コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第8音 ( No.85 )
- 日時: 2012/11/24 19:25
- 名前: 歌 (ID: KDFj2HVO)
「さぁて、次は煌たちの番だなぁ!
あー楽しみだ。さぞかし俺たちの演奏より
ずっといいものを聞かせてくれるんだろうなぁ」
「おいおい大和ー。プレッシャーかけるなよ」
「はっ!何を弱気なことを言ってるんだ。
俺たちは俺たちの演奏をするまでだ」
大和が楽器をしまってから煌に向かって
悪戯な笑みを浮かべながら言うと、苦笑いを
返した煌に築茂の鋭い一言。
築茂はさすがというか、ここまで来ると
冷めてるとかじゃなくてただたんに
マインドコントロールがうまいんだな。
そんなことを思っている間にも煌と築茂は
それぞれのバイオリンを出し終えていた。
大和と玲央は煌と築茂が座っていた
場所に座り、入れ替わる。
さっきと同様に、音だしをし始めた。
同じバイオリンでも弾く人間が違えば、
音色も音の厚さも表現力も、違う。
それぞれにあって、ないもの。
それを同じ楽器のアンサンブルなら、
補え合えるし、音の厚みが深くなる。
チューニングも終え、お辞儀を綺麗に
揃えてバイオリンを構える。
2人とアイコンタクトをとって、
私はさっきまで弾いてものとは違う
パートを奏でる。
もちろん、気持ちの持ちようも変化する。
この2人と私でしか奏でられない音を、
表現できないことを、するとき。
煌の鮮やかな音色を重ね、築茂の
凛々しい響きを混ぜる。
深みを増した音たちとともに、私たちの
心も深く、重くなっていく。
ふと、閉じていた瞼の裏に映るのは。
もう少し寝ていたいけど、鼓膜の奥から
3つの音色が。
きらめいて心の扉を開けると。
眩しい、柔らかな金色のシンフォニーが
体を包みこむ。
気持ちいい、ゆっくり落ちていく、
羽毛のように、眠りのしじまから
うつつの世界へと。
透き通る和音を十分に響かせて、
そっと弦から弓を離した。
こうして、小さな小さなアンサンブル
コンサートを無事に終えた。
バイオリンアンサンブルが終わった瞬間には、
大和の今までに見たことのない表情と。
玲央の心地よさそうな雰囲気と、荻原先輩の
心からの笑顔と、空雅の眩しい瞳、を
一斉に受けて。
煌と築茂と顔を見合わせて、笑顔がこぼれた。
そして今はお菓子や紅茶、ジュースを飲みながら
好き勝手に会話が弾んでいた。
内容はくだらないことばかりだけど、
今日、初対面だとは思えないくらいに
みんなテンションが高かった。
それぞれに連絡先もばっちり交換したみたい。
こうしてみると、みんなとても
楽しそうだし1人1人に纏わりついていた
壁が薄くなったようだ。
「なぁ、大和ってトランペットも
できるんだろ?俺も実はさ、小学校のときに
ちょっとやってたんだよね」
「マジで?じゃあ今も吹けるんじゃね?」
「いやぁ、野球もあったから下手くそだし、
もうほとんど忘れてるかもしれないけどさ。
今日、2つの演奏を聴いて俺もまた
音楽やりたくなっちった!」
……空雅、君と音楽がかけ離れているものだ
なんて言ってごめんね?
「やってたなら早く言ってよー!お前と
音楽はかけ離れているものだと思ってたよ」
「音楽の授業は嫌いだけど、楽器は好きだし
歌うことも好きだぜ?」
「じゃあ今度、俺の楽器で吹いて聞かせてくれよ。
なんならコーチになってやってもいいけど?」
「お、本当か!?だったらありがたく
そうさせてもらおう!」
どうやら空雅はやる気満々のようだ。
でも、こうやって一度は切り離したものを
またやりたいという想いを大切にしてほしい。
空雅と大和はそれからもトランペットについて
熱く語り始めていた。
「みんな、楽しそうだな」
空雅と大和のやり取りを微かに笑いながら
見ていると、いつの間にか隣に煌が。
「うん。やっぱり、ちょっと強引だったけど
やってよかったな。煌、ありがとね」
「いや、俺こそ。こうして悠のおかげで
音楽についても幅広くなったし、なんかさ、
音楽仲間って言うの?出会えてよかった」
「本当?それはよかった。みんなも同じ
想いだといいなぁ。私もすごく思ってるし」
「想ってると思うよ。大和と日向の関係も
もう心配はいらないだろ」
確かに、荻原先輩も空雅と大和の会話に
入って何やらすごく楽しそう。
いつも穏やかで綺麗な微笑みしか見せなかった
あの人が、今はお腹の底から笑っていて。
そんな表情を見られたことが、
本当に、嬉しかった。
「築茂もほら、勝手に読書とか始めてるけど
しっかりあいつらの話は盗み聞きしてて、
ちょっとにやけてるだろ?」
「あ、本当だ!」
難しそうな本を片手に1人、本を読んでいた
築茂だけども、表情は穏やかだった。
それが本の内容のせいではないことくらい、
すぐに分かる。
「誰がにやけてる、だ。お前のほうが
よっぽどニタニタしてるじゃないか」
煌の言葉はしっかり築茂にまで
飛んで行ったみたいで、じろり、と
目を光らせた。
「え、俺のは爽やかスマイルて言うんだよ?」
「自分で言うな、アホ」
「だってそう呼ばれてるんでしょ?悠」
「うわぁ、知ってたんだぁ。女の子たちが
聞いたら絶句するだろうに」
「こんなやつの笑顔に騙されるやつも
アホだろうな」
そんなはっきり言わなくても……。
くだらないことを言い合って笑いながらも、
視線はソファで爆睡中の玲央に。
さっきも寝ていたのによっぽど眠いのか、
猫のように丸くなってぐっすりだ。
いつも眠たそうにしているのは、夜寝ていない
からなのか、ただの性質なのか。
よく分からないけど、今はとりあえず
そっと寝かしてあげよう。
でも少し、羨ましいなぁ。
どこでも、いつでも、あんなに
気持ちよさそうに寝られるなんて。
私は寝るのが、怖い、から。
「……う!悠!」
「えっ?うわ!な、何?」
「何?じゃねーだろ。レオレオを見つめて
ぼーっとしてるなんて。まさか、さっきのこと
考えて自惚れてるとか?」
「はあ?んなわけないでしょうよ。
で、どうしたの?」
また気付かないうちに自分の世界に
行っていたみたいで、空雅の声に我に返った。
「ったく。さっき話したのにやっぱり
聞いていなかったんだな」
「ごめんって。何を話してたの?」
「今度このメンバーでカラオケ行こうって話!」
カラオケ………。
このメンバーで、誰ひとり欠けずに、
7人でカラオケBOX?
うわー、絶対やばそう!
「え、なにその引きつった顔」
いつの間にか、全員が私を見ていて
私の表情に同じように大和も顔を引きつらせた。
「神崎さんは、嫌?」
荻原先輩のちょっと残念そうな表情を
見て慌てて首を振った。
「まさかまさか!」
「ってか悠と日向さー、お前らだけ先輩と
後輩の関係、やめたら?堅苦しいし
もっとオープンに行こうぜ?」
両手を大袈裟に広げておまけにウインクまで
つけてきた空雅に、さらに顔の筋肉が
ピクついた。
「空雅の言うとおりだよ。学校では仕方ないと
思うけどこうしているときはいいんじゃない?
俺のときみたいにさ」
煌の言葉にようやく真面目に考える。
まぁ確かに言われてみればそうだし、
空雅以外みんな年上だけどこれが普通だもんね。
- 第8音 ( No.86 )
- 日時: 2012/11/25 19:01
- 名前: 歌 (ID: exZtdiuL)
「うん、私はそのほうが嬉しいかも。
荻原先輩がよければの話だけど」
「僕も全然嬉しいよ。じゃあ悠って呼んでも
いいのかな?」
「うん!じゃあ私も日向で」
「よし、これでみんな同等でみんな
仲間だな!」
「俺はもちろん入っていないだろ?
バカ仲間には」
空雅が満足そうに頷いたところに、
お決まりの築茂の刺々しい一言。
「あぁ?誰がバカ仲間だって?
音楽仲間に決まってるだろ。それに
たとえバカ仲間だとしてもお前も
しっかり入れてあるから心配するな」
「ふっ。お前なんかと同じにされても
迷惑な話だ」
「あーはいはい!そこまでー。ほら、
まだカラオケの話終わってないでしょ」
築茂と空雅の口喧嘩が始まろうと
していたところを煌、尚且つ、お母さんが
止めに入った。
「俺、お母さんで決定なんだね……」
「あれ、聞こえてた?お父さんは築茂かなと
思っていたんだけど、築茂も子供だから
お父さんは日向かもね」
「え、僕?」
「日向がお父さんかよ!俺はどうなるんだ?」
「大和はお父さんの不倫相手?」
「きゃー!お父さん不倫なんてしてたの!?
信じられない!私という妻を置いといて!」
「ち、違うんだよ母さん。これには
深いわけが……」
「おいごらぁ。勝手に茶番を始めるな!
俺の役をもっとましなものにしろよ!」
私の無茶ぶりに煌も日向も難なく
乗ってくれて、どっと笑いが起こる。
「って言ってもなぁ。玲央は完璧に猫でしょ?
じゃあ大和はバカ三兄弟の二男?」
「長男は築茂で三男が空雅だね」
煌のご名答の通り。
「バカがこんな難しい本を読むわけないだろ」
「うわぁ自分で勉強できますアピールとか。
ナルシストだったんだー」
「悠、包丁を貸してくれ」
「そ、それだけは勘弁!」
「まぁ築茂はバカだよ。勉強ができないのが
バカなわけじゃないし勉強ができるから
頭いいわけでもないからね。
ちなみにここにいる全員、バカ。確定」
そう自信満々に言うと。
お前が一番バカだよな、という視線を
寝ている玲央以外全員から受けました。
図太い視線に耐えられなくなって、
わざとらしい咳払いを一つ。
「ごほんっ。えーと、それでカラオケだっけ?
うん、超楽しみだねー」
「全然楽しみに見えませーん」
さすがに棒読みのセリフにバカすぎる
空雅にも気付かれてしまったようだ。
「悠の気持ち、分かるような気がするよ」
「はっ!?煌まで何言ってるんだよ!」
「絶対に楽しいんじゃね?何がそんなに
嫌なわけ?」
空雅は叫び、大和はまだ冷静に
質問を投げかける。
さすが二男と三男じゃ差がありますねー。
「よぉぉーっく、考えてもみなよ」
すると空雅と大和だけ眉間にしわを寄せて
首を傾げた。
他の3人は分かっているみたい。
「7人でカラオケ、まぁおそらく玲央は
寝ているだろうから6人とする」
「ふむふむ」
「大体1曲5分だとすると30分でようやく
1曲歌えるということ。1人1時間の料金は
場所にもよるけど一番安いところでも
300円。1時間に2曲しか歌えないのにだよ?」
「……まぁ」
「しかも!ドリンクバー代にご飯も頼むとする。
男が6人もいるんだからそれはそれは
かなりの量を食べるでしょ?」
「………」
「まぁお金は割り勘でもなんでもいいかもしれない。
でもね、そこには落とし穴がある」
「ん?」
「この7人の中に突然、意味の分からない
言葉を発するやつが出てくる」
「う、宇宙人!?誰だ!」
「割り勘すればいいものを、ロシアンルーレットの
ピザかタコ焼きを頼んでそれに当たったやつが
全額奢り!とか言い出す、バカがいるんだよー」
「あぁー分かった分かった」
「大和は分かったみたいだね。空雅、お前しか
いないんだよ。絶対にはちゃめちゃになる」
「………」
あはは、この表情からすると本当に
やる気でいたみたいですね。
みるみるうちに顔が青ざめていくのは
悪魔のような5つの笑みのせい。
「な、なんでだ!!どうしてばれたんだ!」
「お前の考えることなどお見通しだ。
そんなくだらない遊びに俺は付き合ってられない」
「まぁ確かに俺たち大学生は結構
忙しいからね。高校生だって大変なんじゃない?
特に日向は来年受験でしょ?」
「うん、そうだね。まだ大丈夫だけど」
心優しい日向はちょっと空雅が
気の毒みたい。
甘い、甘いよ、日向。
「カラオケは何か本当に嬉しいこととか
お祝いとかするときでいーんじゃない?
歌を歌いたければ、ここで歌えばいいし」
「ここで!?」
「うん。CDだって結構あるし、そのCDには
大体カラオケ用の音源がついてるじゃん。
防音もしてあるから近所迷惑にもならないよ」
「悠の家ってやっぱりすごいのな……」
さらっと言った言葉がそんなにすごかったのか、
空雅は目を輝かせ、大和は苦笑い。
あ、そういえば。
「歌っていえば……玲央!玲央、めっちゃ
歌うまいからね!?やばいよ?」
初めて出会った時の『Amazing grace』を
思い出して叫んだ。
「そういえば前に言ってたよな」
「何の話?」
大和に煌が興味深々に問いただすと、
それに大和が簡潔に話してくれた。
「それ、聞いてみたい!ね、今すぐに
聞かせてよ」
「僕も煌と同じ意見だな」
「まぁ聞いてやってもいい」
「悠!聞かせてくれよ」
煌、日向、築茂、空雅から期待の眼差しで
煽られ、ちらっと玲央を見る。
するとそのタイミングを見計らって
いたかのように、玲央がむくり、と
体を起こした。
私と同じように全員が玲央に目をやる。
しばらく誰も何も言わずに玲央を観察すると、
玲央はぼーっと宙を見つめて。
ゆっくり私たちのほうを見た。
「……玲央、おはよう」
「ん」
玲央からは絶対に口を開かないことを
しっていた私から言葉を投げかけた。
- 第8音 ( No.87 )
- 日時: 2012/11/26 21:28
- 名前: 歌 (ID: oN2/eHcw)
さっきまで寝ていた玲央は話を何一つ
知らないし、きっと興味もないだろう。
それでも5人の熱い視線を背中に感じてる今、
玲央に説明しなければ。
「玲央、なんか飲む?」
「……紅茶」
すっかり冷めていた紅茶ではなくて、
ポットからお湯を注いで新しく作り直す。
出来た紅茶を玲央の前に置いてあげると、
嬉しそうに飲み始めた。
「猫、だな」
「あぁ、猫だ」
築茂と大和がぼそっと呟いた言葉は
当の本人には届いていない。
「ちょっとは眠気がとれた?」
「ん、ありがと」
「よかった」
「…………」
「ん?どうしたの?」
どう話を切り出そうか、考えていると
玲央がじっと私の瞳の奥を見据えている。
「何を、企んでるの」
うっそー、玲央くんって寝ぼけてそうで
意外と鋭いんだよねー。
こりゃあ早く話を進めたほうがいい。
「玲央は抜け目がないねー。あのね、さっき
玲央と出会ったときに『Amazing grace』を
歌ったときの話をしてたの」
そう言うとちょっと目を見開いて、
首を傾げる玲央。
こんな仕草一つ一つも可愛いすぎる!
「そしたらさ、みんな聞きたいんだって。
玲央と私のハーモニー」
「……悠は、歌いたい?」
「え、もちろん歌いたいよー!あの時の感情は
きっとずっと忘れられないだろうし、
何よりも玲央の歌声、すごく大好きだから」
素直にそう答えると、ふわり、と雲のように
柔らかく微笑みを返してきた。
「じゃ、歌おう」
あっけなく了承を得られてしまって、
気が抜けた。
淹れなおした紅茶もすぐに飲みほして、
無言で立ち上がった玲央。
え、もう歌う気満々?
そう目で訴えると、歌わないの?と
言った表情を返してきた。
「悠、玲央は歌ってくれるんだから、
あとは悠次第だぞ」
空雅の声を背に受けながら、私も
立ち上がった。
さっきアンサンブルをしていた場所に
2人で並んで立つ。
まさか歌うことまでは予想していなかったけど、
みんなの前で、玲央ともう一度歌うことが
できるのは、素直に嬉しい。
玲央と視線を交えて、2人同時にゆっくり息を吸った。
『Amazing grace』を私がメロディ、
玲央がハモりを歌いあげていく。
声が響くこの部屋だと、あの時よりもさらに
玲央の声がよく聞こえてきて。
風のように心にすっと入っていく。
………どうして、だろうか。
今、玲央と、歌っている“この曲”は、
玲央と初めて出会った時と“同じ曲”の
はずなのに。
あの時とは“違う曲”に聞こえるんだ。
楽しいし、気持ちいいし、嬉しい、
そんな感情はあの時となんら変わりはない。
それなのに、何か、感じるものが違う。
玲央の声から感じる心が、あの時と
何かが違うんだ。
一体、何なんだろう?
そんな疑問の答えを導き出せないまま、
最後の歌詞を歌い終えていた。
目を開くと、5人の拍手と温かい表情。
ちょっと、玲央の声に違和感を感じていた分、
すごくほっとしている自分がいた。
「すごい!玲央は男なのに澄んでいて
とても心地いい声をしてる。
悠はもう、なんていうか、人を惹きこむ
素敵な声だね」
「あ、ありがとう」
煌の賞賛に気恥ずかしさからなのか、
心臓の奥底でどく、と嫌な音がしたせいなのか、
視線を逸らして曖昧に笑った。
『お前は素敵な声をしている』
あー、ダメダメ。
いつものように得意技をやって、
現実の世界へ降り立つ。
空雅や大和が玲央に何やら楽しそうに
絡んでいる姿が視界に映った。
「おい、どうかしたか?」
すると築茂の怪訝そうな声に
はっとして、すぐに笑顔を作る。
「ううん、自分で歌って自分で感動
しちゃったみたい」
「呑気なものだな。でも確かにいいものを
聞かせてもらった」
「わぁ、築茂が褒めたー!みんなっ今から
雨が降るかもしれないから気をつけてね!」
「おい、どういう意味だ」
うん、大丈夫。
普通に楽しい会話もできてるし、
きちんと笑えている。
みんなの笑顔を、壊してはいけない。
くだらない話で、たくさん笑えて、
笑顔と温かさに包まれているこの空間が。
私の家とは思えないくらいに、
この時間がとても幸せに感じるから。
壊したくないんだ。
それからも玲央もしっかり起きてくれたから、
7人で他愛もない話をした。
今度は7人全員で何か、やってみようと
いう話を盛り上げ委員長の空雅が提案すると。
なんだかんだ言いながらも全員、
楽しみそうな表情を浮かべていた。
玲央、以外。
「うわ、もうこんな時間じゃん!これ以上、
女の子の家にお邪魔するのも悪いから、
みんな帰るぞ」
左手にしていた腕時計を見ながら叫んだ煌は、
ソファから立ち上がる。
私も時計を確認すると、もう9時になろうとしていた。
「あ、本当だ。悠、遅くまでお邪魔しちゃって
ごめんね?あと、ありがとう」
空いたお皿やコップを素早く
片づけをして、私と一緒にキッチンまで
運んでくれた日向。
うん、こーゆーところが本当に日向だよね。
「……大和と、しっかり話してみる」
カチャ、とシンクに食器を置いたと同時に、
日向が小さな声で呟いた。
その言葉に目を見開いて、思わず
日向の綺麗な横顔を凝視してしまう。
「まだ納得してない部分もあって。でもずっと
このままは嫌だなって思っていたことも事実。
ずっと逃げてきた。でも、今日大和の笑顔を
久しぶりに見て、心が決まったよ」
迷いのない、真っ直ぐな瞳をしていた。
「僕たちのこと、心配してくれてたんだよね?
本当にありがとう。悠のおかげだよ」
「ぜ、全然!余計なお世話かなとも思ってたから、
そう言ってもらえるなんて本当に嬉しい。
私こそ、今日は来てくれてありがとう」
そう微笑むと日向は鼻を指で軽く触って、
はにかみながら頷いた。
- 第8音 ( No.88 )
- 日時: 2012/11/29 20:19
- 名前: 歌 (ID: 6kBwDVDs)
リビングに戻ると、すでにそれぞれの楽器や
荷物を手にキレイに準備を終えていた。
「悠!今日は本当にありがとな。すごく
楽しかったぜ。じゃあまた集まろうぜー」
相変わらずテンションの高い空雅は
酔っぱらってるんじゃないかと思わせる。
そんな空雅にも笑顔で頷いて見せた。
空雅に続いて全員が玄関を出るのを見届けて、
一度は部屋に戻ろうとした足を。
ふと止めて、玄関を振り返った。
もう誰もいないそこは、いつもの
私の家に戻ったみたい。
でも、未だに心に引っかかっていることが
あるせいなのか、なんだか落ち着かない。
意を決して玄関を少し開いてみると、
バス停の前にタクシーで来ていた玲央の背中が、
寂しげに映った。
靴を履いて、外に出ると
玄関の閉まる音が後ろで響く。
その音で玲央もゆっくり私のほうを見た。
「………玲央」
「……ん?」
名前を呼ぶと、微かに口角を上げているように
見えて、その瞳は憂いを含んでいた。
「どう、したの?」
「なにが?」
「今日、一緒に歌っているとき、変だった」
「下手くそだった?」
「違う、そういうことじゃない」
分かっているはずなのに、わざとおどけて
見せるのは口数が少ない、いつもの
玲央とは違う。
ゆっくり近づいて玲央の隣に立った。
「ねぇ、玲央。音楽ってね、心なの」
「心?」
「そう。その時その時の心が音楽にもしっかり
出るんだよ。だからすぐに分かる。
………あの時と玲央の心が違ったことくらい」
暗闇に包まれた道路は、1つの街灯と
近所の家の明かりがほんの少し照らしているだけ。
車一つ通らない、すごく、静かだった。
「言いたくないなら、無理には聞かない。
でも、そういう時は無理して
歌わなくていいからね?」
本当はあまり歌いたくなかったんじゃ
ないかとあの後、考えた。
その原因が何だったのかは分からないけど、
もしかしたら初対面の人が多かった玲央は、
どう話の中に入ったらいいのか、
分からなかったのかもしれない。
私が嘘をついていたことにショックを
受けていたのかもしれないし、
嫌な思いをしたのかもしれない、と。
考えれば考えるほど原因らしい原因は、
次々と浮かび上がった。
全ては、私が原因。
「玲央、今日は本当にごめんね。嘘をついて。
でも玲央と演奏できたこと、すごく
嬉しかったし楽しかったのは本当だよ」
道路の一点に落としていた視線を
玲央に向けてありのままの気持ちを伝える。
「傷つけてしまったら本当にごめん……」
玲央は感情があまり表に出ないから、私でも
小さな変化を見落とすときがある。
だとしたら、他のみんなが気付くはずもない。
私が気付いてあげなければ、玲央は
1人で抱え込むだろう。
しばらく、沈黙だけがそこにいた。
「………違う」
すると、それまで一言も話さなかった玲央が
否定の言葉を音にした。
「え?」
「違う。悠、ごめん」
「な、何で玲央が謝るの?」
「俺、ちょっと嫉妬した」
「嫉妬?」
どういうことはいまいちよく分からずに
玲央の言葉の先を待つ。
「悠、俺の知らない人、たくさん知ってた」
「……それはそうだけど」
「しかも全員、男」
「……それもそうだけど」
「俺には、悠しか、いない」
私しか、いない………?
「だからちょっと、嫉妬した。
悠にも、あいつらにも」
あぁ、そうか。
言われてみれば玲央の言うとおり、
玲央は今まで人間関係というものを
築いてこなかった。
だから私たちのように、知り合いが
普通にたくさんいて、見慣れない
楽しそうな雰囲気に戸惑っていたんだ。
でも、きっと。
「………今日の笑顔は、本物でしょう?」
「……っ」
初めて、玲央が声を出して笑っていた姿は、
心からの笑顔にしか見えなかった。
あれがどれほど私の心を熱くさせたか、
玲央は気付いていないけど。
本当に嬉しかったんだ。
私の問いに素直に頷けず、珍しく
視線を泳がせている玲央を見れたことも
嬉しいのと、おもしろかったので。
くす、とあからさまに笑ってしまった。
「……悠の、バカ」
「えー!玲央は天然で、案外素直じゃないと
いうことが分かった」
「もう知らない」
「嘘嘘嘘!ごめんって。拗ねないでよー。
そんなところも可愛いんだけど」
そう言うとさらにそっぽを向いてしまった。
やっぱり、ちょっと慣れない雰囲気に
戸惑いや劣等感を感じてはいても、
今日という日が楽しかったことは
玲央にとっても同じらしい。
絶対にこの日を忘れることはないだろうな。
玲央の機嫌を直すために奮闘していると、
タクシーが到着。
最後にはしっかり笑ってくれて、見送った。
顔を上にあげると、星空が近くて
そのまま呑み込まれちゃいそう。
『人は死んだら星になるっていうけど、
もし悠が死んだら悠を抱く、宇宙になりたい』
どこか遠くから聞こえてきた言葉に
笑みを地面に落としたまま、家に入った。
- 第9音 ( No.89 )
- 日時: 2012/11/30 20:44
- 名前: 歌 (ID: EAhWcc2P)
家へと向かうために電車に揺られながら
窓の遠くを眺める。
今日は、不思議な1日だった。
まさかあの神崎さん、いやもう悠か、
とここまで親しくなれるなんて。
大和と悠が俺と悠よりも距離が近いことに
あまりいい気がしていなくて、大和に
対してさらに嫌悪感が強くなっていた矢先のこと。
まんまとはめられてというか、
まさかあんなことがあるとは思ってもいなかった。
でも、そのおかげで。
昔、大和と斉藤さんに教えてもらっていた
サックスの思い出が綺麗に蘇ってきて、
久しぶりに温かいものを感じた。
帰ったら、すぐにテナーサックスを弾きたい。
頭の中はずっとそればかりで、いつもは
家に帰ることが苦痛だったのに
こんなにも足取りが軽いのは初めてかもしれない。
そんなことを考えていると、ズボンの
ポケットに入っていた携帯が震えた。
取り出して見てみると、大和からのメール。
『今日は楽しかったな。お前と久々に
笑えてよかったと思ってる。気を付けて帰れよ』
「ふっ……」
文章を読んで思わず笑みが零れた。
本当に、久しぶりにあんなに笑ったし自分の
殻を少し、破れたような気がする。
大勢でめちゃくちゃな話をするのが
あんなに楽しいとは思っていなかったな。
でも悠にも言ったように、俺はまだあの時の
ことを許したわけじゃないし、納得もしていない。
だから大和とは2人で話がしたい。
『ありがとう。今度、2人で話したいことがある。
近々、時間作れない?』
そう返信をして、もう一度窓の外に視線を向けた。
大きすぎる門が僕を感知した瞬間、自動で
その扉が開いていつものように足を前に進める。
白で統一され、清潔感のあるこの家は
弁護士である父が数年前に5000万で建てた。
兄弟もいない、当時3人暮らしにしては
無駄に広くてため息しか出てこない。
でももう、それにも慣れた。
今となっては父と2人だけど、今のようにほとんど
出張や裁判関係で家を空けることが多いから
家にいても虚しさを感じるだけ。
家に入ってすぐに2階にある自室に入り、着替えて
家政婦が作り置きしてくれた料理を一人で食べる。
すぐに食べ終えたら、クローゼットの奥に
しまってあったテナーサックスの楽器ケースを
ゆっくり、出した。
埃を一つも被っていないのはこれを毎日、
父がいない家で吹いているから。
世間一般でいう豪邸であるこの家は、庭も
かなり広く、いくら吹いても近所迷惑なんて
ものとは縁がない。
唯一、吹いてはいけないと自分で
決めているルールは。
父が、いるとき。
僕の母親は3年前、僕が中学3年のときに
白血病で亡くなった。
弁護士である父は母が亡くなったとき、
大金がかかっている大事な裁判中とかで
何十回という病院からの電話を取らなかった。
母の死を知った後には、無表情で何を
考えているのか分からなかったけど
知りたいとも思わない。
母は音楽が好きだった。
ピアノ教室を開いていて、たくさんの子供たちに
優しく、丁寧にピアノを教えていた。
だから僕がサックスをやりたいと言ったときは、
満面の笑顔で応援してくれたっけ。
小学校で1番最初に友達になった大和は、
よく家にも遊びに来ていて、あるとき、
「外を探検しようぜ」の何気ない大和の一言が
斉藤さんとの出会いのきっかけだった。
大和が大好きな駄菓子屋さんがある、と
強引に僕の腕を引っ張りながら楽しそうに歩いていた。
嫌そうな顔をしながらも本当は、
すごく嬉しかったのを覚えている。
そんな時、微かにきれいな音が僕の足を止めた。
その音に引っ張られているかのように、
僕は音のするほうへとコンクリートの道を進み、
後ろから大和も走って付いてきた。
そしてアルトサックスをとても楽しそうに
吹いている斉藤さんに出会った。
それから僕たちは遊ぶたびに斉藤さんの
家に行って、サックスを吹かせてもらった。
僕はアルトサックスよりも中音を出す
テナーサックスを気に入って、すぐに母に
買ってもらい、練習をした。
本当に、楽しかった。
新しい曲が吹けるようになるたびに、
父と母に聞かせてあげては温かい手が
頭を撫でてくれた。
今思えば、その温かさを欲しかったから
一生懸命練習していたのかもしれない。
でもそれは、母が亡くなると共に、消えた。
父は母が亡くなった後、今まで以上に仕事に
力を入れて、音楽を嫌うようになった。
“二度と俺の前でサックスを吹くな”
そう言った父の表情、声、雰囲気、すべてが
凍えていてもう、あの温かい手は
戻ってこないということをすぐに察知した。
もう高校生になる間近で大人でもなければ、
完全な子供でもなかった。
そんな僕にできることは、父の言われた通り、
サックスを吹かないこと。
でもそれは思った以上に苦しくて、辛かった。
テナーサックスを吹くことが、僕の日常で
楽しみで、その時は生き甲斐でもあった。
斉藤さんや大和はすべて事情を知っているから、
直接じゃなくても、すごく心配しているのは
伝わってきて、逆に申し訳なかったくらい。
それでもやっぱりテナーサックスを吹きたくて
仕方なかった僕は、父の留守を見計らって
こっそり今の今まで吹いてきた。
誰に聞かせるわけでもなく、ただ、
母の顔を思い浮かべながら、吹いていた。
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