茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく
作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第十三話「それは変形、(生物の)変態を意味する」その2
「よっしゃ、完成!」
アサヒの声。達成感が込められた声だ。追い詰められて屋上からアイキャンフライしようとする鳥になりたい症候群の人間の声ではない。
ひとまず安心した後、声がした方を壁の陰から覗いてみた。
「あとは動くかどうか確認するだけだな……」
アサヒは机を指で叩いている。……い、いや、あれは……タッチパネル!? そうだ、机に取り付けられた透明のタッチパネルを両の指で尋常ではないスピードで叩いている。叩いたところはその瞬間光り、まるで近未来が舞台のアニメに出てきそうな感じだ。
学校の机にお前は何やってんだ!? しばらく陰から見ている事にした。
「よし、トランスフォームシステム、ゴー!」
机の両の脚が屈曲し、その折れた部分の空洞から小さな車輪が登場。更に机の足の裏、普段床と接する場所からやや大きい車輪が出現。四輪の机カーが完成した。
これぞまさに……ト……トランスフォォォム!!!
「素晴らしい……さて、前進!」アサヒは手元の遠隔操作装置と思しき機械をいじる。
す……すげぇ!! マジで前進しやがった! どうなってんだ!
「右折!」アサヒ。
「右折シマス。注意シテクダサイ」机カーがシャベッタアアアアア!!
見事なライトターンを見せる机カー。机のタッチパネルの画面に“Right-turn! Cautions!”と表示されている。手の込んだ作りだ。……って感心してるけどダメだろ! 学校のもの改造しちゃダメだろ!
「おっしゃ! 全速前進ッ!」屋上を縦横無尽に走り回る机カーを追いかけるアサヒとそれを陰から見守る僕。いつの間にか用意されていた障害物を掻い潜りジャンプ台で華麗なる跳躍を決めた後、満足したのかアサヒは元の机の状態に戻した。
感動した。拍手をしながら陰から姿を現す。
「誰だ!」「僕だよ、佐藤だよ。見せてもらったよ、スペクタクル」
アサヒは明らかに動揺している様子で後ずさる。
「むぅ……公共物を改造したところを見られてしまった以上、お前の記憶を消す他ない……!」いやいやいやいやちょっと待て! その金属バットどっから出した!
「僕はただ感動しただけだ! 誰にも言わない!」「とか言って筆談で伝える気だろ」「違う!」「ならばジェスチャーで……」「どこまで疑うつもりだよ! 変形を体の動きで表現できるほど僕の体は不思議構造じゃねーよ!」
しかし、改めて見るとこの机があんな風にトランスフォームするとは思えない。改造するのがバレないように精巧な作りになっている。しかも変形は素早く、誰かが屋上に来てもすぐ証拠を隠滅できる。
「凄いよな、この机カー」「机カーじゃない。トランスフォームシステム搭載タッチパネル式テーブルコンピュータヴァージョン1.22だ」なげぇよ! 略せよ!
「略して3T・Cだ」「僕の心を読み取ってくれてありがとう」
僕は金網にもたれかかり、机のタッチパネルを叩くアサヒを見て言った。「アサヒ、ロボット研究部とか作った方がいいんじゃないか?」
言ってから少し後悔。今の彼女の居場所は吹奏楽部だ。それを否定したわけじゃないが、……どう受け取っただろうか。
「無理。私、自分からそんなことする気になれないし、ロボ好きの友達いないし」アサヒはタッチパネルに触れながらこちらを見ずに答えた。
「それに、私、吹奏楽部が好きだから」
雲を生まない青空が僕とアサヒの二人を見下ろしていた。太陽が斜めから万物に輪郭を与え、風がそよそよと流れ制服を僅かにはためかせる。
そうか。やる気がないように見えても、好きなものは好きなんだ。彼女にとって、吹奏楽部は生活の一部。かけがえのないものなんだ。
アサヒは空を見上げ目を細めた。そして微笑み、口を開く。
「…………………………でも今日はサボっていい?」
「よかねぇよ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

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