ゆめたがい物語

作者/紫 ◆2hCQ1EL5cc

第五話 大捕り物とムイ教徒-2


 その町は、普通の町であった。
 八百屋や酒屋があれば、アパートもあり公民館もある。さらに、その少し先には中学校。どこにでもある、至極一般的な、少し過疎化が進みつつある、町だった。

 青空の下、乾いた銃声が鳴り響く。
 畑の中にある、三つの塔が天へと向かう古い木製の建物。この辺りでは、三尖塔と呼ばれているらしい。その本来の役割は、“チカラ”を与える女神を崇拝する、ムイ教という一神教の教会である。
 夏の豊かな畑は踏み荒らされ、堅苦しい軍服姿の人々が周りを囲んでいる。国防軍だ。窓からは銃口が覗いているが、中と外では圧倒的な戦力差があることは、誰が見ても明らかだった。
 断っておくと、ムイ教の教会だからと、そんな理由で襲撃しているわけではもちろんない。ただ、この教会が所属する、ある“宗派”が過激な主張を持ち、多くの事件の裏側にいるから、“大捕り物”と称して弾圧を加えているのだ。
 銃で応戦しつつ、中の人たちは扉を開けさせまいと、必死になってその近辺の守りを固めている。理由は一つ。その隙に、建物の後ろから女性や子ども達を逃がすためであった。
 だが、できるはずがないのだ。次々と、国防軍に捕まっていく。兵士たちは、荒々しい態度で捕らえた人たちを後方に連行する。畑の向かいにある、寂れたコンクリートの建物へと。
 そこには、作戦本部があるのだ。

「水天髣髴青一髪」

 本部一階の福井竹丸中佐は、連行される人々を、薄汚れた窓越しに見ながら、ふとそんなことをつぶやいた。漢詩である。しかし、周りの人たちは意味すら取ることができず、無理やり笑顔を形作っていた。
 そんな中で、灰色の冷たい壁際で控えていた東郷三笠少尉だけ、少し厳しい表情で中佐を見た。窓から遠く、明かりの乏しいところにいるだけあって、その威圧感は何割増しかになっている。
 それに気付いた福井中佐は、微笑を浮かべながら本部にしている建物を出た。三笠もそれに付いていく。向かった先は、先程の攻撃対象の建物だった。

「……竹丸先輩、同情するのは勝手ですけど、あまり公の場では言わないほうがいいですよ」
「どうせ奴らには分かるまい。事実、あの場で正確に意味を取っていたのはお前だけだっただろ」

 福井中佐は包囲網の後ろにある車の上に上って、今にも開かれんとする建物の扉を見つめた。
 前には力尽き倒れた三尖塔の人たち。つまり、ムイ教徒たちだ。それぞれ、手には木彫りの女神像を持っている。彼らは死んだ。女神像は、見捨てたのだろうか。それでも、信者の顔は穏やかだった。
 水天髣髴青一髪、それはかつてさる高名な学者が詠んだ歌の一節だ。大和国のある南の地域を旅したときに詠んだと言われている。その地域では、かつて大規模な農民反乱があった。宗教を紐帯として。鎮圧されたときの死者は、民間人を含めて数万とされる。
 つまり、福井中佐はこの反乱と今を結び付けて、遠まわしに非難したのだった。

「さて、本当の惨劇になる前に、行くとするか、三笠」
「最初から俺達だけで行けば、話は早かったと思いますけど」
「国防軍はさる中佐と高校生に頼らないと何もできないって評判になったら大変だろ。負傷者が出ても心配すんな。手は尽くしてる。そのためのイヴァンだ」

 不敵に微笑むと、福井中佐は車の上から飛び降りて、包囲している味方の真ん中を通り抜けていく。この中で、彼以上の階級の者はいない。全員敬礼をして福井中佐を通し、また後ろを護衛のように付いていく三笠に対しても道を空けた。
 すでに、国防軍側にも負傷者が出ているようだった。担架に乗せられて、後方へと運ばれていく。ある者は肩に銃弾をくらい、またある者は足を撃ちぬかれ、それぞれが担架の上で苦しげな声を上げていた。
 その中で、福井中佐の目に腹部をやられている若い兵士が映った。明らかに、一番の重傷者である。福井中佐は担架の横に立って、痛みにうめく下士官の手を取った。

「もう少しの辛抱だ。この戦いには、シベルからボルフスキー大尉っていう軍医が参加してるからな。すぐに治してくれる。お前は死なない。もう少し、頑張ってくれ」

 下士官は声には出さず、こくりと頷いた。表情は幾分か穏やかになっている。
 イヴァン=ボルフスキー大尉がいる。それは、この業界では神の如く崇められている言葉だ。絶対に死なない。どんな傷を負っても生きて彼のところに辿り着きさえすれば、どんなにひどい傷でも治してもらえる。ここまで来ると一種の神話のようだが、ほとんど事実であるから笑い飛ばすこともできない。
 福井中佐は担架が運ばれていくのを確認すると、中へ突撃しようとしている兵士たちの中に押し入って、突撃をやめさせた。
 そして、懐に忍ばせていた拳銃を取ると、一人中へと入っていく。後ろにいた三笠も下士官達を下がらせて、慎重に中へ足を踏み入れた。