コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.57 )
- 日時: 2019/08/07 23:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: jX/c7tjl)
episode.54 素っ気ない
あれ以降、デスタンが素っ気ない。
いや、彼が私に冷たいというのは、今に始まったことではない。それは前から。だから、今さら驚くようなことではない。
ただ、最近の彼がおかしいところは、リゴールにも素っ気ないところである。
しかも、一日二日ならまだしも、既に一週間が過ぎているというのにその状態が継続しているのだ。どう考えても、おかしいとしか思えない。
これまでのデスタンは、リゴールを大切に思っているようなことを言っていたし、それに相応しい行動をとっていた。家にいる間は、リゴールの傍にいることも多かった。
しかし彼は、あれ以来変わってしまった。
私だけでなくリゴールにまで素っ気ないし、ミセといちゃつく会にも参加していないようだし。
そんなある昼下がり、ミセの家の廊下で浮かない顔のデスタンと遭遇した。
「デスタンさん!」
私は声をかけた。
この機会にどうなっているのか聞こうと思って。
「……何か」
「今、少し構わないかしら」
「……どうかしましたか」
冷ややかなデスタンの瞳に見つめられると、うなじが粟立つ。何でもない、とだけ言って速やかに別れたいような感覚に襲われた。
それでも、私は話を続ける。
「どうしてリゴールに素っ気なくするの」
リゴールは、デスタンが自分に素っ気ない態度をとられることを、凄く気にしていた。それも「自分がデスタンを傷つけてしまったのかもしれない」というような心配の仕方だった。
自分に罪があるかのように思って心配しているリゴールなんて、気の毒で見ていられない。
「私やミセさんに素っ気ないのはまだ分かるわ。けど、リゴールにまで素っ気ない態度をとる必要なんて、欠片もないじゃない」
デスタンは足を止め、私の鼻辺りを凝視している。
「リゴールは自分を責めているの。自分がデスタンを傷つけてしまったのかもしれない、って。もうこれ以上彼を不安にさせないで」
「……はぁ」
面倒臭そうな顔をされてしまった。
本来なら苛立つところだが、今は、呑気に小さなことで苛立っている場合ではない。
私はさらに問いを放つ。
「リゴールに素っ気なくする理由は何?」
デスタンはすぐには答えなかった。が、十秒ほど経過した後、静かに口を開いた。
「……迷惑をかけたくないので」
想定外の答えに戸惑う。
「え……それはどういう……」
「言っても分からないでしょう、貴女には」
「な、何よ! その言い方!」
失礼な発言にカチンときて、つい調子を強めてしまう。だが今日は「こんなことに腹を立てている場合じゃない」と気づき、何とか冷静さを取り戻すことができた。
「……ま、それはともかく。これ以上リゴールを心配させたら、許さないわ。たとえどんな理由があったとしてもね」
私がそう言った直後、デスタンは突然、ふっと笑みをこぼした。
なぜ笑うのか分からず、戸惑う。
「な……どうして笑うのよ。私を馬鹿にしているの?」
「まさか」
「だったら何なの?」
問うと、デスタンは微笑んだ。
「王子も安心ですね……貴女のような人が傍にいれば」
その微笑みは、彼がいつもミセに向けていたような、作り物の微笑みではなく。もっと自然で柔らかく、素朴なものだった。
——だが、どこか寂しげだ。
それに、今の彼の微笑みは、ある日突然消えてしまいそうな儚さを、確かに含んでいる。
「え……いきなりどうしたのよ、デスタンさん。貴方はそういう性格じゃないわよね。もしかして……まだ操られてる?」
すると彼はきっぱり「それはありません」と返してきた。
それでこそデスタン。
その冷ややかではっきりした言動が、彼らしさ。
急に微笑んだりされたら、逆に不安になってしまう。
「……では。そろそろ失礼します」
「待って!」
再び歩き出そうとしたデスタンの手首を、私は、半ば無意識のうちに掴んでいた。考えるより先に体が動いていたのである。
「リゴールのところへ行きましょ!」
「……は?」
素で返されてしまった。
もう少し気を遣ってくれてもいいのに、などと内心愚痴を漏らしつつも、平静を保って述べる。
「リゴールに、なぜ素っ気なくしていたのか、きちんと話してあげてほしいの」
「……なぜ貴女に命令されなくてはいけないのか、理解できません」
「命令しているわけじゃないわ。ただ、リゴールのことを思って頼んでいるの」
「……王子の頼みならともかく、貴女の頼みに応じる気は微塵もありません」
どうしてそんなに頑ななの!
少し苛立った私は、掴んでいたデスタンの手を引っ張る。
「なっ……」
「いいから、来て!」
リゴールに素っ気なくしていたのが、幻滅しただとか、付き合いきれなくなったとか、そういう理由でないのなら、会うことに問題はないはずだ。
私はデスタンを、引きずるようにしながら、リゴールがいる部屋——私とリゴールの自室まで、何とか連れていった。
扉を開け、私が先に部屋に入る。
すると、ベッドの上で座っていたリゴールが、すぐに視線をこちらへ向けた。
「エアリ……!」
「ただいま、リゴール」
リゴールの瞳は輝いている。
「デスタンさんを連れてきたわ」
「えっ……」
それまでの嬉しそうな表情から一変、顔面を曇らせるリゴール。さらに、私の後ろからデスタンが現れたのを見て、リゴールは気まずそうな顔をする。が、そんなことは気にせず、デスタンをリゴールの近くまで連れていく。
「デスタン……来て下さったのですか」
先に口を開いたのは、物凄く気まずそうな顔をしているリゴールの方。
「連れてこられたのです」
「……そ、そうですよね。すみません」
リゴールは小動物のように身を縮めた。この場にいることが辛い、とでも言いたげな顔をしている。
そして訪れる静寂。
次にそれを破ったのは、デスタンだった。
「王子。正直に答えていただきたいのですが」
デスタンがいきなり自ら話し出したものだから、リゴールは驚きと戸惑いが混じったような表情になる。
「は、はい……」
「貴方は今でも、私を必要としていますか」
「え……。なぜそのようなことを?」
「答えて下さい」
淡々と言われたリゴールは、顔色を窺うようにデスタンを見ながら、小さく答える。
「それは……もちろん、です」
「気を遣うことはありません。本当のことを答えて下さい」
「わ、わたくしは嘘はつきません!」
リゴールは調子を強める。
「わたくしには貴方が必要! それに嘘偽りはありません!」
しかし、デスタンは固い顔つきのまま。
「私は貴方を傷つけました。それでも貴方は、私を信頼するのですか」
「何を聞いているのですか? 攻撃したのはデスタンの意思ではない……にもかかわらず、わたくしが貴方を責めるとお思いで?」
問いに問いが被さり、表現しづらい空気が漂う。
直後、リゴールは何か閃いたような顔をする。
「もしかして。デスタンがここのところあまり接して下さらなかったのは、それを気にしていたからなのですか?」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.58 )
- 日時: 2019/08/10 04:52
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFLyzH3q)
episode.55 今日は快晴、お散歩日和
リゴールは相変わらず自信なさげな顔つきをしていたが、その発言は的を射ていた。
「……はい。また迷惑をかけることになってはいけないと思い」
デスタンは素直に頷いて述べる。
すると、リゴールはベッドからゆっくりと立ち上がった。
「良かった……! わたくしのことが嫌いになったというわけではなかったのですね……!」
自身よりずっと背の高いデスタンを見上げ、リゴールは嬉しそうに発する。嫌われたわけではないと分かり安心したらしく、外敵に怯える小動物のようだった顔面はほぐれ、柔らかな顔つきになっていた。
「何というか、すみません」
「いえ! 謝らないで下さい! 嬉しいことですから!」
子どものように無垢な笑みを浮かべるリゴールを目にしたからか、デスタンも若干柔らかい顔つきになっている。
険しい道を行くからこそ。
危機がすぐ傍に存在する暮らしだからこそ。
笑顔でいてほしい。
柔らかな雰囲気に包まれている二人を眺めていると、その思いが伝わったような気がして、私も少し嬉しくなった。
「ところでデスタン、貴方の怪我は問題ないのですか?」
「怪我、とは」
デスタンは首を傾げる。そんな、よく分かっていない様子の彼に対し、リゴールははっきり告げる。
「連れていかれる時、トランにやられた傷のことです!」
するとデスタンは、無表情のまま、ゆっくりと頭を縦に動かした。
「なるほど。それなら問題ありません。なぜか手当てされていましたので」
きょとんとした顔になるリゴール。
「な……手当てされていたのですか?」
「はい」
デスタンの短くもしっかりした返答を聞き、リゴールは面に安堵の色を滲ませる。
「それは良かったです。が、少し意外です。ブラックスターの者がそのような親切なことをするとは……あ、いえ! ブラックスターを悪く言っているわけでは! その……ないのですよ!?」
安堵の色を浮かべていたかと思えば、急に慌て出す。それも、何か言われたわけでもないのに。
リゴールの言動は、とにかく落ち着きがなかった。
「落ち着いて下さい、王子」
「あ。は、はい……すみません……」
デスタンが落ち着くよう言ったからリゴールは止まった。が、もしデスタンが落ち着くよう言わなかったとしたら、リゴールはもっとあたふたし続けていたことだろう。
「で、では……デスタン。いきなりで申し訳ありませんが、散歩にでもいきませんか?」
「なぜですか」
「実はわたくし、少し外の空気を吸いたかったのです」
「そうですか、分かりました」
背中に傷を負って以降、リゴールはずっとミセの家の中にいた。直後は一日のほとんどの時間をベッドに横になって過ごしていたし。数日が経過して動けるようになってきてからも、たまに家の中をうろつく程度だったし。だから、段々「外の空気を吸いたい」と思ってくるのも、無理はないだろう。
そんなことを考えつつ二人の様子を眺めていると、リゴールが突然こちらへ視線を向けてきた。
「構いませんよね? エアリ」
「え。どうして私なの」
「少しくらいなら外へ行っても問題ありませんよね?」
いや、取り敢えず私の発言も聞いてほしいのだが。
「え、えぇ。激しい運動でなければ大丈夫だと思うけど……」
「では少し、行って参ります!」
急展開過ぎてついていけない。
「ちょっと待って。どこへ行くの?」
「そこらまでのつもりですが……何か問題がありますか?」
散歩と言いつつ遠くまで行く、ということがあったらと思い、一応聞いてみたのだ。が、返ってきたのは「そこらまで」という答え。私は少し安心した。
「あ! もし良ければ、エアリも一緒に行きますか?」
「悪いわ。せっかく二人で語らえる時間なのに」
「いえ! わたくしはエアリも一緒の方が嬉しいです!」
なんのこっちゃら。
そうして私は、二人と一緒に家の外へ出た。
今日は快晴。
空は青く澄んでいて、ただ見上げるだけで心を爽やかにしてくれる。
「よく晴れていますね……!」
頼りない足取りで歩いていたリゴールは、家から出るや否や、感心したように瞳を輝かせる。
高台から見下ろす街。
溶け合うような、空と海の境界線。
言葉にならないくらい美しい光景だ。
「快晴だわ」
「実に素晴らしい。散歩にはもってこいですね……!」
リゴールは元気そうだ。ただ、足取りだけはまだ怪しさが残っているので、私は彼のすぐ横を歩くよう心がけた。よろけた時に素早く支えられるように、である。
一方デスタンはというと、後ろから、さりげなく私たちについてきていた。
それでいいの?
リゴールとデスタンが散歩する会なのではないの?
細やかな疑問は尽きないが、それらは無視して、私は足を動かし続けた。
「王子、家から離れていますが」
デスタンがそう発した時、私たちは、ミセの家からかなり離れたところまで来てしまっていた。
遠出をするつもりはなくて。でも、温かい日差しの中を、ゆったり歩いていたら、いつの間にやら結構移動してしまっていたのである。
「あ。そういえばそうですね」
雄大な印象を与える樹木を見上げながら、リゴールはあっさりと返す。
「遠出はしないという話だったのでは」
「そうですね。でも、自然の中にいると心が安らぐので、帰りたくなくなってきました」
最初こそ頼りない足取りだったリゴールだが、歩くことに慣れてきたのか、段々軽やかに歩けるようになってきている。
「話が違います」
せっかく楽しい散歩中だというのに、デスタンは不機嫌そうな顔をしている。
「まぁまぁ、そう固いことを言わないで下さい!」
「王子は警戒心が薄すぎます。何かあったらどうするのです」
「それはそうですが……。ただ、ずっとそんなことを言っていては、楽しみがなくなってしまいます。わたくし、そんな人生は嫌です」
警戒心の欠片もないリゴールに、デスタンは呆れ果てた顔をする。
「まったく……」
「もし何かあっても、エアリとデスタンがいてくれれば安心です!」
「なぜそんなに呑気なのですか……」
リゴールはご機嫌だ。
ただ、なぜか妙にわがままでもある。
「エアリ! もっと色々なところへ行ってみたいです!」
天真爛漫なのは良い。だが、ミセの家から離れすぎるのは、危険と言えるだろう。何か事件が起きたり敵に襲われたりした時にすぐに避難できないというのは、危険である。
「リゴール……今日はそろそろ戻った方がいいわ」
「……エアリ?」
「デスタンもああ言っていたし、そろそろ戻りましょうか」
やんわり提案してみたところ、「えぇー」というような顔をされてしまった。
「きっと、帰り道も色々見られるわよ」
「それはそうですが……」
「じゃ、決まりね!」
「は、はい……」
こうして、取り敢えず引き返すことにしたのだった——が、何もなく終わるはずがなかった。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.59 )
- 日時: 2019/08/10 04:54
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: ZFLyzH3q)
episode.56 馬鹿みたいな笑い声
「敵!?」
ミセの家へ戻ろうと引き返し始めて一二分が経過した時、草が生い茂った木々の隙間から、敵が現れた。
ちなみにその敵とは、グラネイトなんかが手下としてよく使っていた、小柄な人間のような生物である。
「下がって、リゴール!」
「は、はい」
茂みから飛び出してきた一体の顎に肘を叩きつけ、リゴールを咄嗟に庇う。
それから私は、少し離れた場所にいたデスタンへ声をかける。
彼の付近にも敵は出現していたようだ。
しかし彼は、何も発さず、足を使って敵を蹴り飛ばしていた。
「デスタンさん、平気!?」
リゴールを庇いつつ、デスタンの方へと接近する。
「はい」
「これは、またまたブラックスターのやつね」
「数が多く面倒です」
「そうね……」
一体一体ぷちぷち潰していくでも問題はないわけだが、次から次へと溢れるように現れる敵を地道に倒していくというのは面倒臭すぎる。せめてもう少し、何体か一気に倒せる方法があれば良いのだが。
「そういえば貴女」
「何?」
「あの剣は使えないのですか?」
「剣……って、あ! ペンダントの剣ね!?」
「はい」
デスタンに言われたことで思い出し、首にかけているペンダントを手に取る。
銀色の円盤。
その中央には、星型に成形された白い石が埋め込まれている。
「これはある。けど、剣にはならないわ」
「……なぜです?」
「あの後、一度も剣に変えられていないの」
そう事実を述べると、デスタンはきっぱり「それは貴女が変えようとしていないからでしょう」と言ってきた。他人の頑張りを少しも認めようとしない態度に少々苛立った私は、「そんなことないわ!」と、調子を強めて返してしまう。が、デスタンは特に表情を変えず、淡々と「何でもいいので、その剣で片付けて下さい」と言ってきた。
「何なのよ、もう!」
吐き捨てて、ペンダントを握る。
そして、苛立ちを吐き出すように、さらに叫ぶ。
「他人の努力を何だと思っているの!」
——刹那。
白色の眩い輝きが、ペンダントから溢れる。
そして、奇跡は起きた。
ペンダントが一本の剣へと形を変え、手の内に収まる。
「え……あ……出た?」
木漏れ日を浴び、勇ましく煌めく、銀の刃。
それを信じられない思いで見つめていると、変化の瞬間を目にしたデスタンが淡々とした調子で言ってくる。
「やはり変えられたではないですか」
「……信じられない。前は何も起こらなかったのよ」
「貴女が言う『前』とは、いつなのです?」
単純な動きで飛び掛かってくる敵を蹴散らしつつ、デスタンは尋ねてきた。私は問いに速やかに答える。
「母さんの家へ向かっている途中でウェスタに遭遇した、あの時よ」
するとデスタンは、ふっ、と、呆れたように笑みをこぼす。
「それはまぁ、無理でしょうね」
「……馬鹿にしてるの?」
「まさか。ただ、ホワイトスターに伝わる剣が貴女のような一般人のために覚醒するはずがないと、そう思っただけです」
「……微妙に酷いわね」
デスタンの嫌み混じりな発言には、さりげなく傷ついてしまう。
だが今は、そんなことはどうでもいい。
今大切なのは「いかにして敵を退けるか」であって、「嫌みを言われて傷ついた」などということはさほど重要でないのだ。
「では早速。こいつらを蹴散らしましょう」
「えぇ……私もやってみるわ」
敵はまだ次から次へと現れ続けている。敵は皆小柄で、戦闘能力もさほど高くはない。ただ、草木の隙間から突然飛び出してくるので、いちいち驚かされてしまう。それに、素早く倒しておかなくては数が増えていってしまう。そこも何げに厄介な点である。
けれど、だからといって弱気になっている場合ではない。
「エアリ! わ、わたくしも何か加勢を……!」
「リゴールは自分の身を護ってて!」
「は、はい……」
柄を握り、剣を振る。
素人ゆえ正しい扱い方はできていないだろう。だが、それでも敵を消滅させることはできる。
剣術コンテストではない。
敵を倒すことさえできれば、それで十分だ。
「デスタン! よ、良ければわたくしも……」
「結構です」
「早くないですか!? わたくしまだ、何も申しておりませんよ!?」
ショックを受けたような顔をするリゴール。
「戦えない状態の人は黙っていて下さい」
「なっ……!」
デスタンは、リゴールとそんなやり取りをしながらも、敵を次々倒していく。それも、武器は使わず、だ。自身の肉体だけで敵を圧倒している様は、「勇ましい」だとか「強い」だとかを通り越し、「美しい」と表現したくなるような華麗さである。
負けていられない。
私も役目を果たさなくては。
湧いてくる敵を相手に華麗に戦うデスタンを見ていたら、改めてそう思った。
戦い続けることしばらく。
敵の出現が止まった。
それまでは、泉のように湧き出てきていたのに。
不思議に思い、デスタンの目を合わせる。彼も訝しんでいるような顔をしていた。
——直後。
強い風が吹いた時のような葉と葉が擦れ合う音と、「ふはははははァ!!」という馬鹿みたいな笑い声とが、重なって、耳に飛び込んでくる。また、それと同時に、蔓のようなものに掴まった人影が急接近してくるのが見えて。デスタンは警戒心剥き出しの顔つきで、その人影の方向へと一歩踏み出した。
「ふはははははァ!!」
人影は蔓から飛び降りる。
その正体は——グラネイトだった。
灰色がかった肌。すらりと伸びた手足。ワインレッドの燕尾服。
「このグラネイト様が、王子を倒しに、わざわざここまで来てやったぞ! 感謝せよ!!」
グラネイトは片手の手のひらを私たちの方へ向け、決め台詞であるかのような気合いの入り方で発した。
反応に困ってしまう。
どう返せば良いのか、まったく分からない。
「またか」
デスタンは、呆れることさえ煩わしい、というような顔をしている。
「また、とは何だ! 失礼な!」
グラネイトは腹を立てたらしく、デスタンが「また」と言ったことに抗議する。しかし当のデスタンはというと、そんな抗議には欠片も関心がないらしく。グラネイトに接近し、その首を右手で掴んでいた。
「うぐッ!?」
「……害悪は滅べ」
デスタンは、掴んだグラネイトの首を、一気に自分の体へ引き寄せる。そして、体が下がったグラネイトの鳩尾に、膝を食い込ませる。
「ぐはぁッ!?」
やる気満々で姿を現したグラネイトだが、既に、見事なまでにやられている。
背の高さでは圧勝しているにもかかわらず、だ。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.60 )
- 日時: 2019/08/11 15:22
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HTIJ/iaZ)
episode.57 なぜ
デスタンはあれよあれよという間に、グラネイトを地面へねじ伏せてしまった。
私とて、デスタンの戦闘能力が高いことは知っている。が、グラネイトもそこまで弱いことはないはず。それだけに、この結果は予想外だった。
「く……このグラネイト様をねじ伏せるとは……」
首を掴まれ、さらに体を地面へ押し付けられたグラネイトは、歯軋りしながらそんなことを漏らす。そんな彼を、デスタンは冷ややかに見下ろしている。
「本調子でないことは分かっている。が、だからこそ、今ここで消させてもらう」
ゴミを見るような視線をグラネイトへ向けながら、デスタンは静かに放った。
「ふ、ふはは……。本調子でないとバレていたとは、な……」
あからさまに不利な体勢であるにもかかわらず、グラネイトにはまだ笑う余裕があるらしい。
「だが」
何かがおかしい——そう思った、刹那。
「この時を待っていた!」
グラネイトが、それまでだらりと地面に伸ばしていた片腕を動かし、自身の首を掴んでいるデスタンの腕を乱暴に掴んだ。
直後。
デスタンの腕を掴んだグラネイトの手から、爆発が起こった。
「……っ!」
突然の爆発にデスタンが驚いている内に、グラネイトは体を起こす。デスタンによる拘束から、一瞬にして逃れた。
弱い爆発だったらしく腕が吹き飛ぶようなことにはなっていなかったものの、手を離してしまったデスタン。彼は、悔しげに眉を寄せていた。グラネイトを逃してしまったことを悔やんでいるのかもしれない。
その時、リゴールがデスタンに駆け寄った。
「大丈夫なのですか!?」
「はい。ですから、王子は下がっていて下さい」
リゴールは真剣にデスタンの身を案じているようなのだが、その心配はデスタンには届いていないようである。
「……そうですね。今のわたくしは足手まといでしかありませんものね」
「はい。下がっていて下さい」
いやいや、そのタイミングで「はい」はないでしょ。仮にそれが本心だとしても、少しは気を遣って、「そんなことはない」くらい言ってあげればいいじゃない。
私は密かにそんなことを思った。
だが、少し考えていると、「下がるよう言ったのは彼なりの優しさなのかもしれない」とも思えるような気がしてきた。冷ややかに思える発言だが、それがリゴールを危険に晒さないためのものであるならば、一概に悪であるとは言えない。むしろそれは、彼なりの善であると言えるかもしれない。
「ふはは! びっくりしたか!」
グラネイトは妙なハイテンション。
対するデスタンは、凄く渋い物を間違って食べてしまったような顔。
「……くだらない真似を」
「そうだ! くだらない! だが無意味ではないのだ!」
グラネイトは大声を発しながら、長い両腕を伸ばし開く。
「ではそろそろ! 本気で! 倒しにかかるとしよう!」
彼の胸の前辺りに、球体——橙色の光が小規模に渦巻いているような物体が、いくつも現れる。それは、気味の悪いぼんやりした光を放ちながら、徐々に大きくなってゆく。
その様を目にしたデスタンは、すぐさま視線を私へ向けてきた。
「王子を頼みます!」
「え」
「連れて逃げろと言っているのです!」
いきなり言われ、戸惑い。
すぐには反応できず。
そんな私の振る舞いがデスタンに苛立ちを募らせてしまっていると分かっていても、それでも、速やかに返事することはできなくて。
「けど、デスタンさ——」
「早く!!」
叫ぶデスタン。
グラネイトの胸の前に浮かぶ球体は、個々の大きさが大きくなり、しかも数も増えてきていた。
あれらが降り注いだ日には、負傷することは免れられないだろう。
だから私は頷いた。
「……分かったわ」
すると、険しかったデスタンの表情が、微かに柔らかくなった。
「王子は頼みます!」
剣を握っていない方の手で、リゴールの片手首を掴む。
「エアリ!?」
「逃げるわよ」
「デスタンを置いて逃げると言うのですか? できません!」
リゴールは抗おうとするけれど、今だけは、はっきり言わせてもらう。
「優先すべきは貴方の命よ」
だがそれでもリゴールは頷かなかった。
「嫌です!」
そう言い首を横に振るリゴールを見ていたら、何をしても説得できる気がしなくて。だから私は、強制的に連れて逃げることを決意した。
リゴールの手首を握ったまま、デスタンに背を向けて駆け出す。
回復しつつあるとはいえまだまだ怪我人であるリゴールに全力疾走させるのは酷かもしれない。そう思いもした。が、のんびりしていてはグラネイトの攻撃を受けかねない。最終的には、さらに負傷するよりかは全力疾走しなくてはならない方がましだろう、という結論に至り。だから私は、足の回転を限界まで速めた。
「おいっ! 逃げるな!!」
背後からはグラネイトの叫びが聞こえてくる。
でも、足は止めない。
絶対に止まってはならない。
少しでも動きを止めれば、的にされることは避けられないのだから。
私は振り返らない。
グラネイトの射程から出るまでは、絶対に。
呼吸が荒れて。
胸やら脇腹やらが痛くて。
それでも、リゴールを連れて駆ける。
ただ散歩していただけ。
穏やかな時を過ごしていただけ。
……なのになぜ、こんなことになるの。
そんな思いが胸を満たすけれど、それを口から出すことはできない。
彼の細い手首を握っている感触だけが、彼がついてきている証。
走り続けることに必死で、私には、後ろのリゴールの様子を確認する余裕はなかった。
……だけど、本当は、確認したくなかっただけかもしれない。
リゴールが悲しい顔をしていると分かっていたから。
だからこそ、私は彼の様子を見なかったのだろう。
——それからしばらくして、背後から大きな爆発音が響いた。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.61 )
- 日時: 2019/08/12 16:25
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: Re8SsDCb)
episode.58 混乱してる?
足を止め、振り返る。
爆発音が聞こえてきた方向から、灰色の煙が昇っているのが見えた。
デスタンがグラネイトにあっさり負けるなんてことはないだろう。けど、一人にしてしまったから、不安は拭えない。
「……なぜ」
震える声を聞き、リゴールへ視線を移す。
彼は肩を上下させながらも、煙が昇っている方向を見つめていた。その青い瞳は、不安の色で塗り潰されている。
そんな彼に、私は話しかける。
「体は大丈夫? 走ったりして、無理させてごめんなさい」
すると彼は私を横目で見て、「いえ」と返してくる。しかし、その後すぐに、私から目を逸らした。それも、凄く気まずそうな表情で。
私は何か悪いことを言ってしまったのだろうか。
「リゴール?」
恐る恐る名を呼んでみると、彼は再び少しだけこちらを見た。
「……なぜ逃げさせたのですか」
「え。どういうこと?」
「エアリ……貴女は、敵の前で一人にして、デスタンが危険だとは思わないのですか」
リゴールの瞳から放たれる眼差しは、いつものように柔らかくはなかった。
「私だって、危険だと思いはしたわ。でも、デスタンさんがリゴールを逃がすことを望んだの。だから、私は、彼の望みを叶えただけ——っ!」
最後まで言い終わらないうちに、頬に乾いた痛みが走った。
何が起きたのか、すぐには分からず。私はただ、驚きと戸惑いに満ちた目で、すぐそこにいるリゴールを見つめる。
「……何をするの?」
「貴女はなぜ、そんなにも平然としていられるのです!」
鋭く放つリゴールの体は、微かに震えていた。
「しばらく共に暮らしていても、所詮は他人たにん……そういうことなのですね?」
その時、リゴールは私を睨んだ。
いつも穏やかに笑いかけてくれていた彼に睨まれたこの瞬間を、私は生涯忘れないだろう。
「強い絆が生じていると、そう信じようとしたわたくしが、愚かだったのですね?」
人が人を睨む時、そこに存在する感情というのは多様だ。
怒り、恨み、憎しみ、嫉妬、悔しさなど——様々なものが考えられる。
でも、私を睨むリゴールの瞳に浮かんでいた色は、そういったよくあるものではない。
それは確信できることだった。
「待って。どうしてそんなことを言うの、様子が変よ」
彼の双眸に満ちるは、悲嘆。
そしてそれは、多分、私に対する感情だけではない。
「分かってはいるのです……貴女が本当はわたくしを許してはいないこと」
「ちょっと、何を言い出すの」
「親の仇の大切な人など、どうでもいい。そういうことなのでしょう?」
デスタンを敵の前に残して、自分だけが逃げてしまった。その事実が引き金となり、これまで溜め込んできていた負の感情が、一気に溢れ出たのだろう。
「待って、落ち着いて。そんなこと、あるわけがないわ」
「ならなぜ、デスタンをあそこへ残して逃げさせたのです!」
「言ったでしょ。それは、リゴールを逃がすことを、デスタンさんが望んだからよ」
リゴールは言葉を詰まらせる。
そんな彼の華奢な体を、私はそっと抱き締めた。
「デスタンさんのことが心配なのは分かるわ。けど、貴方が彼を心配するのと同じくらい、彼も貴方を心配しているのよ。だからデスタンさんは、貴方を逃がすよう私に指示した……きっと、そういうことなんだわ」
片手は剣で塞がっているため若干使いづらい。が、両腕で彼の体を包むようにして、抱き締める。
「エアリ、一体何をして……」
突然のことに、リゴールは困惑したように発する。
「貴方の気持ちを無視したことは謝るわ。けど、貴方たちのことを他人だと思っているわけではないということは、分かって。私は、リゴールたちのこと、大事に思っているから」
それから数十秒が経ったところで、私はようやく、彼から腕を離した。
その頃には、リゴールの目つきは普段と変わらないものに戻っていた。もう、私を睨んでもいない。
正気を取り戻したようだ。
「……すみません、エアリ」
リゴールは黄色い髪を触りながら、目を伏せて、いきなり謝罪してくる。
「その……わたくし、どうかしていました。世話になっているエアリに余計なことを言い、しかもビンタして……」
確かに、頬をはたかれた時は少し驚いた。が、それは、気が動転していたからの行動だったのだろう。そこは分かっている。それゆえ、彼を責める気はない。
「申し訳ありません!」
リゴールは凄まじい勢いで頭を下げた。
彼だけが悪いわけではないにもかかわらず彼一人に謝らせるのは申し訳なくて、私は慌てて「いいの! 謝らないで!」と返す。するとリゴールはゆっくり頭を上げたが、「わたくしは未熟です……。こんなだから、不幸ばかりを引き寄せるのでしょうね……」などと漏らしていた。
「さて。じゃあ家へ戻りましょ」
「そうでしたね……!」
「ここからはゆっくりで大丈夫よ」
私は改めて手を差し出す。
その手を、彼はそっと握った。
リゴールが落ち着き、ようやく再び歩き出した——その時。
背後から微かな音が聞こえ、咄嗟に振り返る。と、視界の端に、飛んでくる黒い矢が見えた。
この矢は見たことがある。
これは、初めてトランに会った日に、デスタンを射った矢——あれと同じだ。
「なっ……!?」
耳に入るのは、リゴールの引きつった驚きの声。
矢の先端は確かにリゴールの胸元を狙っている。恐らく、即死させようとしているのだろう。矢の飛び方は、驚くほどぶれがない。
「危ない!」
咄嗟に剣を持ち上げ、横向けにして、体の前へと出す。
——数秒後。
飛んできたいくつもの黒い矢は、剣の刃の部分へ命中した。
「エアリ、ご無事でっ……!?」
「えぇ。取り敢えず防いだわ」
闇雲に放たれた矢なら、こんなに上手く防いぐことはできなかっただろう。たとえ数本を防ぐことはできたとしても、数本はどこかに刺さっていたはずだ。
剣の刃部分だけですべてを防げたのは、全部の矢がぶれずにリゴールの胸元に向かって飛んできていたからと言えるだろう。
そういう意味では、矢の正確さ、ぶれなさに、救われたと言えるかもしれない。
「これは、グラネイトだけでなく、トランも来ているということでしょうか!?」
「分からない……けど、その可能性も高いわね」
「では、より一層、早く逃げなくてはなりませんね!?」
今のところ、再び黒い矢が飛んできそうな感じはない。
けれど、油断はできない。
「そうね。急ぎましょう」
「はい!」
私たち二人がミセの家に到着した時、ちょうど玄関からミセが出てきたところだった。
「エアリ! リゴールくん!」
ベージュの、体のラインが出ない大きめワンピースを着たミセは、私たちの姿を見るや否や厚みのある唇を動かす。
「今さっき爆発みたいな音がしたけれど……何かあったのかしら!?」
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