コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- 青い春の音【完結】
- 日時: 2013/12/07 21:38
- 名前: 歌 (ID: VXkkD50w)
「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。
「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。
2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。
投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。
改めて言わせてください。
本当に本当に、ありがとうございます!!!
まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m
出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”
性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。
そして、そこから始まるさまざまな音の物語。
それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、
私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。
純粋で自然な音を。
空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。
さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。
淡い恋心さえもそこには含まれていた。
楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を
—登場人物—
名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート
カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。
キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。
ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。
タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。
オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。
ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。
カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。
後にしっかり説明します。
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- 第7音 ( No.70 )
- 日時: 2012/10/24 14:05
- 名前: 歌 (ID: z5ML5wzR)
電話をしても、悠は出なかった。
悠のクラスの授業をしている間、ある一人の
人物が俺を挑発するような目で睨んでいたのが
すごく気になって。
悠に放課後のことを聞いたとき、少し
間を置いたことも気になっていた。
表情は何ら変わらないし、声のトーンも
普通だったけど、たぶん彼女は
本心を隠すのがすごく、うまい。
何もない、と言っていた言葉を信じるのなら
俺の誘いを断る必要はないだろう。
吹奏楽部の練習を今日は用事がある、と
途中で抜け出した。
いつも悠は結構遅くまで学校に
残っていることをしっていたから、
今日もいるだろう、と思い込み
すぐに教室へと向かう。
メールくらいしておけばよかったかな、と
思いもしたけど。
昨日も会ったばかりだし、しつこいかなと
思って控えた。
教室の近くまでくると、いつも
空いているはずの扉が閉まっている。
もしかしたらもう誰もいないかもしれない、
そう思ったけど一応中を確認してみた、ら。
男女2人の生徒が抱き合っている姿だった。
男の後ろ姿だけで、女のほうは
足と頭が少し見えるくらいで
顔も名前も分からない。
別に恋人同士なら青春でいいなぁと思ったが、
その2人が立っている場所と、机の上に
合ったカバンを見て、一瞬、息をのんだ。
あれは……悠、のカバン。
シンプルなスクールバックに一つ、
気持ち悪いキーホルダーをつけているのは
全学年どこを探しても、悠だけだろう。
一度見たものははっきり覚える俺が、
見間違えるわけがない。
だとしたら。
今、男に抱きしめられている女は……悠、
だとしか考えられない。
よく見れば、あの後ろ姿はたぶん、
今日の授業で俺を睨んでいた奴。
いつ俺が睨まれるようなことをしたのか、
身に覚えはないから、たぶん悠絡みでだろう。
ってか、あの2人は付き合ってるのか?
いや……男のほうはかなりきつく抱きしめて
いるけど彼女は、抵抗しているように見える。
男のほうが強引にやっているだけ、だ。
この状況の中、中に入ってもいいものか、
悩んでいたとき。
男の体が、悠から少し離れて、
顔を近づけているように……感じた。
そして気付いたら、扉を勢いよく開いて
自分でもびっくりするくらい低い声で、
奴に向かって声をかけていた。
悠は俺を見てすぐに視線を逸らす。
それにもなんだかいい気がしなくて、
イライラしてくる。
どうして俺が、こんな感情的になってるんだ?
今思えば、無意識に表情も強張っていたと
思うし高校生相手にムキになりすぎた。
冷静に考えれば、もっといい対応が
あったはずなのに。
悠を目の前にして、それができなくなるなんて。
そう後悔したのは、教室を出るとき、
すれ違いざまに見せた悠の、
人間とは思えない作り笑顔。
を、見たときでショックと驚きと
自分への怒りで、足が動かなくなった。
「……神崎は、普通じゃない」
ただ呆然と床を見つめる俺の耳に
悠が大高、と呼んでいた奴の声で我に返る。
彼は、ひどく顔を歪ませていて今にも
泣き崩れそうだった。
その表情から、どれほど彼女を
想い、苦しんできたのか、想像するにも
できそうにない。
「だからっ……あんな神崎だから、諦めきれない。
ずっとずっとあいつだけを見てきたから、
後からのこのこ出てきたお前や月次なんかに、
簡単に渡せねぇんだよ!!」
そう叫んで、リュックを乱暴に掴み、
教室を出て行った。
教室に一人になってからもしばらく、
その場に立ち尽くしていた。
時計にふと目をやり、吹奏楽部の練習終了
時間がすぐそばまで迫ってきていることに
気付いて、足早に学校を出る。
そして悠に電話をかけたが、出なかった。
電話を諦めて画面が映し出されたとき、
何を話そうかなんて考えずに電話を
かけていたことに気付いて。
一体何がそんなに俺を乱しているのか、
分からなかった。
とりあえず、電話でもなんでもいいから
いつもの悠だということを確認して
安心したくてたまらない。
もしかしたら、俺の何気ない一言に
彼女を傷つけてしまったかもしれない。
彼女は踏み込んでほしくなかったかもしれない。
そう考えれば考えるほど、自分の
幼稚さにため息が出てくる。
家に帰ってもそのことばかりが頭にあって、
課題やバイオリン、ピアノの練習なんて
全く手につかない。
その原因が、一向に悠から電話もメールも
返ってこないからだってことくらい、気付いてる。
10時を過ぎても来なかったから、
心配になってもう一度かけてみるものの、
やはり出なかった。
次、悠に会えるときは来るのだろうか。
もしかしたら、あんな大人げない俺を見て
幻滅したんじゃないだろうか。
もう、連絡はくれないんだろうか。
「ははっ……なさけねー…」
部屋に俺の乾いた笑い声だけが
響いては、消えた。
朝、部屋に差し込む眩しい光が俺の
眠気を叩き起こす。
昨日は結局連絡を待ちながら、そのまま
ソファで寝てしまったようだ。
だるさが残る体を起こして、とりあえず
顔を洗いに洗面所に向かう。
今日は土曜日だけど、大学は午前中、
講義がある。
音楽大学であるうちの大学の講義は
1つ1つがとても大切だから、一度も休む
わけにはいかない。
まだはっきりしない頭を覚ますために、
シャワーを浴びた。
軽く髪の毛を乾かして、リビングに戻り
机の上に放置されていた携帯を開くと、
新着メールが1件入っている。
ドク、と心臓の底が震えたのを感じながら、
恐る恐る開いてみると。
『後で電話する』
絵文字も顔文字もない、女っ気のない
文がそこにあった。
これだけ?と少しがっかりしている反面、
きちんと返信があったことに安心している。
メールが来ていた時刻を見ると2時。
そんな時間まで一体何をしていたのか、
気になるけどプライバシーもあるし、
聞ける立場ではない。
後で電話が来ることにあまり、期待をせずに
もう一度俺からかけよう。
そう心に決めて、大学へと向かった。
- 第7音 ( No.71 )
- 日時: 2012/10/24 20:36
- 名前: 歌 (ID: SkZASf/Y)
沖縄唯一の音楽大学は声楽専攻、器楽専攻、
音楽専攻に分かれている。
俺は器楽専攻に属している。
その中でもピアノコース、弦楽コース、
管打楽コースがあって俺と築茂は弦楽コース。
弦楽コースはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、
コントラバスの4種類の楽器に分かれていて、
専門実技レッスン、室内楽や弦楽合奏、
オーケストラなど幅広いレパートリーで学んでいる。
築茂と同じ、ヴァイオリンを集中的に
やっているけど、ピアノを幼いころに始めたから
趣味ではよく弾いている。
この大学を卒業したら、あのマスターの
店のように自分で喫茶店を開いてそこで
ヴァイオリンやピアノの生演奏をしたい。
午前中の講義を無事に終え、悠からの連絡が
あるか確認してみるけど、やっぱりない。
たぶん、あの楽観的な性格からして、
連絡することを忘れているんだろう。
別にそれは構わないけど、俺が昨日のことを
早く謝りたかったから、大学を出たら
すぐに電話しようと決めた。
外に出るための通路を足早に歩いていると、
「春日井くん」
澄んだ、綺麗な女性の声が後ろから
聞こえてきて、振り返った。
そこには声楽専攻の漢那先生。
綺麗な声だけど、50代のどっぷりした
容姿からおおらかな性格の持ち主。
専攻が違う生徒ともよくコミュニケーションを
取っていて、俺もその一人。
「どうしたんですか?」
「春日井くん、今M高校の吹奏楽部に
トレーナーとして行っているんだって?」
「あ、はい。そうですよ」
悠の通っている高校に出入りしていることは
他の専攻の先生にも伝わっているみたいだ。
「じゃあ……神崎悠さんとは
お話したりしたかな?」
「あぁ、しましたよ。彼女のクラスの授業にも
少し顔を出したりしました」
「本当?どんな様子だった?」
「うーん……さすがというか、圧倒っというか、
高校生とは思えなかったですね」
「やっぱりねぇ……」
「でもそれがどうかしたんですか?」
大学で悠の噂や評判はすごい。
先生方や世界で活躍しているOB、OGの人も
知っているくらいだ。
「彼女は、大学に行く気はないのかしら?
どうしてもあの子をここに入れたくて
校長も他の教員も必死なの」
それは当たり前だろう。
ここの大学だけでなく、体育大学も
県内トップの大学も彼女を欲している。
社会人の楽団やバンド、サークルからの
勧誘も目が回るほどあったみたいだけど、
悠はすべてきっぱり断ってる。
そんなことはもう、有名すぎるのに
未だにその勧誘は治まらないと聞いた。
「そりゃそうですよね。あんな才能を
持っていながら自分1人だなんて、
もったいなさすぎる」
「ね?そう思うでしょう?だから
春日井くんにお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「神崎さんと少しお近づきになって、
S大学に入るように説得してもらえない?」
「……俺がですか?」
「そう。私たち教員がわざわざ言ったり
M高の先生方にお願いしたりしてるんだけど、
全然ダメみたいなの。春日井くんなら
頭も切れるしイケメンだし、神崎さんも
気が変わるかもしれないと思って」
「なるほど……やってみます」
「あら、本当に!?ありがとう!
いい報告を待っているわね」
そう言って、目じりにしわを寄せた
上機嫌な表情で踵を返して行った。
漢那先生には申し訳ないけど、さっき
言ったことはすべて、嘘。
そんな悠が望んでもいないことを俺は
したくないし、俺を利用しようとするのは
いい気がしない。
だからあえて、もうプライベートで
会っていることはこの大学で築茂以外、
知っている人はいないし、言わない。
絶対に。
悠には悠の思うままに自分の道を
進んでほしい。
何よりも自分が楽しいと思える場所で、
楽しいと思えることして、
最高の笑顔でいてほしいから。
大学の敷地内を出て、バス停へと向かう途中、
ポケットから携帯を取り出して
電話帳の中から悠の名前を見つける。
悠の文字を見つめながら、ボタンを
押そうとしていた指を止めた。
……もう少し、待ってみようか。
悠からの連絡なんて今まで一度もないし、
悠の言葉を信じてみたい。
もしかしたら忙しくて連絡できない
だけかもしれない。
頭の片隅には俺のことがあるかもしれない。
いや、別にそんなことを望んでるわけじゃ
ない……と、思う。
連絡が来ても来なくても、俺の心情は
別に何ら変わりはない。
そう自分に言い聞かせて、携帯を閉じた。
大学から俺の家へはバス停5つ過ぎれば
到着するから比較的、近いほう。
いつものところで降りて、家へと向かって
歩き出そうとした、が。
遠くから、ジャズのようなクラシックのような
アルトサックスの音が微かに耳を通り過ぎて。
音のするほうに耳を傾けながら、
自然と足は家と反対方向のほうに進みだしていた。
ずっと道を進んでいくと、防波堤が
見えてきて、それと同時に聞こえている音も
大きくなっていく。
海沿いになると風が勢いよく目の前に現れて、
それに少し瞼が閉じそうになった。
それでも歩みを進めているうちに、
サックスを吹いているであろう人物の
姿が小さく、見えてきた。
なんて、綺麗な響きなんだろう。
こんな音を出せるんだったらうちの大学の
生徒だろうか?
でもこんなに綺麗な音を出せる人が
いるなんて聞いたことない。
とりあえず、確かめてみよう。
どんな人が吹いているのか、次第に姿形が
はっきりしてきた。
赤みがかかっている茶髪に身長は
180手前くらいで、年齢は俺よりも若いはず。
横顔しか見えないけれど、耳にいくつもの
ピアスをしていて音とのギャップがありすぎる。
でも、とても。
男の俺が吸い込まれそうになるくらい、
とても綺麗な姿、だった。
さっきまで考えていた、S大の人間ではない
ことくらいすぐに分かる。
音楽をするうえで、学校側も生徒たちも
容姿にはすごくこだわる。
派手な色の髪型、ピアス、乱れた服装、
すべてにおいて誰が見ても不快に思わないよう
禁止されているから。
彼の姿ではうちの大学には絶対に入れないし、
むしろいたらすぐに目立つ。
何か、楽団やチームに入っているのだろうか。
何の曲か分からなかったけど、一曲
吹き終えたみたいでマウスピースを唇から
離したところを見逃さなかった。
「綺麗な音だなぁ。君、すごいね」
静かなビーチにあるベンチの上に楽器ケースが
置いてあり、そこに楽器をしまおうとしている
ところに急いで近付いて。
気付いたらそのまま、話しかけていた。
サックスに向かっていた視線を俺のほに
向けて、ちょっと驚いたような表情。
……こいつの目、すごいな。
目力がすごいというか、心の奥まで
すんなりと見破られそうな、目をしている。
それにちょっと怯みそうになりながらも、
もう一歩前に足を踏み出した。
「バス停のほうまで音が聞こえてきて、
あまりにも綺麗な音だったから気になって。
どこかに所属しているの?」
「……いや。趣味でやっているだけです」
以外にも敬語で返してきたことに内心、
びっくりしたけど、笑顔で感心した。
「趣味だけなんてもったいないなぁ。
俺も音楽をやっているんだ。ヴァイオリンと
ピアノなんだけどね。絶対本格的にやったら
すごいと思うよ」
「そんなことないです。ありがとうございます」
「名前を聞いてもいいかな?あ、俺は春日井煌。
大学3年なんだ。よろしく」
「鬼藤大和です。今年で18になります」
「そうかぁ。ってことは高校3年生?」
「の代ですね。高校は通信制なんで」
なるほど。
確かにこんな高校生が普通科の高校にいたら
注目の的だろう。
- 第7音 ( No.72 )
- 日時: 2012/10/25 20:24
- 名前: 歌 (ID: Rn9Xbmu5)
「じゃあ昼間は?」
「夜から朝方にかけて仕事してます。
昼夜逆転の生活です」
「うわぁ……すごいなぁ。いつも
サックスは吹いているの?」
「まぁ。これしか得意なものないんで」
「十分すごい特技じゃん!家はこの近く?」
「いえ、中部です」
市町村を聞いたら、悠と同じところ。
悠と言い、彼と言い、音楽的な才能が
高い人が集まっているのか?
「ここにはよく来るの?」
「はい。普段はバイクなんですけど
楽器があるのでバスで。ここの海なら
静かだし、民家もないから迷惑では
ないかなって」
「確かにいい場所だよね。ちょっと先は
都会みたいなのに。好きなだけ吹けるね」
「はい。近くにスタジオとかなくて……。
海は目の前なんですけどちょっと
訳合って、そこでは吹けないっていうか」
「近所からの苦情とか?」
「いやー……すぐ近くにめっちゃ音楽できる
やつがいるんですよ。そいつに
聞かれたくないっていうか」
やつ、のことを話始めたとき、彼の
顔つきがさっきまでと全然違うことに気付いた。
すごく優しく、楽しそうで、その人が
大切なんだなって直感で伝わる。
やつ、とかそいつ、だから男の友達かな?
「音楽ができる人なら尚更、君のサックス
聞きたがるんじゃない?本当にきれいだし、
もっと自信持ちなよ」
「ははは。冗談で嬉しいです」
「いやいや、冗談じゃないから」
自分の才能に気付いていないみたいだ。
もっと自信を持ってたくさんの人に
彼のサックスを聞かせたい。
きっと、感動の心でいっぱいになるだろうな。
本当に冗談と思っている彼に苦笑で
笑い返したら。
ポケットの中にある携帯のバイブが震えて、
すぐに携帯を取り出した。
「ご、ごめん!ちょっと失礼」
慌てて画面を確認すると、ずっと
待ちわびていた人の名前が。
自分で思っていた以上に、すごく
心臓がうるさくて、嬉しいと感じていた。
たかが電話一本で、通話ボタンを
押すことだけにこんなに緊張してるなんて。
そんな自分が可笑しくてふっと笑みをこぼすと、
少し落ち着いたような気がしたから、
ゆっくり通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。
「もしもし?悠?」
『煌!電話するの遅くなってごめんね?』
「いや、全然大丈夫だよ。俺こそごめんね。
……昨日のこと、すごく反省してる」
『えぇ?何で謝るのさ!もしかしてそれを
言いたくて電話してくれたの?』
「うん。めっちゃ自己嫌悪したんだよ、これでも。
大人げなかったなって」
『全然!むしろあの場面を助けてくれて
本当にありがとう。あと、巻き込んじゃって
ごめんね。あの後、大高に何か変なこと
言われなかった?』
そう聞かれて、昨日、あの大高って言う
やつが言っていた言葉を思い出した。
ずっとずっとあいつだけを見てきたから、
後からのこのこ出てきたお前や月次なんかに、
簡単に渡せねぇんだよ!!
『……煌?』
「あ、いやごめん。別に何もないから大丈夫。
悠こそ大丈夫か?」
『私は全然!でも何で煌、あの時あそこにいたの?
吹奏楽の練習見てるのかと思ってた』
「うーんと……ちょっと用事を思い出して
早めに切り上げさせてもらったんだ。
帰りに悠の教室の前、たまたま通ったら
……あいつに抱きしめらているとこ見ちゃって」
本当のことなんて絶対に恥ずかしくて
言いたくなかったから、苦し紛れに
誤魔化したけど、バレないだろうか?
『そうだったんだ!いやぁ、運がよかったわぁ。
本当にあの時は焦りました』
「で、聞きたいことがあるんだけど」
『ん?何?』
「あいつと付き合ってるわけじゃないよね?」
『はぁ?なわけないでしょー』
「じゃあ昨日のは、……あっちからの告白?」
『まぁそんなとこ!ごめん、ちょっと今
出先だったんだ。本当にありがとね、シーユー』
「っちょ!」
くそ、逃げられた。
ちょっと強引にしてしまったからか、
逃げるように切られた電話。
まだ納得は行かなかったけど悠“から”
初電話が来たことはすごく、嬉しかった。
……って何言ってんだ、俺は。
自分で自分に呆れて、悠との電話ですっかり
頭から抜け落ちていたサックスの彼に
慌てて視線を向ける、と。
眉間にものすごいしわを寄せて、
俺を睨んでいた。
ちょ、電話していてちょっとほったらかしに
したくらいでこんな不機嫌になるもん?
まさか俺……惚れられちゃった?
「今の電話の相手」
「う、うん?」
自惚れそうになっていたところに、
彼の黒い声が聞こえた。
電話の相手、悠のことがどうかしたんだろうか?
「女、ですか?」
「え、そうだけど……」
嘘嘘嘘!この展開はまさか!
本当に俺に惚れちゃったとかじゃないよね?
電話の相手に嫉妬したとかじゃないよね?
「誰?」
「は、い?」
「……です、か」
いや敬語とか気にして聞き返したんじゃ
ないんだけど。
この後言われることがたまらなく怖くて
話を進めたくないんだけど。
「あの、別に敬語じゃなくていいからね?
好きなようにして」
「……じゃあそうする。煌、って言ったな。
今の電話の相手、“ユウ”って言うのか?」
「あーうん、そう…だけど?」
突然の変わりようにまた驚かされたけど、
今はそれどころじゃない。
電話の相手の名前に彼は眉をひそめているようだ。
「高校2年のM高の女子生徒、だったり?」
「えっ!?」
な、何でそれを知っているんだ?
俺に好意があって嫉妬していたわけじゃなく、
悠のほうに意味があったらしい。
もしかして……。
「悠と、知り合いなの?」
「……やっぱり、神崎悠なんだな」
本人の名前が直接大和の口から出てきて、
しかもその時の大和の表情が、すごく、気になる。
- 第7音 ( No.73 )
- 日時: 2012/10/26 21:18
- 名前: 歌 (ID: hxRY1n6u)
しばらく、沈黙が流れた。
「……さっき、」
「え?」
「さっき、家の近くに音楽ができるやつって
悠のことなんだ。家が目の前」
「そ、うなんだ……」
じゃあ、俺がさっき直感で大和の
大切な人なんだと思ったのは、悠だったんだ。
こんな出会い、あるんだろうか?
「煌は悠とどんな関係なんだ?」
「あぁ俺は、悠の通っている高校の吹奏楽部の
トレーナーとして今、行っているんだ。
それで悠と出会って、プライベートでも
ちょっと会ってるくらいかな?」
「………ふーん」
あまり表情を変えずにただ頷くだけで、
特に気を悪くしたりはないようだ。
でももし、悠が大和のサックスを聞いたら
絶対に興奮するだろうな。
音楽のことを話すときは、ものすごく
幸せそうな顔をしているから。
どうして、だろう。
悠に大和のサックスを聞かせたくない、
なんて思ってしまう自分がいる。
聞かせたらなんだか、悠が……大和だけに
夢中になりそうな気がする。
そんなの絶対に、嫌だ。
「なぁ、今の電話の内容さ」
1人で悶々と黒い感情と闘っていると、
歯切れの悪い低い声が聞こえてきた。
それにはっとして顔を上げると。
「あいつ、誰かに抱きしめられて告白……
されたみたいな感じ?」
「……うん。昨日の放課後、吹奏楽部の練習を
早めに終えて悠の教室の前まで来たら、
そんな光景があったんだ」
「それでどうした?」
言ってもいいだろうか?
悠からしたら、プライベートのことだし
さっきの電話もそうだったけど、自分の
ことを話すのが嫌いらしい。
話すかどうか、躊躇していると。
「いや、もうそこまで話したんだから
別に変わんないだろ。それに悠は別に
俺ならいい、って言うぞ?」
「何で?」
「さぁな。なんなら今から電話して
聞いてみるか?」
「い、いい!」
もしそれではっきり、いいよ、なんて言われたら
さらに黒い感情で支配されそうだ。
今だって抑えるのに必死なのに。
こいつは無意識に俺を煽っているのか、
よく分からない。
でも敵対心とかそんなものは全然
感じられないから、別に悪気があるわけでは
ないと思う。
「それで……悠がキスされそうになったから、
慌てて教室に入って、相手の男と
ちょっと言い合った。って感じかな?」
「へー。で、聞きたいんだけど、相手の男って
栗色の髪でくせ毛がちょっとあるやつ?」
「え?違うけど……。悠と同じクラスの
大高、って言うやつ。誰だと思ったの?」
「そう、か。ならいいんだ」
ちょっと、安心したように息をほっと
ついた大和の顔色を窺う。
いまいち、何を考えているのかわからない。
「学校での悠はちゃんと、笑っているか?」
「………え、笑ってるけど何で?」
どうしてそんなことを聞くのだろうか?
こいつの前では、泣いたり怒ったり、
俺には見せたことのない感情を見せるのだろうか?
「なら、よかった。煌、俺からこんなこと
言われてもは?って感じかもしれないけど、
悠のこと、しっかり見ていてほしい」
そう、目力の強い、意思の強い瞳で
言葉を発した大和。
その言葉の意味は、一体なんなんだ?
「どうゆうこと?」
「別に深い意味があるわけじゃない。
ただの俺の我儘って思っていてくれ」
「……分かった」
「サンキュ」
あんな瞳で言われたら何を言われても
拒むことなんて、できない。
後に分かるかもしれないから、今は彼の
言うとおりに悠をよく見ていよう。
確かに彼女は謎、だ。
何にも興味がなさそうであっけらかんと
していたり、何も考えていなさそうなのに。
人の心を読み取るのがうまくて、
なにより、人の心を掴むのがうまい。
「煌もバイオリンを弾けるって言ったな。
悠に聞かせたことはある?」
「いや、ピアノはあるけどバイオリンは
ないかな。今度、俺の後輩とアンサンブルやろう
って約束したことがあるけど」
「ふーん、おもしろそうだな。もしやるなら
聞いてみたいから、呼んでくれよ」
「おお!観客がいてくれるなんて
やりがいがあるなぁ。もちろんだよ」
「じゃあ、メアド、交換しようぜ」
すぐに赤外線でメアドを交換。
悠のことを抜きに、こいつとは結構
話が合うかもしれないし何より音楽をやる
人間との繋がりが広がったこと、
それが何よりも嬉しい。
「じゃあ俺はそろそろバスの時間が
あるから、行くわ」
そう言って、楽器ケースに収められている
アルトサックスと財布に携帯を持って、
立ち上がる大和。
俺もそろそろ家に帰らないと、
母親が心配するかもしれない。
「今日は素敵なサックスを聞かせてくれて
ありがとう。また連絡するよ」
「いや、こちらこそ。好きなものを褒められる
ってなんだか気恥ずかしいけど嬉しいな。
今度は煌のバイオリンとピアノ、楽しみにしてる」
……やべぇ、こいつめっちゃいいやつじゃん!
しかもはにかんだ笑顔が、怖い印象とは裏腹に
すごく少年っぽくて可愛い。
男にこんなこと言われても嬉しくないだろうから、
心の内に止めたけど。
バス停までは同じ方向だからそこまで
一緒に歩いて、その場で別れた。
まさか悠の家の近くにあんなやつが
いたとは、知らなかった。
悠の人間関係にまで踏み込むのはおかしいけれど、
もしかたらまだまだ俺の知らない、悠を
知っている人間がいるのかもしれない。
そう考えると、ちょっともやもやした
気分になったから歩くペースを上げて、
家に帰った。
その日の夜、バイオリンを弾いていると
いつもはバイブにしている携帯が
着信音を響かせた。
楽器を弾いているときはバイブだと
気付かないから、マナーモードはオフに
している。
バイオリンを置いて、携帯の画面を見ると。
「悠!?」
本日二度目の悠からの電話に驚いて、
すぐに通話ボタンを押した。
『あ、煌?今大丈夫?』
「全然!どうした?」
『いやぁー大和から話を聞いたんだよ。
びっくりしちゃった!まさか2人が
今日出会ったなんて』
「そうなんだよ。俺もびっくりしちゃった。
悠と電話しているときにはもう
大和がいて、その電話の会話だけで
悠だって分かったみたいだよ」
『あいつ、頭切れるからね。それでさ、今
大和がうちにいるんだけど』
…………ん?
大和がうちにいる、って悠の家にいるって
ことだよなぁ?
確か悠って一人暮らしじゃなかったか?
「悠って一人暮らしだよな?」
『え?そうだよー。大和は本当に家の前の
アパートにいるから、よくうちで
お茶したり音楽の話をするの』
若い女の一人暮らしに男を上げるなんて
いい気はしない、というかすごく、不安。
でもやましいことは全くなさそうな
悠の口調に安心してしまう。
確かにあいつは見た目はチャラいかもしれないけど
中身は全然しっかりしてて、そこらへんは
分かっているから悠も安心できるんだろう。
「そっか。で、それがどうした?」
『今大和が話してたけど、煌、大和のサックス
聞いたんでしょ!?もうちょー羨ましい!』
「あぁ……うん、すごくきれいだったよ」
『やっぱり?でね、築茂と三人でアンサンブル
やるとき、大和も呼ぶって話もしたんでしょ?
それ聞かせて大和が感動したらサックス、
私にも聞かせてくれるって!』
大和、どんだけ悠に聞かせたくないんだよ。
- 第8音 ( No.74 )
- 日時: 2012/10/27 17:30
- 名前: 歌 (ID: J85uaMhP)
感動ってあいつが感動なんて簡単に
するんだろうか?
しかもただのバイオリンで、感動って
シチュエーション
とか場所とかそういうのも込みで
人の
感動があるわけだから普通に
弾いたくらいじゃ
あいつは納得しないはず。
『だからさ、練習しよ!アンサンブルの。
絶対に大和をぎゃふんと言わせてやる!』
そう意気込む悠の後ろから、言わねーよ、と
大和の声が微かに聞こえてきた。
「いいと思うよ。アンサンブルやりたかったし、
築茂にも話しておくよ。で、何の曲を
弾きたいの?」
『あー……それどうしよう、決めてなかった』
「じゃあちょっと考えておきな。俺も
いろいろ探してみるから」
『うん!また後でメールするね』
「分かった。じゃあまたな。あ、大和に
代わってくれる?」
電話を切る前に大和に言っておきたいことが。
『あ?俺だけど』
「大和、一つだけ言っておく」
『なんだよ』
「悠に手出すなよ、絶対」
『……あんなガキ、興味ねーよ』
そうぶっきらぼうに答えたけど、一瞬
言葉を詰まらしたのに気付かない訳がない。
まぁこの様子だとすぐに手を出すことは
ないかもしれない。
「そう、ならよかった。じゃあなるべく早く
自分ち戻れよ。じゃあな」
『おう』
電話を切って、ほっと息をついた。
築茂に連絡するためにもう一度携帯の画面を
明るくする。
電話とメール、どっちで伝えようか迷ったが、
今の時間帯なら忙しくはないはずだ。
そう思って発信ボタンを押した。
『なんだ、珍しい』
数回のコールオンの後、築茂のちょっと
驚いた声が受話器の向こうから聞こえてきた。
確かに電話をするなんて滅多にない。
大学で会えるし、連絡事項もいつもは
メールで済ませるから。
「ごめん、ちょっと伝えなきゃいけない
ことがあってさ」
そして大和のこと、悠のことについて
全てを話し終えると。
『……アンサンブルをやることは前からの
約束だから、もちろん構わない。
だが、その大和って言うやつが俺は
まだ会ってないから信用できない』
やっぱり、そう来ると思った。
築茂は人一倍警戒心が強いし、打ち解けるまでにも
かなり時間がかかる。
もし合わない人間だと思ったら、ずっと
関わらないようにうまく避けるし。
俺や悠、ごく一部の人間を除いて人間が嫌いらしい。
それでも悠に出会ってからは、少し
表情が柔らかくなったような気がする。
このまま少しずつ、たくさん笑えるようになってほしい。
「それはそうだよな。でも俺はあいつの
サックス、気に入ったよ。きっと
築茂も聞いたらビックリすると思う」
『そんなのはどうでもいい。それより、今
悠はその大和とか言うやつと家に
二人きりでいるんだろ?』
「そうなんだけどね。俺も最初は不審に思ったけど
あいつはそんな簡単に悠を傷つけたり
しないと思うんだ。根拠はないけど」
根拠がないと、信じられない築茂に言っても
あまり効果的ではないのは分かってる。
でもあいつの悠を想う目は、ちっぽけじゃない。
『まぁ、一度会ってみれば分かるか。
それでアンサンブルでやる曲を決めるんだな』
「そうそう。なるべく悠がやりたいやつを
やろうと思う。一応、築茂も考えておいて。
それで空いている日にち分かったら
メールちょうだい」
『分かった』
「ありがとね。悠にも連絡してやって。
じゃあまた月曜な」
『あぁ』
これでよし、と。
きっと悠はすぐに弾きたい曲を決めるだろうから、
俺はスケジュールを何とかしよう。
基本的に平日は大学で、放課後は吹奏楽部の練習。
土日は、今日みたいに講義があったり、
ない日は課題のレポートやバイオリンと
ピアノの練習をする。
後はたまに大学の友達とカラオケ。
練習時間がとれるとしたら、土日と
平日の夜8時以降。
吹奏楽部の練習が終わるのは7時。
大学には車で通っていないから、バス停の
時刻も考えると戻ってこれるのが8時前。
夜の練習も好きだから、悠が良ければ
やりたいな。
今月は特別な用事もないし、大丈夫。
そんなことをカレンダーを前に、
考えるだけですごくわくわくしている自分。
吹奏楽の楽しさとは全然違う。
ふと時計を見上げれば、もう10時。
楽しいことを考えていると時間がすぎるのが
早くて、あっという間。
明日は日曜だから、図書館でレポートを
仕上げていつものように練習をしよう。
お風呂に入り、自分の部屋に戻った俺は
すぐにベッドの中に潜り込む。
携帯の音楽プレーヤーを開いて、
BankBandの『糸』を流した。
なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない
どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない
なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の跡の ささくれ
夢追いかけ走って
ころんだ日の跡の ささくれ
こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中
縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない
縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます
最後のイントロが流れ終わる前に、
意識が途切れた。
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