コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.172 )
- 日時: 2019/12/23 11:45
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFLyzH3q)
episode.169 生きていれば
ノックに応じたグラネイトは、ふくよかなシャッフェンに床に押し倒され、動けなくなってしまった。
それも、ただ押し倒されているだけではない。
術を使えなくする紙の効果で爆発の術は封じられ、さらに刃物を突きつけられているのだ。
「狙いはグラネイト様か!?」
「そうですねぇー。それも一つといえるでしょうー」
「……殺す気なのだな?」
「そりゃあ、裏切り者は始末しますよぅー」
刃物を出し、押さえつけ、と、シャッフェンは既に本性を露わにしている。にもかかわらず、表情も声色も穏やかそのもの。
「ここからは本気ですぅー」
シャッフェンは、刃物を持っているのとは違う方の手の指で、ぱちんと音を鳴らした。
途端に、彼の後ろから謎の生物が現れる。
二足歩行の蜥蜴のような生物で、身長は一八○センチ程度。全身が赤紫の鱗に覆われていて、尾は長く、手にはそのサイズに似合わない大きなかぎ爪が生えている。僅かに開いた口からは、鮫の歯のような歯がびっしり並んでいるのが見える。
「ふ、ふはは……! 恐竜か何かか……!?」
化け物のような大きく厳つい生物が突如出現したのを目にした時は、さすがのグラネイトも動揺を隠せていなかった。
「手下ですぅー! 中を調べさせますよぅー!」
シャッフェンの指示で、蜥蜴のような生物は小屋の中へ入っていく。
その頃になって、グラネイトはハッと思い出す——奥にウェスタがいることを。
「まずいっ!」
グラネイトは咄嗟に片足を振り上げ、シャッフェンが驚いた隙に彼の下から抜け出す。そして、青い顔になりながら、小屋の奥に向かって駆ける。
「無事か!?」
彼が駆けつけた時、ウェスタは既に、蜥蜴のような生物と向き合っていた。
「……グラネイト!」
固い表情で蜥蜴のような生物と対峙していたウェスタは、グラネイトが戻ってきたことにすぐに気づく。
「安心しろウェスタ! すぐに助ける!」
そう叫び、グラネイトは蜥蜴風生物に向かって躊躇なく突進していく。
蜥蜴風生物の意識が彼へ向く。
「グラネイト様、突進ッ!!」
気を引こうとしてか、グラネイトは敢えて大声を出す。蜥蜴風生物は、彼の方に体を向け、待ち構える。
グラネイトが放つ一撃目。
長い足による蹴りを、蜥蜴風生物は短めの腕で防ぐ。
直後、防御したその腕を上手く回転させて、グラネイトの足首を掴む。
「なにっ……ぐあっ!」
足首を掴まれたグラネイトは、そのまま、床に叩きつけられた。
さらに追い討ちをかけるように、蜥蜴風生物は爪による切り裂き攻撃を繰り出す。
グラネイトは両腕を前に出し、重傷を負うことを防ぐ。
もちろん腕に傷を負うことにはなるわけだが、彼は、そこは気にしていない様子。胴体に攻撃を受けるより良い、と考えての行動なのだろう。
「ウェスタ! 今のうちに逃げろ!」
爪に袖と腕を裂かれつつも、グラネイトは叫んだ。
それに対しウェスタは、少し呆れたように「……馬鹿」と呟き、同時に手のひらから帯状の炎を放つ。
ウェスタが放った炎は、蜥蜴風生物の鱗に護られた背中に命中し、一部分を軽く焦がす。
「……こっちへ!」
「な、なにっ!?」
「早くしろ……!」
「ふ、ふはは! 承知した!」
グラネイトは素早く立ち上がり、ウェスタがいる方へと駆ける。
「大丈夫か!?」
「怪我しているのは、そっち」
「あ、あぁ……まぁ、それはそうだが……」
ウェスタとの合流に成功した瞬間、グラネイトの顔に安堵の色が滲む。腕からは一筋の血が流れ出ているが、どことなく幸せそうな顔をしている。
「すまん、ウェスタ。こんなことになってしまって申し訳ない」
「……謝る必要はない。それより、作戦を」
「そうだな。ふはは! ウェスタの言う通りだ!」
ウェスタの顔つきもいつの間にやら少し柔らかくなっている。合流できた安心感による変化かもしれない。
「そうだ、一つ言っておかねばならない」
「……何」
「グラネイト様は術が使えない状態だ」
その言葉を聞いた瞬間、ウェスタは驚きに満ちた顔をする。
「なぜ?」
「さっき玄関で男に妙な紙を押し当てられてな、その紙のせいで術が封じられている」
「そう。……分かった」
ウェスタは、可愛らしさなど欠片もないあっさりした調子で返し、グラネイトの片腕を掴む。
「なら、ここは一旦退く」
彼女は冷静さを欠いてはいなかった。
だからこそ、戦闘ではなく、その場からの退避を選んだ。
グラネイトとウェスタは、森の木の陰へ移動した。
これはウェスタの術による移動だ。
場所移動の術はグラネイトも使える。が、今の彼は使えない。どんな術も使えない状態になってしまっているから。
「移動した!?」
「黙って」
「あ、あぁ……すまん。そうだな」
周囲に人の気配はない。
「で、ウェスタ。これからどうするんだ?」
「……正面からぶつかるのは危ない」
「だな! 厄介な相手だ」
日頃はわりと楽観的なグラネイトも、さすがに、シャッフェン及びその手下が危険な敵であることは理解していた。
「こんなことをしたくはない……でも、やむを得ない」
「何をするつもりだ?」
「兄さんたちの屋敷へ行く」
「何だとぉッ!?」
ウェスタの発言に、グラネイトは愕然とする。
目も豪快に見開いていた。
「協力を求める。それしかない」
「だ、だが、そんな作戦が上手くいくとは思えないぞ……?」
グラネイトは、相手が大事なウェスタだからか、強く否定することはしない。ただ、その声色や表情からは、ウェスタが述べる作戦への不安感が滲み出ている。
「なら二人で戦う? ……無謀。勝てる可能性は低い」
——その時。
グラネイトは急にハッとした顔をする。
「もしや……怖いのか!?」
そして、傷だらけの腕でウェスタを抱き締めた。
「そうだな、ウェスタ。それがいい。匿ってもらえ。そして、もう戦うな」
「……グラネイト?」
「グラネイト様もな、もうこれ以上ウェスタに怖い思いをさせたくないぞ」
触れられただけでも乱暴な返しをしていたウェスタだから、抱き締められたりなどした日には凄まじい仕返しをしそうなもの。
しかし、今、ウェスタはじっとしている。
蹴りを入れるでもなく。
拳を突き刺すでもなく。
ただ、面に戸惑いの色を浮かべているだけ。
「……何を言っている?」
「片付けはグラネイト様がやっておく。だからウェスタは、大好きな兄の傍で心身を癒やしてくるといい」
優しい言葉をかけられ続けるウェスタには、もはや戸惑いしかない。
「ただし、グラネイト様にも、また元気な姿を見せ——」
言いかけて、グラネイトは崩れ落ちる。
ウェスタは咄嗟に彼の体を支えた。だから、彼の体は転倒せずに済んだ。だが、彼の体が持ち直すことはない。
「グラネイト? どうした?」
「……すま……ん」
「しっかり」
グラネイトは辛うじて意識を保っているが、体は脱力しきっていて。そのせいで、ウェスタに覆い被さるような体勢になってしまっている。
「……これ、は……多分……毒だろう、な……」
「……毒?」
急に弱ったグラネイトを、ウェスタは不安そうに凝視している。
「……斬られた、ところから……回ったか……?」
「グラネイト、しっかり」
「……すまん……ウェスタ……」
「謝る必要などない」
ウェスタは両手を使ってグラネイトの大きな体をしっかり支える。
「……生きていれば、それでいい」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.173 )
- 日時: 2019/12/23 11:46
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFLyzH3q)
episode.170 顔を合わせて驚いた
それは、朝のことだった。
エトーリアの屋敷に訪問者がやって来たのだ。
ここのところ訪ねてきた者が実は敵という流れが多かったため、警戒してはいたのだが、玄関で顔を合わせて驚いた。
「ウェスタさん!?」
玄関と扉を開けた時、その向こう側に立っていたのは、ウェスタ。しかも、彼女一人ではない。彼女は、グラネイトの脱力した体を抱えていた。
「……いきなりすまない」
彼女の赤い瞳には、微かに、不安の色が滲んでいる。
「ウェスタさん、一体どうしたの?」
「襲撃を受けた。できれば……この馬鹿を匿ってやってほしい」
正直、彼女がそんなことを言うとは思っておらず驚いた。
「グラネイトさんを?」
「毒を受け、動けなくなっている」
「そうなの!?」
「……馬鹿だ、この男は」
狙われている人間をこれ以上屋敷へ入れるなんて、危険かもしれない。リゴールがいるだけでもこれだけ次々敵が来るのだから、今以上狙われている人間を増やすべきではないのだろう。そんなことをしたら、バッサを始めとする一般人たちにも被害が出かねない。
……でも。
らしくなく不安げな顔をしているウェスタを目にしたら、「帰れ」なんて心ないことを言う気にはどうしてもなれなくて。
「分かったわ。取り敢えず入って」
だから私はそう言った。
「……失礼する」
「いいのいいの。気にしないで。どうぞ」
二人を招き入れた私は、早速バッサに事情を話す。
バッサは呆れていた。また人を受け入れるのか、と。
でも、怒ることはせず、医者を呼んでくれることになった。
「ウェスタさん。今、お医者さんを呼んでもらってるわ。だから、グラネイトさんは大丈夫よ」
床に寝かせたグラネイトの横に座り込み、彼を深刻な面持ちで見つめているウェスタに、私は声をかけてみた。
すると彼女は、僅かに顔を上げ、少しだけ笑みを浮かべる。
「……すまない。助かる」
それにしても、ウェスタは相変わらず美しい容姿をしている。
銀の髪は三つ編みにしても長く、しかしながらまったくぱさついていない。むしろしっとりしている。髪と同じ色の睫毛はよく目立ち、本物の睫毛とは思えぬくらいの華やかさ。
人を越えた人、というような容姿だ。
また、まとっている冷たい雰囲気も、人らしからぬ空気を高めている。
「でも、ウェスタさんたちにも襲撃だなんて、驚いたわ」
「少し前より狙われている」
「辛そうな顔をしているわね。大丈夫?」
「……問題ない」
彼女の口から出る言葉は、静かながらも強さを秘めたような言葉だ。だが、それが本当の言葉であるとは、とても思えない。襲撃され、仲間がやられたのだから、「問題ない」なわけがないのだ。強がっているだけだろう。
「ウェスタさん……あのね、こんなことを言うのは少しおかしいかもしれないけれど、辛い時は他人を頼っていいのよ」
そんなつもりはなかったのだが、やや上から目線な物言いになってしまった。
けれど、ウェスタは怒らなかった。
「……必要以上に頼る気はない。馬鹿を置いたら、出ていく」
「一人で出ていくの? 危険じゃないの?」
「迷惑はかけられない」
「ウェスタさん……全部一人で解決しようとしなくていいのよ」
私は彼女の赤い瞳を見つめながら、口を動かす。
「前はお世話になったから、今度はこちらが手を貸す番だわ」
するとウェスタは目を伏せた。
それから少し考え込むような仕草を見せ、やがて言う。
「……なら、この馬鹿を助けてやってほしい」
彼女の述べる言葉は真剣さに満ちている。
「こいつは……根っからの悪人ではない」
「そうね! 分かったわ!」
グラネイトがどのような状態なのかが分からない以上、すぐに回復するのか時間がかかるのか、その辺りは不明だ。
でも、力を貸すことはできる。
少なくとも、ここならば横になっていられる。それだけでも、外にいるよりかはましだろう。
「……本当に手を貸してくれるのか」
「えぇ。もちろんよ」
「すまない……本当に」
ウェスタは軽く俯いたまま、続ける。
「……お前には本当に申し訳ないことをした」
「え?」
「家を奪い、親しい者を傷つけた……その罪の重さは、ある程度理解しているつもり……だが、もはや償いようがない」
そんな風に述べる彼女の表情は暗かった。
ここで別れたら闇にまぎれて消えてしまいそうな、そんな気さえする。
「そんな顔しないで、ウェスタさん」
「……何」
「あの時の貴女はブラックスターに仕えていたんだもの、仕方ないわ」
私はそう思うのだが、彼女はそれでは納得できないようで。
「それは言い訳にはならない」
彼女は恐ろしいほどに淡々としていた。
ただ、とても悲しそうだ。
「罪は罪。それに変わりはない」
「そんなことないわ。いや、そうなのかもしれないけど……でも私は貴女を責めようとは思わないの」
「……それは嘘。そのくらい分かる」
「そんなことない! 嘘なんかじゃないわ!」
屋敷を焼かれたことも、村から逃げざるを得なかったことも、父親の命が失われたことも、どれも消えることのない事実。
でも、ウェスタはもう心を入れ替えている。
あの頃の彼女と今の彼女は同じではない。
だから、罪の意識に苦しみ続けることはない——私はそう思っている。
「私、もう気にしてないわ! だから、ウェスタさんも、そんなに自分を責めなくていいの!」
心をそのまま述べる。
それを聞いたウェスタは、戸惑っているようだった。
「……そうは思えない」
「貴女は思えなくても、私には思えるの」
「……そこまでして優しく見せたいのか?」
「ち、違うわよ! ちょっと失礼ね!」
するとウェスタは、ふふ、と笑った。
「……ありがとう。感謝する」
彼女の頬が緩むのを見た瞬間、私はなぜか妙にドキッとした。
もちろん、良い意味で。
「だが、礼をしないわけにはいかない。力になれることがあれば……今後も言ってほしい」
その頃になって、医者が現れた。
バッサもいる。この場所までの案内役として。
「お待たせして悪いねぇ」
六十代くらいの医者は柔らかな口調で謝りつつ、グラネイトの傍にしゃがみ込む。
「怪我人とは、彼のことかな?」
「はい。毒が入っているかもしれないとのことで」
医者の問いには、私が答えておく。
「毒。これまた強烈なのが来たねぇ」
「よろしくお願いします」
「もちろんもちろん。任せなさい」
医者との軽いやり取りを終えたタイミングで、バッサは、この場から移動することを提案してきた。医者がグラネイトを診てくれている間お茶を飲んで休憩してはどうか、という提案だった。
気分を変えることは大切だ。
特に、ウェスタは。
だから私はバッサの提案に頷いた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.174 )
- 日時: 2019/12/27 03:34
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xJyEGrK2)
episode.171 感動できそうでできない再会
ウェスタと共に、一旦、食堂へと移動。
向かい合わせに座るや否や、ウェスタは言ってくる。
「……立派な建物だ」
ウェスタは感心しているようだ。首から上を動かし、周囲を見回している。
「母の家なの」
「……そう」
「ウェスタさんとここで話す日が来るとは思わなかったわ」
「だね。こちらも……こんな日が来ることは想像していなかった」
そんな風に少しばかり言葉を交わしている途中で、お盆を持ったバッサが歩いてきていることに気づく。
「お茶が入りましたよ、エアリお嬢様」
そう言って、バッサは、カップ二つと丸いポットを乗せたお盆をテーブルに置く。それから丸いポットを持ち上げ、注ぎ口が下になるよう傾ける。注ぎ口から流れ出るのは茶色の液体。さらさらと流れ出るそれが、あれよあれよという間にカップを満たしてゆく。
「お待たせしました」
バッサは慣れた手つきで液体をカップへ注ぎ入れ、完了すると、カップの位置をずらす。私とウェスタ、それぞれの前にカップがくるように、丁寧に動かしてくれた。
「どうぞ」
「これは……?」
「お茶ですよ」
「……すまない。感謝する」
ウェスタが軽く会釈すると、バッサは「いえいえ」と言いながら微笑む。
そして、バッサは去っていた。
彼女の冷静さは、私にとってはとてもありがたいものだ。突然の訪問者にも慌てふためくことなく適切な動きを取ってくれるから、本当に頼りになる。
「……善い人だ」
目の前のカップをじっと見つめながら、ウェスタはそんなことを呟く。
「優秀な手下を持っている……さすがと言わざるを得ない」
「何それ。ウェスタさんって、少し変わってるわね」
「そんなことはない。……では早速、いただく」
ウェスタはカップに手を伸ばす。そして、一切の躊躇なく、カップを持ち上げた。それから、カップの端に唇をそっと当てる。
飲み始めたみたいだ。
警戒されるかもと不安もあったが、杞憂だったようだ。
ウェスタと二人きりのティータイムは、とにかく静かだった。相手がエトーリアやリゴールならば少しは話せただろうが、ウェスタ相手だとどうしても言葉選びに迷ってしまうのだ。そのせいで、会話が途切れてしまいがちなのである。
三十分ほどが経過して。
ちょうどお茶を飲み終えた頃に、バッサがやって来た。
「あ、回収に来てくれたの?」
「それもありますが、本題はそちらではありません」
……違ったのか。
「先ほど男性の治療が終了したようでしたので、お知らせに参りました」
グラネイトの治療が終わったということを知らせに来てくれただけだったようだ。
ただ、素早く知らせに来てくれるというのは非常にありがたいことである。
「ありがとう、バッサ!」
「いえいえ」
話が一段落したところで、ウェスタに視線を向ける。
「会いに行く?」
「……そうさせてもらう」
私が放った問いに対し、ウェスタははっきりと答えた。しかも、ただ答えただけではない。答えた時には既に腰を上げていた。
バッサからの知らせを受け、私とウェスタは、横たわるグラネイトと医者がいる部屋へ急行する。
到着した時、グラネイトはまだ意識を失っているようで、床に横になってじっとしていた。
「あぁ、また来てくれたんだね。悪いねぇ、わざわざ」
私とウェスタの登場に気づいた医者は穏やかな面持ちで口を動かす。
「傷口の洗浄をしておいたよ。それと、念のため、毒消しを塗っておいた」
「……感謝する」
何か言わねばと考えているうちに、ウェスタが礼を述べた。
そんな彼女に向けて、医者は緑色の小瓶を差し出す。
「はい」
「……これは?」
ウェスタは怪訝な顔をしながら小瓶を受け取る。
「飲むタイプの毒消し薬だよ。意識が戻ったら飲ませておいてくれるかな」
「毒消し薬……そんなものが」
「あ、でも、あまり美味しくないからね。飲みづらかったら湯か何かで薄めて飲むと良いよ」
医者は穏やかな表情で説明する。ウェスタは真剣に聞いていた。
「そうか。分かった」
「取り敢えず、一日二日くらいは一日三回でね」
優しく述べる医者。
ウェスタは頷く。
「承知した」
そこで、医者は話題を変える。
「さて! では会計といこうかな!」
……そうだ。
失念してしまっていたが、医者を呼んで診てもらったということは金を支払わなくてはならないということ。
逃げてきたようだったから、ウェスタも所持金はないだろうし、どうすれば良いのだろう?
「えぇと、だね……」
まずいぞ、このままでは。
そう思い密かに焦っていた、その時。
「失礼します」
背後から声がした。
振り返ると、そこにはデスタンの姿が。
「兄さん……!」
「久々だな、ウェスタ」
ウェスタは彼女にしては派手に驚いた顔をしている。
だが、デスタンは少しも驚いていない。
彼は歩く速度を落とさぬまま、医者の前まで直行。そして、医者のすぐ傍に座り込む。
「遅れてすみません。支払いは私がします」
「あぁ! そうだったのだね! では、えぇと……」
グラネイトの件の支払いは、結局、デスタンが済ませてくれた。
「兄さん……」
「今回は払っておいてやる」
「……すまない」
運命に引き離された兄と妹の、感動の再会。
だが、デスタンのテンションが低いせいでさほど感動的でなくなってしまっている。
「事情は聞いた。だから今回は気にするな」
「……ありがとう兄さん」
「だが、代わりに頼みがある」
「……頼み?」
首を傾げるウェスタに、デスタンはさらりと言い放つ。
「王子をお護りするために、手を貸せ」
ウェスタは顔全体に戸惑いの色を浮かべながら、「どういうこと?」と発言の意図を尋ねる。
「今まともに戦えるのは、エアリ・フィールドと王子自身だけ。ブラックスターの輩を退け続けなくてはならないことを考えると、明らかに戦力不足」
デスタンがそこまで言った時、ウェスタは突然晴れやかな顔つきになる。
「つまり、本格的に戦力になれということか……!」
ウェスタはなぜか嬉しそう。
「できるか? ウェスタ」
「もちろん。……兄さんのためなら何でもできる!」
やけに嬉しそうなウェスタを見ていたら、不思議な気分になってきた。冷血な印象だった彼女が、生き生きした顔をしているからだ。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.175 )
- 日時: 2019/12/27 03:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xJyEGrK2)
episode.172 口移し
その日の夕方頃、グラネイトは目を覚ました。
バッサから知らせを受け、ウェスタは彼のもとへと急行。私はそれに同行した。
もちろん、でしゃばって同行したわけではない。ウェスタが「一緒に来てもらえると助かる」と言ってきたから、共に行くことにしたのだ。
「ウェスタ!」
目的地に到着するや否や、床に横たわっていたグラネイトは体を起こす。
「グラネイト、調子はどうだ」
ウェスタはやや早足気味で彼の傍まで行き、しゃがみ込む。
「……大丈夫なのか、グラネイト」
グラネイトが絡んでくる時、彼女はいつも面倒臭そうな顔をする。そして、恐ろしいほど心ない接し方をする。それを見ていたら、ウェスタはグラネイトを嫌っているようにも思えるのだが、案外そうではないのかもしれない。
ウェスタはグラネイトにベタベタされるのは嫌い。
でも、グラネイト自体が嫌いなわけではない。
——そういう可能性だって、大いにある。
「ふはは! 何だか元気になっているぞ!」
本当に元気そうだ。先ほどまで意識を失っていたとはとても思えない。
「それは良かった」
「ふはははは! ……って、なにッ!? まさかウェスタ、グラネイト様のことを心配してくれて……!?」
グラネイトは口をぽっかり開けながらウェスタを見つめている。
「いきなり倒れる方が悪い」
「す、すまん! アレは完全に、こっちが悪かった!」
「……運ぶのが重たかった」
「すまん! だが、背が高いのはどうしようもない!」
「……分かっている。責める気はない……気にするな」
そんな風に暫し言葉を交わした後、グラネイトは初めて視線を動かした。ウェスタから私の方へと、彼の視線は移る。
「エアリ・フィールド!?」
言って、グラネイトは大袈裟に驚いたような動作をした。
そんなに大きな衝撃を受けるようなタイミングではないと思うのだが……。
「なぜに!?」
「ここは私の母の家です」
「何だとォッ!?」
驚きのあまり口を閉じられない、というような顔だ。
「ウェスタがここまで運んだのか!?」
「そう」
「ば、馬鹿な……。本気でエアリ・フィールドのところまで行くとは……」
私の存在に気づいてから大きな衝撃を受けてばかりのグラネイトに、ウェスタは冷ややかな視線を向ける。そして、述べる。
「……ここに連れてきてはいけなかったの」
どこか不満げな口調。
せっかくの気遣いを否定されたような気がしてしまったのかもしれない。
「い、いや! そうではないぞ!」
「……それは嘘」
「違う! ウェスタの行動を否定する気はない!」
グラネイトは慌てて言うけれど、ウェスタは不機嫌な顔のまま。
ある意味では、不機嫌な顔をできているだけ幸せと言えるかもしれないけれど。
それから十秒ほど沈黙があり、その後、ウェスタは小瓶を取り出す。そう、医者から貰っていた小瓶だ。
「……まぁいい。薬がある。飲め」
「薬!?」
「医者によれば、毒に効く薬だとか」
ウェスタは緑色の小瓶の蓋を開けると、その蓋に瓶内の液体を注ぎ入れる。そして、液体に満たされた蓋を、グラネイトへ手渡す。
「飲め」
すると、グラネイトは急に真面目な顔になって発する。
「ウェスタ。口移しで飲ませてくれ」
刹那、ウェスタの眉間のしわが倍増した。
手もぷるぷると震えている。
「いいから飲め……!」
震えているのは手だけではない。声もだ。
「口移しで飲ませてはくれないのか?」
グラネイトはさらに言う。
その直後、ウェスタは彼の蓋を持っている方の腕を強く掴んだ。
さらに、掴んだ腕を、無理矢理彼の口もとへと近づけていく。腕を怪我しているグラネイトは「痛!これは痛いぞ!」と嘆いても、お構いなしだ。
力ずくで飲ませられかけたグラネイトは、ついに降参する。
「す、すまん! 飲む! 飲むから!」
「……余計なことは二度と言うな」
「分かった分かった! もちろんそうする! だから離してくれッ!!」
グラネイトがそこまで言って、ウェスタはようやく手を離した。
体と体の距離の近さ。接し方の遠慮のなさ。それらを見ていたら、二人の間にどのような絆があるかはすぐに分かる。
「……飲むのは一日三回と言われている」
「そんなになのか!?」
「最初のうちは、そうらしい」
「このグラネイト様、薬は苦手だが……仕方がない。我慢するぞ! 我慢我慢!」
こうして、エトーリアの屋敷で暮らす人の数がまた増えた。
ただ、動けるウェスタが街でこっそり食べ物を買ってきたりしてくれるので、こちら側の負担は小さい。
初めてウェスタに会った時、デスタンの一番近くにありたいミセは、凄く警戒しているようだった。でも、ウェスタがデスタンの実妹なのだと知ってからは、ミセも警戒心を剥き出しにはしなくなって。ウェスタとミセは、ほんの少しの時間だけで、多少話したりできる関係になっていた。
一方グラネイトはというと、じっとしているのが若干辛いのか、いつもそわそわしていた。ただ、ウェスタが会いに来た時だけは、とても楽しそうにしていたけれど。
二人が屋敷に住み始めて五日ほどが経過した、ある日。
廊下を一人で歩いていると、突然、どこかからガラスが割れるような音が聞こえてきて。
剣を持ったまま、音がした方に向かって駆ける。
そこへ行くと、偶然か必然か、リゴールも様子を見に来ていた。
彼は手に本を持っており、険しい顔つきをしている。
「リゴール! 何かあったの!?」
「エアリですか……!」
目を凝らすと、彼の向こう側に謎の生物がいるのが見えた。
両腕が翼の形状になっているタイプが、三体ほど。
「先ほど、生物が侵入してきたようで!」
「いきなり!?」
よく考えてみればありそうなことではあるのだが、窓から突撃してくる可能性は考えていなかったため、少し衝撃を受けた。
でも、呑気に衝撃を受けている場合ではない。
目の前に敵がいるのだから戦わなくては。
「すぐに片付けます!」
リゴールは勇ましくそんなことを言うが、敵の狙いである彼を一人で戦わせるわけにはいかない。
「待って!」
だからこそ、私は前へ出た。
「ここは私が倒すわ」
「え!」
「ここだけじゃないかもしれないから、リゴールはこのことを皆に知らせておいて」
巨大な敵なら倒すのは難しいかもしれないが、腕が翼になっているこのタイプぐらいなら、私一人でも倒せるだろう。数も、大量にいるというわけではないし。
「し、しかし……!」
「大丈夫よ! 任せて!」
「は……はい。お気をつけて」
戸惑った顔をしながらも、リゴールは駆けていった。
「よし。倒すわよ」
ペンダントの剣ではなく、この前購入した剣を握る。
この剣で戦うのは初めて。だから、ペンダントの剣を握っている時とは少し違った、別の意味での緊張感がある。
でも、きっと大丈夫。
勝てる。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.176 )
- 日時: 2019/12/27 03:36
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xJyEGrK2)
episode.173 迫る敵を斬る
迫る敵を——斬る。
使い慣れない剣は心なしか重く、ペンダントの剣を振る時とは少し感じが違う。
だが、扱えないということはない。
それに、切れ味も悪くない。
斬った時の感覚は、ペンダントの剣よりはっきりしている。
腕が翼になった鳥のような生物は、鼓膜を貫くような甲高い声を放ちながら向かってくる。しかし恐れるほどの敵ではない。動きが単調だから、攻撃も避けられる。
「これで終わりよ!」
一体を薙ぎ払い、もう一体を刺し貫く。すぐに抜いて、迫ってくる最後の一体を斜めに斬る。
倒れた生物たちは、十数秒ほどかけて消滅した。
「やったわ……!」
私は一人、小さく拳を握る。
一人で戦えたという達成感に満ちている。
だが、目の前の三体を仕留めたからといって、それですべてが終わったわけではない。他の場所でも同様のことが起こっているかもしれないから、様子を見に行かなくては。
こうして私は、リゴールが走っていった方向へと歩みを進めるのだった。
途中、デスタンと遭遇する。
シンプルな服装の彼の後ろには、不安げな面持ちのミセもいる。
「エアリ・フィールド。……奇遇ですね」
「あ。デスタンさん」
「昼間から、何の騒ぎです」
デスタンは真顔で尋ねてくる。
「さっきブラックスターの手先の生物が、急に入ってきたの」
そう答えると、彼はさりげなく視線を下ろす。そして私の手元を見る。それによって察したのか、顔を上げ、真剣な声色で言ってくる。
「……既に交戦したのですね」
「えぇ」
「そうですか。で、貴女は今からどちらへ?」
ミセはデスタンの背中に身を寄せながらも、さりげなく私を観察している。
「リゴールに会いに行くつもりよ。ウェスタさんたちのところにでもいるんじゃないかって思うから、ウェスタさんのいそうなところへ行ってみるわ」
するとデスタンは、真っ直ぐな口調で言ってくる。
「私も行きます」
デスタンの体はもうだいぶ回復してきつつある。歩く、座る——そういった日常生活に必要な動きができるくらいの状態にはなっている。
でも、戦うのはさすがにまだ無理だろう。
前に出たり後ろへ下がったりなどを素早く行ったり、攻撃を仕掛けたり、そういうことができるほどは回復していないはずだ。
そんな状態の体で敵と対峙することになれば、そこには危険しかない。
「危険かもしれないわよ?」
部屋にこもっていれば安全という保証があるわけではないけれど、でも、むやみに敵前に姿を現すのはあまり良くないと言えるだろう。
「危険など、覚悟の上です」
「……無理してない?」
「いちいち鬱陶しい女ですね」
私が余計なことばかり確認する鬱陶しい女だということは、自分でも認識している。
ただ、それでも聞かずにはいられない。
そういう質たちの人間だから仕方がないのだ。
「ごめんなさい。じゃ、行きましょ」
「最初からそう言って下さい」
「ごめんって謝ったでしょ! もう許してちょうだい」
「……まったく気が強いですね」
デスタンは相変わらず。今日も口が悪い。特に、時折さりげなく毒を吐いてくるところが、若干不快だったりする。
ただ、元気がないよりかはずっと良い。
棘のある発言をするというのは、それを考え発するだけの元気があるということだから、一概に悪いこととは言えないのだ。
デスタンとミセ、二人と合流し、私はまた歩く。
目的地は、ウェスタが泊まっている部屋。
リゴールは多分そこにいるだろう。デスタンのところへ行ったのでなかったのなら、そこくらいしか考えられない。
ウェスタを泊めている部屋に入る。
リゴールはやはりそこにいた。
部屋にいるのは彼だけではない。グラネイトもいる。
ただ、ウェスタの姿はないけれど。
「エアリ! 倒せたのですか!?」
私が入ったことに気づくや否や、リゴールは歩み寄ってきた。
「えぇ。倒したわ」
「素晴らしいですね」
「褒めてくれてありがとう」
ほんの束の間だけど、心が温かくなったような気がした。
「で、動きは?」
「現在はウェスタ……さんが、警戒に当たってくれています」
そう答えた直後、彼は、私の後ろにいるデスタンの存在に気づいたようで。ハッと何かに気がついたかのような顔をする。
「デスタンも一緒でしたか!」
「はい」
「ここは危険ですよ!?」
「何やら音がしたので見に来ていたところ、エアリ・フィールドに遭遇し、合流しました」
デスタンの背後に隠れるようにしてついてきているミセは、「アタシも一緒よーぅ」と本当に小さな声で言っていた。地味に存在を主張している。
——刹那。
部屋の外から、ドォンという低い音。
その場にいた全員の顔に警戒の色が浮かぶ。
「行って参ります!」
一番に口を開いたのはリゴール。
彼は、言葉を発するのとほぼ同時のタイミングで、足を動かし始めていた。
私は僅かに遅れながらもその背を追う。
部屋から出た瞬間、床に座り込んでいるウェスタの姿が視界に入った。
「ウェスタさん!?」
「……エアリ・フィールド」
「何事なの!?」
「……敵」
彼女の発言を聞いてから、周囲へ視線を巡らせる。
すると、謎の生物の姿が目に映った。
背は高く、二足歩行で、しかしながら蜥蜴のような、謎の生物。現在私に見えているのは一体だが、一体だけであっても迫力はかなりある。
「何あれ……」
やたらと襲い掛かってくる怪しい生物は、これまでにも何度か出会ったことがある。だが、ここまで迫力のあるタイプは初めてだ。
「結構パワーがある。気をつけた方が良い」
ウェスタが忠告してくれる。
「リゴール、これ持ってて」
「剣、ですか?」
「えぇ。今回はペンダントの方を使うわ」
胸元のペンダントを握り、剣へと変化させる。
眩い輝きの中、一振りの剣が現れた。
「エアリ・フィールド……!?」
「私が戦うわ」
「お前は確かに筋がいい。でも、それで勝てる相手ではない」
ウェスタの発言はもっともだ。
けれど、だからといって諦めていては、何も始まらない。
「エアリ! 大丈夫なのですか!?」
背後からリゴールの声が飛んできた。
「分からないわ。でもやってみる」
「心配しかありませんよ!?」
「そうね。だけど、誰かがやらなくちゃならないことよ」
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