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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第22音 ( No.213 )
日時: 2013/05/15 21:43
名前: 歌 (ID: HW2KSCh3)



「ありがとうございます!でもちょっと
 あいつらに見せるの、恥ずかしいかも……」



最後のほうは完全に独り言になりながらも、
ムウさんはしっかり聞いていたみたいで。


甘い笑顔とは呼べない、静かな微笑みを
張り付けているだけ。



「本当に、お似合いです。……誰にも見せたく
 ないほどに」



ちょっと低くなって囁くようにムウさんの
口から零れた言葉には。


「え、何か言いました?」

「いいえ」


聞こえないフリを、した。



それから私たちは昨日のことも、さっき
までのこともお互いになかったかのように
普通の会話をする。


時計の時刻はしっかり刻まれていて、7時前に
なるとぞろぞろと奴らが姿を現した。


「悠?早いね……ってえぇ!?」

「おはよう、煌」


そりゃ驚くのも無理はないと思う。


昨日の髪型も私らしくなかったけど、今日のは
一段と私からはイメージできない髪型だし。


自分では似合ってるのか似合ってないのか
分からないけど、ムウさんは似合うと思って
やってくれたんだから簡単に崩すわけにもいかない。



「おはよう……もしかして、ムウさんが?」

「うん、そう。ちょっと早く起きすぎて
 暇していたからさ」

「か、可愛いね…っ……」



おぉ!?


あの煌が全く視線が留まらずに、頬を
赤くして照れているぞ!!


いいねぇ、爽やかスマイルの下にはこんな
可愛い表情も隠れていたのか。



「ありがとう」



心から思って微笑めば、さらに顔を赤くさせて
動揺しながら、おぼんとお箸を取った。



やっぱり私って、ドSなんだなぁ。


普通の可愛い可愛い女の子、ましてや漫画や
小説の主人公は必ずと言っていいほど、
天然小さいドMでしょ?


そんな子が今煌に言われたことを真に受けたら
顔を真っ赤にして、恥ずかしがるんだろうな。


……私は全くならないんだけど、ね。



ふっ、と心の中で苦笑を漏らして、私も
席を立ってフルーツを取りに行った。


次々と現れた寝坊助たちは私を見ては、こすって
いた目をぱっちり開けて驚愕している。


そこまで驚かれるとなんだかいつもの自分が
どれだけひどいんだろう、って思ってきたよ。


大和と築茂以外、褒めてくれたんだけど、
どうしてだろうね。


この2人は、不機嫌。


似合ってるけど、と言葉を濁した大和は
すぐに目を逸らして取り皿にてんこもりの
ご飯をよそっている。


築茂は無言のまま、何故か私の後ろにいる
人物を軽く睨んでバイキングを取りに行った。



すでに席に座っていた私は、後ろを振り返って
みるとムウさんがいつもの変わらない微笑みを
しているのを見て。


慌てて、顔を前に向けた。


フランスに来て3日目だというのに、この
空間は全く違和感も何もない。


もともと、私の家でもこんな感じだったし
早速慣れている。


いつもと何ら変わりはない会話をしながら
食事を終えたら、ムウさんが今日の
連絡事項をしてくれる。


今日は10時に風峰さんと講師の方が来て、
いろいろと決めたり、練習をするらしい。


……よし、これから本格的に始まるから
気合を入れて頑張らないと。




そして風峰さんがご到着。



「紹介しよう。こちらはフランスで有名な
 音楽大学で講師をしておられる、シェルロ
 先生だ。日本語は分からないから通訳を
 するよ」


これまた流暢なフランス語でシェルロ先生に
私たちを見ながら説明をしている。


こげ茶色の髪に白い肌には髪色と同じ髭が
生えていて、はっきりとした顔立ちが
フランス人らしい。


年齢は風峰さんと同じくらいかな。



「それでは、始めようか。まずシェルロ先生に
 君たちの音楽を聞いてもらってから、何の
 曲をするかなど、決めよう」

「はい」


すぐに私たちは楽器を用意して、何の曲に
するか話し合って一番短い曲にした。


風峰さんたちが来る前に軽くアップはして
おいたからチューニングだけをして。


私はピアノの前に、座った。



どんな場所でも、だとえ聞いている人がたった
1人でも、私たちは今できる最高のものを
その人に届ける。


二度と同じ時間はないし、全く同じ演奏は
もうできないんだから、その時その時の
演奏を大事に。


適当に奏でていい音なんて、1つもない。




「C'est merveilleux!!」




うぉ!?


すんげぇフランス語を喋ってるけど、何て
言ったのか全く分からない。


いきなり立ち上がって拍手をしたシェルロ
先生に、私たちは唖然として目をぱちくり
させていた。


「はっはっはっ!素晴らしいと感激しているよ。
 予想外だったんだろう」


風峰さんが通訳してくれたけど、そこまで
大袈裟に反応してくれるとは。


それからもまたベラベラと喋るシェルロ先生に
風峰さんも相槌を打ちながら、私たちに
通訳をしてくれた。



「バランス、1人1人の技術、音の厚み、どれも
 素晴らしいそうだ。まだ若いのにすごい。
 私がスカウトするだけのことはある、と
 言っている」

「あ、ありがとうございます」


あまりにシェルロ先生の喋りに勢いがありすぎて、
ちょっと圧倒されながらも、小さく笑ってお礼を
口にした。



もちろん、私たちにも欠点があるわけで。


シェルロ先生は真剣な表情で何を言っているのか
分からないけど、改善すべき点もしっかり
述べてくれた。


風峰さんによると、サックスの2人は息を
吸うタイミングを合わせること。

弦楽器はもう少しビブラートをつけると
さらに曲全体に柔らかさがでること。

テンポをもっと的確にすること。


など、私たちにはまだまだできていない
ことがあることも忘れてはいけない。



それを素直に受け止め、これから改善して
いくのが目標でもある。


一度楽器は置いて、何の曲をやるのか
私たちで話し合うようにと言われた。


自分たちの好きな曲、やっていて一番
気持ちがいい曲、人に伝えたいことがある曲、
思い入れのある曲、感動する曲。


合計5つを選出するように、そう言って
風峰さんとシェルロ先生は何やら2人で
フランス語で話し始めた。


私たちは言われた通り、これまでやってきた
すべての曲を1つ1つ思い返していく。


それぞれの意見を出し合いながら、ぶつかり
ながらも、約30分で決められた。


コンサートで披露する曲だからかなり慎重に
選んだし、本当はどの曲も1つ1つ意味があるもの。


その中から選ぶのはとても難しかったし、
どれも捨てがたい気持ちもあったけど、特に、と
思うものを選んだ。



風峰さんたちに報告をして、その曲を
すべて今から披露するように、と言われ
もう一度楽器を構える。


私たちに、楽譜はない。


もちろん私が作曲をするときは忘れないように
紙に記しておくけど、実際に演奏しながら
追加したり減らしたり、としているせい。


だから全部身体と頭が、覚えている。


その曲ごとに、注意すべきところや強弱
などをメモした紙はあるけれど、今は
もう見る必要もない。





第22音 ( No.215 )
日時: 2013/05/15 22:12
名前: 歌 (ID: 6kBwDVDs)



全ての曲を披露し終えたところで、
風峰さんとシェルロ先生から褒めの言葉と
これから毎日する練習方法などを教わった。



……やっぱり、講師がいるのと
いないのとじゃ全然違うんだな。


ちょっと前の私なら、自分の音楽は
自分でやるって思っていたから、
先生とか講師とかいらないと思っていたけど。


それだけじゃ、物足りないことを
次第に学んではいた。


やっぱり専門家の意見というものは、
私の考えを遥か通り越していて、
衝撃を受けるものばかり。


こんな方法もあるんだ、とか。
こうすればよかったんだ、とか。


自分たちでは絶対に気付かないような
ことにも、当たり前のように口にする
シェルロ先生。


新しい知識を教えてもらうことが、
こんなにも楽しくて心が熱くなるもの
だとは、思わなかった。


1つ1つの言葉をもらうたびに、
どんどんいい方向に進んでいるのが
手に取るように分かる。


まだ、たった1日だけなのに。



気付けば時間と言うものはあっという間に
過ぎていて、夕方の4時になっていた。



「あれ、もうこんな時間か。いやぁ、
 あまりにもやりがいがあって私もシェルロ先生も
 熱くなってしまったよ。疲れただろう」

「いえ!こちらこそ本当にありがとうございます!
 すっごく勉強になるし、とっても楽しいです」

「そうかそうか!それは嬉しい。君たちには
 とても期待しているんだ。もう関係者には
 話も終わっていてな。楽しみにしている人は
 大勢いるんだよ」

「うわぁ……頑張りますっ」



ちょっと興奮気味に言うと、風峰さんも
嬉しそうに目元にシワをつくる。


そっと私の頭を優しく撫でて、
シェルロ先生にまた何か話をし始めた。



「よし、今日はここまでにしよう。明日は
 今日改善すべきところですぐにできそうな
 ところができているか、チェックをする」

「分かりました。必ずできるようにしておきます」



煌がはっきり、自信を持って言うと、
風峰さんは深く首を縦に振った。





「ふがぁ〜……づかれだー…」




風峰さんとシェルロ先生が帰ってすぐに、
空雅はだらん、と机に身体を預けた。


お昼休憩は取ったけど、合計5時間も
楽器を吹いたのは、空雅は初めてかもしれない。


すぐに集中力が切れるせいで、よくても
2時間くらいしか持たないし。


やっぱり、あんな本格的な講師を目の前にしたら、
逃げたくても逃げられないよね。



「お疲れ、空雅。夕食までは漫画読んだり
 DVDでも見てれば?夜になったら今日、
 言われたことをやらないと」

「はぁ?まだやんのかよ……」

「だから今のうちに休んでおけって。
 少し寝たりすればやる気も戻るかもよ」



煌に頭をポンポンとされながら、
口を尖らす空雅はお子様そのもの。


膨れる空雅に苦笑しながらもなだめる煌は
やっぱりずっと大人だなぁ。



食事会場で飲み物を飲んでくる、と煌と
大和と空雅は出て行って。

玲央は漫画を読むためにロビーへ、
築茂は風呂に入ってくる、とそれぞれ
行動をし始めた。


フランスに来て分かったことは、築茂は
大の温泉好きで、建築物にもかなりの
興味があるということ。


あの冷徹人間だった築茂にも音楽以外に
好きなものがあったことを発見できて、
ちょっと嬉しくなってたりする。


私はまだピアノとバイオリンの練習を
したいから、その場にいる。


ちら、と日向を見て見ると、何やら
テナーサックスの手入れをしていた。



「…あぁ!リード、割れちゃった……」



今日言われたことのメモが書かれている紙を
見ながら、どこから練習しようか考えていると。


珍しく叫び声を上げた日向の方を見て見ると、
ショックを受けたようにしょぼくれている。



「日向?リード割れちゃったの?」

「……あぁ、練習の邪魔だったね。ごめん」

「ううん、全然大丈夫だけど」

「使いやすかったリードだからちょっと
 ショックかも……。まぁ、変えはかなり
 持ってきたから大丈夫なんだけどさ」



眉を下げて笑った後、また手入れの再開を
始めた日向に心の中で頑張れ、と念じて
練習に取り掛かった。




アルペジオの激しい動きをゆっくり、
1音1音確かめるように練習をし始めてすぐに、
日向のテナーサックスの音が聞こえてきた。


日向もこのまま、練習を続けるらしい。



「悠、悪いんだけどEの音程、聞いてもらえる?
 この音程、どうしても苦手意識が出ちゃって
 自信もってできないんだよね」

「うん、分かった。この音ね」


Eっていうのはドイツ音でエーと読む。

私はピアノで『ミ』の音をオクターブで弾いて、
音程に耳を澄ました。


「う〜ん……だんだん合っていくんだけど、
 どうしても息を吸ってすぐに出した音が
 不安定かな。最初から音程がぴったり
 はまるようになるといいんだけど」

「やっぱり?今まで隠す様にしてきたから、
 何としてでもここで出来るようにしないと
 まずいよね」

「まぁ私もそれはあるよ。何となく
 やってきたことが、通じなくなる世界に
 来ちゃったんだし」

「そうだよねぇ。やるからにはこれも克服しないと!
 ありがと、悠」

「うんっ」



そしてそれから1時間したところで、私は
ピアノの練習を一度切り上げた。


練習をしている間、ずっと私と日向だけで
他はそれぞれ好きなことでもやっているんだろう。


早めのお風呂に入って来ようかな。




今の時間帯なら丁度露天風呂から夕日とか
見えるかもしれない。


ピアノを綺麗に片付けて、メモした紙を手に
部屋へと戻ろうとしたら。



「悠、どこに行くの?」



日向の声に、足を止めた。



「ん?部屋に戻ってこれ置いてきたら、
 お風呂にでも入ろうと思って」

「そうなんだ。早いね」

「今なら露天風呂から夕日が見えるかなと思ってさ」

「あぁ〜それはいいねぇ。夕日に見とれて
 のぼせないようにね?」

「ははっ。私に限ってあり得ないから大丈夫」



相変わらず心配性な日向にピースサインを
向けて、今度こそ部屋に戻ろうとした。


けれど。


がし、と腕を掴まれて振り返ると、
さっきと何ら変わらない笑みを浮かべてる
日向と、目が合った。




「どうしたの?」

「……うん。お風呂入って夕日見れたら写メ、
 撮ってきてよ。そしたら俺、部屋にいるから
 見せてくれない?」

「それならメールで送るよ?」

「いや、今俺の携帯、画像つきのメールが
 容量オーバーで見られないんだ。
 だから赤外線で送ってほしい」

「あぁ、そうなんだ。分かったよ、
 お風呂から上がったら日向の部屋、行くね」

「ありがとう。あ、水没しいないように
 気を付けてよ?」

「はいはい。全く日向は心配性なんだから」


苦笑しながらも、手を離してくれた日向に
手を振って、そのまま部屋へと戻った。



一応、携帯が水没しないようにタオルに
くるんで、露天風呂を見て見ると。


やっぱり綺麗な夕日が、そこにいた。


オレンジ色の夕日を浴びた、
ラベンダー色の雲が浮かんでいる。


……こんな綺麗な空、今まで見たことが
ないかもしれない。


今の私の心の空みたい、なんちって。


ぼちぼちだけど、私の心はあの時から
成長しているんだと思う。

自分の生きることを味わうんだから、
成長が遅くても別にいいよね。


心が急に変わると寂しいから、
少しずつでいいかなって。


するすると、変わって行こうと思うんだ。


気になることはたくさんあるし、
本当はまだ疑っている自分もいるけど。

今はこの夕日を写真に収めて、早く日向に
見せるのが何よりも最優先だと思うから。


余計なことは考えずに、ひたすら
夕日を形に残した。



本当はもう少し見ていたい気もするけど、
こんな綺麗な夕日を独り占めする気にもなれなくて。


早く日向に写真を見せてあげたくなって、
すぐに露天風呂を出た。



シワ1つ無い綺麗な浴衣に袖を通して、
帯を締める。

毎回、綺麗に畳まれている浴衣と、いい
匂いがするタオルはお手伝いさんらしき人が
昼間来て、やってくれているらしい。


心の中でありがとうございます、と呟いて
髪の毛を乾かそうか迷った挙句。


時間がかかるからやめることにして、
小走りで日向の部屋に向かった。




第22音 ( No.216 )
日時: 2013/05/16 21:22
名前: 歌 (ID: 3z0HolQZ)


一応、携帯が水没しないようにタオルで
くるんで、露天風呂を見て見ると。


やっぱり綺麗な夕日が、そこにいた。


オレンジ色の夕日を浴びた、ラベンダー色の
雲が浮かんでいる。


……こんな綺麗な空、今まで見たことが
ないかもしれない。


今の私の心の空みたい、なんちって。


ぼちぼちだけど、私の心はあの時から
成長しているんだと思う。

自分の生きることを味わうんだから、成長が
遅くても別にいいよね。


心が急に変わると寂しいから、少しずつで
いいかなって。


するすると、変わって行こうと思うんだ。


気になることはたくさんあるし、本当は
まだ疑っている自分もいるけど。

今はこの夕日を写真に収めて、早く日向に
見せるのが何よりも最優先だと思うから。


余計なことは考えずに、ひたすら
夕日を形に残した。



本当はもう少し見ていたい気もするけど、
こんな綺麗な夕日を独り占めする気にも
なれなくて。


早く日向に写真を見せてあげたくなって、
すぐに露天風呂を出た。



シワ1つ無い綺麗な浴衣に袖を通して、
帯を締める。

毎回、綺麗に畳まれている浴衣と、いい匂いが
するタオルはお手伝いさんらしき人が
昼間来て、やってくれているらしい。


心の中でありがとうございます、と呟いて
髪の毛を乾かそうか迷った挙句。


時間がかかるからやめることにして、
小走りで日向の部屋に向かった。



やっぱりこんな広いペンションにムウさんも
合わして8人だけっていうせいか、ひっそりと
しているし、誰かとすれ違う可能性も少ない。


迷うことなく日向の部屋に着いて、軽く
ノックをすると、中から返事が聞こえてきた。



「……結構、早かったね」

「うん!とっても綺麗な夕日が撮れたから
 早く見せたくって」

「ふふっ、そうなんだ。ありがと」



まだ私服の日向は勉強でもしていたのか、
机の上には参考書とノートとペンが
綺麗に置かれている。


勉強熱心、だなぁ。

それもそっか、今年受験なんだし、本当は
こんなところにいる方が不思議だもん。



「はい。喉、乾いたでしょ?」

「ありがとっ」


お風呂上りに飲むのは必ずミネラルウォーター
だと知っている日向は、冷えたペットボトルを
差し出してくれた。


ごくごく、と喉を鳴らすとやっとスッキリ
したって感じになる。



「ふぅ〜。日向、勉強と音楽の両立って大変?」

「んー……別にそんなことないよ。音楽が
 うまく行っている時のほうが、勉強も
 はかどるからね」

「そうなんだぁ。そういえば、どこの大学、
 受けるの?」

「実はまだ迷ってる。………本当は、音楽大学に
 進みたいと思ってるんだけど」

「えぇ!?マジで?」


日向の成績ならどこの大学にでも行けるんだろうけど、
音楽大学だとは思わなかった。


お父さんがかなり反対するだろうし、今は
どんな関係なのかよく分からないけど、
まだお母さんのことが振りきれてないはず。



「うん。相変わらず父とは話すこともない
 日々だけど、日本に帰ったらしっかり
 伝えようと思う」

「……そっかぁ」

「悠たちのおかげなんだ」

「えっ?」


お互い、無意識に日向のベッドに肩を並べて
座っている。


日向の横顔がどこか遠くを見つめているようで、
一体何のことだから分からず、聞き返した。



にこ、と優しく微笑んだ日向は、ボスッと
そのままベッドに仰向けに倒れた。


「本当はずっとずっと、プロのサックス奏者に
 なりたかったんだ」


頭の下で両手を組んで天井を見ながら呟く。

私はベッドに座ったまま、静かに日向の
声に耳を傾けていた。


「でも父は弁護士だから勉強は絶対で、母が
 亡くなってからはもう音楽とは離れないと
 いけないって……何度も忘れようとしたけど、
 全然ダメだった」

「……うん」

「そんなときに悠からアンサンブルコンサートの
 招待を受けて、大和の演奏を聞いて……
 あれは本当に衝撃だったなぁ」


うわ、懐かしい。

アンサンブルコンサート、私が大和と日向の
仲を少しでも変えたいと思って強行したんだっけ。

人間が嫌いな築茂と人間に興味のない玲央に
何かを感じてもらいたくもあって。


確かあれは、6月4日だったはず。


あれからまだ5か月ほどしか経っていないのに、
だいぶ昔のことのように思える。


「悠のことは広報委員会に入る前から知ってたよ。
 音楽の才能も勉強もスポーツもずば抜けて
 よかったからね。学校でも他行でもかなり
 有名人だったし」

「……あはは」

「そんな悠が気になって仕方なかった。確かに、
 その容姿と気さくな性格から悠を気にしていた
 男はかなりいたけどさ」


うん、初耳初耳。


「でも俺はそんなんじゃなくて、悠の心に
 興味があったんだ」

「私の、心……?」

「うん。一体どんな心でいつも音楽を奏でていて、
 どこからそんな才能が出てくるのかなって。
 ずっと羨ましく思ってたから」


全然、知らなかった。


私なんて日向のこと、広報委員会に入るまで
全く知らなかったし、知ってからもただの
どっかの国の王子様的な感じで見てたし。


本当、失礼な奴だな。




「だから悠とここまで親しくなれて、今一緒に
 音楽をできているのが、まだ夢みたい」



くすくす、と本当に嬉しそうに笑う日向に、
私も無意識に頬が緩んでいた。


「だからずっと、忘れかけていた夢を悠たちと
 一緒に過ごすことで、その想いがまた
 膨らんできたんだ。やっぱり父からも自分からも
 逃げちゃダメなんだって」

「うん。日向はいろんなことから逃げたかも
 しれないけど、逃げて分かったことがあるんだね」

「本当に、そうかも。悠たちのおかげで、俺は
 また自分と向き合える。本当に……ありがとう」


身体を起こして、真っ直ぐな瞳で優しく
零れた言葉が、すーっと心の中に波紋を広げる。


あの時、余計なお世話かなと思いながらも
アンサンブルコンサートに日向を招待して
いなかったら、この言葉も、今ここにいる
日向も、あり得なかった。


たった1つの言葉が、行動が、今に繋がっている。


すべては偶然でも必然でもなくて、私たちの
意思で出来上がっていた。





しばらく、お互い微笑みながら見つめ合って。


「あっ!」


何のために日向の部屋に入ってきたのか、
すっかり忘れていた私は、弾かれたように
携帯を手に取った。


「写メ、忘れてた!」

「あははっ、本当だね。見せて見せて?」


日向も忘れてたらしく、ちょっと頬を赤く
染めながら私の携帯を覗き込む。


「これ!」

「うっわぁ………すっごく、綺麗…」

「でしょ?」

「うん」


そう言ってお互いの顔の距離を、ようやく
自覚する。


肩は隙間がないほどに密着していて、日向の
王子様フェイスは目の前。


そのまま顔を近づけたら、キス、しそうな。



「………悠……」



日向の口から零れた、私の名前を呼ぶ
甘い甘い、声。


そっと、日向の手がまだ湿った私の髪が頬に
はりついているのを、そっと整える。


ヒヤッとした、日向の。
手の感触が、妙に。



色っぽかった。




第22音 ( No.217 )
日時: 2013/05/17 20:37
名前: 歌 (ID: jhXfiZTU)



もう見慣れたはずの日向の甘いフェイスも、
ここまで近くで見るとやっぱり鼓動は
生理的に早くなるもので。


ダメだ、と分かっているのに、身体は
硬直したまま。



「………どうして、こんな格好で男の部屋に、
 簡単に入ってきたの…?」


「え……?」



切なそうな表情で言った日向吐息を、
顔で感じる。


どうしてそんなに綺麗な色素の薄い茶色の
瞳が揺れているのか、分からなかった。



「俺のことを……男だと、思ってないの?
 こんな悠を目の前にして、俺なら大丈夫、って
 我慢できるとでも思ったの……?」



あぁ、そっか。


日向はただ純粋に夕日の写メを見せて
ほしかったわけじゃなくて。


私のことを、試したのかもしれない。



普通なら男の部屋に、風呂上りに、同じ
ベッドに座るなんてどうかしてる。


何にもないわけ、ないのに。



そのまま日向の左手は私の頬に、右手は私の
肩を掴んだまま。


そっと、ベッドの上に、押し倒された。



「……日、向…?」



覆いかぶさるようにして私を見下ろす日向の
表情は、ずっと切なそうに歪んでいる。


それでもどこか、何かに葛藤している
ようにも見えて。



「………好きだよ?」



降ってきた、掠れた声。


私の頬を愛おしそうに触れる日向の手が、
唇を優しく、なぞる。



そのまま。
日向らしい、優しいキスが。



落とされた。




すぐに離された唇には、しっかり日向の
キスの感触が残っている。


まだ切なげに私を見下ろす日向の、瞳。



「……ずっとずっと、好きだった…」



ダメだ、このままだと日向は理性を抑え
きれないし、私が止めないと。


「日向…っ……どいて!」


私の左頬をなぞる日向の手をきつく握って、
まだ揺れている瞳を見据えながら、ちょっと
強く発した言葉。


日向は一瞬、目を見開いてからすぐに、
ぐっと眉を寄せて。


私の手を、思いっきり、握り返した。



ずき、と手に軽い痛みが走ったけど、表情には
出さずにただ真っ直ぐその瞳を見つめる。



「嫌だ、って言ったら?」


「…っ……それでも、どいて」



揺れていた瞳は私のその一言で、怒りと嫉妬で
染まっていた。



「絶対に、離さない。悠が悪いんだよ……?
 こんな格好で、こんな甘い匂いさせて、
 それで俺に我慢しろって?」



切なげな瞳はもうどこにも影を落としてない
変わりに、睨みつけながら。




「………本当、残酷だ」




低い声を、私の心に突き刺した。



そのまま荒々しく私の唇をついばみながら、
日向の手は私の身体のラインをなぞる。


ぞく、と全身が震えて、抵抗しているのに、
いつもの穏やかな笑みのどこにそんな力が
あるんだろうと思わせるほど。


日向の力は、とてつもなく、強い。




“残酷”


その言葉がずっと頭の中で繰り返し響いていて、
抵抗しながらも罪悪感でいっぱいになる。


本当に、その通りだから。



私はいつでも残酷な人間で、たくさんの人から
愛を与えてもらっているのに。


私は誰にも、愛を捧げられない。
いつも心のどこかに柚夢の姿があるせいで。


愛されるのは、昔から苦手だった。
でもそれ以上に。


愛することも、苦手。




「…んんっ……ふぁ…」



舌が中を何度も何度も攻めて、思考を
停止させる。


はだけた浴衣からは私の素肌は丸見えで、
ひんやりとした日向の手が、直に触れられたとき。


初めて、怖い、と。


日向の男の本能を見せつけられたことに、
思っていた以上にショックを受けた。



「だ、め……っ…!日向…ぁ……」



やっとまともな息を吸えたのにも関わらず、
日向の唇は私の首筋に当てられたせいで。


思わず甘い声が、反射的に漏れてしまった。



「……そんな声出して、ダメだなんて
 言っても、ただ煽ってるだけだって
 分からな訳?」



怒りと興奮と苦しみが混じった日向の声が、
ずいぶん遠くから聞こえるような気がする。


日向の手が、ブラジャーの上から胸の
膨らみを包んだ時。



床に落とされていた私の携帯が、震えた。




常にマナーモードにしている携帯は、
床で響いてやけに大きく聞こえる。


その鳴り止まない振動が、メールではなく
電話であることを示していた。



「…携帯…っ…鳴ってるから!!」

「ダメだって言ってんだろ?」



日向の声とは思えない、低い声と
冷たい言い方。


日向の舌が私の首筋を、鎖骨を舐め上げる。


私の身体はしっかり女の反応を見せていて、
無意識に零れる喘ぎ声も、日向の理性を
さらにかき乱すだけだった。



一向に鳴り止まない、携帯。


それが切れたと同時に、次は机の上に
置いてあった日向の携帯の着信音が響いた。


その着信音は、いつの日か、録音をした
私たちの、オリジナル曲。


びく、と震えたのは。
私の胸にあった、日向の舌。



「………っ…!!」



ばっ、と勢いよく距離を取って後悔に
押しつぶされそうな表情が。


重たい罪を背負ったように、私を見下ろした。



ぽた、と私の頬に何かが落ちたのは。
間違いなく日向の、涙で。
次々と、私の頬を濡らして行った。


鳴り止まない、携帯。

止まることのない、涙。


時間ばかりが、私の肩を滑り落ちた
肌着のように乱れ進んでいる。



音楽と一緒に流れる、テイートウリーの香り。
丸い涙で囲った、ミントの部屋。



落ちているのは日向の涙だけじゃなくて、
日向の心だったんじゃ、ないかな。




私が泣いているんじゃないのに、私なんか
よりもずっと日向のほうが悲しいのに。


「…痛、い……よ……」


この痛みはどこから来ているんだろうね。
私の心から来ているのかな。


日向の心から、来ているのかな。



「………ゆ…うぅ…っ…ご、めん…っ!
 俺、俺………あぁ…っ…ぅ…」



壊れたように落ちてくる、日向の涙と
自責の言葉。


ぎゅ、とベッドのシーツを握りしめて、
日向は私の上に跨ったまま、涙を
ひたすら零していた。


ごめん、出かけたその言葉を思いっきり、
呑み込んだ。


この言葉ほど、残酷で傷つけるものはない。



「泣けて、こない…んだ…っ……悠が、
 冷たすぎて……!!泣けてくる、んだよっ!
 悠が……優しすぎる、から……っ…」



そうなのかな。

私は、冷たい人間なのかな。
優しい人間なのかな。


どっちにしても、日向よりは冷たいけど、
日向ほど優しくはないと思うんだよね。



「本当にあなたは、優しい人だね」


「…な、…でっ……!」


「優しいよ、日向は。ありがとう。私のために
 涙を流してくれて」



そっと手を伸ばして、日向の目から零れ落ちる
涙を拭ったあと。


日向の頬を、両手で挟んだ。



「私…たち、のために涙を流してくれて……
 ありがとう」



その言葉が、さらに。




私の頬を濡らした。





第22音 ( No.218 )
日時: 2013/05/19 12:04
名前: 歌 (ID: XsTmunS8)


バンッッッ!!!



と。
勢いよく開いた、扉。




そこには焦った表情と余裕を失くした、
大和がいた。




「日向!!!てめぇ…っ……!」




私の上にいた日向の肩を思いっきり掴んで、
そのまま壁に放り投げるようにして。


ぐっ、と日向の胸倉を握り締めた。



ガンッと鋭い音が響いたことに驚いて、
慌てて身体を起こしたときには。


すでに日向を今にも殴りかかりそうな
形相の大和に、一瞬怯む。


バタバタ、といくつかの足音が近付いて
きたと思ったら、大和ほどではないけれど
それぞれ切羽詰まったような雰囲気の、彼らが。



「大和!やめろっ!」



大和と日向を見て、すぐに怒鳴って止めに
入ろうとした煌。


もう日向の目には涙はなく、唇を噛みしめ
ながらも、大和から目を逸らさずにいた。



「…てんめぇ、悠に何した」



大高とのことを聞かれた、あの保健室での
出来事以来、もしくはそれ以上の。



殺気を含んだ、声。




「何したって聞いてんだよ!!」



黙って俯いた日向の顔を無理やり上を向かせて、
視線を合わせてさらに声を荒げた。


私はそんな2人を止めることもできずに、
ただ何が起こったのかを整理しようとして。


乱れた浴衣をぎゅ、と握りしめた。




答えなければ今にも殴りそうな、答えたと
しても突き飛ばしそうな、大和。


……ダメ、絶対に、ダメ。



「悠っ!大丈夫か!?」



2人を止めることは諦めたのか、煌が慌てて
バスタオルを私の肩にかけてくれる。


私はこく、と小さく頷いてちょっと震える
手に力を込めてから。



「………大和、やめて」



震えそうになる声を、絞り出した。



ハッと目を見開いてゆっくり私のほうを見た
大和の瞳は、ひどく歪められていて。


力なく、日向の胸倉を、放した。



「本当……勘弁、してくれよ…俺だって、
 こんなことしたくねぇんだよっ…!
 こんなことでお前との友情も失くしたく
 ねぇんだよ!!」



肩を震わせて、掠れる声が。
いつもの大和からは想像できなくて。


いつも大きいと思っていた背中が、
小さく、弱弱しく、見えた。



「……大和、日向。一度話し合うべきだ。
 悠もそんな格好でいるな。ロビーに全員
 集合しろ。悠は髪を乾かしてから来い」



淡々と、冷静に話す築茂の言葉が今は
何よりも正しいと思う。


私の浅はかな行動がこんなことになったわけで、
今この仲間に亀裂が入ってしまえば、
コンサートにかなりの支障が出ることは確かだから。



扉の前で立ち尽くす玲央と、軽いパニックに
なっている空雅を通り過ぎて。



私は自分の部屋に、駆け足で戻った。




随分長い間、ドライヤーの音と生ぬるい風を
ぼんやりと受けていたような気がする。


いくら髪の毛が長いとはいえ、すでに
1本も湿った髪は残ってない。

鏡の中に映る人間は、一体どんな人間なんだろうと
バカみたいなことも考えていた。


だってこんな奴の、どこがいいのか、
私にはさっぱり分からないから。


普段、人を傷つけずに優しい日向が欲情するほどの
何が私にあるんだろう。


俺様で強引な大和だけど人に手を出すことは
決してしないのに、どうしてあそこまで
取り乱すほど、私を想ったんだろう。


私の何が、そうさせているんだろう。



「……意味、分かんない」



彼らの容姿なら寄ってくる女なんていくらでも
いるはずなのに、そんな話は一度も聞いたことがない。


まるで、私以外の女なんて、全く
意識していないかのような。


私と他の女の違いは、何なんだろう。


私が他の女のように“普通”いられたら、
あんなに彼らを取り乱さなくてすんだのかな。


考えても考えても、やっぱり私は彼らの
男心が分からなくて、嫌気がさしてくる。



それでも、あまりに静かすぎるペンションが
嫌な予感しかさせないから。



浴衣の上から上着を羽織って、深呼吸を
してからロビーへと向かった。




「悠を諦めることは、しないのか?」



ピタッと。
ロビーに続く廊下を曲がらずに足が止まったのは。


あまりにも真剣な大和の声と、緊張感が
漂う雰囲気のせい。


明らかに私の話をしているという事実に、
息をすることすら忘れそうだった。



大和が誰に向かって聞いているのか、
最初は日向かと思っていたけれど。



「……俺は、諦められない」



聞こえたのは、煌の声。



「俺にとってお前らは悠と同じくらい大切な
 存在だ。だからお前らが欲しがってる悠を
 出来る事なら、女として見ないようにしてた」


重いため息と、初めて知った煌の本音。


きっと煌は、今まで早く大人にならなきゃとか、
自分は引いて相手に譲るとか、そんなこと
ばかりしてきたんだと思う。


だけど、私たちといるときは少なからず
そんなプレッシャーがかかった煌は
いなかったと信じてる。


煌は煌の思うままに、いてくれた。



「…でも…っ……ごめん。俺は何があっても
 悠が好きだ。悠だけは諦められない」



力強い、言葉。


思い出したのは、光の海を見ながら
交わした、熱いキスのこと。



「それは俺もだ。そんなの当たり前だろ?
 あいつを諦められるほど難しいものはない」



あぁー……何か、久々に眩暈が。



「…俺、も無理。俺には……悠が、絶対。
 初めて愛した、大切な…人だから。
 誰にも、渡せ……ない」



玲央、いつも猫みたいで可愛いと思っていたのに、
中身はやっぱりしっかり男なんだね。


ちょっと、複雑になってきた。



「さっきも話したけど……悠を目の前にすると、
 俺は自分の理性を保てなくなる。それほど、
 悠が好きなんだ」



日向のちょっと穏やかさを取り戻した声に、
ほっと胸を撫で下ろしていた。


大和と殴り合いになっていたらどうしようかと
すごく心配していたから。



「そうか。ま、最初から誰も手を引く気も
 ないってことだな。だったら正々堂々
 勝負しようぜ。もちろん、悠を傷つけることは
 誰だろうと許さねぇけどな」



いつもの、俺様で強引な大和の、口調。


たったそれだけなのに、きゅーっと喉の奥が
締め付けられる感じが、した。




……っていうか、どうしましょう。


どのタイミングで出て行けばいいのか、
完璧に見失ってしまった。


だってこんな…っ……告白宣言みたいなこと、
堂々としてるんですもん。


純粋な乙女たちが私の立場なら、それは
もう選び放題で嬉しくてたまらないかと
思うけれど。


残念ながら私は、できることなら誰かに
変わっていただきたいと切に願う。


贅沢な奴だな、と僻むならどうぞご自由に、
って言いたいところだけど。


贅沢でも僻まれることでもない。



はっきり言って、ものすごく嫌というか
………憂鬱。



だって、いくら彼らが私のことを好きだと
言ってくれたところで、私は誰も選べないし、
恋愛感情として好きになれない。


なりたくない。



もしなってしまったら、今まで仲間だと
思っていた関係が、壊れてしまう。


私と彼らの中のうち1人が恋人になったら、
もう私たち7人の音楽は、壊れてしまうような
気がして怖い。


それくらい、私にとって彼らとの音楽は
大切なもの。



だから、どうしたらいいのか、分からない。




「で、いつまでそこにいるつもりだ、悠」



げっ……さすが築茂、気付いてたか。


ふぅーっと一度息を吐いて、無意識に強く
握り締めていた胸元から手を離して。


ロビーへと、足を踏み入れた。



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