ゆめたがい物語
作者/紫 ◆2hCQ1EL5cc

第八話 夢見る少年と夏祭り-2
向かった先は、船が出て行く桟橋近くにある倉庫だった。
つなぎにヘルメット。もしくはねじり鉢巻。花火職人たちが忙しそうに運搬作業を続けている。もう佳境だろうか。本来なら日のあるうちに終わらせるものだが、雨の影響ですっかり月の出ているこの時間までかかってしまったようだ。
当然、立ち入り禁止である。ことを大きくしたくない中佐は、まず嵐に物陰で待機しているように命じ、次に職人たちの目をかいくぐって、また時折自身の“チカラ”を使いながら、倉庫の中へと入っていった。
「……祭り囃子が鳴り響く中、倉庫で一人で過ごすなんて寂しい人生送ってんなぁ」
蛍光灯の明かりが照らす倉庫の中。片腕を着物のたもとの中に隠しながら、福井中佐は乱雑に物の入れられた棚に向かって、意地の悪そうな笑みを浮かべてつぶやいた。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた段ボールが動く。
すると、轟音とともに中佐に向かって鉄製の工具が弾丸のように飛んできた。咄嗟に避けられるスピードではない。
しかし、いたはずの中佐はそこにはいなかった。棚の前。いつの間にか、その中に座り込む中年の男の手首を、たもとに隠していた手を出して掴んでいた。
「よう、爆弾魔。元花火職人、作った花火で孤児院をはじめとした様々な施設を爆破、指名手配中。ここをターゲットにすんじゃないかって思ってたよ」
棚から引きずり出された男。外の花火職人たちのような格好だ。ただ、髪はぼさぼさで、服装も気を遣っていないようで煤だらけ。その中で、ねじり鉢巻だけが真っ白で清潔に保たれていた。
「ふん、憲兵か、国防軍か。当然だろう? 若造。爆発は、大きいほど意味がある。観客にお望み通り見せてやる。末期その刹那に、目の前に広がる美しい大輪の花を」
「死者への追悼、明日への希望が、全てを暗闇にたたき落としてどうすんだよ、元花火職人」
乾いた唇を裂きながら巻き舌気味にまくしたて、ニィと笑う男。福井中佐は眉間にしわを寄せる。話すのもばからしい。一度はっきり聞こえるように舌打ちをした。
「……分かってないなぁ、おいらの行動を読んだまでは良かったんだがな」
「分かってたまるか、そんなふざけた理論」
「分かってないなぁ、本当に分かってない。おいらは、元花火職人じゃあない」
男は唇から流れる血を舌でなめる。そして頬を上げ、ガタガタの歯を見せて、笑った。
「今も現役の花火職人だ!」
咄嗟に掴んでいた手首を放し、距離をとった判断は正しかった。その瞬間に、男の辺りで爆発が起きる。大会用の花火は運び出されていた後だったため、大爆発とまではいかなかった。それでも、倉庫は半壊し、火の手まで上がっている。
作業を終えようとしていた花火職人たちは、何事かと慌てて倉庫に向かった。外で待機していた嵐も、突然のことに考えることもなく倉庫へ駆け寄る。
すると、煙の中から見知らぬ男が飛び出してきた。服はぼろぼろだが、あの爆発にも関わらず、大きな外傷があるようには思えない。
「今度こそ敵だな!」
嵐はそう叫ぶと、走り去ろうとする男の足下に、拳ほどの大きさの炎を手のひらから出してぶつけた。動きを止められないまでも、何らかの傷は与えられただろう。証拠に、男は小さくうめき声を上げていた。
だが、そこまでだった。男は嵐の方を向く。暗闇で表情は見えない。急に、男の周りが光った。苦々しい顔が見えた。すると、轟音とともに砂煙が舞い、そして熱風とともに嵐の体が宙に浮く。
どのくらい経ったのだろうか。数秒か、はたまた数分か。気づくといつの間にやら、嵐は福井中佐に抱えられて、崩れた倉庫の前にいた。男の立っていた辺りでは砂埃が舞う。しかし、すでに誰もいなかった。
「大きなけがはないな? 言っとけば良かったな、あいつもチカラを持っていてな、能力は爆発。お手柄だ、嵐。足に怪我してりゃ、いつも通りには逃げ切れまい」
嵐を降ろすと、中佐は静かな微笑みを浮かべて頭を撫でた。近くの花火職人たちは倉庫の消火活動にあたり、大会用に待機していた消防団も動き出したため、こちらは大事にならずに済むだろう。
「すぐ追おう、中佐。あんな危険なやつ、早く捕まえないと死人が出る」
「……そうだな、早く行かないと、死ぬな。俺たちがちゃんと捕まえてやんないと」
やられて早々に意気込む少年。それに対して、福井中佐は意味ありげな目配せをしてうなずく。
そんな時、年配の花火職人が近づいてきた。状況を考えれば当然か。何せ、部外者は今のところこの二人しかいないのだ。
「失礼、職人さん。国防軍の福井です。すみませんが、こっちはよろしくお願いします。私達は、このまま犯人を追いますから」
浴衣の懐から写真入りの身分証を取り出して見せると、福井中佐は砂埃の向こうへと走っていった。あっけにとられる職人。ねじり鉢巻は緩んでずれている。だがそれもつかの間、力強く絞め直すと、走り去る背中にありったけの大声をぶつけた。
「気張ってけぇ、兄ちゃん! とっちめてやれい!」
気持ちのよい職人肌。
力強い声を受け、二人はさらにペースを上げて走る。薄暗いコンクリートの道。チカチカと切れかかっている街灯の下で、狐がゴミ袋をあさっている。静かだった。祭り会場からは遠ざかり、お囃子の音も遠くの方で微かに聞こえる程度。
そんな中で、突然二人の耳に甲高い音が響いてきた。閑散とした海沿いの道で、一つだけ空高くに向かう音。
それは、横笛の音だった。
「遅かったか……!」
福井中佐は悔しそうに歯ぎしりをしてつぶやいた。街灯の下の狐は闇の中へと消えていく。
それでも走る速度は落とさない。浴衣が多少乱れても気にしない。笛の音が聞こえた方へ、ただひたすら足を進めた。先へ、先へ。中佐は息を切らすことなく、海岸沿いの坂を駆け上がる。
いつの間にか、走りにくい服装にもかかわらず、中佐はどんどん先に行く。途中で嵐はついていけなくなり失速した。だが、中佐が振り返ることはなく、また嵐も声をかけることなく、できる限りの速度で追いかけていた。

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