コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.197 )
- 日時: 2020/01/18 18:39
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1866/WgC)
episode.196 援護と薬と
グラネイトとウェスタが、エアリから貰った薬について話していた、そんな時だ。
「お邪魔するべ」
人影が部屋に入ってくる。
その独特な口調で、グラネイトとウェスタはすぐに気づいた。入ってきたのか誰なのか、を。
「良い空気のところ、いきなりごめんべ」
布巾を頭に巻き付けた青年、ダベベだ。
彼を即座に敵と判断したグラネイトは、ウェスタを庇うように位置取りながら睨みつける。
「すぐに二人揃ってあの世へ送るから、許してほしいべ」
「……ふざけたことを」
日頃はふざけているような振る舞いばかりのグラネイトだが、今だけは真剣な険しい表情だ。
「ふざけてないべ。ささっと片付けるよう言われて来たべ」
「そのようなこと、させるわけがないだろう!」
グラネイトはその場で立ち上がる。
もちろん、ダベベへの鋭い視線はそのままで。
「……グラネイト、戦うのなら援護する」
「ウェスタはそこにいていいぞ!」
「一対一は厳しいと思うが……」
「無理をするな! 最強のグラネイト様を信じろ!」
グラネイトは背後のウェスタにだけは笑顔を見せる。けれど、そんな彼へ視線を向けるウェスタの表情は暗かった。彼女の紅の瞳は、何か言いたげに、グラネイトの背を凝視している。が、グラネイトはそれには気づかない。
「別れの準備はできたようだべな」
「ふはは! お前との別れの準備、だがな!」
「どうなるかは、終わってからのお楽しみだべ」
ダベベは右手に短剣を握る。
そして、左手の指をパチンと鳴らした。
瞬間、犬のような生物が五頭ほど現れる。口からは涎を垂らし、獰猛そうな表情だ。
「……やれやれ、厄介だな」
グラネイトは溜め息混じりに呟く。
「行くべ!」
ダベベの号令で、犬のような生物たちが一斉に駆け出す。五頭の十個の眼が、グラネイトを睨んでいた。
グラネイトは爆発能力を帯びた球体を作り出し、五頭それぞれに向けて放つ。
生物に命中し、球体は爆発。
煙が立ち込める。
「ふはは! 見たか! ……ん?」
グラネイト付近の煙が微かに揺れる。
次の瞬間、灰色の煙に身を隠し接近してきていたダベベが、グラネイトの間近に出現した。
「なにっ……!」
「こんなことして、ごめんだべ」
そう静かに述べるダベベの顔面からは、色が完全に消えていた。感情の「か」の字もない、そんな顔。
体を低くしてグラネイトの懐に潜り込んだダベベは、右手で握った短剣を振る。
そして、ぴしゃりと赤いものが散った。
短剣の刃が赤く曇る。
刃は、グラネイトの腹部を切っていたのだ。
幸い深手ではない。グラネイトは攻撃を受ける直前、咄嗟に体を後ろへ引いていた。そのため、浅い傷で済んでいる。
「動かないでほしいべ。上手く殺れないべ」
「上手下手関係なく殺られる気はない!」
グラネイトの後ろにはウェスタがいる。それゆえ彼は今以上下がれない。そんなことをしたら、ウェスタにぶつかるか彼女を危険に晒すことになるからだ。
限られた選択肢しかないが、反撃せねばならない。
「邪魔だ!」
グラネイトはダベベに回し蹴りを叩き込む。ダベベは足が迫る方の腕で防ごうとしたが、グラネイトの足の方が速かった。回し蹴りは見事に決まる。
「ふぎゃ!」
蹴り飛ばされ、床に倒れ込むダベベ。
しかし、そこへ、爆発に耐えて生き延びていた三頭が突っ込んでくる。
グラネイトはダベベに意識を割かれており、犬のような生物たちの突進に反応が間に合わない。
——が、突如放出された炎が犬のような生物たちを一掃した。
「ウェスタか!」
「……しっかりしろ」
「さすが! ナイス過ぎる!」
「……それとこれ」
犬のような生物たちを火炎の術にて撃破したウェスタは、グラネイトに瓶を差し出す。三種類のうち、止血効果があると言われているものだ。
「そうか! 止血だな!」
ピンときたらしく、グラネイトは納得した顔をする。
「助かったぞ!」
ウェスタの手から瓶を受け取ると、栓を抜き、赤く滲んでいる腹部に軽くかけた。すると、傷口から漏れ出てきていた血液の量が、みるみるうちに減っていく。そして、一分もかからぬうちに出血は止まった。
「連携に薬……なかなかやるべな……」
グラネイトの回し蹴りを食らったダベベは、そんなことを呟きながら、赤黒い液体がなみなみと入った小さな蓋付き瓶を取り出す。そして素早く蓋を開けると、中身を一気に飲み干した。
「ふぅ、飲めたべ……」
呑気に独り言を発しているダベベに、グラネイトとウェスタは警戒の眼差しを向けている。
「よし……もうひと頑張りだべ……」
ダベベは短剣を持っていない方の手のひらで、自分の頬を強く叩く。原始的な方法で気合いを入れて、一気に立ち上がる。
そして、駆け出した。
グラネイトとウェスタの方へ。
「ふはは! グラネイト様に勝てると思うなよ!」
戦闘体勢で迎え撃つグラネイト。
ダベベはそこに迷わず突っ込んでいく。
「ここからは本気だべ!」
今度こそ、本格的な接近戦の幕開けだ。
ダベベは体を小さくし、グラネイトの懐に潜り込む隙を探しながら、短剣を素早く振る。
グラネイトが豪快な一撃を放てなくするため、空白を作らないように努めているような動きをしていた。即座に懐へ潜り込むことはできずとも、反撃の隙を作らない。そんな手堅い戦い方を、ダベベは選んでいた。
一方のグラネイトは、ダベベが振り回す短剣の刃を受けないよう、腕を上手く使って受け流している。
ウェスタは今もまだその後ろに座っている状態だ。
彼女は、医者に動くなと言われているし、以前貫かれた痛みが残っているから、動きたくとも動く選択をしづらいという状況に陥っていた。
下手に動いてグラネイトの足を引っ張るくらいなら、少し離れている方がまし——そう思うところも大きくて。
そんな時。
突然、ダベベが低い声を発した。
「効いてきたべ」
静かな言い方だが、それはとても不気味さを漂わせている発言で。グラネイトも警戒する。
「いくべ!」
グラネイトの意識は警戒する方向に動き、それによって僅かな隙が生まれた。ダベベはそれを見逃さず、大きく一歩踏み込む。
短剣による攻撃を受け流すべく、グラネイトは動く。
——が、刃がグラネイトに命中する二秒ほど前、ダベベは急に短剣を捨てた。
「なに!?」
武器を捨て、全身の位置を下げる。
彼は完全にグラネイトの懐へ潜り込んだ。
大きく振りかぶった拳で鳩尾を一突き。そして、体勢を立て直す隙など与えず、もう一方の拳で全力の打撃を繰り出す。
その二連続打撃で、グラネイトの体は一瞬にして吹き飛んだ。
凄まじい勢いで飛んでいったグラネイトを目にして、ウェスタは愕然とする。だが、ものの数秒で冷静さを取り戻した彼女は、一瞬にして床に落ちた短剣を拾い上げる。
そして、グラネイトに打撃を当てて気が緩んでいたダベベに、強烈な一撃を食らわせた。
「え……」
「あれをやられて黙ってはいられない」
拾った短剣によるウェスタの一撃。
急所を確実に狙ったそれは、致命傷となった。
ダベベは短剣を捨てることでグラネイトに攻撃を当てることができた。だが、結局、その捨てた短剣が己の命を奪い去ることとなったのだ。
「グラネイト、無事か」
ウェスタはすぐにグラネイトに駆け寄る。
「……敵は倒した。もう大丈夫」
グラネイトは仰向けに寝たまま動けない。辛うじて意識は保っているものの、息は荒れ、目つきも少しおかしい。
そんな彼の片手を、ウェスタは強く掴む。
途中腹の傷が痛む場面もあったが、今の彼女は、自身のことはあまり気にかけていなかった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.198 )
- 日時: 2020/01/18 18:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1866/WgC)
episode.197 なんて無力なのだろう
ウェスタに手を握ってもらうと、グラネイトは掠れた声を発する。
「やった……の、か……」
それはグラネイトが発しているとはとても思えないような弱々しい声だった。まるで病床の老人のような声の質である。
「そうだ。もう倒した。心配は要らない」
「結局、また……助け、て……もらって、しまった……な……」
グラネイトの発言に対し、ウェスタは首を左右に動かす。
その時の彼女の瞳は、涙で潤んでいるようであった。
「……それは違う。何度も助けてもらってきた、から、今度は何かしたかった。ただそれだけのこと」
彼女の声は震えていた。
——いや、声だけではない。
唇も、肩も、小刻みに震えている。
「……そう、か……」
今にも消え入りそうなグラネイトの声を聞きながら、彼女は体を震わせている。瞳からはいつしか涙の粒が溢れていた。
「いつも、肝心な時に何もできない」
溢れた涙は長い睫毛を伝って頬に落ち、頬を流れて顎から下へと舞い降りる。
「なんて無力なのだろう……」
敵は倒すことができた。そして、グラネイトはまだ生きている。己も死にかけてはいない。
それでも彼女が涙を流すのは、大切な人さえ護れなかった自身への苛立ちか。あるいは、大切な人が傷ついたことに対する悲しみか。
いずれにせよ、それを知るのは彼女一人だけ。
彼女以外の者が真実にたどり着くすべなどない。
やがて、ウェスタの涙で濡れた頬に、大きな手がそっと触れる。
「……昔も……泣いて、いたな……」
「グラネイト」
「……夜、が……来るたび……窓辺で……」
ウェスタの赤く腫れた目もとから、グラネイトの指が涙を拭い去っていく。それでも彼女の瞳からは、まだ涙の粒が溢れる。
「……この指、みたいに……なりたかった……」
「馬鹿だ、お互い」
「……そう、かも……しれないな……」
そこで、グラネイトの意識は途切れた。
彼の意識の消失によって、ウェスタは正気を取り戻す。
「そうだ。こんなことをしている場合ではない」
ウェスタは濡れきった左目を手の甲で乱暴に擦り、涙を拭き取る。そして、決意を固めたような顔つきになる。
「絶対助ける」
◆
王は強かった。
ペンダントの剣で交戦しているが、とても勝てそうにない。
背後からは時折リゴールが援護してくれる。魔法による遠距離攻撃を加えてくれるのだ。
しかし、それでも王の方が勝っていた。
私はとにかく剣を振り、少しでもダメージを与えようと動く。止まっていては攻め込まれるばかり。だからひたすら剣を振る。
「頑張るな、女……だが、弱い」
リゴールのサポートがあっても、まともなダメージを与えることはできない。幾度か斬撃を当てることはできたが、掠り傷程度のダメージしか与えられなかった。
動き続けていると、呼吸が乱れてくる。
こんなことを続けていては絶対に勝利はない。私の動きが鈍った時が敗北の時になってしまう。
戦況を動かすためには、何か、特別なものが必要だ。
とにかく揺り動かさなくてはならない。
でも見つからない。特別なもの、に当てはまるようなものは、今ここにはない。
だから剣を振り続けるしかないのだ。
無意味だと分かっていても。
「サポートがあったとはいえ、ここまで持ちこたえるとは驚き……お主、なかなかの実力者だ。だが」
その時、王は仕掛けてきた。
私が剣を振り終えた瞬間を狙い、拳を叩き込んできたのだ。
「くっ……!」
拳は右肩に命中。
ビキッと何かが壊れるような痛みが肩に駆けた。
「う……何これ……」
数歩下がって王と距離を取る。
すぐには立て直せないと判断したからだ。
「エアリ!」
「殴られるって、こんなに痛いもの……?」
「そうですね、あの力だと……それに、エアリは女性ですから」
本調子の状態で交戦してもまったくもって勝てそうになかった相手に、負傷した状態で勝てるのか?
……無理だ。
勝利はそんな簡単に掴めるものではない。
「さぁ、終わりにしようぞ」
「い……嫌よ、終わりなんて」
「選択権などない」
王はそう言って、片手を掲げた。
すると、前も見た黒いリングが出現する。
前はそのリングでグラネイトの首を絞めようとしていた。だから、今回も多分、誰かの首につくのだろう。
今の流れだと、その『誰か』は恐らく私だ。
呼吸ができない状態にされるとさすがにまずいので、それだけは避けたい。
でも、本当にまずいのは、リゴールを狙われた時。
あの黒いリングがリゴールの首に装着されれば、これまでの努力はすべて水の泡になってしまいかねない。
「あれはこの前の……!」
背後にいるリゴールが恐れているような声で発する。
「さらばだ」
数秒後、黒いリングは私の首にやって来た。
装着された直後は幸い首とリングの間に僅かな隙間があって、呼吸ができないことはなかった——が、すぐに絞まり始める。
こうなるということは薄々勘づいていたけれど、それでもやはり実際に起こると怖い。想定していたから平気ということはなかった。
「っ……」
今になって後悔が溢れてくる。
なぜこんな無謀な戦いを挑んだのだろう、と。
「エアリ! しっかり!」
リゴールの声が聞こえる。
でも返事はできない。
今すぐここから逃げ出したい……もう戦いなんてしたくない……。
込み上げてくるのは、そんな気持ちばかり。
「止めて下さい! こんなこと!」
リゴールは、王に向けて懸命に訴えてくれている。でも無意味だ。言葉で訴えたくらいで、止めてくれる王ではない。
意識が徐々に薄れる。
視界は霞み、音は遠退き。無へと向かっていく感覚。
そんな中で思い浮かんだのは、バッサとエトーリアの顔。母親のようだった二人の笑顔だ。
私は何をしていたのだろう。
私は、一体……。
生きているのか死んでいるのか、それすら分からぬ曖昧な世界で、私は「自分が今までしてきたことは何だったのか」ということをぼんやりと考える。
死が視界に入った時くらい「死にたくない」と涙が出るのかと思っていたが、実際には妙に冷静で、なぜかすっきりしてさえいた。
この世の煩わしいものをすべて削ぎ落とされたような気分だ。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.199 )
- 日時: 2020/01/18 18:42
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1866/WgC)
episode.198 若かりし頃の、悲しみと憎しみ
気づけば私は見たことのない場所にいた。
ここは死後の世界なのか、あるいは、これまでも時折見た他人の記憶の世界なのか。
それは分からず、私はただ周囲を見回す。
そこは、一種の劇場のようだった。座席が多く並んだ観客席らしきものが一階二階共にあり、そこからは舞台が見える。私がいるのは、真正面から舞台を眺められる、一番良い席なのではないかと思うような場所だ。
天井からは豪華なデザインの灯りがぶら下がり、夕陽が沈み始める頃の空のような光をぼんやりと放っている。
私は客席に立っていた。が、誰にも気づかれていない。周囲にも人はいるのに、誰一人として私のことを見たりはしないのだ。
どのみち気づかれないなら、と、私は偶々空いていた席に腰を下ろす。
それからふと横を見て、衝撃を受けた。
隣の席の男性が、ブラックスター王に似ていたから。
私は思わず「えっ……」と声を漏らしてしまった。しかし、その声も周囲には聞こえていないようで、特に誰も反応しなかった。
ブラックスター王に似た男性のもう一つ向こうには、男性が座っている。顔立ちはブラックスター王に似た男性と似ているが、彼より穏やかな顔つきをした人だ。また、服は白い詰襟で、豊かそうな身形をしている。
「こういうところへ来るのは珍しいだろう?」
白い詰襟の方の男性が、ブラックスター王似の人に向かってそんな言葉を放った。
すると、ブラックスター王似の人は、小さく返す。
「……そうだな」
二人はどことなく似たような顔立ちだが、漂わせている空気はまったくの別物だ。
私の隣の席の彼は、暗い影をまとったような雰囲気。
その彼の向こう側に座っている白詰襟の男性は、すべてにおいて満ち足りているような雰囲気。
「兄弟であるにもかかわらず、お前とはなかなか語り合う機会がなかったからな。今日はこうして弟のお前と一緒に出掛けられて良かった」
そう述べるのは、白い詰襟を着ている方の男性。
どうやら、彼が兄のようだ。
「……舞台などどうでも良かったが」
「まぁそう言うな! 絶対楽しい、それは保証するから」
「……女の踊りなど、何が良いのか」
「しー! 今ここでそれを言うんじゃない!」
二人の会話を盗み聞きしているうちに、天井からぶら下がっていた灯りが消えた。暗闇が訪れる。いよいよ開幕の時間か。
その数秒後、荘厳な音楽と共に舞台の幕が上がった。
セクシーかつ煌びやかな衣装を身にまとった女性たちが舞台上に現れ、舞踊を始めると、会場内の雰囲気はみるみるうちに変わっていく。ただの建物だったそこは、一瞬にして夢の園へと変貌したのだ。
女の私でも目を離せなくなるくらい眩い。
そんな時、ふと隣の席へ視線を向けて驚く——ブラックスター王に似た顔の男性が、瞳を輝かせながら舞台を見ていたから。
始まる前、彼はあまり乗り気でないようなことを言っていた。しかし今はどうだろう。乗り気でない人間とはとても思えないような顔をしている。
そんな彼の視線の先にいたのは、一人の女性だった。
腰まで届く美しい金髪の持ち主で、その魅力は踊り子たちの中でもずば抜けて高い——そんな女性。
隣の席の彼は、たった一人の踊り子をを見つめ、頬を紅潮させていた。
それから十秒ほどして、私は違う場所にいた。
先ほどの劇場の外だろうか。二階建ての大きな建物の裏、冷たい風が吹く場所に、私はいる。
視界に入ったのは、ブラックスター王似の男性と彼が見つめていた踊り子。
「とても美しい人だ、心を奪われた」
「そ、そうですか……ありがとうございます。嬉しいです」
「無理にとは言わない。貴女が良ければ、だが、恋人になってはもらえないだろうか」
男性は妙に積極的。そこは正直意外だった。兄とのやり取りの時には、達観したような人物に見えたから。
「へ!? こ、恋人、ですか……?」
踊り子はおろおろしている。
「嫌と言うなら無理にとは言わないが」
「その……友人からでも問題ないでしょうか……?」
「もちろん」
「で、では……よろしくお願いします」
恥じらう踊り子とブラックスター王に似た男性の背中は、意外とよく似合っていた。
二つ並んでいると、既に恋人同士のようで——。
その時、再び世界が変わる。
白い石畳の地面。穢れを知らない白色のアーチ。
ここは多分ホワイトスターなのだろう。
私はアーチの陰に隠れているような位置に立っていた。
そこから見えるのは、白い詰襟の男性とあの踊り子、そして、ブラックスター王に似た男性。その三人だ。
でもなぜだろう。
隣に並んでいるのは、白詰襟の男性と踊り子だ。
状況を掴むべく、耳を澄ます。すると、彼らが発している声が聞こえてきた。
「どうなっているんだ!」
「待ってくれ、落ち着くんだ」
怒りに身を任せているのは、ブラックスター王に似ている方の男性。白い詰襟の男性は、それを何とか宥めようとしている。
「兄さんが彼女と結婚!? どう考えてもおかしいだろ!」
「じ、事情があるんだ。だから聞いてくれ。ほら……」
激昂しているブラックスター王似の男性は、兄である詰襟の男性に掴みかかる。
「弟の女を盗って楽しいか!? ふざけるな!」
「すまん……で、でもな……」
「言い訳なんざもう聞きたくないわ!」
ブラックスター王似の男性は、掴んでいた男性を放り投げると、おろおろしている踊り子へ視線を向ける。踊り子は怯えたようにびくんと体を震わせた。
「貴女は本当にこの男が好きなのか?」
「う……その、すみません……」
踊り子は畏縮しきっている。
「この男を好きなのか、と聞いているんだ!」
「はぅっ……ごめん、なさい。でも、私は……できません……王様の命令に背くなんて」
彼女がそう言った瞬間、ブラックスター王似の男性は寂しげな顔をした。
「なかったのだな、愛なんて」
小さく吐き捨てて、彼は二人の前から去る。
私が隠れているアーチのすぐ横を早足に通り過ぎる時、彼の瞳には涙の粒が浮かんでいた。
彼は一人の人間に過ぎなかったのだ、この時はまだ。
すべてを見ていた私は、彼に声をかけたい気持ちになった。今は辛くともいつか幸せは来ると、励ましたくて。でもできない。今の私はここにいないも同然だから。
恐らくこれは、ブラックスター王の記憶なのだろう。
見ているだけでも痛くて辛いものだった。
「でも……それでも……」
憎まないで、世を。
恨まないで、この世界のすべてを。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.200 )
- 日時: 2020/01/18 18:42
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1866/WgC)
episode.199 意識の帰還
ゲホッ、と息を吐き出して、現実へと引き戻された。
一度強く息を吐き出した後も喉に何かが引っかかっているような感覚がうっすらあり、咳込んでしまう。
そんな中、視界に入ってきたのは、リゴールの安堵したような顔。
「エアリ! 気がつきましたか、エアリ!」
「……う」
「良かった、本当に良かった……!」
どうやら私は横たわっているようだ。僅かに起き上がった上半身を、リゴールが片手で支えてくれている。
私の顔を覗き込むリゴールの目元は微かに赤らんでいた。
それに加え、青い瞳は潤んでいる。
そんなリゴールの顔を見て「悲しませてしまったのか」と申し訳なくも思ったが、それと同時に「帰ってくることができてよかった」と思う心もあった。
「リゴール……私、一体……?」
「王の術によって首を絞められ、呼吸が止まっていたのですよ。本当に、本当に心配しました」
呼吸が止まっていた、か。
こうして聞くと他人事としか思えない。
だが、それは紛れもなく私のことなのだ。実感はまったくもって湧かないけれど。
「それで、状況は……?」
「今はデスタンが時間を稼いでくれています」
何がどうなっているのか掴めないため尋ねてみた。するとリゴールはさらりと答えてくれた。
「え、デスタンさんが……!?」
デスタンは完全復活してはいない。それゆえ、敵と戦えるような状態ではないはずだ。そんな彼が時間稼ぎなんて、できるものなのだろうか。
「はい。そしてわたくしは人工呼吸を」
「人工呼きゅ——って、え!? それって、口づけじゃ!?」
急激に目が覚めてきた。
衝撃は大きく、しかし、おかげで私は自力で座れるところまで回復。
「口づけのカウントではありませんよ。生命のためですから」
「そ……そうよね。ごめんなさい、こんな時に」
ふざけて言ったわけではない。だが、ふざけていると受け取られる可能性もゼロではないため、一応謝罪しておいた。
上半身を起こせるところまではあっという間に回復し、意識的には普段と何ら変わらない状態までたどり着けた。記憶や思考にも違和感はないし、手足も普通に動かせそうだ。
「そうだ、剣は?」
「はい。ここにあります」
リゴールはペンダントを渡してくれる。
私はそれをそっと握った。
瞬間、全身に温かいものが流れ込んでくるのを感じる。
「……戦わなくちゃ」
今は妙にすっきりした気分。一度死にかけていたとは思えない涼しさだ。それに、なぜかやる気が湧きだしてきている。戦おう、大切な人を護ろう、そんな風に思える心も蘇ってきた。
だから私は体を起こしていく。
立つのだ、もう一度。
「む、無理をなさらないで下さい!」
「大丈夫よ」
「しかし……エアリは一度命を落としかけたのですよ……!?」
リゴールが心配してくれているのは分かる。
でも、私は剣を取って、再び立ち上がるのだ。
「剣!」
立ち上がることはできた。
ペンダントを剣の形に変えることにも成功。
その時、視線の先にいたのは、ブラックスター王とそれに対峙するデスタン。
「デスタンさん! ここからは私がやる!」
「……エアリ・フィールド」
「時間稼ぎありがとう。でも、もう大丈夫。戦えるわ」
王と対峙しながら振り返ったデスタンは、戸惑いに満ちた顔をしていた。一度は落命しかけた私がこうして再び立ち上がったことを、驚いていたのかもしれない。
正直、私だって驚いている。
一度はああして意識を失って。でもリゴールの処置のおかげでこの世に帰ってこられた。そして今、また剣を握っている。
「ぬぅ……息を吹き返したか……」
蘇った私を見て、王はいまいましげに顔をしかめていた。
「もうやられないわ」
「ほう、面白いことを言う……」
「生まれ変わった気分なの。怖いものなんてない」
実際、死にかかって生き返ったのだ。
死に近いものを経験したことがある人間ほど強いものはない。
それに、今の私には、前の私にはなかった情報がある。
それはブラックスター王の記憶。
今の私は彼の絶望の記憶を持っている。細やかなことだが、それはいずれ、どこかで私のもう一本の剣となってくれることだろう。
「ふざけたことを!」
王は怒りのあまり調子を強め、床を一度踏み締める。
その隙に、デスタンはその場から抜けた。
彼は王から離れた位置へ移動してから、まだ不安が残っているというような表情で「頼みますよ」と小さく呟く。私はそれに頷いた。
他者が期待してくれていること。
それはまた、私の力になってくれる。
「もう一度術を使うまで!」
王は片手を掲げる——が、その瞬間、リゴールの黄金の光が王の体にぶち当たった。
「ぬぅ……!?」
「させませんよ!」
勇ましく言い放つのはリゴール。
「く……邪魔しおって……」
王は前歯が欠けそうなほど力を込めて歯ぎしりする。
「気が散れば術は使えない、それは実証済みです!」
「汚い、汚いやつだ……」
安定した精神状態のもとでしか黒いリングは使えない、ということか。だとしたら、心を乱すことを繰り返しながら戦えばリングをはめられずに戦える。
王がリゴールに対して苛立っているうちに、私は剣を手に持ったまま、王の方へと接近していく。
「だが! 術が使えずとも、強化した肉体が負けるわけがない!」
威圧するような王の叫び。
気にしたら負けだ、と、私は夢中で剣を振り上げる。
「ぬぅっ!?」
考えることを止めて振り上げた剣は、王の腹部右側よりの辺りに命中。致命傷になるほど深くは入っていないが、恐らく、これまでの中では一番のダメージだろう。
王は怯んでいる。
狙うなら、今。
振り上げていたところから、柄を両手で握って勢いよく下ろす。
だが今度は反応された。王は右腕で斬撃を受け流してきた。
「そう何度もはやらせ——ぐっ!?」
言いかけて、王の目が大きく開く。
眩い光、リゴールが放った光が、王のローブの一部を焦がしていたのだった。
「エアリ! 援護はお任せを!」
「……ありがとう」
背後のリゴールを一瞥し、すぐに視線を王へ戻す。
そして、剣を振る。
王は武器を持っていない。が、肉体だけで、私の斬撃に対応してくる。
「肉体強化薬を混ぜた酒を飲んでおるのだ……小娘ごときに負けるものか……」
「それはどうかしらね!」
王と対峙し剣を振る中で、リョウカと訓練を行っていた時のことを思い起こす。
目標の動きを見極め、剣の先も己の身であると感じるほどに意識を集中させて、動き続ける。そして探し出すのだ、真に狙うべき点を。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.201 )
- 日時: 2020/01/24 19:03
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
episode.200 決着
誰かを斬る時、今でもまだ躊躇いがある。
それはきっと、人間として当たり前に持っているものなのだろう。
でも今だけはその躊躇いが薄れている。
剣を振ることにここまで集中できるのは初めての経験だ。これは、向き合っているのがリゴールを追いかけ回し続けてきた本人だからなのだろうか。そこは不明だが、これまであった躊躇いは今は消え去っている。
戦う上では、迷いは少ない方が良い。
でも、迷わず剣を振れる自分になることが少し怖くもある。
私が私でなくなってしまうような感覚。まるで、私ではない別の誰かがここにいるかのような、そんな奇妙さがあって。
けれども逃げ出すことはできない。
これが、私が選んだ道だから。
「ぬぅ……なかなかやりおる……」
「負けないわ、過去に囚われ続けているだけの人になんて」
彼の過去が暗いものであったことは理解できる。多くの苦しみと悲しみに溺れるしかなかったことも、夢を見たから知っている。
けれど、それはリゴールには関係のないこと。
リゴールはただホワイトスターの王の子として生まれただけ。そんなリゴールに過去の憎しみをすべてぶつけようなんていうのは、おかしな話だ。
「貴方とリゴールの父親の間にはいさかいがあったかもしれない。けど、それはリゴールには関係のないこと。それに、リゴールを恨んだって殺めたって、貴方の望みが叶うわけではないわ」
衝撃的なことがあって絶望するのは分かる。けれど、それに囚われて罪を犯すべきではなかった。絶望にはどこかで区切りをつけて、未来へ進むべきだったのだ。
そうすれば新たな出会いもあっただろう。嬉しいことや楽しいことも色々あったはず。苦痛も乗り越えて行けたなら、絶望の経験という強さを手にし、さらに前へ歩んでいけただろうに。
「他人の気も知らず偽善的な言葉ばかり並べおって……」
王の拳は、剣を跳ね返す。
その硬さといったら、普通の人間の拳をとうに超えている。
「そうね。私、貴方のことはそんなに詳しくない」
何でもいい。王の心を乱すことができれば、それでいいのだ。
心を乱せば隙は生まれる。
そこに叩き込む。
「分かったような口を利くな、女ごときが……!」
「そうね、私には何も分からない。愛しい女性を兄に奪われた気持ちだって分からないわ」
瞬間、王の表情が揺らぐ。
「なぜそれを……!?」
それまで攻めの姿勢を崩さなかった王の動きが、ここに来て初めて止まった。
動かない的になら私でも当てられる。
もはや迷うことなどない。
踏み込んで——薙ぐ!
「な……」
飛び散るのは、赤い飛沫。
ようやく斬撃が深く入った。
攻撃をまともに食らうとは思っていなかったのだろう、王は愕然とした顔のまま固まっている。
今ならいける、と、私はその胸を突いた。
「馬鹿な、なぜ……」
王は声を震わせる。
今の状況を理解できていないような顔。
ペンダントの剣で突いた胸元からは、黒いもやのようなものが現れる。いつか見たことがあるような、どす黒いもや。それは、地獄の底から溢れてきたかのような不気味さをまとっている。
「エアリ! 気をつけて下さい!」
背後からリゴールの声が聞こえてきた。
分かっている、まだ気は抜かない——そう答えたいが、口を動かす余裕はない。
「この身が朽ちるはず、は……ない……」
「そうかしら」
「手に入れたのだ……永久に生き長らえる、肉体、を……」
王は、途切れ途切れ、低い声を漏らす。
怒りや憎しみなど、様々な負の感情が渦巻いていそうな言い方。
今の彼は、まるで魔王だ。
一個人の判断で言って良いことではないかもしれないが、少なくとも、偉大な王ではない。
「リゴールに手出しはさせない。まだリゴールに手を出すつもりなのなら……ここで消えて!」
強く願いながら放ち、王の胸元に突き刺さっている剣を一気に振る。黒いもやが溢れるだけだった傷から赤いものが飛び散り、それが私の頬を濡らした。
剣から溢れるのは白い光。
その光は、みるみるうちに、黒いもやを消し去っていく。
「馬鹿な……なぜ……」
王は掠れた声を漏らしながら一旦座ったような体勢になり、そこから床に倒れ込む。昼寝をする直前のような動き。
私は剣先を彼に向けたまま様子を窺う。
胸を突いた。だからもうまともに動けはしないはず。ただ、想定外の動きをする可能性もゼロではないから、警戒はまだ怠らないでおく。
床に崩れ落ちた王の肉体は、塵となり、数分のうちに形を持たないものへと変貌し、完全に消滅した。
ようやく訪れる静寂。
ブラックスター王は消えた。
「……エアリ」
背後から声がして、振り返る。すると、こちらを見つめているリゴールの安堵したような顔が視界に入った。
「リゴール」
私は名を呼び返す。
「その……大丈夫なのですか?」
「体調? なら、もう大丈夫よ」
頬には赤いものがこびりついているから、今の私の顔面は少し怖い感じになってしまっているかもしれない。
「……ありがとうございました」
「え?」
「ブラックスター王は消えました。もう……襲われることはないでしょう」
リゴールに言われて、ようやく実感が湧いてきた。
私たちは倒したのだ、ブラックスターの王を。
結果的に命を奪うことになってしまった、それは申し訳ないと思う。でも、向こうが本気で仕留めにかかってきていたから、私たちに残された選択肢は「倒す」しかなかった。
他者の命を奪うことを正当化する気はない。
でも、今だけは。
「……そうね。これでもうリゴールは狙われない」
今だけは言わせて。
「良かった……!」
そう言って、私はリゴールを抱き締める。
「途中生き返らせてくれてありがとう」
一度は死にかけたのだ。あのまま死んでいたら、何も為せないまま終わっていたかもしれなかった。
リゴールには感謝しかない。
「いえ、当然のことをしたまでです」
「それでも言わせて……ありがとう、って」
「エアリはわたくしのために戦って下さいました。ですから、わたくしもエアリのためにできることをしました。それだけです」
私とリゴールが喜びを噛み締めていた、その時。
「兄さん! エアリ・フィールド!」
ウェスタが部屋に駆け込んできた。
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