二次創作小説(映像)※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

  永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ
日時: 2016/12/06 01:24
名前: Chess ◆1OlDeM14xY (ID: ZZuF3m5i)

【 目次 】 >>1
(11/17 更新)

【 他作品紹介 】 >>533


 ——その短い時の流れは、
 けれど確かに、そこに存在していたもの。
          トワ
 ——あの軌跡を、永遠の記憶に変えて。
        あの空に捧げる、これは一つの物語。



【 お知らせ 】
 ——というわけでこちらでは初めまして、『二次小説(紙ほか) (旧)』で活動しておりました元Chess、
現在 漆千音 の名で小説を書いています。
 (紙ほか)が『旧』になったことを境に、この小説を(映像)に移転いたしました。

 タイトル通り、これはドラクエⅨの二次小説です。
 オリジナルっ気満載です。ご注意をば。

 どこか王道で、どこか型破りで。不思議な設定の物語を目指しています。
 ——コメント大歓迎です。

 URL:Twitterアカウント。pixiv小説と兼用。
 更新速度は不定期。場合によっては月単位。

【 ヒストリー 】
  2010
8/30 更新開始
11/15 (旧)にて十露盤さん(当時MILKターボさん)、初コメありがとうございます((←
12/14 『  ドラゴンクエスト_Original_ 漆黒の姫騎士』更新開始

  2011
1/23 パソコン変更、一時的にトリップ変更
3/25 (旧)にてサイドストーリー【 聖騎士 】
5/23 トリップを元に戻す
5/25 調子に乗って『小説図書館』に登録する
12/8 改名 chess→漆千音

 2012
2/10 (旧)にてサイドストーリー【 夢 】
8/11 (旧)にてteximaさん初コメありがとうです((←
8/30 小説大会2012夏・二次小説銀賞・サイドストーリー【 記憶 】
9/26 (旧)にてフレアさん初コメありがとうなのです((←
9/29 (旧)にて参照10000突破に転がって喜びを表現する
9/30 呪文一覧編集
10/1 (旧)にてサイドストーリー【 僧侶 】
10/7 スペース&ドットが再び全角で表示されるようになったぜ!! いえい←
10/8 (旧)にてサブサブタイトル変更。字数制限の影響でサブタイトルは省きましたorz
12/8 十露盤さんのお父上HPB。改名してから一周年。
   「・・・」→「…」に変更。
12/9 (旧)にてレヴェリーさん初コメありがたや((←

 2013
1/14 (映像)への移転開始。
1/19 (旧)の参照20000突破に咳をしながら万歳する。サイストはのちに。
3/4  ようやく(映像)側で初コメントを頂けました((感無量
   スライム会長+さん、ありがとうございます!!
4/3  移転終了、長かった。
4/4  架月さん初コメに感謝です!
4/7  移転前からご覧くださいました詩さん、初コメありがとうございます!
4/21 Budgerigarさん、じじじ人生初コメああありがとととうござざざ((だから落ち着けbyセリアス
4/22 みちなり君って誰やねん。
9/4  何かの間違いじゃないのか。2013年夏小説大会金賞受賞!!
   皆さんゴメンナサイ((ぇ
   そして朝霧さん、ユウさん、初コメありがとうございます…!
11/16 イラスト投稿掲示板6号館にマルヴィナ&キルガのイメージ画像投稿。
11/17 続けてセリアス&シェナのイメージ画像投稿。
11/29 更にチェルス&マイレナのイメージ画像投稿。
12/6  別スレッドドラクエ小説更新開始。
12/8  特別版サイドストーリー【 記念日 】。
    あと参照10000突破ァァァァァ!!

 2014
5/26 参照20000こえていた。驚きすぎて飛んでった。帰ってきた。←

Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107



Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.94 )
日時: 2013/01/23 22:24
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

    【 Ⅶ 】   後悔


     1.


 娘は、目を細めた。
 当てもなく、大切な人を探し続けて、一体どれだけ経ったのか。それは、彼女自身にも、分からなかった。
 北から東にかけて連なる山々の頂上は、うっすらと黄緑色をしていた。
もうすぐ季節の変わるこの辺りでは、この山頂の色を目印に、猛暑への対策を取り始める。
 娘は、首を横に振った。


 娘は霊だった。はるか昔に、とある小さな村で短い一生を終えた、哀れな女性。
ブラックコーヒー                ビロード
 黒珈琲の色を成した長い髪を、頭巾付きの天鵞絨ですっぽり覆っていた。
 その娘の瞳にいまや、光はもうなかった。うとうとと微睡むときのような、ぼうっとした影が映るのみ。
 娘は、ふと足を止めた。町のようなものが見えた。もしかしたら、と思った。
もしかしたら、いるかもしれない。娘は走る。
昼寝中だったらしい痺れアゲハや猛獣リカントは盛大に驚いて逃げだしたが、かまってやる余裕はない。
娘は、もう動くことのない心臓に右手を当ててスピードを緩めた。かすかに浮かべていた笑みも消えた。
 そこは、町ではなく、集落だった。
だらしのなく、よろよろとした男たちが、上半身裸のまま地面に寝そべったと思えば、
わざとらしく人の足につまずいて転び、慰謝料を出せ、とせびる男もいた。

 ひどいところだ、娘はそう思った。あの人が、こんなところにいるはずがない。
 それでも娘は、はしごを使って、橋の下へ降りた。もしかしたら、の場合がある。
北の山から流れる純粋なはずの川の岸に、缶やビニル製の袋が積まれていた。
 テントを覗き、宿屋の扉をすり抜け、酒場のカウンターへと回り込み…
それでもいないことを確認すると、娘はため息をついた。
 意外と小さな集落だった。一時間を有するかしないかのところで、大体のところは見て回った。
調べていないところはなかっただろうか。あぁ、あの奥のテントには、まだ行っていない。覗いてみよう。
どうせ、無駄かもしれないけど——
「うっわぁ、凄いっ」
 はっ、と顔を上げた。ちょうど向かおうとしたテントに、若い青年たちがいた。
しっかりと、中を覗いている。服は少々くすぶってはいるものの、
旅慣れた証である汚れ方だということが分かった。明らかに、この集落の人々の服の汚れ方とは違う。
「えー、何が…っおぉおおっ!! マジかぁっ!」
 明るい人たちだな、と思った。普段なら、それを鬱陶しいと感じるだろう。
しかし、今回は、そうは思わなかった。

 ——あの人たちは…?

 探していた人ではない。だが、あの雰囲気。
 その旅慣れた若い四人—そう、ツォの一件を解決し、漁ついでにこの大陸まで乗せてもらってきた
マルヴィナたちである—を追い、娘はテントの中へ続いた。
「っ!」
 そして、目を閉じる。眩しい! そこは、あたり一面金色の、ざくざくの宝石にまみれた部屋だった。
 娘は唖然とした。
貧しい呑気者たちの集うこの橋に、宝石だらけのこのテントである。ギャップが激しすぎる。
…と言うか、盗まれたりしないのだろうか?
 娘は唖然としつつも、追いかけてきた四人を、まじまじと、見つめた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.95 )
日時: 2013/01/23 22:27
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

「すっげぇな、もしかしてここが、噂の“メダル王云々”?」
 灼熱の髪持つ少年—セリアス—が、興奮したように言う。
「…“メダル王の城”? いや…ここは城と言うより」冷静そうな少年—キルガ—が、やはり冷静に言う。

「アンだてめぇらっ!?」

 最後に、テノールとバリトンの間くらいの男の声がした。すごむような感じだが、
彼らの力量を察しているのか、妙に震えているような気もしなくはない。
「あらら、部下登場? うーん、ちょっち頭悪そう」
 銀髪の、ウェーブがかったポニーテールの少女—無論シェナ—がくすくす笑って言う。
「ななななな、何をぉっ…」
「ほら」
 シェナにっこり。罪の意識などありゃしない。
「てってめぇら、ここを何処だと思ってんだ!? ここぁ“キャプ——」
        ・・・
「“キャプテン・メタルの家”」

 さばさばした感じの少女—もちろんマルヴィナ—が即答した、
…がその答えに妙に納得いかないのは気のせいか。
「メタ」
 男も気付いたらしく、口をぽかん、と開け、目をしばたたかせる。いわゆる間抜け面、というやつである。
 マルヴィナはニヤリ、と不敵に笑って、「凄いな、このテントは」と言う。
「これだけ立派なんだ、さぞかし黄金の物は多いんだろう?
ちょっと聞きたいことがあってさ、ここの主に」
「あー…別に金目のものが欲しいわけじゃないので…」
 かなり誤解を招きそうな発言をしたマルヴィナの横からキルガが額に手を当て訂正するが、
男の耳には聞こえていない。
 娘はクスッ、と笑った。気のせいか。どこか、懐かしい感じがしたんだ…それでも。
やはり記憶の中に、彼らの姿は、ない。
 娘は、ため息をついた。睨みあうマルヴィナと男の横を通り、念のためにテントの奥を覗く。
「ん?」
 あぁ、やはりいない。
…ざっくばらんな女剣士さんが、私のいる方を見ている。
後ろに何があるのだろう。——私を見ているはずはない。だって私は、もう誰にも見えないのだから。
 娘は、ふぅっ、と、もう一度溜め息をついた。霊となってからついた癖だった。
テントを出る。そして、また、当てのない旅へ向かうのだ。

 彼女は、マルヴィナが自分を見ていることに、気付いてはいなかった。



 ところで、その後、例のテノールとバリトンの間の声の雄叫びが聞こえ、
ドカスカ殴り合いのような音がし、呻き声もして、しばらくして静かになったのだが——
やはり誤解した男が突っかかってきたのをマルヴィナたち四人が
とりあえず気絶させたという出来事があったということは、説明するまでもない。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.96 )
日時: 2013/01/23 22:30
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 マルヴィナたち四人は、例のテントの奥で、思い思いの格好で座っていた。
 入り口でテントの主の部下との誤解があって仕方なしに気絶させたというのは既に説明済みだが、
ちなみにその後、その上司らしき男が現れ、謝っておいたら、怒られるどころか褒められたりする。
 ともかく、マルヴィナは長座体前屈をしているし、
キルガは腕を組んだまま壁(?)にもたれかかり考え事をしているし、
セリアスは遠慮容赦なくあたりを見渡しているし、
シェナは体をだらりん、と投げ出したままボーっとしているしで、
何とも気の抜けた連中にしか見えない。
「…それにしてもすごいねぇ」シェナぽつり。「この町にこのテントあり、ね」
「それは私の弟の趣味だ」
 シェナの呟きに答えたのは仲間ではなかった。その声——決して若くはない。
が、深く、低く、威厳がある。たとえるなら、ダーマ神殿のロウ・アドネスに近い声色だった。
 その声の主が姿を現した時、だらりんモードだった四人は瞬時に体勢を正しくする。
 肌は日に焼けて黒い。
わずかに白い髭があるものの——顔に皺が刻まれているものの——老人に見えない。
五十代だとは思うが、四人が抱いた印象は——まだまだ現役の、海賊。
「え」シェナが固まった。「…す、すごい…格好いい…」
 シェナが口を少し開けたまま呟く。
キルガが、へぇ、シェナって、こういう人が趣味なんだ、と思った。
そういえばロウ・アドネスに対しても、似たような反応だったし。
ともかくキルガはその時いつものお返しに突いてやろうかと思ったのだが——
なんだか後が怖そうなのでやめておいた。
「ようこそ、私はクラウン。何なりと問うが良い」
 どかり、と腰を下ろす。横のセリアスが圧倒されてビクッ、とした。
「あ、…あの、黄金の果実ってのを、捜しているんだ。
何か知っていることがあるなら…教えて、欲しいんだけれど」
 珍しく縮こまって話すマルヴィナに、クラウンは一言で答えた。
「知っておる」
「はぁ。…知ってんのっ!?」
 しかし瞬時に回復。マルヴィナだけではない。仲間たちも——あ、サンディが帰ってきた。
「知っておる。あれは、弟の方が詳しいだろう。呼んでこようか」
「お願いしますっ」
 マルヴィナ即答。来て間もないというのに、クラウンは立ち上がり、ずかずかと奥へ行ってしまった。
「っしゃー、三つ目ゲット!」
「そう簡単に行くかな」
 セリアスの叫びに、キルガが苦笑する。
「えーなになに、何の話ー?」サンディがマルヴィナの頭に乗った。
「果実、今度はすんなりと手に入りそうなんだ」
「へー。よかったじゃん」
「だから、そう簡単に行くかどうかって話なんだが」とキルガ。
「希望を捨てないのはいいことだ」セリアス、
「いくら希望があっても、現実は変わんないだろ?」キルガ、
「そもそも、ほんとーにあるかってのも怪しーわね」シェナ、
「絶対ある!」再びセリアス、
「根拠は?」シェナが念のために聞き、
「ない! ——なんかややこしくなってきた」セリアスが頭を抱え、
「混乱してどーすんのヨ」サンディが最後にツッコんだ。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.97 )
日時: 2013/01/23 22:32
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 しばらくの時間がたつ。
「いやぁ、お待たせー」という何とも呑気な声が聞こえ、四人は一斉に奥のカーテンを見る。
 ぴらっ、とカーテンがめくられ、出てきたのは、とんでもない巨体であった。
「うわぁぁぁぁっ」
 仰天したセリアス、何とも失礼な悲鳴を上げ、ちゃっかり斧に手を伸ばしかけたが、
後ろからシェナにその手をはたかれ、すごすごと戻す。
「いや、すまんすまん。驚かせたか、はっはっはっ!」
 その男は、仮にメダルは(シェナ命名)、クラウンとは打って変わって、
全身脂肪のついた背の低いのんびり屋…クラウンとは別の意味で、でかい人、だった。
「あ…あの兄に、この弟あり…」
 シェナが呟く。
「この町に、このテントあり、じゃなかったっけ」
「訂正よ」
 きっぱりと言い切ったシェナにマルヴィナは苦笑して、目の前の巨体に問う。
「あの。黄金の果実、訳あって探しているんだ。譲ってほしいんだけれど」
「黄金の果実! あれもなかなか綺麗だったけど、やっぱり小さなメダルがシンプルオブザベスト」
「聞け棒読み」              ・・・
「あの」キルガ、わずかに眉を寄せる。「綺麗だった、って…まさか、ここにはもう、…ないんですか?」
「あぁ。ない」
 あっさり言われ、石化する四人。
 何でいつもこうなんだよ! と言いたげなマルヴィナ、
 嫌な予感したんだよ、と言いたげなキルガ、
 希望は俺らを裏切るのかー!! と言いたげなセリアス、
 だっから言った通りじゃないの、と言いたげなシェナ、
 あーなんかこの四人の顔うーけーるーとか思っているサンディ。
 最後除く四人それぞれの表情を目の当たりにするメダルは、
なんだか関係ないのに申し訳なくなってきて、フォローする。
「まぁ…橋の外れの奴が、売っちまったからなぁ。一応、買い手は知ってんだが」
「誰だそれはっ」
 つい、ドスを聞かせて問い詰めてしまったマルヴィナの首根っこを後ろから引っ張ったシェナは、
キルガに“代わりに尋ねて”と目くばせする。
首を絞められもごもご何かを言っているマルヴィナに苦笑して、誰なんですか、とキルガは一言。
「あぁ、それがだな、あぁ…」
「しっつれーしやーっす!」
 メダルが微妙に歯切れを悪くしたとき、軽い足取りで—だがその歩きには油断も隙もない—
若い男が入ってくる。
「おっす! クラウンさんに会いに来たんだ」
「ん、あぁ、兄キなら奥にいるぜ」
「んじゃ、お邪魔を。あぁ、またうちにも顔出してくださいよ!」
「…デュリオ?」
 答えが返ってくる前に、シェナが言った。マルヴィナをつかんだままである。
「…デュリオでしょ? 覚えてる、私、シェナよ」
「ん?」名を呼ばれ、彼はそちらを見て——破顔一笑、「…あぁっ、姐さん、お久しぶりで!」
「「姐さん!!?」」ドン引いて、キルガ&セリアス。
 マルヴィナはというと、シェナに首根っこをつかまれたまま必死の横目で
デュリオという名の男を見ようとしたが、不意にその手を離され、どしんっ、と何故か前のめりに倒れる。
「痛…」
「ほんとに久しぶり。——あ、用事があったのね。先にどうぞ」
「あぁ、あざっす。また姐さんの武勇伝でも、聞かしてくださいよ!」
 シェナは頷くと、同じ軽い足取りで歩くデュリオを見送ってから、「お前何者!?」と言いたげな
計六つの視線を浴びて、「ま、その話はあとで」と言った。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.98 )
日時: 2013/01/23 22:35
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: 7K.EniuH)

 ——桜の神木を崇める地、エラフィタ。
 村は珍しく、活気にあふれていた。
一年に一度、自分の健康を神木に感謝し、祝う祭りがある。それが、今日だった。
 村はずれの家に住むクロエは、その桜を見上げ、目を細めた。
木の周りには聖水が器に入れられ、人々の踊りに合わせて波紋を作っている。

 ——数十年前にはあった石像は、今はここにはない。

「今年も、やってきてしまった。あの人のいない祭り…石像のない祭りが。…それでも」
 クロエは、神木の眩しさに、とうとう顔を下げる。
「もう過ぎたこと…関係のないこと。あの人は、もういない」
 神木の丘のふもとから、クロエの旦那ジャコスが登ってくる。ほかの老夫婦たちは、もう踊り始めている。
クロエ、と呼ぼうとして、口をいきなりふさがれた。
驚いて後ろを見ると、自分より明らかに背の低いはずのソナがいた。
背伸びしたらしいが、背が低く、ましてや自分より丘の低い位置にいるのだから、
どう考えてもふつう届く高さではない、一体どんな方法を使ったんだと思ったが、今はほかに聞くことがある。
「どうしたんだい?」
 そんなジャコスの問いに、ソナはまずは口を開かず、服の背を引っ張って丘から引きずりおろす。
「と、と、とっ、ほぇっ?」
「ほぇ? じゃないよ。…今は、おひとりにさせてあげなさいな。
分かるでしょう、クロエちゃんは、今でも忘れられないのよ」
「…ラボオ、かい? “もとかれ”の」
 若い言葉を使ったからか、棒読みであった。
「そ。四十年も前だけど、悩んでいるんだわ。しばらく、そっとしておきよ」
 ソナはクロエを、そっと見やった。目を細める。逆光で影の形をしたクロエの目先に、ソナは、
ここにはいないはずの、もう一人の若き頃の青年を見たような気がした——…。


「ま、そういうわけで」
 戻りまして、カラコタ橋——この集落の名である。
 ぽっかーん、と口を開けるばかりで本来するべき質問をできなくなっている仲間に代わり、
シェナは、「早く答えなさい、誰なの? 今、果実を持っているのは」とさっさと話を進める。
「はっ、へぇ、? …あ、あぁ、」
 何があってか、かなり舌をもつれさせて、慌ててふぅ、と息を吐くメダル。
「…ちょっち言いにくいんだがね。この橋の南西の“ビタリ山”ってところのふもとに住む老人でな。
…名前までは知らんが」
「あ、俺知ってるっすよ」
 デュリオが嘴を挟む。
「早ッ」
「名前は?」
 マルヴィナが引き、シェナが尋ねる。
「えぇと、…あれ、何だっけ」
 途端空気がシラケる。
「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。えっと、確か、ラ——ライジン? ライオン? なわけねーか…」
 再びシラケる空気に少々慌て、デュリオは必死にターバンを掴みながら考え込み——

「あ、そうだ、ラボオだ」
 そして、言った。




「ラボオ、か」
 同じ時間帯、ジャコスは遠いところを見る。
「…結局あいつは、戻って来んかった…何が五年で戻る、だ」
「いいえ」
 ソナは細めた目をジャコスに向ける。
「ラボオは戻ってきたわ。十一年後の、ちょうどその日に」
「十一年」ジャコスは瞬きする。「いや、しかし…その時は」
「そうねぇ。…あなたとクロエちゃんは、すでに結婚していたわね。
そりゃぁラボオにはショックだったろうけど…あの時わたしは、あの人を平手で叩いたのよ。
“当たり前よ”ってね」
 そんなことを全く知らなかったジャコスは、思わず口を閉じかけ…だが、結局、言った。
「…なぁ、ソナちゃん。一つ思うんだが」
「なぁに?」
「…ラボオは…今、何をしていると思うかい?」
 クロエが顔をあげている。ソナはその影を見ながら、
「そうねぇ…」
 口をほとんど動かさずに、ゆっくり呟く。
「生きているか、死んでいるか、結婚しているか。そんなことは分からない。でも」
 桜色の風が吹き渡る丘のふもとで、ソナは微笑んだ。

「あの人は、クロエちゃんのためだけに、何か大きなことを成しとげているはずよ」


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107



この掲示板は過去ログ化されています。