二次創作小説(映像)※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

  永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ
日時: 2016/12/06 01:24
名前: Chess ◆1OlDeM14xY (ID: ZZuF3m5i)

【 目次 】 >>1
(11/17 更新)

【 他作品紹介 】 >>533


 ——その短い時の流れは、
 けれど確かに、そこに存在していたもの。
          トワ
 ——あの軌跡を、永遠の記憶に変えて。
        あの空に捧げる、これは一つの物語。



【 お知らせ 】
 ——というわけでこちらでは初めまして、『二次小説(紙ほか) (旧)』で活動しておりました元Chess、
現在 漆千音 の名で小説を書いています。
 (紙ほか)が『旧』になったことを境に、この小説を(映像)に移転いたしました。

 タイトル通り、これはドラクエⅨの二次小説です。
 オリジナルっ気満載です。ご注意をば。

 どこか王道で、どこか型破りで。不思議な設定の物語を目指しています。
 ——コメント大歓迎です。

 URL:Twitterアカウント。pixiv小説と兼用。
 更新速度は不定期。場合によっては月単位。

【 ヒストリー 】
  2010
8/30 更新開始
11/15 (旧)にて十露盤さん(当時MILKターボさん)、初コメありがとうございます((←
12/14 『  ドラゴンクエスト_Original_ 漆黒の姫騎士』更新開始

  2011
1/23 パソコン変更、一時的にトリップ変更
3/25 (旧)にてサイドストーリー【 聖騎士 】
5/23 トリップを元に戻す
5/25 調子に乗って『小説図書館』に登録する
12/8 改名 chess→漆千音

 2012
2/10 (旧)にてサイドストーリー【 夢 】
8/11 (旧)にてteximaさん初コメありがとうです((←
8/30 小説大会2012夏・二次小説銀賞・サイドストーリー【 記憶 】
9/26 (旧)にてフレアさん初コメありがとうなのです((←
9/29 (旧)にて参照10000突破に転がって喜びを表現する
9/30 呪文一覧編集
10/1 (旧)にてサイドストーリー【 僧侶 】
10/7 スペース&ドットが再び全角で表示されるようになったぜ!! いえい←
10/8 (旧)にてサブサブタイトル変更。字数制限の影響でサブタイトルは省きましたorz
12/8 十露盤さんのお父上HPB。改名してから一周年。
   「・・・」→「…」に変更。
12/9 (旧)にてレヴェリーさん初コメありがたや((←

 2013
1/14 (映像)への移転開始。
1/19 (旧)の参照20000突破に咳をしながら万歳する。サイストはのちに。
3/4  ようやく(映像)側で初コメントを頂けました((感無量
   スライム会長+さん、ありがとうございます!!
4/3  移転終了、長かった。
4/4  架月さん初コメに感謝です!
4/7  移転前からご覧くださいました詩さん、初コメありがとうございます!
4/21 Budgerigarさん、じじじ人生初コメああありがとととうござざざ((だから落ち着けbyセリアス
4/22 みちなり君って誰やねん。
9/4  何かの間違いじゃないのか。2013年夏小説大会金賞受賞!!
   皆さんゴメンナサイ((ぇ
   そして朝霧さん、ユウさん、初コメありがとうございます…!
11/16 イラスト投稿掲示板6号館にマルヴィナ&キルガのイメージ画像投稿。
11/17 続けてセリアス&シェナのイメージ画像投稿。
11/29 更にチェルス&マイレナのイメージ画像投稿。
12/6  別スレッドドラクエ小説更新開始。
12/8  特別版サイドストーリー【 記念日 】。
    あと参照10000突破ァァァァァ!!

 2014
5/26 参照20000こえていた。驚きすぎて飛んでった。帰ってきた。←

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107



Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.304 )
日時: 2013/04/02 22:25
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 ——遠く離れて。
 ドミールの里、夜。

「……」
 もうどれくらい、放心していたかわからない。
 はっと気づけば、思い出してしまう。なぞってしまう。あの言葉を。

 ——シェナが——…

 あの言葉に自分が、どう思っているのか、何を考えているのか、わからなかった。
怒っているわけじゃない。悲しいわけじゃない。悔しいわけじゃない。許せないわけじゃ——

 ——わけ、じゃ。

「………っ、くそっ…!」
 セリアスは、頭を振った。抱える。…何度目だろう。この行動も、この言葉も。
ゲルニックの言葉は嘘ではないだろう。シェナのあの反応、あの動揺。
真実だと、事実だと語った、あの姿。考えると、わけがわからなくなる。
無理矢理考えを放棄して——結局は、同じことの繰り返し。
辺りが夜になっていることも、空腹を訴える音も、何も気づかないほど。

———アス。

 何も聞こえないほど、放心状態にあった。

——セリアス。

 ——はずだった。

「——え」顔を上げる。
『セリアス。聞こえるな』
 しばらく壁時計のあたりを無意味に眺めたまま、硬直した。と、弾かれたように辺りを見渡す。今、確かに。
「な…あ…?」
『聞こえたようだな。——突然だが、アタシが誰だかわかるな? 分からんとか言ったらシメる』
「マラミア」セリアスは少し上ずった声で言った。「…なのか?」
『アンタもいきなり呼び捨てかよ…まいーや。せーかい、んで、一応初めまして』
「…は。はじめ、まして——な、何で」
 そこにいないのにセリアスには、見えた。炎髪と紫の眸の、その人が。——ところで『も』ってなんだ?
『何でって——まぁ、アタシにようやく気付かれたから、かね。
遅かったねー。あの色男くんはかなり早く気づいてたぜ。ま、アタシじゃなく、アイにだけどさ』
「む? ぬ? …キルガ?」
『そ。ちなみにアタシは色男くんには見えないし、対称的にアンタはアイのことは見えない。
まぁこれはどうでもいいんだが——』
 マラミアは本当にどうでもいいように軽く流すように言ったのち、少しだけ真剣な顔になった。
『…時はきた、ってやつさ。教えに来たんだわ。帝国に殴り込みに行く前に
知っておかなきゃなんないこと——マルヴィナと、アンタらの、“本当の正体”ってやつをね』
「っ!」セリアスは大きく反応した。
『ただ、時間がない。チェスに——チェルスに呼ばれたらアタシらはすぐ行かなきゃなんない』
「チェルス——あっ、チェルス、無事な」
 最後まで言う前にマラミアは制した。片目を半分開けて笑うという不思議な表情でマラミアは言った。
『あいつがそう簡単に敵の手中に入ると思うか? 無事も大無事さ。
大体、あいつが捕まること自体が、作戦だったんだし』
 セリアスは三回まばたきした。
『まぁ、その話は本人に直接聞いてくれや。とにかく本題に入る。
まず、アンタと色男くん——キルガの正体について』
「…ん」セリアスは姿勢を正して集中した。
何故正座? とマラミアは思ったが、指摘する時間がもったいない。
どうせすぐ足が痺れるだろうと勝手に思い、マラミアはいきなり事実から言った。

『アンタはアタシの“記憶の継嗣”だ』

 さっそく混乱した。
「…へ? …は?」
『念のために——マルヴィナはチェスの“記憶の子孫”。アンタはアタシの“記憶の継嗣”。
キルガもそうだ。ただしアイツは、アイのね。——傾いてるぞ、セリアス』
 既に正座は崩れかけている。集中力切れるの早っ。
「——えと、」
『その違いだな。…最初に言っておくが、これは一応話しておくだけで、理解すべきもんじゃない。
…でも、とりあえず、聞いときな』

 同じ時、キルガもまた、セリアスと同じ現象を目の当たりにしていた。
ただし、彼の前にいるのは、言うまでもなくアイリスである。ただ彼はセリアスほど混乱しなかった。
同じタイミングで、同じ話をするアイリスの前で、静かに気持ちと話の内容を整理する。

 ——初めて見るのに、懐かしい、自分はこれをどこかで見たことがあると感じることが人間にはある。
“未世界”ではそれを、デジャヴ、と呼んでいる。それは、“不人間”が係わっている証。
自分の記憶を人間に与える——それは“不人間”の一種の仕事でもあった。
そして、記憶を与えた者を“記憶の渡者”、与えられた者を“記憶の継嗣”と呼んでいる。

『何故そんな仕組みができたのかは答えられない。これは昔から続くもの、儀式。理由などない』

 人間にはそれぞれ得意不得意がある。それも渡者の影響である。渡者の力が強ければ継嗣の力も強くなり、
頭が良ければ継嗣も優秀になる。足が速ければ継嗣も俊足になる。
いうなれば、人間になれなかった者たちが人間に能力を託す——自分のなりかわり。
説明をするのは難いが、生まれ出でなかった自分の存在を、
生まれ出でた人間に渡すことで自分の存在を見せつける、と考える者もいる。

『けれどそれは人間の話。天使には通用しない。——けれど貴方たちは、我らの継嗣』
『決して存在するはずのない、天使にして“記憶の継嗣”なる者』

 壁越しに、キルガは考え込み、セリアスはまた傾いた。だが、その胸に宿った疑問は同じ。
 もちろん——ならば何故、自分たちは“継嗣”とやらになったのか。
 理由は単純だった。
 ——先に創られたマルヴィナが、天使だったから。
彼女の仲間として、或いは彼女を守る騎士として。記憶を継いだのが、即ち——

『アンタら二人、ってことだ』

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.305 )
日時: 2013/04/03 21:43
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 セリアスは言うまでもなく首を傾げていた。キルガでさえ追いつくのに時間を有した。
結局、マラミアが初めに言った通り。異世界の理を理解することなど、愚挙であるのかもしれない。
この反応は想像済みだった二人の女はそれに大した反応は見せない。
「…あの。マッタク分からんのですが」
 セリアスが妙な声色で呟いた。マラミアは短く笑声を上げ、だろうな、と言った。
『頭痒くなるような小難しい話をひっくるめて簡単に言うとしたら——“お前らは特別だ!”』
「イヤそれは分かったよ!!」
『それだけでいいのさ。単に今までのは、本題を伝えるにあたってまぁ
適当に知っておけばいいだろって感じで話したことだし』
 言いたいことはこれではない。そう、本当に伝えるべきことは。
『即ち、マルヴィナを含め貴方たち三人は“特別な天使”だった——
これが異常な時期に天使界に送られた原因』
 キルガの眼が少しだけ驚愕に開いた。だが、まだ。話は、続いている。

『加えて、それが原因で——天使界から落ちたとき、翼と光輪を失って、その身を守った』

 セリアスが息を呑んだ。そしてすぐさま——首を傾げた。
『これが本題。以上しかじかの特別な力を持っていたおかげでアンタらは助かったって、そう言いたかったわけ』
「…あー、結論は多分分かったけどさ。なんでそれが、身を守ったことになるんだ?」
『ん。逆に。もしアンタらが、天使の姿で落ちてきたら、アンタらはすぐさま——』

『『“天使狩り”の手に落ちた』』

「っ!?」「はっ…!?」
 二人とも、同時にその言葉をなぞった。アイリスは頷いたのみだったが、マラミアは説明を加えた。
『そ。ガナン帝国がさらに力を欲して行っているのさ。…ほら、帝国の兵士、霊だから。天使が見えるだろ』
「知ってる。…けど…」
 それなら。もしかしたら——セリアスの中に生じた考えを、今すぐ確かめたかった。
けれど今は叶わぬこと。消息の知れない自分の師匠を捜すのは、今はまだできぬことだ。
今は話を聞かなければならない。訳の分からないことだらけでも、何か一つくらい、分かることがあるはずだ。

 …けれどそれは。
 信じたくはない、真実だった。



『——次いでマルヴィナのこと』
 先にアイリスは、もう一人の天使の話を出した。
 キルガの頬が緊張する。アイリスは傍目には気づかないほど少しだけ微笑む。

 “記憶の子孫”とは何か? ——それは、“霊”の記憶を受け継いだものを表す。
先に述べたとおり、記憶を受け継がせることができるのは“不人間”のみである。
 だが、天使であるがゆえに、否、
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 天使以上の力を持つ者だったために。
 チェルスは、“霊”でありながら、“不人間”と同じことをして見せた。
そこで創り上げられたのが、言わずとも——マルヴィナ。

 だが、理を捻じ曲げたことによる代償があった。
所詮は真似、完全に同じにすることはできなかった。その代償。重すぎる、それは——


 存在は、“霊”と同じであること。即ち——命が尽きれば、その存在は、消えると言うこと。


「!!」「なッ…!」
 キルガは先にその話を聞いていた。セリアスは今初めて聞いた。けれど、受けた衝撃は、同じだった。
 覚えている。“霊”の共通点。
 その存在が、“消える”原因になるものを——

「それって——じゃあ、まさかッ…」
 彼らは気づいているだろうか。
 問う自分の声が、これ以上ないほど、震えていることに——

「もし、同時に大量の“霊”がマルヴィナの近くで消えたら——」
 駄目だ、訊くな! 訊いてはいけない、答えられたら——…制御する力は、足りなかった。

「マルヴィナは、消える——…!?」

 ——嘘だ。
 そんなことが、あるはずが—————!






『——————————そうよ』













 …非情すぎた。
 どうしてそんなことを言うのだ。
 何故そんなことを聞かせるのだ。
「…嘘、だろっ…!?」
 思わず呟いた言葉の答えも、変わらない。
「なんでだよ、何でいきなりそうなるんだよ! 今まで、そんな予兆、なかったじゃないか!」
『あぁ』マラミアは最初よりずっと言い辛そうに、答えた。『アンタらから見ればな』
「な」
『あったのさ。アイツには——いや、アイツらには、というべきか』
 後半の言葉に反応するより早く、マラミアは言った。
『訊けば一発だが——アイツは、“霊”が昇天した時、このあたり—そう言ってマラミアは、
自分の心臓を押さえた—が、…なんて言えばいいかね、脈打った、っていうのか…
そんな現象? が起きてたらしい。…それが“扉”の開閉に反応した証。“未世界”に戻りかけた証さ』
 いきなり言われて、はいそうですかと納得できる話ではなかった。マルヴィナが消える。信じたくない。
 ——信じられるものか!
『否定は気付かぬうちの肯定』アイリスは淡々と言った。『そうであると思うからこそ、否定せずにはいられない』
「嘘だ。何で、何でそうなる!? どうして彼女だけ、そんな存在になってしまったんだっ…」
 アイリスは答えない。答えは、既に説明したとおり。それが、真実だ。
 理解したからこそ、理解したくなくなる。同じだ。人間と、同じ。
「アイリス!」
『——残念だけれど』まるで何かにすがるような、祈るような声に答えず、アイリスは言った。『時間よ』

『時間だ』
「おい、ちょっ…」焦ったままセリアスは無意識に引き留めようとした。無駄だと、分かっていながら。

『…考えるんだな。ガナン帝国と戦えるのか』
『儚き存在と共にあることができるのか。——彼女の騎士として』

 同じ時に言い、同じ時に消える。
 同じ時に——騎士たちは、拳を握りしめた。

 そうすることしか、できなかった。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.306 )
日時: 2013/04/02 22:41
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 ——拳を握りしめながら。
 聖騎士は、闘匠は、顔を上げた。
 なんのために、聖騎士となった?
 なんのために、闘匠となった?
 なんのために、ここまで来た?

 ——仲間を、守る。
 対にして同じ立場。何かを守るもの。

 そう、仲間だ。今は、仲間だ。過去など関係ない。
 ——シェナ。
 昔ガナンに手を貸していたと言ったって、今はそうじゃない。共に並び、魔帝国に立ち向かう者。
 ——あぁ、何を迷っていたのだろう。

 マルヴィナだって。
 彼女の本性を理由に共に戦うことを拒否したところで、彼女は絶対に承諾しない。だろう、ではない。
断言する。最後まで戦い抜く。彼女の信ずるものに誓って。
 ならば、答えは決まっている。

 自分たちの過ごしてきた時を、結ばれた絆を、敵の人間などに壊されてたまるか。

「「————戦う」」

 ——これが自分たちの、答えだ。




(——キルガ、セリアス、シェナ——)
 牢の中で。
 マルヴィナは、寒さに震えながら、それでも強く眸を閃かせた。
 アギロのいびきを壁越しの右に聞きながら、ぎゅっと腕をおさえた。傷を負わされていた、腕を。
 …自分ひとりじゃ何もできない。自分は弱い。少々頼るということはしても、決して依存なんかしない。
幼き頃、その境遇—異常時期に送られた天使—より一部から煙たがられていた過去を持つマルヴィナは、
いつしか無意識にそう考えるようになっていた。
 ——はずだったのに。
 こんなにも、心細いなんて。

 ——あなたたちは、こんなわたしを、どう思いますか。
 勝手に先走って、敵の手に落ちて。そんなわたしを、どう言いますか。
 無謀だと、馬鹿だと、言うのでしょうか。思うのでしょうか。
 ——それでも、一緒に戦ってくれるでしょうか。

 …それとも。
 この考えが、馬鹿でしょうか?

 …思ってもいいですか。
 きっと共に戦ってくれると。

 厚かましく、自惚れてもいいですか。
                       ・・・・ ・・・
 マルヴィナは顔を上げた。何もない天井を見て、無感情に、笑った。
 いつから自分は、これほど弱くなったのだろう?
 腕をおさえ続け、寒さに歯を鳴らしながら。マルヴィナは目を閉じた。




 涙とは一体、どこから生まれるのだろう。
 どうしてこんなに流しても、無くならないのだろう。
 けれど、涙が枯れることが、怖かった。
枯れたら、消えた涙とともに、感情も消え去ってしまいそうだったから。
でも、涙を流すことも、怖かった。焼き付いて離れない。
自分を守るように倒れた騎士の姿、自分の目に付着した赤。頬に伝った、紅い涙。
 頬を伝って顎から落ちる水が、真っ赤ではないかと思ってしまうから。何度も、擦ってしまうから。
 ——まるで。後悔が波となって押し寄せて、その波が瞳から零れ落ちているようで。
 だから、止まらない。後悔は、止められない感情だから。
 ——だから——


「——シェナ!」


 肩が震えた。それは今は聞きたくない声の一つだった。強く歯を食いしばり、シェナは耳を塞いで蹲った。
 嫌だ。聞きたくない。怖かった。何よりも、怖かった——
「シェナ、開けてくれ」
 シェナは動かなかった。開けるべきだと思っていながら、開けるのを拒みたかった。
 ——声は聞こえていた。自分が、耳を塞ぎ切っていなかったことに、彼女は気づいていなかった。
感情が矛盾しすぎて、もう何がどうなっているのか、わからなかった。
「…このままでいいのかよ。あいつらに好き勝手させておいて、このまま終わっていいのかよ」
 …いいよ。答えてやろうかと思った。実際に口は開いた。けれど、言わなかった。
 怖い。何もかもが、怖い。もう、戦いたくなかった。
「ケルシュさんが言ってたじゃないか、希望だって。ケルシュさんの思いをないがしろにする気なのか」
「勝手に押し付けないで!」気付いたら、反論していた。「…やめてよ。…もう、やめてよ」
 答えはなかった。どうして何も言わないのかと思ってしまった。
答えてほしくないはずなのに。このまま放っておいてほしいはずなのに。
それなのに、涙の代わりにずっと溜め込んでいた言葉が、溢れ出してくる。
「お願いだからもう放っておいて。押し付けないで! …なんなのよ、貴方だって聞いたでしょう。
私は帝国側に着いたのよ。敵だったのよ!」
「関係ねぇだろ!」ずっと大きな声で封じられた。「過去の話だろ。今は一緒に戦っているじゃないか!」
「信じないで」シェナの声が今度は小さくなった。「…戦えない。もう、一緒に戦うなんてこと、できない」
「…じゃあ、帝国側に居たら、戦えるって言うのかよ」
「そうじゃない!!」今までで一番大きな声だった。「あんなところ、戻りたくない」

 扉越しに。セリアスは、黙った。キルガはいない。セリアスが頼んだのだ。
シェナの説得は、自分一人でさせてくれと。もちろん猛烈に抗議されたが、セリアスは引かなかった。
膝を地につけて、頭を下げて——ようやく、不承不承認めてもらったのだ。
 セリアスはそのまま目を閉じて。考えた。間違いない。シェナは今、即座に反応した。
帝国の中では戦わない。声に、帝国を本当に厭う響きがあった。シェナは帝国を憎んでいるのだ。
そして——それに対して、本当は戦おうとしているのだ。
けれど。失いすぎた彼女は、それを実行する勇気までもを、失ってしまっているのだ。
 もし言うとおり、シェナをこのまま放っておいたら——間違いなく彼女は今以上に大きな後悔を抱く。
大切な人を失った原因に立ち向かえなかったことを。

 ——もう、これ以上後悔させない。

「…行こう」
 セリアスは問いかけるように、言った。けれど、無言が、否定を表していた。
「…怖いのよ」
 代わりに聞こえたそれは、涙声だった。聞いていられないほどに。
「…戦うのが怖い。もう、失いたくないの。何も失いたくない! もう、行きたくない——」



「じゃあマルヴィナを失ってもいいのかよ!!」



 弾かれたように、顔を上げた。震えていた。思い出す、戦友の顔を。
 凛とした表情、屈託のない笑顔。喪失感を抱いた眸、それでも前に進んだ、強い仲間を。
 ——ぞくり、とした。それは何よりも、今まで覚えたなによりも強い恐怖だった。

 ———失いたくない。



 私は、

 私は—————…。









「…時間をちょうだい」
 その言葉を言ったとき、自分に意識はあっただろうか。
「…今じゃ、まだ駄目だから…少し、待って。…お願い」
 セリアスは静かに答えた。半歩下がって——最後に、問うた。
 ——来れるか、と。

 答えが返ってきた。
 その言葉は、表していた——
                 静かな——————肯定を。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.307 )
日時: 2013/04/02 22:47
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

          4.



 …それは夜明け。
『情報通り牢獄の兵士は殆ど霊か面倒だなー。手加減することほどもどかしいことってないんだけどなー』
 凄く軽い声がした。はっとして入口を守る牢獄兵が辺りを見渡した。気付かない。否、知らない。
この声の主が一体誰なのか。牢獄を守る仕事を任されている程度の兵士では、縁のない声。
「なッ…き、貴様! 何者だ!」
『えー知らないの? ぶっちゃけ帝国には有名人になってたと思ったんだけどなー』
「答えろ貴様、何者だと問うている!」
『聞こえてるよ。あと、間違いね。貴様じゃなくマイレナ様。

           —————“賢人猊下”マイレナでありんす』


 今度は、答えの声はなかった。
 それは帝国にとって最恐の名であり、最も求める者の名。
だがもちろん、それを認めるまで時間がかかり、気付いたら気付いたで簡単に動けるはずは——


「捕らえろぉぉぉぉぉぉっ!!」
『動けるんかーーーーーーいっ!』


 叫んで、マイレナはくるりと踵を返して逃走開始。その場の兵士の一人が追い、一人が牢に急ぎ戻る。
夢の中にいた兵士たちは朝からのその大声に顔をしかめ(魔物の顔に表情があるのかと言われると
答えに窮するのだが)、そろって鈍重な動きで身体を起こしたが、“賢人猊下”の名で皆一斉に跳ね起きた。
武器も持たずに走るもの、鎧を着るか否かで悩むもの、それを急かすもの——
何も知らない囚人たちにはこれ以上ないほどの迷惑な騒ぎ用だった。…何も知らない者には。

(…来たようだな)

 マルヴィナは狸寝入りをしていた。
 おそらくこの騒ぎを起こしたのは、チェルスに自分がここに来たという合図を送るためだろうと予測する。
となるとしばらくすれば、チェルス本人から何かの指示が来るかもしれない。それまではしばらく寝たふりを、

「…っ?」

 ふと、何か妙な感覚がした。どういえばいいのだろうか。何かに見られているような、というべきか。
根拠のない、曖昧な感覚だった。けれど——確かに。何かに、監視されているような気がする。
(…何だ…?)
 寝返りをうったふりをして、マルヴィナは牢の外を見た。
少々わざとらしかったかもしれない。寝息を立てるふりもした。目が慣れてくる。
外の方が明るいので逆光になっているが——その影から特定できる。
 兵士だ。
 ——武器を持った。



 ——外で。スケスケのマイレナは、一体どこから集めてきたと言いたいほどの人数の兵士から
ちょこまかしゅたこら逃げていた。

『いえっさぁぁぁぁぁぁぁーーーーー』

 とか叫んでいる。どっからどう見てもふざけていた。当然のごとく後ろから、
「待たんか、“霊”がッ」
 という声が飛ぶ。もちろん待てと言われて待つ馬鹿は
『りょーかーい』
 ここにいた。
「!!?」
 思わず驚いて一瞬動きを止めたのを見て、
『はい時間切れー。いえっさぁーーー』
 再び妙な言葉を伴い逃げる逃げる。
「こっ、きっ、な、なめおって!」
 頭に血が上り冷静さを欠き始める兵士に、
『美味しくないでしょーがー』
 意図的に大幅にずれた返答をした。
 適当に兵士に答えていながら、マイレナは実に器用なことに脳内で別のものと会話をしていた。
そんなことをする相手は、限られている。

“ マイ、準備はいいな? ”

 ばっちりね。マイレナは、マラミアに答えた。

“ できるだけ不自然にならないように——いいわね? ”

 分かってるって。マイレナは、アイリスに答えた。
 このためだけに、一体いくつの作戦を立てただろう? 念には念を重ね、愚かしいほどに警戒して。
そして、その最後が。ようやく、来る。待ち望んだ、この時が——





 時    が        ———————————









(——————————————————————ッ!!!)



 その時が。
 今ここに、来た。







 目の前に、雷が走る。身体が燃え上がるような感覚。
 立っていられない。頭が締め付けられているような、痛み。その、煌き——…。
目の前の物がまるで波線を引いたように溶け、紅い煙が立ち込める。天地ひっくり返ってんじゃないのか。
心臓ひとつ一回転させられたような気味の悪い感覚。吐き気。なにこれ。
駄目だ、さすがにこれは、耐え、ら——


「うっ…あぁぁああああああああああッ!!」





 その声に。
 自分の意識を、取り戻した。


 その大地に、彼女は立っていた。
 一人の存在として。
 三百年の、時を超えて。


 手も、足も。頬に触れた、短髪も。        ・・・・・
 雷が鳴る。暗い帝国に、一瞬だけ差した光。足元に、影があった。

「……来た」

 呟いた。声は間違いなく、はっきりと聞こえていた。

 今ここに。
 三百年前の伝説、“賢人猊下”マイレナが、復活した。

















 ———と同時に、いきなり兵士に囲まれた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.308 )
日時: 2013/04/02 22:51
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「ちょ、もうちょっと格好つけさせてくれたっていいっしょーー!?」
 もちろんマイレナの主張が通るわけはなく、四方向から槍が突きつけられる。
一瞬だけ不満げな表情になってから、マイレナは腰に手を当てた。
「手を上げろ」
「復活したばっかだってのに、武器なんか持ってるわけないじゃん」
「問答無」
「あーはいはい」
 槍が少々近づいたので、全てを言われる前に答えた。
「…我ら帝国につけ」
「あのさー、それ分かって言ってるよね? ウチがそんなことするわけないじゃん」
「貴様に拒否権はない」
 マイレナはじとっ、と気だるげに兵士を見る。
「…貴様の妹は我らの監視下にある——同じく復活した、あの娘がな」
 マイレナは応えなかった。…待て。まだそれを、実行するな。
 ——もう少し、時間を稼がねば——
「もう一人、人質はいる」
 その言葉に、マイレナは。
 ・・・・・・・・・・
 驚いた表情をつくった。
「…貴様の戦友——“蒼穹嚆矢”だ」
「…どういうこと」思ったより棒読みになってしまったかもしれない。
演技は苦手だ。そう、演技とは、所詮嘘。マイレナは、嘘のつけない性格なのだ。
「…何ならその目で確かめてみるか? あの牢獄にて」
(あ…マズイ)
 マイレナは思わず顔に出した。
今ここを離れるのは、まずい。             ・・
 マイレナが立っている位置は、そろそろマルヴィナの仲間三人が到着する予定の場所に近かった。
なるべくそうなるように走り回っていたのだから当然だが——言われた通り今から牢獄へ移動すると、
彼らと合流できなくなってしまう。紛れもなく新天地、更にお尋ね者の三人は
なすすべもなく捕まってしまうだろう。そうすれば作戦は失敗、その後に待つものは——
(…ちょ、マミ、アイ、何やってんの!? さっさと三人連れてこいっつーの、このままじゃ失敗するって!)
 素直にその焦りまで表情にでる。
連行することが“賢人猊下”にとって何らかの不利があるようだ——そう読み取ってしまった兵士は、
右手を大きく振った。槍が動いて、手荒にマイレナを誘導する。
「…もう一度言う、我らにつけ」
(…く、ど…どうにか、ならな)
 辺りを見渡して。そして——不意に、天を仰いだ。いきなり止まった“賢人猊下”は——笑っていた。

「…遅かったね」

 謎の言葉を呟いた——時。



 ————————————————








「むがっ!?」
「ふげっ!?」
「うぐっ!?」
 三つ、珍妙極まりない声が重なった。

 目の前で起こっている現象を、短文で説明するなら。

『 空から落ちてきた二人の若者が、ひとり兵士を押しつぶした。 』

 我ながら完璧な答え。と、あまり自慢できることでもないことを勝手に考えて、
マイレナはにやりとした。そう、即ち。
 唖然とする兵士たちの前で——ひとり先陣切って歩き出した兵士の上に、
ようやく到着した彼らが運悪くも、あるいは良くも、落ちてきたのだ——

 キルガと、セリアスの二人が。




 マイレナはいきなり腰を落とすと、唖然とする一人の兵士の足を引っかけ、その手を鋭く蹴り上げた。
槍が天高く弧を描いて飛ぶ。別にその兵士一人に恨みがあるわけではなかったが、
倒れかけたついでに(ほんのちょっぴりだけ申し訳ないかもと思いながら)その背を踏み台に飛び上がる。
槍をはっしと掴み、兵士の輪の外へ着地、その間もなしに右腕を払って兵士たちの膝当ての上を一気に薙いだ。
 誰がこの速さについて来ただろう。マイレナが攻撃を始めたのに気付いた時には既に、
太ももあたりに生じた傷の痛みに呻くことになっていた。
「答えがまだだったね」
 槍をひとつ振って、マイレナはもう一度不敵に笑った。

「その誘い、——断る」

 今度こそしっかりはっきりと決めると、マイレナは未だ困惑顔の二人の青年を振り返った。
「…ん? 一人足りないね」
「え、と…え? な、何が」セリアスはまだ座り込んだままだった。つまり当然、未だ兵士を下敷きにしていた。
「はいはい初めまして。元僧侶にして現在賢者、石頭の“蒼穹嚆矢”の唯一の戦友
“賢人猊下”マイレナと申す。…これくらいの説明で理解できるね?」

 二人の青年は、その言葉でようやく現状を把握した。
 もちろん、驚愕に叫びはしたけれども。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107



この掲示板は過去ログ化されています。