二次創作小説(映像)※倉庫ログ

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  永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ
日時: 2016/12/06 01:24
名前: Chess ◆1OlDeM14xY (ID: ZZuF3m5i)

【 目次 】 >>1
(11/17 更新)

【 他作品紹介 】 >>533


 ——その短い時の流れは、
 けれど確かに、そこに存在していたもの。
          トワ
 ——あの軌跡を、永遠の記憶に変えて。
        あの空に捧げる、これは一つの物語。



【 お知らせ 】
 ——というわけでこちらでは初めまして、『二次小説(紙ほか) (旧)』で活動しておりました元Chess、
現在 漆千音 の名で小説を書いています。
 (紙ほか)が『旧』になったことを境に、この小説を(映像)に移転いたしました。

 タイトル通り、これはドラクエⅨの二次小説です。
 オリジナルっ気満載です。ご注意をば。

 どこか王道で、どこか型破りで。不思議な設定の物語を目指しています。
 ——コメント大歓迎です。

 URL:Twitterアカウント。pixiv小説と兼用。
 更新速度は不定期。場合によっては月単位。

【 ヒストリー 】
  2010
8/30 更新開始
11/15 (旧)にて十露盤さん(当時MILKターボさん)、初コメありがとうございます((←
12/14 『  ドラゴンクエスト_Original_ 漆黒の姫騎士』更新開始

  2011
1/23 パソコン変更、一時的にトリップ変更
3/25 (旧)にてサイドストーリー【 聖騎士 】
5/23 トリップを元に戻す
5/25 調子に乗って『小説図書館』に登録する
12/8 改名 chess→漆千音

 2012
2/10 (旧)にてサイドストーリー【 夢 】
8/11 (旧)にてteximaさん初コメありがとうです((←
8/30 小説大会2012夏・二次小説銀賞・サイドストーリー【 記憶 】
9/26 (旧)にてフレアさん初コメありがとうなのです((←
9/29 (旧)にて参照10000突破に転がって喜びを表現する
9/30 呪文一覧編集
10/1 (旧)にてサイドストーリー【 僧侶 】
10/7 スペース&ドットが再び全角で表示されるようになったぜ!! いえい←
10/8 (旧)にてサブサブタイトル変更。字数制限の影響でサブタイトルは省きましたorz
12/8 十露盤さんのお父上HPB。改名してから一周年。
   「・・・」→「…」に変更。
12/9 (旧)にてレヴェリーさん初コメありがたや((←

 2013
1/14 (映像)への移転開始。
1/19 (旧)の参照20000突破に咳をしながら万歳する。サイストはのちに。
3/4  ようやく(映像)側で初コメントを頂けました((感無量
   スライム会長+さん、ありがとうございます!!
4/3  移転終了、長かった。
4/4  架月さん初コメに感謝です!
4/7  移転前からご覧くださいました詩さん、初コメありがとうございます!
4/21 Budgerigarさん、じじじ人生初コメああありがとととうござざざ((だから落ち着けbyセリアス
4/22 みちなり君って誰やねん。
9/4  何かの間違いじゃないのか。2013年夏小説大会金賞受賞!!
   皆さんゴメンナサイ((ぇ
   そして朝霧さん、ユウさん、初コメありがとうございます…!
11/16 イラスト投稿掲示板6号館にマルヴィナ&キルガのイメージ画像投稿。
11/17 続けてセリアス&シェナのイメージ画像投稿。
11/29 更にチェルス&マイレナのイメージ画像投稿。
12/6  別スレッドドラクエ小説更新開始。
12/8  特別版サイドストーリー【 記念日 】。
    あと参照10000突破ァァァァァ!!

 2014
5/26 参照20000こえていた。驚きすぎて飛んでった。帰ってきた。←

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Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.299 )
日時: 2013/03/30 10:27
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 それは一瞬の出来事で、永遠の時間だった。
なすすべもなく、その場にいた全員が凍りついたままだった。
 だが、誰かが、魔物が、鋭く吠えた。ルィシアに憤るように、あるいは、紅鎧を弔うように。
ケルシュが素早く反応し、未だ動けないシェナを守った。完全に自由になったセリアスが、
意味がないと分かっていながらも、崖に走り寄った。——もう、影はなかった。
「…なんでだよ。なんで、自分からっ…!」
 叫んで、セリアスは、はっと身を強張らせた。
 ・・・・・
 覚えている。
 ・・ ・・・・・・ ・・・・・
 俺は、この悲しみを、知っている。

 ——何故?
 何処で?

 目が見開かれる、流れ込む映像、高い崖、見える、立っていた、馬鹿みたいに突っ立って、
何もできなかった、目の前で落ちてゆく誰か、ただ茫然と見ている、見える、
立ちすくむことしかできなかった者、炎髪、菫色の鋭い眸、それは。

 その人の名は。




「—————セリアス!!」
 鋭く名を呼ばれ、強く別方向に引き込まれていた意識が戻ってきた。
戻ってきて、いきなり眼を見開いた。崖を背にしながら、兵士が襲いかかってくる!
 この不安定な格好で、避けることなど——
「——っドルモーア!!」
 シェナのかすれた、痛々しい声が響く。過たず兵士を撃ち、転落させる——先程のあの二人のように。
「シェナ、お前っ…」
 思わず咎めるように叫んでしまい、はっと口をつぐむ。だが、遅かった。
「——なんなの?」シェナはまるで心外だと言うように、頬を強張らせる。
「何なのよ、セリアスはどっちに味方してるのよ!」
「こっちに決まってるだろ、でも——」
「どうせは同じ運命じゃない!」ぴしゃりと、シェナは言った。

 すれ違いが生じ始めた。
 思えば、こんなことは、初めてだった——

「シェナさま、セリアス殿、とにかく今は集中です!」その空気をケルシュが払った。
「…話はあとだ」キルガも、言い辛さはあったが、とりあえずそう言った。
「相手は回復手段を失った。もう、勝てる」
 互いにもやもやとした思いを抱えながらも、戦いに戻る。限界が近づいていた。
言い表せぬ複雑な思いを、自棄気味の闘志に変えて。




 ——回復できなくなった兵士を一掃するのは、それほど時間はかからなかった。
 最後の一人が倒れ——闘いは終わった。
 勝利に喜ぶ気力すら尽き、人々は壁や地面に身を預ける。
キルガとセリアスは座り込み息を吐き、シェナは頭をぐらりとさせて再びケルシュに支えられる。
それだけで安心感があった。非戦闘員たちが負傷者を宿屋へ運び込む。
キルガが座り込んだまま、天を仰いで息を整えるセリアスへ訊ねた。
「——さっきはどうしたんだ?」
「え」
「いきなり意識が飛んでいただろ。…何かあったんじゃないのか」
 セリアスは言いよどんだ。一瞬視線を彷徨わせて——「見えた」——小さく言った。
「何かが、見えたんだ。誰かが落ちていくんだ。でも、俺は——違う、俺じゃない。
見ているだけなんだ、何もできなかったんだ——俺じゃなくて—————マラミア、が——…」
「マラミア?」キルガが短く言った。「マルヴィナが言っていた——」
 キルガは驚いて声のトーンを上げた。「…セリアスも、なのか」
「え」再び、問い返した。「…どういう事だ?」
 キルガもまた、言いよどむ。だが、セリアスは話したのだ。こちらも話す義務がある。
「…最近、夢に見た」やはり小さな声で。
「ただ、僕の場合はマラミアじゃない。恐らく——アイリスという人だ。
会ったことがないのに——直感的にそう思った。…何で、僕らにまで、見えたんだ…?」
「…て、言われても」
 セリアスはそう返すしかなかった。キルガに分からないことが自分にわかるはずがないだろと。
キルガが曖昧に返事をした。額の汗を拭う。
 セリアスは目を伏せた。先ほどの言い合いが重くのしかかってきた。
思えば、おかしなほど初めから気の合う四人だった。何かが引合っていたのだろうか。
だが、それゆえに、ひどく意見がぶつかり合うことなどなかった。
もっと早く、そういうことが起こっているべきだったのだ。こんなに長い間行動を共にしてきたからこそ、
今更のこのすれ違いはとてつもなく、重い。
 ——どうするべきなんだろう。セリアスは頭をかいた。…柄じゃないけど、相談してみようか。
ケルシュさんなら、シェナのことよく分かってそうだし——…






















「————————————がっ!!」





 ——その瞬間、彼は。
 否——そこにいた、皆が。




 …左胸を血に染めたケルシュの叫びを、聞いた。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.300 )
日時: 2013/03/30 10:33
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: vQ7cfuks)

 …衝撃と驚愕が続きすぎて。
 もう、瞬時には思考がついて行けなかった。

「…………っ!!」一番初めに状況に気付いたシェナでさえ、反応はかなり遅れたのだ。
 支えられていたシェナの真横に伸びていたのは、剣。
 戦いは終わった、だが、幕を閉じたわけではなかった。
                       ベホマズン
 もう動かなくなっただろうと思われていたあの完治呪文全の使い手が、起き上がっていた。
 その手に、剣を握りしめて。
 その剣の先に、ケルシュという標的を捕らえて——



 シェナは叫んだ。叫んだつもりだった。実際に声になっていたかは、分からなかった。
今度こそ本当に力尽きた使い手が、後ろに倒れた——同時に剣が抜ける。
刹那、血飛沫が舞い、シェナの顔を赤く染めた…。

「っケルシュ!!」

 同じように頽れるケルシュの手を、シェナが強く握った。その名を呼び、双眸に紅い涙をためて。
「ケルシュ、ケルシュしっかりして!! ケルシュっ!!」
 叫んで、奥歯を噛み、シェナは集中した。だが、ケルシュにそっと握り返された手に、力が入らなくなる——
                          マホトーン
 シェナの呪文が、『真の賢者』の魔力が、ケルシュの呪封呪文に抑えられて。

「な」シェナが驚愕した。「何やってるのよ!? 早く、早く回復、し、な…っ!!」
  ・・・
「…シェナ」
 ケルシュは、うまく開かない唇で、そっとその名を呼んだ。
  マホトーン
 呪封呪文の影響は強かった。そこにいた皆が、呪文を封じられていた。
故に——誰も、回復の呪文を施せなかった。それを、シェナは分かっていながら、信じようとしない——
「これ、以上…魔法を、使ったら、貴女が、死んでしまう——」
「だからって、何で、何でよ、やめて、これ以上、失わせないでよ! こんなんじゃ、私——っ」
「貴女は」無理矢理笑って、ケルシュは言う。「——希望なのです。あの方にとっても、私にとっても」
 微笑する唇が、徐々に動かなくなってゆく。シェナはかぶりを振った。
「…昼ご飯、作ってあげられなく、て——申し訳、ありま——」
「いや! ケルシュ、死なないで——何で…まだ、私に、失わせるのっ…!? ——そんな、の……………」
 はっと、急にシェナは顔を上げた。一瞬、時が止まった気がした。「ケルシュ…………?」
 ケルシュの手が、重みを増した。揺すっても揺すっても、動かない。

 もう、動かない。




 ———またひとり、命が消えた。


 キルガやセリアス、皆が絶句する中で——








「いっ…いやぁぁぁぁぁぁあっ!!」

 ——シェナは、悲痛と、絶望を込めて、叫んだ…。






















「何とも——お疲れさまでした」
 割り込むように、冷徹な声が空気を裂いた。動くことすらできなかった皆が、はっとその声の主を見た。
現れた影、この話し方。もう、誰だか分かる——ゲルニック!!
「ってめ…っ!!」セリアスの叫びは、最後まで言えなかった。
「さて——これらは回収していきますよ」ゲルニックはあくまで非情に、冷酷に言った。
倒れていた兵士たちの周りに魔法文字が生じる。移転。シェナがゆっくりと、顔を上げた。
その眸には強い怒りが炎となって揺らめいていた。何か別の者がシェナの中に現れたようで、
ゲルニックを除いたその場にいた者たちが思わず息を呑んだ。
 ゲルニックは嗤う。蔑んだような、面白がるような眼で。
「——怒りますか。怒るでしょうね。何とも、無責任なお方だ——自分の過去を棚に上げて」
 その言葉が出てきた時、シェナの火は一瞬にして消えてしまった。代わりに、次に生じたのは——恐怖。
「どういう意味だ!」セリアスが叫んだ。キルガは感覚のない手で、無言のままに槍を拾い上げた。
「やめて」だが、シェナはそう言った。セリアスに言ったのか、ゲルニックに言ったのか。
それは定かではなかったが、確かに彼女はそう言った。
「おや…ご存じないのですか?」だが、ゲルニックはそれを無視した。
「あぁ、それはそうですね。もしご存知でしたら、今頃あなた方と肩を並べてはいなかったでしょうから——」
「やめて」先程より大きな声で、シェナは言った。
「何——?」困惑して、キルガは思わず言った。「シェナがガナンに捕まっていた話か?」
「えぇ、そうですよ」ゲルニックは言った。「…そのあとが抜けているようですがね」
「やめてっ…」
「その娘は」
 ゲルニックは楽しそうに——決定的な発言をした。


















「その後帝国の人間になったのですよ。帝国兵の司令塔の役割を担った、ね」























 場が凍り、時が止まり、喪失感を覚える。
 いつの間にか、ゲルニックの言葉を、なぞっていた。

 シェナが、帝国側の、人間。

 敵、に————————————————…






 シェナが何かを叫んだ。言葉では表せない叫びだった。
ただ覚えているのは、何かを刺したような、何かを割ったような、何かを貫いたような——
凄く、凄く痛みの強い叫びだった。
 叫んで、彼女は、意識を失った。ゲルニックは嗤っていた。
何にも例えられない、その場にいた者たちの表情を見て。

「さて——わたくしの役目は、奴らの回収」
 最初と同じ口調で、ゲルニックは言った。

「目的は果たしました——そうそう、忘れていました」
 言った傍から訂正を入れる。そして、動かないキルガとセリアスを見て、更なる追い打ちとなる事実を言った。






「——“蒼穹嚆矢”は捕らえました。残念ながら——もうあなたたちに勝算はないでしょう」











 ——本当の絶望とは、どこからをそう言うのだろう。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.301 )
日時: 2013/04/02 21:52
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

        3.



 時は戻る——
 マルヴィナが牢に入れられ、眠りにつき——その後のこと。
 まだあたりは暗く、月がおぼろげに光っている頃。
 ——とはいえ、この地では空の色はいつも同じか。チェルスは、人の姿に戻り、着地した——
 不毛地帯、そう——ガナン帝国領に。

 普段から面倒がってそんなに梳かない髪を頭上にまとめ、適当にしばる。
一度だけ、死んだような風が吹いた。束ねた髪と、纏った法衣と大きめのズボンが翻る。
意味もなくおくれ髪をかきあげ、半眼になる。「…来たぞ」低く、始めに呟き、そして。
「…来たぞ、“毒牙の妖術師”!!」
 しっかりと、はっきりと。よく通る声で、言った。
反応はない。ないが、殺気は生じた。チェルスは眉をすっと寄せた。ぐるぐると、廻っている。
笑い声がする。声が何十も重なり、チェルスを取り囲んでいる。
 お得意のまやかしか。甘い。——けれどチェルスは、その表情を緩ませはしない。
八方向から、いきなり炎が生まれ出で、その中心、チェルスを狙って飛んでくる。
チェルスは目を細め——右に、動いた。炎が当たる! が、それはチェルスにぶつかった瞬間、
ぷすりと小さく音を立て、呆気なく散った。チェルスの左を横切った炎が一つ、
最後まで残っていて上空へ弾けた。このひとつ以外は全て、まやかしの炎だったのだ。
「その手は効かない」チェルスは鋭く言った。答えは再び、炎だった。
表情には出さず、口の中だけで悪態をつきチェルスは、今度はぎりぎりで、そして右に動いた。
だが、次の炎は全て本物だった。八つの炎が、それぞれ八方に弾ける!
チェルスの左を通った炎は言うまでもなく、避けた彼女を狙って——

 その炎を、チェルスはいつの間にか手にしていた短剣で受けた。
短剣が燃え上がる、だがその時には既にそれはチェルスの手元にはなかった。
そのまま斜め前に向かって鋭く投げる——ぼっ、と音を立て、何もない場所が燃え上がる——否。

「ぬぅ!」

 チェルスが炎を避けるのに失敗したと思い込み完全に油断していた、
加えてステルス効果で気配を隠していたゲルニックのローブを一部焦がした。
 チェルスは右手を軽く振った。少々火傷を負ったが問題ない。ようやく姿を現したか、腐った妖術師め。
「…さすがは“蒼穹嚆矢”。相変わらずの腕前で」
「知ってのとおり、裏をかくのだけは得意なんでね」チェルスはそのまま腕を組んだ。
「ほう…そして今も裏をかいて、わざわざカデスの牢獄ではなく、帝国の前に現れた、と?」
 チェルスが降り立ったのはマルヴィナが捕まっているカデスの牢獄から東、ガナン帝国——
すなわち敵の、本拠地。
世界地図上、北東の大陸の一部。断崖絶壁の地に存在する、常時闇に包まれた黒の土地である。
 ほほ、と何を考えているのか分からない笑声を上げ、妖術師は首を傾げて少し鳴らす。
「あなたの考えていることは皆目見当がつきませんよ。
まぁ、そうでなければ裏をかいたとは言えませんが——」
「おしゃべりはいい。さっさとマルヴィナを開放してもらおうか」
「——孤独主義のあなたからそんな言葉を聞くとは…よっぽど重要な何かを握っているのですね。
わたくしにはただの小娘にしか見えませんが——」
「だからおしゃべりは——」チェルスは、はっと振り返った。顔をしかめる。
ずらりと並ぶ赤鎧。がっちがちに、隙がないものばかり。
「………」小さく、舌打ちをした。
「少々嘘を申し上げました」ゲルニックは楽しそうに言う。「皆目見当がつかない——訳ではなかったのです」
「つまり、わたしがこっちへ来ることも予測して赤鎧どもを集めておいたと?」苦々しげにチェルスは言った。
「えぇ。他にもあなたが来るであろう所には兵を配置しつくしております。
あなたの裏の手は、割と攻略しつくしたのでね」
「読まれていたってわけか」チェルスは舌打ちした。空を見上げる。——満月。そして、光る空。雷。
この土地の特徴だった。十五の月(この世界で言う月齢15)、すなわち満月の頃は空に雷が生じやすい。
 雲のせいで月の光すら届かぬ、まさに暗闇の領土、それがこのガナン帝国領なのだ。
 戦うことはできない。見ればわかる、ここにいる兵士は全て“未世界”の者だ。
戦って、斃したら——“未世界”への『扉』が開き、間違いなくチェルスもそれに巻き込まれる。
「この気候で空など飛べるはずもない。…あなたの負けですよ、“蒼穹嚆矢”」
「…っ」チェルスが歯ぎしりした。捕らえようと兵士たちが近づき、だが鋭く睨まれ硬直した。
「…あなたも堕ちましたね。まさかこんなにあっさり捕らえられるとは思いませんでしたよ」
 ゲルニックが饒舌になり始める。ようやく汚名返上できたのが嬉しくて仕方ないのだろう。
「さて、参りましょうか—— 一度入ったら出られる者はいない、かの牢獄へ」
 ゲルニックは最後まで嗤っていた。この調子なら、“賢人猊下”を従わせることは可能だ。
かの僧侶——否、賢者の唯一無二の戦友を人質にとった状況なら——。





「問題です」





 突然、チェルスが声を上げた。兵士に囲まれ、両手を上げた格好で。
 ゲルニックに背を向けて。



「裏の、裏って——なんだと思う?」



 だから妖術師は、気付かなかった。
             ・・・
 チェルスが今この場で——初めて、いつものあの余裕の表情を浮かべたことに。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.302 )
日時: 2013/04/02 22:05
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

 ——昼ごろのこと。
 ドミールの襲撃が終わり、シェナが倒れ、キルガとセリアスが底なしの喪失感を覚えていた頃だ。
 酷い拒絶感を覚えて、あの謎のタービンのようなものを回す仕事を
アギロに代わってもらったマルヴィナが取り組んでいたのは、何が入っているかもわからない重い袋を
ひたすらに運び続ける作業だった。大人の男でも一つずつしか持っていけないような重量であったが、
マルヴィナの、天使の能力なら二つ同時に持って行くのはたやすかった。
だが、なるべく自分の力量を悟られないよう彼女は、あえて一つずつ持っていった。
天使だとばれたら—感づかれたとしても信憑性のない話だが、
あの単純そうな将軍は気にせず疑うだろう—非情に厄介なことになる。
 それにしても。こんな仕事、何の役に立つと言うんだ。これじゃまるで奴隷だ。
…でも、シェナが、言っていたっけ。国というものは、何だって階級の下にある、と。
 王、王族や貴族。神官。騎士や商人。町民、農民。乞食や、奴隷。
哀しいけど、身分の差はどこにでも生じているものよ。シェナはそう言っていた。
 …帝国も同じなのか。今まで、兵士の姿しか見なかったけれど。
帝国にも、皇帝に逆らえず暮らす人間たちが、いるんだろうか…。



「——新しい囚人だ!」
 それは、休憩時間の終わりがけのことだった。
唯一気を抜けるのはこの時間しかねぇと息を吐くアギロの横で、マルヴィナはずっと考え込んでいた。
昨日の将軍ゴレオンの言葉が気になってしょうがない。
 天使狩り。地上で一人として見なかった天使たち。…皆、ここにいるのか?
だとしたら、助けなければ——そう思っていたときにかかった言葉だった。
「…む? 珍しいな」アギロが顔を上げた。「二日連続か——ここんところ、帝国も忙しいな」
「珍しいのか?」マルヴィナが問う。
「あぁ。…どれ、またオレの出番か」
「お疲れ様。…後でわたしにも合わせてくれ。なんか気になる」
 了解、という言葉を受け取り、マルヴィナはアギロを見送った。
兵士の荒々しい声がかかり、休憩時間が終わる。のろのろと、諦めたように腰を上げる囚人たちと共に、
マルヴィナはゆっくりと、黙ったまま立ち上がった。
 この訳の分からない重労働は、何も考えなくてもこなせる仕事であるために、不謹慎ではあるが
マルヴィナにとっては好都合でもあった。ただただ無表情であれば良いために、まさか考える気力を
失った囚人に紛れて脱獄だの天使救出だのを考えている娘がいるだなんて兵士は気づきようもない。
 どのくらいの時間が過ぎただろう。
 …視界に、蹲る誰かが入った。ぱっと顔を上げる。体調不良かと思ったが、そうではない。
蹲っていた——否、屈んでいたのは、今は薄汚れた、かつては高貴な朱色だったであろう
神官の法衣を纏った鳶色の眼の男性の老神官であった。
 彼が噂の治療師だろうか。そしてマルヴィナが次に見たのは、彼の前で横倒れになった、一人の紅鎧だった。
 鎧の色ではない、別の赤が付着していた。それに気づくのに、少々時間を有した。
「…何が…」あったのかと、問うつもりだった。神官は先にマルヴィナに気付いた。微笑む。
こんなところにいるのに、暖かい笑みだった。すべてを平等に愛し慈しむ、父なる神官。
「…彼の仲間に、傷を負わされたようです」
 マルヴィナは言葉が思いつかなかった。同士討ち。ここまで荒んだ場所なのか、ここは。
「…だから私はその治療をしている。それだけですよ、お嬢さん」
 命を救う。だがそれは、その対象は、敵だ。それを気にしない。
境遇は皆異なる、だが命は全て同じである——彼はそう言っているのだろうか。
「——やめろ」だが。それを拒否したのは、他でもない傷を負った兵士だった。
半壊した兜の下のその顔は、苦痛に歪んでいる。だが、それは。間違いない、青年の——
表向きにはマルヴィナと同い年か、それ以上ほどの歳の、若い青年の顔だった。
 こんな若い人まで兵士になっているなんて——マルヴィナがそう考えている間に、詠唱が終わった。
傷がふさがり、血も止まり、兵士ははっと意識を取り戻した。
「気が付きましたね」神官は再び、笑った。マルヴィナは黙って、それを見ていた。
 だが。いきなりその青年は—兜が落ち、隠されていた顔の半分の見えた彼は—、
怯えたように、信じられないように後退りした。歯を鳴らし、傷のあった場所を見下ろし、そして——




「危ないっ!!」




 そしてマルヴィナが叫んだ。だが、声で人は救えなかった。
 ——槍が、横から神官を貫いていた。一瞬の出来事だった。
マルヴィナが、兵士が、目を見張る。神官はゆっくりと自分を見下ろした。
振り返る——「哀れな」——哀しそうに言い、そして——倒れた。
 別の赤鎧だった。無情に、淡々と。
まるで何でもないように、ひとりの命を奪った——マルヴィナの中で、炎が揺らめいた。
すっくと立ち上がり、袋を放り投げて。
「…何、しているんだ、あんたは…っ」
 赤鎧は応えない。マルヴィナを見てすらいない。
「あんたらの仲間を助けた彼を…何故、殺したっ!?」
「魔法は、暴走を生む」次は答えた。低くて冷たい声だった。
「何が起こるかわからぬのが魔法というもの。それを扱うものを生かしてはおけまい?」
 勝手な基準を何でもないように話す兵士に、マルヴィナは拳を固めた。
同時に、理解した。              ベホイミ
チェルスが然闘士に戻らせてくれなかった理由。回復呪文を使えるマルヴィナは、
間違いなく傷ついた人々に癒しの呪文を施しただろう。だが、そうすると、殺されてしまう。
帝国の、身勝手な考えの下で。
 ——念には念を。そういうつもりだったのだろうか。
マルヴィナが捕まることを、なくはない可能性と見据えて——
「ふざけるな、納得できるか! そんな理由で、」
 理不尽な考えに、最後まで反論することはできなかった。
二たび、槍が動く——咄嗟にマルヴィナは躱したが、突然のことだったためにその腕を深く切り裂かれた。
「あ、がっ…」
 全身から急速に力が奪われ、マルヴィナは膝をついた。腕を押さえるが、血は止まらない。
「…、…っ…!」
「——最初から黙っていればよかったものを」同じ口調で、兵士は言った。
マルヴィナの反応はない。否、できない。
それを確認し、だからと言ってやはり表情を変えることはせず、兵士は青年に目を向けた。
「——おい、そこの」
 ぎくりと、青年兵は顔を上げた。
「無駄に生き永らえおって。——まぁ、こいつらに免じて今回は見逃してやる。だが、次は無い」
 何処までも無感情に。青年兵は震えたまま動けず、赤鎧は立ち去り、眠るように倒れる神官、
彼らの様子を確認することもできずマルヴィナは、ただ悔しさと痛みに、歯を強く食いしばる——…。

Re:   永遠の記憶を、空に捧ぐ。__ドラゴンクエストⅨ ( No.303 )
日時: 2013/04/02 22:19
名前: 漆千音 ◆1OlDeM14xY (ID: b43c/R/8)

「——おい、マルヴィナ!?」
 —— 一瞬意識を失っていたかもしれない。
 アギロの声が耳元で聞こえたとき、マルヴィナは薄く眼を開け、歯を食いしばっていた。
「おいって!? 何だよその傷は! 出血が半端じゃねえぞ!」
 焦点が合わない。声が聞こえづらい。頭が痛い——
「何だ、何があったんだ? ——兵士か、って、ちょ、おい、な」
 アギロの言葉の語尾に妙なものが混ざった。状況を訝しむ前に、別の——

「——ベホイム」

 今最も頼りになる、その声がした。
 傷の塞がったマルヴィナは意識を瞬間的にひき戻し、がばりと身を起こした。声の主を見る、それは。
「——チェぶほっ」
「ど阿呆」
 その名を完全に呼ぶ前に凄い勢いで口を塞がれ——というか、口にツッパリを決め込まれた。
何とも乙女らしからぬ声だったが気にせず、声の主は——

「アホかお前は。今叫んだら注目浴びるだろうが」

 チェルスは、変わらぬ様子と、変わらぬ不敵な表情をしていた。
それを見た瞬間、マルヴィナの中に、何にも代えられない安心感が生じた。恥ずかしくて言わなかったが。
 目を見張り、そして額を横チョップで突かれ、マルヴィナは慌てて意図を理解して仰向けに倒れた。
「…で。なんでこんなことになってんだ?」改めて、アギロが問う。
マルヴィナはようやく事を思い出し、慌てて周りを見渡して——
あの神官がもう、そこにいないことに再びようやく気付いた。
「…あれ」
「何だ?」アギロ。
「…血の跡があるな。——真新しい」気付いたのはチェルスだ。
「誰かが兵士に斬られたんだな? で、そのとばっちりを受けた——ってところか」
 マルヴィナは首を振った。言い辛そうに周りを見る。
「…ちょいと場所を変えるか。…アギロ」
「おぅよ」
 なんだか申し訳なかったが、マルヴィナはアギロに担がれながら移動した。
 もう一度当たりを確認し、身体を起こして腕をおさえたのち、マルヴィナは
起こったことを説明する——アギロが顔をしかめた。
「そうか。あの人が——」呟いて、アギロは目を閉じ黙祷した。
それが終わったところで、マルヴィナはチェルスに尋ねる。
「…新しい囚人て、チェルスのことだったのか」
「あぁ。…何だ、わたしが捕まっちゃあ悪いか?」
「イヤそうじゃない」即答。「ただ、チェルスなら、捕まらずに逃げられたんじゃないかって思ったから」
「………」チェルスが微妙な表情で黙る。「…とりあえず、夜、起きていな。話がある」
 訳が分からず呆けた顔で問い返したマルヴィナの前で、
チェルスはアギロににやりと笑い、アギロも頷き返した。



 ——夜が来る。
 疲れすぎて眠くなってはいたが、マルヴィナは何とか起きていた。
しかし、マルヴィナとチェルスの牢はかなり離れている。話があるとは言っていたが、どうやって話すと——

「やっほー」

 なんか来たー!!
 ——とはさすがに言えずマルヴィナは、びくりとしてその場でドン引きした。
「なっ、ななな、何で出ているの!?」
「何でって…だから、話があるから」
 あわてすぎて少々間違えた。
「違、な、何で出られるの!?」
「ん? ——あぁ、鍵外した」
 恐ろしくあっさりと答えられ、マルヴィナは更にドン引いた。
「ちょっと待って、この鍵凄い複雑っぽいのに、な、ど、えぇ!?」
「ちょっと落ち着け。看守どもに見つかる」チェルスは制してから、少しだけ自慢げな表情になった。
「わたしは当初『職』は盗賊だったのさ。つまりこのくらい、お茶の子さいさい、ゴキブリホイホイだ」
 ゴキブリホイホイってなんだよ、とかなんとかそちら方面にツッコみそうになって、
完全に関係ない話をしていることに気付く。マルヴィナはようやく鉄格子に近付き、座り込んだ。
「——まぁとにかくだ」どっかり腰を下ろし、チェルスは本題に入る。
「わたしがここに入ったことで間違いなく帝国も動く。隙を見てこっから出てやりたいんだが、
生憎わたしじゃ例の結界は通れない。——でな、…アギロ、起きているだろ。話してやってくれ」
「おぅよ。漫才は終わったんだな」
 隣から聞き慣れた声がする。あぁそう言えば、アギロって隣だったっけとマルヴィナは思った。
 それにしても妙に親しいなこの二人は、もしかして知り合いか?
 ——そんなわけないよな、チェルスは三百年前の天使だし、
つい最近甦ったばっかりだし——ちょっと待てなんだ漫才って。「遅いなオイ」
「いいか、声を落とすからよーく聞け。実はオレたち囚人の中ではな、前々から脱獄の計画が練られてんだ。
計画っつっても、奴らの武器を奪って反乱を起こすってぇ雑なもんだがな、
もともと頭数はこっちの方が上なんだ、成功の余地はあると思っている」
「うん」マルヴィナは頷いた。確かにかなり雑だ。だが、言われた通りできなくはないだろう。
「だが問題は例の結界だ。あれがある限りオレたちはこっから出られねぇ。——そこでお前さんだ。
実は今日お前さんが通った結界、あの先にゃあ結界を解く装置があるんだ」
「つまり、その間に、わたしが結界を解けば、脱獄成功——というわけか」
「そういう事だ」
 マルヴィナは納得した。「了解した。任せられた」
「つっても、別に今日明日決行しようってわけじゃねぇが——」
「いや、近いうちに行動する」チェルスが割り込んだ。アギロが問い返す。
「明日、アンタの仲間三人がここに来る。はず」その言葉にマルヴィナが、ぱっと表情を明るくした。
「で——これは願望でしかないが——うまくいけばマイが復活するかもしれない」
 マルヴィナとアギロ、壁越しに同時に目をぱちくりとさせた。叫びそうになって慌てて口を塞ぐ。
——壁越しだったからマルヴィナは知らなかった。アギロの、その反応を。
「ちょ、ま、なん、何でそ、えぇ?」
「落ち着け」チェルスが手をひらひらと振る。
「あくまで願望さ。だが、間違いなく近いうちにあいつは復活する。——させる。
わたしがここに入ったのも、そのための計画に過ぎない」
 何を言っているのかわからなくて首を傾げるマルヴィナに、また説明してやるからとカラカラ笑い、
チェルスは以上だと言ってさっさと立ち去ってしまった。

 ——マイレナが、復活する。
 今、わたしたちにとっても帝国にとっても、そこまでとんでもない状況になっているのか——
今更ながらに、重大な状態であることを自覚し、マルヴィナは胸に疼く闘志を、そっと抑え込んだ。


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