コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.72 )
日時: 2019/08/22 02:34
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: j9SZVVec)

episode.69 少女現る

 いきなり現れたのは、武芸大会にて二位を取っていた少女。

 橙色のショートヘアは少年のようで、しかし、前髪を留めている白い花のピンは可愛らしい。そして、ふっくらした頬のラインも、また愛らしい。小さい動物のような愛らしさがある。

 ただ、眼光は鋭い。
 戦士のようなそれである。

 少女らしい容姿に、戦士のような目つき。そのアンバランスさに、妙に興味をそそられてしまう。

 また、服装も独創的だ。

 胸元はY字のように合わさっており、胴にはそこそこ太い帯が巻かれている。ちなみに、その太い帯の柄は、ピンについているのと同じ白い花だ。帯の下から出ている部分はスカートのようになっていて、丈は太ももの真ん中までと結構短い。が、膝上までのスパッツを穿いているため、足が丸出しになっているということはない。

「公共の場でいちゃつくとか駄目!」
「えっ……」

 いきなり注意されてしまった。

 個人的に、彼女とは話してみたいと思っていた。それだけに、彼女の方からやって来てくれるとは奇跡のような展開だ。それも、嬉しい奇跡である。

 ただ、彼女の顔つきは険しい。
 すぐに友達になれそうな雰囲気ではない。

「す、すみませんっ……」

 少女に注意され、即座に謝ったのはリゴール。彼は、すぐに立ち上がり、勢いよく頭を下げたのだった。

「そのっ……わたくしが勝手に絡んでいただけなのです……! エアリは悪くありませんっ……!」

 いやいや、いきなり「エアリ」なんて固有名詞を出したら混乱させてしまうでしょ?
 そう突っ込みたい気分になったが、その言葉は飲み込んだ。

「ふぅん。庇うんだ」

 唇を尖らせながら、訝しむような視線をリゴールへ向ける。

「……貴女、少し不躾ですよ。庇うも何も、エアリは悪いことは何もしていません」
「よく言うね。こんなところで抱き締めあっておいてさ」
「抱き締めあって? まさか。わたくしが一方的に抱きついただけです!」

 いや、堂々と言えることではないと思うのだが……。

「ま、どっちでもいいよ。ただ、今度からは人気ひとけのないところでやってよね!」

 きっぱり言い放ち、少女はくるりと進行方向を変える。

 せっかくの機会なのに。
 そう思った私は、半ば無意識のうちに発していた。

「待って!」

 少女は足を止め、振り返る。
 その可愛らしい顔には、驚きの色が満ちていた。

「何?」
「あ……その……」

 想定外の速やかな反応に、私はまともな言葉を返せない。
 彼女を引き留めたのは衝動的な行いであったため、実際に言葉を交わす心の準備はまだできていなかったのだ。

「ちょっと、何なの?」
「えと……貴女と話がしたいの!」

 私はすぐに立ち上がり、彼女の方へと駆け寄る。

「話? あたしと?」
「そうなの! 武芸大会での活躍、凄いと思っていたのよ!」

 今になって、ようやく、まともな言葉を発せるようになってきた。

「……見てくれてたの?」

 結果は二位だったが、戦いの華やかさでは一位だったと言っても過言ではないだろう。

「えぇ! 剣を振り回して戦う姿、凄くかっこよかったわ!」

 そう告げると、少女は急に頬を緩めた。

「本当に? ……そう言ってもらえたら、嬉しいな」

 それまでの彼女は、険しい表情をしていたため、気の強さが前面に出ていた。いかにも勇ましそう、という雰囲気をまとっていた。が、頬を緩めた途端、その雰囲気はガラッと変わった。今度は可愛らしさが溢れ出てきたのである。

「ありがと! 励みになるよ!」
「でも……惜しかったわね、二位だなんて」
「えへへ。最後の最後で負けちゃったんだよねー」

 少女はペロリと小さく舌を出す。
 いたずらをごまかす幼い女の子を彷彿とさせる、可憐な振る舞いだ。

 普通、それなりに年をとった女性が舌をペロリと出すような動作をすれば、奇妙な感じになってしまうだろう。だが、彼女がそれをする様子には、違和感なんてものは少しもなかった。違和感がないどころか、純粋に可愛らしいと思うことができる。

 一人思考を巡らしていると、彼女は突然手を差し出してきた。

「あたしリョウカ! クメ リョウカっていうの。よろしくね!」

 そうはっきりと名乗り、少女——リョウカは可愛らしく笑う。

 まさか自ら名乗ってくれるとは思っていなかったため、驚いた。が、名を問う時間を短縮できたのは幸運と言えるかもしれない。余計な時間を使わずに済んだから。

「クメ リョウカさん?」
「うん! そだよ!」
「何だか珍しい名前ね」
「そうだと思うよ。だってあたし、この国の人間じゃないから」

 リョウカは愛らしい顔に真夏の空のような爽やかな笑みを浮かべる。

「この国の人間じゃない? ……ってことは、まさか、ホワイトスターとかブラックスターとかの……!?」

 動揺を隠しきれぬまま、私はそんなことを言ってしまう。
 気軽に口にしてはならないことなのに。

「え? 何それ?」

 ポカーンと口を開けるリョウカ。

「あ……いいえ。今のは……何でもないわ、気にしないで」

 胸の前で開いた両手を振りながら、慌てて放つ。
 するとリョウカは、眉を困っている人ような位置へ動かし、呆れ笑い。

「もう、何なのー?」
「変よね。いきなり声をかけて、しかもこんなこと。ごめんなさい」

 呆れ笑いで済んでいるだけまだましだ。だが、その程度で済んでいるのは、リョウカが広い心の持ち主だから。もしリョウカが広くない心の持ち主であったなら——いや、平均的な心の持ち主であったとしても、呆れ笑いだけで済ませてはくれなかっただろう。

 今日出会ったばかりの相手が、何の前触れもなく知らない単語を吐き出せば、誰だって反応に困る。
 私とて、出会ったばかりの人がいきなり知らない単語をいくつも言い出したら、戸惑わずにはいられないだろうと、そう思う。

「べつに謝らなくていいよ! 悪いことをしたわけじゃないし!」
「……ありがとう」
「気にしないで!」

 そう言って、リョウカは笑う。

「それでさ! アナタは名前何ていうんだっけ? エアリだった?」

 お、既に知られている。

 一瞬「なぜ知っているの?」と訝しみそうになったが、リゴールが先ほど「エアリ」という単語を口から出していたことを思い出したため、訝しむ気持ちはすぐに消えた。

「えぇ。エアリ・フィールドよ、よろしく」
「よろしくね!」

 こうして、私とリョウカは握手を交わす。
 友情の始まりを告げる握手……であってほしい。

「エアリって呼ぶね! あたしのことはリョウカでいいから!」
「呼び捨て?」
「うん! その方が馴染める!」
「分かったわ」

 視線を重ね、笑い合う。
 リョウカの心と私の心の間の距離が、ぐっと縮まった気がした。

 ——その時。

「デスタン!」

 私の近くにいたリゴールが、唐突にそんなことを発した。

 彼がそう言ったのを聞き、視線を少しばかり動かす。
 すると、滑らかになびく藤色の髪が視界に入った。

 先ほどリゴールの体調不良に気づかず行ってしまったデスタンが、私たちの居場所を探し当てたようである。

Re: あなたの剣になりたい ( No.73 )
日時: 2019/08/23 14:41
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)

episode.70 剣を振らせてくれるなら

 リゴールは目を輝かせながらデスタンに駆け寄る。が、デスタンの目が捉えているのはリョウカ。

「貴女は確か……」

 突如現れたデスタンに静かに声をかけられたリョウカは、怪訝な顔をする。

「アナタ、誰?」
「私はデスタンと申します」
「エアリの知り合い?」
「はい。そのような感じです」

 デスタンの対応が丁寧だったからか、訝しむような色はあっという間にリョウカの顔から消えていった。

「そっか。あたし、クメ リョウカ! よろしくね」

 リョウカはデスタンに対しても馴れ馴れしい。彼女の頭には、躊躇などという文字は存在していないようである。

 そんな馴れ馴れしい態度を取られたデスタンだったが、彼がリョウカに対して嫌みを述べることはなかった。彼はただ、口元へほんの少し笑みを浮かべて「こちらこそ」と返すだけ。

 デスタンのことだから、きっと嫌みの一つでも言い出すだろう——私はそう思っていたのだが、案外そんなことはなかった。

「リョウカさん、貴女は確か、先ほど二位になられた方でしたね」
「そうだけど」
「ちょうど良かった。貴女にお願いしたいことがあったのです」

 デスタンの発言に暫し戸惑いを隠せていなかったリョウカ。しかし、しばらく時間が経ってから、「お願いって?」と尋ねる。問いに対し、デスタンは、穏やかな表情のまま「できれば、お力を貸していただきたいのです」と答えた。

 私は武芸大会中、ずっと、リョウカの華麗な動作に心を奪われていた。

 が、まさかデスタンも彼女に目をつけていたとは。
 驚きだ。

 武芸大会が終了した直後、彼は特に何も言っていなかった。そのため、これといった良い人材は見つからなかったのかな、と思っていたのだが。

「それは、あたしを雇いたいってこと?」
「はい。そうなりますね」

 リョウカの問いに、デスタンは頷く。

「べつに、それでもいいよ! どうせ今から仕事探すつもりだったし!」
「構いませんか」
「うん! ただ、お代はちゃーんと払ってよね?」

 デスタンは目を細め、リョウカから視線を逸らす。
 何か考えているような目だ。

 いきなり曇った表情になったデスタンに向けて、リョウカは言い放つ。

「ちょっとちょっと! 何なの? まさか、払うお金がないとか?」

 だがデスタンはすぐには言葉を返さない。考え込んでいるような顔をしたまま、黙っている。何か思考しているのだろうか。

「何なのよ!? 気になることが分からないっていうの、一番モヤモヤする!」

 橙色の短い髪を揺らしながら、リョウカは鋭く発する。
 モヤモヤがイライラに変化しつつあるようだ。

 その間、私とリゴールはというと、目の前で繰り広げられているやり取りを眺め続けることだけしかできなかった。片方は喚いているし、片方は無言。そんな奇妙な状態のところへ口を挟めるほど勇気がある私たちではなかったのだ。

 ——それからだいぶ経って。

「分かりました、お支払いします」

 ついに、デスタンが口を開いた。

「そんなこと!? そんなことをあんなに考え込んでいたの!?」
「はい。お金をどこから出すか考えていたのです」

 放たれたその言葉に、リョウカは豪快に驚く。

「アナタたち、貧乏なの!?」

 彼女は驚きを隠す気など更々ないようで、目を見開き、口をぽかんと開いている。
 ただ、顔そのものが可愛らしいため、個々のパーツを大きく変化させても可愛らしさは消えない。多少崩れたくらいで消え失せる愛らしさではないのだ。

「貧しいとまではいっていないかもしれませんが、豊かとも言えません」

 デスタンは淡々とした調子で答えた。

 彼の表現は正しい。
 そう言って間違いないだろう。

 私たちは決して、貧しい暮らしをしているわけではない。住む家も、食べる物も、着る服も、すべて持っている。そんな暮らしをしておいて「貧しい」などと言うのは、間違いだ。

 しかし、だからといって「豊かだ」と言うのは、少し違っている気がする。
 貧しくはないが、お金をどんどん払えるほど豊かでもない。

「ふぅん。そう。ま、お代はちょっとでいいよ。……で、あたしは何をすればいいの?」

 リョウカは両手で前髪のピンを直しつつ、さらりと問う。

「護衛及び剣の指導をお願いしたいと考えています。しかし、無理そうでしたらどちらかだけでも構いません」

 デスタンの言葉に、ニパッと笑うリョウカ。

「剣! いいね、それ!」
「両方頼んで構いませんか」
「うん! 剣をいっぱい振らせてくれるなら、お代は少なくてもいいよ!」

 リョウカは段々やる気になってきたようだ。
 少女ながら凄腕の彼女に剣を習えるなら、それに越したことはない。レベルの高い者から教わった方が、成長できるだろうから。

「それでは、よろしくお願いします」

 デスタンは右手を左胸に添えつつ、腰から曲げて、ゆっくりとお辞儀をする。丁寧なお辞儀をされたリョウカは、慌てて、ペコペコと何度か会釈を繰り返していた。


 その後、私たちは、荷物をまとめたリョウカと合流。爽やかな空の下、屋敷へ帰る馬車へ向かうべく移動を始める。

 道を歩いている途中、ふと思う。
 空気がいつもと違うな、と。

 溌剌としたリョウカが近くにいてくれているからか、私たちを包む空気がいつもより明るい雰囲気な気がするのだ。

 もちろん、これまでが暗かったわけではない。リゴールは明るく振る舞ってくれていたし、重苦しいなぁ、と感じたことはない。

 けれど、今は、「いつもより明るい感じがするなぁ」と思う。

 不思議なことだ。
 一人増えただけで、こんなにも空気が変わるなんて。

「上手く協力者を見つけられて良かったですね、エアリ」

 砂利道を歩いていると、リゴールが話かけてきた。

「リゴール、体調はもう大丈夫?」
「はい。回復しました」
「なら良かった。安心したわ」
「ありがとうございます」

 人込みで体調を崩した時にはどうなることかと思ったが——そのおかげでリョウカと知り合いになれたのだから、結果的には幸運であったと言えるだろう。

「まもなく馬車が待機している場所へ着きます」

 先頭を歩くデスタンが述べた、ちょうどその時、馬車の姿が見えてきた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.74 )
日時: 2019/08/24 21:37
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4mXaqJWJ)

episode.71 王への誓い

 ブラックスター首都、ナイトメシア城。

 その最上階に位置する王の間、そこへ繋がる扉の前に佇むのは一人の少年——耳の下まで伸びるダークブルーの髪が見る者に中性的な印象を与える、トランだ。

「ちょっとー。まだ開かないのかな?」

 黒い鋼鉄製の扉の両脇には、甲冑に身を包み長い槍を持った屈強そうな兵士が二人待機している。トランが不満げに声をかけている相手は、彼らだ。

 トランはブラックスター王からの呼び出しを受け、珍しいことに驚きながら、ここへ駆けつけた。しかし、王の間へ続く扉は開きそうな気配がちっともなく、既にかなりの時間待たされている。トランは、意味もなく待たされるのが嫌で嫌で仕方がないのだ。

「ちょっと、そこの兵士さんー。まだー?」
「……しばらくお待ち下さい」

 兵士に、少しも感情のこもっていない言い方をされ、トランは不満げに顔をしかめる。

「えぇー困るよ。ボクだって暇じゃないんだから」
「……もうしばらくお待ち下さい」
「面倒臭いなぁ、もう。こんなに準備できないなら、呼び出さないでほしかったよ」

 ぶつくさ言いつつ、トランは辺りをうろつく。

 冷ややかな空気が漂う廊下には、いくつか高級な品が置かれている。いかにも高価そうな壺や食器、タンスなどである。

 ブラックスターに仕える者たちの間で広まっている噂によれば、それらの品は、すべてブラックスター王が趣味で集めた物だそうだ。

 その噂はトランも小耳に挟んだことがある。
 もっとも、高級な品などに興味がない彼からしてみれば「どうでもいい話」なのだが。

 無理矢理王の間へ押し入ることはできず、だからといって一旦扉の前から離れることもできず。時間を持て余してしまったトランは、廊下に展示されているさほど関心のない高級な品を眺めつつ、辺りを歩き回った。今の彼が時間を潰す方法は、それしかなかったのだ。

 ——それから、かなりの時間が過ぎて。

「トラン様。大変お待たせ致しました」

 王の間より、一人の男性が現れた。

「ん? やっと入れるのー?」
「はい。どうぞ」

 現れた男性も、兵士と同じで、淡々とした言葉の発し方をしている。その声からは、待たせたことを詫びる気持ちなど、微塵も感じられない。トランはそこに少し不満を抱いた。が、彼とて馬鹿ではないから、ここで文句を言ったところで何の意味もないことは理解している。

「ふふふ。ありがとー」

 だから、トランは笑みを浮かべた。

 不満の色を表に出すことはせず、王の間へと足を進める。


 王の間はすべてが黒い。漆黒のカーペットに鋼鉄の壁、そして、漂う空気は冷たく無機質だ。この部屋で生活するだけで誰でも陰気になりそうだ、というような、深い闇を感じさせる部屋。その一番奥に、四五段ほどの階段があり、それを上った先に王座がある。

 ブラックスターを統べる王は、そこに鎮座していた。

 細く縦に長い体を包むのは、黒いローブ。赤と暗い紫の光り輝く刺繍だけが、彼に、微かな色を与えている。しかし、その存在すらも掻き消してしまうような闇を、彼はまとっていた。

 トランは階段の上ることはせず、その直前で足を止めると、片膝を床につけて座る。

「お主は、トランか」

 黒い石で作られた王座に腰掛けているブラックスター王が、地鳴りのような低い声で述べる。
 その声は、人の声とはとても思えないようなものだった。

 ブラックスター王直属の軍に所属しているトランは、ブラックスター王の声に慣れている。それゆえ、人ならざる者のような声を耳にしても、動揺することはなかった。

 だが、もし今のトランの立場が他の者であったとしたら、恐怖を感じずにはいられなかったことだろう。

「はい。そうですー」
「お主は先日、グラネイトという男を処刑したと報告したな」

 トランは不思議そうな顔をしながら「はい」と発し頷く。

「だが。その後、地上界にて、やつの生体反応が確認されている。それはなぜか?」

 ブラックスター王は暗い瞳でトランを睨む。
 非常に静かな睨み方ではあったが、そこには、比較的強い心を持つトランをも戦慄させるような鋭さがあった。

「生体反応……? それは一体……どういうことですかー?」

 トランは平静を装っている。

 が、口元がかなり強張っている。
 本当は穏やかな精神状態でないのだろう。

「やつが生きているということだ」
「生きている……?」
「そうだ。それはつまり、お主はろくに確認もしないままやつを処理したと報告したと、そう捉えて問題ないのだな」

 トランの顔全体が徐々に強張ってゆく。
 額に浮かんだ汗の粒が、頬を伝って床へ落ちた。

「し、しかし……彼は確かにいなくなりましたよー……」
「死体を確認したか」
「い、いや……そこまではしていません、けど……」

 ぽつり。ぽつり。トランの顔から汗の粒が流れ落ちる。

「でも! あの矢の攻撃を避けきれるはずはありません……!」
「根拠は」
「……え?」
「避けきれない、その根拠は何だ」

 ブラックスター王に低い声で尋ねられるも、トランはきちんと答えられない。彼の脳には、王を納得させられるほどのきっちりとした根拠は存在していないのである。

「速やかに答えよ」
「…………」
「答えよ。それとも、答えられないとでも申すのか」

 トランは俯き、歯を食いしばる。

「……は、はい」

 日頃は自由奔放なトラン。しかし、ブラックスター王の前では、いつものような自由な振る舞いはまったくできていない。すっかり畏縮してしまっており、声も小さく自信なさげだ。

「愚か者め!!」

 ブラックスター王は突如声を荒らげた。
 低音が空気を激しく震わせる。

 トランは片膝をついて座ったまま、頭を下げ、弱々しく「申し訳ありません」と謝罪の言葉を口にする。しかし、一度爆発した王の怒りは、その程度の謝罪では収まらない。

「我が配下に無能は要らぬ! これまでずっと、そう言い続けてきたであろう!!」
「……申し訳ありません」
「口だけの謝罪など求めておらぬ! 詫びる気持ちは成果で示せ!!」

 躊躇いなく怒りを露わにするブラックスター王に対し、トランは誓う。

「……承知しました。では、グラネイト……生きているやもしれないやつを見つけ出し、今度こそ必ず……命を奪って参ります」

Re: あなたの剣になりたい ( No.75 )
日時: 2019/08/25 18:08
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oKgfAMd9)

episode.72 二人の王子が在った時代

 王の間を出たトランは、はぁ、と大きな溜め息をつく。
 羽織っている上着のポケットに両手を突っ込みながら。

「まったくもう……面倒だなぁ……」

 甲冑を身にまとった兵士、王に仕える使用人——廊下では幾人もの知り合いとすれ違う。しかしトランは、彼らに話しかけることはしなかった。ブラックスター王に大声を出された直後で、意味もなく誰かと話す気分にはなれなかったのである。

 廊下の両側、やや高い位置にある小さな窓からは、外が見える。
 ガラスの向こうにはブラックスター特有の赤い空が広がっている。

 だが、今のトランは、空を眺める気にはなれず。それゆえ、床だけを見て歩いていた。

 ——と、その時。

 誰かとぶつかってしまった。

「あ、ごめんー」

 トランは、下を向いていたがために前をまったく見ていなかったことを悔やみつつ、顔を持ち上げる。
 目の前に立っていたのは、銀の髪の女性——ウェスタだった。

「……気をつけて」

 ウェスタは紅の瞳でほんの少しの間だけトランを見、静かな調子で言う。彼女はなぜか、妙に分厚く大きな本を抱えている。

「あぁ、君だったんだねー。何していたんだい?」

 トランが問うと、ウェスタは目を伏せる。

「……何も」
「じゃあ、その本は何の本なんだい?」
「……ただの勉強」

 子どもでもないのに大きな本で勉強なんて、と、トランは一瞬笑いそうになってしまった。しかし、このタイミングで彼女を笑うのは良くないと思い、笑いを堪えて放つ。

「勉強かぁ。面白いことをしてるねー」

 トランは楽しげな口調で述べる。が、ウェスタの表情は一切動かない。しかしトランは、諦めず話しかけ続ける。

「もし良かったら、どんな勉強をしたのか教えてくれないかなー?」
「……断る」
「えぇー。即答ー?」
「無関係な者に……話すようなことではない」

 ウェスタは整った顔に不快そうな表情を浮かべながら、止めていた足を再び動かし始める。そんな彼女の、背中に垂れた銀の三つ編みを、トランは突然掴んだ。

「……っ!?」
「ちょっと待ってよー」

 ウェスタとトランの視線が重なる。

「何を調べてたのかくらい、教えてくれても良くない?」
「……なぜそこまで気にする」

 冷ややかに放つウェスタ。
 それに対し、トランは口角を持ち上げて返す。

「なぜかって? それはもちろん……反逆心を抱いていないか確認するためだよ」

 トランの口から飛び出した言葉に、ウェスタは眉をひそめる。

「……反逆心。そんなものを抱いていると疑っているの……?」
「ま! 冗談だけどねー!」
「……面白くない冗談は止めて」

 真剣なウェスタは、ヘラヘラしているトランに少しばかり腹を立てているようだった。

「厳しいなぁ。……で、勉強の成果は? ふふふ。聞いてもいいかなー?」

 トランに楽しげな調子で問われたウェスタは、銀の長い睫毛に彩られた目を細め、「迷惑だから寄らないで」ときっぱり返す。

 だがトランは食い下がる。
 執拗に「頼むよー」などと言い続けた。

 無論、そこに深い意味などない。ただの気まぐれである。

 ——しかし、その二三分後。

 あまりに執拗に頼まれるものだから面倒臭くなったのか、ウェスタはついに、首を縦に振った。

 今回は、トランの粘り勝ち、と言えるかもしれない。


 ウェスタとトランがたどり着いたのは、城の四階の一部に設けられているフリースペース。

 壁のない開放的な空間に、横に長いテーブルと椅子が並べられただけの、これといった特徴のない場所だ。一二年ほど前に、城に勤めている者が少しでも快適に働けるようにと作られた。が、実際にはあまり誰も使用しておらず、人は常に少ない。

「ここで話してくれるのー?」
「そう……ここは静かでいい」
「なるほどねー。ふふふ」

 二人は椅子に腰掛ける。
 ちなみに、隣同士。

 辺りに人は誰もおらず、静かな空気が流れていた。
 ウェスタは抱えていた分厚い本をテーブルに置くと、そこそこ厚みのある、高級感漂う表紙をめくる。

 そして、数秒開けて話し出す。

「……書かれているのは、ブラックスターの始まり」

 トランは戸惑ったように目をぱちぱちさせる。

「……その昔、魔法を使うことのできた一族は、魔の者と差別を受け、地上界を離れた……そして開かれたのが、ホワイトスター」

 本に印刷された文字を指で辿りつつ、ウェスタは述べる。

「魔法の園と呼ばれたその世界は、長らく平穏であった……が、やがて、その中でも格差が生まれてくる。そして、虐げられる側になった者たちは……魔法を応用した邪術に手を染めた……」

 最初こそ話についていけずにいたトランだったが、徐々に、ウェスタが発する言葉に引き込まれていく。

「それからまた時は流れ……ホワイトスターに二人の王子が在った時代」

 トランは時折目元を擦りながらも、ウェスタの言葉に耳を傾ける。

「二人の王子は同じ踊り子に恋をし、先にそれを言ったのは下の王子の方……が、踊り子を妻としたのは、後から名乗りをあげた上の王子であった」

 ウェスタがそこまで言った瞬間、トランは「えぇっ!?」と叫んだ。

 すぐ隣で大声を出されたことに驚いたような顔をしたウェスタだったが、それも束の間、すぐにいつも通りの静かな表情へ戻る。

 そして、続ける。

「かくして、夫婦となった踊り子と上の王子は……幸せに暮らし、子も儲けたが……兄へ憎しみを募らせた下の王子は、邪術使いたちに惹かれ、徐々に闇へ堕ちてゆく。そして……やがて下の王子は、ホワイトスターから離反。ブラックスターを築き上げた……いつの日か復讐するという思いを、胸に秘めたまま」

 そこまで読み終えると、ウェスタは顔を微かに俯け、目を伏せる。赤い瞳を、銀の睫毛がそっと覆い隠した。

「んー? どうしたのー?」
「……いいえ。ただ、既に学んだのはここまで」
「えー。もう終わり?」

 トランは冗談混じりに言う。
 それに対し、ウェスタは冷たく返す。

「そう……終わり」

Re: あなたの剣になりたい ( No.76 )
日時: 2019/08/25 18:09
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oKgfAMd9)

episode.73 変に緊張してしまって

 クレアの武芸大会にて知り合ったリョウカが私たちの味方になってくれてから、早いもので、もう二週間が過ぎた。

 明るく快活な彼女は、私の母親エトーリアやバッサら使用人たちとも、すっかり馴染んでいる。やって来て二週間とはとても思えないような、自然な暮らしぶりだ。


 そして私はというと、日々剣の訓練に勤しんでいる。

「そう! そんな感じ!」

 屋敷の片隅で毎日行われる、剣の訓練。それを受けているのは、私一人だけ。

 リョウカの指導は厳しくも楽しいのだが、リゴールに会うこともあまりできず木製の剣を振り続けるだけというのは、少し寂しさも感じる。

「疲れたわ、リョウカ。まだ素振りを続けるの?」

 木の剣の柄を片手で握りつつ、私は問う。
 それに対しリョウカは、はっきりと「もちろん!」と答えた。

「もう疲れたわ……」
「いい? 何事も基礎が大事なんだよ。正しい姿勢と正しい動作が勝利を呼び込むから!」

 もう何十回素振りしただろう?
 いや、何百回単位だろうか?

 ……回数は何でもいい。

 が、同じ動作を繰り返し過ぎて、さすがに肩が痛くなってきた。

 やる気がないわけではない。少しでも戦えるようになろうという思いは、確かなもの。少々辛いことがあったくらいで揺らぐような、弱い思いでもない。

 だが、体力というものには限界があって。
 訓練を永遠と続けるということは、容易いことではない。

 そんなことを考えていると、まるで私の思考を読んだかのように、リョウカは言葉をかけてくる。

「ま。けど、そろそろ一旦休憩してもいいかもね」
「本当!?」
「……凄く嬉しそうだね」
「あっ……ごめんなさい。つい……」

 休憩の言葉に喜んでしまったことを謝罪すると、リョウカはその健康的な面に明るい笑みを浮かべる。そして「いいよ! 休憩しよ!」と言ってくれた。


 床に腰をつけ、リョウカと二人休憩する。無論、剣の訓練をしている部屋で、である。

「エアリ疲れた顔してるね!」
「えぇ……。もうぐったりだわ」

 訓練慣れしているリョウカは、少々のことでは疲れないのかもしれない。けれど、ほぼ素人であった私にとっては、彼女が提示する訓練内容はかなりきついものがある。

「素振りだけで音を上げてるようじゃ、強くなれないよ!」
「リョウカは凄いわね」
「えぇー!? 何その言い方!?」

 言い方が悪かっただろうか。
 私はただ、純粋に、感心したということを伝えようとしただけなのだが。

「変な意味じゃないわ」
「そうなの?」
「そうよ。凄いって思ったから、そう言ったの」

 すると、リョウカは急に頬を緩めた。
 いつもの引き締まった表情とは真逆の、だらしない顔つきになってしまっている。彼女もこんな顔をするのか、というような、力の抜けた顔つきだ。

「えへへ。そう言われたら嬉しいー」

 本当に嬉しそうな顔をしている。

「そうだ。もし良かったら、リョウカのこと、ちょっと聞かせてくれない?」
「え? 何ー?」
「リョウカがどうやって育ってきたのか、少し気になって」

 さすがにいきなり踏み込み過ぎだろうか——そういった不安がなかったわけではない。詮索していると思われたり、気を悪くさせてしまったら大変だな、という思いもあって。

 だが、それらはすべて杞憂で済んだ。

「もちろん! いいよ!」
「構わないの?」
「うん! だってあたし、他人に言えないような生き方はしてきてないもん!」


 その晩、私はリゴールと話す時間を得た。

「お邪魔して良かったのでしょうか……?」

 私の部屋へやって来たリゴールは、身を縮め、気まずそうな顔をしている。また、少し緊張しているようにも見える。久々の二人きりだからだろうか。

「良くないわけがないじゃない。私が誘ったんだもの」
「ありがとうございます、エアリ。しかし……やはり少し、緊張してしまいます……」

 リゴールは口角をぐいと持ち上げる。無理に笑顔を作ろうとしているようだ。だが、そんな笑みには違和感しかない。

 もっとも、違和感を覚えるのは、彼の本来の笑顔を知っているからであって、悪いことではないのだが。

「緊張なんてしなくていいのよ」
「それは……そうです、その通りです。しかし、どうも……」
「どうも?」
「二人というのがしっくりきません……」

 そう述べるリゴールは、先ほどからずっと落ち着きがない。周囲を見渡したり、数歩移動してみたりを、さりげなく繰り返し続けている。

 私は、「デスタンさんも呼んだ方が良かったかしら」と、ぽつりと漏らす。すると、リゴールは目をぱちぱちさせながら、首を素早く左右に動かした。

「い、いえ! エアリと二人で過ごせることは嬉しいのです!」

 かなり慌てているようで、妙に大きな声になってしまっている。

「ただ、少し、変に緊張してしまいまして! で、でも、どうかお気になさらず! わたくしの問題ですので!」

 リゴールはそう言って笑う。けれど、その笑みは歪。穏やかで真っ直ぐな笑顔ではない。こんなことを続けていては、リゴールの心にも良くない——そう思い、こちらから話を振ってみることにした。

「ところで、今日は何をしていたの?」

 どうでもいいようなことを話せば、気持ちも少しは楽になるだろう。

「え。わたくし、ですか」

 きょとんとした顔をするリゴール。

「私は今日も剣の練習だったけど、貴方は?」

 そう問うと、リゴールは「わたくしは、使用人の方から色々習っておりました」と答えた。

「……使用人と一緒にいたの?」

 思わず怪訝な顔をしてしまう。

「はい。あのバッサさんという方には、特に可愛がっていただきました」
「バッサと?」
「はい。掃除について教えていただいたのです」
「掃除!」

 確かにバッサは、昔から、家をいつも掃除してくれているが……べつに掃除の専門家というわけでもないだろうに。

「次の機会には、お茶の淹れ方でも教わろうと思っております」
「向上心があるのね」
「いえ、そんな立派なものではありません。ただ、お茶の一杯でも淹れられれば、少しは人の役に立てるかと思いまして」

 リゴールは、王子という身分であったにもかかわらず、この世界での暮らしに馴染むよう努力している。望んで訓練してもらっておきながら愚痴ばかり言っている私とは大違いだ、と思い、それと同時に、リゴールのことを尊敬した。

「貴方が淹れたお茶なら、いつか飲んでみたいわ」
「本当ですか!?」

 好物のお菓子を発見した子どものように、目を輝かせるリゴール。
 二人きりという状況による緊張は、もうすっかり消え去ったみたいだ。

「えぇ」
「エアリがそう言って下さるなら、美味しいお茶を淹れられるよう努力します!」

 リゴールはやる気に満ちた表情で拳を握り締めた。
 が、数秒で話を変えてくる。

「……と、わたくしはそんなところですが、エアリの方はどうでしたか?」


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