リストカット中毒
作者/ 黒紅葉 ◆uB8b1./DVc

伝えたい,短い話
一緒に居ることを望まれる喜び、みたいなもの
「君が死んだら、その遺骨の一部をあたしにちょうだい」
あたしの髪を楽しそうに弄る愛しい少女にそう告げたのは、あたしたちの始まりも終わりもそれからも良く知る友人たちの目の前だった。
今の爆弾発言を聞いた友人たちは目を剥き、悠々と絵を描いたり愛しい少女の手に触れたりしているあたしに、目だけで「お前大丈夫か!?」と訊いてきた。
もちろん大丈夫よ、今更どんなダメージ喰らったって大して変わらないって。
あたしもまた目だけでそう語ると、彼等は呆れたように嘆息した。
揃いも揃って失礼だ。
あたしの頭上で笑っているだろう少女は、あたしの申し出を受け入れた。
肯定以上にうれしい言葉と共に。
「良いよ。遺書に書いておくよ、「私の遺骨の一部を**さんにお譲りいたします」、って」
櫛もなにも使わずに、少女の手だけで整えられていくあたしの髪の毛。彼女の体温を感じながら、あたしは笑んだ。
なんてうれしいの。一度あたしを拒んだ割に、そしてあたしを否定した割に、まだ憎悪はないらしい!
同情かもしれないけれど、それでも良かった。
あたしは、彼女の言質をとりたかっただけなのかもしれない。
「それじゃあ、あたしの遺骨を、君にあげる」
「やったぁ、うれしい。ネックレスが良いかな」
心底うれしそうな声音に満足する。
ネックレスが良いかな、という言葉に少し期待した。
何故ならあたしが彼女のネックレスになったなら、それを処分しない限り一緒に居られるということだから。
なんて素敵なんだろう。あたしはうっとりする。
顔色を真っ青にさせた友人たちは無視することにした。
「ネックレス良いね、でも指輪も良いかなあって思うの」
「お、良いね。でもそれだと無くしそうだから……うん、やっぱりネックレスが良い」
あたしは歓喜した。
だってそれは、小さく喋れなくなったあたしを失いたくないという意味を持つ言葉だ!
それはあたしの、ただの妄想かもしれない。理想論かもしれない。
それでも。
「あたしもネックレスにしよう、そうすれば」
――ずっとあなたと一緒に居られる!
いつもより高い位置で結わえられたあたしの髪。
彼女がやってくれた、という事実に、さっき交わした約束にあたしはひとりで頬を染める。
彼女の立ち位置と、あたしの座っていた場所を交換し、あたしは彼女の髪に触れた。
指の間から僅かに見えた彼女の耳は、ほんのりと赤く、ああやっぱりこの子が好きだとあたしは性懲りもなく思った。
友人たちは、もう青い顔などしていなくて、「よかったね」とでも言うように、少し幸せそうに笑みを唇に浮かべていた。
彼女の首筋から香る、甘くかぐわしい香りに酔いながら、あたしは友人たちに応えるように満面の笑みを見せた。
*
あの日は、あの日交わした言葉は、確かに存在しているんです
ないしょばなし みんなには、おしえちゃいけないよ
どうしようもなく悲しいときに、情けなくも涙腺が緩みます。
空虚感で満ちた頭で、なにを思えばいいのかわからなくなるくらい。
それでも、紅葉は思うのです。
私のだいすきな人が、だいすきな人たちが、泣きたくても泣けなくて、泣きたくても我慢して、つらいのを堪えて堪えて必死に笑ってるというのにどうして私ひとりが泣くのを許されるというのか、と。
泣きたいときには泣けばいいよ、と私と友達になってくれた優しい彼女は言いました。
けれど彼女もまた耐えているようです。なら私だって泣かない。
ネットでもそう。あの人が、あの方が、「泣けない」と言っているのに、私だけがその感情を爆発させるのは、どうにもおかしい気がしてしまうのです。
そちらのほうがおかしいなんてことはとうにわかっています。
私の一方的かつ迷惑なだけである重い好意が、彼女たちの負担になっていることもわかっています。
だからこそ、私はわざと自分を追い詰める。
だいすきな人たちに、「大好き」とちゃんと伝えたら、瞬間その言葉は軽くなります。
それは私の等身大の愛が、正しい形で伝わらないということで。
想像するに耐え難い。私は考えました。言葉以外で、伝える方法を。
スキンシップ? 声? 文章を捧げること? ああけれどそれらをするには私はあまりにも臆病です。
考え、考え、考え抜いた結果、ひとつの結論にたどりつきました。
「みんなにあたしを嫌いになってもらえば良い!」
大嫌いな人間から、真っ直ぐな目と言葉で、真剣に気持ちを伝えれば、私の形容するのも難しいような愛も、心も、ちゃんと伝わってくれるだろう、と。
私は前に――未練がましく今もですけれど――愛した少女の悪意と殺意を感じたころに、彼女に言いました。
いつも通り、手を繋いで歩いていた廊下で、二人きりのときに、逃げ場を与えないように手にぎゅっと力を込めて。
「君があたしを嫌いになっても、あたしは君を嫌いにはならない。ずっと好き、大好き」
今、この言葉はもう無効なんだと、彼女は思っているのかもしれません。
残念ながら、有効です。私は自分の言葉に責任を持たない、持てない人間にだけはなりたくないのです。
いつもいつも、大好きな人たちの笑顔のことばかり考えて、想って、そうすることで自分も救われたなんて妄想をします。
どうすれば、笑ってくれるだろう。どうすれば、楽しんでくれるだろう。
その笑顔の中に、私がいないということはとてもとても……悲しくて、切ないけれど、そうなるように彼女らを動かそうとしたのは私なので、彼女らには決して言えないのです。
私を嫌いになっても、私の言葉で笑ってくれる。それはどんな苦しみからも私を助けてくれるような、そんな素敵なことです。
――彼女らを、私のことが大嫌いな彼女らを笑わせることで、楽しませることで、かつて私が壊したあの優しい空間を取り戻せるはずなんです。
私が弱さを見せず、ただ鬱陶しい、けれど場を盛り上がらせる……それだけの役立たずに成り下がれば、私が傷付くことで彼女らの笑顔を奪うことはもう無い!
なんて最高なのでしょう。上手くいけば、私は苦しいけれど、彼女らは私のことで胸を痛ませる必要も、頭を抱える必要もなくなるのです。
今まで悩みを聞いてもらいました。たくさん慰められました。けれど同情はいつしか、必ず苛立ちに変わります。私はそのころあいを見計らって、計画を実行しました。
私が傷付くことで悲しそうな顔をするあの子も、私が話す本音に不快感を示すあの子も、私の壊れた姿を見ても、「あぁうざったい」としか思わなくなれば、それは何よりもうれしいことです。
愛されなくなるのは怖いです。けれど私のせいでだいすきな人たちが傷付くのはもっともっと怖いです。
だから私は、この計画のことは彼女らには決して言いません。
(それもこれも、愛故なんです。お願い、どうか信じてください)

小説大会受賞作品
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