コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第27音 ( No.254 )
- 日時: 2013/06/25 23:04
- 名前: 歌 (ID: ShMn62up)
『彼女にとっても、君を傷つけたという現実を
受け入れるのは辛いはず。その記憶を消せれば
楽になれると思わないか?』
柚夢を刺したという記憶を、消せる?
私はこれから、一生かけてでも柚夢の腕を
見るたびに、抱きしめられるたびに
今回のことを思い出す。
こんな苦しい想いを、一生背負うの……?
『……本当は、あいつと出会ってしまった時点で、
僕は死のうとしていました』
柚夢の言葉が、私の思考を突き刺す。
死のうとしていた?
何、それ?
自殺しようと、していたの?
表情が見えないから、今どんな想いでいるのか
までは分からないのが、ひどく歯がゆい。
『騙されていたとしても、あいつの言ったことは
事実で…っ…僕は麻薬を運んでしまった!!
その麻薬は強い刺激があり、吸った人間は死んだ。
それを彼女が知ってしまうのが…怖かった……』
心臓が、痛い。
『あいつは僕にシネと何度も言っていた。何度も
殺されかけそうになった。それでも警察には
行けなかったんです……だってそしたら…っ…
僕の罪が、問われるから…』
そんなの、罪でもなんでもないじゃん。
柚夢だって被害者なのに、どこまでも優しすぎる
柚夢は人の罪まで背負うとしている。
『あるとき、言われたんです……お前が死ななかったら
お前の妹に何をするか分からない、と。その時、
初めて本気で死のうと思いました』
私のせいで、私がいるせいで、私を守ろうと
したせいで、柚夢は自分の命を投げ出そうと
していた。
重すぎる真実が、言葉となって降り積もる。
『君が本当に死ぬなんてことはしなくていい。
死んだことにすればいいだけの話だ』
『しかし、本当にそんなことは出来るんですか?』
『あぁ、私の知り合いに優秀な医師がいる。
そいつに君がガンだという嘘の診断書を出して
もらい、君は死んだことにする。彼女の記憶を
消して違う記憶を入れることもできるはずだ』
『でも……』
『お金の心配なら大丈夫だ。今、彼には大金が
必要のはず。そこにこの話を持って行けば
確実に首を縦に振るだろう』
違う記憶を、入れることができる。
でもそれは、柚夢が私の前か消えると
いうことでしょう?
『柚夢くん…君は、本当に息子の奏楽に似ている。
奏楽が死んでも、君を見ていると奏楽が
生き返ったような気がするんだ。頼む……
奏楽として、私の息子として生きてくれないか?』
そっか……この人は、息子さんを亡くしている。
その息子さんが柚夢にそっくりだから、柚夢を
死んだ人間として、息子の身代わりをさせようと
しているんだ。
そんなの……おかしい。
私はもう、我慢の限界だった。
『柚夢!!』
勢いよく開けた扉から飛び出して、私は
大声で叫んだ。
『…っ……悠!?』
『今の…全部聞いてたよ……何、バカなこと
しようとしてるの?』
『静かにしなさい。ここは病院だ』
『風峰さん、助けて頂いたことは感謝します。
だけど柚夢を死んだ人間として生きさせる
なんてこと、やめて下さい』
『どうしてだい?』
『どう頑張っても柚夢はこの世界にたった1人しか
いない人間です。それと同じようにあなたの
息子さんもかけがえのない1人。誰も代わりに
なることなんてできない!』
私は無我夢中で、言葉を繋げた。
そうしなければ、本当に柚夢が私の前から
消えてしまいそうで。
『あぁ、それはそうだ。だが君は彼を刺したと
いう現実を一生背負って生きていける
自信があるのか?』
『そ、れは……っ』
『忘れたいだろう?こんなに残酷なこと。
思い出したくもないはずだ』
図星だ。
たとえ私の意思でなかったとしても、柚夢の
腕にナイフを突き刺した感触が今も
はっきりとこの手に残っている。
忘れたい、無かったことにしたいと
そう思うのは当然のことだった。
『君にとっても彼との想い出はキレイに残して
おきたいはずだ。汚れた血で汚したくないだろう?
君の罪も、彼の罪も』
私の罪……柚夢の罪……。
『このまま彼が生きていれば、あの男は
捕まらない限り君を狙う。殺されるかもしれない』
殺されるとか、殺人とか、自殺とか、
そんな言葉とは無縁だと思っていたけれど。
全く、そんなことはないらしい。
言い返す言葉が見つからなくて、重い現実を
受け入れられなくて、私はその場にうずくまる。
『風峰さん!これ以上、悠を責めないでください…。
分かりました。僕は、死んだ人間となり、あなたの
息子として生きます』
『柚夢……!?』
『大丈夫だから、悠。僕のことを信じて』
『…っ……』
白いベッドの上で微笑む柚夢の姿が、本当に
大丈夫と言っているようで、今まで堪えていた
涙が一気に溢れてきた。
自分の罪、柚夢の罪、重い現実、すべてが
恐くて信じられなくて、苦しかった。
柚夢の綺麗な顔にはいくつもの痣が、
私が刺した右手には分厚い包帯。
痛々しい柚夢のその姿が、さらに私の
罪を責め立てているようだった。
『柚夢……っ…ごめんなさい…!!
ごめんなさいっ!!!ぅぁ……』
私は柚夢に、そっと、近付いた。
『悠……泣かないで』
柚夢は私の涙をそっと掬って、いつもと
変わらない優しい微笑みを向ける。
私の頬に触れる柚夢の左手に自分の
手を重ねると。
ぐい、と柚夢は強く、私を左手だけで
抱きしめた。
柚夢の匂いが温もりが、すぐそばに
あることに堪らなく安心して、さらに
涙が溢れる。
『僕の方こそ、こんなに危険な目に合わせて
本当に…ごめんっ…!無事で……よかった…』
『柚、夢……!あぁ…ぅ…くぅ…』
風峰さんがいることを分かっていながらも、
私たちはお互いの欲望を止められずに
幾度となく唇を重ねる。
柚夢の顔にできた痣1つ1つずつにキスを
して、優しく触れた。
どちらも大粒の涙を流していたから、
キスの味はとてもしょっぱい。
こんなにしょっぱいキスは、初めてだったね。
柚夢の腕の中で、私はこのキスが
最後のような気がしていたよ。
ずっと私を守ってくれて、包んでくれていた
温もりに安心しきった私は、そのまま
眠りについて。
目覚めたときには、全く違う記憶に、
絶望していた。
鳴り止まない、着信音。
何時間と流していた涙は乾くことを
知らずに、枕を湿らせていく。
すべてを思い出した私は、ホテルに戻り
ベッドに仰向けになった。
目を閉じては、すべての光景が蘇り、
ずっと忘れていた自分の罪に胸が
押しつぶされそう。
着信が誰からかなんて、確認しなくても
分かるからこそ、さらに苦しい。
今日は、大晦日。
あと2時間もしないうちに、年が明けて
新しい年になる。
きっといろんなところで花火の準備が
されているんだろう。
年越しそばを食べている家族、熊手を
買いに行く夫婦、お参りをする恋人、
いろんな人が年越しを楽しみにしている。
私には、そんなことはどうでもいい。
あれほど思い出したかった記憶を思い出して、
得られたものは残酷な現実だけ。
何も思い出さずに、柚夢との想い出は
キレイなままにしておくべきだった。
柚夢は死んでも、柚夢との想い出はしっかり
生きていたんだから、それだけでよかった。
どうして、思い出しちゃったんだろう。
こんな重すぎる現実を受け入れて、私は
これからどうやって生きて行けばいい?
6人に、どんな顔で会えばいい?
無理だよ。
私はもう、戻れない。
あそこには、戻れないよ。
- 第27音 ( No.255 )
- 日時: 2013/06/26 22:50
- 名前: 歌 (ID: as61U3WB)
柚夢、あなたでしょ?
私の記憶を思い出させるようなことをして、
私がそっちへ行くのを待っているのは。
『本物の記憶を彼女が取り戻したら、おそらく
あなた方のところへは帰らないでしょう』
本当に、その通りだよ。
だってこんなことを思い出してしまって、
柚夢の元に行ってしまったら、私は二度と
柚夢から離れたくないと思うから。
こんなに苦しい現実は、柚夢はずっと
1人で背負ってきたんだから。
私も一緒に背負いたいと思うのが、普通でしょ?
でもね、柚夢、私ね。
すっごく、安心しているの。
だって、柚夢が同じ世界で生きている。
そのことが、どれほど私を絶望から救って
くれているか分かる?
たとえ残酷な現実だとしても、愛する人が
この世界に生きているのと死んでいるのとでは、
全然意味が違うんだよ。
生きている。
生まれる前に決めていた
でもそれをまだ知らない
『私』という物語の展開を
今めくっているのは何ページ目?
めくり始めたばかりの人
真ん中くらいの人
クライマックスにさしかかった人
泣けるストーリーも
笑えるストーリーも
みんなあなたのために用意されたもの
時には読み進めるのが
要らになることもあるだろう
飛ばしてしまいたいページも
きっとあるだとう
でも目を逸らさないで
飛ばしてしまわないで
きっとそのページから学べることが
あるはずだから
人間は誰もが1冊の本
誰もが『私』という物語を書いて
生まれてきた
でもその内容は知らない
この世界に生まれることと引き換えに
『私』という物語の内容を忘れてしまった
それはページをめくる感動を味わうため
わくわくするため ドキドキするため
それころが生きる喜びだから
生き急がなくていいんだから
死に急がなくていいんだから
ゆっくりでいいんだから
焦らなくていいんだから
じっくりとこの物語を味わって
最後までちゃんと読んで
それこそが生きるということ
それこそが神様が望んでいること
ほら、今だって頭の中で流れるのは
柚夢が作った曲。
柚夢と歌った曲。
どんなに思い出したくなかった記憶でもね、
柚夢が生きている、ただそれだけのことが
希望になるの。
6人の元に、帰れない。
今、こんな気持ちでは帰れない。
だから私は、柚夢に会い行くよ。
さよならを、言いに行くために。
鳴り止まない、着信音。
携帯にゆっくりと手を伸ばし、画面を
見ずにボタンを押して耳に当てた。
『……はい』
『っ……悠!?お前はまたっ!!!』
『大和』
私の声にすぐに違和感を覚えたのか、電話の
向こうのいくつかの声が消えた。
声が震えないように、私は涙を流しながら
見えていないとは分かっていても微笑みを
作る。
きちんと、伝えておこう。
『しばらく、連絡はできない』
『なっ…』
『だけど、心配しないで。私は大丈夫。
みんな、心配させて本当にごめんね。
そしてありがとう』
まだこの時点で、帰れるかどうかは
分からない。
柚夢に逢ってしまったら、私の気持ちは
揺らぐかもしれない。
だから、今言えることは。
『私の心を、信じていて』
ただ、それだけ。
もし私が自分を信じられなくなっても、
6人が信じてくれていたら私は
自分を取り戻せるような気がするから。
何も言葉が出ない6人との電話を切って、
すぐに携帯の電源を落とした。
こんなことで6人が納得してくれるとは
思わないし、むしろさらに心配を
かけていることは目に見えているんだけど。
やっぱり、ずっとくよくよしているなんて
私には無理だし!!
重苦しい心で、湿気た面してるのも
自滅しそうで私らしくないから。
柚夢に、会いに行く。
って………ちょっと、おい。
「0時、過ぎてるし……」
まさか年越しをこんな想いで1人で
越すとは思いもしなかったよ。
しかもジャストなんて気付かなかったっていう。
ま、でも新年ということで、私の心も
新しくしていこっかな!
記憶を思い出したのはもう仕方がないし、
思い出したからこそ、やるべきことがある。
たとえ私の過去が重く苦しかったものでも、
生きている限りそんなのはいくらでもあるんだから。
……いや、あんなことがいくらでもあったら
堪ったもんじゃないけどさ。
でも、やっぱり私は生きることを楽しみたい。
さっきまで顔も心も泣いていたっていうのに、
柚夢の曲1つでこんなにも心の持ちようは変わる。
やっぱり、柚夢の曲はすごいや。
6人と奏でる音楽のように音に厚みなんてなく、
ギターのコードだけの音楽だったのに。
柚夢の歌声が、言葉が、私の心に響く。
きっとずっと柚夢は1人で苦しんできたはずだから、
次は私が柚夢の心に私の音楽で救いたい。
とは言っても、やっぱり怖いんだけどね。
すでに生きていた柚夢とは会っているけど、
私はただ『似てる』ってだけの感覚で
接していたから、全く意味が違う。
風峰さんと会うのだって、本当はすごく
逃げ出したいくらいなんだけど。
でも、あの人たちは私が来るのを待っているから。
行かなくちゃ。
ううん、行きたい。
2年半前のことを、すべて綺麗にとまでは
行かなくても、片付けないと。
そうしないと、私も柚夢も風峰さんも
未来に進めない。
私たちの未来は、私たちの心の中にある。
「あ……雪だ…」
ふと窓の外に映るのは、白くゆっくり
落ちていく雪。
初雪、かもしれない。
上着を着て心まで温まりそうなオレンジ色の
扉を開けたら、白い空間。
降り積もる雪の羽根を、手に乗せてみるけど
すぐに私の手の中に隠れてしまう。
ひんやりとした空気と手の感触なのに、
心はどこか温かい。
雪って冷たいのに、温かいもの。
美しく、子供たちの心を興奮させ、恋人の
心を熱くさせる。
吹雪とかじゃなければ、私は静かにしんしんと
降り積もる雪が好き。
私の心を、淡く包んでくれて、導いてくれて、
−2度の温かさで心に入ってくる。
この真っ白な雪のように、人の心も汚れなく
真っ白だといいな。
私の、心も。
白く染めて
今夜だけは
すべての人に
笑顔を許して
まだそこで
膝を抱えてる
君もほら
顔を上げて
聞こえる?
世界から溢れた歌声が
空に舞い上がる
きっと誰しかもが
いくつもの
愛に包まれて
舞い散る雪のように
儚なく消えては
あなたに溶けてゆく
赤く染めて
もう少しだけは
全ての愛に
力を与えて
まだそこで
立ち止まってる
君もさぁ
まだ間に合うから
聞こえる?
光の世界から響く幸福の音が
奇跡はあなたにも
きっとあなたを
待っている
愛しいその瞳に
降り積もる雪のように
永遠に絶やさない
あなたに溶けてゆく
行こう、この曲を持って。
- 第27音 ( No.256 )
- 日時: 2013/06/27 20:56
- 名前: 歌 (ID: zT2VMAiJ)
たった1か月ぶりに訪れた、フランス。
エッフェル塔とか、凱旋門とか、そんな
観光場所にも建物にも一切目もくれず。
真っ直ぐタクシーで向かったのは、私たちが
泊まっていたペンション。
ペンション、と聞いていたけれど、恐らく
あそこは風峰さんの別荘だ。
だからきっと、あそこにいるはず。
距離が近くなるにつれて、心臓の鼓動は
すぐ耳の横にあるかのように、激しく大きく
強く聞こえてくる。
震える手をぎゅっと握りしめ、何度も
大きく深呼吸をした。
しかし、途中の道路で大きな衝突事故があった
らしく、かなりの大渋滞になっていた。
ペンションまではあともう少しなのに、
こんなところで足止めされていると
思うと次第に焦りが押し寄せてくる。
どう考えても、ここでタクシーを降りて
走った方が早く着く。
そう思った私は、運転手にお金だけを渡して
ペンションに向けて一直線に走り出した。
通り過ぎる人も景色も、私には何も
見えていなくて、目の前には優しく
微笑む柚夢の顔だけ。
早く会いたくて、早く触れたくて、私の
足はスピードを増していく。
柚夢に会うために、あの時教えてもらった
ヘアアレンジをしてきたけれど、ぐしゃぐしゃに
なっているかもしれない、なんて
考える暇もなかった。
会いたい。
逢いたい。
……見つけた!!!
道路を挟んで向かい側のペンションに咲き誇る、
いつしか穏やかな声で説明してくれた
花たちに水をまくのは。
“ムウさん”
でももう、そんな名前で呼ぶことはしないよ。
「……柚夢っっ…!!!!」
思いっきり叫んだ、愛おしい人の名前。
勢いよく振り返って何も考えられないような
表情で私を見つめる、柚夢。
それなのに、すぐに泣きそうな顔になって
微笑んだ。
あぁ……ここまで、長かったね。
勢いよく飛び出した私は、左から右折してきた
車に気付かなかった。
「悠ー……!!!!来るなっ!!!!」
目の前が、一瞬で真っ白になった。
うっそ……私、もしかして車にはねられた
とかじゃないよね?
何か、身体がだるいなぁ。
あはは、頭から何か生ぬるい液体が流れて
いるってことは『血』だよね。
あーあ、本当に私ってバカだなぁ。
「悠!!!悠っっ!!!」
聞こえる。
大好きな人の声が、すぐそばで。
感じる。
大好きな人の温もりが、すぐそこに。
柚夢、大丈夫だよ。
そんなに泣いて叫ばなくてもね、目は
開けられなし声も出せないけど意識は
はっきりしてるから。
死にはしないから大丈夫だよ。
ごめんね、いきなり来ていきなりこんな
ところを見せちゃって。
あは……カッコ悪いな…本当に。
こんな姿を6人に見られてたらどうなって
いたんだろう。
きっと、パニックになって私のことを
バカバカ言い続けるだろうね。
……そうだよ、私は柚夢に伝えたいことを
伝えたら、6人のところに帰るんだから。
帰れるように、すべてを終わりにするために
ここに来たんだから。
だから、きっと大丈夫。
「悠…っ…悠!!悠ー……!!!」
あ、『ハーゲーハーゲー』のサイレンが
聞こえてきた。
うふふ、柚夢の腕の中ってやっぱり温かい。
なんだか、眠くなってきちゃったよ。
ちょっとだけ、寝てもいいかな?
あーでもこのまま目覚めなかったらどうしよ。
それは嫌だなぁ。
死にたくないしなぁ。
「奏楽!!」
「うぅ…あぁぁ……暁様…っっ!」
奏楽?暁様?
あぁ、風峰さんの声だね。
「どいてください!すぐに運びます!!!」
フランス語だから何言ってるか分からないけど
たぶんそう言ってくれてるのかな。
うん、きっともう助かるね。
次、目覚めたときに、一番に愛おしい人の
顔が見れますように。
そう願って、私は意識を手放した。
- 第28音 ( No.257 )
- 日時: 2013/06/28 20:28
- 名前: 歌 (ID: zbxAunUZ)
悠との連絡が途絶えて、1週間が経った。
明日からは普通に学校が始まると言うのに、
一切連絡が繋がらない。
『しばらく、連絡はできない』
『だけど、心配しないで。私は大丈夫。
みんな、心配させて本当にごめんね。
そしてありがとう』
大晦日、何度かけても繋がらなかった悠の携帯から
大和の携帯に連絡があった、すぐの言葉。
悠に何かあったことは明らかなのに、横浜と
沖縄という距離が邪魔をする。
すぐに会いに行ける距離では、ない。
「……誰か、繋がった人は?」
「いたらこんな平静でいられるかよ。もう
1週間にもなるんだ……悠にもしものことが
あったら俺は…」
日向の家のソファで頭を抱える、大和。
あれからというもの、俺たちは毎日それぞれの
予定を終わらせたら日向の家に集まって
悠と連絡が取れたかどうかの確認をしている。
もちろんそれだけではなく、何か悠についての
情報や手がかりだって探していた。
しかし、何1つ見つからないまま、明日から
また忙しい学校生活が戻ってしまう。
「1つだけ、分かったことがある」
そうはっきり言ったのは、愛用のパソコンを
いじっていた築茂。
俺たち全員の視線が、築茂に注がれる。
「悠は、すでに横浜にはいない」
「どういう、こと?」
日向の不安気な声に、築茂は眼鏡を上げて
表情を変えずに口を開いた。
「悠がどこのホテルに泊まっていたか、単純
計算で調べた。いくつかのホテルに絞られ、
1つ1つに電話をかけて悠の名前を出したんだが、
すぐに分かった」
「それで?」
「悠はまだホテルに泊まっていないことは確かだ。
1月1日にチェックアウトしている」
「元旦に……って、悠が電話をかけてきて
すぐってことだよな?」
「あぁ、そういうことだ」
珍しく空雅の頭が冴えている。
悠との連絡が取れない、ただそれだけで
俺たちは頭がいっぱいなんだ。
「…じゃぁ、悠は、今…どこ、に?」
玲央の言葉に、眉間にシワを寄せる。
「そんなの、簡単なことだろう。忘れたか?
俺たちが悠を横浜に行かせたくなかった
理由を」
「それはムウさんに………まさか…」
「あぁ、そのまさかだ」
俺が驚いて顔を上げると、築茂は鋭い
視線で遠くを見つめた。
「恐らく、フランスに行ったんだ」
一気に全員の顔に驚愕の色がうつる。
当たり前だ、横浜だけでもすぐに会いに行けない
距離なのに、フランスなんて自分たちの足で
一度行っているんだから、尚更距離の遠さを
分かっている。
「フランスって……どういうことだよ!
何で悠はフランスなんかに…っ…」
「これはあくまで俺の推測だが……悠は
記憶を取り戻したのだろう」
「えっ?」
「俺たちへの最後の電話での悠の声を覚えて
いるな。あの声は明らかにおかしかった。
前日の電話で煌が悠と電話をしているが
その時は普通だったんだろ?」
「あぁ」
築茂の問いに俺はしっかり頷いた。
「だとしたら、大晦日に何かあったと考えるのが
当然だろう。記憶を取り戻すために横浜へ
行ったのだから、横浜を出たということは
何かを掴んだということだ」
「確かにそうだよね……でも、どうして記憶を
取り戻してから、悠はフランスに行ったんだろう」
日向の言葉に俺も考えてみるが、全く
話が繋がらない。
悠の記憶がどんなものなのかすら分からない
俺たちには、想像もできない。
唯一、築茂だけが何かを掴んでいるような
表情だった。
「築茂、お前…何か分かってるんじゃねぇの?」
大和の探るような瞳を見ずに、築茂は
鼻で息を吐いた。
「おい!築茂!教えろよ!俺、バカだから
考えるのとか無理だし、焦らされるのも
嫌いなんだけどっ」
空雅のちょっと苛立った口調に、築茂は
ゆっくりと瞼を開けて。
「これはあくまで、推測だ」
そう、切り出した。
「ムウ、という奴は悠のすべてを知っていると
戯言を吐いていた。しかし、それはもしかしたら
事実の可能性も十分にある」
「は?あいつが悠のなんだって言うんだよ?」
「大和、黙って聞け。悠が記憶を取り戻して
フランスに行ったのだとしたら、悠の過去に
あいつが少なからず関わっていることは
間違いないだろう」
言われてみればそうだ……でも、あのムウさんと
悠は一体どんな関係なんだ?
「実際に、悠はフランスであいつとの会話が
一部記憶になく、倒れた。あいつは少なくとも
何かを知っている」
高級なデザインの部屋に流れるのはマスカーニの
カヴァレリア・ルスティカーナ。
優雅なオーケストラのハーモニーとは裏腹に、
俺たちの心は次第に蟠りが出来始めていた。
あのムウさんが俺たちの知らないところで
悠と何かしらの関係があったということが、
どうやら全員気に食わないらしい。
顔にはしっかり『嫉妬』の言葉が現れていた。
「でもムウさんと悠は俺たちがフランスに行ったとき、
普通に初対面みたいな感じだったよね?」
「あぁ、確かに知り合いと言った雰囲気ではなかった。
だがしかし、悠が記憶がなくした時の記憶に
あいつがいるのとでは問題は別だ」
日向の疑問をあっけなく崩した築茂に、
さらに疑問が浮かんでくる。
「ってことはよ?ムウさんは悠と初対面じゃ
ないのに、初対面のフリをしてたって言うのか?」
「お前にしては今日は鋭いな。思えばあいつは
最初から悠を見る目がおかしかった。何か、すごく
愛おしい瞳で見つめているような……俺はずっと
胸騒ぎがしていたんだ」
人一倍、人見知りな築茂だけど、そこまで
警戒して見ていたなんて知らなかった。
俺はコンサートのことに精一杯で、ムウさんと
悠のことを気にする余裕もなかったから。
「それは、俺も…感じていた。一度、悠があいつに
抱きしめられてるとこ、見た。すぐに…取り返したけど」
「玲央……何でそんな大切なこと、もっと早く
言わねぇのかなぁ?」
「……ごめん」
チッと舌打ちをした大和に、玲央は無表情で
言葉を返す。
でも、そんなことがあったところを玲央が見ていた
なら悠とムウさんの関係に何かあることは事実だと思う。
「ってことは、悠の失くしてる記憶にムウさんが
よく関わっているってことだよね?」
「一体あのムウってやつは悠の何なんだ!?
元恋人か?元大切な人か?」
元、恋人……元、大切な人……。
「あぁ、おそらく」
そんなの、悠の口から聞いたのはただ1人だけど……
でも彼は亡くなっているんじゃ……。
「築茂……まさかそんなこと、あり得ないよね?」
俺はある可能性に気付き、震える声で
築茂に問いかければ、築茂は深く
ため息を吐いた。
「俺だって、ついさっき、気付いたことだ。
ただの憶測にすぎないし、信じられないが……」
「ちょ、築茂と煌だけ勝手に話進めんなよ!
意味が分かんねぇんだけど」
ずっとイライラを隠せずにいる大和に、
築茂は多少の戸惑いを感じながらも、口を
開いた。
「あのムウという奴は………悠の、兄であり恋人で
あった『柊柚夢』の可能性が高い」
- 第28音 ( No.258 )
- 日時: 2013/06/29 21:23
- 名前: 歌 (ID: yl9aoDza)
異様な、空気。
全員が築茂の言葉をすぐには理解できず、
固まっていた。
「……は?」
「悠のお兄さんは、生きているってこと?」
「えぇぇ!?生き返ったのか!?」
「ホラー……」
大和は思いっきり眉を顰め、日向の言葉に
空雅は検討違いの思い込み、玲央が身震いをした。
「なわけないだろ」
「だ、だよなぁー……ビビったぁ」
白い目でため息を吐いた築茂に、空雅は
安堵のため息を吐いた。
「でも悠のお兄さんは生きているんだよね?」
「その可能性が高いということだ」
「や、やっぱり生き返ったのかよっ!?」
「違うよ、空雅。最初から死んでいなかった
っていうこと」
「え?えぇ?はい?」
俺の言葉がやっぱり理解不能らしく、不審な
行動をする空雅の気持ちを分からなくもない。
俺だってまだただの憶測で、事実かどうかなんて
分からないしそんなことあるのか、と疑いたくなる。
だけど、もし悠のお兄さんが生きていたとして、
それがムウさんだったとしたら、何となく
つじつまが合う。
「どういうことだよ?全然意味が分かんねぇ……」
「一回、落ち着いて。築茂、分かりやすく
説明をお願い」
空雅と同様、頭を抱えた大和に優しく言い、
築茂に視線を移す。
仕方がない、と言わんばかりの表情で
渋々頷いた。
「悠の失くしている記憶、しかし悠は今の今まで
自分が記憶を失くしていることに気付かなかった。
いや、気付かなかったんじゃなく、過去の記憶は
しっかりあったのだから疑いようがなかったんだ」
静かに言葉を落とす築茂の声がしっかり聞こえるように、
日向は流れている音楽のボリュームを小さくした。
「しかし悠は自分の持っている記憶に違和感を感じた。
つまり、今まで自分の過去だと思っていたことが
事実ではない可能性がある。現実にあった記憶と
悠の中での記憶が違っていたなら、今回のことは
説明がつくはずだ」
はっとした表情で、日向は顔を上げてごく、と
唾を飲む音が小さく聞こえた。
「今まで悠の記憶の中で兄が死んだ、そう思っていた
だけで現実では違かったのだとしたら、意味が
分かるだろう?」
これで、やっと全員が話を掴めたようだ。
「じゃぁ……悠は自分の兄貴が死んでいないかも
しれないから、その記憶を確かめるために
横浜に行った、ってことかよ?」
「うっそ!マジで!?」
「それは悠に聞いてみなければ分からないが、
そう考えるのが妥当だ。そしてそう思い始めたのが、
フランスに行った後のこと。悠はムウという奴が
兄に似ている、そう疑っていたのかもしれない」
「何か……分からないことだらけだね…。だって、
記憶が違っていたなんて普通、あり得ないでしょ?
それにお兄さんがどうして生きているのに、
死んだことになっているのかとか……」
日向の言う通り、悠のお兄さんが生きていると
したら次々と疑問は出てくる。
「悠の兄自身の意思で死んだことにしたのか、
それとも誰かの思惑でそうされたのか、どうして
記憶が違かったのか、兄の目的は何なのか、
上げればいくらでも出てくるだろう」
「築茂、他に分かることねぇの?俺たちは
悠のためにどうすればいい?何か出来ることは
ねぇのかよ?」
「そんなこと考えて分かるものじゃない。むしろ、
俺が聞きたいくらいだ。ただ1つだけ……」
大和に追い詰められた築茂は、言葉の最後を
濁して黙り込んだ。
「おい?ただ1つだけ、何だよ?気になるだろ」
「大和、あまり築茂を責めないで。ここまで
分かったのも築茂のおかげなんだから」
「まだ推測って時点だけどね。築茂はこれでも
焦ってるほうだと思う」
「煌、余計なことは言うな。1つだけ、俺は……
とてつもない不安がある」
「不、安……?」
あまり築茂の口から出ない言葉に、玲央も
不思議そうに瞬きをする。
いつも冷静、それは冷徹とも冷酷とも言われ、
人間的な感情なんてないように見えて、優しさも
しっかり持っている築茂。
だけど、弱音や弱気、自分の心の感情を
言葉にすることは全くと言っていいほどないのに。
その築茂が『不安』としたのだから、相当な
ことだろう。
そしてそれは、俺たちにも不安を与えた。
「築茂……不安、って何?」
震える声で呟いた日向と同様に、俺たちも
視線で築茂に訴える。
築茂はもう何度目かも分からないため息を
大きく吐いて、意を決したように、口を開いた。
「………悠は本当に、俺たちのところに
帰ってこなくなるかもしれない」
それは、俺たちが一番恐れていること。
悠が横浜に行くと言ったその時から、ムウさんに
言われていた言葉が浮かんでは存在を強くしていた。
あまりにも受け入れがたい言葉に、沈黙だけが
佇んでいる。
「………死んだと思っていた大切な人物が生きていた。
そうなったとき、お前たちならどうする?」
もし、悠が死んでしまって、でも本当はそれは
事実ではなかった。
ずっと会いたいと思っても会えずに、何度も寂しい
想いを抱えてきて、そんな時に生きていたことを
知り、会ったとしたら………。
「二度と、離れたくない……」
絶対に、離したくない。
「っ……まさか!!」
「あぁ、だからあの時ムウは俺たちに言ったんだ」
『本物の記憶を彼女が取り戻したら、おそらく
あなた方のところへは帰らないでしょう』
「そうか…っ……だからあいつ…!!
くそっっ!!!どうすんだよ!?このままじゃ
本当に帰ってこねぇじゃんかよ!」
「そ、そんな!!ヤバすぎるだろ!どうすれば
いいんだ!?フランスに襲撃するか!?」
「大和、空雅、落ち着いて!冷静に考えないと
分かるものも分からなくなるでしょ?」
「お前らは何でそんなに落ち着いていられんだよ!?
悠が帰ってこなくなってもいいのか?」
「そんなこと言ってないだろ!俺だって
怖いし不安だよ……でも、今はそんなこと
言ってる場合じゃないだろ!?」
ソファから立ち上がった大和は日向の胸倉を
掴んで叫ぶと、日向も落ち着いていた表情は消え、
声を荒げた。
「2人とも、やめろ。大和、日向の言う通り、俺たち
だって落ち着いてるだけじゃないんだ。内心では
すごく焦ってるし不安だよ。だけど今はそれよりも
これからどうするかを考えなければ何も変わらない」
俺は2人の肩を掴んで真剣にそう言うと、大和は
唇を噛みしめてドカッとソファに座りなおした。
日向も小さくごめん、とだけ呟いて元の場所に戻る。
「よく考えろ。悠は最後に何て言った?」
落ち着いたのを見計らって築茂はそう切り出す。
『私の心を、信じていて』
「必ず帰るとも、待っていて、も沖縄を出る前に
言っていた言葉は何1つ言わずにこの言葉を残した。
恐らく、自信を持って『帰る』とは言えなかったんだ」
つまり……帰らないかもしれないということ?
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