コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第8音 ( No.80 )
- 日時: 2012/11/13 20:33
- 名前: 歌 (ID: vehLH22f)
閉じていた瞼をふっ、と静かに開くと、
大和と玲央の柔らかい微笑み。
それに私も心からの笑みを向けた。
「めっちゃ楽しかった!もう最高!
やっぱ音楽って本当に最高!大好き!」
「おいおい。分かったからちょっと落ち着け。
ほら、紅茶」
「うぉ、ありがと」
ちょっと興奮しすぎたところを大和が
紅茶の入ったマグカップを突きつけた。
こく、と一口喉を鳴らすとちょっと
ほっとした。
大和って意外と面倒見がよくて、
周りをよく見ているし何かあったらすぐに
手を差し伸べてくれる。
何も言わずに、そっと。
それが大和のぶっきらぼうだけど、
精一杯の優しさ。
その優しさがたまらなく、好き。
「にやついてる」
「え」
玲央にじと、と視線を向けられて慌てて
顔の筋肉を引き締めた。
「はははっ!本当にお前はおもしれーなぁ。
それ飲んだら本格的に合わせるぞ」
「……うんっ」
大和につられて私も玲央も笑顔になった。
2人は煌と築茂と違っていつも音楽を
やっているわけではない。
それでも知識や技術は確かなもので、表現力も
かなり高かった。
私たち、3人らしい演奏にどんどん
近付いていく。
どんどんこの曲が好きになる。
どんどんこの曲を、この2人と奏でられる
ことが、楽しくなる。
もっと弾きたい、もっと綺麗に奏でたい、
もっと心に響く音を出したい。
そんな想いが膨れ上がって、それが自分の
満足するものになったとき。
私は最高に、幸せ。
「よし、こんなものだろ。明日、楽しみだな」
すっかり日も落ちてずっとバイオリンを
弾いていたせいか、少し指もじんじんする。
これ以上は明日にも響くからやめておこう。
「絶対いい演奏を聞かせようね。
もちろん、これからこの曲以外にも
アンサンブルやりたい!」
「気が早いなー。とりあえず、今日はもう
帰るか。俺も今から仕事だし。
玲央もタクシーなんだから早くしないと、
全部なくなるかもしんねーぞ?」
「ん。明日、16時に、ここ」
「そうだよ。絶対に遅刻しないでよ?
気を付けて来てね」
「じゃ、明日な」
楽器を片付け終えて2人は玄関から
帰って行った。
まだ2人の音が耳に残っていて、明日が
待ち遠しくてたまらない。
荻原先輩に大和の音は心に響くだろうか?
築茂に音楽の楽しさは誰かと共有するものだと
いうことを伝えられるだろうか?
玲央に人間はこんなにも素晴らしいものを
持っているということを伝えられるだろうか?
その答えは分からないし、私が
期待しているものとはかけ離れているかもしれない。
それでも、少なくとも、私は音楽で
人の心は変わると信じているから。
演奏を楽しみにしてくれている空雅のためにも、
何より自分が楽しみながら、音楽の楽しさを伝えたい。
その日の夜、いつぶりだろうか。
自分の家で、自分のベッドで、
ぐっすり眠ることができた。
何か懐かしい夢を見ていたような気がしたけど、
今の私には必要ないと。
その夢は逃げて行った。
『音楽はね、心で感じるもの。
心で奏でるもの。だから“音楽は心”
なんだよ。さぁ、歌おう』
- 第8音 ( No.81 )
- 日時: 2012/11/13 21:49
- 名前: 歌 (ID: FLOPlHzm)
瞼を開けると、眩しい朝の光がおはよう、と
言ってくれた。
ベッドから降りて窓を開けると、朝にしか
味わえない清々しい空気と光。
それがすごく、気持ちよくて
今日というもう二度と来ることのない
1日を歓迎してるかのよう。
キッチンに立って、冷蔵庫からいつもの
冷たいミネラルウォーターで喉を潤す。
シャワーを浴びて、髪を乾かして、
着替えて、ナチュラルメイクをして、
オーディーをかけて。
歌う。
休日のいつもの日常だけど、今日はちょっと、
いや、全然違う日常。
かけがえのない、1日の始まり。
大学は平日通りあるのにも関わらず、
今日という日を承諾してくれた煌と築茂。
貴重な仕事のない休みを、私の我儘で
時間を作ってくれた大和。
学校が休みだから自分の好きなことや
やることがあったかもしれないのに、
私のお願いを快く受け入れてくれた
空雅と荻原先輩。
そして、何をやっているのか分からないけど
眠りたいはずなのに時間をくれた玲央。
みんな、私の我儘に振り回せちゃって
今さらちょっと反省。
それでも。
かけがえのないこの1日をこのメンバーで
過ごしたいと思ったから。
きっと素敵な1日になるだろう。
小さな、小さな、とても小さな、
アンサンブルコンサート。
本番です!
時計を見ると、もう午後の3時を回っていた。
午前中のうちに7人分の飲み物とコップ、
お菓子類を買ってきて今、準備の真っただ中。
こんなに大勢が家に来ることは
今までにないから、どのくらい用意すれば
いいのか分からなかったから。
足りないよりは多いほうがいいと思って、
結構豪華な感じになってしまった。
それでも早く2つのアンサンブルを
やりたくて仕方がない。
もちろん、その前に何も伝えていない
築茂、玲央、荻原先輩にはしっかり
説明をしなくてはいけない。
まぁ、ありのままを話せばいいから
別に考えてはいないけど。
ちょっとソファと机を移動させて、
アンサンブルができるくらいの
広いスペースも完成。
あとはスリッパを玄関前に用意。
今日くらいはしっかり玄関から
入ってもらおう。
荻原先輩とは昨日、約束をしたときに
連絡先を交換して駅に着いたら、
私じゃなくて大和が迎えに行くことになっている。
何とかうまくいくといいんだけど。
机の上にお菓子などを並べ始めたとき、
玄関のインターホンが鳴った。
「はーい!」
そう言って勢いよく扉を開けると、
楽器ケースを持った大和の姿が。
「おう。今日はしっかりこっちから
入ろうと思って」
「おー、さすがだねぇ!実は今日はこっちから
上がってもらおうと思ってスリッパも
しっかり準備してました」
「以心伝心ってやつ?お邪魔しまーす」
2人で笑い合って、リビングへと来ると、
端のほうに楽器を置いていつものソファに座った。
「ちょー準備万端じゃん!すげぇなぁ」
「楽しみで仕方なかったからね」
そう言いながら紅茶を淹れてあげると、
ガラステーブルに置いてあった携帯が震えた。
新着メールを開くと、時間的にそろそろかなと
思っていた荻原先輩からだった。
「荻原先輩、駅に着いたって。どうする?
本当に1人で大丈夫なの?」
「当たり前だろ?もしお前が行ってるときに
俺の知らないやつが来たら、変に思われる。
ま、何とかなるから大丈夫だ」
「そっか。じゃあお願いね」
そう言うと、大和は片手をあげて、
外に出て行った。
大和が出てからしばらくすると。
またインターホンが鳴ってすぐに
玄関の扉を開ければ、煌と空雅と………
不機嫌な築茂。
あ、そういえば大和がいるとは言ったけど
空雅が来ることは言ってなかったっけ。
「おーっす!ここが悠の家!?超広い!」
いつも以上にバカみたいなテンションで
勝手に部屋に上がりこんできた空雅は、
私の家がそんなに珍しいのか一人で叫んでる。
そんなバカは置いといて、煌に
視線を向けると。
苦笑いを隠せていない。
「あ、あははー。やぁ築茂。今日は
たのし……」
「どういうことか、中でゆっくり
聞かせてもらおうか」
「はい!」
うぅ、あんな目で睨まれたら背筋が嫌って
ほどにピンと伸びてしまったよ。
そんなに視線で殺気を出さなくても。
「車で築茂と来たんだけどさ。途中で空雅が
駅の近くで迷っててさ。築茂に
空雅の存在を知らせていなかったの
忘れてたから、車に乗せたときに……」
「どうしてこいつもいつんだ、と
いうことですね」
「そういうことです」
築茂が先にリビングへと行くのを見届けると、
煌がこれまでの経緯を小声で説明してくれた。
まぁ何はともあれ、無事についてくれてよかった。
「うっわ、お菓子あんじゃん!頂きっ」
リビングへと入ると築茂はすでに
大和のサックスの隣に楽器を置いていて、
空雅はお菓子を貪っていた。
「悠、本当にこんな家に1人で暮らしてるのか?」
煌に物凄い怪訝な表情で聞かれたから、
普通に頷くと、築茂も表情が強張った。
いつの間にか空雅もお菓子を食べる手を止めて、
私をじっと見ていた。
大和や玲央も最初来たとき、同じような
反応だったけど、何がそんなに
驚くことなのかいまいち分からない。
「まぁそんなことより、一応適当に座って」
「大和は?」
「今、もう一人の観客を迎えに行ってる」
「大和って誰だよ?もう一人の観客とか」
「早く説明しろ」
あーそうだったね、空雅は大和のことも
荻原先輩のことも知らないんだっけ。
築茂もイライラが募ってきているようだ。
「はいはーい!きちんと説明をするので、
まずはみなさん、紅茶をどうぞ」
それぞれにレモンとミルクを渡して
落ち着かせてから、すべて説明をした。
築茂はもう怒りを通り越して呆れているけど、
空雅はだんだん表情が曇ってきた。
お菓子を与えたら何とか元に戻ったけど。
「黙っててごめんね。ただ悠がすごく
楽しそうだったから」
「あ、煌!煌だってなんだかんだめっちゃ
わくわくしてるとか言ってたじゃーん」
「あ、あれは……ちょっとした子供心?」
「煌が子供!?俺はどうなんだよ!」
「お前はガキだ、ガキ」
「築茂さーん、本当のことだけどそんなに
はっきり言ったらかわいそうだよ?」
「悠、フォローになってないよ」
「……みんなして、バカにするなぁー!」
あぁ。
やっぱりこうやってバカみたいな会話を
するの、本当に楽しいな。
何とか話も分かってもらえたみたいだし、
あとは玲央と荻原先輩だね。
大和、大丈夫かな?
そんなことを考えていると、本日
三度目のチャイムが響いた。
- 第8音 ( No.82 )
- 日時: 2012/11/15 19:22
- 名前: 歌 (ID: 3edphfcO)
扉を開こう、としたのに勝手に扉が開いて
玲央がちょこ、と顔を出した。
「玲央!びっくりしたぁ」
「鍵、開いてたから」
「あぁ閉め忘れてたんだ。ごめんごめん。
ほら、入っておいで」
「ん」
玄関に入った瞬間、玲央が並べられている
靴を見て立ち止まる。
あ、もうばれっちった。
「玲央、ごめんね、実は他にも人がいるの。
それについて今から紹介と説明をするから
来てもらえる?」
表情は何も変わっていないようだけど、
一瞬、玲央の雰囲気が凍えたことを
感じ取ってしまった私は。
コントラバスを持っている玲央の
服の袖をぎこちなく、引っ張った。
すると、何も言わずに足を前に進めた
玲央を見て、ちょっと安堵のため息が零れる。
私たちがリビングに入ると3人の視線が
一斉に玲央へ。
「この人がコントラバスの氷室玲央。
歳は19で築茂と煌の間かな」
玲央にも3人の紹介をなるべく丁寧に、
分かりやすく説明する。
その間、ただ黙って3人を見ているだけだったけど
私が説明を終えると、ゆっくり頷いた。
「黙ってて、ごめんね?」
「悠は、楽しい?」
「うん!めっちゃ楽しいしこれからもっと
楽しくなるよ」
「なら、いい」
そうふわりと微笑んだ玲央に私も
微笑みを返して、ソファに座るように促した。
全てにおいてマイペースの玲央を。
空雅は物珍しそうに、築茂は気味悪そうに、
煌はおもしろそうに、見ていた。
当の玲央本人は何にも気にしていないらしく、
ソファに座るなり、くわっと欠伸を一発。
「なぁなぁ、玲央ってどんなやつ?」
好奇心旺盛の空雅は人についてすぐに
興味を示す。
こいつを連れてきて、正解だったな。
「どんなって一言で言ったらマイペース。
詳しく言えば、天然で機械音痴で
可愛くて猫みたいで、変、な人かな」
「わーお、おもしれーじゃん!」
「……悠のほうが、変」
「あはは、それは言えてるかもね。
悠は誰がどう見ても変だわ」
「ちょっと、煌!私が変だったらみんな
変だし。まだマシなほうだし」
「一番変だぞ、お前」
うん、築茂さん、言われなくても
何となく気付いてるから大丈夫です。
でも、きちんと玲央もさりげなくだけど
会話の中に入ってるし、築茂も
しっかり突っ込んでくれている。
「あ、俺たちのことは全然名前で
呼んでくれていいからね。俺も玲央って
呼ぶし。悠の唐突な行動に
巻き込んじゃってごめんね」
「煌、私のお母さんみたーい!」
「ぶは!確かにそうだなっ。煌がお母さん
だったらお父さんは絶対に築茂だな」
空雅の言った一言に築茂の眉が
ぴくり、と微かに動いて。
築茂の呪文のような羅列が始まった。
ふと、そんな3人を眠たそうに
見ていた玲央が。
「くくっ」
口元に手を当てて、声を出しながら
笑って……る!?
わ、わ、わ!あの玲央が笑ってるよ!!
「れ、玲央が……笑ってる…」
「あ?何言ってんだよ、悠。玲央だって
人間なんだから笑うに決まってんだろ」
隣に座っていた空雅に聞こえていたみたいで、
当たり前だろ、という風に笑われた。
ううん、当たり前のことなんだけど、
それがすごく、嬉しい。
玲央の人間関係は何一つ知らないし、
家族はどうしているのかとか、心配してる
ことはいくつもある。
だから、柔らかく微笑むところは見ても、
今みたいに声を出して笑っているところを
見たのは。
初めてだった。
- 第8音 ( No.83 )
- 日時: 2012/11/16 19:13
- 名前: 歌 (ID: 7qD3vIK8)
じっと玲央が笑っている姿を見ていると、
私の視線に気づいた玲央。
どうして私が見ていたのか、理解できないと
行った表情で私を見つめ返してきた。
そんな玲央に微笑んでみせると、一瞬、
きょとんとしたけどちょっと照れくさそうに
はにかんでくれた。
少しずつ、玲央の心も変わっていけるといいな。
そんなことを思いながら、少し減っていた
みんなのコップに紅茶を注いでいると。
これが最後であろう、チャイムが鳴った。
言い合いをしていた彼らも、全員ぴたっと
言動をやめて私に視線を送ってくる。
「……はいはい、きちんと紹介しますから
待っててください」
笑顔を引きつらせながら、足早に
玄関へと向かい、扉を開けると。
「よぉ、遅くなったな」
「俺は帰る、って何度も言ってるよね?」
大和に肩をしっかり組まれて、
いつもの王子様スマイルとはかけ離れている
笑顔を浮かべている荻原先輩。
お、俺……なんて荻原先輩は普段、
使わなかったのに。
いつも僕、だしこんなオーラを出すような
人ではなかったのに。
そうか、これが大和の前でだけ見せる、
本当の荻原先輩か。
「荻原先輩、騙したりしてすいませんでした。
でも荻原先輩の本当の姿が知りたかったんです。
大和の前でしか見せないみたいだったから」
「な、何のことかな、神崎さん」
「荻原先輩は確かにいつも優しいです。その
優しさは嘘ではないと思います。
でも、きちんと怒るときは怒ってください」
最初は精一杯にいつもの笑顔を作ろうと
していた荻原先輩も、諦めたように
ふっと表情を緩めた。
「……大和、いい加減離して。神崎さんの
家の中で話はしっかり聞くから」
「やっと素直になったか」
「うるさい。神崎さん、お邪魔します」
おうおうおう、荻原先輩って
意外と行動力もあるし意思もしっかり
持ってる人だったんだね。
なんだか少し、ほっとしたかも。
2人をリビングに連れてくると、ソファに
座っていた4人の視線が一点に集中する。
「お、大和。待ってたよ」
「待たせて悪かったな、煌。こいつが
俺の幼馴染で今日の観客、荻原日向だ。
あ、俺は鬼藤大和、高3年」
「これが橘築茂、俺と同じ大学の1年。
こいつは月次空雅。悠と同じクラス。
俺は春日井煌、大学3年。よろしく」
私が紹介をするよりも早く、大和と煌が
簡潔に説明してくれた。
煌がソファから立って荻原先輩の前に
手を差し伸べると、
「荻原日向です。今日の演奏、楽しみにしてます」
荻原先輩は苦笑交じりだけど、
しっかり握手を交わして頭を下げた。
「ちょっと、2人とも。玲央の紹介もするなら
しっかりしてくださいよ」
「あ、忘れてたー。この眠たそうなのが
氷室玲央。俺らの2つ上だけど
中身は猫みたいなものだから」
大和がそう言うと、玲央がちょっと
ぶすっと拗ねたような表情に。
……やばい、かわゆい!
「荻原先輩!俺、同じ高校の月次空雅です!
先輩のこと知ってましたよ。ファンクラブとか
あるって聞いたことあるし。まさか俺と
同じで招待されていたなんて!」
「あぁ、月次くんも噂ではよく聞いてるよ。
野球、すごくうまいんだってね」
「こいつが野球?論理的にありえない」
「築茂、計算でものを言うなよー。確かに
バカだけど体つきはしっかりしてるし、
スポーツはできるみたいだよ」
「へっ!今度俺の試合見に来いよ!
めっちゃかっけーから」
まぁ、煌の言うとおり確かに空雅はできる。
築茂の考えることも分からなくはないけど、
事実だから仕方ない。
「へー、お前野球うまいんだ。でも
音楽は分かるのか?」
「あ、あはは……悠に聞いてくれ」
初対面にも関わらず、大和の遠慮のない質問に
さすがの空雅も苦笑い。
そりゃそうだろうね、バカだし。
「まぁ別に分からなくても空雅のテンションは
ここに必要だなと思ったんだよね。
人見知りしないし、盛り上げてくれるし」
「お、悠もっと言って!」
「調子に乗るな、バカ」
すかさず築茂の刺さる一言で
空雅はちぇっと口を尖らせた。
それからしばらくの間は音楽の話よりも、
私と出会った経緯やそれぞれの
学校でしてることなどの話で持ちきり。
初対面同士でも普通に会話しているし、
やっぱり同性だと少しは違うのかな。
玲央だけ居眠りに入ってるけど。
まぁ今はちょっと寝かせて、演奏する
ときになったら起こそう。
私は紅茶をすすりながら5人のバカみたいな
会話に黙って耳を傾けていた。
なんとなく、だけど。
こうやって6人が出会ったことには
何かしらの意味があるように思える。
ううん、絶対にある。
性格も住んでいる地域も学校も年齢も、
全然違うのに、出会えたことは
きっと偶然なんかじゃない。
たとえそれが、私を通してだとしても、
最初からこんなことは考えてもいなかったから。
突然ひらめいた私の直感は。
彼らをめぐり合わせるための
きっかけに過ぎなかったのかもしれない。
「よし、そろそろ始めようか」
さすがというか、煌の仕切りには
頭が下がる。
お菓子や紅茶を飲んでいた手をそれぞれに
止めて煌と目が合った。
「悠、どっちの演奏から先にやる?」
「うーん……大和と煌でじゃんけんして
勝ったほうが先にやろうよ」
「げ、何で俺なんだよ。悠でいいじゃんか」
「何言ってんの。私はどっちにもいるんだから
ダメに決まってるでしょ。絶対玲央に
やらせたらじゃんけんにならないからダメ」
「ぶは!レオレオってそんなにすごいの!?」
レ、レオレオって……
早速空雅は玲央に親しげなあだ名を
つけていました。
可愛いから許すけど。
- 第8音 ( No.84 )
- 日時: 2012/11/17 20:56
- 名前: 歌 (ID: w1J4g9Hd)
そんな可愛い玲央はまだ爆睡中のため、
早く起こさなければ。
「玲央、そろそろやるから起きて!
大和が勝ったら先だよー、おーい、
起きろー」
だ、ダメだ。
いやね、なんというかぁ……たぶん私、
本気で起こす気がない。
あはっ。
だってだってだって!玲央の寝顔なんて
見ちゃったらそれはもう、可愛いすぎるんだよ!
とっても綺麗な顔してるし。
くそぅ、身長も高くて顔も綺麗で
それなのに仕草は可愛くて天然で……って
羨ましすぎる!
「悠、玲央はまだ起きないのか?」
「うーん、起こしたくない気もするっていうかぁ」
「何言ってんだお前!俺が勝ったから
先にやるんだし、早く起こせ」
あら、いつの間にかじゃんけんは
終わっていたみたい。
でも本当に起きないんだよねー。
「れーおーくーん、起きてよー。
起きないとこちょこちょしちゃうよー」
やったことないから玲央に効くかどうか
分からないけど、言ってみた。
それでも起きないので。
「おりゃー!玲央ー!起きろー!」
大声で叫びながら玲央のお腹を
くすぐってやる、と。
ぐいっとくすぐっていたはずの手が
引っ張られて、態勢が……ん?
これはまさかぁ……やばくね?
なぜか、私の背中にソファがあり
上に玲央が圧し掛かっていて………
下敷きにされてます。
ちょ、重い!
「玲央!何やってんだてめぇ!」
いち早くことの重大さに気づき、
私から玲央を引きはがした声の主は
紛れもない、大和。
あー大和さん、助かりました。
「レオレオってそんな積極的なこと
やれるやつだったのか!?悠にはダメだ!
悠は絶対にダメ!」
「もちろん、お前もダメだからな」
玲央に向かって叫んだ空雅を築茂の
言葉が仕留める。
「神崎さん、大丈夫?」
眉を下げて心配そうに私の手をひいた
荻原先輩にお礼を言って立ち上がった。
「あー、びっくりしたぁ」
「全然びっくりしてるようには見えなかったけど。
悠さ、危機感っていうものを知らないでしょ?」
煌の声も表情も怒っている様子はなく
とても静かなのに、きり、と
胸倉をつかまれている気持ちになった。
この様子は、確実に怒っている。
「どうして私が怒られるのでしょうか?」
「別に怒っていない。確かに今のはこいつが
悪い。あと悠が玲央を起こす姿を
見ていながら何もしなかった俺たちも」
なるほど。
今の煌の心中にある怒りの半分は、
自分に対してのものなんだ。
「ううん、私がごめんなさい。いくら心を
許してる玲央でも男と女だもんね。
これからは十分に気を付けるよ」
本当は。
男とか女とか襲うとか気を付けるとか、
どうだっていい。
でも今からずっと楽しみにしていた
アンサンブルをやるんだから、
ここでもめ事を起こすわけにはいかない。
なら、私が一歩引けば、事は丸く収まる。
「……分かってくれてよかったよ。
俺のほうこそごめんね。さぁ、始めようか!」
煌も気持ちを切り替えてくれたみたいで、
生のいい声を発した。
ようやく玲央も頭が目覚めたようで、
大和を中心にその他もろもろの方々から
こっぴどくお叱りを頂き。
素直に「ごめん……」と子猫のように
謝ってきたので、即許しました。
「軽すぎるだろ」
「何のことかな?さぁ、始めましょう!」
私よりもずっと私の心配をしていたらしい
大和は、軽蔑の眼差しを送ってきたけど、
跳ね返した。
それぞれ、楽器を出して少し音だしや
チューニングをして慣らす。
その様子も観客である4人は静かに見ていた。
見られているとちょっとやりづらい気も
するけど、どんな舞台でも堂々と胸を張らなければ。
しばらくして、音がぴたりとやみ、
静寂だけが降り積もった。
2人に視線を送ると、微かに微笑みを浮かべながら
首を縦に振ったことを確かめると。
観客である4人にお辞儀をする。
上体を起こして玲央と目を合わせれば、
少しの間を置いて、コントラバスの低い、
重圧感のある音が響き渡った。
玲央の音に寄り添うように私も優しく、
弓を引いて音を奏でる。
そこに大和の優雅なサックスのメロディ。
細かい音符は走りまわり、長い音符は
美しく歌う。
ふと、閉じていた瞼の裏で感じるのは。
星降るコントラバスに心舞い上がらせる
バイオリン、きらめくサックス。
私の心を揺さぶって揺さぶって
心のありかを教える。
あぁ、鳴り止まないで。
力強いメロディ。
ゆっくり瞼を開けば、まだ体は最後の音の
余韻を感じていた。
すると、一つ、拍手の音が弾けると、
つられて二つ、また三つと増えて行った。
ソファに座り演奏を聞き終えた4人が
私たちへ贈ってくれているもの。
不思議と、胸が熱くなった。
「……すっげぇ!めっちゃすげぇよ!
超うまかったし、なんていうか、
うまくいえないけど、感動した!」
「うん、想像以上によくてびっくりしたなぁ。
とてもいい演奏だった」
「まぁ、上出来だろう」
「素敵な演奏を、ありがとう。……大和の
音色は成長しても温かいのは変わらないな」
4人の口からそれぞれの感想が自然に
零れていて、優しい雰囲気で包まれていた。
何よりも。
一番最後の荻原先輩の言葉が、すっと
心に入り込んできて。
大和を見てみると、照れくさそうにそっぽを
向きながらも、すごく嬉しそう。
素直じゃないなぁ。
玲央もきっと今までに感じたことのないものを
得られているような、そんな表情だった。
拍手なんてものを想像していなかったのか、
少し困惑の色を見せながらもその瞳には
しっかり、達成感が溢れている。
そんな2人の表情が見られたことも、
こうして聴いてくれていた人たちに
感動を与えられたことも。
音楽をするうえで、すごく、幸せなこと。
「聞いてくれてありがとう」
終わりの一礼をゆっくり起こしてから、
高鳴る胸を抑えながら感謝の気持ちを伝えた。
「吹いててめっちゃ楽しかったよな、悠」
「うん、とっても!玲央も楽しかったでしょ?」
「ん。気持ちかった」
自分たちが楽しめて、観客も楽しませられる、
これも音楽の楽しさ。
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