ゆめたがい物語
作者/紫 ◆2hCQ1EL5cc

第七話 北国兄弟と大和文化-6
「……兄さんは、キツネ面って知ってるよな。軍でちょっと話題になってる」
窓の外に目を向けたまま。唐突な問いであった。
「……ああ」
そんな弟に対して、イヴァンはため息とともに目をつむり、低い声で短く答えた。
「どう思う?」
窓から目を離し、兄の碧眼を見て訊いた弟。だが、イヴァンは答えずに再びフォークを取って食べ始めてしまった。
気に障るような事を言っただろうか。ボリスは、不安そうに兄と良く似た碧眼を泳がせる。すると、イヴァンはフォークを置かずに口を開いた。
「どうとも。ただの人殺しだな。俺みたいに」
「兄さん……」
感情のこもらない淡々とした口調で答えると、イヴァンは残っていたスパゲッティを一気に食べきった。
軍医といえども、彼は戦闘兵科付きである。戦場では安穏と安全地帯にいるのではなく、前線部隊とも行動をともにし、必要とあれば引き金も引いてきた。
「問題を取り違えてるな、みんな。危険人物を殺すのが正義か悪か? 違うだろ。シベル軍も大和国防軍も危険人物を殺しても義とされる。キツネ面と何が違う? この問題は、法の下の殺しは正義か、だ」
どこかに、先日参加した国防軍の任務を引きずっている面もあったのだろう。そして、それ以上に今までの自分の経験もあった。
イヴァンは、コップに入っている氷を口に含み、奥歯で強く噛んだ。歯に滲みたのか、少しだけ顔を歪めた。
「兄さんなら、そう言うと思った。じゃあさ、一時期騒がれた臓器移植は? あれも法の下の殺し、違うか?」
ボリスの目の色が変わった。おそらく、これが本題なのだろう。
軍医である兄、もっといえば、医者である兄に訊く。イヴァンの表情は、徐々に困ったような苦笑いになっていった。
「これはまた難しい。シベルじゃ、宗教上御法度だな。でも、大和じゃ合法。移植で助かる命があるのは事実で、目を覚ます見込みがなく、しばらくして死ぬなら、そっちの方が良いって理屈だな」
そう言った時、ボリスは眉間にしわを寄せてうつむいていた。イヴァンは、そんな些細な表情の動きを決して見逃さない。
「いいか、ボリス。大和が残酷なんじゃないぞ。これも、文化の違いの一つだ」
文化、特に宗教が関わったときの弟の思い込みの激しさを、イヴァンは良く理解している。誤解の種は一つずつ解いていかなくてはならない。すれ違ったままだと、後々大変な事になるのだ。
それを受けて、ボリスはうつむきながら静かに頷く。納得はしきれていないのだろう。だが、固執する事はなく、それでもやはり思い詰めて、また心配そうな表情で兄を見た。
「兄さんは、どう思う?」
「俺は、どちらかと言えば反対。目を覚まさず、治療の見込みもほとんどない。そんな状態でも、やっぱり生きてるんだ。認められないだろ、大切な人なら。……俺も、ボリス、もしお前がそうなっても、絶対守り抜くよ。俺がそうなったら、迷わず誰かに心臓あげてくれ」
どこかイヴァンは、遠くを見るような目で言った。澄んだ碧眼は弟を通り越して、ただその後ろの花瓶にぶつかる。染み一つない純白の陶磁器からは、薄紅色の芙蓉が静かに顔を出していた。
弟は、兄と視線を合わせる。イヴァンの視界から花瓶が消えた。
「僕も、僕も兄さんを守るよ」
「……それが、お前の答えだ。守れば良いんだよ、とことんな」

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