茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく
作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第十五話「それは根拠もなくあれこれと女性の同性愛を想像することである」1/2
私は今日の放課後も、吹奏楽部の活動をするために音楽室に赴いた。
使う楽器はユーフォニアム。吹奏楽を知らない人には「なにそれ?」と言われる確率が今のところ百パーセント。中低音で優しく包み込むような音色を奏でる、私の一番好きな楽器だ。
私は、合奏をする時に低音を奏でて曲を根底から支える“バスパート”、そのリーダーを務めている。といっても、バスパートの二年生が私しかいないから強制的にリーダーやらされることになっちゃったんだけどね。
パートリーダーとして遅刻はご法度なので、いつも早めに音楽室に着くようにしている。そこだけ真面目な理由は、可愛い後輩と喋りたいから。私は基本練習時間もフリーダムだ。だけどそれでも私を先輩として慕ってくれる後輩は本当に可愛い。
音楽室に入り、他の二年部員と軽く挨拶代わりの殴り合いをした後荷物を置き、楽器ケースを取りに行く。
……なんだこいつ。
楽器ケースのある音楽室の隅、そこに招かれざる客がビデオカメラを構えて音楽室を撮影していた。
【!】出血量 0% 良好
「……あくる」
「おぉ、ムスカちゃん。お邪魔してまーす」「いやお邪魔してまーすじゃねぇよ! 何撮影してんだよ当吹奏楽部でのビデオ撮影はご遠慮いただいてんだよ!」
そんなこと言うなって~、と笑いながら手をふらふらさせているこの女子の名前は十六夜百合。あだ名をあくるという。本名からは想像できないそのあだ名は私と友人の会話から生まれたものだ。
「百合ちゃんって凄い苗字だよねー、イザヨイって読むんでしょ?」友人A。
「十六夜といえばお月見だね、あだ名はツッキーでどう?」私。
「あはは、それいいかもー」友人B。
「あの……お月見は十五夜なんだけど……」百合。
「ああそういえば。じゃあ十六夜は十五夜のあくる日だからあくるちゃんで」友人C。
「ファイナルアンサー?」みのもんた。
「ファイナルアンサー!」近所のタクヤくん。
以上があくる誕生の経緯である。
「何でお前がここにいるんだよ」「なーに言っちゃってんの。吹奏楽部はその部員構成の女子率が九十パーセントの女の宝庫よ? アタシがいたって何にもおかしくないじゃない」
そう、おかしくないのだ。たとえ涎を垂らしニヤニヤしながら音楽室の隅から女子を撮影していても、あくるに関してはおかしくないのだ。
何故ならあくるは、少々常軌を逸した同性愛者だからである。興奮しすぎると鼻血を出すこともあり、貧血で倒れるのを私は何度も見ている。私が保健室に連れて行った事もある。世話が焼ける奴だ。
名は体をあらわすと言うが……まさに百合趣味な少女である。
そして、外見は栗色の髪の色もあってか申し分のない美人であることから、あくるの性癖を知らない男子からの告白が何度かあったらしいが、「あぁ? オトコなんて股間に余分な物体つけてる奴になんか興味ねぇよ、帰れ」とあくるは一蹴し、その話が広まって今では誰もあくるを彼女にしようなんて馬鹿なことをする奴はいない。
「それにアタシが何を撮影しようと関係ないでしょ?」「私たち女子高校生の可愛らしい姿が日常を送っているだけでもその映像には需要があるんだよ! 撮影料取るぞ」
「あっ! あのツインテの子可愛いなぁ! 二年生女子は全て把握してランク付けまで済んでるから、見たことないあの子は一年かな?」こっちの話聞いちゃいねぇ。
「あれはエタブリ。本名、岡部倫子。厨二病全開な、うちのパートのファゴット吹き」私は楽器ケースからユーフォニアムを取り出しながら解説する。
「いいなぁアタシが楽器だったらあんな子に演奏されたいなぁあははいひひうふふ」
【!】出血量 2% 良好
「ちょっ、あくるお前、鼻血出てるぞ!?」「おっとアタシとあの子のランデヴーを妄想してたら出ちゃった」
ポケットからティッシュを取り出し慣れた手つきで鼻を拭いて詰め、再びあくるは撮影に戻る。……戻るなよ!
少し妄想するだけですぐこれだ。変態四天王の一人は伊達じゃないな。
私はあくるに呆れながらも呼吸器官を鍛えるアイテムで腹式呼吸を繰り返す。
バスパートのメンバーはエタブリと……お、来た来た。

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