ゆめたがい物語
作者/紫 ◆2hCQ1EL5cc

第二話 帰宅部エースと国防軍エース-2
最後の目的地、菓子売り場周辺で、その事件は起こった。
この売り場は、走り回る子どもがよく来ることもあって、比較的広めに通り道を作っている。だが、タイムセールとは基本的に無縁であるため、この時間帯はあまり人がいない。そのためだろうか。この場所が選ばれたのは。
「動くな」
物色中のほたるは、腕を掴まれて初めて異変に気づいた。背後には、いつの間にか男が立っている。マスクも覆面も何もつけていない。若い男だった。買い物籠が思わず手から落ちる。首筋には、包丁が突きつけられていた。
周りの客は悲鳴を上げながらその場から去っていく。それを追うかのように、男はほたるに包丁を突きつけたまま、レジのほうへと歩いていった。
「会長を出せ! 神に叛きし忌まわしき男を。我はムイ教、南道宗、帝拝会会員。資金提供を断った罪、神に代わって鉄槌を下す」
定員の前で叫ぶ男。狂っている、とほたるは思った。
“ムイ教”とは、“チカラ”をもたらすと言われている神を祭る一神教だ。様々な宗派があることで知られていて、その中には過激な主張を持つ一団もある。この南道宗の帝拝会というのは、そんな強硬派の一つだろう。
もっとも、帝拝会という組織について、ほたるは聞いたことすらなかったが。
「庇い立てするなら、この娘を殺すぞ!」
男はほたるに突きつけた包丁をこれ見よがしに誇示する。定員は必死でそれを止めようと、「呼ぶから待ってくれ」などと様々な言葉を口にしていた。
そんな時、ほたるの視界に先程の“猛者”が入った。目が合う。そこで、彼女はそれが誰であるか分かった。直接面識は全くない。だが、聞いたことはある。隣のクラスの、学生ながら国防軍に所属する男子生徒の話。
ほたるは見た。籠を持ったまま、男子生徒の足が地を蹴ったのを。だが、そこまでしか分からなかった。
次の瞬間には、首に突きつけられていた包丁の先は、その男子生徒の手の中に納まっていた。少年は包丁の刃を持ったまま、男と彼女を引き剥がすように、少女の肩を強く押す。突き飛ばされた形のほたるは、硬い床に投げ出された。その間に、男子生徒は初めて籠から手を離して、華麗に男を投げ飛ばす。一本背負いに近い技だ。
床に叩きつけられた衝撃で、男の手から包丁が離れる。少年はまだ包丁を握ったまま。そしてレジの前で売っていたビニールの紐で、男の両手を縛り上げる。最後に男の包丁で紐を切ると、定員と話をし出した。包丁はレジに置く。刃を握っていたはずなのに、その手のひらに、傷は全くなかった。
「また貴様か、東郷少尉」
「憲兵隊の鉄砲女か」
しばらくすると、きっちりとしたスーツ姿の一団がやってきた。国防軍ではない。この大和国において警察任務を遂行する組織、憲兵隊だ。国防軍とは至極仲が悪いことで有名であり、何かと言うと、今のように冷たい雰囲気になるらしい。
「犯罪者逮捕は私たち憲兵に任せて、貴様らのような野蛮人は余計なことをしないでいただきたい」
「……じゃ、今度からはその給料に見合った仕事をしてもらいたいもんだな」
憲兵隊の一団、その中で一番若そうなポニーテールの少女は、殊にこの少年に突っかかる。他の憲兵隊員たちは、少々呆れ気味に少女を見るが、取り立てて止めようとはしなかった。
国防軍の少年も少年で、この手のことには慣れていた。特にこの少女相手となると。適当に冷たく受け流すのが一番の得策なのだ。
熱と冷のにらみ合い。その終止符を打ったのは、憲兵隊のリーダー格の若い男だった。
「えびら! 協力してもらったのになんて口の利きようだ。……すまない、東郷少尉、いつも迷惑をかける」
「俺は買い物があるのでこの場はお任せします、西郷さん」
「任せとけ。さあ、仕事しろ、お前ら」
憲兵隊のリーダー格の男、西郷隆はもう一度少年に頭を下げると、店員と話し出した。
余談だが、彼は最高学府を出た超エリート憲兵隊員で、将来の本部長候補と名高い。実は射撃の腕もなかなかのもので、国防軍ものどから手が出るほどほしい人材であった。
件の男子生徒は籠の元に戻る。手に入れた食材は痛んでないか。しゃがみ込んで注意深く確認する彼の表情は真剣そのもので、先程少女を助けたときの比ではなかった。
どうやら大丈夫だったようで、置いておいた籠を持ち上げた。ほたるは礼を言おうと立ち上がろうとするが、すっかり腰が抜けてしまっていた。
「怪我ないか? 突き飛ばしちまったけど、受身がうまくて助かった」
男子生徒はそう言うと、ほたるが言葉を返す前に、騒然とするレジに入っていった。そして、見返りを要求することもなく代金を支払い、この日の戦利品を次々とエコバックに詰めていく。
最後に“エコバック使用ポイント”を貯めるともらえる洗濯洗剤を、嬉々としてかばんに入れると、衣類を売っている二階へと上がっていった。

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