茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく
作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第十八話「それは携帯できるようにした食糧のうち、食事に相当するものである」1/2
昼休み。私はグゥキュルルと駄々をこねるお腹をさすりながら音楽室に向かっている。
手には弁当が入ったバッグ。たまに私は音楽室で昼食をとるのだ。
音楽室で昼食を食べる理由の一つは「昼休みに練習したいから」というのがあると大半の人が言うだろうが、私はそんな高尚な理由で昼の音楽室に行くわけではない。だって部活動時間でもないのに練習したって楽しくねーもん。
私は、後輩や友達と喋りたいがために音楽室に足を運ぶのだ。たまに男の後輩の練習の妨害をして楽しんだりもする。
私はいつも昼休みが楽しみだった。
しかし。
「……なーんであんたがついてくるんだよ」後ろを向かずに背後に声をかける。
背後の女は少々芝居がかった声色で答える。「いいじゃないムスカ、うちだってたまには違う環境でお弁当を食べたいと思う事もあるんだよ」
私と一緒に音楽室がある四階への階段を上るこの同級生の名は、江川真子。通称、黒笑顔だ。
そのあだ名は陰口から生まれた。江川は何事にも笑顔を向ける反面、その裏ではどす黒い感情を隠し持っているという女で、とある女子のグループが陰で「黒笑顔」と呼び始めた。そしてそれが偶然江川の耳に入り、グループの女子に対して怒るかと思ったら江川は笑顔(それが常なのだが)でこう言った。
「あだ名つけてくれたんだぁー、嬉しいなー、じゃあ皆にうちの事そう呼ぶように広めてくれる?」
その女子グループは怒られなかった事やその笑顔に対し、逆に恐怖を禁じえず、なんやかんやで今では江川の下僕になっているという……。
黒笑顔。まさに、文字通りである。
「どんな後輩がいるの?」「そうだな、基本、皆可愛いぞ。変人もいるけど……」
ま、こいつは美人だし、常ににこやか……ではないが一応笑顔なので黙ってりゃ問題はないか。
私は防音のために重くなった扉を開け放ち、「おーっす」と椅子に座って昼食を食べている一団に声をかける。挨拶が返ってくる。
「ムスカ先輩! こんにちはですー」エルしぃのふわふわした声がたまらない。
「ムスカ先輩、そちらは?」トラ子(トランペット吹きの後輩)が言う。「そちらの人は誰ですか?」
「あぁ、こいつは」
「こんにちは。江川真子、二年です。黒笑顔って呼ばれてまーす」自分のサイドテールを撫でながら、文にしたら語尾に音符がつきそうなくらい芝居がかった口調で自ら黒笑顔を名乗った。何気に気に入っているらしい。
「江川先輩」「黒笑顔でいいよー」「……黒笑顔先輩、どうもこんにちは」
「黒ちゃんキタ! 私的二年女子ランキング第四位、ランクA+の“舞い降りし微笑みの天使”黒ちゃんキタ!」窓の外からあくるとかいう変態生物がこちらを覗いて何か呟いているが無視することにしよう。
私は椅子を引っ張ってきてエルしぃ達一年生のグループに入ると、バッグから弁当を取り出す。
「さぁて、いただきま」
ゴトン。
「ぴょめえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」※悲鳴です
私は瞬間的絶望に身を崖から突き落とされるような感覚に陥った。
この星は重力が強すぎた。強すぎたのだ。
「ふぇ、大丈夫ですか!?」「大丈夫なわけないよエルしぃ……」
弁当箱は見事にひっくり返り、中身を床にごっそりぶちまけていた。わ……私の命の源が……。私のマヨネーズ率九十パーセントのポテトサラダが……。
「あーあ、やっちゃったね。うちの弁当分けてあげるよ」「情け無用!」黒笑顔にもらったら代償として何をさせられるか分かったもんじゃない。
私は掃除した後、財布の金を確認して呟いた。「仕方ない、購買でパン買おう……」
「あ、購買の事なら忠弘くんが『血で血を洗う最後の一個争奪戦になんとか勝利したぜ……』とボロボロになって音楽室にパン持ってきたのでもう売り切れかと」「忠弘あのヤロォ!」
仕方ない。「みんな、おかずちょっとだけ分けてくれない?」
「いいですよぉ!」「どうぞー」皆の優しさが弁当箱に詰まっていく。ありがたい。
結構集まった、が、まだ少ない。「ちょっとそこらへん回っておかず恵んでもらってくるわ」私は弁当箱を持って歩き出す。

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