茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく

作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第二十一話「それは特に親しみを込めて対象を呼ぶために用いられる本名以外の名前の一種である・一年A組の場合」


 朝。晴天に恵まれた、清々しい朝。

 学校に着いた僕はあくびをしながら、四階にある僕のクラス、一年A組の扉をガラリと開いた。

 まだあんまり人いないな……。僕は友達と軽く挨拶を交わして席についた。

 たまには早く教室に来てみるのもいいな。空気が違う。外さんみたいなのがいないと静かでいいなぁ。

 ガラリと扉の開く音。

「よぉ忠弘! 早いじゃん、朝練サボったのか?」教室に入ってきた騒音メーカー……じゃない、外さんがやってきて僕の名を呼び、すぐ前の席に座る。

「任意参加の吹奏楽部の朝練にサボりもくそもあるかよ」僕は鞄からノートを出して机に収納する。

 また、ガラリ。

「おっす、ケン! 昨日貸した『鼻毛の切り方入門』読んだか?」やってきたケンタウロスに外さんが声をかける。

「ああ、読ませてもらった。あそこで奥さんが仲間の犠牲を利用してハナゲ・ソサエティに襲撃をかける所は感動して深夜に号泣してしまったよ」お前ら何読んでんの!? 全く想像できないんだけど!

 ガラリ。

「それでさー、ハワイアンまんじゅう君が何て言ったと思う?」「そりゃ勿論『ニューオーリンズは滅びろ!』だろ?」「違うんだなこれが。『雪の無い雪山にドーンと言って来ーい』だってさ! Mr.お惣菜の死がここで活かされたんだよ!」

 謎の会話をしながら、ワンダーとミスドが入ってきた。ワンダーが話し、ミスドは主に聞く側らしい。

「ワンダー、ミスド、ぐんもーにん」外さんが二人に呼びかける。ケンタウロスも手を上げて挨拶した。

 教室の端でニシオカとユウユウが西城さんに「姫! 結婚してください!」と求婚しているのを見て、僕はため息をつく。

 外さん、ケンタウロス、ワンダー、ミスド、ニシオカ、ユウユウ、姫。

「僕にもあだ名つかないかなぁ」ぼそりと、思わず考えた事が表に出た。

「つけるか? 一ついい名があるんだけど」外さんが言う。お前には気づかないで欲しかった。

「お前がにやにやしながらそういう事言うってことはどーせ『佐藤だけにシュガーってねw』とか言うんだろ?」僕は一時限目の用意をしながら言う。

「いや『忠弘』を分解して『中心弓ム』とかどうかなって」「思った以上に真面目に考えてくれてて嬉しいんだけどそれ言いにくいから却下」

 ケンタウロスが顎鬚を撫でて言う。「外見から決めるか、性格からか、名前からか……。外さん、ワンダー、ミスド。忠弘の外見についてはどう思う?」

 ミスドが挙手して言う。「三千院格左衛門に似ている」誰だよ!

 続いてワンダー。「芸人の、ホラなんていったっけ、あの、『クリリンのことかー!』って叫ぶ人に似てる」それ芸人じゃないから! 穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士だから!

 最後に外さん。「もやし」うん! もやし美味しいよね!

「ふむ……『三千院格左衛門』か『芸人の、ホラなんていったっけ、あの、クリリンのことかー! って叫ぶ人』または『もやし』の三つの案が出たな。では、性格面はどうだ?」ケンタウロスがすっかり司会づらして話を進めている。というか今までの案ダメだろ! 突っ込めよ!

 ミスドが言う。「三千院格左衛門に似てい」「だから誰だよ!」

 ワンダー。「俳優の、ホラなんていったっけ、あの『海賊王に俺はなる!』って言ってる人に似てる」それ俳優じゃないから! 海賊団長のゴム人間だから! どん!

 外さん。「もやし」「いい加減にしないと炒め殺すぞ」

「みんなー、なにやってるのー?」西城さんがニシオカとユウユウを引き連れてやってきた。

 外さんが答える。「ああ、忠弘で遊んでるとこ」分かった。いつかお前で遊んでやるから覚悟しろ。

「おー! 楽しそー!」楽しそう!? さ、西城さん!?

 ケンタウロスが西城さんとニシオカ、ユウユウを見て言う。「お前ら、忠弘にどうあだ名つける?」

「俺の中じゃウンコで決定済みなんだが」とニシオカ。

「あだ名は本人の承諾を得てから使うようにしましょうねこの痴女が」と僕。

 外さんがペンを回しながら話す。「ユウユウはどう思う?」

「俺か? 俺は……そうだな、忠弘は忠弘なんだし、無理にあだ名つける必要は無いさ」ユウユウがいい事言った!

 外さんが訊く。「要するに、あだ名考えるの面倒くさい、と?」

「うん。どうでもいいし」ユウユウが嫌な事言った!

「なんだよさっきから真面目に議論できてないじゃないか!」僕は少し憤慨する。こいつらに真面目さを求めたのがいけなかったよ!

「まぁまぁ。まだ姫の案が残ってるぜ」ニシオカが西城さんを親指で指差して言う。

 口元に人差し指を当てて考えていた西城さんは、表情をぱっと閃きの表情に変えた。

「『山本くん』!!」

 うん! なんで? 僕の名前は佐藤忠弘! どこに山本要素があるの?!

「お菓子くれる優しいところとか、やまもとーって感じだよね!」あはははは天然すぎて笑えるあはははは

「さぁ、皆があだ名を提案したぞ。どれか決めろ!」とケンタウロス。

「えーっと……」

 僕は窓から見える景色を見た。レールの上を滑る電車。決まったところしか走れないところ――決まったものしか得られないところに、僕は哀れみの感情を持った。そして言った。

「忠弘で……いいです……」