コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第22音 ( No.219 )
日時: 2013/05/19 23:37
名前: 歌 (ID: 16oPA8.M)



一斉に私へと注がれる6つの視線に、
ごくりと唾を飲む。


普段全く緊張しない私が、珍しく手汗を
滲ませながらも、なるべく平静を装った。



「……今の話、聞いてた?」



煌がちょっと気まずそうに聞いてきたから、
私もちょっと気まずくなって、視線を
床に落としたまま、首を小さく縦に振った。



「ごめん……」


「何で謝んだよ。聞いてたならそっちのほうが
 都合がいいし。そういうことだから、一応
 頭に入れておけよな」



相変わらず大和は、不器用な優しさを
僅かに言葉に乗せてくる。


その優しさに、どれほど救われてきたことか。


早く答えを出せとも、しっかり考えろとも、
私を追い詰めるようなことは一切言わずに、
知っているだけでいいと。


そう、言われているみたいで。
ものすごく、心が軽くなった。



俯いていた顔を上げると、不安な瞳を
揺らす日向と視線が絡まる。



「……悠…っ…あ、の……」

「日向、ごめんね」

「えっ?」


どうして私が謝るのか分からない顔で、
困惑している日向に小さく微笑みながら
言葉を繋げた。



「私が無防備にあんな格好で部屋に入るほうが
 バカだったんだよ。自分から何かしてください、
 って言ってるようなものだし。だから
 本当にごめんなさい」



いつも彼らと一緒にいすぎて、彼らが男だと
いうことを忘れかけてしまう。


でもそれは、彼らに対してとても失礼だし、
私にとってもマイナスになること。



私は女で、彼らは男だということを忘れてはいけない。



「……まぁ、確かに俺も同じことされてたら
 日向みたいになってただろうな。男の
 本能で好きな女がそんな格好してたら
 襲いたくなるもんだし」


頭を下げる私に言葉が見つからない日向を
庇うように、大和が言う。


「確かにそうだよね。悠は自分が女だってこと、
 いつも忘れて無防備な格好よくしてる。
 これでも結構俺らって我慢してるんだよ?」


苦笑しながら私の頭を撫でる煌。

…やっぱり私って、相当バカで今まで彼らに
たくさん我慢させるようなことしてたんだな。


そう思うと罪悪感が半端ない。



「もう悠を責めるのはやめろ。これでも
 少しは分かっているだろ。もし、また同じような
 ことがあれば体に教えればいいだけの話だ」

「うっわー……築茂、鬼畜!」

「悠だけ、にな」

「否定しねぇんだ……」


煌が築茂に浴びせた言葉は跳ね返され、
大和はドン引きしている。


そんないつものやり取りがすごく嬉しくて、
ふふふ、と笑みが零れた。



「……やっと、笑った…」



玲央がやんわりと微笑んでくれて、私は
それまで固い表情をしていたんだと気付かされた。


「お前が笑わしたんじゃねぇけどな」

「…うるさい」


大和がふっと鼻で笑うと、ムキになって
口を尖らす玲央が最高級に可愛いです。



「みんな……ありがとう」



やっぱり、大好きだな。



……うっ…あの、いきなり全員の視線が
私を愛おしそうに見つめるから……急激に
恥ずかしくなってきた。


滅多に顔に出ない私でも、たぶん今は
真っ赤になっているような気がする。


それを悟られないように、ちょっと下を
向いて唇を噛みしめながら、にやける顔を
隠した。



「……悠、そういうのが無防備っていうの」



と。


煌が苦笑しながら盛大なため息を吐いて、
頭を抱える。


何、どこが無防備なの?


だって髪は乾いているし、浴衣の上から
しっかり上着は着ているから完全防備だと
思うんですけど。



「はぁ……こりゃあ、一生無理だな」



肩をすくめた大和は、呆れながらもどこか
笑っていて。


私はただ、意味が分からずに首を傾げた。



「あー……俺、愛花がいてよかったぁ」



さすが空雅、尊敬するほどのKY発言を
してくれたよ。

ってか今までいなかったんじゃないかって
くらい大人しかったのが逆に怖い。


「愛花と出会ってなかったら、絶対に悠に
 惚れてたと思うもん。やだやだ、こんな
 ライバル多くて無自覚な子を好きになるなんて」


……それ、愛花に失礼じゃね?


「お前には青田で十分だ。ま、たとえお前が
 この中に参戦したとしても、勝ち目は0に
 等しいから安心しろ」

「な、なんだと!?」

「はいはい。一応これで一件落着ってことで」


築茂と空雅の言い合いが開始される0.5秒前、
煌が止めに入ってくれた。



「俺が日向を殴らなかったことが一番でかいな。
 マジで殴ろうかと思ったし」

「マジで殴られるかと思ったよ……」

「日向の、綺麗な……顔に、傷つけたら…
 大変、だよ…」


うん、玲央の言う通りだよね。


でも大和も本当に我慢してくれて、大事に
ならずに済んでよかった。


「結果的に、私がもっと防備しろって
 ことだよね!」

「そうそう。まぁ俺らもできる限り抑えるけど」


私が叫べば、しきりに首を振った煌。


よし、私はこれから少しでもみんなが男だと
いう意識を持っていこう。



「さぁてと、もうこんな時間だけど練習は
 どうすんだ?」

「えー……今からやんのかよぉ」

「まだ出来ていないんだから当然だろ。
 なんなら、明日の朝早くからやるか?」


時計を見ながら呟いた大和に、空雅はだらんと
机に突っ伏す。

それを築茂がバシッと頭を叩いた。


あぁ、そんなに強く叩いたらただでさえ脳細胞が
ないのに減っちゃうよ。



そういえば今日の夜も練習をする予定
だったんだっけ。


あぁ、だから私と日向の携帯に電話をしても
反応がなかったから慌てていたってことか。


……って、もう22時になるんだ。


本来なら20時から練習が始まって22時に切り上げる
予定だったと思うんだけど。


今からやってもあまり意味はないような
気がするなぁ。


「今日は早く休もう。明日の朝、ご飯食べて
 8時から練習ってことで大丈夫だよな?」


煌の提案に、空雅以外はしっかり頷く。


「……ま、飯食った後ならいっか!」


空雅も朝食のことを思い出したのか、開き
直ってくれた。


「んじゃ、部屋に戻るかー!」


ソファから立って思いっきり天井に背伸びを
した大和。


それぞれが飲み物や携帯だけを持って、
部屋に戻ろうとした。



「……悠」



後ろから呼ばれて振り返ると、まだ不安そうに
している日向が。


優しく、首を傾げると。



「今日は本当に、ごめん。怖がらせ、た?」

「あははっ!もう全然大丈夫だから気にしないで?
 私が一番悪かったしさ。だからそんな不安に
 しないで、日向の綺麗な笑顔、見せてよ」


そう言うと、不安な表情が一瞬にして、
真っ赤に染まる。


え、私何か変なこと言いました?


「……うん、ありがとう」


一度口元を手で覆ってから、赤い顔のまま、
ふわりと綺麗な笑みを零した。


その笑みが、やけに色っぽいのにどこか
幼く見えたのは、ここだけの話。



そのまま足早で部屋に向かった日向たちの後を、
私も小走りで追いかけた。





ムウさんが、すべてを。
見ていたことも。



知らずに。



第22音 ( No.220 )
日時: 2013/05/20 23:17
名前: 歌 (ID: CvekxzGv)



それからは順調に練習をする日々が続き、
彼らもむやみに私に手を出してくることも
少なくなった。


少なくなった、だから多少はあるけどね。


耳元で囁かれたり、抱きしめられたり、
匂い嗅がれたり……。


あ、匂いを嗅ぐのは玲央くんだけだけど。


そして今、まさにその真っ最中で
ございます。



「ちょっ……玲央、くすぐったい!」

「悠、いい匂い…」


男の本能よりも、動物の本能のほうが圧倒的に
多いんじゃないかと思わせる行動をする玲央。


そりゃぁもう、私の膝を枕にして寝たり、
顔を舐めたり、ひっついてきたり。


もう慣れたから何にも言わないけどさ。


さすがに他の奴らがいるところで堂々と
されると、ナイフでも飛んできそうな
殺気が溢れてて身の危険を感じるよ。



フランスに来て早くも10日が経った。


毎日10時から17時までシェルロ先生が
付きっきりで練習を見てくれている。

いろいろ準備や他の仕事がある風峰さんは
たまに顔を出して爽快と去っていくだけ。


夕食を食べたあとの20時から22時までが
個人練習や合わせるところを合わせたり、
セッションをする時間。


だから毎日、8時間も練習をしている。


これだけやらないと、大舞台で人に
聞かせる音楽はできないから。


大体0時消灯だから、練習を終えてからの
時間はフリー。


日向や築茂、煌は勉強したり、大和は
音楽を聞きながら雑誌を読んでるのかな。


空雅は勉強しろって言ってもしないで
今、私たちがいるロビーで漫画に没頭。


同じように玲央も漫画を読んでるんだけど、
どうしてだろうね。


私の膝に頭を乗せて読むように
なっちゃったんですよ。


1巻読み終えたら、私の匂いを嗅ぐ、
2巻目を読み終えたらまた嗅ぐ、この
繰り返し。


最初は玲央を引き離そうとしていた
空雅も諦めたのか、何も言わずに
ただ漫画を読むことに集中していた。



私はと言うと、玲央に膝を貸しているせいで
身動きが取れないので、1日で溜まった
メールに返信をしたり。


その日その日で得られたことをまとめた
メモ帳を読み返して、明日へのイメージ
トレーニングをしたり。


音楽を聞きながら本を読んだり、そんな
ことばかりしていた。



1日中、音楽のことを考えているんだな
とつくづく思ってしまう。


何をしてても音楽にリンクしてしまって、
気付いたら音楽のことばかり。


私の世界は、音楽を中心に回ってる。



それくらい、音楽が好きで好きでたまらなくて、
無くては落ち着かないもの。



そして毎朝、誰よりも早くお食事会場に
入れば、ムウさんが椅子を引いて待っている。


何も言わずに髪の毛を施してもらうのが、
その日1日の始まりを意味する、日課となっていた。


会話は全くなかったり、ちょっと笑い話や
世間話くらい。


特に目立った話なんて、何1つない。



ずっと気になっていることも、見るたび
心臓が跳ねる甘い笑顔も、心の奥深くに
沈めたまま。


それを掬い上げてしまったら、この時間が
なくなりそうな気がして、恐いから。


何もできずにただ沈黙に寄りかかっていた。



今日のヘアアレンジは、全体をゆるく
巻いた後、トップからサイドに巻き込み
ねじりをしてもらった。


編み込みよりも簡単にボリュームが出せるから
短時間で終わるんですよ、と。


甘い声がすぐ耳元で、私の鼓膜を
揺らすことには、どうしても慣れない。


低いのに、甘い声。
セクシーな声にも、最近は聞こえる。



日本に帰っても自分で少しは出来るように、
ちょっと教えてもらうようにもなった。


複雑そうな表情をしていたムウさんの
本音は、いまいちよく分からないけど。


少しでも、私が日本に帰ることを寂しいと、
思ってくれてるのかな、なんて。


自惚れてたりも、する。




フランスに来て2週間が経とうとする頃。


『明日1日は休日にしよう。毎日よく
 頑張ってるしリフレッシュも
 大切なことだ。ゆっくり休むように』


夜の練習を見に来た風峰さんの言葉を
誰よりも喜んだのは、空雅であることは
言うことでもない。


そんなわけで、今日は長時間楽器を弾く
ことはしない。


だけどしっかり朝6時にお食事会場に来て
それを待っているムウさんも、いつもと
変わらずにイスを引いてくれている。


何となく、この時間だけは毎日欠かせない。



「神崎様は、本日何をされるんですか?」

「何、やりましょうねぇ……作詞作曲、
 しばらくしてないからやりたいなぁと
 思ってたりします」


温めていたコテを手に取って、私の髪を
一束掬ったらそれを巻きつける。

数秒の間、そのままにしてするっと
抜けると、くるんと髪の毛は息が吹きこまれた。



「ふふっ……本当に、音楽が好きなんですね」

「それはもう、溺愛ですよー。自分でも
 気持ち悪いくらいに音楽のことしか
 考えてないんですもん」

「それは音楽が羨ましいです」

「え?」



私の髪を自由自在に操りながら、小さく
呟いた言葉を、聞き逃せなかった。



「……私も、その音楽の中に埋もりたい、
 と思ってしまうなんてバカですね」



大切なものに触れるように、私の髪に
1束1束丁寧に触れていく。

自嘲気味の笑みを零すムウさんに、胸が
熱くなるのを、感じた。


しばらく返事を出せずにいると、ムウさんも
何も言わずに耳横の髪を細い三つ編みに
作り始めた。



「………ムウさんも、しっかり私の頭の中に
 いますよ?ムウさんがここにいてくれるから、
 私は好きな音楽を存分に楽しむことが
 できてるんです」



本当はムウさんのコバルトブルーの瞳を
見ながら言いたかったけど、顔を動かしたら
叱られそうだから、我慢。

ぴた、と編まれていく三つ編みを止めて、
数秒固まったムウさんの手。


「ムウさん?」


何か変なことを言っただろうかと、心配に
なって名前を呼んでみると。



「……神崎様は、あの方々の中に好意を
 寄せている方が………いらっしゃいますか?」


「えっ?」



それは……6人の中に私の好きな人が
いるのかってこと?


でも、どうしてそんなこと聞くの?



好きな人、なんて考えたこともないし、
6人の気持ちは知っているけど答えを
出すのは今じゃない。


今は音楽に集中していたいから。


だからそんなこと聞かれても、はっきり
答えられないし、ムウさんはそれを聞いて
どうするんだろう?



「……いらっしゃるんですか?」

「い、いやいやいや。そんなの考えたことも
 ないから分からないです。今は音楽が
 大切だし…恋愛、苦手っていうか……」

「恋愛が苦手?」


あ、これはいらぬ情報だったな。


ムウさんには私の恋愛観とか過去の話は
したくない。


私の瞳に映っている、ムウさんだけには。



「いやー……まぁ、ちょっと恋愛体質じゃ
 ないので。恋愛感情で誰かを見るのが
 できないというか……」


ダ、ダメだ……言えば言うほど墓穴を掘りそうで
めちゃくちゃ怖いんですけど。

よし、ここは黙秘権を発動しよう。



「………」

「……過去に、何かあったんですか?」

「………」

「あったんですね」



嫌だ、ムウさんには知られたくない。



「その方は、どんな方だったんですか?」

「………」

「……思い出したくないほど、嫌悪されて
 いたんですか?」

「…っ…そんなんじゃ、ないです…!」



嫌だ。
知られたくない。
知ってほしくない。



「ムウさんにそっくりな、人でした」




柚夢とムウさんを重ねて、見ているなんて。



そんな最低なことを考えながら、この時間を
利用していたなんて。


知ってほしく、なかった……



第22音 ( No.221 )
日時: 2013/05/21 22:25
名前: 歌 (ID: SqYHSRj5)


細い三つ編みを何個も作っていくムウさんの
手は止まることはなかったけれど。


僅かに、震えているような気がする。



「………どうして、そう思われたんですか?」

「髪色も瞳も国籍も声も違います。雰囲気も
 ムウさんのほうがずっと大人っぽいです。
 でも……匂いと、指の感触が、似てるんです」



……似てる。

柚夢なんじゃないかと、思うくらい。
柚夢が大人になったんじゃないかと、
思うくらいに。



「彼も、よく私の髪をアレンジしてくれて
 いたんです。すごく器用で、上手でした」



止まった、三つ編みを作る手。


表情が見えないから、何を想っているのか
全然分からないけれど、怒ったかもしれない。



柚夢と重ねて見られて、この時間も
柚夢にしてもらってるという錯覚をしながら
利用されていたことに。




長い、沈黙。



あぁ……言わなければよかった、と心底
後悔してももう手遅れ。


もうムウさんは、私の髪に触れることは
しなくなるかもしれない。


たとえ柚夢にしてもらっていた時のことを
思い出していても、今ここにいるのは
間違いなくムウさんという別の人間なのに。


ムウさんを、傷つけた。



「……ごめん、なさい…」



私らしくない、弱弱しくて掠れた声。


後ろに立つムウさんの気配が、一瞬、
震えたような気がして。



思考停止。



首には、細くもしっかりした腕。
首筋には、やわらかい感触。


包まれた、柚夢と同じ、匂い。



「………ムウ、さん……?」



後ろから抱きしめられていることに、
動揺を隠しきれない。


6人に抱きしめられてもキスされても、
ここまで心臓は震えなかった。


今の私の心臓は、その時の心臓とは
別物なんじゃないかってくらい、
早く鼓動を打っていて。



身体が、熱くなった。




「……謝るのは、私のほうです。変なことを
 お聞きしてしまって、すいませんでした」



すぐに離された、ぬくもり。

ひんやりとした空気が首筋に当たって、
一瞬だけれど、さっきまでそこにあった
ぬくもりがどうして。


こんなにも、恋しい……?



「無礼を、お許しください」



無礼、って今抱きしめられたこと?
ムウさんは何がしたかったの?



振り返ってムウさんの表情を見れば、少しは
分かるかもしれないのに、私はそうしなかった。


そう、できなかった。



「きっとまた、神崎様には素敵な恋愛を
 できる日が来ます。ですから今は、
 焦らずに今のあなたのままでいて下さい」



柔らかい、落ち着いた声。


ねぇムウさん、私は落ち着いているように
見えてね、心臓が痛いんだよ。


ぎゅーって痛いんだよ。


どうして抱きしめたの?
どうして怒らないの?
どうして………







そこまで、柚夢に似ているの?






『悠が悠だから、好き。悠が悠らしく
 輝いいたとき、それが一番好き。
 だから悠は今のままでいて』




ねぇ、柚夢。


会いたいよ。



どうして、死んじゃったの……?



どうして、いなくなっちゃったの……?




柚夢の最後の顔は、青白かったよね。
手も、冷たかったよね。


はっきり、覚えている………え……?




“覚えてる”?




ちょっと、待って。
私、柚夢の最後の姿、見たっけ?


死んでからの顔……見たっけ?



ガンッ。




「…ぅ……っ…!!」

「神崎様!?」



な、にこれ……頭が、鈍器で殴られたみたいに
ズキズキして…痛い。



「神崎様!?神崎様!?」



何が、起こってるの?
私の身体を支えてるのは、誰?




「…う……っ!悠!!」




私の名前を呼ぶあなたは…………誰?





滲んでいく、世界。


目の前で私の名前を呼ぶのが誰なのかすら、
もう何も分からなくて。



私はそのまま、意識を手放した。







どれくらい、経っただろうか。


両足に付いた鎖を引きずりながら、記憶の
断片をずっと徘徊している。


優しさとか勇気とか、そんなのは別に
求めていなくて。



私は城から、出たいんだ。



何が私の邪魔をして、どうしてここに
いるのか分からない。


鎖は私の気持ちを縛りあげて、ぎゅっと
想いを狭くするのだ。


苦しさなんて、もう慣れた。
私は心の城に、閉じ込められたの。



毎日、記憶を歩いて、焦りを消費し、
やっと見えてきたと思ったら、過去のオアシス。



私は、縋りたいわけじゃない。
今より、強くなりたいだけなのに。


恐怖を城に突き刺して、心を破って
抜け出すしかないのかな。




本当の私が、心の外で笑ってる。





孤独は呪いのように、私を縛って
逃れさせようとしない。


涙を流したって、解き放たれはしないんだ。



何を信じればいいんだろう?

心が冷え切って記憶は溶けきれないまま、
曖昧な記憶だけが降り積もってゆく。


寒さにかじかんだ指では、明るい未来を
上手く描くことができない。



なりたい自分になれないまま、ただ
時間だけは虚しく過ぎ去るんだ。


1つの挨拶すら、なしに。






「………悠…?」




眩し、い。


あれ……私、何やってるんだ?
ってか、この状況は一体何でしょうか?



「悠!!!」



ちょっと、うるさいんだけど。



「……うっさい」

「うっさいって…あぁー……もう、マジで
 ビックリしたぁ」



何をそんなに安堵したため息を煌は
吐いているんだろう。


私は自分の部屋のベッドに寝ているらしい。


自分で寝た覚えも部屋に来た覚えも
ないから、誰かが運んだんだと思うけど。


そしてなぜか、6人が心配そうに両隣に
座って私の顔を覗き込んでいる。



この状況を誰か、説明してください。



「ちょっと……何、女の部屋に勝手に
 入って襲おうとしてるわけ?」

「はぁ!?そ、そんなわけねぇだろ!
 悠が倒れたっていうから…」

「倒れた!?私が?うっそだー」



どもりながらも言い訳をした空雅の言葉が
さらに言い訳に聞こえて、笑い飛ばすと。



「……お前、覚えてないのか」


「だから、何があったの?」



大和の怪訝な表情と、その隣で難しい顔を
している築茂に、笑い話ではないんだと気付く。



「悠が……朝、ムウさんにヘアアレンジを
 してもらっているときに、倒れたんだよ」

「朝?あれ、ムウさんに朝会ったっけ?
 ってか今何時?」

「………9時だけど」

「そんなに寝てたんだぁ。朝、起きた記憶が
 ないんだけど、作り話とか?」



日向が説明してくれたけど、朝起きた記憶も
なかった私にはさっぱり意味が分からない。


へらっと笑ってみても、誰も笑いやしない。


それどころか眉間にシワを寄せて、かなり
険しい顔をしているから怖いんですけど。





第22音 ( No.222 )
日時: 2013/05/22 21:06
名前: 歌 (ID: Bz8EXaRz)


とりあえず、頭が何だかズキズキとしてるし
顔色はあまりよくないらしい。


だから私は今日1日寝てろ、と築茂から
厳しく言われました。



……あぁ、大切な休日が。



変わるがわりに様子を見に来る、と全員が
部屋を出ると。



一気に、空っぽになった気がする。



寝ている間、何か大切な夢を見ていた
気がするのに、想い出せない。


そういえば私は、今まで覚えている夢って
ほとんどなかったかも。


何か見ているんだけど、何も覚えていない。


でも現実で起こったことを忘れるなんて、
そんなことあるのかなぁ。


さっきの話からすると、私は朝、ムウさんに
いつものように髪の毛をやってもらって
いたけど、その途中に倒れたってこと。


でも朝、ムウさんと会話をした記憶がない。


ダメだ、全然思い出せないしさらに頭が
痛くなってきたからちょっと寝よう。



「……悠、大丈夫?」


「うん、全然大丈夫」



睡魔に溺れそうになっていた寸前に部屋に
入ってきて私の名前を読んだのは、煌。


しっかり返事をすると、ちょっと安堵の
ため息が聞こえてきた。



「ご飯、食べれそう?少しでも何か
 食べないとダメだよ」

「んー……サラダしか、入らなそう」

「じゃぁこれだけでも食べてね」

「あ、あと机の引き出しの中に薬があるの。
 栄養剤。それ飲みたいからお水も
 もらっていい?」

「分かった。取ってくるから待ってて」



お盆の上に湯気をたたせた白米と味噌汁、
サラダが乗っている。

体調万全でもサラダくらいしか食べれないから、
あまり変わらないんだけどさ。


きっと、日向が作ってくれたんだろうな。


フランスに味噌汁なんてないだろうし、
この匂いは日向が作る味噌汁の匂い。


少しだけ飲んで、ごめんなさいしよ。




それからサラダと味噌汁を少し飲んで、栄養剤を
飲んでまた横になった。


そっと、隣に座って私の頭を優しく撫でる
煌の手が、気持ちよくて。


私はすぐに、眠りについた。






…………ここ、どこ?



真っ暗闇の中、1人の女の子がパソコンを
無表情で見つめながら呆然と立っている。


私、今夢を見ているんだ。


その子の顔は曇っていてよく見えないけど、
中学生くらいの女の子だということは分かった。




警告。



一度削除した記憶は復元できません。
削除しますか?




画面に映る文字。



女の子はゆっくりと人差し指を突き出して、
「はい」のボタンを押した。




削除中です。
10%、20%、30%………



原因不明のエラーが発生しました。
削除を中止します。




「…っ……どうして?どうして何回やっても
 あの人の記憶が削除できないの?」



そう、苦しそうに吐き出した女の子。


何か消したい過去があるのかな。
そんなに、辛そうにして。



きっとあのパソコンは、あの女の子の
脳内パソコンなのかもしれない。


多分、削除できない原因は、あの子自身。



『本当は消したくないの、分かって
 いるんでしょ?』



気付いたらかけていた、言葉。



「誰?」

『消せるわけないじゃん。消さなくたって
 いいじゃん。結局今のあなたはその消したい
 記憶のあなたでできているんだから』



消せなくたって、いいじゃんね。




「あなたに何が分かるの!?」

『悲しいことも辛いことも死にたいことも、
 思った記憶があるのなら、それは今の
 あなたを作っているんだよ』

「うるさい!!!」

『消してしまえば、今私の目の前にいる
 あなたはあなたでなくなる。だから、
 消さなくてもいいんじゃない?』



顔は見えないのに、その子が泣いているのが
すぐに分かった。



『あの人、って大切な人だよね?その人の
 記憶も大切なあなたの一部なんでしょ?
 消せるわけないんじゃない?』



変わった、画面。



削除を中止しました。
あの人の記憶はロックされました。
あの人の記憶は保護されています。



『よかったね』

「………あなたのは?」

『え?』







「あなたの今の記憶は、本物?」








喉が渇いてゆっくり持ち上げられた、瞼。


両手にぬくもりを感じて、まだ覚めない
頭を小さく動かしてベッドの両隣を見ると。


右手を握って眠る、大和。
左手を握って眠る、玲央がいた。



大和の手はしっかりしてて、ちょっと
角ばっているのに優しい温もり。


玲央の手はキレイでサラサラしているのに、
とても大きくて男らしい。



……今、何時だろう。



確認したいけど両手を塞がれていて、身体を
起こしたくてもだるさが残っているせいか、
動く気には全くなれない。


窓の外を見て見ると、すでに黒いカーテンが
引かれていた。



もう、夜なんだ。



そっと手を抜こうとして腕を動かすと、ぴく、と
私の右手を握る指が動いた。



「………悠?」


「大和、おはよう」


「…あぁ、はよ。大丈夫か?」


「うん。今、何時か分かる?」



欠伸をしてから、寝起きのせいでちょっと
半開きの目を空いている手でこする。


手を離すことはしないまま、大和は携帯を
ポケットから出して時間を確認した。



「8時だな」

「………夜の?」

「朝だったらどうすんだよ」

「1時間、巻き戻しになったのかと」

「明日の8時なら分かっけどそれはありえねー。
 まだ寝ぼけてるんじゃねぇのか?」

「あはは、そうかも」



私、どんだけ寝てたんだって感じ。


こんなに寝たの、記憶上初めてってくらい
ずっと寝てたと思う。


寝すぎて身体がだるいんだろうな。




それよりも。



「………大和、手」

「あ?」

「いや、だから手、離してくれないと
 何もできないんだけど」

「………」



ちょっと、何で黙るんだよ。



「あ、分かった。フランスのことわざで
 沈黙を『天使が通る』って言うとかって
 ムウさんが言ってたけど、大量の
 天使を通らせたかったんでしょ」

「………」



い、今本当に大量の天使が通ったような気がする。


大和さんは一度私に哀れな視線を送りつけた
後、ぐっと手を握る力を強くした。



「……嫌、か?」

「はい?」

「俺に手を握られるのは、嫌かって聞いてんだけど」

「嫌だったらとっくに払いのけてるでしょ。
 そんなこと今さら聞くことじゃなくない?
 両手が使えないから、不便なだけ」



小さく笑って早く離してよアピールを
するものの、全く力を緩めようとしない。


新手の嫌がらせとか?



「大和くーん、離してってばぁ」

「………」

「ちょっとどうしたのー?そんなに天使
 通らせても私が虚しくなるだけなんだけど」

「…っ……た」

「え?」



視線を握りしめている手に落として、聞き取れ
なかった大和の言葉に耳を傾けると。




「怖かった」




大和らしくない言葉が、落とされた。




「え?何が怖かったの?」


「……お前が、消えちまいそうで………手、
 握ってないと、どっかに何も言わずに
 消えるんじゃないかって……怖かった」



思わず見開いた、目。


だってあの大和が絶対にあり得ない空想で
怖いとか言ってるんだよ?


一緒にフランスに来て、コンサートをしたら
一緒に日本に帰る。


家も目の前で会おうと思えばいつでも会える、
とても近い距離にいるはずなのに。



私が消えるなんて、あり得ないのに。



一体、私の何が大和をそんなに不安に
させてしまったんだろう。




第22音 ( No.223 )
日時: 2013/05/23 23:13
名前: 歌 (ID: 8hur85re)

笑い飛ばそうかとも思ったけれど、焦げ茶色の
力強い瞳が、あまりにも真剣で。


どくん、と。
心臓が跳ねた。




「ん………」




しばらく無言で見つめ合っていると、左手を
握る玲央がゆっくり身体を起こした。



「玲央、おはよう」

「……悠!」

「うげっ」



私の声を聞いてすぐ、弾かれたように目を
開いたと思ったら、ガバッと抱きつかれた。



「玲央!!」



大和の言葉に叩かれてすぐに身体を離したけれど、
私の顔を覗き込む漆黒の瞳は、明らかに
安堵と不安が混ざり合っていた。



「……よかった。目、覚めて」

「いやいや、当たり前でしょ。覚めなかったら
 死んだことになるし」


安心させるように笑えば、無理に笑顔を
作ってくれたのが見え見え。

大和と言い、玲央もこんなに不安そうにする
なんて、変なの。



「とりあえず、煌たちに言ってくるわ。朝から
 何も食べてねぇんだから、飯もな。玲央、
 大人しく待ってろよ。悠に何かしたら
 ただじゃおかねぇ」



冗談にも聞こえな大和のセリフに、玲央も
素直に頷いた。



「本当に……よかった」

「うん、ありがとう。心配かけてごめんね。
 そういえば今日は休みだったんだから
 みんなは何してたの?どっか行った?」


大和が部屋を出て行ってから玲央はちょっと
私の左手を握る力を弱めた。

これ以上心配されると反応に困るから、
気になっていたことを聞くと。



「悠が、いない…のに、行くわけない。
 ずっと……そばにいた、から」

「…嘘でしょ?」

「嘘じゃない」

「だってせっかくの休日だったんだよ?私なんて
 気にしないで観光しなかったの?」

「悠を、気にしない…なんて、無理。ずっと、
 悠のことしか……考えてない」



あぁ……何か、ため息も出ないんだけど。


どんだけこいつらは過保護で心配性で
バカなんだろう。


本当、バカ。



そんなことを聞いて、嬉しいと思ってしまう
私は相当なバカ。


あーはいはい、バカなのは誰もが知ってますね。



「悠!大丈夫か!?」



勢いよく部屋のドアが開いたと思ったら
叫びながら入ってきたのは、空雅。

その後ろに朝と同じような食事を乗せた
お盆を持っている日向と大和。

お風呂上がりだったのか、ちょっと髪が
湿っている煌と築茂が入ってきた。



「体調はどう?ご飯、食べれそう?」

「全然大丈夫!ありがとう」


ってか私って体調が悪くて倒れたんだっけ?


みんながあまりにも心配しすぎて、別に
病気でもなんでもないのに病人になった気分。



「明日もいつも通り練習があるけど、一応
 休む?無理もよくないし」

「いやいや、全然大丈夫だから!音楽を
 やらない方が悪化しそうで怖いし」


煌に言われたことを全力で否定すると、
優しい微笑みを返してくれた。



「ってか、みんな!せっかくの休みなのに
 どこにも行かなかったの?」

「当たり前だろ。お前が寝ているのに
 悠長に観光なんかできるか」

「何か……すいません」

「何で謝るんだよ。そんなこと気にすんな。
 第一、休日なんだから室内でのんびり
 するのも悪くねぇぜ?」


玲央が言ったことが5人にはどうなのか
聞いてみると、築茂が腕を組んで
大袈裟にため息を吐く。

罪悪感を感じながら謝ると、大和が鼻で
笑って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。



「ありがとう」



微笑んで言えば、全員が温かい笑みを
浮かべてくれる。


彼らは私の心配をしてくれる。


それを迷惑だとか鬱陶しいとか思わずに、
そばにいてくれる。



………くそぅ、幸せ者め!




全員がそれぞれの部屋に戻ってから、
一息吐いて眠くもないのにまた布団の
中に潜り込んだ。



今日の、夢。
寝ている間に見た、夢を。



私は、覚えている。




『あなたの今の記憶は、本物?』




こんな夢を見たってことは、何か
深い意味があるんだろうか。


私の記憶はどうなっているんだろうか。


今日の朝、ムウさんと話しているときに
倒れたって言うけれど、その時の記憶も
今はない。


何を、話していたんだろう。



「……ムウさんに、聞けば」



分かるかもしれない。



ドアを静かに開けて、見つかったら怒られ
そうだからゆっくり足音を鳴らさないように
廊下を歩く。


どこにいるかは分からないけれど、何となく、
この前と同じ場所にいるような気がした。



「………ムウさん」



ロビーの窓の向こう側にある、ベランダ。


そこに前と同じように立って、夜空を
見上げているムウさんの背中は、儚い。



「神崎、様…っ…!」



私の声を聞いてすぐに振り返り、驚いた
表情をするムウさんに、微笑んで見せた。



「お体は…大丈夫なんですか!?」

「はい、もう全然大丈夫です。あの、聞きたい
 ことがあるのでいいですか?」



少し真剣な雰囲気を感じ取ってくれたムウさんは、
頷いてロビーの中へと入ってこようとしたけれど。



「いえ、私がそっちに行きます」



それを制して、私はスリッパのまま、
ひんやりしている空気に触れた。



「……寒く、ないですか?」

「はい、大丈夫です。上着も着てるし寒いのは
 好きなんですよ」

「……そうですか」


今日のムウさんのコバルトブルーの瞳は、
悲しみを含んでいる。

不安気に私を見つめるムウさんの視線に
耐えられずに、笑って夜空を見上げた。



「綺麗ですねぇ……手を伸ばしたら星空に
 手が届きそうなくらい!」



でもいくら手を伸ばして掴もうとしても、
絶対に届かない。


星は私の指の間を、すり抜けていく。


落ちることも、逃げることもしないのに、
掴まえることなんてできない。



一度でいいから、星を掴んでみたいのに。





そのまま伸ばしていた手が、横から伸びてきた
私よりも二回りも大きいに。


包まれた。



隣に立っているムウさんを見上げると、
悲しそうに微笑んで私との手をしっかり、
握りなおす。


ムウさんの手は、寒さのせいで冷たいのか、
もともとこの体温なのか、分からないけど。


とても、冷たかった。



「……冷たい、ですね」

「……神崎様も、冷たいです」



私が微笑めば、ムウさんも微笑む。


冬の寒さとは裏腹に、心は温かく
なっていくのを感じた。



「1つ、聞いてもいいですか?」

「………はい」

「今朝、私は倒れたと聞きました。ムウさんと
 話しているときに。でもその時の記憶が
 ないんです。本当に、話してたんですか?」



すでに煌から話は聞いていたのか、驚く
こともせずにただ私の手を包むムウさん。


私の手の甲をゆっくり優しく撫でて、
視線を夜空に向けた。



「しっかり、話してました。神崎様の
 髪を施しながら」

「どんなことを、話してたのか覚えてますか?」



核心を突く疑問に触れたとき、ムウさんは
夜空を見上げながら顔を歪ませた。




「………覚えていない方が、幸せだと
 思います」


「え……?」


「忘れたということは、それほど思い出したくない
 ことだったんでしょう。それなら何も知らずに
 いたほうが、ずっといい」



思い出したくないことだったから、
私は記憶に鍵をかけたって言うの?


ムウさん、私はあなたと何を話したの?


あなたは、私のことをどこまで
知っているの?


あなたは、何者なの?





次々に溢れる疑問を言葉にしたいのに、
喉の奥が詰まって言葉になる前に
呑み込んでしまう。


それがとても、歯がゆい。




「………私はあなたに、笑っていてほしい。
 ただ、それだけ…なんです」





そのまま、私の身体は。
ムウさんの腕の中。






懐かしい匂いが、した。






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