コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.157 )
日時: 2019/11/23 17:23
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qToThS8B)

episode.154 地獄へ

 木で造られた、小屋のような建物。
 その玄関の前にドリはいる。

 長い髪を風になびかせながら、扉をじっと見つめて立っている。

 建物の周囲は木々が生えているが、人の気配はまったくと言っていいほどにない。その辺りにいるのは、ドリ、彼女一人だけ。

「……よし」

 やがて彼女は、一言、決意を固めたように呟く。
 そして、木でできた扉をノックする。

 ——待つことしばらく。

 扉がゆっくりと開き、隙間からウェスタの顔が覗いた。

「何か」

 ドリの顔を見たウェスタは、静かな声でそう尋ねた。
 ウェスタは警戒心を露わにしながらドリを見る。しかしドリは、動揺を何とか抑えて、笑みを浮かべる。

「あの……少し構わないでしょうか?」

 ドリは控えめに発する。
 しかしウェスタは怪訝な顔を止めない。

「何者?」
「え、えっと……その、実は……ここから少し離れた村に住む者です」

 ドリは答えを何とか絞り出す。

「そう。それで、何か用」
「実はその……少し、お力をお借りしたいのです」

 胸の前で両手の手のひらを合わせ、気が弱い娘のように振る舞うドリ。

「悪いけど、力を貸す気はない」
「そこを何とか! お願いします……!」

 ドリは懸命に頼む。頭を下げることさえ躊躇しない。

 ——数十秒後。

 必死なドリを見て心を動かされたのか、ウェスタは扉をさらに空け、一歩建物の外に出る。

「……分かった」

 紅のワンピースを着たウェスタは、外へ出ると、すぐに扉に鍵をかける。
 それから、改めてドリの方へ視線を向けた。

「ただし、すぐに済ませて」
「は、はい……! ありがとうございます!」

 ウェスタは警戒心が薄い方ではない。
 そのため、まだ完全に警戒することを止めてはいない。

「では、こちらへ……!」
「分かった」

 ドリとて馬鹿ではないから、かなり警戒されているということには気がついている。それでもドリは、行動を止めない。
 というのも、それが自身の役目だからだ。

 彼女は真面目。だから、厳しい状態であってもすぐに投げ出したりはしない。


 それからしばらく歩いても、村は訪れない。それどころか、歩けば歩くほど木々が増えてくる。

「これは一体……どういうこと」

 不自然さを感じたウェスタは、険しい顔つきになりながら、前を行くドリに問う。しかしドリは何も返さない。ドリは、ただ前だけを見つめて、淡々とした足取りで歩いていく。

「一旦止まって。問いに答えて」
「…………」

 返事がないことをおかしく思ったウェスタは、ついに、前を行くドリの片手首を掴む。
 ようやく振り返るドリ。

「問いには答えて」

 ウェスタに冷ややかに言われ、ドリは戸惑ったような顔をする。

「えっと……あの、なぜ怒っていらっしゃるのでしょうか……?」
「いいから、問いに答えて」
「は、はい。もちろんです。それで、問いとは……?」

 動作は小さく、言葉選びは丁寧。ドリはまだ、控えめな娘を演じ続けている。今のドリを見てブラックスターの手の者と気づく者は少ないだろう。

「村に向かっている?」
「いえ、今は……」

 言いながら、ドリは片手を背中側へ回す。そして、そこで小さく、指をぱちんと鳴らした。誰にも聞こえないくらいの微かな音。

「地獄へ」

 ——刹那、東の方向から矢が迫る。

 ウェスタの右腕、二の腕の辺りに、矢が掠る。

「……っ!」

 迫る矢の気配に素早く気づいたウェスタは、即座に移動した。だから刺さりはしなかった。だが、避けきることはできず、掠る程度の命中という結果になった。

「敵……?」
「直接的な恨みはありません」

 ウェスタが矢を受け動揺している隙に、ドリは右腕を横へ伸ばす。すると、その手のひらの辺りに、一本の槍が現れた。ドリはその槍を握り、構える。

「けれど、任務なので」
「……ブラックスターか」

 上体の位置を微かに下げ、戦闘体勢に入るウェスタ。

「そうです。我々は、裏切り者を許しません」
「いずれこうなるとは思っていた……」
「分かっていながら裏切るとは、良い度胸です」

 ドリは槍を手に仕掛ける。しかし、ウェスタの瞳はドリの動きをしっかりと捉えていて。そんな状態だから、ドリの攻撃が上手く決まることはなかった。

 だがそれでもドリは諦めず、攻めの姿勢を保っている。
 対するウェスタは、手足による物理攻撃と炎の術を使い分けて戦う。

「さすがにやりますね」

 ドリはウェスタの強さを認めているが、だからといって攻撃の手を緩めたりはしない。

「……去れ」
「それはできません」

 二人が交戦するその場所に、時折矢が飛んでくる。

 ラルクの援護だ。

 コントロールは完璧。一切隙のない矢で。
 だからこそ、敵味方が共にいる場所に向けてでも、躊躇することなく矢を放てるのだろう。

「ここで仕留めます」

 自身に言い聞かせるようにそう述べた瞬間、ドリの目の色は変わった。そこから、彼女の動き方は大きく変貌する。速く正確な攻撃を繰り出すようになった。

「くっ……」

 ウェスタは顔をしかめる。

 これまでは完全に互角の戦いだったが、ドリが真の力を発揮し始めたことによって、戦いは「ドリに有利」に動き始めた。

 それに気づかないウェスタではない。
 だからこそ、ウェスタはまともに戦うことを放棄した——つまり、逃げる方向に変えたのである。

「逃がしません!」

 けれど、今は、逃げることさえ厳しいような状況で。

「はぁっ!」

 ドリが突き出した槍の先端が、ウェスタの脇腹に命中した。

「あっ……」

 脇腹を槍に抉られたウェスタは、掠れた声を漏らし、その場に倒れ込む。立ち上がることはできず、しかし、首から上だけを持ち上げてドリを懸命に睨む。

 そんなウェスタを蹴り倒し、仰向けに倒れ込んだ彼女の胸に向かって槍を下ろすドリ。

 ウェスタは力を絞り出し、槍を蹴り飛ばす。

 それで何とか命拾いした。
 しかし、立ち上がることができない。

「もう終わりです」
「く……」

 ドリに見下ろされているウェスタの顔に諦めの色が滲んだ、刹那。

「おりゃぁあぁあぁーっ!!」

 突如、大声が響く。

 そして数秒後。
 ドリは後方に飛ばされた。

 ウェスタを護るように立っていたのは、グラネイト。

「グラネイト……」

 何の前触れもなく現れたグラネイトを目にし、ウェスタは愕然としている。

「無理をするな! ウェスタ!」
「……すまない」
「分かればいい! 安心しろ、後はこのグラネイト様がぶちのめしてやる!」

 百合の柄の奇抜なシャツを着用したグラネイトは、戦う気に満ちた顔をしている。

「だからウェスタは、生きることだけを考えろ。いいな?」
「……分かった」
「間違っても死ぬなよ!? ウェスタが死んだら、グラネイト様も追って死ぬぞ!?」
「……重い」

Re: あなたの剣になりたい ( No.158 )
日時: 2019/11/23 17:24
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qToThS8B)

episode.155 なんだかんだで平行線

 戦う気満々でドリと対峙するグラネイト。その後ろにいるウェスタは、上半身だけを僅かに起こした体勢でグラネイトの背中を見つめている。

「このグラネイト様の仲間に手を出したこと、許さん!」

 勇ましく叫ぶグラネイト。
 対するドリは、再び槍を作り出し、その柄をぐっと握る。

「そこまで必死になられるとは……もしや、恋心でも抱いているのですか?」

 ニヤリと笑みを浮かべるドリに、グラネイトは返す。

「そうだ! 恋心しかない!」

 はっきりと述べるグラネイト。
 躊躇いは一切なかった。

「情けないですね。恋心に支配され祖国を裏切るとは」
「いやいや! ウェスタのために裏切ったわけではないぞ!」
「情けないですよ……言い訳するなど!」

 ドリは槍を手に飛びかかる。
 グラネイトは片手を前へ出し、彼女の槍を掴んだ。

「言い訳ではないぞ! ふはは! 言い訳ではなく、事実だ!!」

 槍ごとドリを引き寄せ、その脇腹に回し蹴りを命中させる。
 ゴキ、と痛々しい低音が響いた。

「そしてこれは……ウェスタの分の仕返しだ! ふはは!」

 脇腹に回し蹴りを叩き込まれたドリは、状況を飲み込めていない様子で、きょとんとしている。そんな状態のまま、彼女の体は宙を飛び、木の幹に激突した。
 目の前に立つ者が女性であれば、それによって躊躇ってしまう男性もいるかもしれない。けれど、グラネイトにはそのような躊躇いは一切なくて。躊躇うどころか、本気で倒しにかかっている。

「そして!」

 幹に体を打ち付けられたドリは、悔しげに歯軋りをしながら立ち上がろうとする。だが、すぐに体を縦にすることはできない。

 その隙に、グラネイトは術を発動。
 小さな球体を出現させた。

 そして、それらを一斉に、ドリに向かって投げつける。

「しまっ……」

 ドリの焦りに満ちた声は、途中で爆発音に掻き消された。
 ぼん、ぼん、と、丸みのある爆発音が何度も響き、辺りは煙に覆われる。

「ふはははは! グラネイト様、最強の一手!」

 刹那、反対方向から矢が迫ってきた。

 ——が、グラネイトは気づいていたようで。

「隠れて仕掛け、気づかれているとは、かっこ悪いにもほどがあるぞ!」

 グラネイトは挑発的な言葉を発しながら、片腕であっさり矢を払い落とす。

「来るなら直接来い!」

 だが、誰も出てこない。
 出てくる気はないようだ。

「ふはは! さすがにここで出てくる勇気はないようだな!」

 グラネイトは改めて、ドリの方へと視線を向ける。

 その直後、煙の中から、槍を持ったドリが抜け出てきた。

 ドリは先ほどの爆発で少しばかり傷を負ったようだ。衣服はところどころ焼けたようになっていて、穴が空いている箇所まである。また、そこから覗く肌も汚れていて。酷いところだと、軽く血が滲んでいるところまであったりする。

 それでも、彼女は諦めていない。
 止まりそうにない。

「ふはは! まだ動けるとは、見上げたものだ!」
「あたしは止まりません……!」

 戦闘体勢を取るグラネイトと、勇ましく攻めにかかるドリ。向かい合う二人の姿を、ウェスタは不安げに見つめている。
 振り回し、突き出し、薙ぎ払い——ドリは槍を豪快に操り、攻めの姿勢を崩さない。

「ふはは! 百二十点のやる気だなっ!!」
「やる気なんてどうでもいい。とにかく、負けるわけにはいかないんです……!」

 ドリの表情は真剣そのもの。しかしグラネイトの表情は真逆。彼は余裕の顔つきだ。そして、言葉の発し方も、冗談を言っているかのような軽い雰囲気である。

「家族の生活がかかってるんです……!」
「そうかそうか! 家族は大事だな!」

 言って、グラネイトはドリの槍の柄を掴む。
 彼女の手から槍を奪い取った。

「……だがな」

 奪った槍を後方へ放り投げ、拳をドリに向かわせる。

「グラネイト様も、将来の家族のために必死なのだ」

 ドリは咄嗟に身を捩る。
 しかし間に合わない。

「ふはははは!」

 グラネイトの拳がドリの胸元に突き刺さった。

 それだけではない。
 パンチの命中と共に、爆発が起こる。

「そんっ……な……」

 術の威力も加わった打撃を受けたドリは、かなりの距離吹き飛ぶ。

 そして、やがて、地面に落ちた。

 その時既にドリは動かなくなっていた。立ち上がろうと試みることさえ、もうしない。抜け殻のように横たわるだけだ。

 ドリが戦闘不能となったことを確認したグラネイトは、急に大きな声を発する。

「グラネイト様、圧倒的勝利ィ!!」

 一言はっきり述べてから、くるりと振り返り、ウェスタの方へと駆けてゆく。

「生きてるか!?」

 駆け寄り、しゃがみ込み、ウェスタの手を取るグラネイト。

「……見て分からないの」
「いや、分かる! だが、死にかけの生きてるかもしれないから、一応聞いただけだ!」
「……そう」
「もう大丈夫だぞ! ふはは!」
「……うるさい」

 ウェスタは不満げな顔。
 しかしグラネイトはちっとも気にしていない。

「すまん! だが好きなのだ!」
「そういうのは要らない」
「ばっさりィ!? ……い、いや。それでも心は変わらない……」

 若干心を折られながらも、グラネイトはウェスタの体を抱き上げる。唐突に持ち上げられたウェスタは驚き戸惑った顔をするけれど、その程度のことに反応するグラネイトではない。

「好きだ!」
「……いいから下ろして」
「ふはは! それは無理だ!」

 グラネイトはウェスタを抱いたまま、場所移動の術を使った。


 小屋の中へ戻るや否や、グラネイトはウェスタを横たわらせる。

「すぐ手当てするからな!」
「……要らない」

 ウェスタは強がり、自力で上半身を起こす——が、途中で崩れ落ちてしまう。

「くっ……う」
「待て待て! 無理をするな!」

 無理矢理上半身を起こそうとして、痛みに顔をしかめる羽目になったウェスタ。そんな彼女の背を、グラネイトは優しく擦る。

「動くんじゃない、ウェスタ」
「……このくらい」
「駄目だ! 動くな!」

 珍しく命令口調で発するグラネイト。
 ウェスタは動揺したように目を見開く。

「すべて一人で解決しようとすることはないぞ、ウェスタ。今はこのグラネイト様が傍にいる。だから……」

 グラネイトが言い終わるより早く、ウェスタは放つ。

「かっこつけるな、気持ち悪い」

 なんだかんだで平行線な二人だった。

Re: あなたの剣になりたい ( No.159 )
日時: 2019/11/23 17:29
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: qToThS8B)

episode.156 色気のない人生

 肥満気味の男性と交戦したあの日から、既に数日が経過している。
 あれから特に動きはない。
 私は個人的には、近いうちに彼と再び戦うこととなるかもしれないと考えていたのだが、案外そんなことはなかった。


 ——そんなある午前。

「そろそろ離して下さい」
「やーん、デスタンたら強気ー。かっこいいけどぅ、まだダーメッ」

 部屋を出てすぐのところで、何やら揉めているミセとデスタンを発見。

「もう一人で歩けますから」
「心配しなくても、アタシが世話してあげるわよぅ?」
「世話はそろそろ結構です」
「あらあら、照れてるの? デスタンったら、可愛いわぁ」

 白シャツに黒のシンプルなズボンという軽装のデスタンに、ミセがまとわりついている。

 ミセの積極さは安定だ。

 だが、デスタンの顔だけは、以前と変わっていて。ミセの家に住ませてもらっていた頃はいつも笑顔で対応していたデスタンだが、今は、渋い物を食べたかのような顔で接している。

「いい加減にして下さい、ミセさん」
「アタシ知ってるわ! 照れ隠しよねぇ!」
「……勘弁して下さい」

 私は一旦自室内へ引き返し、扉の細い隙間から二人の様子を窺う。
 うんざり顔のデスタンを観察していると、段々面白くなってきた。もちろん気の毒さもあるけれど、眺めている分には興味深い。

「世話になっておいてこのようなことを言うのも問題かもしれませんが……私も一人になりたい時はあります」

 デスタンはミセを振り切り、歩き出す——が、突然バランスを崩した!

 ミセが素早く支えに入る。
 おかげでデスタンは転ばずに済んだ。

「やっぱりまだ駄目ねぇー」
「……フォローには感謝します」
「あーら、ありがとうって言ってくれないのぉ?」
「……ありがとうございます」

 途端に、ミセはデスタンを抱き締める。

「やーん! 素敵!」

 ミセは妙なハイテンション。酒でも飲んだのか、と一瞬思ってしまったくらい、活発だ。声は大きい、動きは素早い。しかも元気そうだし、とにかく楽しそうだ。

 デスタンはついていけていないようだが、ミセはそんなこと欠片も気にしていない様子。
 ある意味良い組み合わせなのでは? と、少し思ったりした。

「やっぱりデスタンは、たまーに素直なところが素敵ね!」

 デスタンの右腕を両手で掴み、顔を近づけながら述べるミセ。その瞳は、普段より瞳孔が大きく見える。

「……少し運動してきます」
「運動!? 危ないわよぅー?」
「体力を回復させていきたいので」
「ならアタシも一緒に行くわぁー」

 私の部屋とは逆の方向に歩き出すデスタン。それを追い、ミセも足を動かし始めた。二人の陰は徐々に私の部屋から遠ざかってゆく。

 ついつい盗み見をしてしまったが、幸い、気づかれはしなかったようだ——そんな風に、密かに安堵している私がいた。


 デスタンとミセ、二人が離れていったことを確認してから、私は再び部屋を出る。
 そして、廊下を歩き出す。
 当てもなく機械的に足を動かしながら、私はぼんやりと考える。私にもいつかあんな日が来るのだろうか、と。

 思い返せば私は、わりと色気のない人生を送ってきた。

 村に年頃の異性がいなかったというのも一因かもしれないが、私自身、異性への興味や執着はあまりなくて。

 異性との接触は、リゴールと出会ってから急激に増加した。リゴール自体が男性だし、デスタンも男性だったから。

 けれど、男女ならではの関係性というようなものは経験せずだ。

 デスタンは他人の心を端から追って回るような性格で、基本的にまともな会話が成り立たない。
 一方、リゴールは、親と一緒に眠るような感覚で異性とも眠れるほどの純粋さ。心が穢れていないと言えば聞こえは良いが、世間知らずにも程がある。

 私が接する異性は、なぜか、変わり者ばかり。

 そんなことを考えていた時だ。

「あ! エアリ!」

 真正面から歩いてきたリゴールに声をかけられた。

「リゴール」
「おはようございます。体調はいかがですか?」
「……何その質問」
「定番の挨拶をしたつもりでしたが……おかしかったでしょうか?」

 リゴールは何やら小さな箱を持っている。

「ふふ。そうね。確かに、挨拶にはそういうフレーズをつけるわね」
「分かっていただけましたか!」

 リゴールの瞳が輝きに満ちる。

「えぇ。でも、改めて聞かれると何だかおかしな感じがするわね」
「そうでしたか……それは失礼しました」
「いいの。気にしないで」

 小さなことを指摘し責めているみたいで罪悪感があるため、話題を変えることにした。

「それよりリゴール。その箱は何?」

 片手で握るのにちょうどいいくらいのサイズ、紙製の箱。赤と黒のチェック柄がプリントされているが、模様はそれだけ。他には何も描かれていない。

「これですか?」
「えぇ」
「これはですね……実は! バッサさんからいただいたのです!」

 リゴールは明るい表情で答えてくれた。
 良かった、聞いて大丈夫なことだったようだ。

「カードゲームなるものだそうで、時間潰しにと、わたくしに下さったのです」
「へぇ。面白そうね」
「あ! では、せっかくですし、一緒に使ってみますか?」

 名案が生まれた時のような嬉しそうな顔をしているリゴールを目にしたら、こちらまで何だか嬉しくなってくる。

「やり方は分かっているの?」
「中に説明書が入っているそうですが……」

 それを聞いて安心した。
 何のカードゲームなのかは知らないが、説明書があるなら問題ないはず。

「なら良いわね! で、どこで遊ぶ?」
「そうですね……食堂はいかがでしょうか? 今ならエアリのお母様はいらっしゃらないので、気兼ねなく遊べます」

 一応エトーリアの目を気にしているところが微妙に笑える。

「それがいいわね」
「では、早速食堂へ参りましょう!」

 張り切って進み始めるリゴールの背中は、ただの少年の背中と大して変わらない。男と呼ぶには華奢で小さな背中である。
 こうしていると、リゴールは、特別な運命を背負った人物には見えない。

「……エアリ? どうかしましたか?」
「いいえ。何でもないわ」
「そうでしたか、なら良かったです」

Re: あなたの剣になりたい ( No.160 )
日時: 2019/11/30 03:12
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: iXLvOGMO)

episode.157 カードゲーム

 食堂へ到着。
 人の気配はあまりない。

 私たちは席につき、早速、リゴールがバッサから貰ったカードゲームで遊び始める。

 一、二、三、と数字が描かれたカードを使う。

 両者共に手札から一枚を出し、そこに描かれた数字の大きさを競い合うゲーム。
 裏向きにしたカードを並べ、その数字を当てるゲーム。

 ほんのり頭を使う内容が多いが、難しすぎるということはなく、ほどよい難易度。だから、さほど賢くない私でも十分楽しむことができる。

「ふぅ。意外と面白いですね」
「そうね」
「難しさがあるところがまた、何とも言えない刺激で、好きです……!」

 リゴールはご機嫌だ。
 表情は明るく、声は弾んでいて、とにかく楽しげ。

「もう一度やりましょう!」
「えぇ。今度は負けないわ」

 カードゲームは楽しく、日頃の憂鬱をすべて忘れさせてくれる。まるで雨雲を払う風のよう。たとえ束の間だとしても、暗い部分を忘れられる時間があるというのはありがたいことだ。

 分かっている、逃げていてはいけないと。
 理解している、目を逸らしてはならないと。

 それでも今は自由でありたい。目の前の対戦のことだけに意識を向けて、遊びのために思考して。

 たまにはそんな日があっても、罰は当たらないだろう。


 楽しさの中にいたら、あっという間に時間が経った。

「あぁ、疲れたー」
「え!? エアリは疲れてしまったのですか!? すみません!」
「……あ。そうじゃないのよ、リゴール。そういう『疲れた』ではないの」

 午前中だと思っていたのに、もう昼前。
 もうすぐ昼食の準備が始まる時間だ。
 一人で過ごしている時は一分一秒が長いのに、リゴールと遊んでいたら一瞬にして数時間が経過している。時の流れが常に一定だとは、私には思えない。

 そんなことを密かに考えていると、背後から声が飛んでくる。

「あーら! エアリとリゴールくんじゃない!」

 声に反応し、振り返る。
 そこに立っていたのは、デスタンとミセ。

 ……となると、先ほどの声の主はミセだろう。

「あ、ミセさん。こんにちは」

 ミセは面に華やかな花を咲かせている。しかも、大きく掲げた片手を振りながらの挨拶。とても機嫌が良さそうだ。

「エアリ、何だか楽しそうね! リゴールくんといい感じ?」
「少し遊んでいました」
「遊んで! それは良いわねぇ」

 ミセは明るい声を発しながら、私の隣の席に遠慮なく座ってくる。彼女に腕を絡められているデスタンは、少し不快そうな顔をしながらも、ミセの横に座っていた。

「ミセさんとデスタンさんはなぜここに? 昼食ですか?」

 無言というのも不自然かもしれないから、話を振ってみておく。

「アタシは付き添い! デスタンがご飯よ!」
「あ、そうなんですね」
「デスタンの世話をしなくちゃならないから、アタシも一緒に来たのよぅ」

 さりげなくデスタンとの距離の近さをアピールしてくる。

 ……主張しなくても、私はデスタンを奪ったりしないのに。


 リゴールとデスタンとミセ、四人がいる食堂で、私は昼食を食べる。

 今日のメニューは、白いパンにバター、カブのサラダ、酸味が利いたトマト風味のスープ。
 サラダにたくさん入っているカブのサクサクという食感は楽しく、かかっている垂れの胡椒みたいな香りも刺激的で好みに合う。

「デスタン! あーん!」

 ミセは、カブを刺したフォークをデスタンの口の前まで持ち上げ、恥ずかしげもなくそんなことを言った。

「……そろそろ自力で食べさせて下さい」
「そうねぇ、もう回復してきてるものねぇ。はい! デスタン、あーん!」
「……人前で食べさせられるのは恥ずかしいのですが」
「そうねぇ、もう大人だものねぇ。はい! デスタン、あーん!」

 デスタンが拒否しても、同じようなやり取りが繰り返されるだけ。今のミセには、食べさせることを止める気など微塵もないようだ。

「……私の話、聞いていますか?」

 平和。とにかく平和。

 もちろん悪いことではない。
 危機の荒波に揉まれ続けているよりずっと楽だし、精神的にも身体的にも安全なのだから。

「え? デスタンったら、どうしたのぉ?」
「もう自力で食べられます。食べさせていただかなくて結構です」
「それは良いことねぇ。はい! デスタン、あーん!」
「……勘弁して下さいよ」


 ——そんな時だった。

「きゃああああ!」

 突然響いた、鼓膜を破るような悲鳴。
 リゴールが真っ先に反応する。

「……何事でしょう」

 悲鳴は食堂内からではなかった。方向的に、恐らく、玄関の方からだと思う。あくまで私が個人的に考えたことに過ぎないけれど、でも、大きく間違ってはいないはず。

「少し見て参ります」
「待って! 私も行く!」

 椅子から立ち上がり歩き出すリゴールの背を追う。

「大丈夫ですよ、エアリ。わたくし、今は戦える状態ですから」
「でも一人は危険よ!」
「エアリを危険な目に晒すよりかはましです。ですから——」

 リゴールが言い終わるより早く、食堂に人が駆け込んできた。ちなみに、女性で、バッサと似たような服装をした人だ。
 全力疾走してきた彼女は、食堂に入るや否や転倒する。

「あの、どうなさったのです……?」
「た、た、助けて下さい!」

 リゴールが遠慮がちに声をかけると、女性は涙目で助けを求める。

「何かあったのですか?」
「そ、それが、訪問者の方が急に襲いかかってき……ひぃっ」

 女性が顔を引きつらせた瞬間、一人の男性が食堂へ入ってくるのが見えた。

 その人は——少し風変わりな人で。

 ミントカラーの髪に赤茶の瞳、シャツにハーフパンツというお坊ちゃんのような服装ながら、二股に別れた長い顎髭がおじさんらしさを醸し出す。

「ハロゥーン!」

 食堂へ入ってくるや否や、男性は、友人とふざける女子高生のようなテンションで挨拶してきた。しかも、ハイテンションなのは挨拶だけではない。両手を頭の上まで大きく掲げ、二本の腕を同時に左右に動かすという派手な動作も、常人とは思えない。

「あ、あの方が……その……ひ、ヒゲで……」

 リゴールに事情を説明する女性の声は震えていた。

「アラァ、チョーット反応ゥガ薄イワネェ」

 不気味な男性は不満げに漏らす。
 それから視線をリゴールらの方へ向け、叫ぶ。

「オシオキ!」

 ——瞬間、ミントカラーの長いヒゲが女性に迫る。

「あ、あれが……ひぃっ」

 リゴールは咄嗟に前に出る。怯える女性を庇うような位置につき、ミントカラーの長いヒゲによる打撃を肩に受けた。

「くっ……!」

 一瞬リゴールが負傷したらと心配になったが、彼は意外と平気そうにしていた。ヒゲの打撃力はさほど高くないのかもしれない。

「モウモウ! 庇ウナンテ、王子様カッコイイワネェ!」
「……玄関から来るのは、そろそろ止めてほしいのですが」
「睨ミカタモ素敵! カマーラ、惚ルェチャイソゥーヨ!」

Re: あなたの剣になりたい ( No.161 )
日時: 2019/11/30 03:13
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: iXLvOGMO)

episode.158 ミントカラーのヒゲとの激突

 突然現れたミントカラーの髪とヒゲが特徴的な男性は、カマーラと名乗っていた。

「ひ……ひぃ……」

 女性はカマーラを恐れているようで、リゴールに護られているにもかかわらず、まだ震え続けている。顔の筋肉は強張り、声は甲高くなり。まさに、恐怖に満ちた人間、といった感じである。

「大丈夫ですから、下がっていて下さい」
「は、はい……」

 そんな彼女を後ろへ下げて、リゴールは視線をカマーラへ戻す。

「一般人を脅すような真似、してはいけませんよ」
「王子様カッコイイワネェ。スグォーク気二入ッタワ」

 リゴールは真剣な眼差しを向けながら注意しているのだが、カマーラは注意を受けている者とはとても思えないような言動。

 どことなくずれている。
 話の流れが普通でない。

「好ミダクァラ、特別! マーラ、ッテ呼ンデイーワヨゥ!」

 しかも、そんな親しみを持っているようなことを言いながらも、顎髭を振るう。

 ミントカラーのヒゲは二股に分かれており、それぞれが別の動きをしている。それも、重力に支配された動きではない。カマーラ自身が意識して動かしている、というような動き方である。

 鞭のように動く顎髭による打撃を腕で防御し、その場で立ち上がるリゴール。

「この程度の打撃、わたくしでも防げます」

 リゴールは本を取り出し、開いて右手で持つ。
 そして、「参ります」の小さな声と共に、黄金の輝きが放たれる。

 だがカマーラは慌てなかった。

「魔法ヘノ対策ハ、十分ヨゥッ!!」

 鋭く叫び、手のひらを上に向けた両手を下から上へとゆっくり動かす。見えない何かを持ち上げているかのように。

 すると、地面から、壁のようなものが現れる。
 色は、やや緑みを帯びた透明。大きさは、前から見てカマーラの体がすべて隠れるくらい。

 その壁のようなものは、リゴールが放った黄金の光をものの数秒で吸収した。

「なっ……」

 リゴールの顔が僅かに強張る。

「驚イテルミタイネ! マ、無理モヌァイワァ! コレハ、コノカマーラの賢サノ証ダムォノ!」

 魔法を防ぎ、カマーラは勝ち誇った顔。
 誰よりも強いという自信がある、というくらいの顔をしている。

「……カァーラァーノォー」

 カマーラはウインク。
 そして、ヒゲでの攻撃。

「ハイハイハイッ!!」
「っ……!」

 蛇のように自由自在にうねるヒゲをかわすのは難しいらしく、リゴールは回避を試みていない。とにかく防御に徹している。腕を使い、時には本を使い、急所への命中を確実に防ぐ。そのスタイルは美しく見事なものではあるが、いつまでも続けられるとはとても思えない。

 こういう時こそ、力にならなくては。

 そう思い、ペンダントを掴んだ瞬間——目の前を何かが通過していった。

「アブゥッ!?」

 突如情けない声を発するカマーラ。

 何が起きたのだろう? と思い、彼の方をじっと見ているうちに、原因は何なのか判明した。
 フォークだったのだ、カマーラが変な声を発した原因は。

「駄目じゃない。可愛い男の子を虐めるなんて」

 いきなり口を挟んできたのは、ミセ。
 どうやら、彼女がフォークを投げ、それがカマーラに命中したということらしい。

「フォ、フォ、フゥオオクゥゥゥーッ!?」
「意地悪するのは駄目よ」

 ミセは堂々と言い放つ。
 そこに躊躇いは一切ない。

 暴力に訴えてきそうな相手にであっても、恐れることなく、自分の意見を述べることができる。それはとても凄いことだと、私は思う。もし私が彼女の立ち位置であったなら、今の彼女と同じような振る舞いはできなかっただろう。

「フ、フ、フザケテルンジャ、ヌァイワヨーッ!」

 カマーラはヒゲ攻撃の矛先をミセに移そうとする——が、その背中にリゴールが体当たり。
 予期せぬ体当たりに、カマーラは転倒する。

「ヘブッ!?」

 転んだ拍子に床で顔面を打ったカマーラは、赤いものがぽたぽたと垂れてくる鼻周りを片手で押さえながらも、勢いよく片足を振り上げる。

「くっ……は!」

 カマーラの蹴りが、リゴールの鳩尾に叩き込まれる。

「リゴール! 逃げて!」
「へ、平気です……」
「とても平気そうには見えないわよ!?」

 鳩尾に全力の蹴りを加えられたのに、平気なわけがない。
 それに、実際、リゴールは顔をしかめていたではないか。それなのに平気だなんて、もっとあり得ない。

「意外ト凶暴ナノネェ……!?」
「たまにはエアリに男らしいところを見せたいのです!」
「コッ……個人的な事情ゥ!?」

 どこから突っ込めばいいのか分からないが、色々なところがおかしい。

「スィカモ女ノタメトカ、腹立ツワァ!」

 カマーラは二股のヒゲでリゴールの腕をそれぞれ拘束。そして、腕の自由がなくなったリゴールを、二メートルくらいの辺りまで持ち上げる。

「覚悟ナスァーイ!」

 ……床に叩きつける気?

 嬉しそうな、勝ち誇ったようなカマーラの顔を見た瞬間、私はふとそう思った。

 二メートルの高さから床に叩きつけられたら、それは危険だ。死にはしないだろうが、打ち所によっては重傷になりかねない。

「リゴール!」

 胸元のペンダントを掴み、剣へ変化させ——ヒゲを断つ。

「ヌゥアニィーッ!?」

 カマーラはそれまでとは違う妙に低い声で叫んだ。
 垂直に落下してきたリゴールを支え、すぐに床に立たせる。

「大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます」

 リゴールは申し訳なさそうな顔をしながら礼を述べてくる。

「ごめんなさい。もっと早く援護すべきだったわね」
「いえ。わたくしが勝手に戦っていただけですので、気になさらないで下さい」

 控えめに微笑みかけてくれるリゴールは優しげで、見つめているだけで心が温かくなってくる。でも、まだ戦闘は終わっていない。ほっこりしている暇はないのだ。

 だから、改めてカマーラに視線を向ける。

 カマーラはヒゲを斬られたことにかなり動揺しているようだった。一人顎を触っては、「アタチノ可愛イヒゲチャンガァ」とか「ショートニナッチャッタワァ、酷ォイ」とか、独り言を漏らしている。

 動揺している時なら、まともに戦えはしないだろう。
 そう考え、私は前へ踏み出すことに決めた。

 両手で柄を握り——振る!

「イヤァン! 卑怯ジャナァーイ!」

 顎に集中しているように見えたのだが、カマーラは、斬撃にきちんと反応してきた。腕で体へのダメージを防いだのだ。

 ただ、シャツの袖は斬れている。剣での攻撃はあの壁に吸収されないみたいだ。

 そういうことなら、戦える。

「痛イジャナァーイ! アタチ、アンタハ嫌イヨォ!」
「……私も、リゴールを傷つける人は嫌いよ」

 嫌いで結構。
 好きと言われているより、戦いやすい。
 女性を脅し、リゴールを傷つける。そんな者はさっさと追い払ってしまいたい。カマーラはここには必要のない者だ。

「ナッ、生意気ナ女ァー!」

 真っ直ぐ迫ってくるカマーラに。

「……何とでも言えばいいわ」

 剣にて、一撃、加える。
 自ら突っ込んでくる相手を斬るのは、難しいことではなかった。相手の動きに工夫がなかったから、特に。


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