コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第16音 ( No.160 )
- 日時: 2013/03/18 19:22
- 名前: 歌 (ID: xPB60wBu)
それから録画した動画を見て、直すところや
集中して練習するところを決めてちょっと、休憩。
日向が焼いてくれたクッキーを目の前に、
それぞれが好き勝手な体勢でくつろぐ。
……もう、私の家だとかそんなことは
頭にないんだろうな。
ま、別にいいけど。
なんだかんだ、家族ってこういうもの
なんだろうな、そう思っている私は。
自然に、頬が緩んでいることにすら、
気付いていない。
「ってかさぁ、もう8月入っちまったんだぜ?
どっか近場でもいいから出かけね!?」
「そうだよなぁ…。コンクールが中旬で
一息つくから、下旬なら俺は大丈夫」
「俺も日程が決まれば合わせられるよ」
イベント大好きな空雅の言葉に、煌と
日向は楽しそうに答える。
「花火、大会……行きたい」
玲央が小さく、呟くと。
「お、いいねぇ。そういえば北部のほうで
花火大会あったよな?美ら海だったっけ?」
「あぁ。8月27、28、29と3夜連続で美ら海
水族館のほうであるぞ。19時から上がる。
1万発だそうだ」
「1万!?なにそれ、すごっ」
大和の疑問に築茂が素早くパソコンで調べる。
1万発なんて聞いたこともなかったから、
思わず目を丸くした。
沖縄に来てから花火大会なんて一度も
行ったことないし、何よりも人ごみは
あまり好きじゃない。
たった、たった一度、だけ。
あの人、と行った。
花火大会は。
とても、綺麗だったような……気がする。
『もしさ、今上がっている花火の地球の裏側で
悠が叫んだら。そしたら今、地球のこっち側で
僕の笑顔は咲くよ。地球のこっち側で僕が
叫べば、地球の裏側にいる悠に届くかな。
……この花火の音で、消されちゃうかな』
そう言った彼の言葉を私は。
花火の音で聞き取れなかったフリをして、
言葉を返さなかった。
返せなかった。
「なんだ、悠。お前は嫌か?」
視線を落としていたせいか、築茂が
怪訝そうに私の顔を覗き込んだ。
慌てて首を振って、笑顔を見せる。
「ううん、行きたい!行こうよ。
築茂の計算では一番人が少ないのは
いつだと思う?あまり人ごみは
好きじゃないんだよね」
曖昧に笑ってみせると、顎に手を添えて
考え込む築茂。
「そうだな。土、日、月だからやはり、
最終日の月曜日だろう。観光客もそのころには
帰り支度のはずだからな」
「そっか。なら29日に行こうよ」
「よっしゃぁ!決まりだなっ」
「それまでに、お前は完璧に学校の課題を
片付けておかなかったら行けないだろうけどな」
「げっ……」
大和に痛い一言を浴びせられた空雅は、
子犬のような瞳を私に向けてきた。
「な、なんですかその目は…」
「助けてくれー!!」
いきなり飛びついてきた空雅は軽くかわせば、
バカは私の後ろにあった柱に激突。
「い、痛いっ」
「まぁ、お前は課題が終わらなかったら
留守番といったところだな」
「えぇぇっ!?」
「うん、そうだね。ちなみに俺は塾で
忙しいから教えられないから頑張ってね」
「俺も築茂もコンクールで忙しいし」
「俺はバイトがある」
「……日本語、分からない」
うわぁ、みんな容赦ないですねー。
そして空雅は今にも泣きだしそうな表情で
私に視線を送るけど。
「私も、バイトと学校関係でいろいろ
忙しいことくらい、分かってるよね?」
悪魔の微笑み、発動。
ターゲット、撃沈。
ざまぁみろ!
それでも天使のような優しい心を持つ私は、
決して力を1つも貸さない訳ではない。
「まぁ、安心しなさい。どうせ空雅1人だったら
1年かかっても終わらないから、愛花に
手伝ってもらえるように頼んでおくから」
「ほ、本当か!?」
「うん。意中の相手に付き添いで勉強教えて
もらえて、一石二鳥でしょ?ま、その分
見返りはかなり大きいから覚悟、しといてね?」
「………はい」
愛花も簡単に首を縦にふるわけがないんだから、
それなりに手を打たなければいけない。
部活もやっているけど、高校の吹奏楽部は
この前の県大会で敗退したみたいだから
もうそれなりに練習は入っていない。
きっと暇はしているんだろうけど、空雅と
2人きりなんて最初はかなり嫌がるだろうな。
まぁそこは、私の話術で何とかしますか。
空雅の誕生日を使って、少しサプライズでも
考えてみよっかな。
うん、そうしよ、なんかめっちゃ楽しそうだし!
もう一度空雅にとびっきりの笑顔を向けると、
びくっと身体を震わせて顔を引きつらせた。
全員が帰ると、すぐに愛花に電話をかけた。
『……もしもし』
「あ、愛花?今、大丈夫?」
『………っ』
「愛花?」
電話をしたのはいいけれど、愛花の様子が
おかしいことにすぐに気付いた。
「どうしたの?何かあった?」
『うぅ……悠っ!!うわぁぁん』
「えぇ!?ちょっと、愛花?落ち着いて!
今どこにいるの?」
『駅前の、公園』
「今すぐそっちに行くから、ちょっと待ってて!
電話は切らないでよ!」
それだけ言って、私は家を飛び出した。
息を切らして駅前の公園に駆け込めば、
小さな小さなブランコに座っている愛花の
後ろ姿を見つけた。
基本、ネガティブ思考の愛花のことだから
いつものように、進路か恋愛のことで
勝手に思いつめているんだと、思う。
それでも、夏休みに入ってから一度も
会っていなかったから、ちょっと心配になった。
「…愛花」
ゆっくり近づいて、その寂しげな背中に
言葉を投げかければ、泣きはらした目で
愛花は私を見つめた。
一度、小さく息を吐いて愛花が座っている
隣のブランコに腰を下ろす。
何年振りかのブランコは、お世辞にも
座り心地がいいとは言えない。
「何があった?ゆっくりでいいから話してみ」
「……うん」
青田愛花。
身長158センチに体重は57キロはある、
一般的にはぽっちゃりな体系。
成績中の下、運動は壊滅的、ピアノは
中の上、好きなものは初音ミク。
基本的にはネガティブだけれど、
人にはかなりの毒舌だということを
本人は自覚していない。
私とは、似ても似つかない、全く
共通点がない、私の親友。
どうして、愛花と一番に仲良くなったのか、
未だに分からないし当時のことも覚えていない。
今ですら、本当に仲が良いのかも
よくよく考えてみれば自信はない。
けれど、誰よりもそばにいて、
安心感がある存在。
だからたとえ、愛花が悩んでいることなら、
私自身がくだらないと思っても、
真剣に話を聞くくらいはしてやりたい。
私に心の想いをぶちまけることによって、
少しでも気が楽になるのなら。
そう、思って、いつも聞いている。
- 第16音 ( No.161 )
- 日時: 2013/03/21 16:50
- 名前: 歌 (ID: z5ML5wzR)
だから。
愛花の話を聞くだけで、いつもは
自分の感情なんて、どこにもないはず…なのに。
「大高が……この前告白された子と、
付き合ってる、って…」
一瞬、喉が詰まる感覚に陥ったのは、
一体何なんだろう。
大高に想いを寄せている愛花が傷つくのは
当たり前のことだけど、どうして私が
胸に突っかかるような感覚を、感じなければ
いけないんだろう。
どうして、感じているんだろう。
「……そっか」
「…うぅっ」
そんな自分の感情はいつもの得意技ですぐに
消して、泣き始めた愛花の頭に、
静かに手をのせた。
泣き止んだころには、もう周りは
街灯が照らす光だけで。
さすがの夏でも、しっかり日は落ちていた。
「悠……ごめんね、ありがとう」
「ううん、全く本当にお前は手が焼ける。
私がいなかったらどうなっていたか」
「う、うるさい!確かにそうだけど…」
「でさ、愛花さん。お願いがあるんだけど」
「なに?」
「空雅の夏休みの課題を手伝ってやってよ。
気晴らしによくない?それでさ、
29日に花火大会に行くんだ。お前も
強制連行します」
「はぁ!?」
「空雅の課題手伝ってくれたら、花火大会で
好きな食べ物、何でも買ってあげる」
「マジで!?」
「マジマジ。もちろん答えは?」
「やる!約束だからね!」
ようやく、愛花の笑顔を見れて、私も
つられて目を細めた。
すると、私の顔を見たまま顔を赤くして
固まる愛花。
首を傾げて愛花の顔を覗き込んでみると。
「……もうっ!悠って本当にずるいよねー」
そう言って、すぐに目を逸らした。
赤くしていた顔を束の間、すぐに視線を
落として負のオーラを醸し出す。
「え、次は何ですか」
「本当に……悠はいいよなぁ。顔も頭も運動も
何でもできて、羨ましすぎる。悠に
なりたいわーマジで!!」
神様は不公平だ、と口を尖らせて
拗ね始めた愛花に、半ば呆れながらも
その視線を捉えた。
「愛花、雑誌を見てこんなふうになりたいと
思ったり、本を読んでこういう考えに
ならなきゃと思ったりするでしょ?でもね」
両手で愛花の頬を挟んで、軽くつねる。
「自分は自分だから。オリジナルティを
大事にして。外見も心も演出は他人任せじゃ
つまらない。だから、自分を創るのも
自分でしたくない?」
つねったままの顔を、そのままゆっくり
上に向けさせた。
「ほら、白紙の世界で無数の星が舞ってる」
はたから見たら、イチャついている……
レズ、かと思われるかもしれない光景。
そんなことはどうでもいいから、とにかく
愛花に愛花という存在がどれだけ大切か、
分かってほしかった。
どう頑張っても人は、自分でしかなくて、
他人にはなれない。
私でも、自分が嫌になるときはある。
劣化した気持ち、錆びて古くなったその
気持ちは、いつ色褪せるのだろう。
いつ、消えゆくのだろう。
悲しみは黄昏。
誰にも気づかれずに消えていく。
染まる想いもまた、夜と共に消えて
いくのだろう。
私はいつまで朝焼けを見つめることが
できるのだろうか。
ふとそんなことを想いながら、黄昏の
空にため息が放たれることなんて、日常茶飯事。
それでも、理不尽な世界に私はここに居る。
「もしもまた、涙がこぼれそうになったら、
俯かないで、上を向いて泣きな。見上げた空は
ちうも愛花を抱きしめてくれる。深い青で、
優しい黒で、包み込むように。大丈夫、大丈夫って」
大丈夫、それは光る言葉。
頑張って、よりも不思議と、大丈夫、
こっちのほうが救われる。
何の根拠もない、下手したら無責任な発言にも
聞こえるかもしれないけれど。
少しでも心を救えるのなら、本当に
魔法のような言葉だと、私は思う。
「大丈夫。みんな誰かのたった一人、特別な人。
もちろん、愛花は私の特別な人」
上に向けていた顔をしっかり正面に向けて、
愛花の髪を、思い切りかき乱した。
「ちょっ…」
「大丈夫。進んでいこうよ。愛花が今
前を向いている方が、前だから」
「…うん、悠」
「ん?」
「大好き!!!」
「うわっ」
突然抱きついてきた愛花を一生懸命受け止めて、
私も愛花を抱きしめた。
大切な、親友。
自分の周りや自分の中で当たり前にあるもの
ほど、大切なものはない。
『大切ってさ。大きく切る、って書くでしょ?
真っ二つにされる覚悟があるからこそ、その人の
ことを大切にできるんだ。だから僕は、
悠を何よりも大切にしている』
あの人が言った言葉はすべて、ずっと
私の心で生きている。
この言葉のおかげで、私は今、大切なものを
失くさないように大切にできているんだ。
もう二度と、大切なものは失いたくないから。
愛花と公園前で別れた、帰り道。
頭上を見上げれば、夏の大三角形が輝く
星空が、プラネタリウムのようにそこにあった。
この星空に、帰りたい、と。
空に帰ってしまったあの人を心で見つめる。
どう頑張っても、流れることのない私の、涙。
涙の流し方を忘れた今、私はただ過去を
見て見ぬフリをしていくしかない。
それでも過去から学んだ大切なことを、
何一つ落とさないように、しっかり
握りしめていく。
「……ところでさぁ、さっきっから後ろを
付けて来ている人、どなた?」
私が公園に向かってから、今の今まで
後を付いてきていた人間がいたことに
気付いたのは、すぐだった。
何かしてくるんじゃないかと大人しく
待っていたのに、一向にそれらしい素振りを
見せないから、挑発してみると。
路上に止めてあった車の後ろから、1つの
人影が現れた。
……うわ、何だあの人、もろ“スパイです”
みたいな恰好しちゃってるよ。
よく誰にも見つからずに来れたな。
真っ黒のスーツに真っ黒のネクタイ、
おまけに真っ黒のサングラスをかけている、
30代くらいの、男性。
いかにも怪しい感じがにじみ出ている。
「…気付かれているとは思いませんでした」
「あ、きちんと日本語喋ってる」
「………」
「あれ、日本語は分からないの?」
「……いえ、分かりますが」
私の言葉に眉をひそめて、応答に
困惑しているようだ。
あぁ、ビックリしているのかもしれない。
「あなた、誰?どこぞのスパイ?」
「スパイなどではっ…!」
「あ、そうなんだ。じゃぁ、手紙を書いた人か」
「……っ!?」
「よし、図星みたいだね」
「………」
なるほど、これで何となくすべて繋がった。
- 第16音 ( No.162 )
- 日時: 2013/03/23 14:33
- 名前: 歌 (ID: FSosQk4t)
この人はスパイでも誘拐犯でも、悪い人では
なさそうだ。
いや、姿かたちは物凄い悪人に見えなくも
ないけど、きっと玲央の執事みたいな人だろう。
「で、玲央の執事さんが私に何か御用?」
「……いつ、お気づきになりましたか」
「え、今。5秒前」
「……さようですか」
むふふ、なんだかこの人の反応が面白すぎて
もっといじめたくなってくるっ!
でもいい加減、話を前に進めないと。
「まぁ、ここではなんだから、もう少しで
家だし、そこで話しません?」
「………よろしいのであれば」
「そんな堅苦しくなくていいからいいから。
さ、行きましょー」
くるりと踵を返して家に向かって歩き出すと、
その後ろを3メートルほど開けて付いてくる
「玲央の執事」らしき人。
特に怪しそうなものは持っていないみたいだし、
たぶん家に上げても大丈夫でしょ。
いつもの裏口から案内するのもどうかと思い、
一応常備している鍵を取り出して、玄関を開けた。
「どうぞ」
「…………」
中へ入れと促しても、私が入らなければ
入らないつもりなのか、じっと突っ立っている。
仕方なく、私が先に入って靴を脱ぎ、
スリッパに足を通したところで、彼も
中に入ってきた。
スリッパを置いてあげれば、軽く、だけど
堅くしっかり頭を下げる。
「…すご、本当に執事みたい」
思わず零した独り言に、彼は頭を上げて
私を凝視する。
「あはは、ごめんなさいって。まぁ、
適当に座ってください。紅茶とコーヒー、
どっちがいいです?」
「………コーヒー、で」
「了解でーす」
私がコーヒーを淹れいている間、家の
中を隅から隅まで観察をしている。
そんなに見たって、何もない家なのになぁ。
インスタントコーヒーを淹れて持っていくと、
ちょっと驚いたように、コーヒーに顔を近づけた。
「サングラス、曇りません?家の中でくらい、
取ったらどうですか?」
「………コーヒーは、こんなに早く
出来上がるものなのですか」
おい、私の言ったことを無視するな。
と、言おうとしたけれど、ちゃっかりきちんと
サングラスを外している。
……わぁお、なんだ、この人もロシア人
ってことだよね。
青みがかかった、灰色の瞳に通った鼻筋、
色白い肌が、日本人とは違うことを物語っている。
雰囲気では30代くらいだと思ったけど、
こうして見ると全然若い。
彼はコーヒーがそんなに珍しいのか、怪訝そうな
表情でマグカップを見つめていた。
「もしかして……インスタント、知らないとか?」
「……インスタント?」
そうですよね、執事ってことはかなりの金持ちの
ところにしかいないわけで、一般人の飲む
便利なインスタントコーヒーなんて、飲まないですよね。
「説明するのめんどくさいから大人しく飲んでください。
別に変なもの入っていませんから。……あなたが
いつも飲んでいるものとは格段に味は落ちますが」
ちょっと嫌味っぽく言ってみたが、全く
効果はなく、無表情でマグカップに手をつけた。
「さてと、話をしましょうか。まずは
名前、教えていただけません?」
彼が一口喉を鳴らしたことを確認して、
話を切り出した。
「大変失礼致しました、神崎悠様。私は、
ハンディ・ミル・ヴァリスと申します。
ハンディ、とお呼び下さい」
「日本語、うますぎ」
「……ありがとう、ございます」
名前を聞くまではちょっとくらい日本人の
血が流れているのかと思うくらい、日本語が
上手すぎる。
敬語もかなりしっかりしているし、執事って
こんなに堅いものなんだね。
私とのようなやり取りが慣れていないんだろう、
とても困惑しているように見える。
とりあえず、いろいろ聞きたいことがある。
「私の質問に答えてくれますか?」
「はい」
「玲央がロシアで暮らしていた時の執事に
間違いはないですよね?」
「はい」
「あなたが日本に来た日にちと目的を
教えてください」
「……日本に来たのは、つい、昨日のことです。
あの手紙を書いてから2週間ほどしても
お返事がなかったので、参りました」
「そりゃそうですよね。すいません、玲央を
狙う誘拐犯の仕業だと思って無視しました」
「……そう、でしたか」
ちょっと納得したように頷いたハンディ。
今のところ、本当にこの人が玲央の執事なのか、
信じていない。
まだ探りを入れてみないと、下手に玲央の
ことを話せない。
「でも何で玲央の母親を装って、書いたんですか?」
「……女性には、女性の健気で繊細な想いに共感
して頂けると思い、そうさせて頂きました」
「ふーん……じゃぁあなたが日本にいることと、
あの手紙を書いたことは玲央の両親は
知っているんですか?」
「いえ、ご存知ではありません」
「あなたは何のために玲央をロシアに
連れ戻そうとしているんですか?」
「………」
一番、重要なことを聞いてみると、やはりと
いうか、言葉にするのを躊躇しているハンディ。
それでも、この答えを聞かない限り、私は
納得がいかない。
「玲央様の……妹様である、瑠璃様が…」
そこまで言ってハンディは、口をつぐんだ。
「……玲央の妹がどうしたんですか?きちんと
最後まで言ってもらわないと分かりません!」
思わず強くなってしまった口調に、一度
大きく深呼吸をして心を静める。
この様子だと、とてつもなく嫌な予感がする。
「瑠璃、様が……」
「…瑠璃ちゃんが?」
「玲央様に会いたいと、暴れているんです!!!」
………うん、うん。
「あるときは私のスーツを引きちぎるほどに。
あるときは食事をひっくり返すほどに。
あるときは……旦那様と奥様に暴言を
吐くほどにっ!私たちでは手がつかないのです!!」
……玲央の妹って、パワフルなのね。
- 第16音 ( No.163 )
- 日時: 2013/03/24 21:36
- 名前: 歌 (ID: fQORg6cj)
あー…何だろ、何か物凄く疲れたというか、
気が抜けたというか、構えて損した。
「……そんなことで」
「そんなこととはなんですか!!これはとてつもなく
一大事なのです!本当に大変なことに……」
「はいはい、分かりました。よーく、
分かりましたっ。で、何でそれを玲央本人に
直接言わないんですか?」
「玲央様がいたころの瑠璃様はとても可愛く、
女の子らしい、ちょっと我儘な子でしたから。
玲央様に瑠璃様があんなふうになってしまったことを
どうお伝えしたらいいのか、分からなかったのです」
「はぁ…なるほど。で、玲央に戻ってきて
もらえば、また元に戻るんじゃないかと」
「そう、そういうことなのです!」
この人、二重人格?
いや、たぶん今の姿が本来の姿なんだろうけど、
かなりの変容に私も驚いてます。
「でも玲央の両親は知らないんでしょ?
両親から玲央に戻れって言えば早い
話だと思いますが」
「できることならそうしたいですが……あいにく、
旦那様と奥様は玲央様がロシアへ戻ることを
許可できないのです。大旦那様が、それを
頑なに拒んでいますので……」
「その話については玲央から聞いているので
何となくわかりますが。でももし、こっそり
玲央がロシアに戻ったとしても、ずっと
あっちで暮らすことはできないでしょう?」
「いえ、そこは私が何とかいたします。定期的に
瑠璃様を玲央様のお住まいにお連れし、そうする
ことで、瑠璃様のマインドコントロールを
図るつもりです」
この流れはつまり……玲央はロシアに
戻ることが絶対、だと?
「でもどうして私が玲央を説得するんですか?
残念ですけど、今の話を聞いても私は
玲央を説得するつもりにはなりません」
「ど、どうしてですか!?玲央様が瑠璃様に
会いたがっていることもご存知でしょう?
玲央様もお戻りになりたいと思って……」
「本当に、そう思いますか?」
「……っ」
「あなたは、玲央自身に決めさせたら、ここに
いたいと言う可能性が高かったからこそ、
私に説得するように言っているんじゃない?」
「……その、通りです。神崎悠様、玲央様が
あなたを大変慕っていることは存じております。
ですから、その神崎様が説得するほか、
玲央様がロシアにお戻りになることはないと
考えたのです」
いやいや、なんかこの人、かなりの
勘違いをしているみたいだけど。
「あのー、失礼ですけど、玲央は私が言った
ところでロシアに帰ることはないと思いますよ?」
「……は」
「むしろ、どうしてだ、と怒ると思います」
「玲央様が……怒る?まさか、あの玲央様が…」
「いやいや、普通に玲央は喜怒哀楽、見せるし。
嫌なことは嫌、って私の言葉に反抗することも
全然ありますけど」
ぽかーん、と。
執事がするような表情ではないものを、
気付いているのかいないのか、露わにする
ハンディ。
「何なら、試してみます?今の話を全部玲央に
言って、私が玲央に説得をしてみる。
そうして玲央がなんて言うか」
「そ、それは……」
「私は、愛しているものがあったら自由にして
あげるのが普通だと思います。もし帰ってくれば
私のもの、帰ってこなければ初めから
私のものではなかったと、そう思うから」
「………」
ハンディの目をしっかり見据えて、
私の想いを真っ直ぐに伝える。
それをハンディは、ちょっと瞳は揺れながらも、
しっかり逸らさずに受け止めようとしてくれた。
「ふっ……」
しばらくの沈黙の後、視線を落として
笑みを1つ零したハンディ。
顔を上げて、初めて見る彼の笑顔は。
「神崎悠様、本当にあなたはすごい方だ」
とても。
甘くて、セクシー、だった。
その甘い笑顔も一瞬。
バンッ、と物凄い音が後ろからして
慌てて振り返ると。
裏口のドアから、息を切らして焦った
表情でこちらを見つめる、玲央が、いた。
そしてなぜだか、後ろには大和と煌もいて、
初めて見るような、恐ろしい顔をしている。
「……え、どうしたの」
状況が全く分からずに、首を傾げてみると、
ズカズカと私の座っているソファまで
来た玲央は、そのまま。
その、大きな腕で、私を抱きしめた。
『ハンディ!!!どうしてここにいる!?
彼女に何もしていないだろうな!?』
突然、私には理解不能な言葉で声を
荒げた玲央。
怒鳴っている姿なんて見たことなかったから、
ビックリしてすぐ近くにある玲央の横顔を
凝視してしまう。
『と、とんでもありません!玲央様、私は…』
たぶん、ロシア語であることには
間違いないと思うけど、こうしてみると
やっぱり玲央は他国の人間なんだと。
少し、距離を感じて、寂しさにも似たような
感情がじわじわと押し寄せてきた。
『1人暮らしの女の子の家に上がるなんて
どういうことか分かってるのか!?
きちんと説明してもらうから』
『れ、玲央様……申し訳、ありませんでした』
「玲央!!!」
その玲央の叫びようとハンディの青白い
顔を見て思わず、玲央の名前を呼んだ。
「……悠」
「玲央、私は大丈夫だから。ごめんね?
きちんと話さないといけないし、
とりあえず落ち着いて?」
「……ん」
やっと、いつもの玲央に戻ったことに、
胸を撫で下ろした。
そして後ろで玲央の叫び声に驚きながらも
ハンディを強く睨みつけている、大和と煌。
「大和、煌。座って話、しよう?」
どうして3人が血相を変えてここに来たのか、
全く分からない私に、ハンディを少し
勘違いしている3人。
きちんと話をしないと、いけない。
ようやく全員が落ち着いてソファに座った
ところで、私が話を切り出さなければ
また険悪なムードになることに気が付いて。
1つ、息を吸った。
「えっと、まずどうして3人が怖い顔して
飛び込んできたのか、知りたいんだけど」
「俺が見ていたんだよ。悠の家にいかにも
妖しそうなこいつが中に入るところを。
で、すぐにこいつらにも連絡したってわけ」
「大和から連絡をもらって俺はたまたま
近くに来ていたからすぐに向かったんだ。
そしたら玲央がもしかしたら、知っている
やつかもしれないからって」
「…俺が、着くまで待ってて、もらった。
でも……ハンディだとは、思わなかった。
俺を狙う、誘拐犯たちかと、思ったんだ」
「だからあんなに急いで入ってきたんだね。
分かった、ありがとう。あと、ごめんなさい。
心配させて」
大和が家の目の前だってことを、すっかり
忘れていたから、変な勘違いと心配を
させてしまったんだ。
明らかに、私のミスですね。
「で、この人は誰だ?」
「ハンディ・ミル・ヴァリスと、申します。
玲央様のいわゆる、執事をしていた者です。
この度は大変なご迷惑をおかけして、
申し訳ありませんでした」
大和の鋭い目つきにハンディは堅く
頭を下げた。
「別にハンディは何も悪いことなんてして
ないから、勘違いしないでね!ちょっと、
玲央の話をしていたんだ」
「俺、の…?」
眉間にしわを寄せて不満そうな顔をする玲央たちに、
黒い封筒が届けられたところからすべて、話した。
- 第16音 ( No.164 )
- 日時: 2013/03/26 17:38
- 名前: 歌 (ID: CejVezoo)
話し終えたときに、玲央は妹の心配を
するかな、と思っていた、のに。
大和と煌と同じような、顔をして。
「………どうして、もっと早く、
言わなかったの…」
怒り、呵責、悲しみが入り混じった瞳を
ぶつけられて、視線を逸らさずにはいられなかった。
「悠、今回のことが、たまたまハンディさんで、
誘拐犯とかじゃなかったからよかっただけ。
もし、本当にそういうやつらだったら、
どうしていたつもり?」
「いつものように何とかなるかなぁ…って」
「はぁー……」
煌の叱るような口ぶりに顔を引きつらせながら
答えると、盛大なため息を返された。
あぁもう、こういうの本当に苦手だから
なるべく回避したいんですけど。
「まぁ、今回は本当にハンディさんが困って
いたみたいだし、大目にね?で、玲央は
今の話を聞いてどう思った?ロシアに帰る?」
まだ納得していない表情の玲央に無理やり
質問すると、ちょっと考え込む素振りを見せた。
ハンディは玲央のいろいろな表情をあまり
見たことがなかったんだろうな。
明らかに玲央の動作1つ1つに動揺を隠せずにいる。
「帰ることは、絶対に…ない。俺は、ここが
好き、だから。瑠璃のことは……日本に、
連れてくることは、できない?」
「瑠璃様を日本に…?それは本気でおっしゃって
いられるのですか、玲央様」
「……ん。父さんと母さんが、許せばの、
話なんだけど。俺のそばにいないと……
みんなが、困ってるんでしょ?」
「それは…そうですが……。瑠璃様を日本に
連れてこられてどうするんですか?」
「もちろん、一緒に、住む」
わぁお、玲央くんが爆弾発言してるよ!
でも確かに玲央がいないとダメな瑠璃ちゃんを
大人しくさせるには、それが一番
いい方法だと思うけどなぁ。
そう簡単にいかなさそうなのが、現実だ。
瑠璃ちゃんはまだ小学生だし、両親と離れて
暮らすことでさえ、少なからず葛藤はあるはず。
ましてや、住み慣れた土地を離れて、全く
知らない他国で暮らすなんて、いくら
大好きな玲央とだからって、普通は無理だ。
「俺には難しい話はわかんねぇけどさ。
とりあえず、玲央自身がロシアに帰ることは
絶対にないって言ってるんだし。あんたは
一度、玲央の妹と話してみたら?」
「そう、ですよね…」
大和の言葉に、ハンディは肩を落とした。
「それとハンディさん。俺たちにとって、玲央は
とても大切な仲間なんです。だから、そう
簡単にロシアに返すわけにはいきません。玲央
自身が帰りたい、と決断しない限りはね」
煌の言葉に、玲央は照れた顔を隠すように俯く。
ハンディも知らない玲央を知れたことが
嬉しかったのか、表情を緩めた。
「そうだよ、玲央。私たちにとって本当に
玲央は大切なんだ。仲間みたいな、家族みたいな、
そんな存在。だから『大切』を大切にしたい」
俯かせていた顔をゆっくり上げた玲央の、
左目にかかっている前髪を、そっと横に寄せて。
綺麗な青色の、瞳を。
見つめた。
「でも、私たちが玲央を大切に思うのと同じで、
玲央は瑠璃ちゃんを瑠璃ちゃんは玲央を大切に
しているんだよね。それに、ハンディも」
「神崎、様……」
「玲央も分かっているはずだよ。ハンディが
玲央を心配して日本に来てくれたこと」
「……っ」
意表を突かれたように、玲央の瞳が泳ぐ。
きっと玲央は、ロシアの家でもとても
大切にされていたんだと、思う。
じゃなかったら、こんなに綺麗な心を
持つ人間には育たない。
「玲央、一度ロシアに帰って、両親とおじいさんと
きちんと話をしてきたら?瑠璃ちゃんとも
会いたいでしょう?それから瑠璃ちゃんと
日本で一緒に暮らすかは決めればいいと思うよ?」
今にも泣き出しそうな、玲央の瞳。
それでも、このまま大切な家族とぎくしゃく
したままなんて、絶対に私だったら嫌だから。
ちょっと、寂しくなるけれど、玲央には
きちんと向き合ってほしい。
「悠…っ!」
弾かれたように身体を震わせて、私の
手を握り、そのまま玲央の匂いに包まれた。
小さく嗚咽する玲央の、大きな背中を、
小さな子供をあやす様に、優しく撫でる。
大和と煌はちょっと驚いているようだけど、
大丈夫、と微笑むと。
頷いて、微笑み返してくれた。
「俺、きちんと……片付けてくる」
「うん」
「どのくらい、かかるか分からない、けど…。
待ってて、くれる?」
「当たり前でしょ?玲央が帰ってくる場所は
誰が何と言おうと、ここだから。
みんなで待ってるよ」
「そうだな。玲央、安心して行って来い」
「帰ってこなかったらロシアに乗り込みに
行くから覚悟しとけよ」
「……煌、大和」
「きっと空雅も日向も築茂も、分かってくれるから
大丈夫だよ。玲央は玲央がやるべきこと、
しっかりやってくればいいの」
「悠……本当に、ありがとう」
そして、もう一度、強く抱きしめた。
「あ、でも空雅の誕生日までには戻ってきてよ?
みんなでお祝いしなきゃ、意味ないし」
「ん。約束、する」
「じゃ、指切りげんまんしよっ!」
お互いの小指と小指を絡めて、
『ゆーびきーりげーんまーん、うーそ
つーいたーらはーりせんぼんのーます!
ゆーびきった!』
目には見えることのない、約束をした。
すっかり夜も更けた、時間。
近くのリゾートホテルに泊まっている
と言うハンディを、玄関まで見送る。
「本日は、本当にありがとうございました」
「いいえー。気を付けて帰って下さいね」
「はい。……ロシア行きへのチケットは
本日中に取っておきますので、玲央様、
またご連絡致します」
「ん。分かった」
「では、失礼いたします」
堅く、でもどこかスッキリしたように
頭を下げたハンディ。
「あ、それと」
ドアに手をかけようとして振り返った
ハンディの手が、私の手首を掴んで、
ぐい、と引き寄せられて。
「神崎悠様、私の言った通りにして下さり、
本当にありがとうございました。
さすがでございました」
耳元で、そう、甘い声で囁かれた。
「何の、ことですか?」
私も負けじと微笑み返す。
「ハンディ!!」
玲央の叫び声に、慌てて私の手を放して
距離を作ると。
「失礼いたしました。では、御機嫌よう」
最後に意味深な笑みを残して、
黒い怪しげな、それでもどこか
セクシーな男は。
扉の外の夜に、消えて行った。
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