念も込められている気がしないでもない。
「わかった。何があるのか知らんが、期待して赴くとしよう」悪い、その期待多分ぶち壊れるわ。
二人の救助隊を呼んだ後、家が近い他の友達は高校で別れてからあんまり接点がないから呼ぶのは悪いなと判断し、とりあえず僕は便座に座ったまま時間を稼ぐことにした、のだが。
「へーえ、友達を呼んで三人で苦痛を分かち合うってわけね」
トイレのドアの向こうから聞こえたその声に僕は慄然する。しまった、姉ちゃんの機嫌を損ねたか?
「あんただけの意見じゃ改良するのに不十分だと思ったし、いいんじゃない? 私も友達待つからあんたもウ○コしてるふりしてないで出てきなさい」
バレバレであった。友達をこんな恐ろしき姉ちゃんの実験に付き合わせることにした僕は最低だと今更ながら自責する。
トイレから出てきた僕に姉ちゃんは満足気に微笑み、「テーブルで待ってましょう」とリビングを指差す。

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