茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく
作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第十話「それは特に親しみを込めて対象を呼ぶために用いられる本名以外の名前の一種である」
音楽室からチューバをよっこら運んできた僕は練習場所である一年E組の教室の前で一息ついた。
教室の中からはコントラバスの音が聞こえてくる。銀はいつも真面目に練習していて偉いな……。
ガラリと戸を開ける。今日こそはみっちり練習してやんぞ。
「よぉ忠弘、みっちり練習したそうな顔してないでこっち来いよ!」
またムスカ先輩か。帰ってラピュ○でも見てりゃいいのに。
「その男口調、なんとかならないんですか?」「今丁度お前のことで盛り上がってたとこなんだ」
僕の理想の女性先輩像に近づいて欲しいという願望による言葉を華麗にスルーしたムスカ先輩は床に置いたユーフォニアムの管をペンで叩きながら僕を見る。
「エルしぃたちねー、忠弘くんのあだ名について話してたんだー」エルしぃがユーフォニアムにバルブオイルを差しながら笑顔を向ける。可愛いな……おっと、この前そんなことを考えて事件起こしたばかりだった。
そういえば吹奏楽部で唯一あだ名が決まってないのが僕だったな。「へぇ、で、僕のあだ名どうなった?」
「ネギトロジュース」
……。
「なんとなく、だ」
……。
「適当に考えた割にはなかなか」「良くありませんよ!? 何で僕がそんな未知なる謎飲料の名で呼ばれなくちゃならないんですか!」
「じゃあマヨネーズジュースってのはどうだ?」「何でペプシみたいに新しい味を追求してるんですか! 僕は土方さんじゃありませんよ!?」
ムスカ先輩がくるりとペンを回す。「なんだよぅ。じゃあ何がいい? エルしぃ」
「うーん、ひろちゃんとかどうかなぁー」エルしぃは両の指を絡ませながら言う。
僕は首を傾げる。「……ちょっと可愛すぎる。悪い意味で」
「そうかなー。エタブリちゃんはどう思うー?」エルしぃ、そいつにはあまり振らない方がいいと思う。
「ふむ……『金塊奏者(ビッゲストルーラー)』はどうだろうか」こうなるから。
「あーもうそれでよくね? けってーい」「ちょっと待ったァ! もっとマシなあだ名ないんですか!?」
「ならば『相互反目の禁断水(クジラジュース)』」「何でエタブリまでペプシの道を歩んでんの!?」
「じゃあ自分で決めたらいいんじゃね?」「自分で、ですか……」
僕は思案の末、「ただっちとか」と至って普通なあだ名を述べた。
「ハハハ、ただっちとかうけるー! 何自分で自分にあだ名つけてんのきんもー」「なっ……先輩が言ったんじゃないですか!」
「でもー、エルしぃはただっちで良いと思うのです」よかった味方が一人いた。
しかし。「よかないよエルしぃ。こいつにはもっと奇抜なあだ名を与えてやらないと悲しむよ」
「ネギトロジュースなんて変な名つけられるよりは悲しみませんよ?」
「そっかぁー、じゃあなにがいいかなー」僕の意見はスルーされたがエルしぃの口元に指を当てて考える仕草が可愛いので許す。
「……外見で決めるのはどうでしょう……」静かにBGMを奏でていた銀が珍しく口を挟む。
「なるほど、外見ねぇ……」ムスカ先輩が腕を組み俯いて考える素振りを見せた後、ぱっと顔を上げのたまった。
「ブサメン!」
「顔で決めないでください! 地味にショックです!」「だってお前イケメンかフツメンかブサメンかで判断したらキモメンだろ?」「さっきより酷くなってるじゃないですか! 忠弘は百の精神ダメージを受けた!」
「ちわーっす、遅れてさーせん」アサヒが今頃になってチューバと一緒にやってきた。
「そーだー、アサヒちゃん、今忠弘くんのあだ名を考えてたところなんだけどー、なにかいいアイデアないかなー?」「今『クソメン』が没になったところだ」なんか更に酷くなってる気がするけどきっと気のせいだよね!!
「あだ名……?」アサヒが少し思案顔になる。
そうだ、お前の案でこのどうでもいい審議を終わらせて俺に練習の時間を与えてくれ!
「じゃあ……グロメン」
アサヒスゥパァドラァイ!!!!!!!!!!!!!!

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