ゆめたがい物語

作者/紫 ◆2hCQ1EL5cc

第一話 守銭奴国防軍人と夢見る少年-2


「リストラだってよ、三笠」

 福井中佐は去っていく小学生の後姿を見ながら、隣の後輩に笑いかけた。焦げた雑草の臭いが鼻を刺す。
 門番がやっと戻ってきて、バケツの水を辺りにぶちまけた。二人とも少々水を被る。だが、福井中佐は元々気にしない性質なのだろう、避けようともしなければ、さらにその後拭こうともしなかった。三笠は三笠で水のことなど頭にはなく、焼けて穴の開いた己の上着を一心に見つめている。

「……“チカラ”は強い願いを持った者に、神様が与えてくれる。並大抵ではなく、それこそ命すらもかけ、それでも足りないほどの思いに。不思議なもんだな、お前や俺、それからイヴァンの奴なら当然だが、まさか……」

 福井中佐はため息をついた。その口調に、嵐を非難する色はない。だが、困惑の色ははっきりとうかがえる。
 先程彼の言葉にもあったように、“チカラ”とは思いの強さに起因して“何か”から突然授けられる、人並みはずれた力のことである。三笠はいつかの小学校占領事件で見せた、絶対的な防御と瞬身と言う二つの“チカラ”。福井中佐も一つの“チカラ”を持つ。
 それは、二人がそれぞれ胸に抱く“何を捨ててもかなえたい願い”が形となって現れたものである。自分を含める、“チカラ”を持つに至った者、それぞれの道のりが壮絶であった故に、福井中佐はたかが平和な小学生の習得が信じられなかったのだ。

「ま、チカラの強さは思いの強さだから、三笠、お前は間違いなく世界屈指の能力者だろ。落ち込む必要もないな」

 福井中佐は先程までの難しい顔を一変させて、焦げた上着を無言で見つめている後輩に、明るく笑いかけた。中佐としては、彼を励ましたつもりだったのだ。しかし、三笠は口を開かない。門番はすでに持ち場に戻っている。二人の気まずげな沈黙が、重々しい門と相成って、さらに空気をよどませた。
 沈黙を破ったのは三笠だった。「竹丸先輩」とつぶやくと、上着から目を離し、福井中佐を泣き出しそうな顔で見た。

「竹丸先輩、知り合いに、裁縫できる人、いませんか?」
「お?」
「上着、買うと、五千円もするんですよ」

 どこまでも暗く沈んだ三笠の悲痛な声。福井中佐はかんかん照りの青空の下で、これ以上ないほど大笑いする。別に少年の貧乏性を馬鹿にしているのではない。ただ、あまりにも彼らしい落ち込み方に、先程までの自分の困惑が愚かに思えてきたのだ。

「つぎはぎの上着じゃ、着て行かれた学校が恥ずかしいだろ。ボーナス出たばっかりだから買ってやるよ、下の焦げたシャツ代含めて七千円で足りるな」

 ここで、シャツ代まで瞬時に考えが回るところが、立身出世のコツである。
 福井中佐はポケットから財布を取り出して、五千円札と千円札二枚を三笠に手渡した。その顔には、感謝の色がこれでもかと言うほど浮かんでいる。福井中佐はもう一度けらけらと笑った。
 三笠は穴の開いた上着を脱ぎ、白いシャツの袖をまくる。そして福井中佐に深く頭を下げると、目の前の国道を通り過ぎていった海岸病院行きのバスを、全速力で追いかけていった。