茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく

作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第二十二話「それは強者と強者とのぶつかり合いである」2/2


「あのぅ、あくる先輩?」エルしぃがいつもの声で言う。僕の下半身の機能が無くなろうとしているのになんだその声はきみ天然すぎるだろ!

「なぁに、エルしぃたん」あくる先輩と呼ばれた女はコンマ一秒かからず表情を柔和な笑顔に変えてエルしぃの方を向いた。

 そうだ、今や僕を助けられるのはエルしぃしかいない! どうか、救いの手を!

「カップラーメンのスープって美味しいですよね!」なぁに言ってんすかこの子はー!

「美味しいわよねぇ、でもエルしぃたん、後でアタシの股間の愛の汁であなたを満たしてあげるわ」何この人! レズビアンだ! そして相当、変態だーッ!

 ……レズ? 変態?

「もしかして……あなたは……」「黙れ股間にゴミぶら下げた存在価値皆無の下等生物」

 もしかしてあなたは、茶飯高校に名を轟かせる変態四天王の一人、十六夜百合……? だとしたら、相当やばい! やばいぞこれは! ちなみにやばいと心の声で言ったのはこれで七回目だ!

 もうなりふり構ってなんかいられない。相手が女性だろうと、僕は本気でもがくしかない! そうしなければ、確実に、ちょん切られる!

「動き回るんじゃねぇ、この変態!」「あなたが言いますか!」

 十六夜百合――あくる先輩は叫んだ。

「食らえ! あくる流秘奥義、『なんかよくわかんないけど行動不能になっちゃう謎のアレ』!!!」

「ぐはっ!」うわあああ! なんかよくわかんないけど行動不能になったーッ!

 力を失い、倒れた僕をあくる先輩は冷たい目で見下ろす。どれくらい冷たいかというと多分南極点でちゃぶ台囲みながら冷凍みかんを食べつつ母さんに「あんた、イカ臭いわね」と言われた時の背筋ぐらい冷たい。

「エルしぃをたぶらかしたお前は最早、この世に存在することを許されない……」いやなんか勘違いされてるー! 勘違いでTNK削ぎ落とされるー!

 (将来結婚して子供が生ませたいという華々しい未来の)死。それを確信した僕はこれまでにないほど力を入れて目を閉じた。

「なんだよ忠弘ー、お前やっぱロリコンなんだなぁ」耳に飛び込んできたのは。

 僕の家の扉が開き、姉ちゃんがエロ本を示しながら言ってきた。そ……それは僕のお気に入りの“To LOVEりすぎて俺の股間がBIN☆BIN”じゃないか! ではなく!

「姉ちゃん、助けてくれ! 今この人に殺されそうなんだ!」僕は必死に助けを求める。

「殺される? ……おいアンタ、どこの誰だか知らねぇが、私の弟に手ぇ出してんじゃねぇよ」

 流石姉ちゃん! かっこいい! やっぱり家族愛は素晴らしい!

「私の作ったゲテモノを試食する生贄がいなくなるじゃねーか!」訂正。流石でもなくかっこよくもなく素晴らしくもない。

「いやいや、お言葉ですがお姉さん」あくる先輩が手を振って否定を示す。

「殺しませんよ? ただ股間の棒をカットするだけです」「あぁ、それならいいや」姉ちゃあああああああああん!!

「では、まずズボンを脱がして……」あぁ、もうダメだ。僕の脳は絶望に満たされた。

 しかし――

「やぁやぁ、あくるじゃないか、どうしてこんな所にいるんだい?」

 ――希望は残されていた。

「なんだ、今忙し……」あくる先輩は振り向く。「……あ、あんたは!」

 紺色のハーフコートを着ている男だった。髪の色も紺色に染まり、目の色も紺色。ゆっくりと、しかし威圧感を感じさせる足取りで近づいてくる。

「きみたちがギャーギャーうるさくして俺の集中力が欠けたせいで……」その紺色の男は言った。

「俺が積み立てていた削ってない鉛筆一本の上に更に鉛筆を立て続けることでできた十八メートルのタワーが崩れてしまったじゃないかああああッ!」なんかこの人も只者じゃないー!

「紺野龍一……またの名をディープブルー・ドラゴン。変態四天王の一人で、その変態能力は“どうでもいいことに命を懸けること”……。今回熱中したのは、ペンシル・タワーのギネス記録への再挑戦、か……」なんかあくる先輩が解説しだしたー! まるで小説のようだー!

「あくる。俺をよく知るきみなら、俺と同じ“変態四天王”と呼ばれるきみなら、今の俺の怒りが分かるだろう?」その男は暗いオーラを纏い始める。こ、これは……紺色のオーラ! 見える! オーラが見えるぞ!

「とんだ邪魔が入ったものね。あんたにとっちゃ無駄だろうから、謝らないわ。戦うしか、ないってわけね……」あくる先輩もオーラを纏い始めたぞ! こっちはピンクだ!

 ピシィ、と空気が張り詰めた。車が近くをエンジン音とタイヤの摩擦音を撒き散らしながら通ってゆく。その車の音が聞こえるか聞こえないかの領域に入った時、静寂が戻って来ようとした時、紺色と桃色が動いた。

「裂けろ肉棒! あくる流最終奥義! “股座断罪掌”ッ!!」

「下れ天誅! ディープブルードラゴンディザスター・ナンバーセブン! “レヴォリューション・ドラゴン”!!」

 その動き、視認不可能。

 ただ、紺色と桃色が、交錯したように見えた。

 二人はすれ違ったのだろう。先程までとは二人の位置が逆だ。僕の近くにディープブルードラゴン、遠くにあくる先輩。

 それから二人は力を失い――倒れ伏した。ものの数秒の、出来事だった。

 僕は感動していた。極限まで高めた変態性が、こんな奇跡を起こすなんて。それは少年漫画の王道をゆく、強き、誇り高き戦士の闘いの終わりに似ていた。その終わりがもたらす魂の震えに、僕は静かにため息をつく。

 神秘の力を持った二人の修羅。僕はそれに敬意を表し、以後それを忘れる事はないだろう。

 そして、エルしぃは言った。

「やっぱりー、カップラーメンはミルク味がいいよねー!」

 あのーすいませんもうちょっと空気読んでもらえませんかね。