リストカット中毒

作者/ 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

伝えたい,短い話

欲張り、だけど


 きらきらに磨かれた大きな宝石が,たくさんに詰まった大きな大きな箱なんかいらない。
 ほしいのは,そう,この小さいてのひらサイズの石。
 天然石で良い。宝石じゃなくて良い。身近なもので十分過ぎるくらい。

「とある街外れのごみの山の中で,一つだけきらりと光るものを見つけました。
それは,とてもとても美しい小さな小さな石でした。
今まで見てきたどんな宝石よりも,どんな女性よりも,どんな服飾よりも,どんな景色よりも,それは美しいものでした。

彼は,それを手に入れようとしました。しかし,少しだけ考えてみました。これは自分が手にして良いものだろうか? この輝きは損なわれてしまわないだろうか?
彼は結局,踵を返し帰ってしまいました。その表情はひどく晴れやかなものでした。
何故なら,これは奪ってまで手に入れるものではないと気付いたからです。

彼は今まで,人の幸せを奪い,己の幸せとしてきました。それでは,何の意味もない,あの美しい輝きも失われてしまうはずだと,彼は今やっと気付きました。
彼は帰って,今まで手にしていた奪ったものを全て元の場所に返しました。

一からやり直そう,と。
やり直しのきく人生なんだから,このまま終わってしまうのは勿体ないと。
彼は,そうして―――」


 それはあまりにも―――ものでした。




そうして幕は閉じられる


 彼女はへらりと笑っていった。

「良かった,真剣にリストカットと向き合ってくれる人が,小説が増えて。
虐め小説みたいに,「わたしも」「おれも」と書き始める人が増えるのはすごくすごくすごーく嫌だけど,でも,そんな軽い問題じゃないっていうことはわかるでしょう? ネットの海を渡るくらいなんだから。

……そろそろ,私の舞台の幕は引かれる頃かしら」


 少しだけ,寂しげな笑顔だった。