コメディ・ライト小説(新)
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- あなたの剣になりたい 【完結】
- 日時: 2020/01/24 19:10
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)
初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。
四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。
《あらすじ》
——思えば、それがすべての始まりだった。
親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。
だが、その時エアリはまだ知らない。
彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。
美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。
そして、穏やかで平凡な地上界。
近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。
※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)
《目次》連載開始 2019.6.23
prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206
《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん
- Re: あなたの剣になりたい ( No.142 )
- 日時: 2019/11/07 18:12
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kI5ixjYR)
episode.139 操っちゃってもいいかなぁ
デスタンを指差し、トランは話し出す。
「本当はさ、先に裏切りたての裏切り者たちを先に仕留めようと思っていたんだよねー。けど、それより良い作戦を思いついてしまった。そこで、先にこっちへ来たんだよー」
トランは機嫌良さげに話している。また、漂わせている空気も平和的だ。
だが、それはあくまで現時点のこと。
悪い企みを抱いていることは確かだし、いつ本性を露わにするか分からないから、油断はできない。
「そしたらびっくり。彼が女の人に支えられてるなんて、想定外だったよー。そういう交流は嫌いなんだろうなって思っていたからさぁ」
デスタンは警戒心剥き出しの表情でトランを睨んでいる。
ミセは彼を支えたまま、怖れたような眼差しをトランへ向けている。
二人とも、戦える状態の人物ではない。それを知っているから、私は、二人の前へと歩み出る。
しかしトランは、うっすらと笑みを浮かべるのみ。
まだ、特に変化は感じられない。
「でも、むしろラッキーだったよ」
「……どういうこと?」
「察しが悪いね。言うまでもないくらい、簡単なことだよ」
言って、トランは上着の内側から短剣を取り出した。
「大切な人の命を奪って絶望している彼を、ボクが殺る。そしてその亡骸を妹の前に晒す。……どうかなー?」
物騒なことを言い出すトラン。
発言の内容自体もそこそこ恐ろしいものだが、一番恐ろしく感じるのはそこではなく、怖いことを笑顔で平然と言ってのけているところである。
「そんなことはさせないわ」
「できれば邪魔しないでほしいなぁ」
私とトランが言葉を交わしている隙に、ミセとデスタンは、トランがいるのとは反対の方に向かって歩き出す。
だがトランは見逃さない。
彼は突如動いた。
私を軽くかわし、デスタンらの進行方向へ立ち塞がる。
「待ってよ」
トランの冷ややかな声。
空気が急激に冷える。
「……退け」
「嫌だね。逃がさないよー」
デスタンの低い声にも一切怯まないトランを目にして、ミセは顔全体を強張らせる。目の前の少年が普通でないということは、彼女も感じているようだ。
「デスタン……これは一体、何なの……?」
そう発するミセの唇は震えていた。
デスタンを支えていたミセだが、今は逆に、彼女がデスタンにすがり付いているかのよう。
そんなミセに、デスタンは告げる。
「ミセさん。離れて下さい」
「な……何を言っているの? デスタンはまだ一人で立てないじゃなぁい……」
不安げに瞳を潤ませるミセ。
「構いません」
「そんな……わけが分からないわよぅ……」
トランが漂わせるただならぬ恐ろしさに恐怖心を抱きながらも、ミセはデスタンから離れない。いや、正しくは「離れられない」なのかもしれないが。
そんな彼女を、デスタンは刺々しく睨む。
「死にたくなければ、速やかに去って下さい」
「で、でも、一人じゃまともに立てないじゃないの……」
「早く!」
鋭く発され、ミセは体を震わせる。
だがそれも無理はない。
いきなり叫ばれたりなんかすれば、誰だって驚くはずだ。
それから数秒、ミセは進行方向を反転させる。そして、そそくさと歩いていった。
私は咄嗟に彼に駆け寄る。
「デスタンさん!」
「……何です」
「大丈夫なの!?」
「……はい」
デスタンは一応自力で立てているようだ。
だが、つい先ほどまでミセに力を借りて立っているところを見ていたから、どうしても不安を感じずにはいられない。
「その体の状態で、女の人を逃がすとはねー」
口を挟んできたのはトラン。
短剣を手で回している彼は、少しばかり不機嫌そう。
「逃がすってことは、本命なのかなぁ?」
「……まさか」
デスタンは氷剣のような視線をトランへ突きつける。
「関係ない者を巻き込めないだけだ」
対するトランは、冗談めかした言葉を放つ。
「ホントにそうー?」
「嘘をつく理由がない」
「ふーん」
直後、トランが動く。
彼は短剣をデスタンに向かって振った。
私はデスタンの服を掴み、後ろへ引っ張る。
「やるね」
短剣による攻撃をかわされながらも、トランはまだ余裕の笑みを浮かべている。手はいくらでもある、というような顔つきだ。
「……すみません」
「気にしないで。それより、彼は危険だわ。デスタンさんは下がっていて」
そう告げると、デスタンは怪訝な顔をする。
「貴女が一人で相手をする、と?」
「できるかどうか分からない……けどやるわ。デスタンさんはあまり前に出ない方が良いと思うの」
デスタンの体は、回復してきつつあるとはいえ、一人で日常生活をできるくらいまでは治っていない。そんな状態でトランと向き合うなど、危険以外の何物でもない。
だから私は彼に下がるよう言ったのだ。
けれど、その気持ちは彼には届いていないみたいで。
「……偉そうですね」
むしろ不快感を覚えられてしまっている様子だ。
「違うの! 心配しているだけよ。だから下がっていて!」
「嫌です」
今だってデスタンは、私が軽く手を握り、それで立っているような状態だ。トランの相手なんてできるわけがない。トランが本気で動き出せば、切り刻まれてすぐに終わるだろう。
「どうして。戦えもしないのに」
「戦えもしない? ……馬鹿にしているのですか」
デスタンの整った面に、怒りの色が微かに滲む。
「馬鹿になんてしてない! けど、事実でしょ!」
「今に始まったことではありませんが、貴女は失礼です」
「ちょっと、何よその言い方! 失礼はそっちじゃない!」
——刹那。
銀の刃が視界の端に入った。
「後ろ!」
半ば無意識のうちに叫ぶ。
反射的に振り返ったデスタンは、トランの手首を掴み、その手から短剣をもぎ取った。
デスタンの手の動きは乱雑な動きに見える。が、短剣を上手く奪い取っているところから考えると、それなりに複雑な動きをしているのかもしれないと思えてきた。
不思議だ。私にはよく分からない。
「……やっぱり、やるね」
薄い笑みを浮かべたトランは、そこからさらに片足を振り上げる。トランが放った蹴りは、短剣を奪い取ったばかりのデスタンの手に命中。短剣はデスタンの手の内から離れ、床に落下する。その床に落ちた短剣を、トランは、一秒もかからぬうちに拾い上げる。
——そして、その刃をデスタンの喉元へ突きつけた。
「惜しかったね。ボクもさすがに、今の君に負けるほど弱くはないんだ」
トランは片側の口角を僅かに持ち上げる。
「前みたいにさ、また操っちゃってもいいかなぁ?」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.143 )
- 日時: 2019/11/08 20:14
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0llm6aBT)
episode.140 ある意味ラッキー
喉元に刃を突きつけられたデスタンは、余裕たっぷりな表情のトランを、威嚇するように睨んでいる。
威嚇するように、と言っても、野性味に満ちた睨み方なわけではない。静かな水面のような、冷たい目つきである。ただ、相手を今以上近寄らせないという力が溢れ出しているようだ。
「……強がらなくていいんだよー?」
「理解できない」
「怖いなら怖いって言えばいいし、止めてほしいなら止めてくれって言えばいい。ま、それでボクが止めるとは限らないけどね?」
トランはよく喋る。
しかし、短剣を握っている手は、先ほどのまま。
短剣の先は、まだデスタンの首へ向いている。
「じゃ、そろそろ始めようか——」
「待ちなさい!」
突如背後から聞こえてきた叫び声は、よく聞き慣れた声だった。
そう、声の主はリゴールである。
彼は基本、丁寧かつ穏やか。時に大きな声を出すことはあっても、それは大概、笑えるような時かむきになっている時かである。だから、彼がつい先ほど聞こえてきたような荒さのある言い方をしているのを聞いたことは、ほとんどない。ゼロかと言われればそうではないけれど、あっても数回くらいだろう。
ただ、それでも、今の声がリゴールの声だとすぐに気づくことができた。
「リゴール!」
振り返り、彼の姿を瞳で捉えて、半ば無意識のうちに名を呼んでいた。
「来てくれたのね!?」
「はい! 侵入者と聞きました。好きにはさせません!」
来てくれた! 彼が、ちょうど、このタイミングで!
胸の内で、安堵の洪水が発生する。
実際に洪水が起こるのは恐ろしく嫌なことだが、この胸の内の洪水は逆に嬉しくありがたいことだ。
リゴールの少し後ろには、ミセの姿。
彼女が呼んできてくれたのだろう。
「……ふぅん。王子自ら参戦してくるんだ」
トランは少しばかり目を細め、楽しくなさそうな声で呟く。
「ま、関係なく進めるけどねー」
短剣を柄を握る手に力を加えるのが見えた。
私は片手を、首元のペンダントへ。
「駄目!」
そして、ペンダントから変化した剣を、トランの手元に向かって振った。
トランの片手から短剣が落ちる。
いきなりの斬撃に、デスタンは後ろ向きに転倒。
しかし彼は、転倒した体勢のまま、床に落ちたトランの短剣を掴む。
そして、後ろへ投げる。
投げられた短剣は、リゴールの手元に収まった。
——場の状況は少しだけ動いた。
「……へぇー」
トランは感心したように漏らす。
その右手の甲には浅い傷ができていて、そこから、一筋の赤が流れ出ている。
私は、力を加減する暇もなく剣を振った。にもかかわらず、トランの手の傷は浅い。それは恐らく、トランの反応が早かったということなのだろう。
もっとも、王の直属軍に所属しているくらいだから、そのくらいの反応はできて普通なのかもしれないが。
「短剣は没収。手にも一撃。ふふふ。面白いねー。……これはなかなか面白くなってきたよ」
トランが一人で話している隙に、リゴールはデスタンへ駆け寄る。転んでしまいすぐには立てそうにないデスタンに、リゴールは不安げな眼差しを向けていた。また、それだけではなく、リゴールは両手を差し出しながら「立てますか?」と声をかけている。もちろん、トランの短剣は床に置いて。ただ、そんなに心配してもらっているにもかかわらずデスタンは平常運転で、「手を貸していただく必要はありません」などとあっさり返していた。
私は剣を構える。
先端をトランへ向けながら。
リゴールとデスタンはまだ言葉を交わしている。それゆえ、二人が狙われては大変だ。だから私は、剣を向けて牽制しておく。
「デスタン。後ろにミセさんがいらっしゃいますから、彼女と共に下がって下さい」
「……いえ。そのような真似はできません」
「駄目です! 下がっていて下さい」
厳しく言い放つリゴール。
だが、対するデスタンは、まだ納得しない。
「……止めて下さい、王子。逃げ出すなど、情けないにもほどがあります」
デスタンは体を軽く捻り、床に片腕をついて、腰を浮かせる。
どうやら、自力で立ち上がろうとしているようだ。
彼の、苦労があってもすぐ他人に頼らない態度は、尊敬に値すると言っても言い過ぎではないかもしれない。
ただ、時には他人に力を借りた方が良い場合もあると思うが。
「……できることはします」
「いえ。デスタン、速やかに下がりなさい」
その頃になって、リゴールとデスタンがいるところへミセが接近。彼女は素早くデスタンを立たせると、納得がいかないというような顔つきの彼を、半ば強制的に下がらせる。その時リゴールは、ミセに短く感謝を述べていた。
デスタンとミセが避難し始めるなり、リゴールは、先ほど床に置いた短剣を手に立ち上がる。
「エアリ、お怪我は?」
「ないわよ」
「それは良かった。安心しました」
リゴールはホッとしたような笑みを浮かべる。
「エアリ。後はわたくしにお任せを」
「待って、大丈夫なの?」
王妃を倒した日からは、とうに数日が経過している。だから、普通ならもう回復していることだろう。しかし、王妃を倒したあの時、リゴールは日頃とは比べ物にならないような威力の魔法を使っていた。それだけに、少し心配だったのだ。
私のお節介な問いを聞いたリゴールは、キョトンとしながら首を傾げる。
「え。何がですか?」
「この前、恐ろしいくらい魔法を使っていたでしょ。もうちゃんと回復したの? 本調子?」
改めて問いの意図を説明するのは、少しばかり恥ずかしい。けれど、問いを一度放ってしまった以上、仕方のないことだ。
説明から少し時間が経って、リゴールは口を開く。
「そういった意味でしたか。それなら問題ありません。わたくしはもう回復しましたので」
それから彼は、トランへ視線を移す。
その横顔は凛々しくて。
つい見惚れてしまう。
「逃げられちゃったかぁ。……ま、でも。王子がのこのこ現れるなんて、ある意味ラッキー」
トランは意外とポジティブ。
「ここでちょこっと金星あげることにしようかな」
そう続け、トランは片手を掲げる。
すると、彼の背後に黒い矢のようなものが現れた。
「そーれ」
トランが右の口角を僅かに持ち上げた瞬間、宙に浮かんでいた黒い矢が一気にこちらへ向かってくる。
私は、剣で。
リゴールは、防御膜で。
それぞれ、飛んできた黒い矢を防ぐ。
私たちが矢を防いでいる隙に、直進してくるトラン。彼のどことなく虚ろな双眸はリゴールを捉えている。
「させないわよ!」
リゴールとトランの間に割って入る。
「……斬れるのかな?」
挑発的な物言いをするトランは、真っ直ぐ来る。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.144 )
- 日時: 2019/11/08 20:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0llm6aBT)
episode.141 一撃は突然に
トランの走りは直線的。
上下左右、まったくぶれがない。
真っ直ぐに駆けてこられるということは、接近するまでの時間が長くないということで。しかしながら、剣で捉えやすい動きとも言える。
ここまで来たら、やるしかない。
リゴールにこれ以上負担をかけないためにも、一撃で動けなくしてみせる。
集中が高まるに連れ、時の流れが遅くなる。視界に入るすべての動作が、直前までよりゆっくりに。
そして——剣を振る!
ちょうど、その瞬間だった。
私の剣を避けるかのように、トランの体が宙へ舞い上がる。
「ごめんねー」
彼は、一度だけ私の肩にぽんと手をつき、そのまま空中へ飛び上がった。
動けなくするどころか、逆に、彼が飛び上がるための台にされてしまった……。
上から迫るトラン。
その姿を、リゴールの瞳は確かに捉えている。
急降下してきたトランに向かって、短剣を振るリゴール。しかし、リゴールは短剣の扱いに慣れていないらしく、ぎこちない動作になってしまっていて。降下してきたトランは短剣を蹴り飛ばし、そのままリゴールを床へ押さえ込んだ。
その間、たったの五秒程度である。
「王妃様を殺したって、本当?」
トランはリゴールに馬乗りになりながら尋ねた。
「……そうです」
「ふふふ。弱そうな外見のわりにはやるんだねー」
「わたくしとしては戦うことを望んではいませんでしたが……やむを得ませんでした」
リゴールが述べて、暫し沈黙。
それから数十秒ほどが経過して、トランは小さな声を発する。
「そっか、面白いね。人を殺すってどんな気持ちー?」
「……聞かないで下さい」
「嫌だよー。聞かないでって言われたら余計に聞きたくなるのが、ボクなんだ」
今は会話しているだけだからまだ良いけれど、いずれトランはリゴールを攻撃するだろう。今のままの体勢で攻撃されたら、リゴールもさすがに勝てないかもしれない。
だから私は、そちらへ向かった。
黙って近づき、トランの背をターゲットとして剣を振る。
——だが。
「甘いよ」
トランは私の剣に気づいていた。
彼は体勢を変えないまま、片足で私の剣を蹴る。
柄をしっかり握っていたから、剣が手をすり抜けることはなかった。が、衝撃が大きく、すぐにさらなる斬撃を繰り出すことはできない。
トランはリゴールの細い首を片手で掴む。
「そんなことをするなら、ボクはこの王子の息を止めちゃうよ? いいのかなぁ?」
リゴールは目を見開き、戸惑いと一匙の恐れが混じったような顔をする。
「卑怯よ! 離してちょうだい!」
「よく言うよね。背後からとかいう卑怯な真似をしておいてさ」
「私を卑怯と言うのなら、私に卑怯なことをやり返せばいいでしょ!」
私のせいでリゴールの命が脅かされるなんてこと、あってたまるか。
「……そんなこと言うんだ?」
「そうよ。私に腹が立っているなら、私にやり返せば良いのよ。その方が正しいわ」
トランに卑怯な手を使われることに対して恐れがないと言えば、嘘になる。
でも、私が何かされることとリゴールが命を奪われることを天秤にかけたなら、私は、後者の方がずっと嫌だ。
私の行動によってリゴールに迷惑をかけるなんてこと、あってはいけない。
「その気なら来なさい。相手してあげるから」
誰の発言!? と自分でも思ってしまうような文章を発してしまった。思考するより早く、言葉が、するりと口から出てしまったのだ。つまり、じっくり考えての発言ではない。
「ふぅん。そんなこと言うんだ」
言うつもりはなかったの。本当は、ね。
でも今さら引くことはできない。
「相手してあげるわ」
「……随分強気だね?」
「そうよ。だって、勝つ気満々だもの」
もちろん嘘。
トランが相手だ、簡単に勝てるなんてちっとも思っていない。
私とて、そこまで愚かではない。
強気な発言を継続している理由は二つ。一つは、一旦強気なことを言ってしまって今さら引けない状況だから。そしてもう一つは、やり合うとなった以上心で負けるわけにはいかないから。
私は改めて、腹の前で剣を構える。
「準備はいいわよ」
「本気で言っているのかな?」
「そうよ」
「……そっか。覚悟はできているみたいだね」
呟き、トランはようやくリゴールから離れた。
彼はついに体をこちらへ向ける。
その虚ろな瞳には、私の姿が映り込んでいて。彼が私を見ているのだと分かった瞬間、急激に緊張感が高まる。
「じゃあ、いかせてもらおうかな」
トランはどうやらやる気になってきたようだ。
そんな彼の後ろから「いけません!」というリゴールの声が聞こえたけれど、私はそれには応えられなかった。
戦いを前にして、言葉を返すほど心に余裕がなかったのだ。
——瞬間、トランが大きな一歩で急接近。
想定外の速さ。見えない。
仕方がないから、私は、思いきり剣を振る。
「……適当に振ったね?」
トランには完全にばれていた。
彼は、宙に弧を描く剣をあっさりかわすと、豪快にジャンプ。しかし、私に攻撃を浴びせることはなく、私から二メートルほど離れた場所へ着地する。そして、落ちていた短剣を拾った。
「そっちが狙い!?」
「ふふふ。気づくのが遅いよー」
私に攻撃しようと迫ってきているのだと思い込んでしまっていたが、それは間違いだった。
「さぁ、行くよー」
短剣を手にしたトランは、体の前方に向かってそれを振り続けながら、徐々に距離を詰めてくる。
ゆっくりとした足取り。
しかし、妙な圧がある。
本当なら下がって攻撃を受けないようにしたいところ。でも、今はそれではいけないと思った。のんびりしている暇はないから。
だから、踏み込む。
刹那、ほんの一瞬、リョウカの笑みが脳裏に浮かんだ。
大丈夫だよ、って。
エアリならできる、って。
そう言ってくれている彼女が傍にいる——そんな気がして。
「ごめんなさい、躊躇できなくて」
私は呟く。
誰に対しての言葉かも分からぬまま。
そして、剣を振る。
「っ……!」
息がこぼれるような音が微かに聞こえた気がした。
数秒経って、振り返る。
「ふふ、ふ……普通に斬られた、かぁ……」
剣の刃部分は赤く染まっていて、それと同じように、トランの体の側面——肋骨の高さ辺りも赤くなっていた。
「お願い、じっとしていて」
剣の柄の下側でトランの頭部を殴る。
すると、彼は意識を失ったのか、数秒もかからぬうちに脱力して倒れる。
その体を、私は受け止めた。
トランは動かない。
ただ、傷口から赤いものが流れ出すのは、まだ止まっていない。
- Re: あなたの剣になりたい ( No.145 )
- 日時: 2019/11/14 19:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.142 気絶中
「エアリ! 一体何を!?」
数秒して、それまで呆然とこちらを見ていたリゴールが、駆け寄ってきた。
私の腕の中には、気を失ったトラン。
瞼を閉じ、口も開かず。そんな状態のトランは、どこにでもいる平凡な少年のよう。トランがいつも放っている不気味な無邪気さがないからだろうか。
「リゴール、バッサを呼んできてくれないかしら」
「バッサさんを? しかし……それは一体、どういう意図で?」
リゴールは戸惑いの色が濃く浮かんだ顔をしながら問いかけてくる。
「できれば殺したくないの」
「え? そ、それは一体?」
「殺し合いとは別の方法を考えてみたいの」
トランに好意を抱いていたわけではない。それに、彼は過去、卑怯な手でデスタンやリゴールを傷つけた。そういったこともあるから、さらりと許せる相手ではない。
けれど、命を奪うことはないのではないかと、そんな風に思ってしまって。
馬鹿、と罵られること。
甘い、と嘲笑われること。
想像できないわけではない。いや、むしろ、生々しくイメージできるくらいだ。
けれど、それでも、殺すことで物事を解決するということを繰り返したくはなくて。
「……手当てするのですね」
「そうよ。彼をどうするかは、落ち着いた環境で考えるべきだわ」
リゴールは一度そっと瞼を閉じ、何か考えているような顔をする。そんな顔を数秒続け。そして、やがて、瞼を開く。青い瞳は私を真っ直ぐに捉えている。
そして、彼の口から言葉が発される。
「承知しました。では、バッサさんを呼んで参ります」
リゴールは駆けていった。
どうやら、私の思いを汲んでくれたようだ。
リゴールがバッサを呼びに行ってくれてから、どのくらいの時間が経過したのだろう。
十分? 二十分?
廊下に時計はなかったため、厳密には分からないが、恐らく二十分より少し短いくらいだと思われる。
私は今、狭い一室にいる。
部屋にいるのは、私と意識のないトラン、トランの止血を終えたバッサ、そしてリゴール。四人だ。
「エアリお嬢様、お医者様を呼びますか?」
床に厚みのあるタオルを三枚ほど敷き、トランを寝かせ、上からバスタオルを一枚被せる。そんな作業をしていたバッサが、唐突に尋ねてきた。
「呼んだ方が良さそうかしら」
「そうですね。止血は済みましたが……これだけで十分と言えるかどうかは分かりません」
「どうするべきなのかしら……」
迷っていると、それまで後方に立っていたリゴールが耳打ちしてくる。
「彼は敵です。エアリがそこまでする必要はないのでは」
リゴールの発言が間違いだとは思わない。むしろ、私の思考より彼の言っていることの方がまともだ。
医者を呼べばお金がかかる。そのお金をどこから出すのか。
それに、トランがもし回復すれば、また私たちを狙ってくるかもしれない。
とにかく、問題が山盛りだ。
「バッサ。少し、このまま様子を見ておくというのはどう?」
「そうされますか?」
「えぇ……そうしようかなって思うわ」
するとバッサはにっこり笑う。
「分かりました。ではそうしましょう。このことはエトーリアさんにも伝えておきます」
「私の顔見知りだからって伝えておいて」
嘘ではない。
私とトランは、顔見知りという言葉の似合う関係である。
「分かりました」
そう言って、バッサは、汚れた水の入った桶を手に立ち上がる。そして、部屋から出ていこうと歩き出す。
その背に向かって、リゴールが発する。
「バッサさん!」
リゴールの声を聞き、僅かに振り返るバッサ。
「細長いタオルがあれば、貸していただけませんか」
「……細長い、タオル?」
「はい!」
「分かりました。何枚ほど必要ですか?」
リゴールは二秒くらいだけ思考し、返す。
「えっと、四枚でお願いします!」
それに対し、バッサはさらりと述べる。
「分かりました。では、後ほどこちらへお持ちします」
リゴールと言葉を交わす時のバッサは、声は柔らかく、表情は自然だ。以前、彼女はリゴールに色々な家事を指導していた。恐らく、だから、こんなにも慣れた様子なのだろう。
私はそれからも、床に横たえられたトランについていた。そして、リゴールもそれに付き添っていてくれた。
待つことしばらく、タオル四枚を手にしたバッサが再びやって来る。
リゴールはそれを受け取り、「ありがとうございます」と丁寧に礼を述べる。それに対しバッサは「いえいえ」と明るく言ってから、速やかに退室していった。
室内にいるのは、私たち二人と意識のないトランのみ。
「リゴール、タオルなんて何に使うの?」
私は不思議に思い尋ねた。
するとリゴールは、あどけない顔に淡い笑みを滲ませる。
「トランに使うのですよ」
「どういう意味? ……まさか! 首を絞めでもする気!? 駄目よ!!」
半ば無意識のうちに、私はリゴールの片手を掴んでいた。
きょとんとしているリゴールと目が合って、私はようやく正気を取り戻す。
「大丈夫ですよ、エアリ。そのようなことはしません」
「あっ……ご、ごめんなさい」
衝動的に彼の手首を掴んでしまったことを恥じ、手を離す。
「いえ。お気になさらず」
「でもリゴール、タオルでトランに何を?」
落ち着きを取り戻し、問う。
するとリゴールは、横たえられたトランの脇にしゃがみ込みながら、静かに答える。
「手足を拘束しておこうかと」
……手足を拘束。
そう聞くと、何だか物騒な気もしてしまう。
だが、首を絞めるのに比べれば、手足を拘束するくらい大したことではない。
トランは敵なのだし、そのくらいはしておくべきと考えるのが普通の感覚なのだろう。
私も反対ではない。
ただ、自ら思いつくことはできなかったけれど。
「そういうことだったのね」
「はい。突然暴れ始めても大変ですから」
「……それもそうね」
そんな風に言葉を交わしている間、リゴールは、細くしたタオルでトランの手足を縛る作業に勤しんでいた。
リゴールは華奢な腕をしている。なのに、手足を縛るのは案外上手くて。てきぱきと作業を行っている様子を見ていたら、自然と尊敬の念が湧いてくる。
「それにしてもリゴール、慣れているのね」
「慣れて? え。それはどういう意味です?」
「ごめんなさい、分かりにくかったわね。縛るのに慣れているんだなぁって、感心していたの」
するとリゴールは恥ずかしそうに笑う。
「実は、研修を受けたことがあるのです」
頬を赤らめる様は、まるで、恋する乙女のよう。
「研修?」
「はい。ホワイトスターにいた頃のことです。デスタンが研修を受けると言うので、わたくしもついていきました」
- Re: あなたの剣になりたい ( No.146 )
- 日時: 2019/11/14 19:44
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 5obRN13V)
episode.143 二人を繋ぐホットミルク?
その日の晩、まだ比較的早い時間に、トランが目を覚ました。
彼が音もなく瞼を開いた時、部屋には、彼以外では私しかいなかった。
数時間ぶりに意識を取り戻した彼は、まだ眠そうな目をしながら、「うぅん……」と低い声を発している。そんな彼を、私は、ただ見つめることしかできない。本当は何か話しかけるべきなのかもしれないが、私には話題を見つけられなくて。
少しして、彼は手足を括られていることに気がついたらしく、奇妙な出来事に遭遇したかのような顔をする。
それまで一切声をかけられずにいた私だったが、その頃になって、ようやく発することのできそうな言葉を思いつく。
「……気がついたの?」
意識が戻ったことは誰の目にも明らかなのだから、わざわざ本人に尋ねるほどの内容ではないかもしれないけれど。
すると、トランの顔がこちらを向いた。
「どうして……君が?」
「あの時は斬ったりして悪かったわね」
念のため謝罪しておくと、彼はおかしなものを食べてしまったかのような顔をしながら発する。
「……わけが分からないよー」
彼が現在の状況を理解できないというのは、分からないでもない。交戦を経て、今こうして近くにいるわけだから、現状をすんなり飲み込める者など稀だろう。
「傷、一応手当てはしておいたわ。止血とかね」
「……手当てしておいて拘束する辺り、趣味が妙だねー」
「ごめんなさい。拘束はリゴールの意思なの」
リゴールのせい、みたいな言い方はしたくなかったけれど。
「ふぅん、そっか」
そう言って、トランは勢いよく上半身を起こす。
直後、顔をしかめた。
「っ……!」
面が突然苦痛の色に染まったから、驚いて、私は彼に駆け寄る。そして、片手で彼の背を何度もさすった。最初彼は不思議そうな顔をしていたが、その顔つきは、徐々に柔らかなものへと変わってゆく。
「大丈夫?」
「う……うん。どうってことないよー」
そんな風に答えるトランは、本当に、普通の少年みたいだった。
平凡な父母のもとに生まれ、同年代の友人などと外を駆け回り、家事のお手伝いをしたり両親から様々なことを学んだりしつつ、少しずつ大人へと近づいてゆく。
そんな、絵に描いたような普通の少年に、今のトランは見える。
「自分で斬っておいてなんだけど、まだあまり無理しない方がいいわ。休んでいて」
「手当てしておきながら、手足は拘束して、でも休むように言うんだ……君たちって、変わってるね」
トランの言葉は真っ直ぐだった。
少々嫌み混じりだけれど、飾り気のない純粋な言葉選びは嫌いではない。
「そうね。……そうだ、トラン。お腹は?」
「どういう質問かなぁ」
「お腹空いてない?」
戦いが終わってから、今まで、トランは一度も目を覚ましていなかった。だから、少なくとも数時間は何も食べていないはずだ。運動はそれなりに行っていたわけだから、空腹な可能性もあるだろう——そう考えて、私は尋ねたのだ。
だが、トランの答えに真剣さはなく。
「秘密ー」
彼はいつになくおちょけた調子でぼやかすような答えを述べた。
「もう。何なの、それ」
「何でもないよー」
「お腹が空いているのか空いていないのかを聞いているの。ちゃんと答えてちょうだい」
すると、今度はきりりとした表情と声で、答えてくる。
「秘密!」
ただ、答えの内容自体は何も変わっていなかった。
「……また秘密?」
「他の答えを言う気はないよー」
「頑固なのね」
だが、まぁ、仕方のないことかもしれない。
つい数時間前まで敵同士の関係だったのだから。
そう思い、私は、彼から明瞭な答えを聞き出すことは諦めた。
「じゃあ取り敢えず、飲み物でも貰ってくるわ」
私はその場で腰を上げ、扉に向かって歩き出す。
目的地は、バッサのところだ。
「そのまま少し待っていてちょうだい」
「はいはーい」
負傷し、敵の中で拘束されているのに、トランに緊迫感はない。むしろ、以前よりのびのびしていると感じられるくらいだ。
落ち着いたら、少し話してみよう。
仲間になってもらえたら嬉しいし、それは無理でも、せめてこのホワイトスターとブラックスターの争いから離れてもらえたら。
彼は少々癖が強く、残酷な物事を好む部分があるようだから、そう簡単には説得できないかもしれない。だが、言葉がまったく通じない人間なわけではないから、話すことを続ければ、いつかは分かってくれるはず。
敵は一人でも減った方がいい。
そのためにも頑張ろう、私が。
食堂付近にいたバッサに声をかけ、ホットミルクを作ってもらった。その白いカップを手に、私は再びトランのもとへ向かう。暴れず、大人しくしてくれていれば良いのだが。
「戻ってきたわ」
「お帰りー」
トランは私が出ていく前とまったく同じ体勢だった。
私はホットミルクをこぼさないよう慎重に歩く。
白い液体はカップのかなり上まで注がれているから、揺れるたび跳ねそうになる。それが怖くて、普段のような速度では進めない。
そこをトランに笑いの対象にされてしまった。
「どうしたのー? もたもたしてー」
「こぼしそうで不安なの」
「遅いなぁ。亀か何かかな?」
「ごめんなさい、少し待っていて」
馬鹿にされていることには気づいていたが、それに反応するほど余裕がなくて。
しばらくして、私はやっと、トランのすぐ横に座り込むことができた。一旦カップを床に置き、トランの両手を結んでいるタオルをほどく。
「はい。どうぞ」
そして、白色のカップをトランに差し出す。
すると彼は怪訝な顔をした。見たことのない怪しい液体を差し出されたかのような表情だ。
「……何これ、白い液体」
「ホットミルクよ。知らないの?」
「知らないよ」
さらりと返してくるトラン。
「飲んでみて。きっと気に入るわ」
「ホット何とかって……何で作られたもの?」
バッサのホットミルクが美味しくないはずがない。それに、そもそも、バッサの作ってくれた料理や飲み物に外れはないのだ。だから、このホットミルクも、自信を持っておすすめできる。
「牛乳よ。牛乳を温めて、それから、ほんの少しだけ砂糖を入れるの」
「……ふぅん」
なぜか非常に興味がなさそうな返事。
「美味しそうって思うでしょ?」
「よく分からないや」
「それもそうね。まずは飲んでみて! それから感想を聞きたいわ」
日頃より僅かにテンションを上げて言うと、ようやく、トランはカップを受け取ってくれた。
彼はカップの中を覗き込む。その白い水面に顔が映り込むほど、じっと見つめている。まだ怪しんでいるのかもしれない。
「……ホットミルク、かぁ」
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