コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第15音 ( No.155 )
日時: 2013/03/12 10:21
名前: 歌 (ID: uI/W.I4g)



俺の目の前でふわり、と可憐な笑みを
零した悠。


この笑顔に、何度安心させられたんだろう。



昔から、言葉で気持ちを伝えるのが
苦手だった俺は、ずっと言いたくても
誰にも言えなかった、過去を。



悠に、話したいと。
少しずつ、口を動かした。




氷室玲央。



この名前は、日本に国籍を移したときに
ついた名前で、本名はエドゥアルト・ベノフ玲央。



祖父がロシア人、祖母が日本人、
父がその2人の間のハーフ、そして母がイギリス人。


父は祖父の血が濃くて、髪色は金で
目の瞳は青だった。


母も金髪に瞳は緑だったのに、俺は父の
中に流れている祖母の血も受け継いだらしく、
髪色は黒だった。



しかし、瞳だけは父譲りの青。



もちろん、両目ともきちんと青で
生まれてきた。



俺が生まれた家系は、ロシアで片手の指に
入るほどの大富豪。


祖父がまだ若いころに建てた、建築会社が
大成功をおさめ、その後父が継いだ今も、
利益は伸びる一方だという。



そんな大富豪で育った俺だけど、もともと
性格は内気で金持ちが集うパーティーへの
出席が苦手だった。


お金、権力、地位の匂いを漂わせた大人たちを
間近で見ていたからこそ、俺には
そういった感覚が全くない。



むしろ、大嫌いだった。




父も母も、俺のことなんかそっちのけで
会社のことばかり考えていて、俺はいつも
1人で絵を描く日々。


でも日本人の祖母だけは、いつも
優しく俺に接してくれていたんだ。



そんな俺にも、1人の妹がいた。



妹とは8歳離れていて、きっと今は
10歳になっていると思う。


妹は素直でよく俺の後ろを一生懸命
着いてきて、本当に可愛かった。

髪色は金、瞳は緑で母にそっくりの
顔をしている。



俺は、金髪の2人の間に生まれたにも関わらず、
髪色が黒というだけで、学校ではよく
いじめをうけていた。



もともと、ロシアの学校に黒髪の生徒など
俺しかいないから余計に目立ってもいた。


いじめを受けていることを、父と母に
言おうとしても、忙しそうな雰囲気に
圧倒されて。


いつも言いかけては口をつぐむ、この
繰り返しだった。



でもある日、俺はいじめていた奴の1人に
仕返しがしたくて、そいつの顔を思いっきり
殴ってしまった。



そしてそれに切れた奴も、俺に拳を
振りかざしてきた。



ぎゅ、と目を瞑って顔を逸らせたのが
悪かったのか、その拳は。




俺の右目に、綺麗に入った。





駆け付けた教師が来た時には、俺の
右目は悲惨な状態だったと言う。


すぐに病院に運ばれ、緊急手術をしなければ
右目の視力を失うどころか、命にも
関わると、専門の医師は教師に説明。


教師はすぐに両親に電話をかけたが、
全く繋がらず、代わりに祖母が
駆け付けてくれたらしい。



その時に、祖母は突然、言い出した。



『私の右目を、孫にあげて下さい』



祖父も誰もいない、祖母独断で反対する
者も誰もいない。

もちろん俺は意識を失っていて、その時の
状況なんて全く知らなかった。


知っていたら、全力で祖母を止めた。



祖母の熱い想いに医師は首を縦に振るしか
なく、そのまま祖母も緊急手術室へ。




でも、俺が目を覚ました時には、
祖母の姿はもう、………なかった。






「これが、俺の右目が……黒い、理由」




一度息を吐いて悠を見ると、唇を噛んで
必死に何かを耐えているみたいで。



胸が、締め付けられた。





悠を抱きしめたい衝動を一生懸命抑え、
俺は続きを話し始めた。




祖母は手術が終わってすぐに、右目を失った
ショックで急死したと、祖父から聞いた。


その時の祖父の顔は、ひどく怒りと
絶望に染まっていて、お前が殺したんだと、
言われているようだった。


いや、俺がいなければ、祖母は死なずに
すんだのは明らかなのに。


俺は、祖母が死んでも、どっか心に
穴が開いただけで、ほかには何も
感じられなかった。


そんな俺の様子を見た祖父は俺に大激怒。




『お前はうちの人間じゃない!!高校を
 卒業したら出て行け!!!』




そう言われたのは、高校2年の時のこと。


両親の目の前で言われたけれど、両親は
祖父と同じ気持ちなのか、助けようとも
してくれなかった。



妹だけが、大泣きしていたことくらいしか、
今ではあまり覚えてないけど。




家を出るときは、雨、だった。



業も過ちも罪も咎も呵責も欲望も不安も、
何もかも、すべて洗い流せたなら。


この雨が、洗い流してくれたなら。



ただ、それだけを考えながら、俺は
祖母の母国である日本に向かった。




お金は一切、支給されることはないから、
俺はロシアでバイトをしていたお金で
何とか日本には来れた。


日本に住んでいたことはないけれど、
何回か来ていたからあまり驚くことは
なかったけれど。


日本語をあまり話し慣れていなかった当初は、
それが理由で職は決まらなかった。


と、ずっと思っていたけれど、その理由が
他にあることに気付いた。



両目の瞳の色が、違う、せい。



思えば、会った人は皆、俺の顔を見た瞬間、
表情を失っていたような気がする。


それほど、気持ち悪かったんだろうな。



だから俺は、日本では一般的の黒い瞳は
隠さずに、俺のもともとの色の左目を
前髪で隠すようになった。



それでも、雰囲気が暗く見えるとか
そんな理由で、中々職は決まらなかった。



何もしていない自分が惨めに思えて、
ある時ふと、子供のころに大好きだった絵を、
公園の砂の上に、描いてみた。


それがすごく楽しくて、いつの間にか
子供たちが俺の周りに集まっていることに
気付いて顔を上げると。



『お兄ちゃん、すごい!!すごく
 上手なんだね!』

『次、これ描いてーっ』

『あ、ずるい!僕も僕もっ』



自分の着ている洋服にいるキャラクターや
おもちゃを突き出して、描いて描いて、と。



たくさんの笑顔と一緒に、可愛らしく、
おねだりしてきた。




その姿が、『お兄ちゃんっ』と俺の後ろを
着いてきていた妹の姿と重なって。



涙が、溢れてきた。





第15音 ( No.156 )
日時: 2013/03/13 18:18
名前: 歌 (ID: BwWmaw9W)



突然泣き出した俺を、子供たちは心配そうに、
不思議そうに見ながらも、一生懸命
慰めてくれようとして。


それがすごく、温かくて、すっかり
忘れていたことを、思い出させてくれたんだ。



家を出るときに泣きながら、俺の傍を
離れようとしなかった、妹。


そしてその時に、約束をした。



『必ず、また会いに来る』



また会いに行くためには、お金が必要で
きちんと働かなくてはいけない。


そんな当たり前のことを、ようやく
本気でやらないといけないと気付いた俺は、
涙を拭って、子供たちに。



『あり、がとう…』




妹に向けるものでしかなかった笑顔を、
微かに浮かばせた。




それから俺は、子供たちに自分の絵で
笑顔になってもらいたいと感じて。



漫画家になろうと、決めた。



人と関わるのが苦手な俺にも、俺の手で
誰かを笑顔にすることができて、
お金をもらえる。


それが一番、俺に合ったやり方だと
思ったんだ。





「だから、俺。実は漫画家…やって、る」


「………」




ポカーン、と。
目をぱちくりさせる悠に。



思わず、吹き出した。




まだ上手く理解できていないのか、
目を泳がせて変な声を上げている悠。


それを見るたびに、俺の笑いが
積もっていく。



「え、えぇ?玲央が…漫画、家!?
 嘘嘘嘘!!!マジですか……」


「ぷふっ……くく…」


「いやいや、笑ってる場合じゃないって!
 何でそんな大事なこと言わない訳!?
 めっちゃすごいじゃん!!」



興奮して机をバンバン叩くたびに、レイが
ビックリして飛び跳ねる。



「何の漫画描いてるの!?」


「キック、っていう漫画雑誌で…連載してる、
 『僕が書いた小説はただの妄想に
 すぎなかった』っていう、やつ」


「……ちょっと待って。それって今、
 めっちゃ人気のやつじゃん!!クラスでも
 その話題よく出るんですけど…」


「そう、なの…?ありがと、う」


「ありがとうじゃないでしょ!!めっちゃ
 売れっ子漫画家なのに一体いつ
 漫画なんて描いてたわけ!?いっつも
 暇そうで寝てばかりいるのに!」



あまりの言われように思わず苦笑。



「俺、夜になると…いろいろ描け、る。
 昼間は、普通にして、夜に……描いてた」


「だからいっつも昼間は眠そうだったんだね…。
 これで謎が解けたよ。いやぁ、それにしても
 これはビッグニュースだ!絶対あいつらに
 言ったらやばいことになるだろうなぁ」



遠くを見つめながら笑みを零す悠の
目に映っているのは、この話を5人に
したときのことに、違いない。


悠だけでさえもこんなに興奮してくれたから
5人に言った時の反応が、実は俺も
楽しみだったりする。




興奮して叫びすぎたせいか、悠はいきなり
疲れた顔で机に突っ伏した。



「……でも、玲央のことちょっとでも
 知れて、よかったぁ…」



と、ため息交じりに吐き出された言葉から、
俺のことをすごく心配してくれたことが
とても伝わってきた。


そして身体を起こして、俺に真っ直ぐ向き合う。


ゆっくり手を伸ばして、俺の左目に
そっと、触れた。




「私、この色……好きだよ」





………そんな。



そんな、甘い笑顔で。
そんな、甘い声で。



そんなこと言われたら、どうにかなりそう
なんだけど……どうしてくれるんだろう。




「玲央が隠してきたこの瞳も、過去も、
 今やっていることもすべて。私には
 綺麗に見えるよ」




綺麗……?


この、俺がやってきたことが?
俺の持っているものが?



「玲央がどんなふうに自分を卑下しても、
 私は、最高に素敵な人にしか見えない。
 そんな玲央が、大好きだもんっ」



そうやって、無邪気な笑顔を惜しみなく
表情に出す悠に、俺は何度も心を
持って行かれそうになる。


いや、もうすでに。
出逢った時の、微笑みから。




俺の心は、悠のものになった。





綺麗な微笑みを俺だけに向けてくれる悠に、
俺も悠にしか見せることのない表情を返す。



俺の頬に触れていた悠の手が引かれ、
その温もりが離れてしまったことに
少なからずの名残を感じながら。



何かを戸惑うような、そんな表情を見せる
悠に首を、傾げた。




「どうか、した……?」


「…ううん、何でもない!それより玲央、
 漫画家ならコントラバスは一体いつ
 練習してるの?」




すぐにいつもの笑顔に戻った悠を見て、
少し安心する。




「毎日、漫画…描き終わって、から。
 1、2時間くらい」


「そうなんだー。コントラバスはいつから
 やってるの?」


「8歳の、ときから。コンサートを…見て、
 やりたくなった」


「専門の先生に教えてもらってたの?」


「ん。すごく、いい先生……だった。
 ロシアを出るとき、もコントラバスと、
 財布だけ…持って、出てきた」


「すごっ!まぁ玲央の力ならあまり
 苦ではないかー。でも大富豪の息子なら
 いろいろ大変だったんじゃない?」


「……命、狙われることも、あった」


「はぁ!?マジで…そんなさらりと言う
 ことじゃないですけど。今まで
 大丈夫だったの?」


「誘拐、とか…脅迫なんかは、よくあった。
 日本に来てからは、なくなった…けど」



こんなことを止まることなく話す俺は、
よっぽど悠に心を許してしまってるのかも。


こんなことを言ったら、どう考えても
心配させるのは分かってるんだけど。


それはそれで、嬉しい……とか思う。


それに、もうあの家とは無関係になった
俺だから、何にも怯えず縛られずに
生きていける。



逃げることも、しなくていい。





でも。



脅迫や誘拐をされていた、って話を
聞いても、口調は驚いているようだけど
表情はあまり変わっていないような気が
するのは。



悠が、何かを知っているから、って
ことだろうか?



もともと、悠は自分の感情を隠すのも
誤魔化すのも、本当にうまい。


だから未だに、悠が何を考えているのか
分からないことのほうが、多い。


本当はもっと、悠の表情や感情に
敏感になって、言葉にしなくてもすぐに
分かるようになりたいんだけどな。



それが、とても…難しい。




恐ろしいくらいに、自分が見えない
こともよく、ある。

語るべき言葉も見当たらなくて、
カタチにならない気持ちは、不安に
なったから、迷子になる。


それ以上に。



悠の言葉も心も感情も、本当は
どこにあるのか、探しているんだ。



悠の気持ちを知りたくて、悠の胸に
オペラグラスを差し込んでみるけど。


悠の胸の中はとても優しくて
澄み渡るほど景色が、いい。


ぬける様な青空みたいな悠の気持ち。



それだけに……何も、見えない。




「玲央も本当に大変だったね……。でももう、
 ここにいたら安心だから、絶対に
 私から離れていかないでね」




……離れるわけ、ない。


俺が悠から離れるなんて、もう
考えられない。


離れたくない。
離れられない。



でもきっと、俺が同じ言葉を言ったら、
悠は。





曖昧に、笑うんでしょ?






第15音 ( No.157 )
日時: 2013/03/14 18:19
名前: 歌 (ID: REqfEapt)




結局、悠が本当は何を考えていて、
何を感じたのか分からぬまま。



部屋には、俺とレイだけになった。





薄い、うすい、とても薄っぺらい、
そんなのが俺の心に張り付いている。


淡い水色は、俺の涙の色で、
淡い赤色は、悠の染まった頬の色で。
淡い茶色は、レイの毛の色で。



だけど俺の心は、淡いグレーで。



ラップみたいに薄く巻かれたそれを、
トレーシングペーパーに写して、
悠に見せられるだろうか。


大丈夫。
少し、寂しくなっただけ。



大丈夫。
俺は、ここで歌を歌っているから。







そんな嘘つきの君をたべた
そうしたら僕は自分自身を失ったんだ
永遠に
とげが嫌いで心苦しいから
逃げても
まだとげをぬかなかったらよかったかな
だってとげなんていくらでも
毎日突き刺さるんだからさ

君の形も変わったよ
ほら
こんなに見苦しく

僕は苦しみからただ逃れたかったんだよ

でもさらに苦しみに追われる
でもきっとそれはとげを
ずっと追ってるだからだろうね
どうしようもないときはただじっとして
時間が過ぎることを待つんだって
きっといいことがない間は
眠るほうがいいんだよ






悠が、作った曲。


たくさんの曲が街並みを歩いているように、
人の数だけ曲が溢れているこの時代。



悠の作る曲が一番、俺の心をかき乱す。



1つ1つの曲を作るとき、悠はどんな
気持ちで音を繋げているんだろう。


どんな気持ちで、文字を綴っているんだろう。



悠の曲は、いつもどこか悲しさと寂しさが
入り混じっているのに、心がじんわりと
温かくなるものばかり。



曲自体が、悠自身のように、聞く人の
心を浚っていく。



そんな悠の心の内側に、灯りたい。




「レイ」



悠がつけてくれた名前を、愛おしさを込めて
呼ぶと、嬉しそうにすり寄ってくるレイ。



今日、悠が本当に考えていることは
分からなかったけど、俺のことは
悠にたくさん知ってもらえたから。


少しずつ、悠も俺に自分のことを
話してくれる時がくるかもしれない。



それまで、ゆっくり待っていればいいよな。




「ね、レイ?」


「にゃぁ…?」




レイに聞いても分かるはずないけど、
返事をしてくれただけでも、心の
持ちようは違う。


うん、悠に今までのこと話せて
本当によかった。



スッキリしたし、何よりも自分が本当に
やっている漫画家をあそこまで
絶賛してくれるとは思っていなかったから。


そういえば帰り際にこれから毎月
キックを買う、って言ってたっけ。


何かちょっと、恥ずかしいかも。


でも悠が見てくれるなら、なおさら
頑張って描かないと。



悠は俺のすべてを受け入れてくれた。



それが俺にとって、どれほどの
ことか、悠には分からないかもしれないけど、
本当に救われたんだ。


まさか、俺の左目を見せて、なんて
言ってくるとは思って……………あれ?




悠は何で、そんなことを突然、
聞いて来たんだろう。



その前に、どうして俺の瞳が青だと
言うことと……ハーフかクォーターだって
ことも気付いたんだろう。



悠は喋り方や今までのことから
何となく気付いた、って言っていたけど、
突然すぎのような気がする。




……俺、肝心なこと何も聞けてない。





悠には俺のことは何でもお見通し、
みたいなのに。

俺は何にも悠のことを、知らない。



そういえば、前に煌達全員でも同じような
こと、話した気がする。



あ、そうだ、悠の学校での噂のことを
話しているときだったっけ。



あの時は、すぐに笑顔で笑い飛ばして
否定していた悠だけど、よくよく考えたら
それも本当の心を隠すための
カモフラージュだったのかもしれない。


あの噂は、事実………だったら、
すごく嫌だな。



嫌どころじゃない。




俺の中心にはもう悠がしっかりいるから、
誰にも喜怒哀楽を見せない俺でも、
悠には見せてしまうだろうな。


今感じているのは、怒り。



もし、あの噂が事実ならば、俺は
悠にどんな態度をとるだろう。


どんな顔を、するだろう。



……って、俺はどれだけ悠のことばかり
考えているんだ。



悠依存症、だったり。




「あー、もう…」




悠のことを考えれば考えるほど、自分が
自分でなくなっていくみたいで、怖い。



前髪を掻き上げて、思わず漏れた言葉に
ため息を吐きだして。



頭を冷やすために、シャワー室へと
入った。




夜も更けて、これからが漫画の時間。


俺は集中すれば、発想はどんどん出てくるし、
描くスピードもかなり早いと、編集者から
言われている。


だから、普通の漫画家よりも時間は
短縮できてるし、頭を悩ますことが
ないから、いいらしい。



ただ、何も考えてないだけなんだけど。




3時間ほどしたところで、20ページ分を終えて、
ちょっと休憩のつもりで腰を伸ばした。



ふと、頭に浮かんだのは、悠の姿。




………悠を、描きたい。


あの流れる黒髪、深く澄んだ瞳、
やわらかな唇、なめらかな流線。


何万通りの色を重ねて、何万通りの筆の
タッチまで、悠の息づかいまで。


悠の、心まで。



美しく着飾られた姿、一糸まとわぬ姿、
悠のすべてをこの手で何度も何度も何度も、
悠を……描きたい。




悠を、見つめていたい。





はっとして、いつの間にか動かしていた
ペンと白い紙の上に出来上がっていた
悠の絵を見て。



頭を、抱えた。





俺にとって、悠は太陽のような人であり、
月のような人でもあった。



太陽な人。

それは妥協を許さない光を持っていて、
眩しすぎて直視できない人。

けれど、惜しみなく生命を支えてくれる人。



月のような人。

それは頼りなくも安らぎの光を持っていて、
面と向かって語り合える人。

さらに、欠けている姿さえ見せてくれる人。




それを足して2で割ったのが、悠。



日本に来て、また妹に会いに行くためだけに
お金を貯めれればいいと思っていたから、
誰かとここまで親しくなるなんて、思っても
みなかった。


きっと、悠に出会えたから、俺は
ここまで誰かを想うことができたんだ。



ロシアを出るとき、心に穴が空いていた。


その穴から世界を除くと、今まで
知らずにいたことが見えたんだ、


心に穴が空いた時、俺は痛かったけれど、
苦しかったけれど、その穴を通してしか、
捉えることのできなかった、たくさんの
ことを悟ったんだ。


少しは強くなれたかな。
優しく、なれたかな。


そう、思ったら、心に穴が空いたおかげ
なんだから、悪くなかったかもしれない。



……あ、またいい展開を思いついた。



すぐにそれを絵として表すけれど、ずっと
頭には悠の笑顔が離れなくて。



俺の脳を動かしているものは、悠なんじゃ
ないか、とさえ思ってしまう。



「…ふっ」



そう、考えただけで、俺は本当に
重症だな、という意味の笑みが。



無意識に、零れた。



第16音 ( No.158 )
日時: 2013/03/15 21:33
名前: 歌 (ID: 32zLlHLc)




眩しい緑の葉が風に揺れている。


埃とかきっと気にせずに、
いるのだろうなぁ。


埃みたいなものとか、小さなことも
気にせずにあの緑葉みたいに
爽やかにそよいでいたいもんだ。



と、思う、夏の朝。






「……小さなこと、じゃないよなぁ」




小さなことは気にせずにいたいけど、
逆に大きなことはどう処理したらいいだろう。



玲央の家に行って話を聞いた、昨日の今日。



衝撃的なことばかりの内容だったけど、
あの黒い封筒の出番はなく、私のカバンの
中で潜んでいただけだった。


むしろ、黒い封筒の差出人は分かったから、
余計にそれを玲央に見せるわけにはいかなかった。




拝啓 神崎悠様


初めまして、突然のお手紙大変失礼します。
私は氷室玲央の母親です。ロシアで生活を送
り、旅立ったわが子のことをいつも心配して
いるのです。日本にロシアの探偵を送り込み
玲央がどんな暮らしをしているのか、見張ら
せてきましたところ、あなた様にたどり着き
ました。玲央を慕って下さり、本当にありが
とうございます。心から感謝の意を申し上げ
ます。そして大変申し訳ないのですが、お伝
えしなければならないことがございます。信
じていただけるとは思えない話なのですが、
どうか気を確かに頭に入れておいて下さい。

氷室玲央を、こちらに還していただきたいの
です。

大変勝手ながらのお願いでご迷惑かとも思い
ますが、夫共々、玲央には大変辛い思いをさ
せてしまったと心から悔み、もう一度やり直
そうと話し合って決めました。どうか、それ
をご理解下さい。この手紙を玲央には見せず
に、ロシアへ帰ることを説得していただけな
いでしょうか?どうか、私たちの想いが伝わ
りますよう、お願い申し上げます。お返事を
頂けましたら、こちらの連絡先にcメールを
お願いいたします。×××‐××………





そう、書いてあった、白い紙。



これを見てまず思ったこと、これは本当に
玲央の母親が書いたものではない。


まず、この分がワープロで打たれていること
から妖しすぎる。


ロシアへ帰ってきてほしいなら、私なんか
じゃなくて玲央本人に話すのが普通だろう。


わざわざ私に手紙をよこしたってことは、
玲央に見せたくなかったからだとしか
考えられない。


玲央に見られたら、すぐに気付かれると
思ったからとしか考えられない。



これは、玲央を狙う誘拐犯の仕業。




誘拐や脅迫はあった、と玲央の言葉を
聞いた時にそう確信した私は、このことは
玲央に黙っておくことに決めた。


ロシアからわざわざ探偵を送りこんで
私の周りを探っていたとすると、かなり
気持ち悪いんだけど。


警察に言ったって、これくらいのことでは
まだ何もされたわけれはないから
動いてくれるわけがない。


うーん、どうしよっかなぁ。


まぁこれから何かアクションを起こされてから
私も動けばいっかな。


とりあえず今は、なるべく玲央と連絡を
小まめにとっておこう。



で、この手紙は無視。



だけど、一応何かあったとき手掛かりに
なるように、保管しておこう。



「あー…朝から頭使いすぎた。音楽聞こ」




物事を深く考えることが好きじゃない
私は、一度思いっきり天井に向かって
背伸びをして。


オーディオの電源を、曖昧につけた。




今日は、11時からバイトで、夜には
とあるバンドのライブがあるからちょっと
顔を出しに行く。


今のうちに玲央にくだらない内容の
メールを送っておくか。



そうだ、今度7人で集まった時にでも
すぐに玲央のことについては話そう。


特に、漫画家のことを強調して。



少しでも玲央のことをみんなが知っておいて
くれたら、この先何かあった時に
すぐに動いてくれるだろうから。



……いや、何も起こらないでほしいけどね。




第16音 ( No.159 )
日時: 2013/03/17 16:30
名前: 歌 (ID: CwTdFiZy)




それから2週間が過ぎ、夏の暑さは
本領発揮と言ったところか。


8月初旬の太陽が、コンクリートを熱していた。



あの手紙を無視し続けている今も、特に
目立った様子は何もなく、毎年恒例の
忙しい夏休みを送っていた。


玲央のことを全員が集まった時に話せば、
それはもうすごい剣幕で発狂したバカが
いましたけどね、はい。


でもそんな玲央はちょっと照れくさそうに、
嬉しそうにしていたから、やっぱり、
あの手紙はただの脅しにすぎなかったんじゃ
ないかと、思ってしまう。



そんな今の私は、8月16日に17歳を迎える
空雅のために、誕生日プレゼントを選びに
アメリカンビレッジに大和とやってきた。



「空雅が喜ぶものとか、なんでも
 よさそうだから適当でよくね?」

「あ、私も激しく同感。そういえばこの前、
 『張っ付くパンツか引っ付くパンツか
 くっつくパンツかムカつくパンツか』を
 早口で言ってボイスパーカッションの
 練習してたからパンツでよくない?」

「張っ付くパンツか引っ付くパンツか……」

「いやいや、マネしなくていいから。
 さまになってるしボイスパーカッションぽく
 聞こえるけど、やらなくていいから」

「……くそっ。空雅はやっぱりうまいのか」

「変なことに闘争心燃やさないでくださーい」



と、まぁいつものような感じでいろいろな
お店をぐるぐる回るけど、いまいち
しっくりくるものがない。


私は直感ですべて決めるから、迷った
時点でそれは買わないことにしている。



「煌とかはもう買ったとかいってなかったか?」

「うん。サングラスを買ったみたい。
 しかもサングラスの意味をなさないような
 すけすけのやつ」

「あー、バカそうなところがあいつに
 ピッタリだな」

「やっぱり空雅はバカ路線だよねぇ」

「日向はもう少し大人になれ、って意味も込めて
 腕時計にするとか言ってたわ」

「さっすが日向。玲央はきっと自分の描いた
 漫画プレゼントしそう。空雅、玲央の漫画の
 大ファンだもんね。何よりも喜びそう」

「確かに。……築茂が誰かにプレゼントとか、
 すると思うか?想像できねぇ」

「私もそう思って聞いてみたら、バカすぎるから
 数学の問題集10冊買ってやるとか言ってたよ」

「………鬼、だな」

「ですね」



結局、私はサルの絵柄がプリントされている
パンツを色違いで5枚、大和はサルの顔が
でっかくプリントされているTシャツを
購入しました。
 




家にバスで戻り、すでに集まっていた5人。


空雅に見つからないように、自分の部屋に
素早く入り、押し入れの中に買った
プレゼントを押し込んだ。


今日は今から、いつものセッションと、
最近ようやく満足ができるようになった
アカペラを録画する。


動画サイトでは、すでに私たちは神と
呼ばれるようにまでなり、ファンが急増
しているらしい。


もちろん、顔は出していないからプライベートに
支障は全くないから問題なし。



煌が作った曲を、みんなで、奏でた。






風に上手く乗れないからって
他人になろうとしなくていいよ

君だけの世界にスッとお客様が
時々来るくらいでもいいじゃない
不器用さとかをカッコ悪いことだと
決めつけなくてもいい

風に上手く乗れなくても
風になろうとしなくてもいい
爽快と過ぎていく
風になろうとしなくてもいい

君という音符で作ろう
僕という音符で作ろう
自由の歌を

始まりだけを探してた
だけどいつかはどんなことにも
終わりがあるのにね

いつかは終わるメロディ
だけど作り出そう
いつかは終わるメロディでも
僕と君とで作る

楽器がすぐ手元になくても
メロディは作り出せる

自然が作り出すメロディ
アスファルトを蹴飛ばして
たどり着く先 懐かしの土色メロディ

川の流れる音
花達が楽譜に色をつけていく
太陽が送り出す指揮者達が
日のあたるその場所へ集まる

風に上手く乗れなくても
誰かになろうとしなくてもいい

いつかは終わるメロディだけど
口ずさむ
風は包みだす 自由色

僕等の歌を





まさに、今の私たちのことをイメージした
この曲が、一番最初に動画として誰かに
届ける曲にぴったりだ。


煌の腕は物凄い速さで上がっていって、今では
すべて任せられるほど、とてもいい曲と
詞を作ってくれる。


まだまだ部活が続いているのにも関わらず、
手を抜かないところが、やっぱり責任感がある。



煌らしさ、それが一番、私の心に響く音楽を
生み出しているんだろう。






「Bメロの大和と日向のコーラス、ちょっと
 切り上げが乱れたから注意して」

「了解」

「ごめん、気を付けるよ」

「あと玲央、間奏のベース、前よりもずっと
 よくなったね。あと少しだけ、ムラが
 ないようにできたら完璧」

「ん」

「煌!俺のボンパはどうだった!?」

「あぁ、成長してる。でも調子乗りすぎるなよ」

「あいあいさー!」



煌の的確なアドバイスが、さらに曲を
よくしている。

誰よりも周りをしっかり見て、それぞれに
合ったことを言ってくれるから、どんな
講師よりも正確だ。


私が思ったことは大抵、煌が言ってくれるし、
たまに私のことも言ってくれるから、
さらにモチベーションが上がる。


きっと煌は、教えるのがうまいんだと思う。



「悠、サビのコーラスなんだが、声の
 バランスはどうだったか?声量的に、
 大和と日向はサックスを吹いているから
 肺活量がある。計算して声量は図って
 いたんだが、俺は足りないか?」


「ううん、私の位置からでは丁度よかったよ。
 でも聞いている場所によっては偏っている
 かもしれないから、動画を見て確認してみよう」



計算高い築茂は、かなりの完璧主義者だから、
自分が納得いくまでは、こうして
私や煌に何度も確認をしてくる。

もともと、築茂の音楽センスは信頼できるし
音大で培った能力もあるから、本人が
気にするほど、悪いところはない。


しいて言うなら、固すぎる、というところ。



でもこれはすぐに改善できるものでないことは
よく分かっているから、これから少しずつ
やっていけたらいいな。



あのハモネピの地区予選が来年の冬に
あるらしいけれど、それに出るかどうかは
まだ何も決めていない。

時間がまだまだあるし、今はただの趣味と
いうか、部活的な感じでやっているだけだから。


でもいつか、実際に人前で歌ったり、演奏したり
できる機会があれば、やりたい。



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