コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.187 )
- 日時: 2020/01/11 17:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: n3KkzCZy)
episode.184 緊迫の静寂
「ブラックスター王!?」
偵察に行っていたグラネイトからの言葉を受け、私は思わず叫んでしまった。夜中に大きな声を出すのは問題だと分かってはいるのだけれど、驚きの声を発することをせずにはいられなかったのだ。
「そんな。王様がこの屋敷に来るなんて……でもどうして」
「知らん! ただ、これは結構まずいぞ!」
言われなくても分かっている。こんな夜中にブラックスター王本人がやって来たのだから、どう考えてもまずい状況だ。もし今の状況をまずいと思わない者がいたとしたら、それは楽観的過ぎる人。否定はしないが、その人が変わっている、と捉える方が正しいだろう。
「……王は一人?」
尋ねたのはウェスタ。
彼女はまだ冷静さを保っている。
「護衛が一人ついているようだったぞ」
「では二人?」
「ふはは! そうなるな!」
室内に重苦しい空気が立ち込める。大雨が降る一時間前くらいに見られる厚い雨雲のような重々しい空気が、部屋中を満たしている。
ベッドに腰掛けているリゴールは不安に瞳を震わせ、そんな彼に寄り添うデスタンは固い表情。ウェスタは冷静さを失っていないが、緊迫した表情ではないと言えば嘘になるような顔。そして私は、多分、動揺丸出しの顔つきをしてしまっていると思う。
ブラックスター王がリゴールの命を狙っているのだから、いずれは王と顔を合わせることになるのだろう。戦わなくてはならない可能性だってある。
それは分かっていたこと。
なのに、いざその時が来たら、怖くて仕方がない。
今から私たちに訪れる未来が怖くて、言葉を失ってしまう。何か言葉を発することで緊張をほぐそうと思っても、何も言えない。口が動かない。
そんな情けない状態になってしまっていた私に、ウェスタが声をかけてくる。
「エアリ・フィールド」
「え?」
「そんな顔をすることはない。ここには皆いる」
ウェスタの口調は冷ややかなものだ。しかし、その根っこの部分には、彼女なりの優しさがあるのだろう。励まそうとしてくれていることがよく伝わってくる。
「そうだぞ! 弱気になるな!」
さりげなくグラネイトまで話に入ってくる。
「ウェスタさんも、グラネイトさんも……ありがとう」
「王は恐らく無関係の者には手を出さない。だから、母親などに影響が及ぶことはない。ふはは! そこは安心だ!」
「そう……なら良いのだけれど」
励ましてもらっても、抱いた不安が消えるわけではない。風船を針で突くのとはわけが違うから。
でも、いつまでもくよくよしているわけにはいかない。
いつか必ずその時は来る。その時が来たら、覚悟を決めなければならない。もう引き返せないのだから、恐れることに意味などありはしないのだ。
「……ところで、ブラックスター王はどのようにしてここへ来るのでしょう?」
それまでベッドに腰掛けて不安げな面持ちでいたリゴールが、唐突に口を開いた。
リゴールが発した疑問は、確かに、と思えるものだった。
なんせ私たちはブラックスター王を知らなすぎる。
どのような手を使ってくるのか知らないどころか、移動の術を使うのかどうかなど戦闘以外の情報さえほとんど持っていない。
「我々が使うような移動の術を使っているところは見たことがない。……移動手段を隠している可能性はゼロではないが」
リゴールの問いに一番に言葉を返したのはウェスタだった。
「そうなのですか?」
ウェスタからの返答が意外だったのか、リゴールはきょとんとした顔をする。
「王が王の間から出ていくところは、ほとんど見たことがない」
「それは、移動能力が低いということなのでしょうか……?」
「絶対とは言えないが、その可能性はある」
「うぅ……何とも微妙な情報ですね……」
可能性はある。
絶対とは言えない。
そんな不確かな情報しか得ることができず、リゴールは渋い顔をする。
ウェスタは、ブラックスター王に仕えていたとはいえ、彼に一番近かったわけではないだろう。だから、彼に関する重要な情報を持っていないのは、ある意味仕方のないことと言える。
……ただ、少しは情報が欲しい。
人間、よく分からないものほど恐ろしいものはない。それはつまり、対象を少しでも知っていれば向かい合う時の恐怖も少しは減る、ということだ。
その時。
コンコン、と、乾いた音が耳に入ってきた。
少しは緩んでいた室内の空気が、一気に変わる。
部屋の中にいる誰もが緊張を隠せてはいなかった。
「……まさか」
掠れたような小さな声を漏らすのは、リゴール。
その少年のような面には、緊張のみならず、恐怖の色までもが滲んでいる。
無理もない、命を狙われているのだから。
「恐れることはありません、王子」
「し、しかし……」
デスタンはリゴールのすぐ隣に腰を下ろし、その細い手を音もなく握る。また、前髪に隠れていない右目から放たれる視線は、穏やかそのものだ。今のデスタンの目つきは、日頃の彼の目つきとはまったく違う。別人のようだ。
静寂の中、再びノック音が響く。
大きくはないノックだが、先ほどのノックよりかは少し強めだ。
もしかして、バッサとかなんじゃ——そう思い扉へ近づこうとした私の手首を、ウェスタが掴んだ。
「待って」
「ウェスタさん?」
「今は出ない方が良い」
首を左右に振りながら、彼女は私を制止してきた。
「でも、もしかしたら敵じゃないかもしれないわ……使用人とか母とかかもしれないし……」
私はそう言ってみるけれど、ウェスタは手を離してくれない。
「その証拠はない」
ウェスタは何げに結構な握力がある。そのため、手首を掴まれてしまうと、彼女が手の力を緩めない限り逃れることはできない。全力で振り払えば何とか逃れることはできるかもしれないが、そこまですることはないだろう。
「様子を見た方が良い」
「そう……」
「通り過ぎてくれれば幸運。無理に仕掛けてくるなら交戦。いずれにせよ、こちら側から動くべきではない」
ここまで言われたら仕方がない。私は「そうね」と返して、様子を見に扉の方へ向かうことを止めた。
「じゃあ、このまま様子見?」
「……そうすべき」
「分かった。従うわ」
素人判断で勝手に動いて周囲まで危険に晒すことになったら、目も当てられない。危険な目に遭い、周りにも迷惑をかけるなんて、とにかく最悪のパターンだ。
そこで、さらにノック。
前回よりも強い力で叩いているらしく、音も若干大きい。
「すみませーん!」
ノックの直後、声が聞こえてきた。
聞き慣れない声だが、平和的な雰囲気を持った声だ。
「ちょっと失礼したいんだべ! 入っていいべー?」
どこにでもいそうな声色。
素朴ながら友達になれそうな話し方。
さほど悪い人ではなさそうなのだが……。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.188 )
- 日時: 2020/01/15 20:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFblzpHM)
episode.185 首筋が粟立つ
「お邪魔してもいいべ?」
扉の向こうから聞こえてくるのは、純粋そうな男性の声。
声を聞く分には、いかにも悪人といった雰囲気ではない。だが、夜に他人の家に入ってきているというだけで犯罪に近い行為なので、善良な一般人と判断するわけにはいかないだろう。
「……どうする、グラネイト」
「声の主は多分王の護衛だぞ。出ない方が良い」
いつもは騒々しいグラネイトも、今は小さな声で喋っている。日頃は大きな声ばかり出す彼だが、声のボリュームの調整は少しくらいはできるようだ。
「もし今入っちゃ駄目なら、そう言ってほしいべ! そしたらちょっと待つべ!」
返事した方が良いのか否か、難しいところだ。
ここにいるのが私一人だったら、恐らく、とっくに返事していただろう。でも今は制止してくれる者が傍にいる。だから、すぐに返事してしまったりはしない。
「返事なしだべ? 誰もいないってことだべな? じゃあ——」
その直後。
ばぁんと刺々しい音が響き、一瞬にして扉が飛散した。
私は反射的に両腕を体の前に出す。防御するような体勢で。しかし、飛散した扉の破片は、私には命中しなかった。
おかげで無事。幸運だ。
だが、破片が命中しなかったからといってすべてが上手くいったというわけではない。
「ちょっくら失礼するべ!」
少量の埃が舞い上がる中、現れたのは一人の青年。
頭に布巾のようなものを巻いているところ以外、すべてが平凡な青年。少し気の弱そうな顔立ちをしている。
彼はキョロキョロと辺りを見回し、人の陰を目にするや否や、ハッと目を開く。
「……んあ?」
青年は凛々しい顔立ちではないから、少しばかり間抜けな印象がある。
が、だからこそ怪しさを感じてしまう。
「人がいるべか……?」
部屋に人間がいることには気づいたものの、誰がいるのかまではまだ分かっていないようだ。
そんな青年に向け、グラネイトは球体を放つ。
球体は驚くべき速さで飛んでゆき、青年の近くで一斉に爆発。恐るべき先制攻撃である。
——だが。
「あれ? 今、何か起こったべ……?」
爆発によって発生した煙が晴れた時、青年は無傷でその場に立っていた。
意外と落ち着いている。
大爆発とまではいかないが、それなりの爆発ではあった。いきなり爆発に巻き込まれれば、普通は、無傷であったとしても取り乱しそうなものだが。
「……効いていないだと!?」
見ていた私も驚いたが、グラネイト本人も愕然としていた。
その声を聞いてか、青年は急に視線をグラネイトに向ける。
「兄さん確か——裏切り者の中にいたべな」
最初目にした時は素朴な印象だったが、今は少し違った雰囲気をまとっている。上手く言葉で説明はできないが、どことなく冷たさや鋭さがある、といった感じだろうか。
「取り敢えず倒すべ」
青年は床を蹴る。
そして、一気にグラネイトの方へ接近する。
「何っ!?」
「ごめんべ」
青年が取り出したのは短剣。
彼はそれを、一切の躊躇いなく、グラネイトに向けて振る——だが、一筋の炎がそれを制止した。
そう、ウェスタが術を放って青年の攻撃を妨害したのだ。
「何だべ!?」
想定外の乱入に戸惑う青年。状況を飲み込もうとするあまり、決定的な隙が生まれる。
グラネイトはそこを見逃さなかった。
遠心力も加えつつ、長い脚で回し蹴りを放つ。
炎がやって来た方向に意識を向けていた青年は、すんでのところでグラネイトの蹴りに気づいた。が、それを避けられるほどの反応速度はなくて。結局、青年はグラネイトの回し蹴りをまともに食らうこととなった。
「だべっ!?」
右脇腹に蹴りを入れられた青年は、勢いよく飛んでいく。そして、かつて扉があったところの縁に激突。そのまま床に崩れ落ちる。
「ふはは! グラネイト様に勝てると思うなよ!」
「……一人だったらやられてたと思うけど」
「だな! ふはは! ウェスタの発言はいつも痛いところを突いてくるぞ!」
グラネイトは相変わらずのハイテンション。しかし、ここしばらくは小声で話していることが多かったので、この騒がしい声を聞くのは久々な気がする。何だか妙に懐かしい。
「うぅ……いきなり酷いべな……」
ホッとしたのも束の間、青年はもう起き上がってきてしまう。
グラネイトの回し蹴りの直撃を受けながら、数十秒ほどで立ち上がることができるとは、驚きのタフさだ。
「でも、やっぱり王様の言う通りだべ」
青年は短剣を握っていない方の手で右脇腹を擦っている。しかし、痛そうな顔をしているわけではない。痛いのか否か、よく分からない。
「裏切り者は危険な人たちだべ」
素朴な印象だった彼の口から出てくるのは、危険な空気の漂う言葉。
「罰を与えるべきだべ」
青年がそこまで言った、その時——。
「そうだな、ダベベ」
突如、地鳴りのような低い声が部屋に響いた。
それを聞いた瞬間、グラネイトとウェスタの表情が凍りつく。
確かに迫力のある低音だ。でも、聞いただけで血まで冷えきるほど恐ろしい声ではない。それに、言葉自体も、そこまで恐怖心を掻き立てるようなものではない。にもかかわらずグラネイトとウェスタが顔を強張らせたのは、多分、その声の主が絶対に会いたくなかった者だからなのだろう。
「ダベベ、お主は良い子だ。これからも我がブラックスターの忠実な家臣であれ」
「そ、それはもちろんだべ」
「良い」
ダベベと呼ばれている、最初は素朴な印象だった青年。その後ろから、一人の男が現れた。
黒い装束に身を包んだ、痩せ型の男。
地獄の底から這い上がってきたかのような禍々しい空気をまとっている。
「さて。裏切り者ども……久しいな」
男がこちらへ視線を向けた瞬間、首筋が粟立つのを感じた。
いや、厳密には、彼が視線を向けたのは私ではない。彼が見たのはグラネイトとウェスタだ。
にもかかわらず、私までぞっとした。
それほどに、男の目には憎しみが渦巻いていたのだ。
「では見せしめといこう」
男はそう言って、裾の広い袖に覆われた片腕を静かに持ち上げる。すると、彼の視線の先にいたグラネイトの首もとに、黒いリングが現れる。そのリングは数秒で、状況が掴めず戸惑っているグラネイトの首に、ぴったりと装着された。
「何だこれ……!?」
グラネイトは混乱している。
その間に、男はぱちんと指を鳴らした。
すると驚いたことに、黒いリングがグラネイトの首を絞め始めた。
「ちょっと! 何するの!?」
私は思わず叫んでしまう。
すると男に睨まれた。
「裏切り者を許してはならぬ。それを皆に知らしめるためにも、裏切った罪人には厳しい罰を与えるべし」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.189 )
- 日時: 2020/01/15 21:01
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFblzpHM)
episode.186 我が女となるならば
グラネイトに絞まる首輪を装着させた王は、ゆったりとした足取りでウェスタの方へ向かっていく。ウェスタは口を開きはしないが、警戒心剥き出しの顔で王を睨んでいる。
「お主は……我が女となるなら許してやらんこともないぞ」
王はウェスタに衣服が触れ合うほど近づき、片手を伸ばす。そしてその指先で、ウェスタの顎をそっと撫でる。
「ウェスタに触るな!」
グラネイトが叫ぶ。
王の手がウェスタに触れるのが耐えられなかったのだろう。
「男は黙れ」
大きな声を出したグラネイトを、王は恐ろしい目つきでを睨む。それはもう、血まで凍りつきそうな睨み方だった。
直後、グラネイトは漏らす。
「う……ぐっ、またか!?」
彼は首を気にしている。どうやら、王が睨んだのと同時に、首輪が再び絞まり始めたようだ。
「裏切りは罪。しかし、女として我に仕えることを誓うなら、水に流してやっても構わぬ」
王はウェスタの顎を舐めるようにゆっくり撫でてから、彼女の背に片腕を回す。そして、その身を一気に引き寄せる。
「どうだ?」
「断る」
ベタベタとウェスタに触れる王に腹が立っているのか、グラネイトは震えていた。こめかみには血管が浮かんでいる。
「我が女となることこそ、ブラックスターの民、皆の幸福……にもかかわらず、拒むというのか?」
最初素朴そうだった青年——ダベベは、様子を見ているだけ。王の少し後ろに控え、動かない。今のところ仕掛けてきそうな感じはない。
グラネイトはまだ怒りに震えている。
「……だが、一つ条件がある」
王に接近され、触れられているにもかかわらず、ウェスタは落ち着き払っていた。
もしかしたら、そう見せているだけかもしれないけれど。
「何だと?」
「ホワイトスターの王子は無害。それゆえ、見逃すというのはどうか」
「馬鹿なことを」
「彼を見逃してくれるなら……王の女になってもいい」
驚きの進言だ。
ただ、ブラックスター王がすんなり頷くとは思えないけれど。
「馬鹿め、それは無理だ」
やはりそうなった。予想通りの展開だ。王がウェスタの出した提案を飲むなんてことは、あり得ない。
グラネイトは、ウェスタに触れている王の手を凝視し、全身をガタガタと震わせている。
首輪が首を絞めてくるのは、今は止まっているようだ。そういう意味では、少し安心。でも、首輪がいつまた動き出すかは分からないから、油断はできない。
「では、グラネイトに首輪をつけない代わりに口づけというのはどうか」
「それは禁止ッ!!」
ずっと震えていたグラネイトが、ついに口を開いた。
「ウェスタの唇はグラネイト様のものだぞッ!!」
「馬鹿」
「んなっ!? ウェスタ! ここで『馬鹿』は酷くないか!?」
グラネイトはある意味平常運転と言えよう。
ウェスタは彼に構わず、王へ視線を戻す。
「どうだろう」
「なるほど……お主、なかなか面白い。気に入った」
——次の瞬間。
王はウェスタの体を抱き寄せ、唇をつけた。
それと同時にグラネイトの首輪が外れる。
しかしグラネイトは、首輪が外れたことなどちっとも気づいていない。
「おおぉぉぉぉいッ!!」
ウェスタの唇を奪われたことがよほどショックだったのか、グラネイトは床に伏せて大声をあげる。しかも大声をあげるだけではない。両の拳をドンドン床に叩きつけている。
やがて、口づけを終えた王は、ニヤリと笑いながらグラネイトを見下す。
「首を折るより心を折る方が愉快だな」
……悪質だ。
「そして」
直後、王は急にウェスタの腹を殴った。
「っ……!?」
防御する間もなく打撃を受けたウェスタは、唖然とした顔で数歩後退する。
「この一撃は、我が女になることを拒んだ罰だ」
「くっ……!」
「そして」
一秒も経たないうちに、黒い首輪がウェスタの首についた。
「これは裏切りの罰よ」
「そうくる、か」
「安心しろ。お主の面白さに免じて、そこの馬鹿男には首輪をつけないようにしてやる」
「……それで十分」
首輪に首を絞められそうになったウェスタに、グラネイトは駆け寄る。
「ウェスタ! 何をしている!」
グラネイトが大慌てで駆け寄って来ても、ウェスタは落ち着いた表情のままだ。首輪に狼狽えるどころか、炎を出現させて戦闘体勢に入っている。
「……グラネイトは護衛を抑えろ」
「だがウェスタ! 首が!」
「まだいける」
ウェスタは帯状の炎を出現させつつ、王に向かっていく。
彼女は仕掛ける気だ。
王は動かない。しかし、護衛役のダベベが立ち塞がる。
「させないべ!」
だが一対二ではない。王にダベベがいるように、ウェスタにはグラネイトがいる。
「邪魔をするな!!」
グラネイトの怒りは頂点に達している。そんな彼の蹴りは、言葉で表せない、尋常でない威力。ダベベの体は一瞬にして後方へ吹き飛んだ。
「正面から挑むか、馬鹿女」
刹那、首輪が急激に絞まり出す。
ウェスタの目が見開かれた。
「死ね」
「……あ」
ウェスタの動きが崩れた。
数秒でバランスを崩し、ぐらりとよろける。
そして——その腹部を、黒いものが貫いた。
「ウェスタ!!」
ダベベを蹴り飛ばしたところだったグラネイトは、ウェスタが腹を貫かれたところを見て、悲鳴のような叫びを放つ。
だが、ウェスタの方へは行かず、王の体に回し蹴りを叩き込んだ。
「ぬぅ!?」
想定外の方向からの攻撃に、王は膝を曲げる——そこへ、ウェスタの炎が迫る。
「ぐぁ!」
王はバランスを崩していたため避けきれなかった。
着ていた衣服に炎が移る。
「く……ここは一旦退く!」
「ま、待つべ……」
「ダベベは自分で退け!」
「わ、分かったべ……」
こうして、ブラックスター王とダベベは撤退したのだった。
静寂が訪れる。
敵は去ったが、ホッとはできない。
「ウェスタ! しっかりしろ!」
腹を貫かれていたウェスタに駆け寄ったグラネイトが、沈黙を破る。
「ウェスタ! 聞こえるか!?」
「……うる、さい」
「なぜあんな無茶をした!」
王が退いたからか、黒い首輪も腹を貫いていたものも消え去っている。でも、だから解決、とはいかない。首はともかく、腹部の傷からは血が流れ出ているから。
「……すまない」
「謝るな!」
グラネイトはウェスタにそう言ってから、顔を上げる。
「エアリ・フィールド!」
「私!?」
「医者だ! 医者を呼んでくれ!」
「え。時間がまだ……」
ウェスタの命のためにも、早く手当てしなくてはならない。それは分かっている。でも、まだ医者を呼べる時間ではない。
「取り敢えず、バッサを呼んでくるわ」
バッサも手当ては得意だ。医者ほど専門的な治療はできないだろうが、簡易的な手当てならできるだろう。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.190 )
- 日時: 2020/01/15 21:02
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFblzpHM)
episode.187 医者
「これは素人では無理です」
バッサを呼んできてウェスタの容態を確認してもらったが、即座にそう言われてしまった。
大概の傷なら、彼女は平気で手当てをしてくれる。これまでだって、ずっとそうだった。怪我したのが誰でも、負ったのがどのような傷でも、速やかに手当てを開始してくれた。
でも、今だけは違う。
今のバッサは引いたような顔をしている。
「お医者様を呼びましょう」
「今?」
「はい。早い方が良いので」
「そうね」
「夜間割増がつくのは痛いですが……仕方ありません」
そこへ、グラネイトが口を挟んでくる。
「金ならいくらでも出すぞ! ウェスタが助かるなら、グラネイト様は何だってする!」
バッサはそれに何か返すことはせず、話を進める。
「では、呼んできます」
そう言って、バッサは部屋から出ていった。
室内に漂うのは、暗く重苦しい空気。部屋にいる誰もが、明るい顔はしていない。
しばらくすると、それまで離れたところから様子を見ていたリゴールが、恐る恐る近づいてきた。
「大丈夫……なのでしょうか? デスタン」
「知りません。私に聞かれても困ります」
「なっ……! 彼女はデスタンの妹さんではないですか。もう少し心配すべきでは?」
「妹は妹ですが、傷を負ったのは彼女の行動が原因。私には関係ありません」
ウェスタが危険な状態であるにもかかわらず落ち着いているデスタンを見て、リゴールは瞳を震わせる。
「そんな冷ややかな……!」
「妹と娘では意味合いがまた違いますから」
「それは……そうかもしれませんが」
横たわったウェスタは、瞼を閉じたまま動かない。でも、少し触れてみたら、体が冷えてきているわけではないと分かった。脈はあるし、体温も保っているから、死にかけてはいない。
そんなウェスタの手を、グラネイトは懸命に握っている。
「すまん、ウェスタ。グラネイト様がもっとしっかりしていれば、こんなことには……」
ウェスタは返事しない。
でも、グラネイトは語りかけ続ける。
グラネイトの表情は、らしくなく暗い。日頃の自信満々さも、すっかり消え去ってしまっている。
「無理させたのはグラネイト様のせいだな……すまん。でも、生きてくれ……」
己を責め、落ち込んでいるグラネイト。今の彼を励ます言葉を私は見つけられなかった。何か言おうとしても、余計に彼を傷つけてしまう気がして、怖くて。それで、結局何も言えないままだ。
医者が来たのは、バッサが部屋を出てから一時間も経たないうちだった。
「やぁ、大丈夫かい? ……て、ぬぅぅ!?」
グラネイトの時に来てくれた六十代くらいの医者と同じ人。でも今日は服装が地味だ。白と黄色のストライプの上下を着ている。飛び起きてそのままやって来たかのような格好である。
「こりゃまた凄い。ここの家は一体何が起きているのかな……」
「いつもすみません」
ウェスタを見て困惑した顔の医者に、私は頭を下げておく。
「いやいや、べつにいいんだけどね……」
医者はウェスタの脇に座り、持ってきていた斜め掛けの鞄を床に置く。そして、遅れて部屋に入ってきたバッサに声をかける。
「ぬるいお湯の入った桶、それから清潔なタオルを数枚、いただけませんかな?」
「はい。持ってきます」
バッサはすぐに指示された物を取りに行く。
「何か手伝えることはありますか?」
鞄から必要な物を取り出す作業をしている医者に、私はさりげなく尋ねてみた。しかし医者は特に何も指示してくれない。微笑んで「大丈夫だよ」と言うだけだ。
結局私は何もできないのか。
残るのは、無力感だけ。
「それにしても……こんな怪我をするなんて、本当に、一体何が?」
止血し、首を始めとする腹部以外の傷の様子を確認しながら、医者は尋ねてきた。
「ちょっと不審者に襲われまして」
これはこれでおかしな答えだが、それ以外の説明は思いつかなくて。ブラックスターがどうとか、なんて本当のことを言うわけにはいかないし。
「不審者。……まったく。気をつけなくては駄目だよ」
「すみません」
「大怪我は治るとは限らないんだからね?」
そりゃそうだ。
こんなことを繰り返していたら、うっかり死にかねない。
そんなことを思っていたら、医者は突然デスタンに視線を移した。
「しかし……君は驚きの回復力だったね」
「私ですか」
「原因不明ながらあの状態から動けるところまで回復したんだから、凄いことだよ」
医者は笑っていたが、デスタンは笑いはしなかった。
その日、夜が明けるまで、医者は屋敷にいてくれていた。
リゴールはデスタンと共に一旦就寝。少しでも睡眠をとることができた方が良いからとの判断だった。
ウェスタの状態はもう落ち着いている。
医者はそう言っていた。
でも私は気になって眠れない。だから、グラネイトと一緒に、ウェスタの傍に待機しておくことにした。バッサが持ってきてくれた差し入れのお菓子を少し食べたりしながら、だ。
ウェスタの体の状態がどうなっているのかは、医学の知識を持たない私にはよく分からない。でも、そんな素人の私でも気づくくらい、グラネイトは疲れ果てた顔をしていた。
だから朝方、私は彼に言ってみることにした。
「グラネイトさん。一旦寝るというのはどう?」
だが彼は頷かなかった。
「ウェスタを放って勝手に寝ることはできない」
彼は彼らしからぬ暗い声色でそんなことを言う。
誰の目にも明らかなほど疲れ果てた顔をしているのに、意地を張って、絶対に眠ろうとしない。
大事な人が自分を庇って傷ついてしまった時、責任を感じるのは分からないでもない。私だって、リゴールが今のウェスタみたいになったら、己の無力を悔やむだろう。
でも、だからといって無理をしすぎるのは良くないと思うのだが。
グラネイトが自身を責めて無理をして、もし体調不良で倒れたりすれば、結果的に悲しむのはウェスタだろう。今度は彼女が責任を感じるということになりかねず、それは、負のループを生み出すことに繋がる可能性がある。
「でも、無理は良くないわ」
「……気遣いは不要」
「グラネイトさん、顔色が悪いわ。疲れているように見えるわ」
「頼む、黙っていてくれ」
勇気を出して、何度か声をかけてみる。
でも彼は一向に休もうとしない。
「貴方が倒れたら、ウェスタさんが悲しむわ。だから、少しは休んだ方が良いと思うの。ウェスタさんのことはお医者さんが見ていてくれるし」
私は幾度も声をかけてみた。
グラネイトが少しでも休む気になれるように。そのきっかけを作るために。
でもそれは無駄な努力。
結局、何の意味もなかった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.191 )
- 日時: 2020/01/15 21:03
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFblzpHM)
episode.190 酒の飲み過ぎは、内臓に負担が
ナイトメシア城、王の間。
王座には不機嫌なブラックスター王が鎮座しており、その横にはダベベがいる。
「王様、この前の火傷はもう大丈夫なんだべ?」
「あの程度、たいしたことではない」
王の手にはワイングラス。
そう、彼はもう一時間ほど酒を飲み続けているのである。
ちなみにダベベは、王のワイングラスに酒を注ぐ役をしている。
ずっと酒の瓶を持って立っていなければならないから、そこそこ腕が疲れる役割ではあるのだが、ダベベは役目を果たそうと努力している。
「でも王様……前はこんなに酒飲んでなかったのに、大丈夫なんだべ? 飲み過ぎてないべ?」
ダベベが気遣いの言葉をかけると、王は鋭く返す。
「飲み過ぎてなどいない!」
王の荒々しさに少し戸惑いながらも、ダベベは控えめに「な、ならいいんだべ……」と返していた。
「しかし、あやつら……いつの間にあのような関係になったのか……」
赤紫の酒を口腔内に注ぎつつ、王はぶつぶつ愚痴を漏らす。
「どいつもこいつも……男女関係ばかりに夢中になりおって……」
王ならではの愚痴ではない。一般人でも漏らしそうな愚痴だ。それを聞いたダベベは、内心呆れていた。王があまりに一般人のようだから。
「注げ!」
「は、はいっ」
ワイングラスが空になるとダベベが酒を注ぐ。そして、王はそれを飲みながら、愚痴を思う存分漏らす。
もうずっと、それの繰り返しだ。
そんな状態の王をダベベは心配している。が、あまり踏み込んだことを言うわけにはいかず。
結果、王は酒を飲み続けている。
酒の匂いだけが漂う王の間には、王とダベベ以外の人間は誰もいない。なぜなら、今は入室禁止の令が出されているから。扉の外には見張りがいるだろうが、王の間内へ入ることは誰もできない状態なのだ。
そういう状況下でも王の間に入ることができるダベベは、ある意味、特別扱いされていると言える。
「ところで王様、これからどうするべ?」
「それはどういう意味だ? ダベベ」
「王子や裏切り者たちをどうするのか、予定を聞かせてほしいんだべ」
王の護衛役になってすぐの頃のダベベは、いつも緊張してばかりで、王と上手く話せないでいた。ことあるごとに恐怖感を覚えていたのだ。だが、さすがに、ダベベももう慣れた。それどころか、今では王と二人でいることが当たり前になりつつある。
「面倒臭い……面倒臭いとしか言い様がない……」
酒を飲み過ぎてすっかり酔っぱらっている王は、そんなことを返す。
「な、なら、追うのはもう止めたらどうだべ?」
「何を言っている……今さらできるわけがない」
「あんなこと、止めた方が、きっと皆幸せになれるべ」
ダベベが小さな声で言った瞬間、王はワイングラスを王座の肘掛けに置いてダベベの襟を掴んだ。
「んなっ!?」
「余計なことを言うな、ダベベ」
王は冷ややかな声で脅すように述べ、ダベベの襟を離す。
本当に暴力的なことをする気はなかったようだ。
「ご、ごめんなさいべ……でも、でも、悪いことを言ったつもりはなかったべ……」
いきなり脅されたダベベは弱々しく漏らしていた。
その顔には、少しばかり恐怖の色が滲んでいる。
「もういい。酒を注げ」
「ま、まだ飲むべ……?」
「いいから黙って注がんか!」
「は、はい……」
注いでも注いでもすぐに飲み終え、また次をグラスに注ぐよう命令してくる。王は酒を飲むことを止めない。そんな王を、ダベベは心配している様子だ。ダベベは、酒の飲み過ぎで王の内臓が悪くならないか、案じているのである。
「……で、次の作戦だが」
ワイングラスの中で波打つ赤紫の液体を口に含みながら、王は口を開く。
「思いついたべ!?」
「もう一度行くぞ、真正面から」
「ま、真正面から!?」
「そうだ。直接攻めにかかる」
その言葉を聞いたダベベは、感心したように発する。
「い、勇ましいべ……!」
ダベベは、憧れの勇者が敵に挑んでゆくところを目にした村人のような顔をしている。
「ところでダベベ。倒された中に確か——生物召喚の術を得意としていた者がいなかったか」
王にいきなりそんなことを問われ、ダベベは一瞬困惑したような顔をした。だが、すぐに記憶を探り、そして思い出す。生物を召喚することができた男性——シャッフェンのことを。
「あ! いたべ! あのちょっと肥えた人!」
「今回は、やつのような術を使える者を連れて攻めていきたいのだ」
「そ、それはつまり、どういうことだべ?」
シャッフェンのことを思い出すことはできた。しかし、王の発言から自身がすべきことを導き出すのは、ダベベには難しかった。
「生物を召喚できる者を呼べ」
「で、でも……そんな人、いるべ?」
「探せということだ!!」
「ヒィ! ……しょ、承知したべ。取り敢えず、彼の関係者を当たってみるべ」
◆
ある夜、彼はいきなりやって来た。
「やぁ、久々だねー」
日も沈んだ時間帯に人が訪ねてきたと使用人から聞き、また敵かと焦って玄関まで様子を見に行ったら、トランだった。
「ど、どうしたの? いきなり。しかもこんな時間に」
トランは以前と同じ服を着ている。髪型も特に変わっていない。ただ、荷物だけが違っていた。というのも、以前は持っていなかった大きな鞄を斜め掛けしているのである。
「色々作ってみたからさー、もし良かったら買わない?」
「え。ちょ、ちょっと待って。話がよく分からないわ」
何がどうなっているの。
「取り敢えず、家の中に入れてもらってもいいかなぁ。発明品の紹介をしたいからー」
まるで押し売りである。これで相手がトランでなかったなら、修理したばかりの扉をすぐに閉めたことだろう。
「入るのは良いけど……買うかは分からないわよ?」
「いいよー。絶対欲しくしてみせるからー」
「じゃあどうぞ。この辺でいい?」
「うんうん、それでいいよー。ありがとー」
トランは明るく振る舞っているが、心が読めない。
だから、私の中の彼を怪しむ気持ちは、まだ完全には消えていない。
「王様に襲われて困ってるんじゃないかなーって思ってさ。それで、色々役立ちそうなものを作ってみたんだー」
堂々と家の中へ入ると、トランはその場にしゃがみ込んで、斜め掛け鞄の口を開ける。そしてそこから物を取り出す。
「まずこれ! 便利な銃!」
最初に出てきたのは、黒い小型の銃だった。
「それって……ブラックスターの人が使っていたやつじゃないの?」
包帯のような衣装を身にまとっていた少女が使っていたものによく似ている。
「うん、そうだよー」
「じゃあどうして持っているの!?」
「そのブラックスターの人がボクに襲いかかってきてさー。もちろん倒したけど、これだけ使えそうだったから拾って、改造して、他の人でも使えるように仕上げてみたんだー」
トランは歌うような口調で説明してくれる。
でも、その内容はさりげなく怖い。
「だから今なら誰でも使えるよー」
「そ、そう。それは便利ね」
「わーい。褒められたー。じゃあ買ってくれるー?」
「……購入は少し考えさせて」
「えー。けち臭いなぁ」
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