リストカット中毒
作者/ 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

瑞貴のお話。
ああ,憂鬱だ。
疲れたような目元,どことなくふらついている足取り。
教室に行けば,迎えてくれる友達,だけれども,精神に気を遣ってくれるクラスメイトなんて一人もいない。
「おはよう瑞貴!」
瑞貴は「笑顔が一番可愛い」と言われ続けてきた。
それはさぞ,天使の微笑みを主張するかのように,ずっとずっとずっとずっとずっと。
みんな,私に笑いかけてくれる。なら私も,笑い返す。
その信念だけは曲げたく無くて。
「おはよう」
にっこり,笑い返す。
「あーやっぱ瑞貴の笑顔は癒されるわあ」
良い加減聴きあきたその台詞も,瑞貴の心の負担になっている。
ああ,生きづらい。
瑞貴は思う。
本当に私が天使だったら,空に帰らなくてはいけない。地上はあまりにも息がしづらい。水中はあまりにも世界が狭い。空中はあまりにも空気が重い。
それはきっと,この場に生まれた者ではないからだ――と,瑞貴は考えている。
正常な人から見れば,「何を馬鹿な事言っている」…となるんだろうけど,彼女は本気。
ああ,早く,空に私を帰して。
いつしか母は言った。「子供は授かり物じゃなくて預かり物だと思う」と。
ならば私も預かり物? じゃあ,私を預けたところは天?
訊ねれば笑われるから,訊かなかった。
ある日息ができなくなった。
地上の空気に押し潰されたんだと彼女は思った。
その時ふらついて,壁に頭を打ち付けた。
すると吃驚,息はすう…と楽になった。
彼女は思った。「壁に頭を打ちつければ楽になれる!」
以来,壁に頭を打ち付けるのは,
「欠かせない日課みたいなもの」
柚月の話。
響く音,喚く少女。
「虐めもリストカットも悪い環境も暴力も家庭内問題も麻薬も薬物乱用問題も人がッ,人が存在する限りなくならないんだよッ!」
痛切な叫び声。誰も耳を傾けようとしない。背を向けようとする。向かい合おうとしない。誰も少女を見ようとしない。誰も綺麗事ばかり述べる。頑張ってるのに頑張れという。努力が足りないという。全て他人のせいにする。責任転嫁,馬鹿みたい。何故人は自分にとって都合のいいものを「真実」にする。都合の悪いものこそ「真実」なのに。誰も他人を優先できるほどよく出来てない。馬鹿ばかり。
「虐めは人のストレス解消法! 何かを守るもの! リストカットは自分の存在を確認する手段! 環境は人が存在してる証拠で悪い環境は人が悪いから! 暴力は人に力があるから! 家庭内問題は人が感情を持ってるから! 麻薬は人が疲れを感じてるから! 薬物乱用は世界に絶望してるからッ逃げ出したいから! 全部全部全部全部全部……人間が存在してるから無くならないんだよ! 虐めと向き合う!? そんなのできっこないじゃない! 相手が弱いだけでしょ!? そうでしょ! ねえ!!」
泣き出しそうなほど歪んだ顔でクラスメイトに語りかける。
黒板に書かれた「虐めや社会問題をなくすための努力」という文字を黒板消しで乱暴に消し,クラスメイトに向かって投げつけた。顔に的中する。目に粉が入って,泣きだした。こっちを睨む。
あまっていた椅子を振り上げた。逃げ出すクラスメイト。遅れをとったクラスメイトの背中に,椅子をぶつけた。大声で泣き出す。まだ足りない。
「綺麗事ばっか言う奴らなんて,死ねばいい!」
少女は叫ぶ。
「うるさいっ殺人鬼!」
教育指導の教師は少女を抑え,怒鳴った。
少女はまだ,怒りを抑える暴力をし足りない。

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