コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第8音 ( No.75 )
日時: 2012/11/03 19:37
名前: 歌 (ID: zT2VMAiJ)


煌との電話を切って、大和に
ピースサインを向けた。


「……お前、悪魔だ」


何故か物凄い白い目で私を見る大和さん。

うふふ、音楽のためならちょっとくらい
嘘ついたって許されるのです。


「これで準備は整った!うほー、もう
 ちょー楽しみなんだけどっ」


興奮のあまり、ソファでぴょんぴょん
跳ねる私を、さらに顔を引きつらせながら
呆れている人物が。

もう、そんなのは気にしてらんない!



さっき、煌との電話ではまだ本番の日にちは
伝えてないけど、もう決まっている。


2日後の6月4日。


前に大和と玲央と、それぞれの楽器を持って
私の家に集合と約束した日にちと同じ。

煌に言った、大和が感動したらサックスを
聞かせてくれるってゆうのは、嘘。

大和から煌とのことを聞かされた時、
ピコーン、と思いついてしまったのだ。


玲央、煌、築茂には内緒で勝負してしまおう、と!


つまり大和、玲央、私のアンサンブルと
煌、築茂、私のアンサンブル、それぞれを
披露して誰か観客を呼んで聞いてもらおう。

と、いうことです。

まぁ別に勝敗はどうでもよくて、楽しそうだから
私がやりたいだけ、だったり。

音楽を通じてこうして出会えたんだから、
人間が嫌いな築茂と人間に興味がない玲央。

この2人が少しは心を許せる人を
増やしたいな、と思ったんだ。


きっと煌なら本当のことを言っても
快くOKしてくれると思うし、万が一、
険悪なムードになっても仲裁に入って
何とかしてくれる。


何よりも、『音楽は心』だから。



弾く曲も本当は決まっている。

本来なら違う曲を弾くのが当たり前だと
思うけど、同じ曲をそれぞれ、
どういうふうに奏でるのか。

それが楽しいかもしれない、そう思って
今回選曲したのはパッヘルベルの「カノン」。


とても有名な曲だし、アンサンブルを
やるのには一番やりやすいと思う。

私たちくらいのレベルならたぶん
すぐ弾けると思うし、もしかしたら
前に弾いたことがあるかもしれない。


電話で2日後と言うと、無理とか言われそう
だったからわざと日にちは曖昧にした。

だからきちんと約束をした後に、
強引にでも話を進めてやろう、そう
思ったのだ。


「で、肝心の観客はどうするんだよ」

「あぁ……考えたんだけど、やっぱり
 それぞれに知り合いのほうがいいでしょ。
 だから2名、決めちゃいました」

「で、誰だよ」

「1人目は煌と私が知ってるやつで、
 2人目は荻原先輩」

「はぁ!?日向を連れてくるのか?」

「はい、そうですが何か不満でも?」


大和と荻原先輩の関係がぎくしゃくしている
からこそ、大和の普段と違う姿を
見せれば、荻原先輩にも違う感情が
芽生えるんじゃないか。

そう考えて、荻原先輩には
絶対に来てもらいたいと思う。


「いや、大ありだろ。俺は別にどうでも
 いいけど日向が素直に首を縦に振るとは
 思えないぞ?」

「そこは私の話術でお任せあれ」

「うわー、ちょー心配。ってかあと1人の
 俺が知らないやつって誰?」

「私と同じクラスのやつで、超がつく
 バカでポジティブでうるさいやつ」

「何でそんなめんどくさいやつなんだよ」

「私も聞きたい」




実は、大和と玲央の約束が決まったことを
愛花に話して、愛花に来てもらおうと
思ったんだけど。


『あーその日、ピアノだから無理!
 月次くんに来てもらえばいいじゃん。
 喜ぶんじゃない?』


なんて、めんどくさそうに答えたから
私もめんどくさくなってしまった、なんちって。

まぁきちんと考えはあって、
私と大和の知り合いが来るなら
私と煌を通じての知り合いは空雅しか
いなかったし、丁度いい。



「まぁとりあえず、会えば分かるでしょ。
 あ、煌にメールしなきゃね」


日にちが急きょ明後日になったことを、
メールして築茂にも話を聞いたかどうか、
メールを入れておいた。

ある意味、騙されてるんだけど、
それを築茂が知ったらどんな反応をするかな。


おー……恐ろしや。



「カノンの楽譜は?」

「もうネットで入手済みです。大和グループは
 大和のサックスがメロディーね。私の
 バイオリンは対旋律を弾くから」

「うわ、マジかよ」

「どうせちゃちゃっと弾くんでしょ。
 本番までに一度集まって音合わせしたら
 もう終わりだからね」

「煌たちのほうはどうするわけ?」

「あっちも一緒。練習は本番まで1回だけ。
 公平でしょ?パートは3人で
 話し合って決めるよ」

「あ、そういえば玲央にはまだ連絡
 してなかったな。しておくか」

「よろしくー」


携帯をいじりだした大和を見届けて、
いつものように紅茶をすする。

この時間がたまらなく、好き。



第8音 ( No.76 )
日時: 2012/11/10 23:20
名前: 歌 (ID: J1W6A8bP)

んー、遅いなぁ。


煌からの返信が来なくて、内心
焦り始めていた私。

既に時刻は10時を回っていて、大和は
仕事のために帰った。


築茂からは聞いている、と返信があり、
選曲と日時も知らせると。



『お前はバカか?』


メールを送った直後、築茂からの電話が。

そしてもしもし、を言うことすら許されずに
十万ボルトを落としてきやがった。

何か呪文でも唱えているんじゃないかと
思わせるくらい、それはもうすごい
剣幕で一気に喋っていたよ。

何一つ聞いてなかったけど。


とりあえず、もう決まったから
明日、練習頑張ろうね!と強引に
電話を切りました、はい。


鬼瓦みたいな顔してたらどうしようかね。

もしその顔で頭を冷やそうと熱冷ましシートを
買いに、コンビニでも行ったら……。


合掌。



ってそんな呑気なことをしてる場合では
ないんだって。

返信が来てないってことはまだ
メールを見ていないということ。

それはつまり、万が一にでも今日、正確には
あと2時間以内にメールを見なければ。

明日、明後日が本番だということを
知ることになる。


これは非常に、まずい。


いくらなんでもあの煌でさえ、怒るかも
しれないしやっぱりやめるなんて言われたら
どうしましょう。


そんな不安と決闘していても状況は
何一つ変わらないから、携帯をあさってみる。

いや、意味はないんだけどね。

画面とにらめっこしていると、ふと
ある疑惑が浮かんできた。

恐る恐る送信BOXを開いてみる、と。



・・・・・・。



オーマイガー。



未送信BOXを開いてみる、と。



おうおうおう、こんなところに
隠れていたのか。

かくれんぼが好きなのかね、君は?



「………やってしまった」



質問です、どうして煌から返信が
来なかったのでしょう。

答えは、私がメールをきちんと
送れていなかったからです。


最悪だぁぁぁあぁぁあぁ!




こうなってしまったからには、もう
強行手段に出るしかない。

悶々と携帯とにらめっこしているうちに
時間は経っていたみたいで、あと
もう少しで11時になる。

まだこの時間なら起きているだろう。


すぐに発信ボタンを押して電話をかける、と。



『……んぁ』


あれ、まさか寝ていたんですかね?
かなり寝起きの声ですよね?


「あー……悠だけど、もしかして
 寝てたりとかする?」

『………』


嘘でしょー。

こんな早くに寝てるとか、私じゃ
考えられないんだけど。

まぁ私なんかを基準にしてはいけないですね。


それよりも、なぜか沈黙が続いていて
話が一向に前進しようとしません。

なんとなく、なんとなく、本当に
なんとなくなんだけど。


まさか、また………寝てない?



「もしもーし!煌!春日井煌!」


『ふぇ?』



受話器に向かって近所迷惑など気にせずに
大声を出すと、やっと間抜けな返事が聞こえた。

ふぇ?って、ちょっと煌さん、
爽やかスマイル春日井煌のキャラが
ぶち壊れるよー。


「ふぇ?じゃなくて、寝ぼけてないで起きて!
 すぐに話さなきゃいけないことがあるの!」

『え、悠?は?何で?』


ダメだこりゃ。

完璧に寝ぼけていたみたいで、どうして
私と電話をしているのかという
状況すら把握できていない。



「何で、って私が電話をしてあなたが
 通話ボタンを押したから電話してるんでしょ。
 それよりも頭、起こして」

『いや、今のですっかり起きました。
 今日は悠からの電話づくしだな』

「何呑気なこと、言ってるの。それよりも、
 明後日、いやあと1時間すれば明日か。
 6月4日、アンサンブル本番ね」


早速本題に入ってさらりと言ってみれば。



『………ん?』



可愛い一文字が聞こえてきました。



受話器の向こうで一生懸命頭を整理しようと
1人でぶつぶつ言っている煌の声を
黙って聞いていたら。


『つまり、明後日が勝負の日だと?』

「正確にはあと43分で明日ね」

『冗談とかじゃ…』

「ないよー」


ようやく話が見えたみたいで、乾いた声が
ため息交じりに吐き出された。


そんなことは気にしてられずに、
選曲と練習と場所を説明して何とか
承諾してくれた。


『本当に唐突だなー』

「そのほうが面白いでしょ」

『悠が面白いならよかったけど。
 でもやるからにはしっかりやるよ』

「煌ならそう言ってくれると思った!ありがと。
 なんだかんだ、煌も楽しいでしょ?」

『ちょっとね。何かこういうわくわく感、
 久々に感じてるなーと思って』

「これからもっとわくわくするよ」



やっぱり煌は、理解力があって大人で
優しくて音楽を心から愛してる、そんな人。


だから、当日の本当の目的もすべて話した。


大和と荻原先輩のことに築茂と玲央のこと、
音楽を通して何かきっかけができたら嬉しい。

煌にも当日まで言わないつもりだったけど
たった今、言いたくなったこと、も。


やっぱり最初は驚いていたけど、私の考えに
賛同してくれたし、玲央や荻原先輩と
会えるのも楽しみだと言ってくれた。

万が一、築茂が気を悪くしたら俺に
任せておけ、と。


そんな頼もしい言葉も一緒に。



煌との電話を切って、ふぅと息を吐くと、
ひどく安心していることに気付いた。


思っていた以上に今回のことが本当に
上手くいくものかと、考えてしまって。

余計なお世話じゃないかとか、迷惑じゃないかとか、
嫌じゃないかとか。

少し不安でいたことも事実。


でも煌も協力する、と言ってくれてたったその
一言が心に沁みた。



どうか、成功しますように。


第8音 ( No.77 )
日時: 2012/11/11 14:29
名前: 歌 (ID: jX/c7tjl)




朝、テレビをつけるといつもの天気予報。

沖縄以外は見事に雨、雨、雨、
なんたってこれから梅雨の時期ですから。

残念ながら沖縄県はもう終わっちゃったから、
これからは暑さとの闘い。


ふと。


視線が行ったのは関東地方の天気と気温と、
『横浜』の文字。


「あ、バスが来る」


テレビを消してカバンを手に、誰もいない
家を見渡していつものように。

得意技を、やった。



今日は日曜だというのに学校がある。

明日、県全体の高校教師の会議があるとかで
休みだかららしい。

午前中だけで終わりだから得した気分。


もちろんそれを前もって知っていたから、
2つのチームと練習が成り立つんだけど。

授業が終わったら、使われていない学校の
楽器庫で煌と築茂と初音合わせ。

それが終わったら私の家で大和と玲央と
音合わせをする。


そして、明日が顔合わせ。


明日の16時に全員、私の家に集合ってことに
なっている。

煌たちはまだ一度も来たことがないから、
住所と軽い地図を今日、渡す。


もう一つ、今日やらなければならない
重大なことが。



「はよー、悠!」

「おはよ、空雅。ね、明日暇?」

「おー暇暇!部活もないしな。何、まさか
 デートのお誘い?きゃーっどうしよっ」


学校に着いて、しばらくすると生徒たちが
ぞろぞろと登校してくる。

その中に空雅も混じっていて、朝っぱから
テンションの高いやつにすぐに話を持ちかけた。


「デートじゃないけど、ちょっと
 招待したいんだよね」

「え、マジで?何に招待してくれるの?」


冗談で返すとでも思っていたんだろう、
もともと大きい目をぱちくりさせて
驚きの表情を見せる。




「アンサンブルコンサート!」




「アンサンブルコンサート?」

「はい!そうなんです。ぜひ荻原先輩に
 聞いてもらいたくて」

「それは嬉しいけど……何でまた僕に?」


いつもの柔らかい王子様笑顔。

うん、今日も何一つ崩れない完璧な
綺麗な笑顔だ。



「どうしても聞いてほしい人の音があるんです。
 明日、16時に世羅駅で待ってます」



これで、準備は整った。


空雅に話したら「おもしろそう!」と
好奇心剥き出しの無邪気な笑顔ですぐに
返事をくれた。

荻原先輩は頼まれたら断らないことを
知っていたから、半ば強引に話を進めて、
頭を下げた。


最近、分かったことがある。

荻原先輩のあの優しさと笑顔と完璧な
風貌は、すべてがすべて本物ではない。


きちんと、怒りも妬みも人間らしい感情を
ぶつけることができる。

大和の前でだけは。


彼の心の鍵は、彼自身が持っているけど
その鍵の在り処まで導くのは
紛れもなく、大和だろう。



2人には2人にしか分からない距離がある。


大和がサックスを始めたのは小学3年のとき、
荻原先輩が誘ったらしい。

近所にサックスがうまいおじさんがいて
その人に教わっていたと。

別にうまく弾きたいとか、誰かに聞いてほしいとか、
そんなことはどうでもよくて、ただあの時の
俺たちには楽しかったんだ、と。


そう懐かしむような、ちょっと寂しそうな
表情でぽろっと話してくれた大和。


あいつはテナーサックスでめっちゃ
いい音してるんだ、そう自分のことのように
得意気に話していた大和。


荻原先輩の抱えている想いも少しだけ、
話してくれた。



きっと荻原先輩も音楽だけはすごく好き。


でもそれは、本気でやっていいものではなく、
“趣味”の一つとしてでしかできない。

そんな家系で育ったということが、
2人の間に少しずつ、溝を作ってしまった。


家族、というものがよく分からない私には
荻原先輩がどんな想いで両親と
接してきたのか想像もできない。

だけど、音楽が好き、それだけの純粋な気持ちが
きっと今もまだあると思うから。

その気持ちを何よりも大切にしてほしい。


そのために、また荻原先輩を
音楽と繋ぎ合せたいんだ。



3限目が始まる予鈴を聞きながら、3年生の
教室へと続いていた廊下を引き返した。



第8音 ( No.78 )
日時: 2012/11/11 17:22
名前: 歌 (ID: jX/c7tjl)



待ちに待った、いつもより早めの放課後。

私は誰もいない楽器庫へと足を踏み入れ、
家から持ってきていたバイオリンのケースを
床にそっと、置いた。


煌からもう少しで着く、とメールが来たから
それまで少し、音だしをしていよう。


3人分にコピーしといた楽譜をカバンから出し、
頭の中でイメージをする。



本当に、楽しいだろうなぁ。



そう考えるだけで自然と腕が動いて、
弦と弓をこすり合わせ、音を奏でていた。

ここに2つの音が重なったら……。



あっという間に最後の音を弾き終えると。


それを見計らっていたかのように
楽器庫の扉が開いた。


もちろんそこには、煌と築茂。


でも少しだけ、様子が変というか、
ちょっと驚いている感じ。



「あ、早かったね。どうしたの?」


「……今の、悠が弾いていたんだよね?」


「え?あぁ聞いてたんだ」



別にそんなことはどうでもよくて
私は早く3人で音を合わせたくて、
うずうずしている。

でも2人は中々その場から動こうとしない。


「ちょっと、どうしたの?早くやろうよ」

「悠、お前、バイオリンはいつからやってるんだ?」


築茂がゆっくり私のいるほうへと近づきながら、
そんなことを聞いてきたから、


「えーと、高校に上がってからだから1年ちょい?
 独学でやってきたよー。それよりも!
 早く2人のバイオリン聞きたいんだって」

「嘘だろ?」

「はい?」


さっきっからこの2人は何なんでしょうか。




何に対して驚いているのか分からずに
2人は顔を見合わせている。



「とりあえず、これ楽譜。誰がどのパート
 やるか決めようよ。私はどれでもいいけど」


楽譜を2人の前に差し出しながら言うけど、
2人は私の顔をじろじろと見ていて。

めっちゃくっちゃ、気持ち悪い。


「お2人とも、かなり気持ち悪いので
 そんなに見ないで頂けますか?楽譜を
 見てください、楽譜を」


口元に弧を浮かべて言うと。



「……あぁ、ごめんごめん。どのパートを
 やるかだったね。俺もどのパートでもいいかな」

「俺もだ」


「それじゃあ一向に決まらないからグッチョッパ
 しようよ!グーが1st、チョキが2nd、パーが
 3rdでいいよね?」


ようやく話がまともに進められて、グッチョッパを
すると一発で決まった。


私が1st、煌が2nd、築茂が3rdだ。


「よし、決まり!じゃあ早くやろっ」


やっと煌と築茂のバイオリンとセッションできると
思うと、とてつもなく嬉しくてテンションが
上がりっぱなし。

築茂のバイオリンは初めて会ったとき以来、
一度も聞いていないし、煌のは初めてだ。


楽器をそれぞれに出して、チューニングをする。


これだけでも2人の音が予想以上に綺麗で、
すごく気持ちいい。

この音たちと一つの曲を奏でられると思うと
本当に幸せすぎる。


「あー、やっぱ最高!これだけで満腹って感じ」

「大袈裟だよ。じゃあちょっと頭から
 やってみようか」


煌の言葉に頷いて、バイオリンを構える。


2人とアイコンタクトをしてバイオリンを少し
揺らして、私の音から始まった。

F#から始まる4音を弾いて、煌と合図をとると、
煌の音が重なってくる。

そこからまた4音すると築茂の音も合わさった。


そして後はもう気持ちよく、楽しく、
でもぴったり合わさるように、奏でた。


頭の中には3つの音が追いかけっこをして
遊んでいる光景が思い浮かぶ。

初めて合わせたとは思えないくらいの
完成度の高い演奏。

アンサンブルをやったのはこれが初めてだった
私だけど、癖になりそうな感覚。



あれ、この感覚…………。



ううん、きっと気のせい、だから
今は何も考えないようにしよう。



最後の綺麗な和音を消えるように弾き終えると、
胸がじわじわと熱くなるのを感じた。



「うわぁ………何か、やばいね」


感嘆ともいえるため息を呟いて、2人に
笑顔を向ける。

ずっとあの音に包まれていたかったかも。



「初めてなのにかなりいいんじゃない?」

「まぁまぁだな。もっと練習すれば
 もっとよくなる」


煌と築茂もすごく嬉しそうで、やっぱり
心で音楽は変わってくるんだな、と
改めて実感した。


それから、さらにいい演奏を目指して
3人で意見を出し合いながら曲を作っていく。

最初は感覚がずれていたところも、
次第にまとまるようになって満足できた。


こうして音楽をしている時間というものは、
本当に楽しいしあっという間。

いよいよ大和たちとの約束の時間が
迫ってきていた。



「これなら明日、大丈夫そうだね」

「うん!我儘言って本当にごめんね。
 でもいい演奏を大和に聞かせたいから」

「ま、そいつがどんなやつか知らないが、
 ベストを尽くすまでだ」

「そうだな。それじゃあ悠は今から
 用事があるみたいだし、明日頑張ろう」


事情を知っている煌が気転を利かせてくれて、
たった1日の練習を終えた。



別れ際に私の家の住所と地図を渡して、
また連絡するね、と言って学校を出た。


築茂に怪しまれてる感じもなかったし、
純粋に2人とのアンサンブルを楽しめて。

今からの大和と玲央とのアンサンブルも
早くやりたい、そう思いながら
足早に駅へと向かった。


第8音 ( No.79 )
日時: 2012/11/12 19:34
名前: 歌 (ID: 4IM7Z4vJ)

いつもの駅を降りて、家までの道のりを
いつもより早く歩く。

心はすでにこれからのことでいっぱいで
頬が緩むのを隠すこともできそうにない。


気付いたら早歩きは走りに変わっていて。


後ろからバイクの音が聞こえて、
私を通り越したと思ったらちょっと
手前で止まった。


「おい!何で走ってんだよ。危ねーだろ」

「大和!」


早く大和のサックスが聞きたかったから
会えたことが嬉しくて、ガラでもなく
子供のように駆け寄った。


「今ね、煌たちと練習してきたよ!
 そしたら早く大和と玲央ともやりたくて
 気付いたら走ってたっ」


ニカッと笑ってみせると、ふっと
笑みをこぼした大和。

ぽん、と私の頭に手を置いて、


「あぁ、俺も楽しみだよ。でも危ないから
 走るな。楽器も持っているんだし、
 大切な楽器がかわいそうだろ?」

「あ、本当!ありがと、大和」

「おう。玲央はコントラバスだから
 タクシーでくるみたいだぞ」

「いくらなんでもバイクじゃ無理だもんね。
 じゃあ紅茶淹れて待ってよ!」


優しく頭を撫でてくれる大和の大きい手が、
すごく、くすぐったかった。



バイクを押しながら私の隣に並んで、
一緒に歩いてくれる大和に
煌たちとのアンサンブルの感想を
途切れることなく話した。

それにいろんな表情で答えてくれる
大和の、こんな表情もするんだなと新たな
一面を見れたことが嬉しくて。


ちょっと、ドキ、なんてらしくない
心臓の音が聞こえた。




大和と紅茶とお菓子の準備をしていると、
がちゃ、と裏口の扉が開いた。


驚いて目を向けると、玲央の姿が。



「玲央!お前、インターホンくらい
 鳴らせよ。しかもそこからじゃコントラバス
 入れないだろ」

「こっちのがいいと思った」


なんというか、玲央らしくて
私はその場で爆笑してしまった。

それに大和が眉を吊り上げているけど、
私の笑いは中々おさまらない。


今日の私は、ねじが3本くらい外れてるな。


大和がこの家の主かのように、玄関の
扉を開けて、そこからコントラバスを持った
玲央が入ってきた。

同じ弦楽器なのにこんなにも大きさが違うと
やっぱり圧倒される。


「玲央、紅茶できてるよ。ちょっと
 疲れたでしょ?少し休もう」

「ん」


私のバイオリンと大和のサックスの隣に、
コントラバスを静かに置いて、
この前のように3人でソファに座った。

紅茶をすすりながら、楽譜を2人に渡す。

玲央には煌たちとのことは話してないけど、
明日、私たちの演奏を見に来る人がいると
いうことだけは伝えた。

特別、反応を示すわけでもなく、ただ
楽譜を見つめている玲央は。


本当に人間に興味がないんだろう。



「そんじゃ、やりますか!」


大和がソファから立ち上がり、楽器ケースを
開けてサックスを取り出した。

金色でベルに薔薇の模様が刻まれていて、
すごく、かっこいい。

私もさっきまで弾いていたバイオリンを
出して、弓の準備をする。


ワンテンポ遅れて玲央もゆっくり、
ケースを開いた。





それぞれ音だしを始めたんだけども。

それを聞き逃せるほど簡単な音じゃ
なくて、私は驚いてしばらく2人を凝視。


「……お前も音だし、しろよ」

「いやぁー………だって、2人の音が。
 やばいというかどうしようというか、なんか
 食べちゃいたくなるんですもん」

「意味分からねーよ」


大和が怪訝な表情で私を見るけど、
本当のことだし、はっきり言ってびっくり。

本当に大和の音は見た目とのギャップが
やばいくらいに柔らかくて、綺麗で、透き通っていた。


音は心の鏡。



その言葉のとおり、玲央の音はゆったりと、
重く、美しく、どこか可愛い。

とてつもなく2人ともいい音をしている。



「悠の音、聞きたい」


玲央がコントラバスを弾く手を止めて、
私のバイオリンに視線を集中させる。


「あ、2人に夢中になりすぎて忘れてた。
 私も音だしするから2人も続けて?」


そう言っていつものように音だしで
やっているスケールやロングトーンをした。

それに半音階と和音のチューニング。

でもどうしてか、私のバイオリンの音しか
聞こえなくてふと手を止めると。


さっきまでの立場が逆転していた。



「え?なんですか」

「………お前、いつからバイオリン
 やってんの?」


さっき築茂にも聞かれたことと全く同じことを
大和が言うものだから、ちょっと
おかしくて笑ってしまった。


「何で笑ってんだよ」

「いや、ごめん、ちょっとね。バイオリンは
 高校生になってから始めたよ。独学だから
 かなり適当なんだけど」


そう答えると、2人とも目を見開いた。

わぁ、あの玲央までもがこんな表情を
見せるなんて何をそんなに驚くんだろう。



「嘘」

「嘘って、なんでよ」

「俺も嘘だと思うんだけど」

「はい?何で嘘なんてつかないといけないのさ」


信じられないという表情で2人とも
顔を見合わせている。

あ、デジャヴだ。


確かに1年ちょいと言うと一般的には
初心者に属するポジションだ。

でも私はずっと音楽をやってきたから
チューニングとか基礎的なことはすぐに
身に着いた。





………ずっと?




あれ、やばい、早く蓋をしないと
溢れちゃうね。


得意技を発動。



「まぁとにかく、曲やってみようよ!」

「あ、あぁ」


強引に押し切って、楽譜をそれぞれ
自分の好きなところに置いた。


譜読みはたぶんすぐにできるだろうから、
煌たちのときみたいに一度、通してみよう。


「一度、初見でやってみようよ。そのあとから
 修正したり練習してさ」

「そうだな。じゃあ玲央からよろしく」

「ん」


そう言うと玲央は低温のDから始まる音を
優雅に弾きこなす。


バイオリンのアンサンブルではないパートだから、
やっぱり雰囲気もちょっと違う。

その後に私のバイオリンを重ねて、弦同士の
ハーモニーを作ると。


メロディのサックスが乗ってきた。


弦をこする音、大和の息を吸い込む音、
このアンサンブルでしか感じられない音たちが
楽しそうに会話をしている。


こんなアンサンブルも、いい。


バイオリンアンサンブルは思いっきり
クラシックだけど、これはどっちかっていうと
ジャズに近い、柔らかいイメージ。

全く同じ曲でも、弾く楽器、音、
合わさるタイミングがちょっと違うだけで
オリジナルのようになる。


それが、音楽の魅力の一つ。


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