茶飯事的な日常は奴らを乗せて回ってく

作者/ハネウマ ◆N.J./4eRbo

第五話「それのシンボルはシンデレラ城である」その1


 音楽室で大きな楽器ケースを開け、中から大きな金色の楽器を取り出す。

 僕は吹奏楽部に所属していた。中学の頃からそうだが、なかなか上手くならないので任意参加の朝練にも来ている。

 使用する楽器はチューバ。その巨体から響かせる低音で曲を根底から支える楽器だ。金管楽器中最大。もう慣れたが、持って移動するのは一苦労だ。

 中学生の頃はユーフォニアムという、チューバとは違う楽器を使っていた。それの扱いも下手で、やっとましな音が出せるようになった頃には部活引退が迫っていた。ダメ金だったが、コンクールで金賞を取れたのは他の皆が上手かったからだろう。

 だから僕は高校にいる間こそは、上手いチューバ吹きになってやると意気込んでいた。

「おっす! 忠弘、座りな! ホラここ!」

 その僕の意思の邪魔をする人がいた。肩まで垂らした黒髪。銀色のユーフォニアムを抱えた華奢な腕。

「なんですか、ムスカ先輩」

 吹奏楽部の練習の場としてあてがわれた一年E組の教室に入ったらすぐ、バスパート唯一の二年生ムスカ先輩に名を呼ばれた。誤解を招くそのあだ名。先輩は女性である。そのあだ名がつけられることになったのは、先輩が天空の城ラピュ○のロムスカ・パロ・ウル・ラピュタが大好きであるということに起因する。

 我が吹部の伝統として、先輩が新入生にあだ名をつける、というものがある。よってこれから登場する名前は僕以外全てあだ名だ。しかし、僕はムスカ先輩に「何かビビッとくるものがないからあんたあだ名無しね」と言われ命名権を行使されなかった。

「話があるっしょ? 聞かせたまえ」「ああ……確かにありますね」

 チューバを窓際に置き、楽譜やチューナーなどを近くの机に置いて、僕は先輩が座っている壁際の席付近までやってきた。適当な席に座る。さっさと話を済ませて練習しよう。

 低音楽器使いが集うバスパートには、僕をいれて五人のメンバーがこの教室に揃っていた。パートのメンバーは僕以外全て女子だ。一人いない。どうせまたサボっているのだろう。同じチューバ吹きとして頑張って欲しいのだけれど。

「昨日、ディズ○ーランド行ってきたんすよ」

 沈黙を守り真面目に練習しているコントラバス弾きの銀(こう書いてインと読む。あだ名)以外の三人が僕の方を見る。

 ファゴット吹きのツインテールの少女、エターナルフォースブリザード(勿論あだ名。相手は死ぬ)が楽器から口を離して訊く。「ディ○ニーランド?」僕は答える。「そう、○ィズニーランド」

「ふぇー、どうだったぁ?」ふわふわした声で問いかけてくるのはムスカ先輩と同じユーフォニアム吹きの椎名エルザ。日本人とドイツ人のハーフだが、髪の色は黒。小さな顔にボブカット。あだ名をエルしぃ☆という。なんたらのみぞ知るセカイとかなんたらゲートとか混ざってる気がするがそのツッコミは名付けたムスカ先輩に言ってくれ。

「楽しかったよ。でもあの悪魔がいなけりゃもっと楽しかっただろうな」

「悪魔? 忠弘のお姉さんのこと? あのバレンタインデーにチョコをあげたら食べた人が救急車にお世話になったっていう伝説の?」「はい」

「いいなぁー、エルしぃもー、そんな伝説のあるおねえちゃんがほしいなぁ~」手を合わせて満面の笑顔のエルしぃ。きみは話をちゃんと聞いていたのかい?

「まず、荷物は基本僕と父さん持ちです。母さんも自己中な人なんで。あと僕を日向の列に並ばせて自分だけ日陰でアイス食ってたりしましたね」

「流石は歩く凶変(トラブルルーラー)……。私が聞いた中で最凶の姉ね……」とはエターナルフォースブリザードの言葉だ。皆は普段は面倒なので縮めてエタブリと呼んでいる。なにかと厨二な名前をつけたがる奴だ。

「反論とかしないのか?」「しても無駄ですよ。それに肉体面でも敵いませんし」「ふむ、風切る舞踏(テレプシコーラ)の事だ……な。食らえば一撃で大人すら倒れるという……」「ソウデスネ」

 横でコントラバスを弾いている銀は口を開かぬまま静かに曲を奏でている。