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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第5音 ( No.60 )
日時: 2012/10/08 20:56
名前: 歌 (ID: /.e96SVN)

その匂いに今までのことがすべて
どうでもいいように思えてきて、

ゆっくり息を吸って気持ちを
落ち着かせると自然に頬が綻んだ。


「………悠」


香りに気を取られていると、空雅の
私を呼ぶ声が後ろから聞こえてきて
振り返ると。

なぜか少し後ろで立ち止まっていた。


「え、どうしたの?」


顔は俯いていてどんな表情を
しているのか分からない。

ただ、さっきの声もすごく掠れていて
どこか具合でも悪くなったのかと
空雅なんか相手に思ってしまった。


すると、表情は見えないままゆっくり
私のいるほうへと足を進めてくる。

本当にどうしたんだこいつ?


「空雅?」

「……お願いだから、こんなところで
 無自覚に笑わないで」


それはー……喧嘩を売っていると
とってもいいのかな?


「私が笑うとダメなわけ?」

「うん、ダメ」


顔をあげて真顔できっぱりと
頷いた目の前にいるやつに殺意が
薄ら芽生えました。



「お前も笑えなくしてやろうか?」


三日月かってくらいに口角を持ち上げて、
殺意ビーム発動。

え、いや、と口ごもりながら
視線を泳がせている奴は、まだ何か
言いたそうだけど気にしない。


「そーんなに私の笑顔は気持ち悪いって?
 あぁそうかそうか。じゃあ一生
 見たくても見れないようにしてやる」

「そ、それは困る!!」

「言ってることが矛盾してないかなぁ?」

「あのなぁ……」


焦り始めてこれから痛みつけてやろうと
思ったのに、突然深いため息を吐いて
片手で頭を抱え込んだ空雅。

そのため息は一体なんなんだろうか。


「本当にお前、バカだよな」

「はぁ!?あんたに言われたくないわ!」


今のはマジでバカって言われたから
マジでカチンと来たよ、うん。


「あーはいはい。もう行くぞ」

「ちょっと!空雅のくせに何威張ってんの。
 むかつくんですけど。おい、こらぁ」


私の声を無視して、場所を知らないくせに
前を歩いていく空雅の背中に叫ぶ。

あいつの分際で生意気だ!


でもふと周りを見てみると、結構な
人だかりができていて、人通りが多い
道だってことを忘れていた。

ちらほら同じ制服を着ていた人も
いたから空雅はそれにいち早く気付いて
くれた、……のかもしれない。



さっきまでのことは水に流してあげて、
大好きな香りのあとを追った。

見覚えのある看板が目に入って
少し駆け足で近寄ると、白い建物に
ココアブラウンで書かれた
『avoir bon coeur』の文字。


「ここか?」

「うん。もう来てるかなぁ」

「入ってみればわかるだろ」


ちょっとちょっと空雅さん。

喧嘩しに行くんじゃないんですから
そのガン飛ばしするような目つき、
やめてくださいよ。


なーんて言う前に、もうさきに
中に入ってしまった。

仕方なく私も取っ手を引いて中に
足を踏み入れる、と。

この前と変わらない優しい香りと、
ドビュッシーの『夢』に包まれた。



「あ、悠!こっちこっち」


この前と同じ席から顔と手を出して
私を呼んでいる煌の姿を見つけて、
すぐに近寄る。


「なかなか来ないから心配したよ。
 電話しても出ないし」

「あ、ごめん。いつもバイブにしてるから
 気付かないんだよね」

「これからは気を付けること。
 さ、早く座って……って言いたい
 ところなんだけど。後ろにいる人は
 どちら様?」


カバンの中から携帯を探している間の
煌の言葉に、空雅のことを思い出して、
急いで後ろを振り返った。

案の定、めちゃめちゃ不機嫌で
私の後ろを睨んでいる。


「く、空雅!そんな睨まないでよ」

「そっちだってめっちゃ睨んでるだろ」


そう言われてまた煌たちのほうへと
顔だけ向けると、怪訝そうな煌と
あの拳銃のような目つきの築茂。

忘れてた……

築茂ってめっちゃ警戒心強いし
知らない人間に冷たいってこと。

第5音 ( No.61 )
日時: 2012/11/11 12:48
名前: 歌 (ID: LLmHEHg2)

あーあ、やっぱりなんとしてでも
逃げればよかった。

そういえば連れてきてもいいかどうか、
連絡もしないで来ちゃったんだよね。

今更後悔してきたけど、もうどうにも
ならないからひとまず、この
どんより空気を何とかしよう。


「ごめんね、こいつ私と同じ高校なんだけど
 どうしても来るって聞かなくて。
 連絡すればよかったのに忘れてた。
 本当にごめんなさい」


ちょっと、反省。

最近、いろんな人との出会いが多くて
頭の回転が鈍ってきてるのかも。

あ、元から鈍いとか言わないでね!


「まぁもう来てしまったことには
 仕方ないからとりあえず座ったら?」


やっぱり煌って大人だよなぁ。

こんな時にでも変わらずに気を遣ってくれて
笑顔で対応してくれるんだから。

まだ20で大学生なのに、かなり差が
あるように思える。


煌の言われるまま、席を座ろうとしたけど
空いている席は煌と築茂が向かい合ってる
隣の2つの席。

私はどちらに座っても構わないんだけど、
問題は空雅。


そんなことを考えて座ることに躊躇していると、
やはり頭の切れる煌が、築茂の隣の
席に移動してくれた。

ありがとう、とお礼を言って私は築茂の
目の前、空雅は煌に向かい合って座った。


「で、説明してもらおうか?」


座ったと同時に築茂の氷点下20度くらいの
低くて冷たい声と、逃がさないと
脅しをかけている目。

おぉ、怖い怖い!

この前ここで会ったばかりのときよりも
ずっと機嫌が悪いような気がする。


「説明っていうか……勝手にこいつが
 ついてきただけなんだけど」


歯切れの悪い私の答えに築茂の
眉が寄せられる。

空雅にバトンタッチしようとして
隣に視線だけを向けると、口をへの字にして
築茂に負けじと睨んでいた。

……ため息、ついてもいいですか?


「あんたらは悠とどんな関係?」

「空雅、きちんと説明するからその
 目つきやめなさい。あと築茂も!」


そう言うと納得いかない顔をしながらも
空雅は上体を少し背もたれにかけて、
築茂は視線を机に落とした。

煌はというと、じーっと空雅を凝視。


あぁ、そういえば煌はうちの学校に
出入りしているんだから、空雅を見かけたこと
あるのかもしれない。


「この人は、春日井煌さん。空雅は知らない?
 今、吹奏楽部のトレーナーをやってくれていて
 週に1度、うちの学校に来てるの。
 一応学校で会ったときは春日井先生」

「はっ!?生徒と先生がプライベートで
 会っていいのかよ」


あんた、突っ込むところが違うってば。


「煌はS大学生なの。教師じゃないし、
 別にやましいことなんてないんだから
 変な想像はしないように」


こいつはきっと、変態だ。

想像がはるかに超えていて、勝手に
心配して暴走するタイプ。


「で、こっちが橘築茂。煌と同じS大で
 煌の2つ下、1年生。2人とも吹奏楽部で
 煌と学校で出会ったのが最初。
 こうして会うのはこれで2回目だし、
 まだまだ全然知り合い程度。分かった?」


空雅の変な妄想が飛び出す前に、
2人との関係をしっかり話しておくのが
最優先だと思った。

んだけども。



「知り合い程度?」


そう聞き返したのは、空雅を凝視していた
視線を私に突如移して、なぜか
不機嫌気味の声を発した煌。

いやいやいや、煌までここで
熱くなられたら私、どうすれば
いいんですか。


「へー知り合い程度なんだぁ。
 それなら安心だな」


さっきまでの不機嫌な空雅はどこへやら、
鼻で笑ってバカにしてるような
態度に変わりやがった。


ああぁー、もう!!

めんどくさいことにならないように
一生懸命話を持っていこうとしてるのに!


空雅の言葉に一度は大人しくした
築茂も再び対戦モードへ。

そこに煌まで加わってしまった。


「悪いけど、これから君よりもずっと
 親しい関係になる予定だから。月次空雅」


空雅の名前をフルネームで呼んだ
煌はやっぱり空雅を知っていたみたい。

その前に言っていた言葉はもう
どうでもよくなったよ。


「はは!俺と悠がどんな関係か教えて
 やろうか?あんなことやこんなことまで
 した仲なんだぞ」


ふふふ、つい最近までまともに
話してなかったのは私の
幻影だったのでしょうか。

そこから築茂の誘導尋問に適当に
答えながら、こっそりマスターを
呼んでこの前と同じコーヒーを
4つ頼んだ。



コーヒーが運ばれてきても尚、
築茂と空雅の言い争いは終わらない。

煌は途中でバカらしくなったみたいで
私と同様、コーヒーの時間を
楽しんでいた。


空雅の頭を思いっきり叩いて、
強制的に会話は終了。

コーヒーをブラックでは飲めない
みたいだから、砂糖とミルクを
大量に入れていた空雅に。

やっぱり築茂の尖った一言で
さっきの会話が再開されてしまった。


「ミルクはな、ミルクなりに
 甘いだけじゃない人生を通って
 ここにようやくたどり着けたんだ!
 ミルクに謝れ!」

「ミルクなんて甘ったるいものに
 頼ってるお前は頭も中身もぬるぬるだな」

「そういうお前は甘さの一欠けらもない
 冷徹人間だな。ミルクのがよっぽどいい」

「バカよりはましだ」

「あぁ?俺のどこがバカなんだよ!」

「すべてだ。髪の毛の先から足の親指の
 爪の先まですべてがバカだ」

「俺の親指の爪はかっちょええんだぜ!
 見たら惚れるぜ!」

「そうか。なら圧し折ってやるよ」


………うん、いいコンビなんじゃない?


隣でうるさいバカ2匹はほっといて、
煌に聞きたかったことが。


「ねぇ、煌。今日私を呼んだのはどうして?
 何か話があったからじゃないの?」

「え?そうなの?」


あの、私に聞かれても私が
聞いているので困るんですけど。

嘘でしょ、煌までバカとかじゃないよね?

第6音 ( No.62 )
日時: 2012/10/10 20:18
名前: 歌 (ID: 9i/i21IK)


有意義にコーヒーをすすってる煌は、
こうして見てもやっぱりできる男、って感じ。

いや、そんなことはどうでもよくて。


「何もないのに私を呼んだの?」

「何かなくちゃ会いたい人に会えないの?」

「えー」


会いたい、ってそんな理由で先週も
会ったのにわざわざ忙しい中、
時間を作ったっていうのかこの人は。

はっきり言ってそういう気持ち、
私には理解できないです。


「でも明日じゃなかった?吹奏楽部の
 練習に顔出すの」

「うん、そうだよ」

「じゃあ明日も会えるじゃん」

「うん、そうだね」

「じゃあ今日会わなくたってよかった
 んじゃない?」


そこまで言って、煌は飲んでいた
コーヒーを机の上に置いて
私に視線を向けた。

な、なんか怖いんですけど……。


「そんなに俺に会いたくなかった?」


は?


「いやいや、誰もそんなこと言って
 ないでしょう」

「そんなふうに聞こえるんだけど」


あははは、もう苦笑いしか出て
こなくなっちゃったよ。

何でそんなに拗ねたような顔を
してるんでしょうか。

さっきまでの大人の煌はどこに行った?


「悠が会いたくなかったのに無理に
 来てもらったんならごめん」

「あ、謝らないでよ。別に全然そういう
 わけじゃなくて。大学とか部活とか
 忙しいのに私なんかに時間使ったら
 悪いと思っただけ」

「俺の時間は俺が使いたいように使うから
 そんな心配しない!悠に会いたかった
 のも本当だし」

「……ありがとう」

「それに学校で会えるって言っても
 悠は敬語になるんだろ?そんな
 よそよそしい関係で話なんてゆっくりも
 できないじゃん」


確かにそれもそうだな。

他の生徒に変なふうに思われるのも
嫌だから、学校で煌を見かけても
あまり近付かないかも。


「別にいつもいつも音楽の話とか
 だけじゃなくてさ。ゆっくりコーヒー
 飲みながら、小さな会話をして……。
 同じ時間を共有したかったんだ」


どうして、なんだろう。

素直に煌の言葉は嬉しいけど、私と
同じ時間を共有したい、なんて。

煌なら知り合いなんてたくさん
いると思うし、私じゃなくてもいいはず。


「悠?どうした?」


いつの間にか、私の視線の先には
冷めたコーヒーがあって、煌の声に
我に返って顔をあげた。


「ううん、何でもない。それにしても
 煌ってコーヒーが似合うね」

「そう?まぁ相棒みたいなものだから」

「相棒って!コーヒーが相棒とか
 寂しすぎるんですけど」

「こらー、コーヒーに謝れー」

「コーヒーさん、ごめんね?煌なんかに
 相棒にされちゃって大変だろうけど、
 寂しい人だから相手してやってね?」

「コーヒーは嬉しいって言ってるよ。
 悠よりはマシだって」

「あぁ、そうですか。コーヒーに
 好かれてもねぇ……」

「うるさい!」


そう言ってお互い笑いあった。

隣の空雅と築茂も入って話の内容は
めちゃくちゃに。

でもこんなくだらないことで笑える
人たちって本当に大切にしたい。

何よりも楽しいし。



ちゃっかり空雅も煌と築茂とも
普通に話してるし、笑ってたり。

たぶん、こいつは人見知りをしないから
最初の誤解が解けた今、いい
関係になれると思う。

こーゆーところはこいつの才能だよね。


「へぇー!お前、バイオリン弾けるのか!
 すっげーなぁ」


音楽の話にも興味津々みたい。


「ってか悠もなんかすごいらしいな。
 スカウトとかやばいんだろ?
 音楽の授業のときもなぜか先生じゃなくて
 悠がピアノ弾いてるし」

「え、知ってたの?」

「当たり前だろ?悠の名前は聞き逃さない」

「いやいやいや。だったら授業聞けよ」

「それは断る!」


自信満々に言い切った空雅に
私と煌は爆笑。

築茂は鼻で軽く笑ってるけど、実際は
とても楽しんでる。


「でも俺、バンドとかは好きだぜ。
 クラシックとかは全然わかんねーけど、
 ドラムなら趣味でやるし」

「うっそ!?マジで!?」


初耳なんですけど!

空雅から音楽を切り離していたから、
意外すぎる。


「まぁへたくそだけどな。絶対悠には
 聞かせられないな。怖い怖い!」

「えぇー!超聞きたい!見たい!」

「悠って本当に音楽になると元気に
 なるよな。いつもその元気でいろよ」

「それは無理。好きなことにしか
 興味がないから」

「ふーん。でもそれが悠らしいか!」


それからも音楽の話で大盛り上がり。

どのバンドが好きだの、あの人の
歌はいいだの、煌と築茂もクラシック
だけじゃなかったみたいで。

普通にJ-Popも聞くらしいし、好みも
分かってきたから、やっぱり
空雅がついてきたことには何か
意味があったのかもしれない。


第6音 ( No.63 )
日時: 2012/10/13 00:46
名前: 歌 (ID: 3edphfcO)



やっぱり楽しい時間というものは
あっといいう間にすぎるもので。

気付けば7時を過ぎていて、2時間以上も
カフェで話し込んでいた。


空雅は来た時とは真逆のような
機嫌になっているし、築茂も無愛想
なのは相変わらずだけど、
刺々しい雰囲気はなくなっている。

それにすごく安心して、このまま
築茂がいろんな人に心を開けるように
なれたらいいな、と思う。


駅で3人と別れて、帰宅ラッシュのおじさん
たちに挟まれながら電車に乗った。

ドアの端っこに立って、窓の外を
ぼーっと眺めていると。


制服の胸ポケットの中で眠っていた
携帯が振動をした。


ポケットから出して、画面を見ると
玲央からの着信。

そういえば、電話するって言ってたもんね。

でも今は電車の中だから帰ってから
折り返し電話しよう。

と、思ったんだけど……。


どうして、一向に切れないんでしょうか。


もう3分はずっと鳴っているような
気がするけど、まさか電話に出るまで
切らないとかじゃ、ないよね?

いや、あの玲央ならあり得るかも!

もしかして電話の仕方は覚えたけど
切り方は知らないとか?

うわぁ、あり得ないけどあり得そうで
怖いんですけど。


家からの最寄駅で降りて、すぐに
まだ鳴っている携帯に出た。


「も、もしもし?」

『……おはよう』

「お、おはよう?」


もちろん今は夜ですから、みなさん
間違えないでください。


『今、どこにいるの』

「駅。家のすぐそばの」

『今帰りなの』

「ちょっと出かけてて」

『だから電話出なかったの』

「きちんと出たでしょ。ってか玲央、
 諦めて電話を切るってことを
 知らなかった?」

『知ってる』

「だったら何で切らないの!電車の中
 だったから出れなくて悪かったけど
 10分はやりすぎです」


そう強く言うと、黙ってしまって玲央。

あれ、ちょっと強く言い過ぎ
ちゃったかな?

でもまた同じことがあったら玲央の
時間とか、携帯の充電とか、小さいことかも
しれないけど少しは気にしてほしい。


『早く、悠の声が聞きたかったから』


……くそぅ、そう言えば私が何も
言えなくなるとでも思っているのか!

その通りなんだけど!


「玲央さん、ありがとうございます」

『敬語』

「これは親しみの敬語なのです。気にしないで
 ください。で、玲央はどこにいるの?」

『家』

「そういえば玲央って一人暮らし?」

『二人暮らし』

「誰と暮らしてるの?」

『猫』


ぶはっ!

猫とか玲央くん、飼えるんですか!
玲央くん自体が猫みたいなものなのに!


電話をしながら駅を出て、家までの
道を歩いた。

いつもはぼーっとしているから道のりが
長く感じていたのに、玲央と電話をしてると
笑いが止まらなくて気付けば、
もう家のすぐそばまで来ていた。


猫は3か月前くらいに拾ったみたいで、
名前はまだつけていないらしい。

たぶん玲央には一生つけられないと
思うから、今度見に行って、私が
つけてあげることにした。


「猫ちゃんにきちんとご飯あげてる?」

『キャットフードあげてる』

「よかったよかった」

『そのくらい分かる』

「いや、玲央なら何を知らなくても
 納得してしまうんだよね」

『バカって言いたいの』

「天然って言いたいの」

『悠はバカでしょ』

「……いいえ」


そんなやり取りをして笑っていたら。


見覚えのある人影が、私が歩いている
反対側の道路にある自動販売機の
前に立っていた。

あの後ろ姿は紛れもない、大和。


まだ仕事に行く時間じゃないか、
休みのどっちかだと思うけど、
今は電話をしているから声を
かけなくてもいいかな。


そう思って、家の敷地内に入ろうと
足を踏み入らた瞬間、


「悠!!」


私の名前を呼ぶ大和の大声が、
背中に当たった。

第6音 ( No.64 )
日時: 2012/10/16 20:38
名前: 歌 (ID: HijqWNdI)

それと同時に電話越しに話していた
玲央の声は消えたから、たぶん
大和の声が聞こえていたんだと思う。


すぐに後ろを振り返って、大和の姿を
確認すると手を振ってみたけど。

車がいないことを確かめて、道路を
渡ってきた。


「……電話、してたのか。暗くて
 見えなかった。悪い」

「ううん。全然大丈夫。仕事は?」

「休み。ってか今帰ってきたのか?」

「うん、ちょっと出かけてたから」


『悠?』


大和との会話がしっかり聞こえていた
みたいで玲央のちょっと低い声にすぐに、
大和から視線を逸らした。


「あ、玲央?ごめんね。今近所の人に
 会ってさ」

『男?』

「え、あぁそうだけど。でも変な人じゃ
 ないから大丈夫だよ」


ちらっと大和に視線を向けると、
なぜかすごい睨んでいる目と目が合った。

え、変な人って言ってほしいのかしら?


「やっぱり訂正。すっごく変な人だけど
 悪い人ではないよ」

「誰が変な人だこの野郎」


あれ、違ったみたい。



「……彼氏?」

『……彼氏?』


「うはっ!」


しばらくの沈黙の後、見事に
二人の言葉がハモったから思わず
噴き出してしまった。



「今ので分かったでしょ。どっちも
 彼氏じゃありません」


笑いながら、どちらともなく答える。

まぁそんなこと2人には関係ないと
思うし、どう思われてもいいんだけどね。


『悠、男と二人でいるの』

「え?まぁそうだけど。でもさっきも
 言ったように別に……」

『今から行く』


あ?


「行くって……どこに?」

『悠のいるところ』

「いやいやいや。分からないでしょ」

『教えて。今すぐ』


なんだろうね。

玲央ってめんどくさがりそうで
かなり行動が大胆だよね。

普通じゃあり得ないでしょ、普通。



『悠、もう家に着いた?』

「うん、もう家の前だけど」

『全然近いから行ける』


そういう問題でしょうか?

大和におずおずと視線を向けると、
めちゃめちゃ眉間にしわを寄せて私の
携帯を睨んでいた。

私だけの言葉ですぐに察したんだと思う。


「来たとしても、どうするの?」

『悠を男と2人にできない』

「そんなこと言ったって……。すでに
 この人は家に入れてるし、全然
 そんな関係じゃないから」

『……家に、入れたの』


一段と声が低くなった玲央。

どうして男ってこんなにもバカみたいに
警戒するんだろう。

私が大丈夫だと思ってるんだから
大丈夫なんだけど。

たとえ襲われたとしても、私なら大丈夫だし。


心の中でため息をついて、本当に
来るのか確かめようとしたら。


『すぐ行くから、待ってて』


そう言われていきなり電話が切れた。


「うっそーん」

「気持ち悪いぞ、お前。いやもともとか」

「お黙り!で、大変言いづらいんですが
 今電話していた相手がここへ来ます」


耳から電話を離して、無機質な音しか
聞こえなくなった携帯を見ながら
呟いた言葉に、大和のツッコミ。

そして、玲央がここへ来ることを
知らせるとズボンのポケットから
煙草を出して吸い始めた。


「未成年の煙草は禁止されてます」

「中身は立派な成人です」

「いいえ、見た目も中身もガキです」

「煙草の煙、顔面に思いっきり
 吹っかけてやろうか」

「見た目も中身も大人ですね、あはは」

「ライターで髪燃やしてやろうか?」

「冗談に聞こえません」


いつものが始まって間もないうちに、
道路の先から一つの光が私たちを照らした。


本当に来ちゃったよ、おい。

しかも玲央までバイク乗れたとか
聞いてないんですけど。

なんか………やだな。

私と大和が向かい合って立っている
目の前に、一時停止してかぶっていた
ヘルメットを脱いだ。

エンジン音が止まると、一気に
静まり返る。


「本当に、来たんだね」


苦笑交じりに玲央を見上げるけど、
街灯の光だけで前髪が顔を覆ている
玲央の表情は暗くて分からない。


「……こいつは?」

「あぁ、大和。鬼藤大和。家が
 すぐそこなの」


大和の家のアパートを指さすけど、
それには全く興味ないらしく大和から
視線を外さない。


「大和、こっちは氷室玲央。
 昨日知り合ったばかりなんだけど」


一応紹介すると、大和はどうも、と
言って頭を軽く下げた。

なんだかんだ言って、大和はきちんと
礼儀はあるしそこら辺はしっかりしてる。


「……悠は、こいつを信頼してるの」


一体どうしてそんなことを聞くのか、
全然分からないし表情も見えない。

でも、答えは簡単。



「出会って最初から、信じられる人
 だなって思ったの」




「そう………」


私から大和に視線を戻して、
もう一度私にその読めない瞳を
向ける。


「じゃあ、俺も信じる」


「え?」


「悠の信頼してる人は、俺も信じる」


「……ありがとう」


ひどく、優しい微笑みを見せた玲央に
心から私も笑顔を向けた。


「あのー、俺の存在忘れてません?」


あれれ?

大和の会話をしていたはずなのに、
すっかり忘れちゃってたよ!


「いつからいたの」

「いやいやいや、今さっき俺のこと
 信じるとか言ってたでしょ」

「言ったけど」

「じゃあ忘れんなよ」

「だって、悠」


え、私に振られても……。


でもこうしてみると、大和も玲央に
対して警戒心とか敵対心とか
ないみたいでよかった。


「とりあえず、ここ道端だから
 うちんち入ろ」


玄関を通り過ぎて、裏口の
ドアを開ける。

部屋の電気をつけて、大人しく
付いてきた2人にスリッパを出してあげた。


大和は慣れているかのように、
普通に入ってきたけど、
玲央は一瞬部屋の中を見て足を止めた。


「俺も最初、驚いたよ」


そんな玲央に向かって、
苦笑しながら言った大和。

なんの、ことでしょうか?


「こんな生活感のない広い家に
 女が1人で暮らしてたら、誰だって
 びっくりするよな」


ドカッとソファに座りながら、
部屋全体を見回す。

玲央もゆっくり中に入って部屋の
天井から床までを観察。


ってか、さらっと生活感ないとか
言われちゃった私ってどうなのよ?





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