コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第16音 ( No.165 )
日時: 2013/03/27 15:55
名前: 歌 (ID: 4mrTcNGz)



バタン、と玄関のドアが閉まると、後ろから
小さくため息を吐く音が、聞こえてきた。


ふり返ると、口をへの字にしている玲央と、
口角を薄ら上げている煌に、眉間にしわを
寄せてドアを睨みつけている大和が。



「……さてと、3人はどうする?泊まってく?」

「いや、俺は帰るよ」

「そっか。何か本当にごめんね。昼間も来たのに
 また来てもらっちゃって。こんな時間まで」



はっきり時間を確認したわけではないけど、
もう午前0時を回っていることは確実だ。



「お前が変な気を遣ってきちんと話さなかった
 からだろ?日向と空雅も飛んで行きたかった
 けど終電がないから、って言って諦めたんだぜ。
 すんげー心配してた」

「嘘……うわぁ、マジですいません」

「まぁまぁ。とりあえず、部屋に戻ろう」



大和の話に、鈍器で殴られたかのように
頭がズキズキと痛んできた。

心配されることに慣れていないから、
どうしていいか分からなくなる。


煌の言葉でひとまず部屋に戻って、時計を
見て見ると、もう少しで午前1時に
なろうとしていた。



「……俺も、ロシアに行く、準備が…
 ある、から。帰る」

「あ、うん、そうだよね。きっとすぐに
 発つつもりなんでしょ?」

「ん。少しでも早く、帰って……これる、ように」

「そうだね、待ってるから。気を付けて
 行ってきてね」

「ん」

「日向と空雅と築茂にも連絡しとけよ。
 何があったかは俺たちが言っておくから。
 ちょっとロシアに行ってくるってだけでも
 言わないと心配するだろうし」

「…分かった」



私と煌の言葉に、しっかり頷いた玲央は
小さく、ありがとう、と呟いた。



玲央を乗せた煌の運転する車を外で
見送ってから、大和と向かい合う。



「……本当にごめんね、あとありがとう」

「ったく、俺の家が目の前でよかったわ、マジ。
 ハンディってやつじゃなかったらぶん殴って
 たからな、俺」

「いやいやいや、何でそこまでするんですか」

「はぁ?お前が大切だからに決まってるだろ?」

「………はい、あざっす」



大切、とか。


真正面から堂々と言われるのなんて、たぶん、
初めてだったと……思う。

どう反応していいか戸惑ったけど、一応
お礼を言っておいた。



「悠、お前は玲央を大切だ、って言ったな?」

「うん。もちろん大和だってみんなが大切だよ?」

「それは分かってる。だけどな、お前は
 自分を大切にしなさすぎる」



自分を、大切にする…?


そんなこと、できるわけなくない?
自分なんかを大切にしてどうするわけ?

めんどくさいんだよね、自分が一番。



そんな想いが顔に出てしまっていたのか、
大和は呆れた表情を一度してから。


真剣な顔つきで、口を開いた。




「悠、自分自身を大切にできない奴が
 誰かを大切にできると思うなよ」





気付いた時には。
すごい力強い腕で、肩を掴まれて。




目の前には、大和の、瞳。




熱くて、鋭くて、怖い、のに。
逸らすことのできない、瞳。




……キス、されてる?





お互い目を開けたまま、唇は強く、深く、
重なっている。


腰をぐい、と引き寄せられて、さらに
濃厚なキスを、されていることに気付いて。


慌てて、大和の胸を、押した。




「……んんっ」




それでも放そうともせずに、大和の舌が
口内をかき乱されて初めて、ぎゅっと目を
固く閉じた。




「……はぁ…はぁ…」




やっと、解放された唇から出たのは、
乱れた呼吸だけ。




「ほら、見ろ。男1人から逃げることもできない。 
 お前はどうしてこれで1人でも何とかなるって
 言い切れるんだよ!?」




見上げた大和の顔は、私よりもずっと
息をすることが苦しかったかのような、
そんな表情で。


私に思い知らせるために、キスをしたことくらい、
よく分かっているのに。



違う意味が、含まれているような気が
してならないのは。


ただの、勘違いだと……思いたい。




「もし、次俺でもあいつらでも頼らないで
 1人で解決しようとしたら、キスだけじゃ
 済まさないからな」




口調は荒いのに、私を優しく抱きしめて
くれる大和の胸に、額を寄せた。




腕を緩めて私の顔を覗き込むように、見る。



「……いきなり、悪かったな。でもこうでも
 しないと悠は分からないだろ?」


「うん、大和の言うとおりだね。ありがとう。
 こんなことさせちゃって、ごめんね?」


「………いや、別に」



私とキスなんて、したくなかったと
思うから、それに対して謝ったけど。


不自然に視線を逸らしたことには、気付かない
フリを、しておく。



大和の心が、きちんと大和の手元にあることを、
強く強く願いながら。





大和とおやすみ、とぎこちなく交わして
部屋に戻った、今。



まだ唇に大和とのキスの感触が残っていて、
消したいわけではないけれど。


何となく罪悪感が感じられて、すぐに
シャワーに入り、大和の唇の感触も腕の強さも
逸らせない瞳も。


洗い流した。




雨が降った後の名残のように、後から
後から落ちる水音に、そっと耳を傾けてみる。


まどろみを夢枕に、明日になれば
いつもの私たちに戻るんだから。



今日のキスに、気持ちも心も、何もない。




シャワーから出て、普段は滅多に飲まない
ソーダー水を手に取った。


心はうまくいかないものだ。


要らないものだけは、このソーダーの泡みたいに
蒸発すればいいというのに……。

だけど、湧き上がる不純物を抱いても、
すきっと爽快と生きていたいと、思ってしまう。



大丈夫、忘れられる。



自分を大切にしろ、ということは
しっかり心に刻んでいかなければいけないけど。


大和とのキスは、忘れなければいけない。


大和の、ためにも。
私の、ためにも。
みんなの、ためにも。



底辺にいるってことを自覚しないままに
ジレンマを抱えるなんて、したくない。

心はいつも鳥のように、自由でいたいから。


縛られる鎖を持たないことは、最高に
気持ちがいいから。




……曲、作りたい。



浮かんだ音を楽譜で泳がせるために、肩に
かけていたタオルで一度髪を乱雑にかき回して。




音楽に、溺れて行った。




第17音 ( No.166 )
日時: 2013/03/28 16:10
名前: 歌 (ID: u5wP1acT)




3階まで続くアパートの階段を、初めて
全力疾走で、駆け上がった。



「はぁ…はぁ……」



たった、このくらいのことで、息が
上がっているのは。


決して、階段を駆け上がってきただけの
理由では、ない。



家のドアを必要以上に力を入れて開けて、
中に入ればそのまま、しゃがみこんで
髪に手をぐしゃ、と差し込んだ。




「……やべ」




あの、柔らかい唇。
乱れた、息。
色っぽく潤んだ、瞳。


悠のすべてが、俺の心をかき乱す。



自分はどうなってもいい、そんな風にしか
考えていない悠に苛立って、思わず
してしまった行動。


ちょっと分からせるためだけに、軽く、
するつもりだった……のに。


容易く唇を奪われ、抵抗する力はとても
小さすぎるもので、あまりにも悠が
“女”だということを感じてしまった。


そのまま、キス以上のことも、したく
なったのが、痛いほどの本音。



後悔……して、いる。



まさかこんなにも、自分を制御できなくなり
そうになるとは、思わなかったから。


まさかこんなにも、鼓動が早くなるとは、
思いもしなかったから。


まさかこんなにも……悠とのキスが、気持ちよく
感じると、思ってしまったから。



でも、もう一度、後悔してもいいから…。





「もう一回、してぇ……」






あぁ……俺は、本当に。


あの、何を考えてるか分からない、あいつが。
絶対に弱いところを見せない、あいつが。
1人で生きようとする、あいつのことが。





好き、なんだ。







悠が俺のことを知るだいぶ前から、俺は
悠の姿を遠くから見ていた。



『大和君、聞いた?目の前の広い空き家、ある
 じゃない?あそこにまだ15歳の女の子が
 たった1人で内地から引っ越してくるんだって』



隣の部屋に住むおばさんが、福岡に行ったお土産に、
って言って明太子のスナック菓子を持ってきた時のこと。


ちょっと声のトーンを落として、囁くように
言ったおばさんの言葉に、特に反応を返すような
ことはしなかった。



1人とか大変だな、何かやらかした問題児か、
俺には関係ないから、とか。


そんなことだけを考えて、お土産を受け取った。



今から1年3か月前の、初夏に入ろうとして
いたころ、しばらく無人だった目の前の
広い一軒家に、人が出入りしているところを見た。


引越し屋のトラックは、とても小さくて、
運んだ荷物もそれほど多くはなかったんだと思う。


トラックがエンジンをかけて道路を走って行くと、
一軒家の玄関前に、トラックを見送る1人の、
女が、立っていた。


あれが、例の15歳の女、か。



3階から見てもよく分かる、綺麗な黒髪、
細すぎる華奢な身体、整った顔立ち。


一目で内地の人間だと分かるくらいに、
色白い肌を、していた。



15歳だと聞いたけれど、ずっと大人っぽく
見えるのは、それなりに身長があるから
だろうか?

俺の1つ下のはずだけど、しっかりしてそうで、
でもどこか悲しげな雰囲気を、漂わせていた。



目の前の白いアパートの3階から、見ている
俺のことなんて、全く気付かずに。


その女は、部屋の中に入って行った。




別に何か気になっているわけでは、ない。


ただ俺とあまり年齢の変わらない女が内地から
1人で来たというんだから、物珍しいってなだけ、だ。



興味がある……のかもしれない、けど。




近所に挨拶くらいはするだろう、そう思いながら
あいつが来るのを待っていたのに、一向に
そんな気配がないまま。


気付けば、半年が過ぎていた。



学校に行くためか、見覚えのある制服を
見繕い、駅へ向かうあいつとすれ違ったり。


近くのコンビニへ煙草を買いに行けば、
雑誌を立ち読みしていたり。


たびたび、あいつを見かけることはあっても、
視線が交わることは一度もなかった。


というか、あいつには俺という人間すら
全く映っていないかのように、ちらっと
見もしない。


それが何となく、苛立っていた俺。



「何で俺が……こんなにあいつのことで
 苛立たなきゃならねーんだよ!」



八つ当たりで、コンビニのゴミ箱を蹴散らした
ことも、あったっけな。


今考えると、よっぽど気になって仕方が
なかったんだと思う。




ある日の夕方、滅多にベランダに出ない俺が、
風に当たりたくて窓を開けると。


すぐ目の前に広がる海と、砂浜の中央にある、
大きな石の階段の一番に下の段に。



人が、いるように見えた。




「……あれは…」




さほど遠くない位置にいる人物は、よく目を
凝らせばすぐに誰だか分かる。


隣のおばさんが『神崎悠ちゃんって言うみたい』
って言っていたな。



あいつは、神崎悠に間違いない。




水平線を見つめながら、半年でだいぶ伸びた
綺麗な黒髪をなびかせている。


一番下の階段に腰を掛けて、浅瀬に足を
つけながら、微かに口元が動いているのが、見えた。


……歌、を。
歌っている、のだろうか?



何を歌っているのかは、全く分からない
けれど、あいつの表情を見ていると。


とても、優しい気持ちになれる。



波に心あずけながら、きっと静かな優しい歌を
口ずさんでいるんだろう。




それからも、何度か窓越しに海を覗くと、
あいつがいた。


何をするわけでもなく、ただ水平線を
見つめながら何かを、口ずさむ。


その何か、を聞いてみたい、と思うように
なってからは、家を出てあいつがいる
石の階段の最上段で、静かに耳を澄ませた。





星が見える
でもそれはいつもよりずっと遠かった

片方は悲しみに頬濡らし
もう片方は愛おしみに心濡らし

遠く遠く離れた星は
自分たちとは違うんだと

重たくなった まぶた
慰めに舐めた なみだ

重たいのは 愛
しょっぱいのは 心

落とさないで 乾かないで
それでも 絶やさないでいて





その、歌声とメロディと、あいつの姿が。
あまりにも、美しくて。



突風が吹きぬけたかのように、
あいつの歌に、惚れた。





全く聞いたこともない、知らない曲なのに、
どこか懐かしくてほっとする、歌。


惹きこまれそうになる、美しい歌声。



自分でも信じられないくらい、その時の
俺は、あいつに、目を奪われていた。




第17音 ( No.167 )
日時: 2013/03/29 16:13
名前: 歌 (ID: 49hs5bxt)



そしていつも、あいつが気付く前に、静かに
その場を立ち去って。


声をかけるようなことは、しなかった。



そのまま時は過ぎ、あいつが引っ越してきて
1年が過ぎたころ。



その日、窓に目をやると。


窓の外にはどんよりと、あれが頭上を通過
するのかと思うと不快感が募りそうな、ほどに。


嫌な天気、だった。



しばらくして、天が水滴を激しく地に
叩きつけ始めた。


これでは外に出られないというほど、
激しく叩きつけている。


世界が灰色に染まりそうなほどに、水滴は
大きく、長くなっていった。



ふと、気になった、海。




………まさか、こんな大雨の中いるわけ、
ないだろ。



そう思いながらも、そっと窓の外を
目を凝らして見てみる、と。




バンッ!!!




気付いた時には、家を飛び出してそのまま、
あいつの冷え切った身体を、腕の中に
閉じ込めていた。




「てめーは何してんだバカ!」




こんな土砂降りの中、いくら海が好きでも、
歌うことが好きでも、外にいるやつが
いてたまるか。


普通、自分の体調を優先して、すぐに
家に帰るだろ!


そう思いながら、初めて間近で見る、
あいつの顔は。



思っていた以上に………見とれた。




こんな、容姿の子、に。
俺はバカ、なんて言ってしまった。


繊細そうな、純粋そうな、綺麗な
顔立ちをしていることに初めて気付いた
俺は、すでに発言した言葉に。


後悔しそうに、なった。



でもその後悔も、一瞬にして、打ち砕かれる。


俺の言葉を聞いて、きょとん、とした
表情がみるみる、首を傾げて
ぶつぶつと意味の分からないことを
呟き始めた。


自分で声に出しているのが、分かっているのか
いないのか、自分はどうして知らない人間に
怒られているんだ?とほざいている。


こいつ……バカ、だな。


すぐにそう確信した俺は、そのまま折れそうな
腕を引っ張って、あいつの家に入った。


いや、別に乱入とか、そんな物騒なもの
じゃなかった……はず。



まさかこんな展開になるとは思いも
しなかったけれど、このまま風邪を引いたら。


こいつは女1人で暮らしているんだから、
いろいろと大変だと思い、タオルを
受け取って、大雑把に拭いてやった。



悠は、この時が俺と悠の、初めての
出逢いだと今でも思っているだろうけれど。


俺はその前からずっと、悠を見てきた
ことに、いつ気付くだろうか?



いや、俺が言わない限り、絶対に知ることは
ないのに間違いはないけれど。


知っていてほしいような、気も、する。



今となっては、適当な話も言いにくい話も、
軽々しく話せて、一緒に音楽をできるように
なるまでの仲になった……けど。



未だにあいつは、自分のことを何一つ、
話そうとはしてくれない。



最初から無理に問いただそうようなことは
したくないから、ずっと悠から話して
くれるのを待っている。


それでも、かれこれ、よく一緒にいる
ようになってから、4か月は過ぎた。


しかも、会う日1日の中で一緒にいる時間が
長いから、もう半年以上の付き合いだと
思ってもおかしくない、のに。



いつも誤魔化す様にへらへらと笑って、
見えない、薄っぺらい壁を、作る。




そんな、ある日の、夕方。



いつものように、ふとベランダの外に
目をやると、悠の姿がそこにあった。



大きな太陽が水平線へゆっくりと近づき、
何もかも金色に輝き、遠浅の浜には
波が静かに打ち寄せ、また打ち寄せ。


悠のシルエットが光の中を、パシャパシャと、
飛沫をあげながら。


太陽に向かって、歩いていた。
太陽の光繕った悠は、無色透明に、輝いていた。



その姿が。



何度、俺を救っただろう。
何度、救ってくれただろう。




きっと、また悠の口からは細やかな
メロディがあふれ出ている。

悠が奏でる、音楽。


それは、世界を変える力があると、
俺は自信を持ってそういうだろう。


俺も、悠に変えられた、1人だから。



この世に生きる希望も持たぬ抜け殻だった
俺は、初めて石の階段の最上段で聞いた
悠の歌を聞く寸前まで。


明日こそ死んでしまおうと、そう思う
毎日だった。


そんなときに聞いた、悠の歌は、
俺を救ってくれた、歌。


だから俺は自信を持って言える。



この世界を変えるメロディ。
あの音楽は、世界を変えてくれるだろう。



この疲れ切った世界を、そこに住む
生き物も。




詩や曲というのは、宝石に似ている。


心の鉱脈があって、そこに岩石の
ように埋まっている。


それを掘り出し、磨くことで形ができてくる。


大きな鉱脈もあれば、小さな鉱脈もあって、
大きな鉱脈を見つければ、作品がどんどん
溢れてくる。



きっと、悠の、心は。



たくさんの鉱脈があって、音楽の宝石が
数知れないほど、埋まっているんだろう。


普通の人間には、気付かないようなところも、
悠にはすぐに見つけられる。




「やーまとっ!バンドの歌詞、この前頼んで
 おいたやつ、どんな感じ?できそう?」

「あぁ、そういえばもうできた。歌詞ってより、
 普通に詩みたいになっちまったんだけど、
 見て直してもらえるか?」

「了解!でもラップ調子の曲に合わせるから
 もしかしたらそっちの方がずっといいかも!
 見せて見せてー」




あの、キスをしてから、3日後。


メールで今から家に行く、と送られてきたのは、
ほんの数分前のこと。


キスをしたことなんて、なかったことのように、
警戒心なんてさらさら感じられない笑顔で。


悠は、俺の家の中に、上がり込んだ。



「あ、ついでにガ○使のDVDも借りて来たんだ!
 新作だから早く見ようよー」

「マジで!?まだ見てなかったからめっちゃ
 テンション上がるんだけど!」

「でしょー?その前に歌詞歌詞っ」

「あぁ、ちょっと待ってろよ」



もう、何度目かの、ことだから。
お互い気楽に、座る。


その距離の近さは、他人から見たら、
どう見えるのか……分からない、けど。




第17音 ( No.168 )
日時: 2013/03/30 21:19
名前: 歌 (ID: VHEhwa99)



とあるバンドの作詞作曲の依頼があるんだけど。
今回の歌詞は大和、書いてくれない?


と、頼まれた、作詞。


本格的に来たか、とその時はちょっと
不安でもあったけれど、いざやってみると
楽しかったりする。



「はいよ」

「ありがとー!」


何度も消しゴムで修正した跡があり、白い
ルーズリーフはちょっと灰色に霞んでいた。




キーを刺す
夢は広大な地を蹴って
何処までも走ること
加速するスピードは光を超え
地平線の彼方まで飛ばしていく

交差する道には目もくれず
直進し続ける夢のライブ

疲れなど遠い存在で
何百年も目的地まで走り続ける

果てしない夢を燃料にして
道なき道を直進爆走

オーバーヒート寸前の心を
一陣の黄金の風が冷まして行く

真っ暗になった世界を捨て
新天地を目指し
光の速さを超えた銀の風は
荒れ狂う道を突っ走っていく

夢の世界に届け爆音
希望を乗せ吹く銀の風

声をあげて進んだ先
キーを抜いて辺りを見れば

そこは夢見た新天地





「おー……!バイクに乗っているからこそ、
 生み出される詞だわぁ。めっちゃいい!!
 イメージにもピッタリだし、このまま
 採用しようっ」

「そ、そうか?……サンキュ」



ちょっとドキドキ、なんてらしくもない
心情でいながらも、平静を装いながら、
褒められたことに胸を撫で下ろした。




「今頃玲央はロシアで何してるかなぁ……。
 ってかロシアって飛行機でどのくらい?
 時差ってどんだけあるんだろ?」

「さぁ、よくわかんねぇけど。築茂にでも
 聞いた方が早いと思うぞ」

「確かにー。上手くやっているといいなぁ」




つい、昨日の早朝の便で日本を経った、玲央。


家が比較的近い俺と悠は、まだ薄暗い中、
しっかり見送りに行った。


その時の玲央の瞳は、もう何も迷いはなく、
心から送り出してやることができた。


後は、すべて玲央次第だから、俺たちは
玲央を信じてここで待つだけ。




「ま、今の時代、携帯やインターネットで
 世界中どこでも連絡取れるから大丈夫か!
 よし、ガ○使見ようっ」



そそくさと借りてきたDVDを慣れた手つきで
セットする悠。


もうこんなことも、当たり前となった。



「ってかお前、DVDなんか見てる暇あるわけ?
 バイト……は、もう終わったのか」

「そうそう。昼間きちんとバイトしてきました!
 夏休みの課題はもう完了したし、作詞作曲は
 大和と煌がやってくれてるでしょ?
 学校関係ももう適当にやってれば何とかなるから」

「……案外、楽しそうだな」

「あれ、バレた?実はめっちゃ楽しんでる」



剥き出しの笑顔に、剥き出しの心。


たとえ凍り付いてもいいから、この手で
触れたいと、そう思ってしまうのは。


あのキスの、上書き、だろうか?



……上書き?


違うな、キスをしたという事実を
ないことにされようとして、それが
思った以上に、苦しいから逃げようと
しているだけ。


全ては偶然の産物だったら、いいのに。




「きゃははっっ!今夜〜は〜浜田〜!
 出た出たっ。ちょーウケる!」



お笑いが大好きな悠は、大好きな中年の
お笑いコンビが出ているこのDVDが
お気に入りらしい。


俺の心の声なんて知る由もなく、幸せそうな
笑顔で、腹の底から笑っていた。



そんな悠を見ながら、苦しくて切なくも、
愛おしさがあふれ出す。



今はお笑いとか、音楽で幸せそうな顔をする
悠だけど、いつかは、俺が幸せになって
悠も幸せにしてあげたいと、そう思う。


……彼氏でも、ないのに。




手をちょっと伸ばせば、すぐに手が届く
位置に居る、悠。


口の中から、喉の奥から、腹の底から、
魂を震わせあふれ出そうになる想いを。


心の中で涙と化して、消えないように
この身に刻み付けた。



俺は、厄介な女を、好きになってしまった。



すごい奴なのにバカで、自分よりも他人で、
見て見ぬフリはうまいのに、人の感情には
すごく敏感で。


笑った笑顔は何よりも綺麗で可愛いし、
透き通る歌声は惹きこまれるし、折れそうな
指先が奏でるメロディは美しい。



恋愛に、興味のない、女を好きになって
しまった俺に、この想いをどうしろって
言うんだろう。



それでも。



心が裂けて痛くても、悲しみが溢れて涙に
なっても……嫌いじゃ、ないんだ。




「はぁーっ!めっちゃ面白かったぁ。
 今度また借りてこよっと」



しっかり2時間見終わった悠は、ぐんと天井に
向かって大きく背伸びをしたまま、立った。


ふわ、と香る悠の、匂い。


思わずくらくらと眩暈がしそうになるのを
必死で堪えて、俺も席を立った。



「大和、ありがとね!この歌詞に煌の曲つけて
 完成したらバンドにあげる。そしたら、私たちも
 弾いてみちゃおうねっ」



と、めちゃくちゃ楽しそうな悠に、微笑んだ。


最初は完成した曲をバンドの奴らがどんな
ふうに弾いてくれるのか、見るのを
楽しみにしていたんだけど。


悠のバンドの人間関係がややこしくなって
俺たちが目をつけられるから、行くなら
こっそり1人で行ったほうがいい、と。


絶対に私と一緒には来ちゃダメ、と。


あまりにも真剣な表情で忠告されたから、
それに従うことにしている。



「じゃ、またね!」

「おう」



家を出て、階段を素早く降り、目の前の
悠の家に入ろうとして、悠は立ち止まる。


どうしたんだ、と思いながらもその
背中を見つめていると。


くるり、と俺のほうに振り返って、もう一度
小さく手を振った。



……気付かれてたか。



いつも、こうして悠がきちんと家に入るまで
見届けていたことを知られていないと
思っていたけど、ビックリもしなかったんだから
最初から知っていたんだろうな。


それでも、俺も手を振り返して、家の中に入った。




第17音 ( No.169 )
日時: 2013/04/02 18:21
名前: 歌 (ID: 4mrTcNGz)






それから8日後、あまりにも早く、玲央は
ロシアから帰ってきた。


たった、1人で。





「玲央っ!!」



到着口から明らかに目立つ身長と雰囲気で
出てきたのが、玲央だということは一目瞭然。


悠は、玲央の姿を見つけた瞬間、走り出して
そのまま、玲央に抱きついた。


……大丈夫、こんなことで毎回毎回嫉妬なんて
していたら心臓が持たなくなる。



「お帰り!!早かったねっ」

「ただい、ま」



恋人のような、距離と会話に周囲の視線が
痛いほどに伝わってくる。



「おい、いい加減離れろバカ。めっちゃ
 見られてるぞ」

「本当だよ、悠。話は家に着いたらゆっくり
 聞けるんだから。ね?」



俺と日向の言葉にすんなり、玲央から手を
放してもう一度、玲央に微笑んだ。




玲央から、明日帰る、とLIMEのグループトークで
報告があったのは、本当に急なことだった。


那覇国際空港まで迎えに行く、と駄々をこねて
聞かなかった悠のために、時間がとれた
俺と日向は、一緒に着いてきた。



明らかに観光客が多い空港で、お帰り、と
会話しているのを聞かれれば、すぐに
沖縄の人間だと分かるくらいに。


俺たちは、かなり注目されていた。



てっきり、妹の瑠璃ちゃんも一緒に帰ってくる
のかと思い込んでいた俺たちは、玲央が1人で
現れたのを、ちょっと複雑に思いながらも。


ちょっと凛々しく、大人びた表情をした
玲央を、頼もしく感じた。



玲央の手荷物は黒いリュック一つで、全く多くは
なかったから、そのまま全員で悠の家へ。


家の中に入ると、空港に向かう前に悠が用意して
いたのか、サランラップに包まれた肉じゃがと
ゴーヤーチャンプルが、テーブルの上に置かれていた。



「……これ、悠が?」

「うん。玲央、日本料理好きだし久しぶりに
 食べたいかなぁと思って。日向にこの前、
 教わっていたんだ。味は……たぶん、大丈夫」

「たぶん、ってなんだよ。ま、見た目と匂いは
 上出来じゃん。腹減ったから早く食おうぜ」

「大和、手洗ってからね。空雅と同じようなこと
 言わせないでよ」

「あーはいはい」



日向に指摘されて大人しく洗面台で手を洗いに向かう。


そんな姿を、悠と玲央はくすくす、と笑って
見ていた。



本当は、悠の手料理なんて初めてだし、ものすごく
嬉しいと思っているのが、事実。


でも、絶対にそれを悟られないように、俺は
手を洗った後に、顔も軽く洗った。



リビングに戻ると、箸と湯気がたっているご飯が
しっかり用意されていて。


1人暮らしの俺には、やっぱりこういうのが
とてつもなく嬉しいことに、気付いた。



「いただきまーす」



手を合わせて肉じゃがをつまむ。

丁度いい醤油の濃さと、味がしみてるじゃがいもに、
思わず「うめぇ」と、言葉を漏らした。



「本当?やった!」

「うん、とってもおいしいよ。さすが俺が教えた
 だけあるね」

「……とっても、おいしい。悠、ありが、とう」

「うん!よかった、喜んでもらえて」



とても、嬉しそうに笑顔を綻ばせた悠も、
最近は徐々にご飯を食べるようになった。


ただの小食なのか、食べる量は本当に少しずつ
だけれど、その姿を見るのと見ないのでは
全然安心感が違う。



4人でご飯を囲みながら玲央にロシアでのことを
代わる代わる質問する。


きちんと、両親とお祖父さんと話ができた
みたいで、お互い誤解していた部分がいくつか
あったらしい。

腹を割って真正面から話を切り出した玲央の
姿が、きっと伝わったんだろう。


お祖父さんも玲央に悪いことをした、と
頭を下げてくれたらしい。

瑠璃ちゃんもすごく喜んでいて、元気すぎる
くらい元気だったそうだ。


本当は、ロシアに戻ってきなさいと、
みんなから言われたみたいだけど。



「日本に、大切な人たちが……待ってくれて、
 いる…から。これからも、日本で暮らす、
 って、言った…」



玲央自身の意思で、日本に戻ることを
伝えて来た。


最初は悲しそうだったけれど、たまには
連絡をしなさい、そう言って家族は
優しく送り出してくれたらしい。


その話を聞いた悠は、ひどく安心そうに、
目を細めていた。



「あ、でも瑠璃ちゃんは?大丈夫だった?」

「ん。もう、お姉ちゃんだから、って
 泣きそうに……なりながら、手、振ってくれた。
 今度、日本に遊びに、来るって」

「そっか!本当によかったね、玲央」

「ん」



もう、思い残すことがなくなった玲央は、
前よりもずっと強く、大きくなっている。


ずっと見て見ぬふりしてきた、玲央の心の
扉は、悠が開けてくれたけど、そこに
入ることを決意したのは、玲央自身。


入ったからこそ、しっかり出てくることも
できたんだ。



もし、扉を開けるのが、悠でなかったら、
それはそれで違ったのかもしれない。



目の前の扉の開け方、閉め方ひとつで、
人生が変わることもあるのだから。



でも結局、問題なのは人生ではなくて、
人生に対する勇気なんだろう。




それからも笑いが絶えない話をしてから、
すっかり日が暮れた窓の外を見つめる。



「そろそろ、帰ろうか。玲央も今日は
 ゆっくり休んだ方がいい」

「そうだね。みんな、気を付けて」



日向の気遣いに悠も立ち上がる。



「今日は、本当に……ありがとう」

「ううん。本当に帰ってきてくれてよかった。
 こちらこそありがとね。空雅と築茂と煌にも
 少し連絡してあげて」

「ん。さっき、メール…きてたから、大丈夫」

「そっか。日向と大和もありがとね」

「いや、玲央のためだからね」

「どうってことねーよ」



嬉しそうに手を振る悠に、それぞれ
手を振り返しながら。


外に、出た。




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