茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく
作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第三話「それは古くは耳の前の毛を揉んで上げていたことが語源とされる」
僕は今日、電車に乗り遅れた。そのため部活の任意参加の朝練に出れず、音楽室に寄らずに教室に直行。外さんとケンタウロスが話していたので、その二人に挨拶した後鞄からお菓子の袋を取り出して言ったのだ。
「ちょっと栃木でもみあげかってきた」
オーノー。
「そうか」「いや違う言い間違えた。栃木でおみやげ買ってきた」「わざわざ栃木まで行ってもみあげ刈る必要あったのか?」「いやだから言い間違いだって」
「言わなくてもわかるさ。お前がもみあげについてどれだけ悩んだか、その末に何故栃木にまで行ってもみあげを刈ったのか」また始まったよ外さんの謎のノリが。
「そう、それは太陽がギラギラと照りつけるあの夏の日……忠弘はある女子に告白した」「してねーよ」
「しかし結果は『ごめんね、私あなたを人間と認めてないから』と言われ失敗に終わった……」「酷すぎるだろその女子」
「だが忠弘は食い下がった。『どうすればゴキブリじゃなく人間と認めてくれますか!?』。彼女は言った。『その長いもみあげが気に入らないのよ』」「僕そんなにもみあげ長いか?」
「それから忠弘の失意と煩悶の日々が始まった……。忠弘のアイデンティティーであるもみあげ。しかし告白した女子の中のランク付けでゴキからヒトへと昇格するにはもみあげを短くしなければならない」「別に僕自分のもみあげに愛着も何も持ってないけどな」
「苦悩の日々。忠弘はヤケになり近所のコンビニのアイスが並べられている箱の中に入って『ウッヒョオオ涼しすぎワロタwww』と叫ぶなど世間に対する微妙な嫌がらせを続けていた……」「微妙どころか極めて悪質だと思うけどな僕は」
「ある日のこと。いつものように百円ショップの売り物を一円百五枚で買っていた時だった」「僕なんでそんな嫌な奴に変わっちゃったんだろうね! 失恋って怖いね!」
「後ろで並んでいたいかがわしいオッサンがこう言ったのだ。『とっちぎーでもっみあっげ刈っちゃいなー』」「不審すぎるだろそいつ」
「ちなみにそのオッサンは鼻毛がちょっと見えていた……」「どうでもいいだろ!」
「栃木でもみあげ刈っちゃいな、これは神の使いによる啓示だと思った忠弘は、単身、ここ千葉から栃木まで歩く長い長い旅に出たのだ」「電車に乗るという手段を何故選ばなかったのか理解に苦しむよ」
「辛く苦しい旅だった。幾多の困難をくぐり抜けた忠弘は栃木に着く頃には立派なチアガールとなっていた」「性転換しちゃったよ頭おかしいだろ」
「ちなみにチアガールとなった忠弘は鼻毛がちょっと見えていた……」「だからどうでもいいだろ!」
「チアガール忠弘はとある理髪店に入った。店名は『注文の多い理髪店』……」「わーい僕食われちゃうよー」
「しかし特に注文はされなかった」「よかったな、僕」
「そこでもみあげを刈ってもらったついでにモヒカンにしてもらったチアガール忠弘は意気揚々と千葉への帰路についたのだった……」「やめて。僕がどんどん僕じゃなくなっていくからやめて」
「しかしチア弘の行く手を阻む謎の敵が現れた!」「チア弘ってなんだよチア弘って」
「謎の敵は謎の言葉を吐いて去っていった。それは『とっちぎーでもっみあっげ刈っちゃいなー』……」「もう刈ったのでいいです」
「そして見事千葉に生還を果たしたチア弘はあの女子にもう一度告白した。ありったけの愛を込めて……」「うん、頑張れ僕」
「女子は微笑んだ後、頬のあたりを掴んで引っぺがし、その変装をといた。そう、実は彼女は男だったのだ」「えっ……えぇー……」
「『やらないか』。そしてチア弘と男はトイレで過ちを犯し、それを俺に発見され今に至るわけだ……」「すごく……めちゃくちゃです……」
演説は終わった。同時にチャイムが鳴り、クラスの皆が席につく。前を向いて座りなおす外さん。窓際の席へ戻るケンタウロス。僕はケンタウロスの呟きを耳にした。
「俺……今回いる意味なかったな……」

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