コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第11音 ( No.120 )
- 日時: 2013/01/13 20:32
- 名前: 歌 (ID: flKtWf/Q)
ドラムの置いてある部屋に移動して、スティックを
握り、軽くウォーミングアップ。
いつもいつも遊び感覚でやっていたから
誰も驚きはしないけど、最初に見せたときは
結構リアクションがすごかった。
ま、お互い様って感じだな。
全員、それぞれの楽器を好きなように弾いたり
カノンを弾いたりと好き勝手。
いろんな音が混ざりあって、何が何だか
全く分からないけど。
これが1つになったときを知っているから、
これも、大切な時間なんだ。
やっぱ俺、音楽がめっちゃ好きだわ。
心の底から湧きあがる不思議なものがあって、
それが今の俺を作っているような気がする。
何よりも。
こうやって自分の音楽を、誰かと一緒に
共有できるのが、最高に幸せ。
いや、誰かじゃなくて、こいつらだから、か。
「よし、やってみますか!」
珍しくノリノリの大和の声で、全員、楽器を
弾く手を止めた。
「基本的に最初はクラシックと同じように
玲央のコントラバスからだからさ。
後はもうみんなロックな感じでやっちゃお!」
一見、悠の無茶ぶりのような感じもするけど、
誰も嫌な反応なんてしない。
心の底から、楽しんでいるから。
「じゃ、行きまーす」
俺はスティックを鳴らして、リズムを作る、と。
玲央のコントラバスが相変わらず深い
音色で圧倒する。
そこに築茂の普通のバイオリン。
すると、悠の弾くエレキバイオリンが重なり、
その後にすぐ煌のエレキバイオリンも入ってきた。
そして、一度和音を奏でた後。
俺のドラム、大和と日向のサックスも
勢いよく、入る。
俺はもう無我夢中でただ楽しみながら、
スティックを回し、思いっきり叩く。
うわ、ちょーロックな感じ!
でもしっかり合わせるところは合わして、
アドリブでいろいろ遊びも入れる。
こうして俺たちのオリジナルの音楽は
拡散されてゆく。
部屋の壁、天井、窓、あらゆるところに透明で
掴めない音符が刺さる。
音楽一色に染まっていく部屋。
「こういうのが気持ちいい!!」
ぴたりと音が止んですぐに、腹の底から
叫び声をあげた。
曲が終わっても興奮が治まらなくて、心臓は
バクバクしてるし、腕は軽く痺れている。
「やっばいねぇ!こういうの、本当に
テンション上がるんだけど!」
「やべぇやべぇ」
「大和のキャラがぶち壊れてる……。でも
本当に楽しすぎたんだけど、俺」
「煌、俺も俺も。めっちゃヤバかったわ。
ちょっとサックスの音が変わったの、分かった?」
「俺はもちろん分かったぜ。日向の音聞いて、
音色合わせたもんな」
「あの音も、まぁ悪くはなかったな」
「ってことはよかったってことか!築茂は
素直じゃねぇなー」
「前言撤回にしてやろうか」
「はい、すいません」
確かにクラシックで聞くサックスの柔らかい音は、
ちょっと遊び心のある音に変わっていた。
ジャンルによって同じ楽器でも全然違う雰囲気の
音を出せるなんて、やっぱすげぇ。
築茂は厳しいから滅多に褒めたりしないけど、
バカにもしないってことは、結構
気に入ったってこと。
こんなふうに、最初はお互い誤解を受けるような
言葉や言いぐさでも分かるようになった。
これが“仲間”ってやつだよな。
「よし、ちょっと休憩しよ」
「よっしゃぁ!なぁ、腹減ったんだけど」
煌の言葉に俺はさらにテンションが上がる。
ずっと吹きっぱなしは口や腕も痛くなるし、
集中力が人一倍ない俺には休憩は、神も同然。
お腹をさすりながら悠にねだってみると。
「あれ、もう8時だし!どうする?出前取るか
どっかに食べに行く?」
「はいはーい!俺、ピザが食べたいでっす」
「空雅、ちょっと落ち着けよ」
「だって、めっちゃ腹空いてんだもん。
さっきまで楽しすぎて忘れてたけど」
大和に苦笑いを向けられたけど、本当に
腹ペコ状態だから仕方がない。
「じゃあピザの注文しよう。何枚頼む?」
「俺余裕で一枚食べれるんだけど!」
「俺もー」
「空雅と大和はよく食べるからなぁ。築茂と
日向、玲央はどう?」
「俺、食べる。一枚」
「俺も一枚は食べられるかな」
「俺も頂く」
煌に1人1人、答えていく。
そして必然的に最後に視線を集めるのは。
「悠はどう?」
きっと、悠以外の全員が言葉にはしないけど
心の奥底で思っていることは、同じ。
「うーん、じゃあ6枚にしよ!きっと
みんなペロリでしょ。7人で6枚とか
かなりすごいんですけどー」
やっぱり、へらへらしながら話を逸らして、
既に携帯を耳に当てていた。
そして聞こえてきたのは、ピザを注文する
悠のいつもよりワントーン高い、声。
誰も入る隙間など与えずに。
「30分くらいで来るってよ。その間どうする?」
「……そっか。楽器弾くか好きなことやるか、
まぁ何でもありってところかな」
沈黙にならないように、煌はわざと、みんなが
聞きたいことも言わずに話を流す。
もう1か月も一緒にいれば、
自然に出てきた1つの、疑問。
「そうだよねー。じゃあ私はバンドから頼まれてる
作曲してくる。みんな適当に寛いでて」
そう言って、いつもと何も変わらない様子で、
さっきまで俺たちがいた音楽の部屋に入った。
- 第11音 ( No.121 )
- 日時: 2013/01/17 21:12
- 名前: 歌 (ID: J1W6A8bP)
悠がリビングにいなくなって、
少しの沈黙が訪れる。
うわぁ……俺にはこんな空気、
無理無理!
「な、なぁ!」
沈黙に耐えきれなくなって叫んで
みたけど、何を言おうか全く
考えていなかった。
防音室とは言っても微かに漏れてくる、
悠のピアノを弾く音。
その音だけのおかげで、
沈黙は何とか逃れている。
「いつまで、これを続けるんだ?」
最初に言葉を発したのは案外にも、築茂。
その声に全員がそれぞれ落としていた
視線を上げて、険しい顔つきになる。
この俺までもが、気持ちも表情も
沈んでいるだろう。
「全員、分かっているんだろ?
あいつが普通じゃないことくらい」
その“普通”が性格ではなく、
身体のことを示していることくらい、
今の俺にも分かった。
……そう。
悠の身体は一体何で栄養を摂っているんだ、
と疑問に思うくらい、
悠は食べ物を、食べない。
と、いうかまともに食事をしている
ところを俺たちは誰も見たことが、ない。
学校でも、小さなおにぎりを
1つ食べて終わり。
ここに来て、初めて泊まった時も
出前を取ったけど、悠はもう食べた、
と言って何も口にはしなかった。
そして次の日の朝も、俺たちに
サンドイッチを作り終えたら部屋の掃除や
食器洗いをしていて、俺たちと
一緒に食べることはなかった。
初めて悠を見たとき、普通のモデルよりも
ずっと細い奴だな、と思ったのが
印象的だったっけ。
「本当に何も食べないであんなに
細いのかなぁ。普通、お腹空いて
無理だよね?」
「当たり前だろ。あいつはいろいろと
謎が多すぎる。1人暮らしをしていることも、
ここに引っ越してきたことも、
ここに来る以前のことも、どうして
あれだけの音楽ができるのか、も」
「俺たちは何も、知らないな」
日向の深刻そうな声に大和は
ちょっと怒っているように話す。
煌はそれにため息交じりに言葉を吐き出した。
バカな俺でも、気付くくらいはしていた。
悠にはとてつもなく、何か
大きなものを抱えているってこと。
本当は聞きたいことがたくさんあるのに、
悠を目の前にしてみると、あの笑顔が
無くなってしまうんじゃないか、
そんなことが思い浮かんで
中々一歩を踏み出せずにいる。
きっと、俺だけじゃなくてここにいる
全員がそう思っているはず。
自分で悠に確かめたい、そう思うのに
心のどこかでは何も知りたくないのかもしれない。
あの、噂の真相も。
「ねぇ、煌たちにはあの“噂”話したっけ?」
「あの噂って?」
俺も考えていたあの噂について、
日向が切り出した。
そういえば日向も同じ学校ならあの噂を
一度は耳にしているのは当たり前だ。
日向は大和に聞いたみたいだから、
たぶん大和にも話したんだな。
煌はとても不思議そうに日向を見る。
「やっぱり3年の日向にもあの噂は
耳に入ってるんだ。あれさ、俺が悠に
ある一言を言ったのが原因なんだ」
「え、マジで?お前、なんて言ったんだよ」
眉間にしわを寄せる大和。
「何で、恋愛から逃げてんの?って
俺がクラスメイト全員の前で聞いたんだ」
「で、悠はなんて?」
煌に聞かれてあの時のことが
鮮明に頭に浮かんでくる。
あの後、悠と気まずくなって少しの間、
まともに話すこともできなかったんだっけ。
「逃げてない、恋愛に興味がない、
好きでも嫌いでもない、
そう言ったんだけどさ……」
「だけど?」
あの時の悠の表情はきっと、
一生俺は忘れないだろう。
いや、思い出すこともないかもしれない。
忘れることがないから。
「そん時の悠の表情が……今までに
見たことがない、感情のない顔をしていたんだ」
「感情のない、顔」
そう俺の言葉を繰り返したのは、
とても悲しそうな瞳をした、玲央。
玲央だけじゃなくて、全員がいろんな
想いが混じった行き場のない瞳を浮かばせていた。
「で、その“噂”ってどんなものなの?」
「早く話せ」
煌と築茂に噂の話を促されて、
俺は一度口を閉ざした。
俺はあの噂を信じていない、というか
信じられないし信じたくもない。
だから今の今まで考えることをやめていた。
「……空雅も、信じてないでしょ?」
「も、ってことは日向も信じてないよな、
やっぱり。もちろん大和も信じられないだろ?」
「あぁ、無理だな。ってかあんな噂が
出回っててよく本人の耳に入ってないな」
「あれ、悠本人は知らないのかな?」
「知ってたら普通に学校なんて行けなくね?
ってかあの噂でいじめとかになってないわけ?」
「たぶん、悠は知らないと思うな。いじめには
ならねーんだよ、それが。学校で悠は
有名人どころか人気者だからさ」
日向と大和の疑問に答えると、2人は曖昧に頷いた。
「もしかしたらその噂、俺も
聞いたことあるかも」
それまで黙っていた煌が顎に手をやり、
天井を見上げながら呟いた。
「え、どこで聞いたんだよ?」
「ほら、俺も吹奏楽のトレーナーとして
週に一度M高に言ってるからさ。
吹奏楽部員の子たちが悠のことで騒いでたの、
ちょっと聞こえたんだ」
怪訝な表情で煌を見据える大和に、
煌は至って落ち着いて答える。
確かに、言われてみれば煌も学校に
出入りしているんだから聞いても不思議じゃない。
一瞬、学校外にまで噂が広まって
いるのか、なんてビビったけど。
「でもあれ、ただの噂だろ?事実なわけ
ないと思って全く気にしてなかった」
「それが普通だよね。実際、噂を知っている
生徒のほとんども信じていないし。
面白半分で誰かが流したに決まってると思うよ」
日向の言うとおり、噂が流れ始めたときは
みんな悠を何となく避けていたけど、
それも時間が経つにつれて無くなった。
だから今も悠は普通にクラスでも
学校全体としても人気者、優等生としてやっている。
- Re: 青い春の音 ( No.122 )
- 日時: 2013/01/18 16:50
- 名前: ハリーポッター ◆SVKZkFup7. (ID: geEvUTTv)
更新頑張って、ください!
- 第11音 ( No.123 )
- 日時: 2013/01/19 18:50
- 名前: 歌 (ID: gZQUfduA)
と、いうよりも一目置かれている存在だ。
「で、早くその噂というものを俺と玲央に話せ」
ちょっと苛立った声を出した築茂に、
慌てて首を縦に大袈裟に振って見せる。
噂を知っている俺以外の3人をちらっと見ると
目で、「お前が話せ」と言っているような
気がするから、軽く深呼吸。
意を決して俺は口を開いた。
「神崎悠は援助交際をしていたことがある。
ヤりすぎたせいで男に興味がなくなった」
「……へぇ、そんな噂が流れているんだぁ」
え?
沈黙の部屋に流れてきたのは、聞いている
はずがないと思っていた、紛れもない、
悠、の声。
声のしたほうを、その場にいた全員が動揺を
隠しきれずに顔を向けた。
どく、ん。
目を向けた先の悠の表情は、口角を上がっていて
笑っているようにみえる、けど。
その瞳には、何の感情もないように、見えた。
「ゆ、悠、今の……」
「もちろん、聞いていましたよ?最初からね。
あんたたちさぁ、そういうのは本人が
いないところでしないと。ましてやここ、
本人の家なんだからさ」
あからさまにどもりながら悠に
おずおずと俺が聞くと。
にこり、と意味深な笑みを零しながら
キッチンへと立ってコップに水を注ぐ悠。
その背中に何を言っていいのか、誰も
言葉が見つからずにいた。
コクコク、と水が悠の喉に押し込まれる音だけが
俺たちの鼓膜を揺らす。
「……ぷはぁ!あー、やっぱり水がうまい」
シンクにコップを置いてから、体を反転
させた悠の顔をまともに見ることができなかった。
曖昧な言葉を探っても、埃のように積もる時間。
悠はただ、俺たちのほうをじっと見て
誰かが口を開くのを、待っているようだ。
俺は絶対に口を開けない、開かないと
心に決めて黙り込む。
こんな噂が流れたのは、俺のたった一言が
原因だったから。
「空雅が言ったこと、お前はどう思う?」
と。
直球すぎる言葉を投げたのは、悠の
瞳を見つめ返す、大和。
悠が何て答え返すのか、気になって気になって
仕方がない俺の心臓はうるさい。
「いやぁー世の中、本人も知らない
事実があるんだなぁとおもしろくなった!」
………。
「え、なにみんなその顔」
うん、俺もその顔をしていることに
間違いはないんだけども。
悠のそのテンションに俺たちは混乱しています。
「悠さーん、俺たちの悩んだ時間を
返してくれません?」
「え、なに?空雅に悩める脳みそなんてあった?
ってかみんなは悩んでたの?Why?」
うわわ、いきなり外国人面してるし。
「あぁー気が抜けた。やっぱ悠は悠だな」
ソファにもたれかかり天井に顔を上げて
腕を目の上に乗せながら、ほっとしたように
ため息をついた大和。
「俺もマジで安心したぁ」
「ビックリしたよねー」
「バカバカしい」
「……ふぅ」
日向、煌、築茂、玲央もピンと張っていた
糸が切れたみたいだ。
「ちょっと、みんなしてどうしたっていうのさ。
私何か変だった?ってか空雅!さっきの
噂、詳しく聞かせてよ。おもしろいねぇ」
「事実ではないんだろ?」
「はぁ?え、なに事実だと思ってたの?
うっわーみんなそんな目で私のこと見てたんだぁ」
「事実じゃないことが分かれば、何を
言われたっていいや」
「大和が大人しいとか気持ち悪いんだけど」
「悠、それくらい大和も俺たちもその噂で
頭使ってたんだよ」
煌に言われた悠は首を傾げて、意味が
分からないと顔が物語っている。
「ま、別になんでもいいや!それよりさぁ!
バンドにあげる新曲できたからちょっと
聞いてくれない?」
と、少し恥ずかしそうにはにかむ悠に
思わず胸が高鳴る。
いつも、そう。
新曲が出来たとき、俺たちに一番に聞かせて
くれるけど、その時、ちょっと
照れくさそうにする。
上目づかいになっているのは、無意識だろうな。
それがとてつもなく、可愛いと思って
しまう俺は、浮気性なんだろうか。
なーんて思ってしまうほど、ヤバい。
「聞く聞く!みんな、行こうぜ!」
そんなことを思っているなんて知られたくない
からすぐに席を立って、さっきまで
悠がいた部屋に向かった。
いろいろ言いながらも全員、立ち上がる。
さっきと同様にピアノの前に座って
さっきできたばかりだという曲を聞いた。
最後のイントロが消える、前に。
家のインターホンが鳴って、悠はすぐに
玄関へと走って行った。
「ピザ!届いたよー」
その言葉でもう一度リビングに戻り、
いつものようにぎゃーすかぎゃーすか
騒ぎまくった。
その日の夜中。
俺たちはいつものように悠の家に泊まる
ことはせずに。
いろいろな理由をつけてそれぞれの家に帰った。
終電はもうなかったから煌に家の近くまで
乗せてもらった。
家までの道のりを歩きながら
頭の中には、さっき悠が歌っていた、曲。
ただ青い青い夜に
埋もれていくとき
もう記憶の彼方のあなたを
思い出すから
切なくて
切なくて
涙で心
季節が変わり
迷いの森の中で
あなたを探してみようか
見えては消える
心の中照らす月明かりが
ただ切なくて
切なくて
青い青い夜に身をまかせて
あなたに私
そして散らす
ただ
切なくて
切なくて
「青い青い夜に埋もれていくとき」
「青い青い夜に身をまかせて」
この歌詞の裏側には。
一体、どんな意味が含まれているんだろう。
そんなことばかり考えてしまうのとは
裏腹に、噂を笑い飛ばしていた悠の笑顔が
頭から離れない。
もし、あの噂が本当だったとしたら………。
「ははっ……あり得ないよな」
嫌な想像を払い落とすために、言葉を
地面に落とした。
頭を切り替えるために携帯を開く。
開いて目に飛び込んでくるのは、待ち受けに
している綺麗なひまわりの画像。
愛花の笑顔にぴったりだな、と思って。
庭のはしで
黄色のひまわりがにっこり
挨拶してくれた
昼 ぼくのところにきて
にっこり挨拶してくれた
夕方
おかえりと傘をさしてくれた
毎日が夢のようで
一年が過ぎ
こころに居ついた
そんな言葉も一緒に乗せて。
頭の中にあった悠の笑顔を、愛花の
笑顔で、塗り消した。
- 第12音 ( No.124 )
- 日時: 2013/01/20 21:49
- 名前: 歌 (ID: 59tDAuIV)
消えぬ傷跡、いつか見た夢、変わり果てた現状、
壊れた夢、新しい希望。
すべて捨ててしまえれば、生きていくことも
もう少しは楽になるだろうか。
「築茂、バイオリンの練習は順調か?」
「もちろんですよ、父さん」
「お前には期待してるからな。海外の楽団に
入って有能なバイオリニストになり、
稼いでくれよ」
「はい。頑張ります」
「そのためにも、今の大学で素晴らしい実績を
残し、常に学年首位にいること。もちろん、
勉学にもしっかりな」
「分かっています。……ごちそうさまでした」
「行ってらっしゃい、築茂」
「あぁ、行ってくるよ。母さん」
家を出ていつものように大学へと向かう。
ふと空を見上げると、そこに広がるのは
嫌になるくらいの青空。
しかし、誰を救うことはしない。
あの空の彼方、高い高い所の青い水面まで
浮上すれば、新鮮な何かを吸えるだろうか。
見苦しいこの世界にはない、俺に必要な
空気か何かがあるだろうか。
「築茂!おはよ」
「あぁ」
「相変わらず素っ気ないなー。ま、
前よりはマシになったけど」
「何のことだかさっぱりだな」
「あ、照れてるー」
「黙れ」
隣に立つのは2つ年上の春日井煌、
大学で俺が唯一、普通に関わる人間だ。
だが特に俺から話すことは何もないため、
ヤツが1人でべらべら喋るのを聞き流すだけ。
俺は人間が嫌いだ。
神なんて信じられないが、それ以上に
人間なんて信じられない。
嘘をついて誤魔化して裏切って傷つけて、
バカバカしい。
神にそのようなことをされた覚えはない。
そもそも、存在しないからかも
しれないが。
「……も!築茂!俺の話聞いてんのか?」
「最初から聞いてなどいない」
「はぁ!?とか言ってしっかり聞いてんだろ?」
「で、コンクールの件で何か問題でも?」
「ほーら、やっぱり!」
「早く話を進めろ」
大学の吹奏楽部は8月初旬に県のコンクールが
あるため、それに向けて練習をしている。
1年から4年まで計100名余りいる中から、
公平にオーディションをして50名を選出。
もちろん、俺と煌は受かっている。
1年では俺を含めて3人だけらしいが、
上下関係など気にしてられない。
俺はただ、やるべきことを坦々とこなす、
ただそれだけ。
やりたくてやっているものなんて、
何一つないのだから。
コンクールについて煌と話しながら大学の
敷地内に入る。
煌は周りの生徒から挨拶をされれば、いつもの
胡散臭い笑顔で返す。
俺は誰一人として言葉を交わさない。
いや、誰一人として俺に声をかけることが
できないのだ。
入学当初からそう仕向けたのだから、すべて
計算、計画通り。
ただ1つの誤算がこの春日井煌、そして。
神崎悠。
ズカズカと人のテリトリーに入ってきたと思ったら、
住みついて離れようとしない。
まさかこの俺が、他人とつるむなど
考えもしなかった。
だが別に、感情のない俺には
どうでもいい。
感触や感情というものは、俺と違う
生き物なのだろう。
「じゃあ築茂、俺はこっちだから」
「あぁ」
「あ、それと!」
「なんだ?」
「悠が今日、ここの近くに用があるらしい。
もし時間が合えばドライブにでも行こうよ」
「……あぁ、構わない」
「じゃ、また後で」
そう言って踵を返した煌の後ろ姿が
消えるまで、その場に立ちつくした。
午前中の講義を終え、昼休憩になれば
食堂には溢れんばかりの生徒たち。
人ごみが苦手な俺は、落ちている食物に
群がるアリのような光景を目にした瞬間、
体を反転させた。
そしてそのまま、誰一人として見当たらない
中庭へ直行。
ここの大学の創立者が銅像として
置かれているすぐ横のベンチに寝転ぶ。
風の音しか聞こえない、この空間。
俺はこうやって、言葉のない世界で
沈黙と共にいて、何時か溶け合って
沈黙になりたいと願う。
向こう側の世界に憧れているんだ。
……こんなことを考えている暇があったら
練習しろ、父が知ったらそう言うだろう。
有り余っている時間はすべて、バイオリンに
費やせと幼少時代から常々言われてきた。
悠やあいつらのように、俺はバイオリンが好きで、
やってみたくて、やり始めたわけじゃない。
この世に生を受けたその時から、
俺の人生の未来図は出来上がっていた。
元バイオリニストである父と現役作曲家で
ある母の間に1人息子として生まれてきた俺は、
音楽以外の道に進むことなど、許されない。
父は世界の舞台でも活躍するバイオリニスト
であったが、練習のしすぎで腕を痛め、
続けることが不可能となってしまった。
その悔しさから、父は自分で果たせなかった、
世界のバイオリンコンクールで優勝することを、
俺に押し付けているんだ。
親子共々、素晴らしいバイオリニストになれば、
世間の評価や名声などが上がる、だけの理由で。
俺は本来ならそんなものは放っておいて、
孤独の中の自分の内面を探求するように、
誰からも注目されずにいたいのだが。
しかし、もう父という蜘蛛の糸に
からまっている俺は、逃げられない。
空中に飛んで逃げても無理、海の中に
もぐって逃げても無駄、山々の
奥深くまで逃げても無意味。
ふと、音が、浮かんだ。
俺はそこにいた
だが俺はそこにいなかった
多くの目が俺を見て
俺に色がついた
白紙で居たかった
真っ白な紙のまま
俺は自分自身で描きたかった
未来 理想 幻想
自分ではできずに
周りの目が俺をつくった
故に
俺は確かにそこにいた
しかし
俺の本当はそこに居なかった
「誰の歌?」
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