コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第27音 ( No.249 )
日時: 2013/06/20 20:17
名前: 歌 (ID: 5TWPLANd)





二宮先生から聞いた話は、あまりにも衝撃だった。





ホットティーが淹れられていたカップからは、
もう湯気は出ていなくて、代わりに私の
曖昧は表情を映していた。



目の前ですべてを話し切り、ほくそ笑む
二宮先生の言葉を、すべて鵜呑みにしたら、
私はどうすればいいんだろう。


今の話が、すべて真実だったら、私は
どうすればいいんだろう。



「記憶は、思い出しましたか?」


「……いえ、全く。だから今の話が真実か
 どうかも信じられません」



頭が、真っ白どころか、色さえも分からない。


精一杯、頭の中を整理するけれど一向に
片付いてはこなくて。



「それもそうでしょう。本来ならば、あなた
 自身が思い出せればよかったんですけど。
 私にも、話していいという許可がおりたので」

「許可?」

「おっと、ここはまだ話せません。神崎さん、
 あなた自身で思い出して下さい」

「………はい」



この人の言っていることは、確かだ。


私は私の見たものしか信じないから、今
聞いただけの話では到底無理。


だけど、真実かどうかを確かめる1つの
手掛かりにはなった。



後は、私自身の問題だ。




「ありがとう、ございました……」

「いえ、こちらこそ。もう少し取り乱すかと
 思って心配したんだけど、そうでも
 なかったですね」

「……取り乱すほど、まだ受け入れきれて
 いないんだと思います」

「仕方がないさ。私だって、あの時は
 パニックだったからね」



そう言って優しく微笑んだ二宮先生。


話を聞く前と聞いた後では、随分印象が
違うけれど、今の二宮先生が本来の
姿なんだと、信じたい。



莫大な金をある人物からもらっていたのは、
事実だけれど。



それにもしっかり理由があったんだから、
私には責められない。





二宮先生に莫大なお金を渡したある人物の
名前も素性も、一切話してはもらえなかったけれど、
内心では既に気付いている。


絶対に、あの人以外、あり得ない。


記憶を思い出さない限り、一体私とどんな
関係にあるのか、分からないけれど。



「今日は本当に、ありがとうございました」



席を立ち、深々と頭を下げた私に
二宮先生は苦笑を漏らした。



「いや、私こそ、当時のことは本当に
 申し訳なかったと思っています。自分の
 ために、あなたを傷つけることに
 協力してしまったんですから」

「……まだ、思い出していないのでその時の
 私がどんな想いだったのか、分かりませんが、
 二宮先生のことを誤解してしまったことも
 謝ります。すいませんでした」

「とんでもない!!……謝るのはこちらの
 ほうです。でもあの時のお金のおかげで、
 息子は助かりました。あの方には本当に
 感謝をしているのも事実なんです」



二宮先生の息子さんは当時6歳で、生まれつき
心臓に欠陥があり、ドナーが必要だったらしい。


しかし、そのドナーの手術に対応できる病院が
日本にはなく、アメリカの病院に行くしかなかった。


そのためには莫大なお金が必要で、その時に
現れたある人物に救われたと言う。


もちろん、条件付きで。



二宮先生自身も医師という役職にも関わらず、
自分の息子の病気すら治せないことを
本当に悔み、辛い思いをしてきた。


だから、ある人物の言う通りに、私の記憶を
失くさせたらしい。



「息子さんと、幸せに暮らして下さい。
 それが、私への償いだと思って」

「………ありがとう。本当に、申し訳…っ
 ありませんでしたっ……」


涙ぐみながら頭を下げた二宮先生と
固く握手をして。



「私はこれから、少しでも早く記憶を
 取り戻してあの人に会いに行きます」

「そうですか……。私から言えることは
 ただ1つ。記憶を取り戻すには、些細なことでも
 いいんです。何か引っかかることがあれば
 記憶を引き出す方法になります」

「分かりました。ありがとうございます」



ファミリーレストランを出て、私たちは
別れた。



帰り道を歩きながら、記憶のことを考える。


二宮先生から聞いた話がすべて事実だったとしても、
二宮先生が知らないこともありそうだ。


だとしたら、やっぱり自分の記憶を思い出すのが
一番手っ取り早い。

だけど、記憶なんてどうやって
取り戻せばいいんだろう?


手掛かりになることなんて、何一つ
思い当たらな………くも、ないかもしれない!!



『神崎さん、私がまず言いたいこと。それは、
あなたのお兄さん、柊柚夢さんは……生きています』

『……っ…』

『私は、あなたの記憶を消しました。そして、
あなたのお兄さんが亡くなった嘘の事実を、
あなたの記憶に刻み込んだんです』





柚夢は、生きている。






それはもうすでに薄々、気付いていたこと。



そして私は、すでに、違う人間として
生きている柚夢と、出逢っている。

それは、あの日、コバルトブルーの瞳が
コンタクトレンズであることを確認した時に、
ほぼ確信していた。



本当はあの時にでも、すぐに言いたかったけれど。



まだ完璧な確信ではなかったし、どうして柚夢が
死んだ人間となり、違う人物として生きているのかを
知るのが、恐かった。


柚夢は私を置いて、私の知らない人間として
生きていくことを選んだんだと思ったら、
恐くてたまらなかった。




どうして、って。
どうして、私を置いて消えたんだろうって。


私への言葉はすべて、嘘だったのかなって。



だから私は、沖縄を出るときも、真実を確かめに
行くのが怖くて、たまらなかったんだ。



恐くて怖くて強くて。



でもやっぱり、柚夢が同じ世界に生きている、
たったそれだけの事実が、たまらなく嬉しい。


もう一度、あの温もりを感じられるのかもしれないと
淡い期待を抱いてしまう。


溢れ出そうになる想いを、私は一生懸命制御してきたけれど。


もし、次、あの人を目の前にしてしまったら、
私は自分を抑えきれないだろう。


だからこそ、あの人に会いに行くためにも、
私はすべての記憶を思い出さなければいけない。




あそこに行けば、何か思い出すかもしれない。


そう思い立って向かったのは、ここからさほど
遠くはない、1つの小さなグラウンド。

地区の少年野球や少年サッカー、老人の
ゲートボールの場として使用されている。

よく、2人で柚夢はギターを片手に、そこの
グラウンドに住むホームレスのおじさんが
作ってくれたベンチに座って歌を歌っていた。

そして、柚夢と最後に出かけたのも、
ここのグラウンド。


二宮先生によると、柚夢は最初から病気でも
何でもなかったらしい。

つまり、柚夢が倒れたというところから、
私は騙されていたということ。


その理由を、当時の私は知っているのかと二宮先生に
聞いてみたけれど、そこまでは知らなかった。

考えれば考えるほど意味が分からないのは、
やっぱり記憶が足りないせいで。


何としてでも、記憶を取り戻したい。


ここのグランドで、私は柚夢と歌を歌って、
何か大切な話をしたような気がするんだけど
それさえも覚えていない。


大切なところだけが抜け落ちていて、
肝心なことが何一つ分からないまま。

ここに来れば、何か思い出すかと思ったんだけど……。



「ダメ、か……」



桜の木がグランドの周りに均等に植えられていて、
春になると満開になるその光景が、本当に好きだった。

吹き抜ける冷たい風だけで、あの時のホームレスの
おじさんを探してみたけれど、その姿はなかった。

少年団の子供たちも、老人も、誰一人の姿も見当たらない。


2年半で変わるわけない、そう思っていたけれど、
ここは少し雰囲気が変わったような気がする。


それはやっぱり寂しくもあり、柚夢との想い出が
霞んでしまいそうで、切なくもなる。


全く思い出せそうにもなく、そのままグランドを
後にしてホテルへと戻った。




第27音 ( No.250 )
日時: 2013/06/21 23:01
名前: 歌 (ID: zbxAunUZ)



記憶を取り戻すすべは何もなく、今日は大晦日。


2012年が終わり、2013年へと変わる今日の
天気は、雲1つない、快晴。


からっとしていて、空気は肌に突き刺さるような
寒さをしている。


私は相変わらず記憶の欠片を求めて、柚夢との
想い出の場所をひたすら回るけれど、そこには
懐かしいという思いだけで、何一つ手掛かりは
見当たらなかった。


一緒に歩いた並木道も、並んで座った公園の
ベンチにも、柚夢の匂いは感じられない。


今年も柚夢の声は聞こえない。


笑いながらご飯を食べたり、抱き合って
眠ったり、そんな想い出だけが記憶と
なっている。



もうすぐで、年が変わる。



3年前の大晦日まで一緒に過ごした柚夢は、
アルバムの写真の中のでは笑っていた。


今のあなたは、笑っているのかな。


あの人の声を聞いた時は、私が知っている
柚夢の声とは全然違かったから、気にも
とめなかったけど。


今思えば、柚夢はまだ声変りをして
いなかったよね。


あの時の柚夢の声は、あの人の声に消されて
今はもう思い出せなくなってきた。


柚夢の顔は、どんどん薄らいでしまっている。


あの頃の柚夢の姿は、あの人の姿に
変わってしまった。


分かってる。
これが、時間だということ。


私の知らない、柚夢がいるんだね。




「お姉さん、可愛いねぇ」

「1人?大晦日なのに寂しくない?」

「俺たちと遊ばない?」



うっわー……この人たち、KYだ。


せっかく人が物思いに耽っているのに、
気持ち悪い話し方しやがって。



「聞いてんの?」



聞いてません。




私は無表情を決め込んで、3人のチャラ男を
空気だと思うことにした。

それにしたって、こんな空気を吸いたくは
ないんだけど。


「ねぇ君、本当に可愛いね……名前、何て
 言うの?いくつ?」

「俺たち、結構顔はイケるでしょ?1人なんて
 寂しいから俺たちと遊ぼうよ」

「……あれ、ちょっと待っ…」


あぁーもう、うざいんだけど!!


すぅ、と1つの深呼吸。
瞼を閉じて思い浮かべる、音。


繋ぎ合せる、言葉を思い浮かべて。
私の口から出るのは。



私の、音楽。





過ぎ行こうとしている今年の夜に
ありがとうと少しだけの惜しみさえ
永遠の眠りについた人へ花束を
これから生き続けてゆく人たちへ試練を

暮れてゆく今年の悲劇と明ける迷路と
感謝の言葉と少しだけの惜しみつつ
大いなる眠りについた人へ安息を
これから生き続ける者たちへの試練と知恵を

誰かの遺碑にひっそりと
どうか優しく包む込むように
一粒一粒 今年眠りについた方へ
ゆっくりゆっくり 雪よ降り続け

過ぎ行こうとしている今年の夜に
ありがとうと少しだけの惜しみさえ
永遠の眠りについた人へ花束を
これから生き続けてゆく人たちへ試練を







「………やっぱり、君……」




最後の音を空に響かせると、3人の中の1人が
驚いた表情で私を見つめていた。


他の2人も目を真ん丸にして唖然としている。


と、突然呟いた1人が私の手を握り、
力強く握りしめたかと思ったら。



「神崎悠ちゃんだよね!?」



………はい?
どちら様ですか。



「俺、分からない?悠ちゃんの兄貴と
 高校でクラスメイトだった松田大知!!」



マツダダイチ?
ダレデスカ?




きょとんとしている私と同様に、松田
なんちゃらと言う人と一緒にいた2人も
きょとんと立っている。


そんな光景は、通りすがる人の目に
異様に見えるらしく、怪しい視線が
注がれていた。



「ちょっとここだと目立つので、場所
 変えましょうか?」

「あ、そうだね……ごめんごめん!」



身内の知り合いを装った新手のナンパかとも
考えたけど、一番最初に私の名前を叫んだ
ことから、やっぱり私を知っている人間らしい。


いや、でも私の知り合いにこんな金髪で
ピアスじゃらじゃらのチャラ男なんて
いなかったはず……。



とりあえず私たちは、近くの喫茶店に入った。



「どういうことだ、大知?お前にこんな
 可愛い知り合いがいたなんて聞いてねぇぞ」

「本当だよ!紹介しろってんの」

「いやいや、違うんだって!これには深い
 訳があるんだよ」


ちょっとチャラ男軍団、勝手に話を
進めないで頂けますか。

やめた、こんな奴らに敬語を使うのは
バカらしいと思うので。


「で、あなた誰?」


最高級の軽蔑の眼差しを送りつけてやった。



「あれー、やっぱり覚えてないのか……」

「私の兄とクラスメイトだって言ってたけど、
 ただのクラスメイトが私と知り合いなわけ
 ないんじゃない?」

「うっわー…大知、めっちゃ嫌われてんじゃん」

「あんたたちは黙ってて。で、誰なの」


興味のない2人を睨むと、顔を青白くさせて
しきりに首を縦に振った。



「松田大知。柊柚夢と高校1年の時にクラス
 メイトだったんだよ。それで文化祭の時、
 悠ちゃん来てくれたでしょ?その時に
 俺とちょっと話したの覚えてない?」

「そんなこと、一切覚えてません」

「……うっそー!ショックなんだけど……。
 俺は悠ちゃんのことすごくよく覚えてる!
 もう学校中で噂だったんだから。柊の妹が
 可愛すぎるって」


はぁー……横浜に来て柚夢の知り合いに
会ったのは初めてだから何か分かるかと
思ったけど、勘違いだったみたい。



「あの時も本当に可愛かったけど……さらに、
 綺麗になったっていうか…色っぽくなったと
 いうか……」

「そういうの、マジでいいから。話はそれだけ。
 じゃ、私はこれで」

「ちょ、ちょちょ!待って!!」



席を立ちあがってそのまま出口に去ろうと
した私の腕を掴んだのは、それまで黙っていた
2人のうち片方の銀髪野郎。


気持ち悪いからすぐに振り払ったけどね。



あ、何かこの人たちよく見ると髪色オリンピックに
なってるんだけど。

金銀銅、しっかり揃ってるではないか。


「え、どうして笑ってるの?」

「……いや、こっちの話。で、他に何か?」

「とりあえず何か飲もうよ!奢るからさ」

「座って座って!」


銀と銅に無理やり席に戻され、金にメニュー表を
押し付けられる。


この呼び名、最高にはまるわ。



「水でいい」

「えぇ?そんな遠慮しなくていいよ」

「遠慮じゃない。早くここから出たいの。
 あんたたちと関わりたくないの」

「そ、そこまで言わなくても……」


しょぼくれた金に盛大なため息を吐いて、
メニュー表を元の位置に戻した。



「でもさ、悠ちゃんって言うんでしょ?
 さっき大知、お兄さんの名前もユウって
 言わなかったか?」

「あー……うん、2人とも字は違うんだけど
 読み方は同じ名前なんだよね」

「え、兄妹でそんなことって出来んの!?」

「それに苗字だって違くない?柊と神崎って」

「まぁ、ほらそういうことだよ。再婚とか
 離婚とかそういう家庭、今時あるじゃん」

「……なるほど」



何なのこの人たち、人の家庭事情を勝手に
ベラベラと、失礼極まりないんだけど。

見た目も中身も、私たちとは違った意味で
本当にバカなんだなぁ。



「大知は今も悠ちゃんの兄貴とつるんでんのか?」



そう、銀が発した言葉に、金は一気に顔を
青ざめて私をちらちらと見始めた。

別に言っても言わなくても今となっては
どうでもいいから、早く言えばいいのに。


「え、えーっと…今は全然、かな?」

「なんだよそれ?」

「死んだんだよ」

「えっ?」

「だから、私の兄は死んだの。ね、松田さん」

「……う、うん……」


私がしれっと答えると、罰が悪そうに視線を
下げた金と、銀銅は眉を下げた。


「そうだったのか……ごめんな、こんなこと
 言っちまって」

「別に、どうでもいいよ」

「ねぇ悠ちゃん……今は?ちらっと噂で一人暮らしを
 してるって聞いたけど……沖縄で」

「沖縄!?」

「うん、沖縄で一人暮らししてるけどそれが何か?
 今は一時的な里帰りみたいなもん」


何かどんどん、髪色オリンピックの表情が
曇っていくけど、意味が分からない。



第27音 ( No.251 )
日時: 2013/06/22 20:36
名前: 歌 (ID: npB6/xR8)


こんなのは時間の無駄だから、早く記憶探しの
旅に出たくてたまらない。


「まだ高校2年で沖縄で1人暮らしって……大丈夫?
 いろいろ大変じゃない?」

「あーはいはい、本当にそういうのいらないから、
 早く帰りたいんだけど」

「……でも、大晦日に1人で歩いていたんだし、
 寂しいじゃん?ちょっと遊ぼうよ」

「遊ばないってば!!」


マジで銀と銅の野郎、うざいんだけど!

なんだか勝手に自己紹介とかし始めたけど、
名前なんて覚えるつもりもないし聞く価値も
ないからスルーします。


「でも悠ちゃん、本当に可愛いねぇ……あの時、
 本当はメアドとか交換したかったのに、柊が
 すんごい怒るんだもん。異常なシスコンだったよ」

「……学校での兄は、どんなんだった?」


高校で柚夢がどんな生活をしていたのか、
それには興味もあったし、何よりも何か
手掛かりになるかもしれない。


「本当にいいやつだったよ……。クラスの人気者で、
 誰にも優しくて、でもどこか影があった」

「影……?」

「うん。ちょうど柊が亡くなる3か月前くらいから、
 あいつの様子が変だって、噂になってたんだ。
 俺は2年になってからは柊とクラスが離れたから
 実際にどうだったのかは、分からないけど」


柚夢が死ぬ、3か月前。


柚夢の命日となっているのは、8月23日だから
3か月前だと5月ごろ。


その時に何か、あったってこと?
私はその時、何をしてたっけ?



「あっそうだ……思い出した!GWの時に、あるバンドの
 ライブがあったんだよ。それに柊と悠ちゃん、一緒に
 来てたじゃん?それから柊が変わったっていう
 話を聞いたことあるけど…何かあったの?」



GWの時に、あるバンドのライブ?


何それ、私の記憶の中にそんなものは
ないんだけど。



どく、どく、どく。



何だろう、これ。
何か、引っかかる。


何か、大切なことを忘れてる。



「……兄は、どんなふうに変わったの?」

「んー、何ていうか、いつも切羽詰まったような
 顔で何かを悩んでいたらしいよ。でも誰が何を
 聞いても答えなかったって。その後にみんな、
 病気のことを知って、病気のことで悩んでいたんだ
 って納得してたけど」


柚夢は、病気なんかじゃなかった。



『あなたのお兄さんは、自分が死ねば生命保険の
 多額なお金があなたに入る、これが狙い
 だったのかもしれません』



どくん。




二宮先生が言っていた言葉を、あまり気にも
とめずに今までいたけれど、これってすごく
重要なことじゃ……?


あるバンドのライブの後から柚夢の様子が
おかしくなったんだとしたら。


そのライブをした場所に行けば、何か
思い出せるかもしれない。



「あ、の……そのバンドがライブした場所って
 どこでしたっけ?久しぶりに横浜に帰って
 来たから曖昧で」

「それならすぐそこだよ。ほら、あの信号曲がって
 すぐに5階建のビルがあるじゃん?そのすぐ隣」


喫茶店の窓から指を差して説明してくれる
金の視線を一生懸命に追って、記憶と
リンクさせようとするけど、やっぱり全く
身に覚えがない。


二宮先生は、私の記憶を消したとは言っていたけど、
どこからどこまでのどんな記憶を消したかまでは
言っていなかった。


いや、恐らく二宮先生も知らないんだ。



「あぁ……そうだそうだ、思い出した!何か
 聞いたら懐かしくなったから、ちょっと
 言ってみる。ってなわけでこれでさよならね」

「え、えぇ!?そんなあっさりと……」


金にはいろいろと教えてもらってこんな態度は
失礼だと思うけど、これ以上時間を無駄には
したくない。


「本当にいろいろとありがとう!じゃ、元気で!」

「あぁ!ちょっと…っ」


すぐに荷物を手に、私は爽やかな笑顔で
喫茶店を後にした。



ここの信号を曲がってすぐに……あ、あった、
あの5階建のビルのすぐ隣。



「へぇ……音友達って書いてお友達、かぁ」



これがこのライブ会場の名前らしく、至って
普通のライブ会場。


今は電気が点いていないし、基本的に夜の
はずだから人もいない。


中へ入るにも鍵がかかっていて、入れない。


どうしようか、と考えていると、ライブ会場の
裏駐車場と書いてある看板が目についた。


すぐにそっちのほうへと足を向けると、
そこは、30台ほどの車が止められそうな
普通の駐車場、なのに。



どく、どく、どく。



私の心臓は、何かを感じていた。


ゆっくり駐車場を進んで行くたびに、ズキ、と
頭が何かにきつく縛られている感覚に陥る。

手は僅かに震えていて、呼吸もうまく
できなくなってきた。



「私……ここ、知ってる……」



いや、金が私と柚夢がここでやったライブを
見に来ていたって言っていたんだから、
来たことがあるのは確かだ。


だけど、私の記憶にはないし、この光景も
知らないはずなんだけど。



この場所にいることが、すごく苦しい。




何だろう、これ。


どく、どくどく、どくどく………。
ズキズキズキズキ………。



『………っ悠!!!!』




ガンッッ!!



……え?今の、何?
頭が、殴られたどころじゃない。


痛みさえ、感じない感覚。




『嫌だ!!!消えてぇぇぇ!あんたなんか、
 大嫌いっっ!!!』




目の前には、ナイフを握る私の、手。


その先にいるのは…………






『こいつはもう俺のものだゼぇ?ほぅら、
 お前を殺そうとしているだろぉ?』


『悠!!僕の声を聞いてっっ!!』


『無駄さ。もうこいつにはお前の声なんざ、
 届かない。お前があの条件をのまない限りな』


『……てんめぇ……!!!』



憎悪が、見える。



『てめぇが死ねばこいつは無事に返してやるゼぇ?
 さぁ、どうするぅ?ヒイラギユウ』


『っ……分かった、分かったから……悠を返せ…』


『はっはっはっ!!!見事な光景だネぇぇぇ。
 最高に嬉しいよぉ。本当に俺さぁ、てめぇが
 大嫌いなんだよねぇ……』



私が持っていたナイフが、振り上げられる。


私の手を、知らない手が掴み、何度も殴られた
柚夢に向かって、振り落とされようとしている。



『いやぁぁぁぁ!!!!!』



私の、悲痛な叫び声が駐車場に響き渡り、
ナイフは柚夢の腕に。



突き刺さった。





がく、と私はその場にうずくまる。


目からは大量の水滴と、身体中には冬の寒さとは
裏腹に大量の汗がふきでている。




『へっへっへぇぇ!!最高だネぇ!さぁ悠ちゃぁん?
 もっとこいつを殺ってアゲテぇ!?』


『死んで……あんたなんか、私の前から消えてぇ!!』


『…っ……悠……』




あぁ……そうだ、思い出した。




柚夢を殺したのは、私だ。





『何をしているっっ!!!』






  大金
警   シ   消  大
 察  ネ  え   丈
記 を   て    夫
憶  呼んだ     だ
を       誰  か
    奏楽……?  ら
 死んだ人
悠   間として生きる

罪は……僕   イヤ… 
    の
柚夢!!  罪  私と来なさい







巡る、映像。


通り過ぎる、言葉。




どうして………思い出しちゃったんだろう。




柚夢を死んだ人間として生きさせたのは、
紛れもない私で。


柚夢に死んで、と叫んだのは私で。



柚夢を助けて柚夢を違う人間としてそばに
置いてくれているのは、あの人で。




あぁ、そうか。
私は、大好きでたまらなかった柚夢を。



刺したんだ。




たとえ私の本心ではなく、コントロールを
失う薬を飲まされていたとしても、私が
柚夢を………。





「あ……ぅ…っ……くぅ…!」





ごめんなさい。









第27音 ( No.252 )
日時: 2013/06/23 21:52
名前: 歌 (ID: Jolbfk2/)


あれは、本当に突然のことだった。



5月4日、中学3年のGWに私と柚夢は知り合いの
バンドのライブを観に来ていた。


激しく熱いライブに感動しながらライブ会場を
出てすぐに、目の前に1人の男が立っていた。



『コンニチハ?ヒイラギユウくん、そして彼が
 大切にしてやまない……カンザキユウちゃぁん?』



サングラスに腕にはびっしりと龍の入れ墨、
ボサボサの金髪に大きい身体。


気持ち悪いじゃべり方に、鳥肌がたつような
どす黒い声、私たちを見下ろすサングラスから
覗く薄らと見える目は、恐いってものじゃない。


人間とは、思えなかった。



『貴様……!!何しに来た!?』

『え、柚夢……知り合い?』

『はっはっはっ!すぅぐに愛おしい妹ちゃんを
 庇うんだネぇ……薬物売り野郎が』

『………は?』



私をすぐに背中の後ろに庇った柚夢を
見上げてすぐに、その男が言った言葉を
すぐに理解できなかった。



『…ち、ちが…っ!!』

『違くネぇだろぉ?しっかり運んでた
 じゃネぇかよぉぉ?そして薬物を手にした
 奴は、次々と死んだよなぁ?』

『て、んめぇ……』



後ろで私の手を握る柚夢の手が驚くほど
震えている。

否定しない、ってことはそういうことなのかと
私は頭の中が混乱していた。



『おーっと、ここじゃぁアレだからぁ、裏の
 駐車場に行こうゼぇ?』



裏駐車場に着いてすぐに柚夢は、男に
腹を殴られた。



『柚夢!!!』

『お嬢ちゃんは、こっちに来ようかぁ?』

『悠!!』

『いや……っ…離して!!』



私より2回り以上も大きいその男に捕まれば、
力で敵うわけもなく、私は拘束された。



『君のだーい好きなお兄ちゃんはネぇ?
 薬を売って、人まで殺したんだゼぇ?
 なぁ、最悪な人間だろぉ?』

『そんなの信じるか!!私たちには縁の
 ない話に決まってる!離して!!』

『元気なお嬢ちゃんだネぇ……そういうの、
 嫌いじゃないよぉ?でもネぇ、事実なんだゼぇ?
 ほぅら、お兄ちゃんは否定しないだろぉぉ?』

『柚夢!嘘だよね?そんなのあり得ないよね!』

『………悠……俺…』


笑い飛ばした私にお腹を押さえてうずくまる
柚夢は、悲痛な色を瞳に乗せていた。



『これが何よりもの証拠だろぉ?こいつは、
 人殺しなんだ……そんな奴の妹だなんてぇ
 嫌だろぉ?』

『……絶対に嘘だ!柚夢はそんなことしない!!
 できるわけがない!!』

『ぐはははっはっ!兄貴想いのいい子だネぇ?
 でも本当の兄貴じゃ、ねぇんだよなぁ?
 やっぱりキミたち、ヤっちゃってるんでしょぉ?』


そう言いながら、男は私の身体を触り始めた。


『悠!!!ふっざけんなてめぇ!!!』

『いやっやめて!!気持ち悪い!!』

『本当に、可愛いねぇ悠ちゃぁん。あいつはねぇ、
 人殺しなんだよぉ?消えてほしいと思わなぁい?』

『それはあんたのほうだ!今すぐ私の前から
 消えて!!』

『それは無理なお願いだネぇ。俺は君のお兄ちゃんを
 心から憎んでいるんだよぉ……殺したいほどに』


耳元で囁く男の声に、ぞくり、と嫌な
汗が背中をつたった。


私の胸を足を、男はまさぐるように触る。


柚夢以外の男に触られるのはもちろん、こんな
気持ち悪い奴に触られているのがたまらなく嫌で、
涙が溢れてきた。


『いいネぇ……その泣き顔…なまらなくゾクゾク
 するよぉ。ヒイラギユウ、お前もそう思うだろぉ?』

『……てんめぇぇぇ!!!』


何かが切れたように立ち上がった柚夢は、
私たちと男の方に全力で走ってきて、
拳を振り上げた。


『ふっ……』


しかしそれはすぐに男の蹴りで破られ、
柚夢は地面に物凄い衝撃で叩きつけられる。


『柚夢!!!』


ところどころ血が出てきて、柚夢の表情は
痛みで歪んでいた。


『弱いネぇ……そんなんじゃ、可愛い妹ちゃぁんを
 守れないよぉ?ほぅら、おいでよぉ?』


柚夢は立ち上がり、何度も男に手を出そうと
するけど男は簡単にそれを交わしては
柚夢に着々と一つずつ傷を残して行った。


『もう……やめてぇ…』

『はっはっはっ!じゃぁ、君があいつを
 殺してよぉ?俺はあいつを殺せればいいんだゼぇ?』

『……どうして、どうしてそんなに柚夢を
 恨んでいるの!?どうして…?』

『そんなの当たり前だろぉ?俺の元カノはなぁ、
 こいつに一目ぼれして、俺を振ったんだよぉ。
 こんなカスに俺が負けるなんて許せねぇだろぉ?』

『なに、それ……』


あまりにも低俗な理由に、私は怒りで
震えていた。



それから男は気持ち悪い声で私の耳元で
囁くようにして、語り始めた。



『俺はなぁ、こいつにアルバイトの話を
 持ちかけたんだよぉ。あるモノだけをある
 場所に定期的に運ぶだけで1日5万っていう
 アルバイトをなぁ』

『それって……』

『あぁ、そうさぁ。麻薬だとも知らずによぉ、
 本当にバァカだよネぇ……』

『…っ……やっぱり!!あんたが柚夢を
 はめてただけじゃない!!』

『はっはっはっ!それでもこいつが麻薬を
 運んでいたのは事実なんだぜぇ?そして
 麻薬を吸ったやつらは気が狂って死んだぁ。
 こいつがいなけりゃぁ、誰も死なずに
 すんだと思わねぇかぁ』

『思うわけないじゃん!!!あんたが全部
 悪いに決まってるでしょ!?バカは
 あんたのほうだっっ!』


男の太い腕の中で、私は必死に叫んだ。

それでも男は余裕そうな笑みを向けて、
私の身体に容赦なく触れていく。


『でもよぉ、お嬢ちゃんは大好きなお兄ちゃんが
 人殺しだって知って絶望しなかぁい?』

『柚夢は人殺しなんかじゃない!!人殺しは
 あんたでしょ!?何も罪のない人間を巻き込んで
 傷つけて……最低!!!』

『本当に元気なお嬢ちゃんだネぇ?さぁて、
 そろそろ俺も本気出しちゃおうかなぁ?』


そう言って男は、ごそごそと自分のポケット
から錠剤を出して私の目の前に突き付けた。


『これがぁ、なんだか分かるかぁい?』

『な、にこれ……』

『これはネぇ、飲んでみれば分かるよぉ?』

『んぐっ…っ……』

『悠!!!』


男は、自分の口に錠剤を放り込み、そのまま
私の顎を掴んで口移しで私の中に錠剤を
入れてきた。

絶対に飲み込んじゃいけない、そう思って
いたけれど、男に舌を無理やり入れられ、
それは喉の奥にまで押しこめられた。


『げほっ…ごほ…っ…』

『ちょぃと手荒なマネしてごめんネぇ?
 でもお嬢ちゃんの唇、柔らかくて可愛いネぇ。
 もう少ししたら、効いてくるよぉ』

『てんめぇ……!悠に何飲ませた!?』

『お前はそこで大人しく見てなぁ?
 おもしろいことが起こるからさぁ』


錠剤を飲んでしまった私は、急激に身体が
熱くなり、頭がぼーっとして上も下も
分からないほどの眩暈に襲われた。


その後、自分でも信じられないことになる。



第27音 ( No.253 )
日時: 2013/06/24 23:02
名前: 歌 (ID: nEqByxTs)



私の手には、男が隠し持っていたナイフが
握らせてあり、それは柚夢に向かっていた。


私の意志では、なく。



『ほぅら、お嬢ちゃぁん?人殺しのお兄ちゃんを
 憎いだろぉう?消えてほしいと思うよネぇ?』

『…お兄、ちゃん…消える……』

『そうだぁ……君のお兄ちゃんは人殺しさぁ。
 そんな奴の妹なんてぇ嫌だよネぇ?』

『嫌……イヤ……』


心では平静の私がいるのに、頭は耳元で囁く
男の声によって支配されていく。

私はマインドコントロールができなくなり、
身体と脳は男の狙い通りに動いて行った。

自分がこの光景を違う角度から見ているような
感覚で、必死に自分の頭に呼びかけても
錠剤のせいか、完全に狂っていた。


『さぁ、こんな奴は生きてちゃいけねぇよなぁ?
 お嬢ちゃぁんの手で殺そうゼぇ?』

『……殺す…こんな、奴……』

『悠…?嘘、だよね……?悠、僕の声……』

『イヤ……こんな奴の妹…イヤ……』

『だろぉう?なぁヒイラギユウよぉ…もし
 お前が死ななければ大切な妹は一生
 俺の下僕だゼぇ?お嬢ちゃんを普通に
 戻してほしけりゃぁ死ねよぉ?』


こいつは、本気だ。



『………悠っ!!!!』

『嫌だ!!!消えてぇぇぇ!あんたなんか、
 大嫌いっっ!!!』



違う、やめて、私じゃない。



『こいつはもう俺のものだゼぇ?ほぅら、
 お前を殺そうとしているだろぉ?』

『悠!!僕の声を聞いてっっ!!』

『無駄さ。もうこいつにはお前の声なんざ、
 届かない。お前があの条件をのまない限りな』

『……てんめぇ……!!!』

『てめぇが死ねばこいつは無事に返してやるゼぇ?
 さぁ、どうするぅ?ヒイラギユウ』

『っ……分かった、分かったから……悠を返せ…』

『はっはっはっ!!!見事な光景だネぇぇぇ。
 最高に嬉しいよぉ。本当に俺さぁ、てめぇが
 大嫌いなんだよねぇ……』


どんなに私自身に叫んでも、私の身体は
何かに支配されたように私の意思とは
関係なく動く。

目の前で苦しんでいる柚夢の姿を見てながら、
私はナイフを振り上げようとしていた。


それをこれでもかって叫びながら、少しでも
振り上げる手を止めようとする。


それを見た男は、ナイフを握る私の手を
上から押さえつけるように握り。




『いやぁぁぁぁ!!!!!』





いつか見た、夢の中。


ステージに立つ柚夢の振り上げたナイフは、
私が柚夢に向かって振り上げたナイフだった。




ギターをかき鳴らす、私を優しく抱きしめる、
その大好きな腕には、真っ赤な血。

私が振り上げたナイフには、べったりと
柚夢の血が。


『へっへっへぇぇ!!最高だネぇ!さぁ悠ちゃぁん?
 もっとこいつを殺ってアゲテぇ!?』

『死んで……あんたなんか、私の前から消えてぇ!!』

『…っ……悠……』


自分でも、もう何が何だか分からなかった。


ただ私は柚夢の腕を刺したという重い罪と
残酷な事実だけを突きつけられる。


今目の前で苦しんでいるのは、私を心から
大切にしてくれて、私が何よりも愛する人。


その愛する人を、私が刺した。



『まぁだ、こんなもんじゃぁ死なネぇかぁ……
 お嬢ちゃぁん?もっと殺っていいよぉ?』



そう言ってもう一度振り上げられた、私の
握るナイフ。


今度こそ、すべてが終わりだと確信した。



その時。





『何をしているっっ!!!』





後ろから聞こえた、叫び声。


バタバタといくつもの足音とパトカーや
救急車の音が近くなってくる。

頭がおかしくなっているとき、人は
何を考えるのか、不思議なものだ。

救急車の『シーソーシーソー』っていう
サイレンはドイツ音で『ハーゲーハーゲー』
っていうそれはもう挑発的なサイレンだなぁ……。


なんて、男のすべてがハゲりますように、
そう願いながら。


『くそぅ……!!』


取り押さえられた男の腕から解放された
私の意識は、そこで途切れた。



私たちを助けてくれたのは、風峰暁さん。


音楽祭のときに私たちをスカウトし、フランスに
招待して下さり、コンサートを開催した人物。



あの時が、初対面ではなかった。



風峰さんは、当時ライブの管理人であった人と
古くからの友人で、時間が出来たためライブを
一番後ろで見ていたらしい。


前半が終わった時点で仕事があったから
先にライブ会場を出たらしいけど、途中で
携帯を忘れたことに気づき、会場に
急いで戻った。

連絡をするにでもできず、会場に着いた時には
すでにライブは終わっていた。


諦めて明日取りに来よう、そう思い車に
戻ろうとしたが、私の悲鳴を聞きつけ
急いで裏の駐車場に戻ったらしい。


そして、ボロボロの柚夢と焦点を失った私、
不気味に笑ってる男を見つけ、すぐに
警察に連絡してくれた。



病院で目覚めた私は、警察の方から一連の
話を聞き、すぐに柚夢の病室へ行き、
ドアを開けようとすると。



柚夢と、風峰さんの話し声が、聞こえてきた。




『助けて頂き、ありがとうございました…』

『…いや、無事でよかったよ』

『でもまさか、あなたがいらっしゃるとは
 思いませんでした』

『私も、まさか君があんな目にあったいるとは
 本当に驚いたよ』

『風峰さんには、いつも助けてもらって
 ばかりですね……』


ここで、私は初めて風峰さんという名前を
知った。

そして、柚夢がよく話していた、世界的に有名な
音楽家、風峰暁だということに気付く。

柚夢は昔から風峰さんの作る音楽や指揮を振る
姿が大好きで、ファンだった。


でもこの話を聞く限り、柚夢と風峰さんは
知り合いのような口ぶり。



『柚夢くん……今回のことで、彼女はひどく
 自分を責めるとは思わないか?』

『……はい。たとえ自分の意思ではなかったと
 しても、彼女には残酷な現実だと思います』

『前にも話した通り……私の養子になることは、
 考えてくれたかい?』


養子……?


『それは…何度言われても、僕は奏楽くんの
 代わりにはなれません。それに彼女と
 一緒に過ごすことが、僕の望みです』

『しかし、あの男はまだ逃走を続けている。
 捕まらない限り、あの男はまだ君を
 狙ってくるだろう。いや、君ではなく
 彼女のことも』

『……それは、そうですが…』

『私に1つ、考えがあるのだが』



風峰さんの考え、それは。





『君が死んだことにすればいい。そうすれば
 あの男は気が済む』



え………?

病室の前で、私は風峰さんが言った言葉を
理解できずにいた。


死んだことにすればいい、ってどういうこと?



『君が病気で死んだことにすればいいんだ。
 そして君は私の息子、奏楽として生きる。
 どうだい?』

『……そんなこと、できるわけ…っ……それに、
 僕には彼女が……』

『彼女の記憶を消せばいい。彼女の中でも
 君は死んだ人間として脳に刻み込むんだ。
 そしたら、追ってくることもなく平和に
 過ごせるだろう?』

『……っ!?……確かに、そうですが…』



意味が、分からなかった。



私の記憶を消して柚夢は死んだということに
する……?


奏楽……って、誰?



『あの男はまだまだ何かしらの手を使って
 君たちを追い詰める気だ。君が生きていると
 思っていれば。もし死んだということになれば
 彼女を傷つけることもない』


私が、傷つく?

そんなのはどうでもいいのに、一体この人は
何を言っているの?


次々と溢れる疑問と、受け入れがたい現実。


『あの男がまた彼女に媚薬を飲ませ、理性を失った
 彼女が君を襲わない可能性もなくないだろう?
 君はあの時、ひどく傷ついたはずだ』

『……っ…』



……そうだ、私、柚夢を刺したんだ。




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