コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第20音 ( No.197 )
- 日時: 2013/04/29 22:21
- 名前: 歌 (ID: kI5ixjYR)
唯一、この話にあまり乗り気ではなさそうな
表情の玲央は、きっとレイのことを心配
しているんだと思う。
フランスに行っている1か月の間、レイを
1匹で放置しておくことなんて、できない。
「玲央………レイ、のことは、愛花に
預ければ大丈夫だと思う。……それは、嫌?」
ちょっと俯きがちに前髪で隠されていない
右目を、覗き込むようにして、見ると。
微かにその黒い瞳が、揺らされた。
「……俺も、悠たちとフランス…行きたい。
レイの、こと…お願い、できる?」
遠慮がちにそう囁いた玲央の瞳を、
下から見上げたまま、微笑んで、頷いた。
「よし、これで決まりだな。神崎さん、そして
君たちもありがとう。明日にでも校長や
春日井君たちの大学の校長には事情を説明しておく」
テキパキと、事を進める風峰さんは、やっぱり
音楽業界だけではなく、大物だということが分かる。
そんな人にスカウトにも似たことをされたんだから、
こんな楽しそうなことを逃すわけが、ない。
「明後日の夕方の便で出る。フランスまでは
かなり時間がかかるから、いろいろ用意して
おけるかな?荷物の整理も1か月だからと言って
余計なものはいらないよ。こっちで用意するからね」
……そこまで、甘えていいんですか。
何か夢のような、非現実のような、こんなにも
あっさりと話が進むなんて。
しかも、突然フランスで、コンサートなんて。
私たちはただそれぞれができる楽器を持ち合わせて、
好きなように弾いていただけで。
デビューとか、テレビとか、そんなものとすら
全く縁がなかったはず、なのに。
まだ1度しか、私たちの音楽を生で聞いたことが
ないはずなのに。
しかも、今日、ついさっきの、ことで。
この風峰さんという人が、どれだけすごい
音楽家なのか、私には分からない。
はっきり言って、私は私の音楽をやってきた
だけだから、音楽家の名前や天才演奏者の名前も
知っている人は少ない。
だから、どれだけすごいことなのか、
いまいち分からない部分もある。
しかもよくよく考えたら1か月って……
生徒会長の立場である私は、大丈夫なのかな?
いや、生徒会のメンバーに言ったらそれは
もう大打撃を与えることになるかもしれない。
一応、2学期の大きな行事は音楽祭が終われば
もう何もないからよかったけど。
………まぁ結局、校長は風峰さんとかなり
親しいみたいだから、言い丸められるんだろう。
あれ、でもちょっと待てよ。
私が1か月休学で、同じ高校に通っている
日向と空雅も同じように1か月休学なんて
ことになったら。
確実に、生徒にも教師にも怪しまれるんじゃ……?
しかもしかも、日向は来年は受験で休学
なんてしたらヤバいと思うんですけど。
当の本人の表情は、なんだかとても楽しそうに
相変わらず微笑んでいるだけ。
空雅にしたって、こんなバカが学校を休学
なんてしたら、来年留年とかしちゃいそう。
うん、絶対あり得る!!
こんなバカで普段の授業から全く追いつけて
いないのに、その授業にすら出なくなったら……
うわぁ、まずいだろ。
大和はまぁ、バイト先に1か月休むって伝えれば
大丈夫な話なのかもしれない。
煌と築茂はもしかしたら、音楽大学として
留学といった形で判断されれば問題ないかも
しれないし、むしろ称えられるかも。
玲央は漫画家として、連載しているんだから
1か月も筆を持たなかったら、編集者にも
迷惑とかかからないのかな?
うわぁ、考えれば考えるほど、問題点しか
浮かんでこないっ!
「……く、ぶははははっ!!」
「ふふっ」
「くくくっ…」
あ?
ちょっと、風峰さんが壊れたように腹抱えて
高笑いし始めちゃったよ。
ちょっとちょっと、その後ろで隠れるように
して笑ってる日向と大和も。
明らかに爆笑している空雅と煌を見習って
正々堂々と笑えばいいじゃん。
って、みんなして何をそんなに笑ってるのですか。
突然、私を見て全員が個性的な笑いを
し始めて、意味が分からず眉を寄せると。
「ふははっ…あぁー神崎悠さん、君本当に
面白いねぇ。いやぁこんなに笑ったのは
久しぶりだ」
目じりに薄らと涙を浮かべて、息を整えながら
言葉を紡いだ風峰さんは、相当ツボに
入ったんだろう。
未だに、ニヤニヤしっぱなしだ。
「何でみんな、そんなに笑ってるんですか」
「だって!悠がめちゃくちゃコロコロと
表情を変えて、1人考え込んでるんだもん。
その姿が可愛くて可愛くて……」
褒めてるのか貶してるのか、煌の言葉に
いまいち理解が出来ずに、ちょっと
口をへの字にしてみる。
そんな私を見て、大和は。
「本当に、お前は最高だよなぁ!」
ぐしゃぐしゃと、私の髪をかき混ぜて、
とびっきりの笑顔を見せた。
……くそう、また1人の世界に飛んで行って
しまっていたのか。
考え込むと、周りが見えなくなっちゃう
私の悪い癖のせいで、こんなに
笑われるとは思ってもいなかった。
「悠、大丈夫だよ。僕は受験勉強を今まで
コツコツしてきたから、1か月くらい、
どうってことない」
僕、と自分を呼んだ日向にあれ?と首を
傾げたけど、すぐに風峰さんの前だからと
いうことに気付いて。
私が思っていたことがお見通しだったことに
恥ずかしさを紛らわすために、ぎこちなく
微笑みを返した。
「俺、も……最近の漫画、かなり筆が進んで、
結構溜めてあるから…大丈夫」
地面に顔を落として、口元を手で隠しながら
ひっそりと笑っていた玲央がふ、と
顔を上げた瞬間に見えた、左目が。
青く、綺麗に、細められた。
私の考えていることが、そんなにも分かりやすく
表情に出ていたなんて。
……いや、違うな。
彼らが私の表情を簡単に読み取れるようになり、
私も彼らの前では表情に出てしまうように
なったんだろうな。
そんなことですら、なんだかとっても嬉しくて
勝手に頬が綻ぶ。
「俺も留年なんてしねーから大丈夫だって!!」
「いや、お前のそれだけは絶対にあり得るから
マジでフランスに行っても勉強はしねぇと
ヤバいと思うぜ?あのバカ加減は半端ねぇし」
「はぁ!?大和には言われたくねーっつうの!
I'm homeを私はホメ、って訳してた大和にはな!」
「なっ……お前はWelcome homeをようこそホメ、
って訳しただろ!?」
「はいはい、どっちもバカだから安心して」
あまりにも醜い争いに私の腹筋は崩壊寸前で、
それを日向は冷静に食い止めてくれた。
風峰さんはさらに、大袈裟に笑っている。
そんなに大声で笑っていると、いくら学校の
駐車場とはいえ、近所迷惑かと。
「はっはっはっ!ひやぁー…笑いすぎてお腹と
顔の筋肉が痛いよ。そんな君たちだから、
人を笑顔にさせる音楽が出来るんだなぁ」
風峰さんの言葉に、それまでにらみ合っていた
大和と空雅はピタッと動きを止め。
ちょっと恥ずかしそうに、俯いた。
「うん、やっぱり君たちの音楽を私の
コンサートにぜひ力を貸してほしい。絶対に
笑顔が咲き誇るホールにしたいんだ」
「はい。俺たちでよければ、ぜひやらせてください。
いろいろとご迷惑をおかけすると思いますが、
どうぞよろしくお願いします」
す、と風峰さんに手を差し出して頭を下げた
煌につられて、私も深く、腰からお辞儀をした。
こんな人に私たちの音楽を聞いてもらえただけでも
すごいことなのに、さらに夢のような話まで
持ちかけてきてくれたんだから。
やるからには、最高のものを作りたい。
「こちらこそ、よろしく頼むよ。じゃぁ、詳しいことは
また後で春日井君に電話を入れるから、次に
会うのは明後日の空港でだ」
「はい。本当に、ありがとうございます!」
もう一度全員で頭を下げて。
風峰さんは、黒のいかにも高級車であるベンツに
専門の運転手にドアを開けてもらいながら。
気品溢れる、爽やかな笑みを浮かべて
車の中に乗り込んだ。
- 第20音 ( No.198 )
- 日時: 2013/04/30 21:56
- 名前: 歌 (ID: XGjQjN8n)
風峰さんを乗せたベンツが見えなくなると、
その場に漂っていた緊張の空気が薄れ、
いくつかのため息が聞こえた。
「ふぅー……やっばい緊張したぁ。まさか
こんな展開になるなんて…」
「本当にビックリだよね。あの風峰暁先生が
これまでの音楽祭を審査していたおじさん
先生だったなんて知らなかったよ」
煌と日向は苦笑を浮かべながらも、ちょっと
嬉しそうにはにかむ。
「なぁなぁ、あの人ってそんなにすごい人なのか!?」
「まぁ空雅は知らないと思うけど、音楽業界では
めちゃくちゃ有名な人だよ」
「へぇ、そうなんだ」
「え!?まさか、悠も知らなかったなんて
言わないよね?」
「うん、全然知らない」
日向の説明に空雅と同様、私も頷けば、信じられない
という視線を向けられた。
「風峰暁。56歳。東京音楽大学卒業後、海外の
オーケストラに指揮者として飛び回り、
今では世界的有名な音楽家だ」
知っているのが当たり前だ、と説明した
築茂に思わず自分の音楽業界への無関心さを
思い知らされる。
だって音楽業界の中にいたわけでもないし、
その中に入りたいとも思ったことなんてないから
知る由もないじゃん。
「そんなすごい人にスカウトされるなんて
未だに信じられないんだけど」
「うん、俺も今夢見てる気分」
まだ呆然と立ち尽くす大和に、煌も
しきりに首を縦に振る。
「そんなこと言っている場合じゃないだろ。
早くそれぞれの荷物をまとめなければいけない。
とっとと帰るぞ」
「えー!音楽祭の打ち上げとかは!?」
「そんなものしている暇はないだろう。出発は
明後日だぞ。恐らく、明日にでも荷物を
送るはずだ。今日中にまとめないと大変な
ことになるからな」
あまりにも冷静に分析をしている築茂に、
空雅はてっきりやるつもりでいた打ち上げが
できないことを嘆いている。
確かに、フランスなんだし、荷物を持ち歩くのは
大変だから発送するのが早いよな。
うん、やっぱり築茂の言う通り、とっとと
帰って準備をしなくちゃ。
愛花と大高には一応、明後日からフランスに
行くことになったって伝えておかないと。
特に愛花は、1か月の間、空雅と遠距離になる
わけだし、もしかしたら落ち込むかもしれない。
「よし、みんな今日は本当にお疲れ様!
築茂の言う通り、今日は早く帰って荷物の
整理をそれぞれしちゃおう!」
「そうだな。風峰先生に連絡をして送り先の
住所を聞いておくから、明日、一応
荷物を持って郵便局に行こう」
私と煌の言葉に、全員が強く頷いた。
「あと、当日に使うものとか送ってしまったら
困るものは必ず手荷物にすること。それぞれの
家族にも説明はきちんとできる?突然の
ことだからもしかしたら大変じゃない?」
1人暮らしをしている私と大和、玲央以外は
それぞれ家族がいるわけで。
突然、1か月もフランスに行ってきます、なんて
言ったら信じてもらえないほど衝撃のはず。
「俺はたぶん大丈夫かな。父さんだけだし、
後から学校からも説明の電話が来るはずだから
それで納得してもらえると思う」
「全く問題はない。音楽の勉強のためだと言えば、
むしろ背中を押されるくらいだ」
「俺も築茂と同じ。どうせ大学からも応援の
電話が来るだろうしね。空雅は?」
「……うーん、俺はまさかお前が!って言われる
かもしれないけど、何とかしてみる!」
「その時は俺に電話して。俺からしっかり
説明するからさ。一応お前らは全員
未成年なわけだし、俺が保護者代わりって
感じになるからな」
一応、何とかなりそうな雰囲気だな。
ってか、なんとしてでもフランスに行かないと、
もう断ることなんてできないし。
お金も全部免除してくれる、って言ってるし
行かないと損ってところもあるよね。
半分、旅行気分だなこりゃ。
「それじゃ、早く帰るか。車で送って行くよ」
「日向は俺の後ろに乗ってけ。送ってく」
「……空雅、は俺の、後ろ。駅まで、で大丈夫…?」
煌の車に私と築茂、大和のバイクに日向で
玲央の後ろには空雅が乗って。
それぞれ、帰ることになった。
また夜にLIMEのグループトークで連絡を
取り合うことにして、その場で解散。
私と築茂を乗せた煌の車は、先に家が近かった
築茂を降ろしてから。
私は、助手席に、乗り換えた。
「でも無事に音楽祭が成功してよかったな。
次にやることもまたすごいけど」
「本当だよねー!フランスって一度は行って
みたかったからとっても楽しみ!しかも
コンサートだって小さいのはあるけど
大きいのはないからなぁ……」
「ははっ。俺も今まで経験してきた舞台とは
全く違うんだろうな。でも本当に、ワクワク
しているよ。まさかこんな体験に自分も
入れるとは思ってもみなかった」
「何言ってんの!煌がいなきゃ私たちの
音楽は成り立たないんだから。誰か一人が
欠けたら最高の音楽ができないじゃん」
「そうだな!ありがと」
運転してくれる煌と、他愛もない会話を
しながら、流れる景色を見つめた。
車内に流れる音楽は、クラシック音楽。
バイオリンの心地よい響きと、コントラバスや
ファゴット、チェロの深い音色が私たちを
優しく包んでいる。
時折、流れる沈黙さえも、心地よかった。
「……悠」
「ん?」
「あの約束……覚えてるよな?」
約束?
一瞬、突然言われただけでは何のことだか
理解できず、一生懸命思考回路をさかのぼる。
……あ!
「あぁ!ご飯にでも行こう、って話?」
「そうそう。音楽祭が終わったらゆっくりできる
時に行こうって思ってたんだけど、そんな
時間がなくなっちゃったからさ」
「確かにそうだね……フランスに行くなんて
思ってもみなかったし」
「うん、だからさ。1つだけ、お願いがあるんだ」
「何?何でも言って!」
真剣な表情で運転する煌の横顔に笑顔で
言った言葉を、後々後悔することになるとは。
車の中で音楽に耳を澄ませていただけの私は、
何も知らなかった。
それからずっと沈黙が私と煌の真ん中に座ったまま、
車は中部の海岸沿いにある駐車場に止まった。
犬のお散歩コースのように、細い道が長く
続いていて、木が均等に植えられている。
「……ここは?」
「見せたいものが、あるんだ。着いてきて」
柔らかく細められた茶色の瞳は、こんな
暗闇の中にいるせいか、妖しげにも、見えた。
言われた通り、車から降りて煌の隣に立って
着いて行った、先には。
「………うわぁ…」
辺り一面の広がる、光の海。
海を挟んで反対側には、大勢の人が賑わう
アメリカンビレッジの光が、海に反射していて。
まさに、海の夜景、だった。
「これを、見せたかったんだ……キレイでしょ?」
「うん、すっごくキレイ……」
アメリカンビレッジをこんなふうに
見たことがなかったから、新しい一面を
知れたことが何よりも嬉しくて。
隣で微笑んでいる煌に、ありがとう、と
小さく呟いた。
「でも、煌のお願いって?」
「………うん」
こんなのがお願いなんてあるわけないし、むしろ
私が感謝したくらいなんだから、何を
したらいいんだろう、と。
隣にいる煌を、見上げたら。
ぎゅ、と。
優しく、でも強く。
煌の腕の中に、閉じ込められた。
- 第20音 ( No.199 )
- 日時: 2013/05/01 22:45
- 名前: 歌 (ID: Xr//JkA7)
こんな展開を、予想できないほど私は
鈍感でもバカでも、ない。
何となくは、分かっていた。
だから慌てることももがくこともせずに、
煌の腕の中で大人しくしていると。
「………嫌じゃ、ない?」
そう、掠れた声が。
すぐ耳元で。
「……嫌じゃ、ないよ?」
私の口元は煌の胸あたりで、ちょっと細く
なってしまった声は、きちんと煌の
ところにまで届いたかな?
返事をしない煌に、やっぱり聞こえて
なかったのかなと思い、もう一度
口を開こうと息を吸おうとした、ら。
「今日、非常階段で一緒にいた奴……誰?」
ぐ、と頭をさらに胸に強く引き寄せられ、
私の言葉を阻止するかのように、低い声。
その声と同時に、私のすぐ近くで動いている、
煌の鼓動は。
とても、速い。
「……生徒会の、副会長」
「何を話してた?」
「今日はお疲れさま、って話?」
「あんなところで?しかも今疑問形だった。
正直に言わないと………キス、するぞ?」
うわぁ……どうしよう。
言っても言わなくても絶対にキスする気だと
思うんですけど。
「……言ったら、しない?」
「…………」
「ほら!するじゃん!」
「いいから、言えって」
身体を離そうとして煌の胸を手で押してみるけど、
さらに抱きしめる力を強められた。
逃がさない、と言わんばかりに。
いつもは大人びていて人に気配りがてきて、
空気をいち早く読む煌だけど。
たまに、大和以上に強引な口調に、なる。
いよいよ息を苦しくなってきたから、早く
白状しないと命の危険も察知した私は。
「言うから!ちょっと、離して!!」
バンバン、と煌の胸を強く叩いて、
ようやく少しの隙間が、できた。
それでも、煌の腕は私の腰と頭を押さえたまま。
「で、何の話、してたの?」
「……告白、されてました」
そう、正直に吐けば。
何も言われなくても分かるほどに、一瞬に
して雰囲気が苛立ちに変わった。
やっとできた隙間ですら、すぐに腰を
引き寄せられてまた元通りに。
「………返事は?」
「これからも生徒会メンバーとして
よろしく、って言ったよ」
「そっか……あー…よかった」
ねぇ、煌さん。
その安堵のため息とこの状況はね、私を
好きだと言っているようなものですよ?
それを分かってるんでしょうか。
「もしもし、いつまでこうしていれば
いいんでしょうか?」
「……何でも言って、って言ったよな?」
げ……卑怯、だ。
「なぁ、悠」
「うん?」
「俺………君に出会えて、本当によかった」
「ちょっと、いきなりどうしたの?」
「でさ、すんげぇ……好きなんだよね」
ついに、来た。
大和から告白みたいなことはされたし、
別に関係が変わったわけでもない。
だけど、2人目からは、どうなるかよく
分からなかった。
「………好き。悠のことが、めっちゃ。
誰にも、渡したくないし、今にでも俺の
ものにしたい、って思ってる」
言葉にされなくても、気付いてはいた。
人の心の敏感な私は、こんなに長く一緒に
いた彼らの恋心を見逃すはずがない。
ただ、そうじゃなければいいな、と。
願っては、いたけど。
「きっと悠は、誰のものにもなる気はないだろ…?
だからさ、最後のお願い、聞いて……ほしい」
そう言って煌は。
ゆっくり私の身体を離して、腰と頭を
引き寄せていた手は、私の両頬を優しく
包む込み。
額をくっつけて、一度視線を合わせたまま
数秒してから、その薄くて形の綺麗な唇を。
私のそれに、重ねた。
ちゅ、と触れるだけのキスに。
ぞくり、と鳥肌が。
夜景の光だけで薄らと見える煌の眼差しが、
潤んでいて私を熱く見下ろす。
「……本当は、悠が大高とって考えるだけで、
嫉妬、で…どうにかなりそう、なんだ…」
くしゃり、と私の髪を握りしめて
苦しそうに顔を歪める。
いつもの大人で冷静な煌の面影なんて全く
感じられず、ただただ自分の想いが
爆発しないように、必死だった。
「だから、今だけ……俺のものに、なって」
そして、また。
頬に、鼻に、瞼に、耳に、キスの雨を
止めることなく降らせた。
リップ音をわざと私に聞かせるかのように、
優しく、厭らしく。
「……好き」
最後に触れた、唇には。
最初にされたキスのように触れるだけではなく、
次第にぐ、と深く強く、熱い口づけに変わる。
くちゅ、と生ぬるいものが口内に侵入してきて
私の中をかき乱す。
「…ふっ…んん……」
唇は塞がれたまま。
煌の手は滑るように、私の髪を、首を、肩を、
腰を、撫でまわす。
嫌、とも思わないし、受け入れよう、とも
思わないけれど。
抵抗することは、なかった。
「……悠…」
キスの合間に、愛おしそうに私の名前を
呼ぶ煌の声が、あまりにも色っぽくて。
余裕なんてなさそうに、私を求めているのが
痛いほどに伝わってきて。
受け入れてしまいそうになるのを、
必死に抑えるために。
煌のシャツを、ぎゅ、と握った。
気持ちいい、と感じる私は、どうしたら
拒否することができるだろう。
キス、って好きな人と、恋人とするものであり、
私たちの関係名でしていいものでは、ない。
もちろん、大和としたことは、誰も
知らないけど。
あのキスは、大和が私に思い知らせるために
したものであって、私を求めていたからでは
ない………はず。
そう、思いたいだけなのかも、しれないけど。
「……煌…っ!!」
このままでは、煌も抑えが利かなくなるんじゃ
ないかと、少なからずの不安と恐怖が押し寄せてくる。
何とか、キスされている顎を引いて、吐き出した
煌の名前に、やっとまともな息が吸えた。
「これ以上は……ダメ…っ…!もう、お願いは
しっかり聞いたでしょ?早く帰って……準備、
しなくちゃ…」
「……あぁ、そうだな」
私の言うことにすんなり頷いたのにも関わらず、
未だに私の煌の腕の中で。
一向に、帰ろうとしない煌に。
「もう!これで終わりっ!」
ちゅ。
私から、触れるだけだけのキスを。
ほんの、少し。
ぱっ、とすぐに離れて見上げた煌の顔は。
あまりにも、驚きで。
真っ赤に、染まっていた。
- 第20音 ( No.201 )
- 日時: 2013/05/03 12:59
- 名前: 歌 (ID: k9gW7qbg)
こんなにも驚かれるとは思ってもみなくて、
慌てて踵を返して、先に車に戻ろうと
足を踏み出した、けれど。
がし、と腕を掴まれて、そのまま後ろに
体重が偏り。
首に巻きつく、煌の腕。
唇が首に触れていて、それまで動揺していなかった
鼓動がこの時初めて。
どく、と脈を打った。
「………なんてこと、すんだよ……我慢、
できなりそう…なんだけど」
「ちょ、ちょっと!もう終わりだってばっ!
荷物の準備しないとヤバいからっ」
「あと、もう少しだけ……」
あぁ、もう!!
私は内心、早く帰って愛花にも連絡したいし、
バンド関係の人にも1か月曲はあげられないことを
伝えないといけないから、帰りたいんだけど。
普段、保護者代わりのように、大きな
子供を面倒見ているせいか。
今の煌は、甘えん坊の子供そのものだ。
「10秒だけ、ね」
「……うん」
こんなに10秒って長かったっけ、と思うほど
時間の流れが遅く感じた。
やっと、離された腕。
「……ありがとう。すごく、嬉しかった…」
「うん……さ、早く帰ろう?」
振り返ることはせずに、そのまま足を前に
1歩1歩、静かに前に進めた。
火照った顔を、お互い、隠す様に。
「悠、ごめん……突然、あんなことして」
「もう、今さらやめてよ。何でも言って、
って言ったのは私だし。もう二度と
言わないから大丈夫」
「怒って、る……?」
「怒ってないよ。明後日からフランスなんだし、
今は恋愛じゃなくて音楽にお互い集中しよ」
車に乗ってすぐ訪れた沈黙に耐えきれなかった
のか、煌は私と目を合わすことはせずに、
たどたどしく聞いてきた。
怒ることは、あまりないし、怒る要素も
別に私の中ではないからどうでもいいんだけど。
ちょっと、だけ。
ドキ、としてしまった自分が。
自分じゃないみたいで。
怖くなった、だけ。
大和に見られたらまためんどくさいことに
なりそうだと思った私は、怪訝な表情を
崩さない煌に。
「ここでいい」
と、有無を言わせない口調でその場で
車から降りた。
「じゃぁ、明日ね」
「……あぁ。本当に、ありがとう。
俺の想いは本気だから。まだ返事はいらない
けど、いつか答えを聞かせてほしい」
窓から覗かせた真剣な瞳に、軽く微笑みを
返して、手を振った。
煌の車が見えなくなったのを確認してから、
数十メートル先にある家へと、踏み出した。
誰もいない、真っ暗な夜の中。
何の音もしないくて、ただ1つ、私の
足音だけが小さく私の跡をついてくる。
世界を忘れたような、夜。
街の灯りだけがきらめいていたアメリカン
ビレッジなんて、まるで嘘の星みたい。
1つ、1つに人が生きているなんて。
夏の終わりの空気を肺に吸い込んで、
夏の終わりの匂いに埋め尽くされてゆく。
指先から少しずつ、さらさらと零れ落ちて
ゆく夏の終わりの夜の空気に、消えてゆく。
真っ暗闇。
静寂が、溢れていた。
夜は安らぎを連れてくる。
大丈夫、さっきまでのこともきっと
明日になれば、いつもの私と煌の
関係になっているから。
何も、怖いことなんて、ない。
ふ、と家の目の前にある白いアパートの
3階にある、一番左の部屋の窓から。
人の影のようなものが、見えたような
気がしたからと言って、怯むことはない。
きっと、彼らは、錯覚をしているだけだ。
一番近くにいた女、だから。
その女を好きにだった、だけだから。
女が私じゃなくて他の誰かだったとしても、
きっと全員が好意を寄せていた。
私じゃなくても、よかったはず。
だから、私を好きなわけではなくて、
7人の中でたった1人の女だっただけで、
錯覚を起こしているんだ。
それにきっと、気付いてくれるときが、
くると思うから。
嘘でも、いい。
嘘で、いい。
私を好きだと言ってくれる彼らを、
今の彼らを、大切にしたい。
そう思いながら感じた。
夏の終わりの、夜。
- 第21音 ( No.202 )
- 日時: 2013/05/03 22:52
- 名前: 歌 (ID: jWLR8WQp)
…………来てしまいました。
フランス、に。
「うわぁ!あれがエッフェル塔ってやつか!?
やべぇー……でけぇ…」
「ぎゃっ写真!写真撮らなきゃ!ちょっと、
空雅!そこどいてよっ」
「あぁ?そんなん俺が撮ってやるから
カメラ寄こせって!」
「はぁ!?嫌に決まってるでしょうよ!空雅の
写真撮りの下手くそさはバカと同じくらい
ひどいんだから!!」
「な、そんなことねぇし!」
「もう!いいからそこどいてってばっ」
初めてのリムジンに乗せられて、窓側に
座る空雅の後ろには、エッフェル塔が
そびえ立っている。
何としてでも写真に収めたくて、窓を開けて
撮ろうとしたのに、空雅が邪魔でしばらく
そんな言い合いをしている、と。
「ぶっはっはっはっ!!」
風峰さん、特有の笑いが、響いた。
「そんなに慌てなくてもいいじゃないか。
1か月あるんだし、好きなところには
どこにでも連れて行くのだから」
「あ、ありがとうございます……」
「それにしても本当に君たちはおもしろい。
見ていて飽きないね」
「……へへへ」
あー、もう。
かなり私、恥ずかしいんですけど。
空雅と同類だと思われた、絶対!
でかすぎるリムジンには、運転手と風峰さん、
私たち7人なんて簡単に入ることができ。
一番後ろには煌と築茂、その前に日向と大和、
そして私のところは少し広いスペースがあるため、
空雅と玲央と3人で座っている。
きっと、普段はこの席に座っているはずの
風峰さんは、助手席に乗っていた。
私と空雅のにらみ合いが静かに続いているのが
そんなにおもしろいのか、後ろからは
くすくす、と明らかに笑いを堪えている音が。
じろ、と睨んでみると、すました顔で
窓の外を見つめる4名様。
私の隣に座っている玲央は、やっぱりどこに
いても眠いのか、私の膝を枕にして寝ていた。
昨日は、音楽祭の振り替え休日だったから、
愛花に電話を入れると。
『フランス!?』
『そう。でさ、7人全員で行くことになったから
空雅と1か月くらい遠距離になっちゃうけど
大丈夫?寂しくない?』
『いやいや、そんなことはどうでもいいけど……
フランスって…。うわぁ、悠がどんどん
遠くに行っちゃいそうなことの方がずっと
心配なんだけど』
『そんなことって!まぁ、あんなうるさいのが
いない日常もたまにはいいかもね。私は
別に変わらないし。ちょっと演奏して
すぐに帰ってくるよ』
空雅と距離が出来ることを愛花が心配
しないかと電話したのにも関わらず、
やっぱり愛花は愛花だった。
考えてみれば、付き合うことになったからと
言って特に2人の接し方は変わってない。
むしろ、そのままと言った感じ。
それでも少し、愛花のツッコミは愛情が
あるように聞こえるようにはなった。
『本当に悠たちの演奏はすごかったしね!!
もうあの後、めっちゃヤバかったし』
『ヤバかったって何が?』
『質問攻めが!私と大高の声だって気付いた
子たちから次々といろんな質問が飛んできたの!
サインとか握手もできないのか、って
聞かれたけど、全部すいませんって言っといた』
『うっそ、そんなことになってたんだ……何か、
いろいろとありがとね。おかげでめっちゃ
助かったよー』
『まぁね!お礼はフランスのお土産で頼むよ〜。
あと写真とかたくさん撮ってきてね』
『あいよ!任せといて』
それからも音楽祭の話やくだらない話を
しばらくした後。
『あ、空雅から電話来た』
『たぶん、私がフランスに行くって話だと思うよ。
私の方が一足早かったけど。出てあげて』
『分かった。じゃぁ気を付けて行ってきてね。
付いたら連絡ちょうだい』
『あいよ!じゃぁまたね』
電話を切ってから、愛花の言葉を考えていた。
「サインや握手、か………」
そんなことをするほど大したものではなかった
けど、少しでもたくさんの人に私たちの
音楽は伝わっていたんだ。
そう考えるだけで、フランスでのコンサートも
さらに頑張ろう、と。
心に、力が入った。
担任からも電話があり、最初は驚きと興奮で
キャラ崩壊状態になっていたけど。
最後は、学校を上げて全力で応援する、と
頼もしいエールをくれた。
生徒たちには私たちが音楽祭のスペシャルライブを
した黒ずくめのミュージシャンだ、と隠すことは
せずに公表する、と。
私の意見は全く関係なしに、そうすることに
教員会議で決まったらしい。
まぁ、もうここまで来たら逆に有難いことだし、
堂々としたほうがいいかもしれない。
これほどまでに話が大きくなるなら、私の
後をしつこく嗅ぎまわっている奴らも
怯んで行動を起こさなくなるかもしれないし。
私たちを応援してくれる人がいる。
それを決して忘れずに、常に感謝の心で
思いっきりフランスのホールで私たちの
音楽を奏でたい。
そして、今に至るというわけだ。
「さぁ、着いたよ。今日から1か月ほどここで
君たちには生活をしてもらう」
私たちが、降りたのは。
何だかでかい、ペンション。
まさか、こんなでかいところにたった7人で
生活するなんてことは………
「君たち以外に人はいないから、自由に
してくれて構わない」
あるみたいです。
「部屋数は17室。各自にテレビ、電話、ドライヤー、
洗濯機とトイレがついている。館内には多目的室、
大浴場、テニスコートやバーベキューガーデン、
その他にもいろいろあるから、後で自由に
見学してきなさい」
………なんだか、すごいところに連れて
来られちゃったらしい。
っていうかまず1つ、言いたいことはね。
「寒っ!!」
こんなすごいペンションの前に降り立って
一番最初に発した言葉があまりにも
不似合だったのか。
何を言ってるんだこいつは、と。
6つの痛い視線を、くらった。
相変わらず風峰さんは笑いを堪えるということを
知らないのか、高らかに声を上げている。
ふ、と口角だけをあげて引きつった笑みを
一応向けといて、もう一度まじまじと
ペンションを観察。
さすがフランスというか、日本みたいに
高いホテルと言うわけではなく、
豪邸みたいに横に広い。
……1か月、ここで生活すると思うと、
めちゃくちゃわくわくしてきちゃったよ。
「さ、荷物はもう届いているから、中へ入って
少し休むといい。明日、これからの日程に
ついてはしっかり話すよ。私は今からまた仕事が
あるんでね。後は、好きにしてくれ」
「私が、ご案内させて頂きます」
車に乗り込んでそのまま爽快と去って行った
風峰さんと入れ替わるうように、どこから
湧いて出てきたのか。
1人の、執事らしき若い男性が。
金髪はキレイにオールバックにしてあり、
瞳は玲央の左目と同じ、ブルー。
長身が、すらりとスーツをカッコよく着こなして
いるけれど、雰囲気はとても甘く、その微笑みから
穏やかさが伝わってきた。
何か、玲央と日向を足して2で割ったって感じ。
でも、なんだろう。
フランス人……ではないような。
どこかで見たことがあるような顔のような
気もしなくは、ない。
でも金髪にブルーの瞳なら、日本人でも
なさそうだよね?
「私のことはムウ、とお呼び下さいませ。
風峰様の執事的役割の者です。こちらでの
生活のことは何なりとお申し付け下さい」
そう言って、またふわり、と優しい笑みを
浮かべるムウさん。
やっぱり………誰かの笑顔に、似ている。
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