ゆめたがい物語

作者/紫 ◆2hCQ1EL5cc

第五話 大捕り物とムイ教徒-3


 今まさに国防軍の攻撃を受けている、三尖塔のある部屋。木製のドアには見事な女神像が彫られている。さらに、長いテーブル、柔らかなカーペット、棚などはどれも高級品で、どうやらこの教会の応接室のようだった。
 テーブルの上には洋風の豪華な食事が並ぶ。ものによってはまだ湯気を出していて、作られてからさほど時間は経っていないことを示している。ただし、手の付けられた気配はない。
 そんな部屋には、二人の大和人がいた。長い机を挟んで、女神のドアから見て右には和服姿の美女、それに対して左側の一人は、どこからどう見ても何の変哲もない普通の小学生であった。

「そろそろ、色よい返事をもらえるとうれしいのだけど」

 美女はつややかな唇を、ゆっくりと動かした。窓から入ってくる日差しに輝く切れ長の目は、少年を逃さず捕らえ、にこりと微笑むとそれだけで魂を抜かれるようだ。
 しかし、そんな蠱惑的な微笑も、たかだか小学生の前では無意味であった。

「何度も言わせんなよ。俺はムイ教なんかに入らない!」
「もう、このわたくしの誘いを無下にするなんざ、将来絶対に後悔するわよ。全く、秋山家って本当に」

 むすっとした顔もまた、見る人が見れば千金の価値があるものであった。
 窓の外からは戦闘の音が聞こえてくる。銃声だけではない。敵味方問わず、ありとあらゆる声が耳を刺した。
 だが、美女は全く気にすることもなく、机の上の紅茶を惚れ惚れするほど優雅な所作で口に含んだ。

「それより、落ち着いてんだな。外の音、国防軍だろ?」
「あら、国防軍が何人束になったってこのわたくしに敵うはずないわ。嵐君も、身をもって経験したんじゃなくて?」

 美女は口元に藤色の扇を当てて笑った。
 一方で、嵐は苦虫を噛み潰したような表情になる。彼は、家の近くの公園で、一歩でも“かの守銭奴軍人撲滅”という夢に近づこうと、朝からチカラの練習をしていたのだ。そこを、突然現れたこの美女に連れ去られた。
 自分の能力については自信を持っていたが、手も足も出ないとは、まさにこのことだった。
 練習どおりに掌から炎を出して女にぶつけた。だが、彼女がハエでも払うように手を動かすと、燃え盛っていたはずの業火は、まるではじめから存在しなかったかのように、跡形もなく消えてしまったのだ。
 そうして、いつの間にやら嵐はこの建物の応接室に連れてこられ、豪華な食事による歓待を受けている、というこの不可解な状況が出来上がった。

「ご飯、食べないの? 冷めちゃうわよ」

 美女はそう言いながら、自分の皿には冷たいサラダをよそった。ついでにドレッシングをかけようと、着物の袖を気にしつつ、すっと腕を伸ばす。
 あくまで自分のペースを保つ美女。それに対して嵐は食事には目もくれず、眉を吊り上げて険しい表情をしていた。

「誰が、こんな見え透いた罠にかかるか!」
「あら、チカラを持った人に精一杯のおもてなしをするのはわたくしたちムイ教徒にとっては常識よ。チカラを持った人は、“母なる主”に選ばれた使徒だもの」

 美女は漆塗りの箸を手に取ると、サラダを一口ずつ運んでいく。その間に、外の戦闘の音が止んだ。嵐は座ったまま窓に目をやるが、見えるのは寂れた商店街だけで、戦闘の状況は全くわからない。
 ふと、美女はサラダから目を上げた。箸を一度置くと、紅茶を飲み、くすりと微笑を浮かべる。
 美女は椅子から立ち上がり、棚からティーカップを二つ出した。どちらも嵐が今使っているような高級品だ。
 作法通りに紅茶を入れる和服の美女。空いた二つの椅子の前にカップを置くと、くるりと振り返り、ドアのほうを見つめた。髪飾りが、しゃん……と心地よい音を立てる。
 その時、こげ茶色のドアが、荒々しく開けられた。壁に叩きつけられる彫られた女神。二人の国防軍人が銃を構えて入ってくる。怪しく光る銃口は、まっすぐ美女に向いていた。

「そろそろ、お見えになる頃だと思っていました。お会いできて光栄です、福井中佐、東郷少尉」

 突然の乱入者に対して臆することなく、美女は優雅に頭を下げて、先程紅茶を用意した椅子を引いた。この状況だというのに、やはりあの蠱惑的な微笑を浮かべている。

「お茶でも、いかがですか?」