コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第29音 ( No.269 )
日時: 2013/07/14 01:32
名前: 歌 (ID: jX/c7tjl)





予想通り、一瞬目を大きく開けて固まり、すぐに
顔は真っ赤に染まって行く。


視線は定まらずに手で自分の唇を覆った。



「柚夢……?」



首を傾げて名前を呼べば、さらに顔を真っ赤にして
そのままベッドに倒れ込んでしまった。


「柚夢!?」

「もう、本当……バカ悠」

「えぇー、責任取れって言ったじゃん」

「効果覿面だよ、マジで」

「それはよかった。でもさ、私のベッドだから
 早くどいてくれないと寝れない」


柚夢の身体を軽く揺すると。


「うわっ!」


柚夢の腕が私の身体を引っ張り、一体何がどうなって
こうなったのか。


ベッドの上で、柚夢の腕の中に閉じ込められていた。




せっかくキレイにオールバックで固められていた
金髪は、ところどころ乱れている。

きちっと着こなしていたスーツもシワがつくのも
時間の問題だ。

見た目は紳士的で完璧な執事なのに、中身はただの
駄々っ子にしか見えない。


でもそれを見れるのはきっと、私だけなんだろうな。


「柚夢、スーツでしょ」

「替えならいっぱい持ってるから。それよりさ、
 このまま一緒に寝ようよ」

「いやいや、私一応まだ病人なんだけど」

「どう見ても元気じゃん」

「じゃぁ、日本に帰してよ」

「……今それ言う?絶対にヤダね」


腰と肩に回されている腕に、力が込められた。


「この1週間、ずっとここに座って寝てたんだよ。
 悠がいつ目覚めてもいいように」

「……嘘」

「嘘つくわけないでしょ。だからそのご褒美でさ。
 今日だけでいいから一緒に寝よう?」

「うーん……仕方ないなぁ」

「本当!?」

「でも着替えて来てからね。あと、お風呂も」

「分かった!すぐに来るから大人しく待ってて!」


行動早っっ!

ばっと起き上がって、さっと部屋を出て行った
柚夢の面影を呆然と見つめた。


ばさっとベッドに仰向けになり、高い天井に
手を伸ばしてみる。


目覚めてからまだ1度もこの部屋から出ていないけど、
ここはあのペンションの地下にある部屋らしい。

だから窓はなく、天井が高いということはかなり
深いところに作られている。


どうして病院ではないのかと言うと、ここはフランスで
あり日本の保険証は使えないとか。

いや、使えないことはないけどかなり費用が
高くなるらしく、日本人向けの治療も
しっかりしてくれるのかどうか怪しいらしい。

だから風峰さんの知り合いである日本人の医師を
呼び、ここで治療をしていたと説明された。


それにしても、いつまでここにいるんだろう。


風峰さんはもう柚夢を解放してくれるけど、
柚夢自身はこれからどこで暮らして
行きたいんだろう。

フランス人に見せるために、黒髪を金髪にし、
コバルトブルーのコンタクトレンズをしている。

フランス語だって必死で勉強したと言っていた。


柚夢は、これからの人生をどう生きたいんだろう。



でも本当に、これは夢じゃないんだよね…?


なんだか、未だに柚夢が生きていて私の過去も
すべて嘘のように思える。

それほど衝撃的だったし、よく今まで何も
知らずに生きてこれたな、私。


っていうか……柚夢って死んだことになって
いるんだよね?


戸籍とか、どうなってるんだろう。


ってか戸籍がないよにどうやって今まで
生きて来たんだろう。

日本からフランスに来るのだって、病院だって
何にしたって戸籍がない人間は存在しないのと
一緒なんだから、普通無理だよね?


あー……考えれば考えるほど意味の分からない
ことが多すぎる。


柚夢が帰ってきたら一番に聞いてみよう。



「……みんな、心配してるかな」



頭では柚夢のことを考えていたはずなのに、
口から出てきたのは6人のこと。

目を開けていても、6人の心配している顔が
浮かんでくる。

ただの自意識過剰かもしれないけど。



「ピアノ、弾きたいなぁ…」


6人との音楽が、すごく恋しい。

私のピアノ、煌と築茂のバイオリン、大和と
日向のサックス、空雅のトランペットに
玲央のコントラバス。


7人で奏でる音楽は、どんなものよりも、私の
大切な心の源。


7人で音楽をしているときが、一番楽しかった。



「お待たせ。さ、一緒に寝ようか」


ガチャと、勢いよく開いたドアから入ってきた
柚夢は、グレーのスウェットに肩にタオルを
かけてまだ湿っている髪を拭いていた。

キレイに固められていた金髪は水を含んでいる
ことによって、無造作に乱れている。

甘い笑顔を浮かべながらゆっくりと近づいてくる
柚夢を、冷や汗を滲ませながら見上げた。


何だろう……色気が尋常じゃないような気が。



「どうしたの?……もしかして、見とれてる?」


甘い声で静かに囁く柚夢に、慌てて首を
横に振った。


「か、髪を乾かしてきなさい!」

「すぐに乾くから大丈夫。それよりさ……悠…」


ついにベッドに腰掛けた柚夢は、妖しげな笑みを
浮かべて私の髪の毛を1束掬う。

そしてそのまま、口元に持っていき、いつかと
同じようにちゅっとキスが落とされた。

だけど視線は、じっと私を見つめたまま。



「抱きたいんだけど……ダメ?」



な、何を言っているんだこいつは。


「ダ、メに決まってるでしょうよ!!一応まだ
 病人だからね!?ってか、今日やっと再会した
 ようなものだし…っ…聞きたいこと、たくさん
 あるし!」


あぁもう、私何でこんなに焦っているかなぁ?

自分で言うのもあれだけど、普段から冷静というか
焦ったりしないのに、今は口が勝手に動く動く。


ほら、そんな私を見て柚夢はくすくすと……って。


「か、からかったなぁー!!」

「はははっ!!もう、悠って最高に可愛いっ」


さっきまで色気ムンムンだったのに、今は
こんなに悪戯っ子な笑みを浮かべて笑うなんて。


……ドキ、としないわけがないじゃん。


「悠?怒った?」

「もう、知らない!寝る!」

「あんなに寝てたのにまだ寝れるの?
 僕が寝かせないけど」

「……もうっ!耳元で喋らないで!!」

「だって可愛いんだもん」


くそぅ、完璧に柚夢のペースになってしまった。


あの頃とは比べものにならないほどに大人の男に
なり、声も低くなった柚夢。

だけど私をからかおうとするところは変わらない。


「柚夢は相変わらず意地悪だね」

「悠ほどじゃないよ」

「私がいつ意地悪したっていうのさ」

「常に。無自覚に意地悪してくるよね。自覚して
 意地悪されてるほうがまだいいんだけどさ」

「……意味が分かりません」

「ふふ、一生分からないと思うよ」


そう言って顔を近づけてきた柚夢から逃げることも
できずに、どちらともなく。


唇が、重なった。



第29音 ( No.270 )
日時: 2013/07/15 11:28
名前: 歌 (ID: DYDcOtQz)




たった1日で何回キスしてるんだろ、とぼんやりと
頭の中で考える。

薄らと目を開ければ、必死に私の口内を犯そうと
する柚夢の表情がすぐそばにあって。

私の腰と肩を強く抱きしめていた腕が、ゆっくりと
身体のラインをなぞり始めた。


「…柚夢っ…!ダメだってば」

「何で?悠は僕のものでしょ?あれから僕たちの
 気持ちは何も変わっていない。違うの?」

「……っ…そういうことじゃなくて!私は
 病人なんです!病み上がりなんです!」

「大丈夫。優しくするから」


前の柚夢なら、私が嫌だと言えば手を止めて
くれたのに。

そうできないのは、2年半分を取り戻したいのか、
2年半分我慢していたのか、それとも。


私の気持ちの変化に、気付いているのか。


「本当にダメだってば!柚夢、聞きたいことも
 たくさんあるから……」


力強く柚夢のしっかりした胸を押し返せば、
簡単に身体を離してくれた。

そのまま動かず、俯いたまま何も言わなく
なってしまった柚夢。


この沈黙がかなり、怖い。



「…ごめん、ちょっと焦りすぎた」

「え?」


さっきまでとは打って変わって、掠れた
弱々しい声に思わず聞き返す。


「だって……ずっと、悠に触れたくて仕方なかった。
 ベッドの上で思い出すのは、悠が僕を感じて
 乱れる姿や甘い声で……何度、我慢しただろう」


自嘲的な笑みを零した柚夢に、何も言い返せず
ただじっと見つめた。


「だから…今、目の前に悠がいると思ったら、
 我慢できなくて…っ…ごめん。悠にもう一度
 会えたら、もう一度名前を呼んでもらえたら
 それだけでいい。そう思ってた、はずなのに……」


こうやって、素直に弱いところを見せてくれる
柚夢を、愛おしく思う。

これは柚夢が私を落とす罠かもしれないけど、
別にそれはそれでいいかな。


私はゆっくり柚夢に手を伸ばして、そのまま
優しく抱きしめた。



「ありがとう、柚夢。ごめんね。私も、柚夢に
 こうして触れたかったよ」

「悠…っ……!」


強く、抱きしめ返される。

この力が、さっきまでの言葉はすべて本音で
言ったことが分かった。


ぎゅーっと胸が熱くなり、絶対にこの手を
離してはいけないんだ、と。


胸が、痛んだ。




薄らと目を開ければ、目の前にはキレイな顔。


整っている柚夢の顔は、いつ見ても
惹きこまれてしまう。

そっと指で触れてそのきめ細やかなキレイな
頬を撫でていると。


ぎゅ、と手を掴まれた。


「おはよ、悠」

「おはよう」


あのまま私たちは疲れていたのか、気付かない
うちに寝てしまったらしい。

でも窓も時計もないせいで、今が何時なのか
分からなかった。


「今、何時だろう?」

「……起きて早々、どうして僕以外の話を
 するのかなぁ?気に食わないんだけど」

「そんなことくらいで不機嫌にならないでよ。
 やっぱり柚夢、ちょっと変わった。前より
 我儘になってる」

「誰のせいだと思ってるの」

「私」

「よく分かってるじゃん」


手を握り合って、額と額をくっつけながら、
私たちはふふ、と微笑み合った。


「よいしょ、っと!まだ朝の4時過ぎだよ」

「昨日、早く寝すぎたんだね」

「悠の寝顔、可愛すぎた。生き地獄だったよ本当に」

「ははっ!それはよかったよかった」

「うわ、小悪魔」


携帯を見て時間を確認した柚夢だけど、すぐに
またベッドに倒れ込んで私を優しく抱きしめる。

柚夢の温もりと匂いに安心して、私も目を
閉じるけれど。


とても複雑な、気分だった。



「ねぇ……柚夢」

「んー?」

「柚夢って戸籍とか、どうなってるの?」

「……いつも思うけど、悠って雰囲気ぶち壊すの
 得意だよね」


それは否定できないけれど。


「聞きたいこと、たくさんあるんだもん」

「……そりゃ、そうだよね。僕だって聞きたいこと
 ありすぎるけど。でも悠からいいよ」

「ありがと。こんなこと今さら言うのはあれだけど、
 死んだ人間としていたなら、どうやって日本から
 フランスに来たの?」

「簡単なことだよ。戸籍はなくなってもパスポートは
 そのままあるし、空港の人間がいちいちそんなこと、
 調べるわけないでしょ?」

「……つまり、死んだとしても生きていたから
 普通にパスポートを使えたってこと?」

「そうそう」


何だ、意外と普通だったってことか。

確かに死んだとされても生きているんだから
パスポートと顔が一致してれば問題はない。


「フランスではどうやって?」

「風峰さんが新しい戸籍を作ってくれたんだよ。
 そこは僕にもいまいち分からないけど、
 ムウ・オーディアールって言う名前で」

「すごい名前だね」


突っ込むところ、そこじゃなかった。



戸籍なんて、簡単に作れるものなのかな?

いやいや、普通に考えたら生まれた時点で
戸籍が発生するわけだし、19の年齢の
柚夢の戸籍を作るのは怪しまれるはず。


「風峰さんって、何者なんだろうね…」

「僕にもたまにあの人の考えていることが
 怖くなることがあるよ。でも、すごい人には
 変わりない。僕が今もこうしていられるのは
 あの人のおかげだ」

「……うん、そうだね。そうだよね」


でもこれからの柚夢の戸籍はどうなるんだろう。

1度『柊柚夢』っていう人間は死んだことに
なっているんだから、その戸籍を取り戻すことは
絶対に不可能なはずだ。

っていうか、死んだことにして保険金をもらって
いたんだから、さすがにばれたらまずいでしょ。


「柚夢はこれから、どうするの?どこで、
 生きていくの?」

「……悠の隣で生きていくよ」

「じゃぁ、日本だね」

「日本にそんなに帰りたい?あいつらがいるから?」


私を抱きしめる力が強くなり、声のトーンも
一段と低くなる。

分かりやすすぎて、本心を言うことに戸惑いが
生まれてしまう。


「………帰りたい。だってあっちには大切な人が
 たくさんいるし。学校だってあるし」


半分本心で、半分誤魔化した。


「じゃぁ、僕がフランスに残るって言ったら?」


なんてずるい質問なんだろう。

柚夢が今も生きていて、目の前にいるのにもう一度
離れることなんてできやしない。

だけど、ずっとフランスにいるわけにもいかない。


「………力づくで、日本に連れて帰る」


大切な人を失うことは、たとえ嘘でももう嫌だから、
柚夢のそばにいたい。


広くて大きな背中に腕を回して、ぎゅっと
しがみつくように抱きしめると、柚夢の心臓の
音が早くなった。



私の心臓の2倍の速さで動いている柚夢の心臓を
感じていることが。


柚夢が生きている、何よりもの証拠。



「……本当、悠には敵わない」



きつく抱きしめ返されて、耳元では掠れた
声で言葉が吐き出された。


「ねぇ、柚夢」

「……なに?」

「一緒に、日本に帰ろう」


今ここで、返事ができないことは分かっている。

だけど私はずっとここにいられないし、
柚夢と離れたくもない。


「………悠とずっと一緒にいられるなら、
 それが一番だよね」

「うん…っ…!」

「分かった。こっちのことをすべて片付けられたら
 日本に行く準備をするよ」


よかった……日本に帰れそうだ。

だけどやっぱりすぐには無理そうだし、私が
先に帰ることになるよね。


「もちろん、日本に帰るときは悠と一緒に帰るよ」

「えっ?」


身体を離して柚夢を見つめると、にこっと
甘すぎる笑顔で。



「一緒に、帰るんでしょ?」



ま、まずいぞこれは。



第29音 ( No.271 )
日時: 2013/07/16 11:24
名前: 歌 (ID: lG2/Mifs)



それは、つまり、柚夢が日本に帰る準備が
終わるまで私も日本には帰れないということ?

いやいやいや、そんなこと絶対に無理だし!


「ゆ、柚夢?何バカなこと言ってるの?」

「一緒に帰ろう、って言ったのは悠でしょ?」

「それはそうだけど…いや、そうじゃなくて。
 時間がかかるなら私は先に……」

「嫌だよ。絶対に、離さない」

「………」


信じられない。

自分でも真っ青な顔をしていることが
よく分かる。

異常な寒気に襲われているし。


この笑顔、私が何を言っても無駄だって
言ってるし、逃げたら許さないって書いてある。


………どうしましょう。




柚夢に脅しとも言える言葉を聞かされて、
2日目の朝。


一緒に帰る、と言って聞かないだけじゃなく、
この部屋から一歩も外に出させてくれない。

トイレもお風呂もこの部屋についていて、
ご飯は柚夢が運んでくる。

ほとんど食べれない私を見て、心配そうに
するけど適当に理由をつけて断った。


窓もない、携帯もない、ピアノも弾けない、
1日中ベッドの上。


………これって、入院している状態だと
考えた方がいいのかな。


間違っても『監禁』されてるなんて
考えちゃ……ダメ、だよね。


えーっと、昨日が1月8日だから今日は
1月9日のはず。

フランスと日本の時差は8時間だから、日本も
まだ1月9日ってことか。


学校が始まって同じく2日目だったと思う。


ってか風峰さんはあれから姿を現さないけど、
柚夢曰く、柚夢が日本に帰れるように
準備をしてくれているらしい。

私の学校にもしっかり連絡はしてあるから
全く問題もない、と。


……じゃぁ、6人はどうしているんだろう。


携帯もないし連絡もできないから何も
伝えられない。

せめて大丈夫だから心配しないで、って
だけでも言いたいんだけど。



「悠、ご飯だよ」


今日もしっかりキレイな金髪はオールバックに
固められていて、スマートにスーツも
着こなしている柚夢。


「……ありがとう」


そう言いながらも、私はスープだけを1口飲んで
すぐにトレーの上に戻した。


「やっぱり今日も食欲、ないの?」

「うん、ごめん。あのさ……」

「何?」

「この部屋から…出たい、んだけど」


穏やかな笑みが一瞬にして、凍りつく。


「それは無理だなぁ。だって出したら悠、
 僕から逃げるでしょ?」


怖い、んだけど。



柚夢っていつからこんなに凍りついた笑みを
浮かべるようになったんだろう。

いつからこんなに自分の欲望だけで動くように
なっちゃったんだろう。


「……逃げたりなんかしないよ。ただ外の
 空気が吸いたいの。外で歌を歌いたい」

「歌ならここでも歌えるでしょ?」

「そうじゃなくて!柚夢のギターが聞きたい。
 柚夢のギターに合わせて陽だまりの中で
 歌を歌いたいの。昔みたいに」

「………悠」


ベッドに腰掛けた柚夢は、そっと私を抱きしめる。


「ありがとう、嬉しいよ」

「じゃぁ!」

「でも、ダメ。君をここから出したくない。
 何があっても、絶対に」

「っ…」


どうして?


そう聞こうとしたけど、すぐに身体は離されて
柚夢は部屋を出て行った。


「やっぱり……監禁だな、これ」


口にしてみたけれど、私は頭がおかしくなって
しまったのだろうか。

全く怖いとか不安とか嫌だとか、普通の感情が
溢れてこない。


だって、柚夢が私をここに置いておきたいのは、
私を大切に想ってくれているから。


その想いが強すぎて、今こうなってしまっている
ことも分かっているから。

あれだけ想い合っていた私たちが離され、だけど
再会できて今こうしていられる。

そうなってしまったら、お互い二度と離れたくないと
思うのは当然のこと。


私が柚夢から離れることはないのに、きっと
柚夢はあの6人を知っているから不安なんだ。



「……想いが重いになっているんだ」



いつか、煌が言っていたっけ。

想う気持ちがあまりにも強すぎると『想い』は
『重い』になってしまうって。

私の心では絶対にあり得ないけど、その反対なら
結構あるかも。


一体、私の何がそうさせてしまってるんだろう。


分からない。
全然、分からない。


私何かより、いい女はいくらでもいるのに。



そしてそのまま、誰も来ることはなくだいぶ
時間が経っていた。

窓も時計もないから何時だか分からないけど、
こんなにぼーっとして過ごすことは
やっぱりつまらない。


何もすることがない、話す人もいない。


1日中ベッドの上で捉われている感じで、
ここが地球なのかどうかも怪しくなってきた。


柚夢と再会できたことは素直に嬉しいし、本当は
6人と柚夢、どちらかを選ばなければいけないと
思っていたけど。

フランスに住むのは無理だし、だけど柚夢と
離れることもできないから。


柚夢と一緒に日本に帰ることに決めた。


私の過去をすべて、6人にも話しておきたいと
思うし、知っていてほしい。

6人には関係のないことで悩ませちゃうかも
しれないけど、でももうすべて終わったことだから。


過去を振り返るのは好きじゃないけど、
前に進むために振り返ることは必要。


だけど1つだけ、自分の記憶でまだ疑問に
感じていることがあった。

それは柚夢には絶対に話してはいけないような
気がする。


柚夢が病気だと思い、多額なお金が必要だった
私が援助交際をしていたこと。


だけど柚夢は病気でも何でもなかったんだし、
私がお金を必要とすることはなかった。

じゃぁ、あの援助交際も嘘の記憶として
入れられたものなんだろうか。


……だけど、私はしっかり覚えている。


毎日代わる代わる違う男の人たちに抱かれ、
その度に心が錆びていくのを。


聞ける人と言えば柚夢しかいないけれど、
もし私が援助交際していたことを知らなかったら
どう反応するんだろう。

その時のことを考えるだけども怖いし、
むしろ知らないなら知らないままで
いてほしい。


私の汚れを、知ってほしくない。





こんな気持ちの時は歌が歌いたいのに、肝心な
声が出ない。

いや違うな、声が出ないんじゃなくて声を
出す気になれないんだ。


だってこんな環境で歌って、音たちが虚しく
なるだけだもん。


いつになったら日本に帰れるんだろう、と
突然不安が押し寄せてきたとき。


ドアの鍵が開く音が、聞こえた。


柚夢以外の誰かが出してくれるんじゃないか、
そんな淡い期待もすぐに打ち砕かれる。

入ってきたのはやっぱり夕食を持った柚夢で、
穏やかに微笑んでいる。


この部屋は外から鍵がかかっているらしく、
中からはいくら押しても開かない。


マジで、監禁そのものですよ。


「悠、気分はどう?ご飯食べれそう」


甘い笑顔に落ち着いた優しい声だけを聞くと、
『監禁』なんて言葉は違うんじゃないかと
思わずにはいられない。

私も小さく笑みを作って、やんわりと
首を横に振る。


寂しそうな表情をした柚夢は、壁際にある
小さな机に食事を置いて私へと手を伸ばしてきた。


すっと柚夢のキレイな指が私の頬を優しく、
壊れ物を扱うように撫でる。


もう柚夢に触れられることが当たり前で、それを
拒めない私は本当に残酷だなとつくづく思う。

こうやって許してしまえば、後から自分に
苦しみが返ってくることを、何度も
経験してきたはずなのに。


気がないのにはっきり拒むことをしないで、
それがどれだけ相手を傷つけるのか、
嫌って言うほどに知っているのに。


だけど柚夢を拒むことは、絶対にできない。




第29音 ( No.272 )
日時: 2013/07/16 20:29
名前: 歌 (ID: zh8UTKy1)





「悠……僕のこと、好き?」


「……好き、だよ」


「一番?世界中の誰よりも?」



昔の私なら迷わずに頷いていた、質問。


だけど今は頷いてしまうことも、否定して
しまうこともできなかった。


キレイなコバルトブルーの瞳を真っ直ぐに見つめる
事もできずに、ぱっと視線を落とす。

柚夢がどんな表情をしているのか、見るのが
怖くて布団の上でぎゅっと拳を握りしめた。


「ふぅ……そんな反応されると、結構傷つくなぁ」


バサッとベッドに座り、私との距離を
縮めてくるのにも、もう慣れた。

布団の上で握っていた手を、柚夢の1回り大きい
手が包み込む。


こつん、と額と額がくっつけられた。



「……僕は好きだよ。世界中の誰よりも、悠が」



どく、どく、と速くなっていく心臓。


「あの日から僕の気持ちは何一つ変わって
 いないのに……悠の気持ちは、変わって
 しまったんだね」


吐息がかかるこの距離のせいなのか、言われている
言葉に罪悪感が感じるからなのか。


柚夢の声が鼓膜を揺らすたび、心臓が
鷲掴みされているように痛い。


「ねぇ、悠……」


お願い。


「好きだよ」


やめて。


「ずっと、今までも今も……これからも」


そんな甘い声で。


「……悠…」


私の名前を呼ばないで。


触れ合っているはずの額の熱が、急激に
下がって行くのを感じる。

痛すぎる心臓を抑えたいのに、抑える手は
柚夢の手の中。


耐えきれなくなった私は、ぎゅっと目を瞑って
顔を横に背けた。


無意識に息を止めていたのか、肩は大きく
上下に動いていて酸素を求めている。

柚夢を見るのが堪らなく怖くて苦しくて、
身体は異常なほどに震えていた。



「………」



静かに離れて行った、手の温もり。


固く目を閉じていた私の耳に飛び込んできたのは、
部屋のドアが閉まる音だけだった。



はっと気づいた時には、すでに柚夢の姿は
部屋の中にはなく。

安心している自分と、柚夢を傷つけてしまった
罪悪感を感じる自分だけが取り残された。


あぁ……どうして私はいつもこうなんだろう。


無意識に人の心を踏みにじり、気付いた時には
もう手遅れで罪悪感だけが残る。

その度に、どうして私なの、と勝手に
相手の心を責め立てる。

私はその気にさせるようなことはしていないのに、
どうして私に気を持つのって。


最終的には、私は何も悪くないと思い込む。


だけど、やっぱり人を傷つけることはこれ
以上したくなくて、それが柚夢相手なら尚更だ。


明日の朝、きちんと謝ろう。


私の正直な気持ちもしっかり言葉にすれば
きっと分かってくれる。

このままなんて嫌だし、柚夢には笑っていて
ほしいよ。


それと、明日こそは絶対にこの部屋から
出てみせる。


このままずっとここでじっとしているなんて、
私らしくないし思ったら即行動に移さないと。


柚夢の気持ちも、今の私の気持ちもしっかり
向き合っていこう。

いや、私の気持ちはよっぽどのことがない限り
ぶれないと思う。



恋愛は、しない。



それはもう、柚夢を失った時から心に
誓っていたこと。

柚夢が生きていたんだから柚夢だけを想えたら
よかったけど、6人と出逢った私には
もう戻れない。


6人と出逢い、6人の想いも知っているからこそ、
私は柚夢とも恋愛はできない。


私が誰か1人を選んだとしたら、選ばれなかった
人は傷つく。

だから誰も傷つけないようにするには、私が
誰も選ばずにいるしかない。


たとえ、私に好きな人が出来たとしても。


1人を選んでしまったら、もう元に戻れないほどに
今までの関係が壊れてしまう。

それだけは絶対に嫌だから。


私の選択は間違っているのかもしれないけど、
それでも全員の心を守るにはこれしかない。




目が覚めてから、どのくらいの時間が経っただろう。


窓も時計もないこの部屋にいる限り、朝を
迎えたのか、まだ夜中なのか、さっぱり
分からない。

1つだけ分かっているのは、あれから柚夢が
この部屋に入ってこなくなったこと。

食事も運ばれないから、飲み物すら飲めない。


「……傷つけすぎたのかも」


そう思ってからは、ずっと不安が消えなくて
どうしようと焦る気持ちが募るばかり。

ここから出ようと決めたけど、もしそれを
柚夢に知られたらさらに傷つける。

その前に、外から鍵がかかっているんだから
出る方法すらない。


そんなことを考え始めてから、だいぶ時間は
過ぎているような気がする。


「やっぱり、動こう」


ベッドから降りて着替えが入っている袋から
淡いピンクのニットとグレーのズボンを取り出した。

今は冬だけどこの部屋は全然寒くはない。

ここから出たらどのくらい寒いのか分からないけど、
フランスに来た時の気温は1桁だったような。


「そんなことはどうでもいいや。さーてと、
 どうやって出よう」


ぐるっと部屋の中を見回すけれど、やっぱり
窓はなくドアは鍵がかけられているもの1つだけ。


「あそこから出るしかない、か」


私、いつの間にこんなに独り言多くなったんだろう、
とぼんやりと考えながらドアに向かう。

隙間1つないとか、どんだけ丈夫な造りを
しているんだろう。


これはもう、表から開けられるのを待って、その
瞬間にバッと出るしかないな。

ドンッ、バッ、シュッ、てな感じで。


「いや……でもいつ開くか分からないのに
 ずっとここで待つのもなぁ…」


待つことは嫌いじゃないけど、今日中に
出ないと一生出られないような気がする。

待つことが出来なければ、呼べばいい。

ドアをバンバン叩いて何かしらの理由を
叫んでいればいつか誰かが開けてくれるかも。

その理由はきちんと理屈がないと開ける方も
勝手に開けられないでしょ。

ま、その前に誰にも気づかれない可能性も
あるけどね。


でもやってみないと分からないし、理由を
考えるとしよう。


頭の中の引き出しを最大限に活用し、
シミュレーションをしていく。


「よし、これにしよう」


決断した私は、ドアの前に立ち大きく息を吸った。




第29音 ( No.273 )
日時: 2013/07/17 22:49
名前: 歌 (ID: jX/c7tjl)






「いやぁぁぁ!!!助けてっ…!誰か…誰かっ…!!
 助けてぇぇ……柚夢、柚夢…っ…!!」




名付けて、記憶が混乱して見えないものに
怯えて泣き叫ぶ作戦。


さっすが私、女優になれるかも。


ドアを何度も強く叩いて、本当に私の声なのかって
くらいに叫ぶ。

叫び始めて5分もしないうちに、バタバタと
慌てる足音が聞こえてきた。


「だ、誰か…いるの!?助けてっ……助けて!!」

「ど、どうしました…!?」

「いるの…っ…あの男が……!!来るの!!!」


外から聞こえてきた声は、知らない女の人の声。

きっとこのペンションでご飯や掃除をして
くれている家政婦さんだと思う。

こんなことして騙すのは人でなしなのは確実だけど、
こうでもしないと外には出られない。


「早く!!早くここから出して…っ……!」

「し、しかし…!鍵がかかっていて…あぁ、
 どうしましょう!!ムウ様でないと
 開けてはならないと……」

「ムウさんは!?どこっ…どこにいるの…!」

「た、ただいま外に出られてまして……」

「いやぁぁ!助けて……出してよぉ……!」


家政婦さんは1人なのか、私の叫び声に軽く
パニックになっているようだ。

あぁ……本当に、ごめんなさい。


「あっ!た、確かムウ様…スペアをあの棚に……」

「お願い!!開けてぇ……」

「わ、分かりました!」


何ていい人なんだろう。

家政婦さんが急いで戻ってきてくれたらしく、
鍵を必死に開けようとする音が聞こえてきた。


「い、今開けます!!」


バンッと勢いよく開いた扉。

私は家政婦さんに抱き着いて、本当に本当に
ごめんなさいと心の中で呟きながら。


家政婦さんを背負い投げしてしまった。


「はぁ…はぁ……」


肩で大きく息を吸って気を失った家政婦さんに
もう一度頭を下げてから。


勢いよく、走り出した。



うわぁ……体育の柔道で習った背負い投げが
こんなところで役に立つとは。

いや、でもあの家政婦さんには本当に
申し訳なかった。


これまでにないくらいの罪悪感を全身で感じながら、
必死に階段を駆け上がる。

ここはとても奥深くに作られている地下だから、
かなり階段は長い。


どこに出るのかは分からないけど、ひたすら
走って外を目指した。



「……はぁ…はぁ…はぁ…」



辿り着いた場所は、見慣れたロビー。


ここに泊まっているときに、空雅と玲央は
ここで漫画を読むことに没頭したり、
ムウさんとして存在していた柚夢と話した、
場所。


大きな窓の外のベランダは、柚夢が夜空を
眺めていた場所。


差し込む光の眩しさから、すでにお昼の
時刻は廻っていることが分かる。

私はゆっくりと1人掛けのソファに座り、
ちょっと疲れた体を預けた。


やっと、外に出られた………


こうやって陽の光に当たり、真っ青な空を
見られたことがとても懐かしい。

でもちょっと、何も食べていない代わりに
摂っていた栄養剤を飲んでいなかったから
頭がぼーっとする。


かなり久しぶりに勢いよく走ったし。


柚夢が帰ってきたら、こんなところは
すぐに見つかるだろうな。

だけど少しだけ、休んでいてもいいかな。


見つかった時にはこっぴどく叱られる……
どころじゃすまないかもしれないけど。

何をされるかも今の柚夢だと分からないけど、
穏やかな陽の光を見られて、今はそれだけで
幸せな気分だ。


外の空気も吸いたいな、だけど寒いかも、
なんていろいろぼんやりとした思考で
考えているうちに。



瞼は、閉じられた。







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