コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第22音 ( No.224 )
- 日時: 2013/05/24 21:05
- 名前: 歌 (ID: fMHQuj5n)
「何、やってんの」
後ろから聞こえた低い声に、ムウさんと
私の身体は、瞬時に離された。
ムウさんが慌てて視線を送った先に
立っていたのは、玲央。
前髪で隠されていない漆黒の右目は、静かに
ムウさんのコバルトブルーの瞳を見つめていた。
「出過ぎた真似を致しました。大変、申し訳
ありません」
す、と胸に手を添えて私に向かって頭を
下げたムウさん。
「悠、こっち、来て」
玲央の長い手が伸ばされて、私が手を
差し出すのを待っている。
白く、綺麗な、玲央の手には。
見えない怒りが、乗っているような気がする。
初めて見る、玲央の獣のような瞳。
大高の時も、日向の時も、玲央は呆然と
ショックを受けたような表情だけで。
怒りは、なかった。
玲央を怒らせてしまったことが、突然
怖くなり、慌ててその綺麗な手に、触れると。
ぐい、と力強くそのまま玲央のほうに
引っ張られれば、さっきまでムウさんの
腕の中とは違う匂いに、包まれた。
「………玲央?」
「あんた、悠を…どうする気?初めて、
見たときから、おかしい。悠は……渡さない」
何も考えていなさそうだけど、感受性が強く
一番いろんなことを考えている、深い人間。
玲央は私とムウさんの関係に、違和感を
感じていたんだ。
私を抱きしめる玲央の横顔を見上げながら、
こんなに玲央って力あったんだなぁ、と。
場違いなことを、思った。
ムウさんのほうに視線を向けると、無表情で
何も考えていなさそうな瞳と目が合ったけど、
それはすぐに、私ではなく玲央に向けられた。
「大変、申し訳ありませんでした」
もう一度深く頭を下げたムウさんが、どうして
そこまで謝るのか私にはいまいち分からない。
ムウさんに謝られるようなことをされた覚えは
ないから、私は玲央の胸をそっと、押して。
「玲央、ムウさんは別に何もしてないよ。
私が倒れたときのことを聞いていただけ。
そんなにムウさんを責めないで」
はっきりそう言えば、不満そうな悲しそうな
表情をした玲央に微笑んで見せた。
す、と手を伸ばして玲央の白い綺麗な肌に
触れながら。
「そんな顔、しないで。私はここにいるじゃん。
どこにもいかないから大丈夫だよ」
見開かれた玲央の目が、私の言葉が図星
だということを物語っている。
大和が言っていたことをきっと玲央も
感じていたから、知らない土地にいる
知らない人間だったムウさんに。
私を盗られるとでも、勘違いしたんだろう。
「………悠、俺を置いて、行かないで……」
消えそうな声を出した玲央の首に、思わず
腕を回して抱きしめた。
「何バカなこと言ってんの?そんなこと
あるわけないでしょ。私はどこにも
行かないよ。6人がいる場所が、一番
好きなんだから」
私の背中に手を添えて、優しく抱きしめ
返してくれた玲央の耳元で呟く。
こんなにも大切で、こんなにも愛おしい
彼らとの、時間。
音楽をしている時間も、バカやって笑い合ってる
時間も、ぶつかって言い合ってる時間も。
全てが、私にとってかけがえのない、居場所。
6人は家族のようだけど、仲間でもあり、一緒に
いて落ち着く、自然体でいられる大切な存在。
そんな彼らとの時間を自ら切り捨てるような
こと、そんなバカなこと、するわけがない。
できるわけが、ない。
「……失礼、します」
私たちが抱き合っている横を、ムウさんが
通り過ぎる気配がしたけれど。
私も玲央も反応せずにそのまま、動かなかった。
ムウさんの表情を見てしまったら。
何かが変わるよな気がして、恐かったから。
「あーマジやべぇんだけどー」
「そのヤバいって一体、何がヤバいんだ」
「だから、やべぇんだよ!」
「何か危機があるのか」
「ちっげぇーよ!愛花が可愛すぎてやべぇの!」
はい、ただいまロビーに全員集合です。
「きっと未来の古典の授業はこうなるだろうな。
『彼氏マジやばくて超ヤバいんだけど逆に
ヤバいんだよね』を煌、略してみろ」
「簡単簡単。『私の恋人が優しくてすごくカッコいい
のですが、それゆえによく女性に好意を向けられる
ようなので不安です』とかでしょ?」
「惜しいな。最後のヤバいは『お金をあまり
もっていない』だろう」
「築茂、未来予知やめて。めっちゃリアルで
これから『ヤバい』って使いづらくなる」
うわ、睨まれた。
玲央と抱き合ったまま数分間して、ようやく
お互いの腕を離してから。
玲央とロビーにあるDVDを見ていると、音が
聞こえてきたのか、ぞろぞろと部屋から
やつらが登場してきた。
私を見て、眉をひそめながら私の身体のことを
心配してきたけど、ピースを向けて絶好調アピール。
そしてそのまま私が持ってきていたお笑いの
DVDを見て全員で爆笑。
見終わったらいつものように、バカのやり取り。
このバカみたいな言い合いがどんあお笑いの
DVDよりも腹筋崩壊させてくれるんだよね。
「お、ワンピースもあんじゃん。こういうの見ると、
二次元とかに行きたくなるんだよなー」
「理論的には微分すれば行ける。身体を僅かだけ
こっちに残しておかなければ積分で帰って
来れないがな」
「………よくわかんねぇけど、微分すれば
行けるってことか!」
「大和、それ物凄く恐ろしいことだからね」
日向の言葉に大和は首を傾げて、ワンピースを
ぱらぱらとめくり始めた。
空雅は愛花とメールをしているみたいで、
終始ニヤニヤしているんだから気持ち悪い。
築茂はバイオリンについての本を手にしていて、
煌と日向はオセロなんかやってる。
玲央は私の膝を枕にして爆睡状態。
私はそんな光景を、ぼーっとしながら
眺めていた。
気付いたらもう午前0時を回る時間。
明日の朝からまた練習の日々が続くから
早く休もう、と煌の言葉でそれぞれ部屋に戻った。
部屋に入る間際。
玲央が私を見つめていたから、ふわりと
微笑んで『大丈夫』と口パクで伝えると、
小さく頷いて部屋に入って行った。
電気を消して布団に入り、三角型に
なっている天井を見上げる。
昼間、ずっと寝ていたせいで睡魔が押し寄せる
気配は全く感じられない。
その代わり、ムウさんの言葉だけが
頭の中を支配していた。
『忘れたということは、それほど思い出したくない
ことだったんでしょう。それなら何も知らずに
いたほうが、ずっといい』
思い出したくない、記憶……か。
確かに私だけならそれでいいのかもしれないけど、
私の記憶の一部を知っているムウさんからしたら、
辛いんじゃないのかな。
自分には記憶があるのに、相手には
自分との記憶がない。
それがくだらないものなら別にいいかも
しれないけど、ムウさんの表情からは
そんなふうに思えなかった。
とっても、悲しそうだったから。
『………私はあなたに、笑っていてほしい。
ただ、それだけ…なんです』
ムウさん、私ね。
この言葉で1つ決意が生まれたんだよ。
日本に帰ったら1番にやることを見つけた。
私は自分の外見はよく分からないけど、中身は
知っているつもりだったけど。
もしかしたら、中身のほうが、私は自分の
ことを知らないのかもしれない。
考えてみたら、私は記憶が薄い。
今ある記憶も、思い込みとかで現実で起こった
記憶ではないのかもしれない。
あの夢の少女が言ってくれたように、
私の記憶は本物ではないのかもしれない。
だとしたら、調べたい。
私は、私という人間を知りたい。
- 第23音 ( No.225 )
- 日時: 2013/05/25 23:19
- 名前: 歌 (ID: w2QxUPin)
コンサートまで後、3日。
この日は数日前から始まっている、実際の
コンサートホールでの練習。
2000席ある会場は、縦長になっていて音が
遠くまでよく飛ぶ仕組みになっている。
客席とステージの距離感はあまりないため、
観客からはよく見えるだろうけど、私たちから
したら、プレッシャーだ。
初めてこのホールで音を奏でたときの衝撃は、
驚いたってもんじゃない。
自分たちの音が本当にしっかり鳴っているのか、
と疑いたくなるほど、ホール中に飛んで行ってしまう。
そのせいで、自分で自分の音がはっきり
聞こえず、自信がなくなったり、もっと
大きい音を出そうとして余計な力が
入ってしまったり。
ホールでの練習は普段の練習と、全く違った。
コンクールでの舞台を経験している煌と築茂が、
アドバイスや声掛けをしてくれなかったら、
空雅はパニクっていたかもしれないし。
あまり感情を表情に出さない玲央にも、
焦りがにじみ出ていたから、危なかった。
ホールの一番後ろに立ってシェルロ先生と
風峰さんは全体のバランスや音にムラがないか、
強弱を確認してくれる。
気にればすぐにメガホンで叫んで、何度も
繰り返し練習。
スポットライトを当てられながら、前からも上からも
見られているということを想像するだけで
変な汗がふき出てくる。
それでも、私たちの音楽を届けたい、その一心で
毎日何時間もの練習をこなしてきた。
日が経つにつれて、あと何日しかないという
焦りと次第に向上していると感じる達成感が
入り混じって、複雑だった。
早くたくさんの人に聞いてもらいたいけど、
それに比例して不安もついてくるわけで。
心臓が、圧迫されそう。
そんなときに必ずと言っていいほど優しい
声をかけて安心させようとしてくれたのは、
紛れもないムウさん。
ムウさんの甘い笑顔を見るたびに、心臓は
嫌な動きをするけれど、同時に落ち着くのも
事実だったから。
余計なことは考えず、ただひたすらに
コンサートのことを考えた。
そしてコンサート、前日。
「うっはー………やべぇ……」
「落ち着かないよねぇ。本当に明日なんだ
って思うとこの1か月、長かったけど
あっという間だったなぁ」
緊張からか、胸を抑えて深呼吸をする空雅に、
落ち着いているように見える日向も、
ちょっとそわそわしている。
「でもなんだか、寂しいかも。1か月で見慣れた
このペンションも、生活リズムも。
日本に帰ったらまた大学があるんだよなぁ」
「当たり前だろ。俺たちは大学の名誉も
背負っているんだ。帰らずしてどうする」
「それはそうだけどさー」
煌の言う通り、私も実はちょっと
寂しかったりする。
6人とは日本に帰っても、これまでのように
音楽をしたりするのは当たり前だけど。
四六時中、ずっと一緒にいて楽器に触れて
音楽を奏でいた。
時にはそれが苦になることもあったし、
音楽以外のことでぶつかったりしたけれど、
それがあったからこそ。
明日、私たちの音楽は羽ばたいていく。
「俺は緊張よりも楽しみのほうが強いけどな。
俺たちは何度も転んだけど何度も立ち上がった。
悔しさを強さに変えた。不安が優しさになって
1人でないことを改めて感じたんだから、何が
あっても絶対に大丈夫だろ?」
「……うっわ、大和めっちゃかっけー…」
大和の偉人みたいな言葉に、空雅は感動して
ホモになりそうな眼差しで見つめている。
うわぁ、愛花も気が多い奴に好かれちゃって
苦労しますねぇ。
でもぶっきらぼうだけど優しく微笑みながら
言った、大和の言葉にちょっとドキ、と
したのは事実かな。
絶対に、口にはしないけどさ。
今日を含めてあと2回の夕食も、私たちは
ゆっくり話しながらいつもよりも時間を
かけていた。
私はあまり食べれなかったけど、ここの
おいしい料理が食べれなくなるのが、彼らに
とってはとても残念なことだろうな。
特に玲央なんて、余ったやつ日本に送れない?
とか子猫のような瞳で訴えて来たくらいだし。
ダメだ、なんて言えないような雰囲気を
完璧に作っていたけど、築茂にあっけなく
ぶち壊されていた。
別に彼らと夕食をとるのも、音楽をするのも
最後じゃないから、悲しいことなんてない。
はず、なのに。
私たちが夕食をとっている姿を、いつも少し
離れたところで立って眺めていたムウさんの
表情が、気になって仕方がない。
コンサートが終わるということは、
日本に帰るということ。
日本に帰るということは、ムウさんとは
会えなくなるということ。
でも、『一生』ではない。
近いうちに私はきっと、ムウさんに
会う時が来ると、確信している。
何の根拠もない、確信だけど。
それから最後の確認として、いつもの
ように22時まで軽い練習をした。
前日だからと言って練習時間を増やしたり、
いつもと違うことは絶対にしない。
いつも通りの練習をすれば、それでいい。
「よし、じゃぁ明日がコンサート本番。
今日はしっかり休んで、明日に備えよう」
煌の言葉にしっかり頷いて、楽器を
片付けたらそれぞれ部屋に戻る。
ついに、明日、今までの成果を果たすときが
来るんだ。
「悠」
部屋に入ろうとしてドアに手をかけたとき、
大和の声に振り返ると。
「明日、楽しもうな」
大和にしては珍しい、ニカッと幼い
笑顔を浮かべた。
無意識に力いっぱい手を握りしめて
いたことを、大和は気付いてくれたらしい。
「うん!ありがと、大和」
そのまま部屋に入ろうとしたけれど、
愛おしそうに私を見つめる大和の
瞳から、逃げられずに。
「ん?」
その場で首を傾げた。
すると、ゆっくり私のほうへと近づいて
ドアノブにあった私の手を、大和の手が
包み込む。
180近い身長の大和を見上げると、石鹸の
匂いに包まれた。
必然的に私の頭は大和の胸で、そこから
伝わる早い鼓動に、私もつられて早くなる。
「……大和」
「……なんだ、抱きしめられるのが
嫌とか?」
「ううん、そんなんじゃなくてさ」
「じゃあ、なんだよ」
ずっと、気になっていたことがある。
「煙草、いつやめたの?」
大和が煙草を吸っている姿を、フランスに
来るだいぶ前から、見なくなったことに
気付いたのは。
私を抱きしめる大和の匂いに、煙草の匂いが
なくなっていたこと。
人と話しているときにイライラすれば
必ずと言っていいほど煙草を吸って、
それがちょっと嫌だった。
だから簡単にやめることはできないはずなのに、
いつの間にか煙草もライターも見ていない。
「そんなのもう結構前だぜ?」
「どうしてやめたの?」
「………悠、煙草嫌いだろ。お前が嫌いな
ものは俺も嫌いになりてぇの」
……マジですか。
「本当に?よくやめられたね……かなり
難しいんじゃないの?」
「まぁ最初は少し辛かったけど、お前のため
だと思ったら案外簡単だったぜ」
何だろうね、今、ものすごく嬉しい。
大和が私のために自分のものを犠牲に
してくれた。
安易なことではないはずなのに、あっさりと
手放してくれたことが、カッコ良すぎる。
「でも我慢とかしてない?大丈夫?」
「当たり前だろ?俺は俺の意思でやめただけ。
お前は何も気にするな。健康にもいいしな」
「ふふっ……そっか。ありがとう」
大和の腕の中で笑みが零れれば、大和の
手が優しく私の頭を撫でる。
その温もりが、気持ちよくてそっと、
瞼を閉じた。
「……好きだ」
耳元で聞こえる、大和の囁き。
ちゅ、と耳にキスが落とされて、そのまま
身体が離された。
「……じゃ、明日な」
「うん、また明日」
明日、と言いながらもお互い部屋に戻る素振りは
見せずに額と額をくっつけたまま。
触れるだけのキスを、何度もした。
- 第23音 ( No.226 )
- 日時: 2013/05/26 20:31
- 名前: 歌 (ID: xyOqXR/L)
やっとお互いの部屋に戻り、私はすぐに
布団の中に入ってほっと息を吐く。
明日のことを考えるだけで固く、緊張
していたのが、大和の温もりで落ち着いた。
私のため、という言葉はちょっと責任を
感じないわけじゃないけれど、嬉しさの
ほうがずっと大きかったから。
今日はぐっすり、眠れそうだ。
明日。
明日、たった1日のためだけに私たちが
作り上げてきた音楽。
明日、明日、明日。
明日への扉は自動ドアじゃないから、
自分たちの音楽を信じて扉を開けよう。
眼差しの交わるところに、確かめなくても
信じていいものがある。
信じるということは『信じる』という
言葉を胸に刻んだ、自分の心を
信じるということ。
祈りにも似た、想いで。
とことんやったから、かたちになった。
とことんやったから、最後は気持ちよく
手放せる。
練習は大変だったけど、『大変』って自分を
『大きく変える』ということだから。
楽じゃないけど楽しかったから、
私たちは、大きく変わってこれた。
明日の舞台で、私たちは今までのように
傍観者ではない。
たとえピエロだったとしても、舞台に立つんだ。
コンサート、当日。
リハーサルを終えてコンサート開演まで、
あと2時間。
その間に衣装に着替えてメイクとヘアを
控室で施してもらう。
私は女性用の控室で、スタッフさんに手伝って
もらいながら着替えをしていた。
オーガンジー素材を使用した、優しく爽やかな
清涼感を感じさせる淡いライトブルーのドレス。
晴れた青空を思わせるような美しい色合いは、
風峰さんが私をイメージして特注で作らせたと
言っていた。
初々しく、上品な色合いがちょっと気恥ずかしくも
あるしこんな素敵なドレスを私が着ることに
躊躇もあるけれど。
舞台に立つんだから、こんなことくらいで
戸惑っていてはいけない。
着替えたらメイクをして、髪は耳わきに
後れ毛を出し、あとは後ろで綺麗に
束ねられている。
白く美しく輝くパールのイヤリングは、
ネックレスとお揃い。
ドレスとも相性抜群に見える。
全ての準備を整えて全身鏡の前に立ってみると、
私とは別人じゃないかって思うくらい、
見覚えのない雰囲気の人間が目の前にいた。
鏡の中にいる私は、間違いなく舞台の上に
立つ人間だ。
会場は13時、開演は14時になっている。
もちろん風峰さんのコンサートだから、前半は
風峰さんの指揮でオーケストラやソリストが
演奏をするらしい。
それを聞くのも1つの楽しみなんだよね。
でもそんなレベルの高い方々の後に、私たちが
演奏するというのもかなりのプレッシャー。
それでも、今日、ホールに入ってみると
煌びやかな衣装に包まれたたくさんの
演奏者が笑顔で声をかけてくれた。
フランス語は分からなかったけれど、英語を
話す人がいたからそれは何となく理解できた。
大丈夫、君たちらしい演奏を、と
素敵な言葉と素敵な笑顔に迎えられて。
これから私たちの音楽を、ホール中に響かせる。
女性用の控室を出て、私たち7人だけの
控室に向かう。
すでに6人は準備は終わっているらしく、私が
来るのを待っているらしい。
この姿を見せるのはちょっと緊張するけれど、
彼らの衣装を見る方が楽しみだったりする。
「ふぅー……」
1度、扉の前で深呼吸をしてから、ドアを2回
ノックして、扉を開けた。
「………お待たせ」
控室の中にある長方形の白いテーブルと
イスに座る彼らの視線が、私に集まる。
「えっ……悠、だよね?」
「はい、もちろんです」
ちょっと煌さん、気持ちは分かるけど
そんな挙動不審にならないでよ。
うっわ、全員めっちゃ驚いてるけど
めっちゃ顔赤いんですけど。
「に、似合ってる……ね…」
「ありがと。煌もめっちゃカッコいい」
煌の衣装はテーラードカラーの
大人っぽいタキシード。
落ち着いたブラック色が煌のイメージに
ピッタリというか、カッコよすぎる。
「悠に似合う色だな」
「築茂のもね」
眼鏡を指で上げてほくそ笑む築茂の衣装は、
シルバーのロングジャケットにズートスーツ。
サテンの生地にくるみボタン、しなやかな
素材が使われていて、築茂の綺麗なボディー
ラインが際立つ。
「……キレイ、だな」
「ふふっ…大和のめっちゃ目立つね」
ちょっと視線を泳がせてぶっきらぼうに
褒めてくれた大和は、珍しいホログラム柄の
ブラックタキシード。
キラキラと輝く光沢が上品かつ華やかな
印象を引き立てている。
蝶ネクタイとホワイトウイングカラーシャツが
これまた似合っている。
「本当に、キレイ……」
「日向なんて本物の王子様みたいだよ。
貴公子って感じ!」
綺麗な笑みを零す日向には、やっぱり
綺麗な衣装がぴったり。
繊細なバラの柄が織り込まれているホワイトの
ジャケットに、淡いグレーのズボン。
落ち着いたバラ柄で、シャツは淡いピンク
を着こなせるのは、日向しかいないだろう。
「俺だってかっけぇだろ!?」
「あーはいはい。かっこいいと思うよー」
「ちょー棒読みなんですけど」
鼻高々に自慢してきた空雅を軽くあしらう
素振りを見せながらも、内心とても
驚いている。
バカ満載の空雅のくせに、シャンブレー素材の
高級感あふれるベスト。
ショートな着丈がモダンな印象で、角度によっては
きらめく光も変わるらしい。
「……悠………お姫様、みたい」
「いやいやいや、私のキャラじゃないから!」
それぞれが髪をオールバックにしたり、
ワックスで遊んでいる髪型なのに、1人いつもと
変わらないのが、玲央。
ジャケットよりもコートに近く、シャープな
印象を与えるブラックにシルバーホワイトの
ストライプが織り込まれている。
ピンストライプなのにきっちり決まりすぎない、
かすれ具合の生地と控えめな光沢が玲央っぽい。
ドレスアップするだけで、全然違う次元の
人間に見えてくるんだから、不思議。
とにもかくにも、普段あまり意識していない
彼らの男としての魅力を見せつけられた気がする。
だって本当に、めっちゃカッコいい。
「でも何か……目のやり場に困るっていうか、
恥ずかしいかもね」
「それ、俺も思ったー!」
苦笑した日向に、空雅は激しく同意している。
「しばらくすれば慣れるだろ。それより、
とっとと最終打ち合わせだ。もう開演まで
あまり時間もないからな」
「そうだね。開演してからあそらく1時間後に
俺らの番だけど、始まったらきっと
バタバタだから今しか時間はないし」
相変わらず冷静な築茂と的確なシュミレーションを
する煌にはつくづく感心するよ。
とりあえず私も席について、出入りや
お辞儀、ポジションなどをしっかり確認。
そしてあっという間に、コンサートが開演となった。
- 第23音 ( No.227 )
- 日時: 2013/05/27 20:30
- 名前: 歌 (ID: 49hs5bxt)
暗くなったホール、唯一光が当てられている
ステージに立つのは、ただ1人。
『みなさま、ようこそミュージックコンサート
from風峰暁へ。本日は世界の有能な演奏者から、
はるばる日本からこの日のために来てくれた
若者たちまで、幅広い音楽を披露します』
フランス語で堂々と話す風峰さんを見ると、
やっぱり本当にすごい人なんだなぁ、と
改めて実感。
風峰さんが観客に何を言っているのかは、
さっぱり分からないけどさ。
一通り挨拶をし終えた風峰さんが綺麗な
お辞儀をすると同時に、風峰さんの後ろに
あった幕がゆっくりと上がる。
その後ろには、すでに用意していた
オーケストラの方々。
ホール中に拍手と歓声が沸き起こり、風峰さんは
身体を起こすと、指揮台の上に立った。
指揮棒が上がれば、70人もの演奏者の楽器が
綺麗に構えられ、視線はすべて風峰さんに集中。
細くもろいただの棒が1つ、小さく振られただけで
響き渡った、分厚く柔らかく美しい、音。
この曲は、バレエ音楽『シルヴィア』。
弦楽器の優雅なメロディとひな壇にいる
トランペットとトロンボーンの対旋律、
中低音の力強いベース。
「………すごい……」
思わず、漏れた感嘆の声。
舞台袖で聞いている私たちは、その圧倒的な
技術と表現を目の前にして鳥肌がたっていた。
無駄な音が1つもなく、すべてしっかりはまる和音、
歌っているように演奏をする姿。
これが、プロなんだ。
年齢も実力も経験も遥かに私たちの先で、
当たり前のことだけれど、ものすごく衝撃的だった。
それと同時に、こんな方々と同じステージに
立たせてもらうという重い責任感が押しよせてくる。
身体も心も、震えていた。
70人のオーケストラと、たった7人だけの
アマチュアな私たち。
今さら、こんなすごい音楽家たちの後に
演奏すると言うことに不安と恐怖と
緊張が押し寄せてた。
風峰さんの力強い、尚且つ美しい指揮に
合わせて次々と美しい音楽がホール中に
飛んで行く。
隣にいる彼らも言葉を失っていて、
その場の雰囲気だけで全員が
かなり緊張しているのが分かる。
バイオリン、フルート、クラリネットの
ソリストの方々がそれぞれが美しい音色を
響かせていった。
そして前半の部は終了し、20分間の
休憩に入る。
後半の部のトップバッターが、私たち。
「やぁ、調子はどうだい?」
「……緊張MAXです」
額に汗を滲ませながら、とても楽しそうな
表情の風峰さんに私はガチガチになりながら
答えた。
相変わらず個性的な笑いを響かせて、目元に
いくつものシワをつくる。
その笑顔に、とても安心させられていた。
「大丈夫。君たちには君たちにしかできない
音楽があるんだ。さっき見ていたものは
いい経験だと思いなさい。自分たちを信じて
楽しいステージを期待しているよ」
「……はい!!」
穏やかな笑みで言葉を投げかけてくれた風峰
さんの手が、私の頭を優しく撫でる。
さっきまでの不安が嘘のように、風峰さんの
言葉で失くなっていた。
6人に微笑めば、さっきまでの緊張は
生き生きとした表情に変わって行く。
「よし。これからは俺たちのステージだ!
今までやってきたものを信じて、思いっきり
楽しんで、観客も楽しませよう!!」
「おう!!!」
円陣を組んで、煌の掛け声に全員が叫んだ。
楽器が冷めないように息を吹き込んだり、
指を動かしたりして、準備は万端。
『さぁ、お待たせいたしました。後半の部、
はるばる日本からやってきた若き音楽家
たちの登場です!』
マイクを通してホールに響く風峰さんの
言葉を聞いた後、私たちはゆっくりと
足を前に進めた。
私たちの、ステージへと。
目の前に広がる、たくさんの視線。
私たちが今立っている場所は、本当に少しの
人間しか立てない『光』と言う名の舞台
スポットライトが降り注ぎ、華やかな衣装を
身にまとい、これから観客を魅了する。
まさに、夢の世界。
だけどこの『光』の舞台に立つまでに、
私たちもオーケストラの人たちも
たくさんのものと闘った。
舞台上では光を当てられるけれど、それまでは
光だけではなく『影』すらできる。
『光』の裏には必ず『影』ができる。
私たちがステージに立ちスポットライトを
当てられている後ろに、私たちの影が
出来ているように。
光に立ち続けるためには、陰で苦しみ
たくさんの葛藤や苦難を生き抜いてきた者だけ。
私たちの音楽は、楽しいことばかりではなかった。
思うように音が鳴らなくて、いくらやっても
合わなくて、練習を投げ出したくなることも
あったはず。
それでも私たちは1人ではなく、今一緒に
ステージに立つ彼らと言う『仲間』がいたからこそ。
私は今、『光』に立っている。
私たちの光は、スポットライト。
スポットライトは、私たちの心。
青春の、太陽。
青春の1ページのように、ページをめくり
今、一番後ろで見つめるあなたの心に。
伝えたい。
大切なあなたの人生に向けてメッセージを、
届けたい。
私たちの、音楽を。
青い春の音を。
フランスの首都パリにある、シャルル・ド・
ゴール国際空港。
「風峰さん、本当にお世話になりました」
「いや、こちらこそ本当にありがとう。素晴らしい
コンサートになったよ。君たちへの評価も
中々だったしね。本当にありがとう」
昨日、無事にコンサートを終えた私たちは、
今から日本に帰る。
空港まで送ってくれた風峰さんとムウさんに、
煌が深く頭を下げた後、私たちもしっかり
お礼を言った。
1人1人、風峰さんと固く握手をして。
「ムウさんも、本当にありがとうございました。
とても楽しく過ごせました」
「とんでもございません。至らぬ点が多々あり、
申し訳ございませんでした。皆様のこれからの
ご活躍をこれからも陰ながら応援しています」
最後の最後まで甘い笑顔を崩さなかった、
謎めいたムウさん。
私と目が合うと、何を考えているのか
よく分からない瞳を揺らす。
「それでは、そろそろ時間なので。
本当に、ありがとうございました」
荷物はすべて昨日のうちに先に送っているから
軽い手荷物だけを持って。
それぞれ、ゲートを通って行く。
「………ムウさん」
最後に残った私は、ムウさんとしっかり
向き合って。
そっと、コバルトブルーの瞳に、
手を伸ばした。
白く、透き通る肌は、やっぱり見覚えが
あるもので。
大きく見開かれたコバルトブルーの瞳を
覆う、薄い膜があることを確認するために。
そっと、顔を近づけた。
後ろで私の名前を呼ぶ声が次々と聞こえるけど、
今はこの行動を止めるわけにはいかない。
この行動が、これからやることに、
重要な意味をもたらすから。
「………ありがとう、ございました」
確認し終えた私は、込み上げてきそうな何かを
ぐっと堪えて、ぱっと距離を取った。
勢いよく頭を下げて、そのまま6人が待つ
ゲートの向こう側へと走って。
振り返らずに、差し出されていた煌の手を、
強く握った。
- 第23音 ( No.228 )
- 日時: 2013/05/28 21:59
- 名前: 歌 (ID: zbxAunUZ)
“さよなら”は、言わなかった。
「……お前、何やってんだよ」
「いやーだってムウさんの瞳ってすごくキレイな
色してたじゃん?最後によく目に焼き付けて
おこうと思ってさ」
「マジでビビったんだけど!キスすんのかと
思ったー。あんな大勢の前でさっ」
「まっさかー!空雅じゃあるまいし」
「はぁ!?俺がいつそんなことしたんだよ!」
「さぁねー?」
不機嫌気味の大和にいつもと変わらない
笑顔を向けて、空雅との言い合い。
カバンを持っていない手は煌に握られたままで、
服の袖は玲央にしっかり握られている。
築茂は時間や搭乗口の確認をしっかり
していて、日向はそんな光景を優しく
見守っている。
今までの生活に、これから戻る。
フランスに来る前と帰ってからでは、
何ら変わらないような生活かもしれないけど。
確実に、私たちは変わっていた。
大きなものをたくさん得て、一生味わえない
経験をさしてもらえた。
音楽への想いも、さらに強くなって。
沖縄に帰った時は、すでに12月に
入っている。
いくら沖縄とはいえ、12月になれば気温も
ぐっと下がってくる。
1ケタにはならないけれど、風が冷たいから
寒いもいのはしっかり寒い。
私たちは、元の場所に帰るんだ。
「……とっても、楽しかったな」
飛行機に乗って一番窓側に座った私は、
誰に言うまでもなく、小さく呟いた。
「あぁ、いい経験ができたな」
隣に座った築茂がふ、と口角を上げて
柔らかい笑みを零す。
明らかに表情が緩くなった築茂も、いろんな
ことを感じていろんなことを学んだんだろう。
だから、きっと。
築茂はすでに、気付いている。
これから私が、やろうとしていることを。
12月1日。
午前2時23分、沖縄到着。
夜空に浮かぶあやとりみたいな、
光るレインボーブリッジ。
儚い恋の、消えゆく走馬灯。
お疲れ様、と言い合って帰った、家。
1か月いなかったせいで、あまりにも人気の
ない部屋は、ひんやりとした空気が漂っていた。
今日は幸いにも、土曜日。
だから今日と明日はゆっくりフランスでの
疲れをとることができる。
飛行機の中で十分に寝たせいか、全く
睡魔は現れず、とりあえず冷蔵庫から
ミネラルウォーターを取り出した。
………本当に、帰ってきたんだな。
まだ、1か月間のことが夢のようで
頭がぼーっとしている。
次第に明るくなってきた、窓の外。
久しぶりに海を見たくなって、厚い上着を
羽織って、外に出た。
ひんやりとした風が、頬を掠めていく。
近所の家にある木には、まだいくつか
葉っぱがしがみついていたけれど。
木の葉が、落ちた。
1枚、また1枚と。
私たちが過ごすことはなかった、沖縄の秋。
秋の終わりは、木の葉のように散ったんだ。
見上げれば風が『冬が来るよ』と
空をかき鳴らしている。
今年の夏と秋は、1度きりの季節。
あっという間に、過ぎて行った。
風が、さらって行った。
ここにも、冬が来るんだね。
1度きりの、白い世界が。
ほら、海も。
白く染まっている。
私はこれから、本物の白い世界を
見に行こう。
本物の冬へと、足を踏み入れよう。
白い海の潮風を、受けながら。
静かな息を、吸い込んだ。
銀色の月のような貴方を想う
想いは波間を流れ流れて
貴方の手へと辿り着き
深紅の薔薇を咲かせるだろう
ゆるやかなピアノの音色が
あなたの美しい髪を
撫でるだろう
砕け散った星の欠片
貴方の瞳で弾けて
消え失せるだろう
鮮やかな虹色の魔法
貴方の心臓で花火のように
轟音をたてるだろう
狂おしいほどの恋情が
私の心で白百合の花となり
咲き乱れる
世界には瑠璃色に紅色に
胸をしめつける夕日の色に
染まりゆく
水晶の小船よ急いでおくれ
愛おしい人のもとへと
紺青の波よ金色の泡よ
歌っておくれ
孤独を抱く旅人のために
私は逢いに行く。
遠い昔に約束した、あるべき自分に
なるために。
自分との約束を、果たすために。
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