コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第18音 ( No.180 )
- 日時: 2013/04/12 23:06
- 名前: 歌 (ID: 0dFK.yJT)
私と大高以外、いるはずのない教室に、
ドン、と鈍い音が響いたのは。
明らかにドアのほうからで、ビックリして
視線を向けた先にいたのは。
「………今の、どういうことだよ?」
真っ青な顔をして、声を震わせた、
空雅が立っていた。
やばい……間違いなく、聞かれた。
「妊娠、って?お前ら……まさか…」
ドン、と鈍い音がしたのは空雅の持っていた
ボストンバッグが床に落ちた音。
ふらふら、と近づいてくる空雅の瞳には
薄らと涙すら浮かんでいる。
「恋人、って?本当…なのか……?」
「うん、本当だよ」
「……っ…」
私が微笑んではっきり言い切ると、何か
言いたげな表情を見せたのは、大高。
そんな大高を見て、空雅も眉を寄せる。
「どういう、ことだよ?……本当に付きあって、
いるのか?」
「うん、昨日からだけどね」
「冗談だろ?」
「だから本当だって。ね、大高?」
最初から、誤魔化すつもりなんてない。
たとえ大高が納得していなくても、私は
もう大高と関係を持ってしまったことは、
紛れもない事実なんだから。
「じゃぁ……昨日、ヤったってこと、なのか?」
「うん」
「………妊娠するしない、って…」
「中出しだったから。でも妊娠しないように
薬飲んだから大丈夫、って話をしてただけ」
生々しい表現に、顔を歪めて未だに信じられないと
言った表情を見せる。
それでも私は、笑顔を崩さなかった。
ガタン、と。
その場で崩れ込んだのは。
「……違う…っ……俺が、神崎を無理やり、
ヤったんだよ…っ!!」
涙交じりに苦しそうに吐き出した、大高だった。
「神崎……もう、いいから…っ…。お前は、
俺のことなんて………好きじゃ、ないだろう?」
「……好きだよ」
「それは違うだろ!?お前は、そんな簡単に……
気持ちが変わる奴じゃないだろ!?俺が、お前を
追い詰めたから…っ……ただの、同情だろ!?」
“同情”
その単語が出て初めて、私は表情を失くした。
大高の言うとおり、私は大高を恋愛感情として
好きなわけじゃない。
他の女の子と歩いている姿を見て、心が
痛んだのは、自分に好意を寄せていた人物を
捕られる、と勘違いした、醜い嫉妬。
好きだからでは、ない。
「そうだよ。ただの、同情だよ」
きっと、その時の私の表情は。
あまりにも、冷たかったんだと、思う。
私の瞳を見た大高は、自分で言ったのにも
関わらず、ひどくショックを受けたような
顔をして。
もう涙は、止まっていた。
「空雅」
大高を見つめたまま、空雅の名前を呼ぶ。
2人の唾を飲む音が、小さく、だけど
しっかり聞こえた。
「このこと……あいつらに、言う?」
ゆっくり、空雅に視線を移して、表情には
出さないようにしていたつもりだけど。
言わないで、と儚い願いが込められていることに、
空雅は気付いてくれている。
「………言わねぇよ」
その言葉を聞いただけで、すっと身体の
力が抜けたような気がした。
「もう二度と、同情だけでヤったり、付き合おうと
したりしなければ、だけどな」
空雅にしては、ひどく真剣な表情で、
怒りをも含んでいる。
そんな強い瞳から逸らすことなんてできる
こともなく、私は小さく、頷いた。
力なく座り込み、肩を震わせている大高を
空雅は慰めるように背中をさする。
そんな2人を見ていることができなくなり、
そっと、教室を後にした。
そろそろ、生徒たちで騒がしくなるであろう
廊下は、まだひっそりとしている。
時折、受験生の3年生が早く学校に来て勉強を
するためか、すれ違うことはあっても。
知っている人ではなかったことが、唯一の救い。
今、いつもの笑顔を作れる自信がないから、
早く1人になれる場所に行きたい。
そう思って、B棟の2階の片隅にある、生徒会室へと
進める足がふと、止まったのは。
「………悠?」
上から降ってきた、やわらかい声の、せい。
顔を見なくてもすぐに分かるその人を目の前に
して、顔を上げることなんて、できなかった。
「どう、したの……?」
「あ、おはよ!ごめん、今から生徒会室に
行かないといけないんだ!じゃぁね!」
ぱっと一瞬だけ、顔を上げてすぐに視線を逸らし、
そのまま走って生徒会室に行こうとした、けど。
がし、と強く握られた左腕。
「何があったの」
日向にしては、珍しい、低い声。
心配してくれていることも分かってるし、
誤魔化しきれなかったことも、分かってる。
だけど今は、見て見ぬフリをしてほしかった。
一度、気付かれないように深呼吸をしてから、
得意技の1つである、雰囲気を作りあげる。
「ごめん、急ぎだからまた後にしてくれる?」
「……っ…」
冷めた、目。
それに射抜かれた日向の瞳は、一度怯みそうに
なりながらも、ぐっと私の腕を握る力を
強くした。
「嫌だ。離さない」
睨むようにして私の冷めた目を跳ね返そうと
している日向の表情は、いつもの柔らかい
ものではなく、男の、顔。
別に怖くもなんともないけれど、その掴まれてる
腕の強さが、あの柔らかい笑顔を見せる日向からは
全く連想できないもので。
簡単に逃げられると思っていたのは、
私の勘違いだった。
「何があった?そんな顔した悠……1人にできない」
「だから何もないってば。いい加減、離して」
「何があったのか話してくれたら、離す」
いつもの日向なら自分のことより人の意見を
聞いて引き下がってくれるのに、一向に
それらしい素振りをみせない。
それがだんだんと、苛立ちに変わって行く。
「離して」
「嫌だって言ってる。どうして悠はいつも
そうやって逃げようとすんの?」
「逃げてなんかないから。何もないって
言ってるじゃん」
「何もないのに何でそんな顔してんだよ?
ほっとけるわけないだろ?」
あーもう、うるさい。
「離してってば!!」
自分でも驚くほど出てしまった声に、いくつかの
足音が近付いてくる。
こんなところ、見られるわけにはいかない。
「…っ……!」
「悠!!!」
力づくで日向の手から左腕を抜き出して、
そのまま、廊下を駆け抜けた。
- 第18音 ( No.181 )
- 日時: 2013/04/13 22:35
- 名前: 歌 (ID: YJQDmsfX)
………やって、しまった。
全力疾走して逃げ込むように入った生徒会室に、
重たい私のため息が大きく響く。
今さら後悔しても、遅い。
これじゃぁ、大高と空雅だけですら気まずくなる
なっているのに、日向とも距離ができてしまう。
音楽祭のことがあるのに、私は一体、
何をやっているんだろう。
音楽は心、なのに。
それぞれの心に闇と影が入り込めば、確実に
いい音楽なんてできなくなる。
そうなったら、人に聞かせられるような
ものではなくなってしまう。
もう、日向には私に何かしらあったことを
気付かれたんだから、きっとすぐに
大和や煌たちの耳にも入るだろうな。
「あー……最悪…」
誰かと音楽をやるうえで一番大切なものは、
心と心を通わせることなのに。
喧嘩、みたいなこと。
絶対にしてはいけないのに。
一度してしまったら、元通りにすることは
そうそう簡単なことじゃ、ない。
元通りにするにしたって、私に何があったのかを
聞くまでは日向も、納得しないはずだ。
だけどその内容が、さらに納得できなさそうな
ことなら、どうしたらいいんだろう。
話さなかったら、このまま。
話したら、さらにひどくなる。
逃げ道なんて、もうどこにもない。
教室に帰ることだって、めちゃくちゃ
気が重いのは確かで。
大高と空雅の顔をまともに見れないだろうし、
それを愛花が気付かなければいいけど。
そこまであいつは、バカじゃない。
さっき大声だしてしまったことも、その後
日向が私の名前を大声で呼んだことも、
他の生徒に聞かれていないといい……なんて
そんなのは無理な話だ。
明らかに何かもめ事があったことは、噂として
校内に出回ってしまうだろう。
これから音楽祭が、待っているのに。
私は怪しい者でもないし、おかしなことも
する気なんてさらさらないのに。
どうしてそれほどまでに、私から物凄い
勢いで逃げていくんだろう?
時間という奴は。
まだゆっくり時間はあると思って、生徒会室の
机に突っ伏しながら頭を冷やそうとしていたのに、
感じていた時間の流れはあまりにも遅かったみたいで。
授業の始まる予鈴が鳴ったことに驚いて
時計を見上げると、本当にその時間だった。
「……行かなきゃ」
重たい心に、重たい身体。
反射的に心も身体も頭も行きたくないと、
悲鳴をあげている。
それでも、行かなければいけない。
「……大丈夫」
自分に言い聞かせるように吐き出した言葉に、
少しだけ心が軽くなった気がする。
私ならいつも通りに、できる。
ここでいつもまでも考えてたって、何も
変わりはしないんだから、気楽に
私は私らしくしてればいいだけ。
そう、思い直して、入った教室。
私が入った瞬間に、静まり返って生徒
全員の視線を集めるかな、と思っていたのに、
その狭い箱の中では。
たくさんの言葉が、飛び交っていた。
誰も私が入ってきたことにすら気づく様子も
なく、ただならぬ雰囲気に包まれている。
「悠!!」
いち早く私に気付いた愛花が慌てた様子で
駆け寄ってくれば、その後に何人かが気付いて、
同じように続く。
焦り、不安、驚愕、そんな表情をして。
「今までどこに行ってたの!?大変なことに
なってるんだけど!!」
「一体、何があったの?」
「空雅と荻原先輩と大高が殴り合いの喧嘩して
職員室に連れてかれたんだよ!!」
………え?
ちょっと、待って。
どういうこと?
3人が、殴り合いの喧嘩?
「その時、悠の名前が出ていたって聞いた人が
いるんだけど!何か知らないの!?」
その言葉を聞き終える前に、気付いた時には
教室を飛び出していた。
私が日向の手を振り払ってから、あの場で
どうなったかなんて、知るはずもない。
空雅と大高がいた教室と、私と日向が話していた
階段の突き当りは、同じ2階。
私と日向の声は響くほどに大きかったんだから、
教室にいた2人にも聞こえていた可能性は
十分にある。
……いや、確実に聞かれていたんだ。
私が逃げた後、きっと2人が声を聞いて
日向のところに来たとしたら。
もしそこで、まだ動揺を消しきれなかった
空雅が口を滑らして、私と大高のことを
話してしまったら。
殴り合いの喧嘩になる理由が、できる。
そんなことを職員室に向かって走りながら
冷静に考えられる私って、やっぱり変なんだな。
バンッッッ!!!
勢いよく開けた、職員室のドア。
そこにいたのは、担任や生徒指導を含む
大人数の教師と、その中に、3人。
怪我の治療はまだしていないのか、口や
頬に血を拭っただけの跡が、ついていた。
「神崎!勝手に入ってくるな!」
担任の声を無視して、3人に近付く。
空雅はこれでもかってくらい反抗的な目を、
大高は絶望に満ちた目を、日向は無表情を、
していた。
「いいえ。喧嘩の原因は、聞き出せたんですか」
「それは俺たちの役割だ。たとえ生徒会長の
お前でも口出しはできない」
「この私が原因を知っていると言ったら、
どうしますか?」
眉間にシワを寄せて、言葉を詰まらせた
担任を無視して、3人の様子を隅から隅まで
観察する。
きっと、この3人は誰も喧嘩の原因を
話そうとしなかったんだ。
だから教師はこんなにも、苛立っている。
目を合わそうとしても、誰1人私の目を
見ようとしないのが、何よりもの証拠。
原因は、私なんだ。
囲んでいる教師から厳しい質問や
言葉を投げかけられるけど、すべて
無視をして。
私も彼らと同様に、黙り込んだ。
「……保健室で、怪我の治療をさせて下さい」
見た感じでは、それほどひどい怪我を
しているようには見えないけれど、切った
頬や口、殴り合いでできた青痣は痛々しい。
「喧嘩の原因は、月次と荻原先輩がお互いの
家族のことを貶し合い、殴り合いになった
ところを大高が止めに入って巻き込まれた。
それが原因です」
本当のことを必死に隠そうとしている
3人と同じようにするわけにはいかないから、
それらしい理由を作り、はっきりと述べ。
「だから、保健室で治療をさせて下さい」
頭を、下げた。
渋々と、囲んでいた教師たちは、すでに
授業が始まっている時間のせいもあってか、
散らばり始めた。
重々しくため息を吐いた担任も、必ず
戻って来いよ、と一言だけ残して職員室を
出ていくのを確認して。
「……行くよ。着いてきて」
踵を返して足を進めた後ろから、ちょっと
間を置いてついてきた足跡に。
ようやく、胸を撫で下ろした。
- 第18音 ( No.182 )
- 日時: 2013/04/14 22:50
- 名前: 歌 (ID: 16oPA8.M)
消毒の匂いが漂う、白で統一された保健室の
ドアには、保健医の不在を示す掲示が
されていたけど。
鍵は開いていて中に入れば、4つの
足音がやけに大きく響く。
「座って」
7人ほど座れそうな清潔感のあるソファを
指さしてから、治療用具をあさった。
「空雅、見せて」
口をへの字にして不機嫌オーラを出したままの
空雅の顎に手を添えて、切れている口元に
消毒液をつけたガーゼを当てる。
ぐ、と嫌そうに顔を背けたけれど、それを
逃がさないように、両手で挟んで。
親指で、ガーゼを当てた。
おでこにできた青痣に湿布を軽く張り、
他に傷はないか目だけで確認する。
「他に痛いところは?」
「………ない」
ふて腐れながらもしっかり返事をしたことに
微笑んで、隣に座る大高の怪我を見た。
3人の中で一番ひどい怪我をしている。
そして気になったのが、一番軽い怪我なのが
日向であることに間違いなかった。
日向が、大高を一方的に殴ったとしか思えない。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
手でこすった跡がある血をふき取り、消毒を
しながらも、大高の目を見ることはしなかった。
「……大丈夫?」
不安気に出てしまった声に、大高は僅かに目を
見開いてからすぐに伏せて、首を縦に振った。
そして残る日向には、切れた頬に消毒をしてから
絆創膏だけを張れば終わり。
睨むように、憐れむように、哀しむように
私から視線を離さなかった日向。
ここまで怒っている日向を見たのは、初めてだった。
治療用具をすべて片付けて、私は3人が座っている
ソファの前に腰かける。
まずは何があったのか話してくれないと、
私もどうしていいか分からない。
何から話そうか、迷っていると。
「………どうして、大高とヤった?」
怒りを通り越して、私を責めるように日向の声とは
思えないほどの低い声に、スカートの上で
ぎゅ、と拳を握りしめる。
じわり、と手汗が広がるのが分かるくらいに。
ここで本心を言ったら、日向は私のことを
どう思うんだろう。
もう二度と、私とは口をきいてくれないかも。
日向だけじゃなく、空雅も大高も……大和も煌も
玲央も築茂も、みんな離れていくかも。
でも、もしかしたら。
私のそばにいてこんなふうに殴り合いになるまでの
喧嘩が起こるなら、いっそのこと離れればいい。
日向、私ね、と声を出して、1度大きく深呼吸をしてから。
「相手がその気なら、誰とでもヤれるよ。
日向が望むなら、日向……とも」
ダンッ、と机が壊れるんじゃないかと思うくらい、
大きくて重くて強い音が、響いた。
唇を噛みしめて、机を叩いた両手は見てすぐに
分かるほど、怒りで震えている。
「っ……んだよそれ!!」
初めて見る、声を荒げる、日向。
……あぁ、私は絶対に口にしてはいけないことを
口にしてしまったんだ。
今日、何度目の後悔だろう。
「誰とでも……?なんだよ、それ?今までも……
そうしてきたってこと、なのか?」
最後は、聞き取れるか取れないかの掠れた、
弱々しい声に、心臓が鷲掴みされたように
痛くなる。
それでも日向の目を真っ直ぐに見ることは
やめずに、スカートの上の拳をただ強く
握る一方だった。
この場に、大和や煌がいなくてよかったと、
心から思う。
日向だから、まだ心にセーブをかけて
いられるのかもしれない。
普通なら、女でも、殴りたくなると思う。
「ごめん。私、そういう人間なんだ。前に
言っていたあの噂、本当は事実だよ。
援助交際してお金もらってたの」
いっそのこと、すべて壊れてしまえばいい。
「………今の話は、本当か?」
と。
この場にいるはずのないもう1つの声が、
後ろから降ってきて。
一瞬にして、頭が真っ白になった。
ふり返る勇気が、でない。
気配で分かったのは、保健室の中に
入ってきた人間は数人いるということ。
その声の人物が私の思っている人物と間違いが
なければ、他の数人も誰だか、すぐに察知できる。
今、この場にいなくてよかったと、
思っていた矢先のことなのに。
「………悠!!!」
後ろで、私の名前を呼んだのは、大和。
あぁー……どうしてこんなタイミングで
入ってくるんだろう。
ってか何でここにいるんだろう、この人たち。
部外者が簡単に入れる学校とか、もう
呆れてくるんですけど。
さらにめんどくさいことに、なる。
「何で、ここにいるの」
「そんなことはどうでもいい!!さっきの言葉は
どういうことなのか聞いてんだ!」
す、とソファから立ち上がり、ようやく
目が合った大和の表情は。
薄らと汗をかいていて、ひどく傷ついたような
顔をしながら、泣いているようにも、見えた。
大和の後ろには、煌も築茂も玲央も、いる。
疑い、怒り、ショック、いろんな想いを
抱えながら、私が答えるのを待っている。
ちょっと……この状況はかなりまずいと
思うんですけど、どうしたらいいでしょう?
だってここ、学校だし?
こんなとこで暴れられて教師が来たら?
まずいまずい、絶対にヤバいことになる。
「はい、ストップ!この話、ここでして大和が
暴れない保証がないから外でしない?」
「……ふざけてんのか」
「超大真面目に言ってます。先生には3人は一応
病院で診てもらうから早退させるって言ってくる。
私は用事があるので一度帰る、って言ってくる。
放課後の生徒会の集まりには戻る、ってことも」
にこやかに話を進める私が相当気に食わないのか、
大和は思い切り、舌打ちをした。
「大和……確かにここではまずいから。悠の
言うとおり学校以外の場所でゆっくり聞こう。
3人が喧嘩になった原因も含めて」
すぐに私の言葉を?んでくれた煌。
「じゃぁ、私は先生たちに上手く言ってくるから。
全員裏の校門前に行ってて」
そう言い残して、保健室を出た。
ほとんどの教師が授業に出ているせいか、
戻った職員室にはまだ若い、女性教師と
事務員がいるだけだったから、簡単に
早退の許可をもらうことができ。
急いで裏の校門に向かえば、きちんと
大高を含めて8人、そこにいた。
……雰囲気は、最悪だけれど。
「お待たせ。どうする、どこで話す?
人がいるところや駅前にいると私たち、
制服だから警察に補導されるかもしれない。
人のいないところがいいよね」
「そうだな。やっぱり、海でいいだろ。
ここから一番近い海岸に行こう。歩きで
数分だし人もいないから、大丈夫だと思う」
相変わらず、この雰囲気の中、唯一平静を
保てている煌に、とても救われる。
そのまま会話は一切なく、目的地の海岸に
着いてすぐ。
私はローファーと靴下を脱いで手に持ち、
砂浜に足をつけた。
貝殻や木が少ない砂浜まで歩いて、その場に
ゆっくり、しゃがみこむ。
ばらばらではあったけど、全員しっかり
私のほうへと向かってきてくれていた。
その場に座ったり、立ったままだったり、
海に貝を投げたり、と全員が比較的
近い距離にいることを確認してから。
「まずはどうして煌たちが学校に来たのか、
教えてほしいんだけど」
話を、切り出した。
「……青田さんから、空雅と日向が他の男子生徒を
巻き込んで殴り合いの喧嘩をした、って朝の
8時過ぎに連絡をもらったんだ。大和に連絡したら
日向が手を出すなんて相当のことがあったはずだ
って言うから……」
「俺はすぐに、悠に何かあったんだと思って、
学校に行く、って言ったんだ」
海沿いで話しても、風の弱い今日は、言葉が
聞き取れないことは全くない。
1つ1つ、しっかり私の耳に届いた。
- 第18音 ( No.183 )
- 日時: 2013/04/17 13:59
- 名前: 歌 (ID: z2eVRrJA)
教室で見た愛花の顔を思い出すと、確かに
とても焦っていたから煌にすぐ連絡したのは
間違いないと思う。
……余計なこと、とは思ったけど、
本当に心配していたんだと思うから
仕方がない。
「そうだったんだ。築茂と玲央は?」
「青田から煌が電話をもらったとき、俺は
一緒にいた。煌の話を聞いて行くなら
俺も行く、って着いてきただけだ」
「……大和、から一緒に行くか?って、
言われて…迷わず、頷いた」
築茂と玲央はそれぞれ、理由を話す。
1人が行くなら、俺も、そう言いだすのが
こいつらの仲間意識なのかもしれない。
もう、全員に隠すことは、できない。
「日向、どうして殴り合いの喧嘩をした?
一体何が理由だったんだ?」
立ったまま、水平線を静かに見つめていた
日向の目には、もう怒りはないように見える。
そんな日向に、煌は優しく、尋ねた。
「………大高翔貴、こいつを殺したいと思った」
低く、静かに呟いた日向の言葉に、その場の
温度が一気に急降下。
日向と空雅以外、顔を知らない大高は、
ずっと俯いたまま。
「俺と大高は、初めましてじゃないよね。
もちろん、覚えているはずだ」
「………あぁ」
爽やかに微笑んでいる煌だけど、瞳には
獲物を逃がさない、と言った獣が潜んでいる。
大高と煌は、私が大高から告白をされた日、
激しくはない、言い合いをしている。
私の得意技で、回避できたからその日以来、
こうやってまともに話すのは初めてのはずだ。
「俺たちはちょっとした共通点がある仲間、
と言っておこうかな。日向がこんなに
怒るなんてよっぽどのことがあったはずだ」
目も笑っているし、口角も上がっている煌は、
静かに怒りを落とす様に声を出す。
全員の視線を集めた大高は、ぐ、と唇を
噛んで再び、視線を落とした。
……こんな表情を大高にさせているのは、
間違いなく私の安易な考えのせい。
大高が責められる理由なんて、どこにもないのに。
「……悠が、言ってた言葉と…関係が、
あるんだな?」
それまで、静かに怒りを見せていた煌がこの時
初めて、苦しそうに言葉を詰まらせた。
私はぐ、と拳に力を入れて、息を吸って。
「昨日、私と大高がヤった。それだけ」
その言葉を発したと同時に。
煌は怒りを一生懸命静めようと拳を震わせ、
築茂は大高を殺しそうなほどに睨み付け、
玲央はショックを受けすぎたのか、その場に
力なく座り込み。
大和は、驚くほどに、無表情だった。
「付き合ってって言われたから、いいよ、って
返した後のことだもん。恋人なら問題ないと
思った。……結果、私は同情だけの気持ちで
返事をしたから余計に大高を苦しめたけど」
たぶん今の私も、大和と同じように表情は
全く無いと思う。
感情を殺さなければ、大切な人たちに向かって
絶対に言ってはいけない言葉を喉で詰まらせてしまう。
私は、言わなければいけない。
「さっき、言ったことも本当。私は感情がなければ
誰とでもヤれる。相手がその気なら。いくらでも
こんな身体、あげられるよ」
「……っ!!」
無表情で言った言葉に、それまで無表情だった大和は
弾かれたように、思い切り私の肩を掴み。
「っんでだよ!?約束したじゃねぇか!自分のことを
大切にするって!!!言ったじゃねぇか!
自分の身体を売って一番に傷つくのは、お前だろ!?」
苦しそうに、辛そうに、言葉を真正面から
ぶつける大和の心は、私とは比べものにならない
ほど、綺麗で。
どうしてこんなに綺麗な心を持った人と、
今の今まで一緒にいられたんだろう。
私の身体を売って、私が傷つく?
傷ついているのは、みんなでしょう?
どうしてこんな身体のことでそこまで
乱され、傷つき、絶望するの?
「……私は、傷つかないよ。むしろ、もっと
身体を売っておけばよかった…」
「え………?」
「悠、ちょっと待て。よかった、ってことは
身体を売っていたのは過去形なのか?」
大和の怪訝な表情を見つめたあと、煌の
言葉に首を縦にふる。
「そうだよ。みんなに出逢う前……いや、沖縄に
来る前の話。だから昨日が、かなり久しぶりだった」
「………過去に何か、あったってことだな」
眼鏡の奥で光る、築茂の探るような瞳。
まずい、理由を聞かれたら正直に答えるしか
言い逃れることなんてできない。
でも、もう。
いいかな。
私、十分頑張った……よね?
す、と一度目を閉じて静かな波の心地いい音を
鼓膜に響かせてから。
全員に向かって、微笑んだ。
「私が身体を売っていた理由はね、お金を
稼ぐため。これが一番の理由」
私の過去。
沖縄に1人で来た理由。
音楽との出会い。
食事をまともにとれない理由。
恋愛をしない理由。
家族の、こと。
それはすべて、私の兄でもあり、恋人でも
あった、柊柚夢(ヒイラギユウ)が理由なんだ。
- 第19音 ( No.184 )
- 日時: 2013/04/19 16:18
- 名前: 歌 (ID: KRYGERxe)
私が生まれてから中学を卒業するまで
住んでいたのは、神奈川県横浜市。
父と母は、生まれたときからいなかった。
私は孤児院にあるポストの中に、まだ
生後2週間で捨てられていたらしい。
すぐに私は孤児院で育てられた。
『神崎悠』、この名前はポストの中に
入っていたとき、紙も置かれていて
そこに書かれていたもの。
孤児院の方たちは、私が小学校に上がる
まで、とても大切にしてくれた。
小学校に上がる1か月前、私のところに
1人の30代の男性が手を差し伸べて。
『私の、娘にならないか?』
柊慶司(ヒイラギケイジ)さんの娘となり、
柊家の養女として迎えられた。
慶司さんには、1人息子の柊柚夢、当時8歳の
息子がいて。
『これから僕は、君のお兄ちゃんだよ』
『……お兄ちゃん?』
『うん。字は違うけど同じ名前だね!悠!』
これが、柚夢との、出逢い。
そこまで話して、私は自分の瞳に潤んだ
ものが浮かんでいることに、気付いた。
驚いて、目元を指先で触れる。
あまりにも久しぶりに見た、自分の
涙は、しょっぱい。
涙の流し方を忘れたと思っていたのに。
今までに何度も、泣いてみたくて
心の中をぎゅうっと搾ってみた。
でも涙がどこからも出ないから、悲しい
気持ちを流すことができなくて。
想いがカラカラに干からびて、心の
壁に貼りついたまま。
泣きたい。
柚夢を思い出して、涙と一緒に流して
しまいたいのに、乾いた心を満たしてくれる
涙は、どこにもいなかった。
涙の流し方を、忘れたと思っていた。
『泣かないと笑えないよ』
柚夢に言われた言葉は、のちのち嘘だった
ことも知った。
私は泣かなくても、十分に笑えている。
だからもう私には涙というオプションは
必要なくって、外されたんだと思っていた、のに。
今、私の乾いた素肌に、涙零れている。
「……大丈夫」
あまりの驚きの言葉が止まってしまった私の
涙を、大和が優しく、拭ってくれる。
「ゆっくりで、いいから」
さっきまでの怒りに染まった瞳とはかけ離れた、
優しくて温かな瞳で見つめる大和。
こく、と小さく頷いてから、私は自分で
涙を拭うことはせずに、ゆっくり言葉を紡いだ。
慶司さんの奥さん、柚夢のお母さんは、
柚夢が生まれてすぐに病弱体質だったせいで
亡くなったと。
柊家に入って一番最初に連れて行かれたのは、
柊翡翠(ヒイラギヒスイ)さんの顔写真の前。
『この人が、君のお母さんだ』
初めて聞く、“お母さん”という単語に、
幼かった私は意味が理解できなかった。
『そして私が、君のお父さんだ。悠、気軽に
呼んでいいからね。君は私の大切な娘なんだから』
そう言って大きな胸に抱きしめられたあの日を、
私は一生忘れないと思う。
家族、というものがこの時初めてできた
私だけれど、今でも家族というものが
よく分からない。
唯一できた家族は、すぐに家族ではなくなったから。
養女に迎えられて、私はすぐに柚夢に
ぴったりくっついたままで、とても
懐いていた。
すぐに、大好きな人になった。
優しくておもしろくて温かい、そんな兄が
出来たことが、とても嬉しくて。
慶司さんも本当に、大らかで温厚で
お父さんと呼ぶには恐れ多いほど、
素敵な人だった。
でも、私が養女に迎えられて1か月が経とうと
していたとき。
慶司さんが、亡くなった。
私が、小学校に入学して、3日後のこと。
柚夢と同じ小学校に入学していた私は、
焦った様子に先生に何も伝えられないまま、
2人、病院に連れて行かれた。
そこで見たのは、青白い顔をした、慶司さん。
『慶司、さん……どうしたの?』
声をかけても、いつもの穏やかな声は
還ってこない。
そっと手を握ったそれが、あまりにも
冷たいことに、初めて。
死、というものを知った。
ビックリして柚夢の顔を見上げると、
泣くのを堪えようと、ぐ、と唇を噛みしめて
私の手を強く強く握る手は。
慶司さんとは違う冷たさで、震えていた。
その時の私は幼さすぎて慶司さんの死を
受け入れるだけで精一杯で。
私が柊家の養女になる前から、慶司さんは
末期のガンだったことを、小学校を
卒業する時に、柚夢の口から聞かされた。
『父さんは何も言わなかったけど、俺を
1人残さないために、悠を養女にしたんだと
思う。俺に家族を、残してくれたんだ』
ガンだったことを私が養女になる前から
知っていた柚夢は、どんな想いで
生きて来たんだろう。
私は何も、柚夢の想いを、知らなかった。
慶司さんが生命保険で高額な保険をかけて
いたことも、知らされた。
そのお金で、私たちが今まで生きてきたのも、
これから生きていくことも。
慶司さんが亡くなってからは、私が小学校を
卒業するまで柊家の親戚に預けられ。
卒業と同時に、私と柚夢は、2人で
慶司さんも一緒に暮らしていた家で
暮らす様になった。
理由は、親戚の暴力。
多額のお金はすべて、私たち2人のもので
一切親戚に入らなかったことに、常に
不快感を抱いていたせいで。
食べさせてもらってるんだから、住まわせて
やってるんだから、有難く思え、と。
今ではありがちな、DVを2人で受けていた。
それを知った学校の教師が警察に通報し、
私たちは親戚の家を出て施設に行くことを
強要されたけれど、柚夢が。
『それなら、俺たちは2人で前住んでいた家で
暮らします』
そう言って、引き下がらなかった。
お金はあるし、そのお金で家政婦を雇うから
あの家で暮らしたい、と。
言って聞かなかった柚夢に、施設は
手をあげ、月に1度施設の人間が
様子を見に行くことを条件に。
中学3年と1年になる私たちは、2人で
暮らすことを許された。
柚夢が施設に入りたくなかった理由は、
ただ1つ。
音楽を、するため。
慶司さんが亡くなって私が抜け殻状態に
なっているとき、柚夢はギターを
片手に、慶司さんが大好きだった曲を
歌ってくれた。
それが私と音楽の、出逢い。
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