コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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青い春の音【完結】
日時: 2013/12/07 21:38
名前: 歌 (ID: VXkkD50w)



「青い春の音」の番外編、短編集
「青い春の心」もよろしくお願いします。

「青い春の音」の続編
「青い春の恋」始めました。


2013.6.14に始めて2012年冬・小説大会で
「青い春の音」がコメディライト小説部門で
金賞を取ったことを知りました。

投票してくださった方がいてくれたのに、
お礼も言わず本当にバカだと自分に呆れます。

改めて言わせてください。


本当に本当に、ありがとうございます!!!


まだまだ続くので、これからも
よろしくお願いしますm(__)m






出会うべくして出会えたこと。
かけがえのない“仲間”




性格も価値観も生き方も
全然違う私たちが出会えた。


そして、そこから始まるさまざまな音の物語。

それはキレイだけではないけど、
不協和音も聴こえるかもしれないけど、

私たちは間違いなく、自分たちそれぞれの
音を奏でていた。


純粋で自然な音を。


空と海と風と鳥に向かって、
ただ紡ぐだけで心が満たされる音楽。


さまざまな想いを抱えながらも、“仲間”
という絆から徐々に芽生える気持ちとけじめ。

淡い恋心さえもそこには含まれていた。



楽しい時だけが
仲間じゃないだろ?
オレ達は
共に悔しがり
共に励まし合い
生きてゆく
笑顔の日々を






—登場人物—



名前(年齢)性別-担当する楽器
(他にできる楽器)-アカペラで担当するパート


カンザキユウ
神崎悠(16)♀-ピアノ(バイオリン、
アルトサックス)-リードボーカル
サバサバで自由人。
好きなことを好きなだけやる。


キドウヤマト
鬼藤大和(17)♂-アルトサックス
(トランペット2nd)-コーラス
極度の負けず嫌い。
俺様なところが多少ある。照れ屋。


ツキナミクウガ
月次空雅(16)♂-トランペット1st
(ドラム)-ボイスパーカッション
空気が読めないポジティブバカ。
練習をあまり好まない。


タチバナツクモ
橘築茂(18)♂-バイオリン
(コントラバス)-コーラス
知的でクール。常に計算、
計画通りに進めたい。


オギハラヒュウガ
荻原日向(17)♂-テナーサックス
(アルトサックス)-コーラス
常に穏やかで優しい。
しかし、自分の意思はしっかり持ってる。


ヒムロレオ
氷室玲央(19)♂-コントラバス
(バイオリン)-ベース
常に眠たそうにしている。
一見無愛想だが、天然で真面目。


カスガイコウ
春日井煌(20)♂-バイオリン
(ピアノ)-リードボーカル
しっかり者で頼れる。
練習はスパルタで熱い。


後にしっかり説明します。



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第14音 ( No.150 )
日時: 2013/02/27 08:02
名前: 歌 (ID: 50PasCpc)





「……お前ら、何やってんだ」



と。


明らかに怒りをあらわにしている
大和が登場してからやっと、私たちは
身体を離した。



「仲間と仲間の、抱擁?」


前に大和が言った言葉をそっくりそのまま
返すと、ピキ、と青筋が。



それから、リビングに戻るなり、
日向と煌にこっぴどく叱られた私。


それでもなんだかんだ、最後は笑って
話を終えてくれたんだから、
やっぱり子供に甘い両親みたいだ。



「さーてと、私はシャワー浴びてくる」

「あ、まだ電気つかないからお湯は
 でないよー」

「冷水でいいや。別に気にしないし」


煌の言葉を無視して着替えを持って
シャワー室に入る。


夏だから気温は高いし、冷水のほうが
ずっといい。


シャワーから上がったら台風で悲惨に
やられただろう、玄関前とか掃除しなきゃ。

担任にも延長になった新生徒会の準備の
日程とか、電話しないと。


バイト先にもいつからまた再開するのか、
聞かないといけない。


そんなことを考えながら水に当たっていると、
たいぶ身体が冷えてきたみたいで、鳥肌がたった。



すぐに水を止めてバスタオルをかぶる。


洗面台の下にある棚に、いつも綺麗に
収納されているドライヤーをとり、
コンセントに差し込もうとした、ところで。


電気が使えないことを、思い出した。



いつも髪を乾かしてから部屋に戻るから、
6人に変な風に見られないけど、今回は……。


ま、電気が使えないんだから仕方ないよね。


そう開き直って、着替えを済ませてから、
リビングに足を向けた。



「あ、悠!早かっ………」



みんながいるリビングに戻ってすぐに、
日向が朝ごはんの準備をしながら私の
ほうを振り返った。


けど。



私と視線がぶつかると、すべての言葉を
言い終える前に、目を見開いた。



「……あぁ、そっか。電気つかないから
 ドライヤーが使えないのか」



大学へ行く準備をし終えてソファで
寛いでいた煌が立ち上がり、私のそばまで
来ると、納得したようにうなずいた。


そしてすでにご飯に手をつけていた
空雅と大和は、不自然に視線を逸らして
食べることに集中する。



「うん。どのくらいで乾くのか分からないけど、
 今結構暑いし、大丈夫だと思う」



胸よりちょっと下まである私の黒髪は、
まだ、水をしっかり含んでいて。

肩にかけてあるタオルでもう一度、
わしゃわしゃと髪をかき混ぜた。


それまで黙って様子を見ていた玲央が
ゆっくり近付いてきたと思ったら。


私の髪を掬い上げて、ちゅ、と。
キスを、落とした。



「玲央!?」



誰よりも素っ頓狂な声を上げたのは、
紛れもない空雅。

顔を真っ赤にさせて口をわなわなと
震わせている。


出たよ、純粋バカ。



「悠の髪……キレイ」

「ありがとう、玲央」



至近距離で微笑む玲央に、私もにっこりと
笑顔を返した、と思ったら。


ぐ、と目の前に誰かの手が割り込んできて、
私と玲央に距離を作らせた。



その手の主は、眉間にこれでもかってくらい
しわを作り、かなりご機嫌斜めの築茂。


「……目障りだ。とっとと飯を食え」


さっきまでとはいかなくても、やっぱり
低い声を出した築茂に逆らうわけには、いかない。


大人しく玲央と私は定位置に座る。


朝、機嫌が悪かった大和とは未だに言葉を
交わしていないし、日向は少し慌てているような
感じもするし。


なんだかちょっと、気まずい空気が
流れているような。


………いや、考えすぎでしょ。



「今日は煌と築茂は大学あるんだね?」

「あぁ、うん。台風があってその間の練習が
 潰れてしまったから取り戻さないといけない。
 だから今日は遅くなるし、家に真っ直ぐ帰るよ」

「分かったよ。頑張ってね」


眉を下げて笑った煌だけど、築茂は黙って
食べるために手を動かしている。

朝は少し機嫌がよかったようにな気がしたけど、
たった今、悪化したんだろうな。


あーなんだろ、何でこんなにみんな
いつもより口数が少ないんだろう。

調子狂うんだけどなぁ。



ちょっとした居心地の悪さを感じながら、
沈黙を作る前に、テレビをつけた。



やっていたのは、バラエティ番組。



夏休みだから朝から再放送なんていうのは
今では普通になっているらしい。


そのバラエティ番組は『ハモネピ』と言う、
アカペラでさまざまなチームが競うというもの。

テレビなんて、ニュースくらいしか見ない
私は初めてみるそれに。


目を、見開いた。



大学生や高校生、社会人のチームが
各ブロックの激戦を勝ち抜いて全国大会と
してテレビに出ているらしい。

練習は自分たちでやるもので、一般人にも
関わらず、そのレベルの高さが。


私の音楽魂に、火をつけた。



第14音 ( No.151 )
日時: 2013/02/28 08:07
名前: 歌 (ID: xJyEGrK2)






「………あ」



きらきらした音楽が落ちてきた。


耳の底に……心がきらめいていく、
愛があふれ出す、笑顔に溺れていく。



息苦しくなる幸せ……かも。



「どうした、悠?」



テレビの画面を凝視して固まる私を
怪訝そうに見る煌。


たった今、歌い終えたチームの歌声が
頭の中を彷徨っていた。

チームのメンバーは都立の大学生で、
国際科ということもあり、外国人も
何人か含まれていた。


しかも、容姿や雰囲気もばらばらなのに、
あんなに綺麗なハーモニーを奏でられるなんて。



心が晴れない日も、心が雨降りの日も、
音楽は、ひとつ。

世界は違っても、肌の色が違っても、
音楽は、ひとつ。


外国人の学生がインタビューで
『僕の国は戦争がいつ起こってもおかしく
ない国です』と、笑って言った。


戦争が世界中にはびこる現在だけど、
彼の音楽は世界を変える力があるような
気が、する。


もしこの音楽を彼の国の子供に
伝えたら、どうなるんだろう。


少しでも、平和の世界になるだろうか。



「……悠?」


「…音楽は、ひとつ」


「え?」



日向の私を呼ぶ声に返事をしたわけじゃ
なく、無意識に口から出た言葉。



“音楽は、ひとつ”



胸が、熱い。


じわじわと、何かにしがみついていないと
息が出来なくなりそうなくらい。


私の音楽に対しての魂が、心を
震わせて叫んでいるのかもしれない。



私も。
やりたい、と。




「悠。言いたいことははっきり
 言葉にしたほうが楽だぞ?素直になれ」




珍しく、優しい笑顔を向けながら
私の心を読んだ大和。



大和が発した言葉の欠片が心の湖に
投じられ、波紋が広がる。


その波紋はしばらく広がり、静かに
消えた。


余韻が残った心の湖。


静寂なようで、そうでは
ないようで………。


同じように、これから私が音にしようと
している言葉も、彼らの心の湖に
波紋を広げるかもしれない。



広げられるかも、しれない。




「……たい」


「聞こえないぞ、しっかり言え」



消えかけた頭文字に。


口調は相変わらずだけど、どこか
柔らかい雰囲気を持つ築茂と、
全員に向かって。




「アカペラ、やりたいっ!!!」





羽をつけて言葉を飛ばした、私。


その瞳には、私にしては珍しい色が
浮かんできたかもしれない。


自分で自分の瞳を直接見ることは
できないから、彼らにどういうふうに
見えているのかは。

分からないけど。



「………ふっ。そう言うと思ったわ」

「大和に同意だな。お前は音楽の話になると
 顔つきが全く違うし分かりやすい」



口角を上げて鼻で軽く笑う大和に、
築茂は頷きながらくく、と可笑しそうに。


初めて見た、妖麗の笑みを、向けた。



「悠がやるって言うならやるしかないよねー。
 絶対嫌だって言っても悠には勝てない」


苦笑しながらも煌は、滑らかに
言葉を口にした。



「………みんな、やってくれる?」



ちょっとか細くなりがちな声を漏らすと。


何を今さら、と言わんばかりの表情で
返事をしてくれた。




「まーた楽しみが増えたな!やるからには
 全力でやってやろうぜ!」

「でもまずはこの番組とアカペラについて
 しっかりした知識が必要だよね」


空雅の意気込みに、日向は冷静に呟く。



「アカペラって言うのは本当はイタリア語で
 『ア・カペラ』って言うの。本来は教会音楽の
 ことなんだ。そこから転じて無伴奏で合唱、
 重唱、独唱をやるための楽曲全般を指すの」


「へぇー……。やっぱり悠って詳しいのな。
 ゴスペルとは何が違うわけ?」


「アカペラは技法でゴスペルはジャンルのこと。
 まぁ詳しく説明するとちょっと難しいから
 全然違うものってことだけは覚えといて」



大和の問いに簡潔に答えた後、優勝チームが
決まって大歓声がしたテレビに目を向ける。


優勝したのは、私も心を奪われた、あの国際科の
大学チームだった。



涙を流し喜ぶ彼らの周りに、たくさんの
笑顔が咲き誇っていて。


心には夢を、笑顔には花を。



そんなものを、彼ら自身が作ってきた
ような気がした。



彼らのように、自分たちの声で、自分たちの
音楽で、人を笑顔にさせられる。


誰かのために時間を使うこと、それは
最高のプレゼントなんだ。




「やっぱり、私たちだけが満足する音楽も
 悪くはないと思うけど、私たちの音楽で
 誰かを笑顔にできたら、最高だよね」




テレビの画面を見つめながら、誰に
問いかけるわけでもなく、呟いた。



「……そうだな。誰かを笑顔にすることほど、
 幸せなことはないだろうし」

「勝者より笑者で行こうぜ!」

「うわぁ、大和にしてはくさいこと言うし、
 空雅にしてはいいこと言うねぇ」

「一言余計なんだよお前は」



大和に頭をペチッと叩かれた。


……痛い。
けど、心は温かい。




「よし、俺たちも俺たちの音楽を1人でも
 多くの人に届けて見ますか!」



と、煌の夏よりも暑い……熱い、声を
合図に。



私たちは、また新たな音を、生み出す。





第14音 ( No.152 )
日時: 2013/03/01 07:49
名前: 歌 (ID: Slxlk2Pz)






そしてその日1日は、アカペラについて
全員に教えたり、パートを決めた。


比較的、声の高さは全員程よくばらつきが
あったからすんなりと話は進められて。


私と煌がメインのリードボーカル。

大和、築茂、日向がコーラスで空雅が
ドラム音のボイスパーカッション。

そして玲央がベースということになった。


玲央の声の高さはかなり幅広くて、
高いのも低いのも綺麗に出せる。

空雅は少しやっていたことがあるらしく、
バンドで言う、ドラムの音を声で
表現するという、一番難しいパートだ。


コーラスの3人はそれぞれ音程もいいし、
つられたりしないから綺麗にハモると思う。


そして私と煌はメロディを2つの羽が
羽ばたくように歌い上げたい。



それから少しだけ、動画を見たりパソコンで
楽譜をダウンロードしたりして
早速練習をやっていくと。


もともと、みんなで歌ったりハモることは
日常茶飯事だったから、全体としては
丸い感じになった。



「今日は流れとか全体が分かれば十分かもね。
 まだ分からないことのほうが多いし、
 発声練習とかもいろいろあるはずだから」


煌が言ったことは真っ当な意見だ。


「俺、もっと自分で調べて滑舌がよくなる
 練習とかブレスの吸い方とか調べてみるわ!
 なんかこういうの、めっちゃ楽しいし!」


やる気満々の空雅は本当に頼もしい。


確かに、何かを新しく始めるときは不安も
もちろんあるけど、それと同時に
自分が新しいことを覚えているっていう
実感が何よりも楽しい。


自分が成長している、って感じられることが、
何よりも嬉しいんだ。



音楽をしている時間は本当にあっという間で、
足りないような気もする。


でも価値があるのは時間じゃないし、意味が
あるのは時間じゃないんだよね。


価値があるのは時間を共有した相手で、意味が
あるのは時間を共有した、彼ら。



結局最後は、「人」と「人」なんだから。



「悠?どうしたの?」



また1人の世界でにやけていたらしい私を、
笑いを我慢しながら見る日向に慌てて
顔の筋肉を引き締めた。



「べっつにー!人間は1人で泣けても
 1人で笑うことはできないなぁって思って」

「いや、今思いっきり1人で笑ってたと
 思うんだけど」

「………さぁ、歌おう!」

「………ぶははっ!!」



あーもう、自分で言ってかなり恥ずかしく
なったじゃんか。

日向って普段は優しいんだけど、たまに
築茂や大和以上にSになるし毒舌なんですよねー。


ま、そんなところも大好きなんだけど。



「お前ら、気持ち悪いぞー」

「大和大和、私ね、大和が日向に惚れている
 意味分かるような気がする!」

「はぁ!?俺がいつ日向に惚れたんだよ!」

「え、前言ってたじゃん。日向に対しての想いは
 今も昔も変わってないって」

「え、大和そんなこと言ってたの?いやー
 照れるなぁ。でも俺、男には興味ないや」

「ち、ちげーよバカ共!!」

「えぇええぇ!?大和ってそっち系の趣味が
 あったんだな!」

「だーかーら!違うっつーの!」


冷やかしに入った空雅と日向に一生懸命
弁解をしようとしている大和に、
思わず全員で大爆笑。


………あぁ、本当にこういう時間が大好きだ。




それからまたアカペラの練習をして、動画サイトで
アップする物を撮るために、楽器を鳴らす。


気付けば最初の動画サイトの再生回数は、
100万に到達しそうな勢いだった。


何回も繰り返し聞いてくれる人が多いのか、
聞いてくれてる人の人数が多いのか、
どちらにしても。



私たちの音楽が、誰かの心に響いて
くれていたら、最高だ。




次の日は私や大和はバイト、煌と築茂も
部活だから早めに解散をして。


私の部屋に、彼らと出会う前の
静けさが再び降り立った。


前までは、これが本来の姿で何とも
思わなかったのに。

ちょっと、黄昏そうになるのは、決して
自分のせいではないと……思う。



「………お風呂、入ろ」



まだ18時だし、早いような気もするけど
今は何かに包まれていたい気分だ。



ぬるい温度のシャワーを頭から被る。


あー……最高に気持ちいい。
今日は本当に楽しかったなぁ。

大和のあの焦っている顔……最高だったなぁ。



「ふふっ」



1人、思い出し笑いをしてはっと顔を
押さえた。


いつの間に、か。


私の心の中心は音楽だけじゃなくて、
彼らが埋め込まれている。


いつから?
どこから?
原因は?


………出逢ったとき、から?



「ダメだ、絶対にダメ…」



そう、自分にしっかり言い聞かせないと、
私は自分を保てなくなる。





とても大切な人が出来ること。


それは、最高に悲しい出来事への
秒読みが始まる瞬間。


思い出が深くなればなるほど、悲しみの
時間は永くなるはずだから。



私はそれを……痛いほどに、経験してきた
はずなんだから。



それを、忘れてはいけない。



時に身を任せて流されそうになって、
忘れそうになっては、いけない。




私にとって、過去を思い出すことは
今までもこれからも絶対に、ない。



忘れることが、ないから。




だから。
たとえ彼らが大切な人、でも。



心は、自分のところに置いておかなきゃ。




誰にも持って行かれず、浚われず、
触れさずに。


私は、生きていく。




子供みたいな、大人みたいな私は、
無理せずに生きていくよ。



自分の生きるを、味わうために。





第14音 ( No.153 )
日時: 2013/03/08 11:18
名前: 歌 (ID: O/vit.nk)





キュッ、とシャワーを止める音を
響かせて、バスタオルで髪の毛を軽く
拭いてから。


下着だけをつけて、ミネラルウォーターで
渇いた喉を潤した。



まだ、彼らの匂いがしているこの部屋。



それを少しでも紛らわすために、オーディオの
電源を入れて、適当にCDをセットした。


流れてきたのは、ロックバンドの曲。



あぁそうだ、バンドのライブにも何件か
招待されているんだっけ。


行かないと……まずい、よなぁ。


時間を何とかして作らないと行けないような
気がするから早めに計画しないと。


あいつらに言ったら、俺たちも行く!とか
って言いそうだよなぁ。

そうなったらたぶん、やばいことに
なるような気が、する。


バンドの人間の中には、私の男の噂を
しつこく調べようとしている人間も
少なくはない。

そいつらに彼らの存在がばれれば、何を
言われるか分かったもんじゃない。


私の家がどこかさえまだ嗅ぎつけてはいない
はずだから、今は大丈夫だけど。


彼らと外出をして鉢合わせでもしたら
めんどくさくなりそうだ。



そんなことを考えながら、重いため息を
1つ吐き終えると。


ポト、と。


玄関のほうから、何かが落ちる音が
ドラムとベースの音の隙間から。



聞こえてきた。




この時間帯の郵便物なんて珍しいな、
なんて気楽に考えながらスリッパの音を
響かせながら玄関に向かう。


玄関に落ちていたのは、見たことも、
身に覚えもない。



黒い、封筒。




いい予感を全く感じさせない黒い封筒を
手に取って宛先人を確認しようとしたけれど、
何も、書かれていない。


パソコンで打たれた角ばった文字が
私の名前と住所を乗せているだけで、
他には何一つ、書かれていない。



「何これ……」



妖しい雰囲気を醸し出す封筒に思わず
出た声が、さらに身震いを誘った。




開けてみようか…でももし爆発とか
妖しいものだったらどうしようかな。


いや、それは考えすぎか。



そう考え直して、丁寧に糊付けされている
ところを、引きはがした。



中から出てきたのは、白い紙、と。




「………玲央?」




1つの、写真。


そこに映っていたのは、ちょっと幼い
雰囲気の、玲央の顔写真。


相変わらず無表情で前髪は今よりも
少しだけ短くて、目の瞳は、青い。



青?



あれ、玲央の瞳って青だったっけ……?
黒、じゃなかったっけ?



それにこの写真をよく見てみると、
恐らく玲央が中学生くらいの時なのに、
どうして、スーツなんか着ているんだろう。


いろんな疑問が一気に出てきたけど、
一度深呼吸をして頭と心を落ち着かせてから。



白い紙のほうを、手に取った。



B5よりも少し小さめの大きさが2枚折りに
されていて、微かに文字が書かれていることは
透けていて分かってはいた。


けど。



そこに書かれている文字が、あまりにも
問題がありすぎた。




さて、どうしようか。


警察はこれくらいでは動いてくれないと
いうことくらい、経験上よく分かってはいるし。


これを彼らに知らせたら心配して
まためんどくさいことになるだろうし。



玲央本人に見せるのが一番いいのかも
しれない、けれど。




なんとなく。




これを玲央に見せてしまったら、私たちの
前から姿を消してしまいそうな、そんな
嫌な予感がする。



私がさっきまで考えていた、数々の、疑問。




1つだけ、分かったことが、ある。




恐らく玲央は、ハーフか、クォーター。
そして日本での暮らしは、まだ長くない。


あの、独特な喋り方はただ単に、日本語が
まだ慣れていないだけなのかも、しれない。


そう考えたら、日本の携帯を使いこなせないのも、
日本の常識を知らなさすぎることも、
人間関係がなかったことも。



全て、繋がる。





でもこれは私の憶測にすぎないから、
やっぱり玲央に確かめるしか方法はない。


もし、玲央が私たちの前からいなくなろうと
したら、それを全力で止めればいいだけ。



絶対に、玲央を手放したりしない。




そう固く決心をして、携帯を開いて玲央の
名前を電話帳から見つけ出し、発信音を押した。




『……もしもし』

「あ、玲央?いきなりごめんね」

『どう、したの?』

「うん、あのね玲央にちょっと聞きたいことが
 あるんだけどさ。明日の夜、玲央の家に
 行ってもいいかな?」

『……別に、いい。でも、なん…で?』

「それは明日話すよ。あ、そうだ。レイに
 シーチキンでも買っていこうかな」

『………あり、がとう』

「うん。じゃぁ明日バイトが終わったらまた
 連絡するね!おやすみ」

『おや、すみ』




電話を切って、1つ小さく息を吐いた。



玲央のなんで、はきっと。
どうして私の家じゃないの、だろう。



玲央が私の家に来るとなると、近くには
大和がいるから見られる可能性もあるし、
玲央の家に行けば何か分かることがあるかも
しれない。


そう考えて、私は自ら玲央の家に行くと
有無を言わさせない雰囲気で、言ったんだ。



そういうことに結構気付く玲央は、だいぶ
不安気にしていたけど。




私としては、玲央のほうが、心配。




玲央が過去に何をやってきたのか、どうやって
生きてきたのか、何も知らないからこそ。



今、少しでも力になれることがあるのなら、
私は全力でやりたい。



私の知らないところに、いろいろな人生がある。


私の人生がかけがえのないように、玲央の
人生もまたかけがえない。


人を愛するということは、知らない
人生を知るということになるのかもしれない。



第14音 ( No.154 )
日時: 2013/03/09 20:28
名前: 歌 (ID: 4pC6k30f)





今朝、降ってできた、水たまり。


水がはね返らないように軽やかに傘を持ち上げ、
弾くように微笑んで鈍色の道を息を
弾ませながら進む。


明日はきっと晴れて、キラキラと
輝くだろうな。


全て綺麗に洗い流されて、雫越しに虹色の
世界が現れたらいいな。



なんて。



これから玲央と話す内容の重さを考えたら、
心は少しでも軽くしていきたくて、
くだらないことを考えながら見覚えのある
道を歩いた。



夜と言っても時刻は18時過ぎ。

夏の沖縄ならこの時間帯はまだまだ
明るすぎるくらい明るい。


その明るさに少し、心を持ち上げられながら、
玲央の家のインターホンを、押した。



ガチャ、と小さく開いたドアから
顔をひょこ、と出した玲央。


その玲央にいつもと変わらない笑顔を
向けると、玲央もぎこちなくだけど
微笑んでくれた。



「突然ごめんね。レイはいる?」

「ん。……入って」

「お邪魔します」



レイの名前をつけるために来た時以来の、
玲央の家は。


扇風機とエアコンが動いているだけで、
前と何も変わるところは見当たらない。



「これ、レイに」



途中で買ってきた、シーチキンの缶詰の
入ったビニール袋をテーブルに置くと。

どこに隠れていたのか、レイがテーブルの
上に飛び乗って現れた。



「レイ!久しぶりっ」

「にやぁ」


頭を撫でてやると、嬉しそうに鳴いた
レイは相変わらず、可愛さ満点だ。



今日の私の持ち物は。



レイのシーチキンの缶詰と、白い革に
デニムとシースルーの生地が取り入れられている
お気に入りのバックの中に。


財布と携帯と水と、あの、黒い封筒。




どの、タイミングで玲央に見せるべきか
まだ何も考えてはいない。


でもこれを見せなきゃ話は進まない。



「あり、がとう。……座って」


シーチキンの缶詰をビニール袋から取り出して、
小さな棚にしまい、ビニール袋を丸める玲央。


そしてそのまま、ゴミ箱に捨てた。



……まぁ、日本人でもゴミ箱に捨てる人は
たくさんいるよね。

しかも1人暮らしなんだし、もったいないから、
っていう理由で集めている人ばかりじゃ、
ないよね、たぶん。


そういうのを、習慣にしてなかっただけ、だよね。



ダメだ……玲央の行動がすべて日本離れ
しているように見えて、自分の勘が当たっている
としか思えない。



「………悠?」


「…え?あ、ごめんごめん」



あちゃー、また自分の世界に行って玲央に
余計な心配をかけさせてしまった。


でも今日の玲央は、どこか怯えているようにも
見えるのは、気のせいだろうか。



その、黒い瞳は。
本物だと、言えるのだろうか。



その、前髪で隠れている左目の瞳を、
私はまだ見たことが、ない。


どうして今まで、気付かなかったんだろう。



玲央の瞳を近くで見ている限り、
コンタクトをしているようには見えなかった。


じゃぁ、左目の瞳は、何色を持っているんだろう。


ただ、前髪が長いだけで目を覆ていると
思っていたけど、前髪で目を覆い隠していると
したら。


その理由を聞くところから、踏み込んでみようか。




また黙り込んだ私を、じっと見据える玲央に
慌てて笑顔を取り繕った。


玲央に分からないように、小さく息を
吐いて、その黒い瞳を、捉えた。



「話、してもいいかな?」


「……ん」



どうしてこんな状況になったのか、全く
分からない玲央からしたら、突然のことすぎて
不安しか感じられないはず。


そのためにもなるべく、優しい口調で
話を進めよう。




「最初に玲央にお願いがあるの」

「お願、い?」

「うん」

「何?」



表情はあまり変わらないように見えるけど、
心はひどく震えているのが伝わる。

あまり間をおかずに、すんなりと私は
言葉を手放した。



「その左目、見たことがないから。
 見せてほしいなって思って」


「………っ」




思ったよりも、動揺を見せる玲央。


珍しく、大きく右目を見開いて喉を
詰まらせている。


そしてすぐに、ぱっと視線をテーブルに
落とした。



その様子は。
異常なほど、何かに怯えている。
焦りが、溢れている。



「玲央……?」




名前を呼んでも顔を上げようとしない
玲央に、そんなに左目について
嫌なことがあるのか、と。


冷静に考えている私が、いた。






「にゃぁ…」




私と玲央と沈黙の3人の世界で、レイの
絞り取るような鳴き声が、響いた。


レイにも玲央の様子がおかしいことが
伝わって、不安になっているんだ。


大丈夫だよ、と思いを込めて、微笑みながら
そっと微笑んだ。




「……見たい?」


「え?」


「俺の、左目」



その時に見た、玲央の右目の瞳は。



何か、強い決心をしたような、吹っ切れた
ような、真っ直ぐな瞳だった。




「うん」



私が小さく首を縦に振ると、微かに
口元を緩めて、分かった、と。


小さく呟いた。




ゆっくり、左手を前髪に持っていき、
藍色を含んだ綺麗な黒髪に触れる玲央。


その動作が、やけに綺麗に見えて、
玲央が遠い人間のように、感じた。



「これが、俺の……左目」



と。



そっと、前髪を掻き上げて露わになった、
玲央の左目の瞳は。




あの写真と同じ、綺麗な。





青、だった。





その透き通るような青は、沖縄の海を
連想させるほど美しい。


こんなに綺麗なのにどうして玲央は
隠したがっているのだろう。



「………驚かない、の?」


「うん。分かってたから」


「え?」


「で、玲央はハーフとクォーターの
 どっちなの?」


「……っ!?」




私が気付いていなかったと思っていたから
だろう、目をぱちくりさせる玲央。

そんな玲央にふふ、と思わず笑みが
零れる。



「知って、たの…」


「ううん、昨日何となく気付いたんだ。
 喋り方や知識にずれがいつもあったから。
 でも玲央は玲央。それは変わらない」



玲央の心の中に、闇があることは
もちろん知っている。



その闇の中に、光はきちんとあるのだろうか。



もし、今はなくて玲央が1人でその中を
彷徨っているのだとしたら、私が
少しでもその光になってあげたい。




「俺の、過去……聞いてくれる?」




そう、不安そうに。
だけどどこか、凛としていて。



私は迷わず、玲央に微笑んで見せた。





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