コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.17 )
- 日時: 2019/07/05 18:24
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6..SoyUU)
episode.16 戦闘
グラネイトの体がいきなり妙な方向へ飛んだ——そのことに驚き、私は床にへたり込んでしまった。
そんな私の目の前に立っていたのは、デスタン。
「な、何が……」
驚きと戸惑いに満ちた心のまま、半ば無意識に漏らしていた。
それに反応してか否かは分からないが、デスタンは振り向き、私の方へと視線を向ける。鋭さのある黄色い瞳が、私を捉えた。
「助けて……くれたの?」
「いえ、違います」
デスタンは、きっぱりと否定してから、剣を放り投げてきた。リゴールのペンダントが変化した、あの剣を。
「え……」
剣は椅子に立て掛けておいたはず。それを彼が渡してきたということは、彼は、先ほどのいざこざの間にそれを手に取っていたということなのだろうが……だとしたら凄まじい早業だ。
「使って下さい」
「え、あの」
「話によれば、貴女はそれを使えるのでしょう?」
デスタンは口調こそ丁寧だが、目つきは悪い。物凄く睨まれている、と感じてしまうような目つきで、私を見ている。
「ただ女に興味はありませんが、その剣を抜けた貴女には少しばかり興味があります」
「……私、素人よ」
「だとしても。その剣が貴女を選んだ、それは真実でしょう」
デスタンが放つ声は冷たい。けれど、私に敵意を向けているような冷たさではない。多分、これが彼の普通なのだろう。
その頃になって、壁に激突しベッドの上に倒れていたグラネイトが、むくりと起き上がってきた。
「このグラネイト様に何をする! 危ないだろう!」
グラネイトは起き上がるなり叫んだ。
「怒ったぞ!」
そう続け、指をパチンと鳴らす。すると、これまでにも何回か見かけた小柄な敵が、ぞろぞろと、ガラスの割れた窓から入ってきた。
「ゆけ、したーっぱ!」
グラネイトが叫ぶと、その叫びを合図にしたように、敵が一斉に襲いかかってくる。
「また出た!」
私は思わず叫んでしまう。
そのせいか否かは分からないが、デスタンに睨まれた。
「戦って下さい」
「む、無理よ! こんな暗闇で戦うなんて!」
「王子のためです」
デスタンはそんな風に言いながら、敵の第一波を次から次へと蹴り飛ばした。
素晴らしい身のこなしだと思いはするが、彼が物理攻撃をするというのは少しばかり意外だ。個人的には、彼は魔法を得意としているようなイメージだった。
「貴方は魔法は使わないの?」
そう問うと、彼は冷たい視線を向けてくる。
「そんなことはどうでもいいので、貴女も戦って下さい」
「リゴールは魔法を使っていたわ。凄い威力だった。貴方もあれを使えば、もっと効率的に敵を倒せるはずよ」
わざわざ素手でぷちぷち倒さずとも、魔法が使えるならそれを使った方が遥かに早い。湖の畔で襲われた時にリゴールがやったように——いや、あれは少しやりすぎかもしれないけれど。いずれにせよ、一撃で数体ずつ倒せる方が、スマートに戦えるはずだ。
「助言を求めてなどいません!」
しかし、私の言葉が聞き入れられるはずもなく、鋭く言い返されてしまった。
「ごめんなさい。でも、ホワイトスターの人は魔法が使えるのでしょう? 私はただ、それならば、と思って……」
剣を握りつつ述べる。が、デスタンは最後まで聞いてはくれない。
「分かりました。もう結構です」
きっぱりとそう言った後、彼はもう振り返らなかった。
彼は前だけを見ている。
迫り来る敵だけを。
睨まれなくなったことに、冷ややかな言葉をかけられなくなったことに、私は安堵する。だが、それとは裏腹に、どことなく寂しさも感じた。
ちょうどそのタイミングで、リゴールが駆けてくる。
「エアリ! 無事ですか!?」
「リゴールこそ」
「ありがとうございます。わたくしは大丈夫です」
こんな時だからこそ、リゴールの言動は安らぎを与えてくれる。彼といると、妙に和む。
「エアリ。貴女は無理して戦わなくて大丈夫ですよ」
リゴールはそう言って、微笑みかけてくれる。
「デスタンがいますし、わたくしも戦えますから。無理はなさらないで下さい」
彼の手には、本。
既に開かれている。
「極力部屋を壊さぬよう、心掛けますので」
リゴールは私の部屋にまで気を遣ってくれていた。この状況で気遣いなんて、誰でもできるものではない。ありがたいことだ。
……もっとも、デスタンが暴れ回っているせいで、室内は既に破壊されているのだが。
リゴールの手に乗っている開かれた本から、金色の光が溢れ出す。
「……王子!」
その光によってリゴールが魔法を使おうとしていることに気がついたらしく、敵を蹴散らし続けていたデスタンが振り返る。
「王子はそこにいて下さい!」
デスタンは向かってくる敵を殴り飛ばしつつ言い放った。
リゴールはすぐに返す。
「援護くらいは!」
「その必要はありません、王子。私一人で十分です」
「いえ! そういうわけにはいきません!」
この時ばかりは、リゴールも険しい顔。
基本穏やかな彼とて、敵が襲ってきている時までヘラヘラしているわけではない。
「参りま——」
リゴールが開いた本を手に言いかけた、その時。
「エアリお嬢様っ!」
背後にある扉が、勢いよく開いた。
そして、開いた扉から室内へ駆け込んできたのは——バッサ。
「バッサ!?」
駆け込んできたバッサと目が合う。
彼女の瞳は、動揺を濃く映し出していた。
動揺するのも無理はない。夜中に私の部屋に入ってみたら、そこが戦場と化していたのだから、動揺しない方が不自然と言えよう。
「……な、何の騒ぎですか? これは一体?」
「ち、違うの! これは、その……」
言い訳しようとするけれど、相応しい言葉が上手く出てこない。
「夜中に剣を手に大騒ぎしていると、お父様に怒られますよ。それと、確か、その方はもう帰られたのではなかったのですか」
バッサのことは嫌いではない。でも、今は少し、彼女の存在が煩わしいと感じてしまう。こんな時に来るなんてタイミングが悪すぎる、と思わざるを得ない。
「今は無理なの! バッサも巻き込まれるから、外に出てて!」
「……お嬢様?」
「いいから! お願い!」
不思議な生物を見てしまったかのような顔をしつつも、バッサは「分かりました」と発する。その後、「どうかお気をつけて」とだけ述べ、彼女は部屋から出ていった。
「……分かっていただけたのですか?」
「えぇ。バッサは私の良き理解者だもの」
その頃には、グラネイトが繰り出してきた敵は、ほぼ全滅していた。デスタンの働きのおかげである。
繰り出した手下たちを全滅させられたグラネイトは、眉間にしわを寄せながら、体を震わせている。
「おのれ……したーっぱを一掃するとは……」
「去れ」
デスタンに冷ややかに言われたグラネイトは、しばらく、ギリギリと歯軋りしていた。それから十秒ほど経過して、今度は叫ぶ。
「ふざけるな! 長髪!」
「警告しておく。王子を狙う者には容赦しない」
「かっこつけ! 陰気モドキ! ダサい! 前髪まで伸ばしやがって!」
グラネイトの発言は、もはやおかしなところしかないくらい、支離滅裂だ。
まるで子どもの口喧嘩である。
「…………」
「何だ! 精神的なダメージで、もう何も言い返せないのか!?」
「……いや」
「ならば何か言え!」
グラネイトは荒々しく叫ぶ。
「……前髪を伸ばしているのは私の趣味ではない」
いや、そこ?
内心そう思ったけれど、口から出すことはしなかった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.18 )
- 日時: 2019/07/05 18:25
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 6..SoyUU)
episode.17 その存在が呪い
「邪魔者はくたばれぇぇぇっ!!」
グラネイトは壁を蹴り、デスタンに飛びかかった。
その手の内には、先ほど私に向けて飛ばしてきたのと同じ、火球のようなものが発生している。
しかし、デスタンは冷静だ。
一撃目の拳を片手で受け止めると、その手首を掴んで、グラネイトの体を一気に引き寄せる。そうして、腹へ膝蹴りを叩き込む。さらにそこから、グラネイトをベッドの方へと放り投げた。
投げられベッドに倒れ込んだグラネイトは、腕だけを動かし、火球のようなものをデスタンに投げつける。
——が、デスタンの前に金の膜が出現し、火球のようなものを防いだ。
「なぁっ!? ふ、防がれた!?」
顔面を引きつらせるグラネイト。
「ありがとうございます、王子」
「サポートはわたくしにお任せ下さい!」
「はい。分かりました」
デスタンの返事は色気ない。
だがリゴールは気にしていない様子。
きっと、二人の間には、二人にしか分からない絆があるのだろう。だから、他人から見ればよそよそしくとも、二人にとってはまた違う——といったところだろうか。
「貴方はなぜ、いつもいつもエアリの家に殴り込んでくるのです!」
グラネイトに向けて言い放ったのはリゴール。
それに対し、グラネイトは静かに返す。
「このグラネイト様がなぜここにくるか? それは簡単なこと。王子を捕らえ殺すよう、指示されているからだ!」
投げ飛ばされて頭が冷えたのか、グラネイトの口調は若干落ち着いてい。少し前までの荒々しく滅茶苦茶な口調ではなくなっている。
「しつこいです!」
「なに? しつこいだと? しつこいのは当然だろう、任務だからな」
「大人しく帰らないなら、今度は貴方が消し飛ぶくらいの魔法をぶちかまします!」
リゴールの勢いのある発言に、デスタンは戸惑ったような顔をしていた。
「……ふん。ふはは! そうかそうか!」
グラネイトは突然笑い出す。
切り替えが早すぎて、ついていけない。
「気だけは強い王子だな。威勢の良さは嫌いではない」
「……急に褒めるとは、一体何のつもりです?」
リゴールは眉をひそめる。
「だが王子。その娘が巻き込まれるのは、お前の存在があるからだ」
「……何を」
「お前が生きている限り、周囲には災難が降りかかり続けるぞ。お前は災難ばかりをもたらす呪われた王子だからな」
そう述べるグラネイトの声は、妙に静かな雰囲気をまとっている。これまでの彼の声とはまったく違う、真剣さの滲み出た声色。不気味だ。
「リゴール王子、お前の存在は呪いだ。お前の両親が亡き人となったのも、ホワイトスターが滅んだのも、お前がいたから。お前が存在したから」
ホワイトスターで何があったのか、私は知らない。だから、グラネイトが発する言葉の意味も、私には分からない。
「……っ」
ただ、リゴールが辛そうな顔をしているのを見たら、こちらまで胸が痛くなってくる。
「気にすることはありません。戯れ言は無視しましょう、王子」
「……しかし、デスタン」
「くだらない男です、彼は」
デスタンは気を遣ってリゴールに声をかけていた。しかし、一度曇ったリゴールの顔が明るくなることはなく。むしろ、リゴールの表情は固くなっていくばかりだ。
どうにかしてあげたい。
心からそう思った。
あの穏やかな瞳を、遠慮がちな笑みを、失わせたりしたくない。
そう思ったから、私は口を開いた。
「リゴールは悪くないわ!」
事情を知らない私には、リゴールを擁護する資格などないのだろうけど。それでも、彼をこれ以上傷つけたくなくて。
「攻撃を仕掛けてきたのはそっちじゃない! なのにリゴールに責任を擦り付けるようなことを言って。意地悪なことばかり言うなんて、最低よ!」
リゴールもデスタンも、驚いた顔をしていた。
無理もない、か。
それまで空気と化していた女がいきなり騒ぎだしたのだから、驚かれるのも、当然と言えば当然のことである。
「何だと。小娘風情が入ってくるな」
「小娘風情ですって? 馬鹿にしたようなことを言わないでちょうだい!」
「いや、馬鹿にしてはいないぞ。その剣を抜けた女だからな」
「……それはどうも」
数秒後、グラネイトの片側の口角が急に持ち上がる。
「だが、お前ももうすぐ、地獄に叩き落とされることになる」
グラネイトは、ふふ、と、不気味な笑みをこぼした。
「……この屋敷はまもなく、炎に包まれるだろうな」
言葉を聞いた瞬間、全身に冷たいものが駆け巡った。何とも言えない冷ややかな感触——恐怖が。
「何ですって!?」
「そろそろ、我が仲間が屋敷に火を放つ頃だ」
動揺させるための嘘という可能性もある。
けれど、そうは聞こえなくて。
「ふはは! このグラネイト様は時間稼ぎ役だった、ということだ!」
この目で確認するのが一番早い、という結論に至った私は、扉に向かって走る。部屋の外の様子を見るために。
「ふはは! せいぜい走り回りたまえ。ではな!」
そう言って、グラネイトは消えた。
私は扉を開けて、廊下へ飛び出す。
すると、付近にいたバッサが声をかけてきた。
「お嬢様! ご無事でしたか!」
「……バッサ」
「もう数秒もすれば声をかけにいこうと思っていたところです!」
バッサは青い顔をしている。
「何か……あったの?」
「先ほど、屋敷の向こうの端から出火があったと、連絡を受けまして」
「そうなの!?」
やはり、グラネイトの言葉は嘘ではなかったということか。
だが、どうすれば。
出火なんて、もう大事件だ。
「避難しましょう! お嬢様!」
「そ、そうね。あ、でも……少し待って」
早く避難しなくてはならないということは分かっている。けれど、リゴールたちを放置したまま私だけ避難するわけにはいかない。
自室へ戻ろうとした私の手首を、バッサが掴んできた。
「待てません! 危険です!」
バッサの声は、いつになく鋭かった。
「でもリゴールたちが……」
「あの方々ですか?」
「そう! 放って逃げたりはできないの!」
その頃になると、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
「では、このバッサにお任せ下さい! 避難誘導はきちんとさせていただきます。ですからどうか、お嬢様は先に……!」
煙の匂いが近づいてくる。
そろそろ逃げなくては、本格的にまずいかもしれない。
そう思い、悩んでいると。
「エアリ!」
私の部屋から、リゴールが出てきた。
「これは……煙の匂い」
リゴールは、部屋から出てくるなり、そう言った。不審な香りに、すぐ気がついたようだ。
「……やはり火が?」
「そうみたい」
すぐ隣にいるバッサは、早くここから出たいようで、そわそわしている。
「避難せねばなりませんか」
「えぇ。けど、普通のルートで逃げたら、リゴールのことが父さんにバレてしまうわ」
秘密で彼を泊めた私が悪い。父親に叱られるのは、当然の報いと言えよう。
けれど、もし、それを避けられる道があるなら。
そんな可能性があるなら、どんなに良いだろう。
そんなことを考えていた私に、リゴールは予想外の提案をしてくる。
「では、窓から参りましょう!」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.19 )
- 日時: 2019/07/07 17:33
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xXhZ29pq)
episode.18 逃れる
「……窓?」
リゴールの提案に、私は戸惑いつつ返した。
「はい! 窓から飛び降りれば、すぐ外に出られます!」
表情も、声色も、真剣そのもの。冗談のような提案だが、ふざけて言っているとは思えない。
「待って。ここ、二階よ」
「二階くらいなら大丈夫です!」
いや、大丈夫とはとても思えないのだが。
……ただ、時間がないことも事実。
このまま呑気に話していたら、逃げ遅れかねない。火に包まれて死ぬ——そんなのはお断りだ。
だから、私は頷いた。
「……分かったわ」
リゴールの顔に光が射し込む。
「分かって下さったのですね!」
「死なずに済んで、怒られずに済む方法は、それしかないもの」
そこへ、バッサが口を挟んでくる。
「お嬢様、一体何を!? 飛び降りる、なんて、正気ですか!?」
肌は青白く染まり、顔中の筋肉が強張っている。バッサがこんなにも動揺した顔をしているところを見るのは、初めてかもしれない。
「……えぇ」
「危険なことをした、と怒られますよ!?」
「その方がましだわ」
リゴールと出会ったのは、ただの偶然。声をかけて知り合いになったのも、ちょっとした気まぐれ。
彼と離れるチャンスは、何度もあった。
けれど、私はそのチャンスを掴まないでここまで来た。
せっかく手にした知り合いを手放すなんて惜しくて。そこへさらに、別の世界から一人来てしまった彼への同情も加わり。
私は、彼から離れることができなかった。
もっと早く別れていたなら、きっと、こんなことにはならなかったのだろう。
「黙って泊めていたことがバレたら、勘当されてしまうわ」
「お嬢様!」
「……勝手な娘でごめんなさい。私、行くわ」
それだけ言って、バッサとは別れる。
お出掛け用の手提げに、いつも着ている黒いワンピースをくしゃっと突っ込み、リゴールの手を借りて飛び降りた。
二階から飛び降りたが、リゴールが魔法でいくつか足場を作ってくれていたため、無傷で地面へたどり着くことができて。家からの脱出に成功した。
「お怪我は?」
「大丈夫よ、リゴール」
今私がいるのは家の裏側。それゆえ、人の気配はない。ただ月の光が降り注ぐだけで、辺りは薄暗い。
けれど、私がいるのと反対の方——つまり正面玄関側からは、ざわざわと声が聞こえていた。
火はどうなっているのだろう。
ここから見えるほど豪快に火の手があがっているということはないが。
「なら良かった……ではありませんでした! またしてもご迷惑を!」
なんというか、もはや、迷惑などという次元ではない気が。
「えと、あの、わたくしは何をすれば!?」
「リゴールは水は出せないわよね?」
「はい! 出せません!」
意外にもはきはきと答えられたので、少し驚いてしまった。
「そうよね……」
取り敢えずは、父親らと合流すべきなのだろうか。
でも、そうしたら、リゴールとはここでお別れになってしまう。
「申し訳ありません、エアリ。わたくしが無力なばかりに……」
赤い火は見えない。
ただ、焦げ臭い香りの風が、周囲の木々を揺らす。
「どうしましょう、何と謝れば——」
言いかけたリゴールの手首を、デスタンが唐突に掴んだ。
「王子。去りましょう」
焦げ臭い風に髪を揺すられながらも、デスタンは冷静そのもの。眉一つ動かしていない。
彼の片手には、リゴールのペンダントが変化した剣。それは、私が渡して持ってもらっていたもの。そして、もう一方の手が、リゴールの片手首を掴んでいる。
「何を言い出すのです、デスタン! そんなこと、できるわけがありません!」
「私たちがここに滞在しなくてはならない理由など、何一つとしてないでしょう」
デスタンの声は冷たい。
「しかし……! エアリには世話になったのです……!」
リゴールは懸命に訴える。だが、その言葉がデスタンに届くことはない。
「既にやつらに知られている以上、このような田舎の村に潜む必要もないはずです」
「逃げるような真似はできません!」
「死にたいのですか、王子」
刹那、リゴールはデスタンの手を払い除けた。
「死にたくなどありません! けれど、恩を仇で返すような真似をしたまま逃げるのは嫌です!」
リゴールはきっぱりと言い放つ。
これにはさすがのデスタンも驚いたようで、目を大きく開いていた。
「デスタン、貴方には分からないでしょう。けれど、わたくしにとっては、エアリは大切な人なのです。何度も助けて下さったエアリに何も返せぬまま、ここから去るわけにはいきません!」
リゴールに凄まじい勢いで言葉を浴びせられたデスタンは、何か考えているかのように、瞼を閉じる。それから少し経って、彼はゆっくりと瞼を開けた。
「分かりました、王子」
「そうですか!」
「では、その女も連れて逃げましょう」
そう言うと、デスタンは私にすたすたと歩み寄ってきた。
「……何?」
「失礼します」
戸惑っているうちに、ひょいと抱え上げられてしまう。
「ちょ……ちょっと!」
「それではひとまず、避難するとしましょう」
デスタンは私の体を、肩の高さまで持ち上げた。慣れない体勢に驚き戸惑い、私はつい、両足をばたつかせてしまう。
「え、ちょ、何なの?」
「貴女をここに置いていくのは王子のお望みに反するようなので、連れていきます」
「なっ……どういうこと!?」
何がどうなっているのか。
理解が追いつかない。
「安心して下さい、あくまで避難ですから」
いやいや、安心しろなんて無理があるだろう——そんな風に、内心突っ込みを入れてしまった。
「いきなり過ぎるわ」
「貴女は火の中にいたいのですか?」
手足をばたつかせてみる。けれど、デスタンがその程度で離してくれるはずもなく。
「いいえ! ……けれど、急に村を離れるなんて」
「落ち着いた頃に帰ればいいのです」
「それは……そうだけど。でも……」
避難という意味では、彼らと共にここから離れた方が良いのかもしれない。その方が安全かもしれない。
そう思わないこともない。
だが、村を離れる勇気なんてなくて。
それゆえ、迷いなく頷くことはできなかった。
そんな曖昧な態度を続けていたからだろうか——デスタンに溜め息をつかれてしまった。
「面倒臭いので、一撃失礼します」
「……え」
その数秒後、視界が暗くなった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.20 )
- 日時: 2019/07/07 17:34
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xXhZ29pq)
episode.19 馬車の中で
次に目が覚めた時、私は、木材で作られた狭い小屋のような場所にいた。
どうやら横たわっているらしい。
だが、本当の小屋にいるというわけではなさそうだ。というのも、微かに揺れがあるのである。小屋の中で横になっているのならば、こんな風に揺れるはずがない。
「……リ、エアリ!」
やがて、視界の端に、見たことのある顔が現れた。
大人びた雰囲気はあるがまだ若い少年のような——リゴールの顔である。
「……リゴール?」
はっきりしない意識の中、私はそう発した。すると、視界の中の彼は、大きく数回頷いた。どうやら、リゴールで間違いないようだ。
私はそれから、ゆっくりと上半身を起こす。
すると、壁から突き出している椅子のような部分に横になっていたということが分かった。また、夜空のような紺色のコートがかけてあることにも気づいた。
「良かった! 気づかれましたか!」
取り敢えず辺りを見回す。
両側に窓が二つずつ。内部は決して広くなく、私が横たわっていた椅子のような部分が向かい合わせに設置されている以外は、ほぼ何もない。
「えぇ……ここは?」
「馬車の中です」
「えっ! ば、馬車!?」
驚いて、日頃は出さないような大きな声を出してしまった。
「はい。エアリの屋敷が燃え、避難している途中で」
リゴールに言われ、記憶が蘇ってくる。
そう、私の家は火事になって——。
「……そういえば、そうだったわね」
こんな時に限って、私は妙に冷静だった。
村へ戻らなくちゃ! なんて、案外思わなくて。
「はい。何とか無傷で避難することには成功したのです。ただ、その過程でデスタンが少々乱暴な手を使ったので、エアリが気を失って……」
すぐ隣に座っているリゴールは、穏やかな口調で、今の状況をきちんと説明してくれる。
「腹部に痛みはありませんか? エアリ。それだけが心配で」
「ちょ……それはどういう意味なの……」
「デスタンの一撃が入ってしまっていますので、まだ痛むということがないか、心配なのです」
一撃が入った、って……。
殴るか蹴るかされた、ということなのだろう。
私は一応確認してみる。けれど、腹部に痛みはなかった。違和感も特にない。いつもと何も変わらない、普通の感じだ。
「特に違和感はないわ」
そう答えると、リゴールは安堵の溜め息を漏らす。
「本当ですか! 良かった……!」
リゴールの表情が柔らかくなるのを見て、こちらも「良かった」と思った。
しかし、呑気に安堵している場合ではない。
まだ把握できていないことがたくさんあるのだから、のんびり「良かった良かったー」などと言っていられる状況にはないのである。
「心配してくれてありがとう。それは嬉しいわ。けれど……よく分からないことが多いの。いくつか質問してもいいかしら」
座っていても、小刻みに揺れるのを感じる。馬車に乗っていると、こんな風に揺れるのが普通なのだろうか。
「もちろん。構いませんよ」
「えぇと、じゃあ一つ目。私の家の火事はどうなったの? 火は消えたの?」
私が問いを放つと、リゴールの表情が少しばかり曇る。
「……それは」
「どうしてそんな顔をするのよ」
「その……わたくしには分かりません」
分からない、と返ってくるとは。
「確認することなく……出てきたので」
「そ、そうなの!?」
「はい。勝手なことをしてしまい申し訳ありません……」
リゴールはすっかり小さくなってしまっている。元々細く小さめな体をしているが、しゅんとして縮んでいるせいで、今は余計に小さく見える。
「じゃあ、父さんや皆は私がどうなったか知らないの?」
「……はい」
「そんな。死んだと誤解されるかもしれないじゃない」
実際に死んではいないわけだから、亡骸は発見されないだろう。それに、バッサだけは私が飛び降りて脱出したことを知っている。
だから、多分、完全に死んだことにはならないはずだ。
とはいえ、急に行方不明になれば、心配はされるだろう。
「う……。そ、それは……」
リゴールは言葉を詰まらせる。
そんな時、背後から声が聞こえてきた。
「王子を困らせるような口の利き方をしないで下さい」
それまでずっとリゴールと二人で話していただけに、彼以外の人が急に口を挟んできたことに驚きを隠せなくて。私はすぐさま振り返った。
「……貴方だったの」
「何ですか。その、がっかりというような顔は」
声の主はデスタンだったようだ。
彼は、壁から突き出した椅子のような部分には座らず、木材を敷き詰めた床に座っていた。結構寛いでいるのか、壁にもたれている。
「ごめんなさい。そんなつもりではなかったの」
「……何でも構いませんが、王子を困らせるような真似だけはしないで下さい」
その時ふと、私の家にいた時とは、デスタンの雰囲気が違うことに気がついた。どこがどう違っているのか、すぐには分からなかったけれど、数秒経って分かった。
違っているのは、服装だ。
私の家で出会った時は、丈が長いコートを羽織っていた。しかし今は、シャツにベストという軽装である。
——と、そこで、私の手元にあるコートの存在を思い出す。
「これって、もしかして貴方の?」
恐る恐る尋ねてみる。
するとデスタンは、小さく一度だけ頷いた。
「貴方って、意外と親切なのね。ありがとう」
そうお礼を言うと、彼はにっこり笑って「王子の指示に従っただけのことです」と返してきた。
デスタンの笑顔の不気味なことといったら。
彼には無表情が似合っている。あるいは、攻撃的な表情をしている時の方が、しっくりくる。
笑っている彼なんて、悪事を企んでいる人にしか見えない。
「ところでリゴール」
視線を隣に座っているリゴールへと戻す。
「は、はいっ」
「この馬車は一体、どこへ向かっているの?」
するとリゴールは少し考えて。
「街の名は分かりませんが……デスタンが世話になっている家がある街へ向かっているところです」
そんな風に答えた。
デスタンが世話になっている家がある街。そんなことを言われても、それがどんな街なのか、まったく見当がつかない。
ただ、余所者であっても受け入れられる余裕のある街なのだろうということくらいは、想像できる。
そう考えると、受け入れてもらう先としては、悪くはない街だろう。
けれど、不安がないわけではない。
父親に安否を伝えぬまま、村を出てきてしまったのだから。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.21 )
- 日時: 2019/07/10 18:55
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: apTS.Dj.)
episode.20 風の吹く高台
それから半日ほど、私たちは馬車に乗り続けた。
二三時間に一度くらい馬車から降りて休憩したが、それ以外の時間は、ほとんど狭い馬車の中。
私はこれまで、狭いところで誰かとずっと一緒にいる経験なんて、したことがなかった。それだけに、じっとしていたら頭がどうにかなりそうな気がして。
だから私は、馬車の中で揺られている間、リゴールと色々話していた。
楽しく話していれば、気分も晴れやかになるだろう——そう信じて。
やがて、馬車が停まった。
窓から見える外は、既にかなり明るくなっている。
「到着したようですね」
床に座り込み壁にもたれていたデスタンが、ゆっくりと立ち上がりながら言う。
「到着って?」
「……何ですか、馴れ馴れしい」
デスタンは驚くくらい冷ややかに返してきた。
「ただ聞いただけじゃない」
「言っておきますが、私は貴女と親しくする気はありません」
デスタンは私の前を通り過ぎ、すっかり眠ってしまっているリゴールの肩を両手で掴む。そして「起きて下さい」と言いながら、リゴールの体を軽く揺する。
しかし、リゴールは目を覚まさない。
デスタンはそれからもリゴールを起こそうと頑張っていた。が、リゴールはまったく起きそうになくて。
だいぶ時間が経ってから、デスタンが私に言ってくる。
「協力していただけますか」
「親しくする気はないんじゃなかったかしら?」
先ほどの素っ気ない態度には少し腹が立っていたので、思いきって、嫌み混じりの言葉をかけてやった。
するとデスタンは顔をしかめる。
「……言いますね、女の分際で」
「女の分際? 何よ、その言い方!」
「すみません。つい本音が」
さりげなく本音であることを仄めかしてくる辺り、非常に嫌な感じである。
「分かりました。協力していただけないということなら、べつにそれで結構です」
吐き捨てるように言って、デスタンは視線を再びリゴールの方へと戻した。
リゴールはあんなに素直なのに、なぜ彼はこうもひねくれているのだろう……。
人と人を比べてはいけないと思いつつも、比べずにはいられなかった。
リゴールはともかく、デスタンとは上手くやっていく自信がない。近くにいたら喧嘩になりそう——そんな気しかしないのだ。
しばらくしてリゴールは目を覚まし、私たち三人は馬車から降りた。
「凄い……!」
私は思わず発してしまう。
視界に入るものすべてが、これまで見たことのない新鮮なものだったからだ。
見上げればどこまでも広がる空。見下ろせば輝く海。
信じられないくらいの青が、視界を埋め尽くす。時折髪を揺らす爽やかな風すらも青く見えるような、そんな世界。
「デスタン。貴方はこんなにも美しいところへ飛ばされていたのですか?」
微かに潮の香りを帯びた風が吹く中、リゴールはデスタンに尋ねる。
「いえ。知り合った人の家が、偶々この高台だっただけです」
「知り合った人?」
「はい。私が飛ばされたのは、ここからずっと下った辺りの街でした」
見下ろすと輝く海ばかりを認識してしまう。が、意識して目を凝らせば、ずっと下の方に街が見えた。赤茶の平らな屋根がずらりと並んでいる光景は、壮観としか言い様がない。
「適当に歩いていると、酒を飲まないかと誘われまして」
「酒!?」
リゴールは驚きを露わにしつつ、隣のデスタンを見つめる。
「そうです。酒自体に興味はありませんでしたが、取り敢えずついていってみたのです」
「ついていったのですね……」
「はい。そこは男性がお客の女性に奉仕するという、極めて珍しい酒場でした」
デスタンは淡々とした調子で話し続けている。
「男性が……女性に? それはまた、珍しいところですね」
リゴールは眉を寄せ怪訝な顔をしながら、デスタンの話を聞いている。
「帰ることができない雰囲気になったので、少々手伝いをしました」
「て、手伝いとは一体……?」
「ご心配なく、王子。何てことのない手伝いしかしておりません」
笑顔で話すデスタンに、怪訝な顔をしたリゴールは「具体的には何をしたのです」と問う。それに対してデスタンは、笑顔を崩さぬまま返す。
「飲み物を運んだり、飲み物を飲んだり、飲み物を運んだりしました」
「……飲み物を運んでばかりじゃないですか」
「はい、運んでばかりでした」
リゴールは額に手を当てて、溜め息をつく。
「まったく……何をやっているのですか。そのような奉仕、必要ないでしょう。貴方は王子の護衛なのですよ?」
「いえ、違います」
「なっ……」
「王子の護衛、ではなく、リゴール・ホワイトスターの護衛、です」
ほぼ同じ意味なのではないだろうか。遠巻きに話を聞きながら、そんなことを考えてしまった。それに。デスタンはいつも、リゴールを「王子」と呼んでいるではないか。それなのに、こんな時だけ「王子の、ではない」などと言うなんて、おかしな話だ。
「……何を言い出すのです、デスタン」
そう発したリゴールは、驚きと困惑の混じったような顔つきをしている。
「ここはホワイトスターではありませんから」
「それはそうです。しかし……いつも『王子』と呼んで下さるではないですか」
「癖だから。ただそれだけです」
デスタンにきっぱりと言われたリゴールは、急にふっと笑みをこぼした。
「……ふふ。相変わらずですね、デスタンは」
意外にも楽しそうに笑みを浮かべたリゴールを見て、デスタンは戸惑っているようだった。無論、見ていただけの私も戸惑ったが。
「一時はどうなることかと思いましたが……こうしてまた会えて良かったです」
「今日の王子は何だか気持ち悪いです」
「なっ! 良いではないですか、再会を喜ぶくらい!」
するとデスタンは、少し間を空けてから、「そうですね」とだけ返した。リゴールは不満げな顔をしていたが、デスタンはそんなことは気にせず話を進める。
「ではそろそろ参りましょう、王子」
「……どこへです?」
「答えの分かりきった問いは、答えるのが面倒なので止めて下さい」
潮の香りの風が吹く中、デスタンは歩き始める。リゴールも、「……何だか妙に厳しいですね」などと言いながら、デスタンの背を追って歩き出す。
私は完全に忘れられている。
少し寂しい気もしたが、それはひとまず置いておき、彼らの背を追うように足を動かした。
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