コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.132 )
日時: 2019/10/27 02:15
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)

episode.129 花の山と、雨降り

 日が落ちて、空の色が紫から紺へと変わりゆく頃、私とリゴールはエトーリアの屋敷の中へ入った。

「勝手に出ていって、暗くなるまで彷徨うろついてちゃ駄目よ。エアリ」

 屋敷に入ってすぐの場所で、エトーリアはそんなことを言ってきた。
 言葉や言い方は優しい。なのに、どことなく厳しい雰囲気がある。

「ごめん、母さん」
「何もなかったようだし、今回はもういいわ。けど、次は駄目よ」

 私たちに背中を向けていたエトーリアは、体をくるりと回転させ、私の方を向く。

「夜は危険だもの」

 エトーリアの言うことも間違ってはいないと思う。夜が危険というのは、ある意味、真実と言えるだろう。
 暗闇は私もそんなに好きではないから、エトーリアの言うことは、一応理解はできる。

「……それはそうね」
「分かったわね?」
「え、えぇ……」

 私が言ってから十秒ほどが経って、エトーリアは、視線を私からリゴールへと移した。それも、単に視線を移しただけではない。直前までより目つきが厳しくなっている。

「リゴール王子」
「は、はい」

 唐突に名を呼ばれたリゴールは、緊張した面持ちで返事をし、真剣な顔つきのエトーリアをじっと見つめる。

「暗くなるまでエアリを連れ歩くのは止めてもらえるかしら」

 エトーリアははっきりと言った。
 彼女は一応『リゴール王子』と呼んではいるが、最早、リゴールを王子とは考えていない様子だった。

「……あ、はい。申し訳ありません。以後気をつけます」
「こんなことが続くようなら、出ていってもらうしかなくなるわよ」
「はい。……承知しております」


 その後、夕食を取って、解散になる。
 帰宅してから、既に二時間が過ぎていた。

「母さんはどうして、あんなことばかり言うのかしら」

 横に並んで自室へ戻りながら、リゴールに話しかけてみた。
 それに対し、リゴールはするりと答える。

「エアリのことを心配なさっているのだと思います」

 彼らしい控えめで柔らかな答えだ。私には絶対真似できない物言いである。

「そっとしておいてくれれば良いのに……」

 私は半ば無意識のうちに本音を漏らしてしまった。

 こんなことを言っていたら、普通、愚痴っぽい女と思われてしまいそうだ。でも、今はそれでもいい。気にしない。言いたいことは言える時に言っておかなければ、溜め込んで息苦しくなってしまう。だから、たまには吐き出しておかなくては。

 そんな心で愚痴を吐き出す私に、リゴールは苦笑いしながら言ってくる。

「エアリとお母様、よく似ているではないですか」
「え。どういう意味?」

 問うと、リゴールは畳んで持っていた灰色のフード付きコートを持ち直しながら、そっと答えてくれる。

「お母様はエアリの身を心配なさって、色々気にしていらっしゃいますよね。けど、エアリはエアリで、わたくしのことをいつも心配して下さっています。ですから、わたくしからすれば、エアリとお母様はよく似ていると思えて仕方がないのです」

 似ている——か。

 私とエトーリアは母娘。私の血の半分は、エトーリアの血。それゆえ、性格が似ているのも当然のことなのかもしれない。

 だが、複雑な心境だ。
 エトーリアとよく似ていると言われても、今はあまり嬉しくない。

「あ。部屋に着きましたね」
「……えぇ」
「エアリ? どうかしましたか?」

 リゴールに首を傾げられてしまった。少し、愛想ない接し方をし過ぎてしまったかもしれない。


 ◆


 白色の光が降り注ぐ夕暮れに、私はいた。

 地面に敷かれた石畳にも、周囲を見渡すと視界に入る建物にも、はっきりとした色はなく。それらは、まるで絵を描く前のキャンバスのように、穢れがない。

 どうしよう? と戸惑っていると、どこかから声が聞こえてきた。
 それも、何となく聞いたことがあるような気のする声。

 私は辺りを見回しながら少し歩いてみる——すると、建物の陰に少女が立っているのが見えた。

 それも、一人ではない。
 長い金髪の少女が二人だ。

 私は陰に隠れながら、二人の少女の話を盗み聞きする。

「王妃の命が狙われているって本当なの?」
「うん。そうみたい。詳しいことは分からないけど、踊り子たちの間で噂になってる」

 長い絹のような金髪、人形のような顔立ち。二人の少女は本当によく似ている——少し離れたところから眺めていても、そう感じられた。

「貴女も気をつけた方が良いわよ。情報を知っているからと狙われないように……」
「えー? エトーリアったら、心配し過ぎー」
「し過ぎであってくれればそれで良いわ。姉さんが生きていてくれれば、それだけで良いの」

 エトーリア。
 その言葉を聞き、目の前にいるのが私の母親なのだと初めて気づいた。

 茜色に染まり始めた空の下、私は耳を澄ます。

「もう。エトーリアったら。どうしてそんなに心配症なのー?」


 そこで、目の前に広がる世界が切り替わる。


 今度は草原だった。

 足下、大地からは、緑色の若々しい草が生えている。

 けれども、爽やかな草原ではない。

 果てしなく広がる空は、分厚い雲に覆われて灰色。涙のような雨は激しく降り注ぎ、強い風が吹き荒れて。
 そんな中、ずっと向こうに見えるのは、少女の背中と花の山。

 私はそちらに向かって駆け出す。

「……これは」

 少女の背中から十メートルも離れていない辺りにたどり着き、白い花の山を見下ろした時、私は愕然とした。

 ——花の隙間から、どことなくエトーリアに似た雰囲気の少女の姿が覗いていたから。

 私はさらに目を凝らす。
 すると、横たえられている少女の容姿が見えてきた。

 微かに波打った柔らかそうな金の髪は、腰くらいまで伸びている。また、睫毛は長く肌は滑らかで、美しい目鼻立ち。ただ、目鼻立ちが整いすぎているせいか、少々人間らしくない。少女の姿をした人形、といった感じの見た目である。

「……姉、さん」

 背中だけを見せ続けている少女が、突然ぽつりと呟いた。

 私は視線をそちらへ向ける。
 だが彼女は、振り返りはしなかった。

「ねぇ、貴女。少し構わないかしら。……何があったの?」

 背を見せ続けている少女に、私は質問してみた。
 だが、答えは返ってこない。

 よく見ると、彼女は大きな鞄を持っていた。革製で、そこそこ重そうな、横長の鞄。

「貴女……どこかへ行くの?」

 徐々に雨が強まる。
 それを合図にしたかのように、少女は歩き出す。

 彼女はやがて、雨の中へ消えた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.133 )
日時: 2019/10/27 02:17
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)

episode.130 脇に

 目が覚めると、ベッドの脇にエトーリアがいるのが見えた。驚き、私は飛び起きる。

「か、母さん!?」

 もしかして、また何かあったのだろうか。敵襲だろうか。そんなことを思いつつ、すぐ近くのエトーリアへ視線を向ける。

「何かあったの!?」

 エトーリアは、意外と、穏やかな顔をしていた。

「驚かせてしまったわね。ごめんなさい、エアリ」

 いきなり謝罪された私は、少しばかり申し訳ない気分になり、頭を左右に動かす。

「気にしないで。……ところで母さん、こんなところへ来て何をしているの?」
「エアリに会いたくなって」

 エトーリアの発言は、母親が娘にかける言葉とは思えないようなものだった。こういうことは普通、恋人なんかに言うものではないのだろうか。いちいち指摘するのは無粋かもしれないけれど、でも、違和感があることは確かだ。

「え。私に?」
「そう、そうなの。だって、エアリと過ごせる時間はあまりないじゃない」
「それはそうね」

 話しながら、ふと思う。

 ……エトーリアがベッドの脇にいたから、あんな夢を見たの?
 そんなことを。

 あれがエトーリアの影響を受けた夢だというのなら、夢の中にいたあの少女は、やはりエトーリアなのだろうか。

「じゃあ母さん、少し質問しても構わない?」

 容姿は似ていた。
 でも、あの少女が絶対にエトーリアだという保証はない。

 だから私は、取り敢えず本人に聞いてみようと思い立ったのである。

「良いわよ、エアリ」
「母さんのお姉さんは、ずっと前に亡くなったの?」

 私が問いを放った瞬間、エトーリアの顔が硬直する。
 その様子を見て、私は、「何かある」と確信した。

 前に姉の話になった時、エトーリアは何も教えてくれなかった。普通、すべては長くなるから無理だとしても、断片的にくらいなら教えてくれそうなものなのだが。

 そんなだから、何かあるのだろうなとは思っていた。

 話せないような——否、話したくないようなことがあるのだろうと、想像することは難しくなくて。

「エアリ……いきなりどうして?」
「夢をみたの」
「ゆ、夢?」
「えぇ。母さんによく似た、二人の女の子の夢」

 こちらから積極的に述べると、エトーリアは悲しげな目をした。

「……わたしの姉が踊り子をしていたってことは、前に話したわね」

 エトーリアの言葉に、私は頷く。

「姉はね、ホワイトスター王妃と知り合いだったの。踊り子同士だったからよ。……それで、ある時、王妃がブラックスターに命を狙われているという噂を聞いてきたの」

 ついに話し出すエトーリア。

「それからしばらくして、姉は殺されたわ」
「……そんな」

 既に生きていないのだろうと予想してはいたから、そこまで衝撃的ではなかったけれど。

「他にも何人もの踊り子たちが殺されていたから、姉だけじゃないわ。でも、姉がいなくなってしまったことは辛くて、耐えられなかった。だからわたしは、ホワイトスターから旅立つことにしたの」

 エトーリアは静かに語る。
 その瞳に浮かぶは、哀の色。

「ずっと遠い世界へ行ってしまえば、悲しみも忘れるかもしれないと思って……けど、そんなに上手くはいかなかったわ」

 親しかった姉を失った悲しみ。それを抱えながら一人生きてゆくことは、きっと、簡単なことではなかっただろう。そこにはきっと、言葉では形容し難いような痛みがあったはず。

 ……でも、もっと早く打ち明けてほしかった。

 その思いは消えない。

 贅沢を言ってはいけないと怒られるかもしれないけれど。

 エトーリアがホワイトスター出身であることを知らなかった父親が生きていた時に話せなかったというのは分かる。出身を明かすことでややこしいことになったら嫌だと考えるのは、分からなくもないから。

 でも、もう少し早く話してほしかったという気持ちは、まだ消えない。

「母さん……どうしてこれまで話してくれなかったの?」
「隠していたみたいになってごめんなさい、エアリ。エアリにだから言わなかったのではないの。わたし、辛いから、姉のことはあまり口にしたくなかったの」

 エトーリアは弱々しく述べた。

 もっと早く話してほしかった、なんて考えるのは無粋かもしれない——そう思わないこともない。

「話せばきっと、辛い記憶だって、少しは薄れるはずだわ」
「そうね……ごめんなさい、エアリ。本当は、もっと早く言うべきだったのね……」

 そして、沈黙が訪れる。
 真夜中の湖畔のごとき静けさ。突き刺すような静寂。そんな中では、ただ呼吸すること、それすら容易くない。

 ——それから、かなりの時間が経って。

「わたしはもう、同じ悲劇を繰り返したくないわ」

 先に沈黙を破ったのは、エトーリアだった。

「だから、あの小さな村に貴女を任せていたの」
「……そうだったの?」

 それが、私があの村で育てられた理由だったのか。

「人が多い街だったら、ホワイトスターから出てきた人なんかに出会う可能性も、ゼロではないでしょう。けど、あの村なら、そんなことは起こらない。そう思っていたわ」

 返す言葉を見つけられない。
 そんな私に、エトーリアは悲しげに微笑みかける。

「けど、甘い考えだったわね。エアリはあの村にいたからこそ——リゴール王子に出会ってしまった」

 エトーリアの言い方は、まるで、私とリゴールが出会ったことが不幸だったかのような言い方だ。出会わなければ幸福であれたのに、と言いたいかのような口調。

「母さん。そんな言い方をしないで」
「わたしの選択が、貴女とリゴール王子を出会わせてしまったのよ……」
「そんなこと言わないで! 私は、あの村にいて良かったわ。だって、リゴールに会えたんだもの!」

 違う。
 悔やむようなことじゃない。

 私はただ、それを伝えたかった。エトーリアに、分かってほしかった。

 あの夜、リゴールと出会って。それから色々ありながらも段々親しくなれた。時には言い合いになったり、喧嘩になりかけたりすることはあっても、それでも最後はいつも笑い合えて。

 きっとそれは素晴らしいこと。

「エアリには……ホワイトスターのことなんて知らずに育ってほしかった……」

 ホワイトスターとの縁。
 それは彼女にとって、ある意味、一種の呪いなのかもしれない。

 幸せだった、戻らない過去。捨ててしまえればまだ楽になれるというのに、どこへ行っても執拗にこびりつく。もう二度と手にすることはできず、なのに完全に切り離すこともできない。

「母さん。私は、リゴールに会って、多くのことを学んだの。だから、彼との出会いは尊いものよ」

 一応発言してはみたが、正直、相応しいことを言えている自信がない。とんちんかんなことを言ってしまっている可能性が高い。

「それにね。ホワイトスターのことだって、知らないままより知っている方がずっと良いわ」
「……そう?」
「母さんの故郷のことだもの、知っている方が良いに決まってるわ」

Re: あなたの剣になりたい ( No.134 )
日時: 2019/10/27 02:18
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)

episode.131 手を取って

 その日から、私はまた、訓練を再開した。

 姉の死がエトーリアの心に傷を残しているということは分かった。また、そのことがあったからこそ私に関しても神経質になっているのだということは、容易く想像できる。

 エトーリアのためを思うのならば、リゴールとは縁を切るべきなのかもしれない。彼と、そしてホワイトスターとも縁を切り、エトーリアやバッサだけと関わって暮らしていく方が望ましいのかもしれない。そうすれば、エトーリアも、過去を思い出さずに済む。

 でも、私はその道を選ばなかった。

 もちろん、エトーリアの存在を軽く見ているわけではない。
 彼女がいたから今私が生きている——それは事実。だから、彼女のことを軽く見るなんて、できるはずがない。

 けれども、リゴールとの縁を断ち切るなんてことは、私にはできなかった。


 それから一週間ほどが経過した、ある日の午後。真剣な顔をしたリゴールが、私の部屋にやって来た。

「失礼します、エアリ」

 薄いクリーム色の、詰め襟の上衣を身にまとったリゴール。彼の表情は、いつになく真剣そのもので。

「リゴール。……どうしたの? こんな昼間に」

 何かあったのだろうか、と不安を抱きながらも、リゴールの海のように青い双眸をじっと見つめる。

「先ほど、ウェスタさんから連絡がありまして。何でも、ブラックスター王妃が向かってきているようだそうで」

 今のリゴールの声には、柔らかさがない。

「なので、わたくしはそこへ行きます」
「え。行くの……?」

 ブラックスター王妃は、リゴールの命を狙っているはず。そんな者の前に姿を現すなど、自殺行為だ。
 隠れているだけで生き残る可能性は上がるのだから、敢えて姿を晒す必要性なんて少しも感じられない。

「出ていくなんて危険よ。隠れていればいいんじゃない?」
「いえ。終わらせるためにも、行くのです」

 リゴールの少年のような顔には、真っ直ぐな決意の色が濃く浮かんでいた。
 顔立ち自体はいつもと変わらない。可愛らしさのある、あどけない少年の顔だ。けれど、まとっている雰囲気はいつもと少し違っている。

「……エアリも共に来てくれませんか?」
「え!?」

 リゴールの口から出た言葉に驚き、うっかり品のない刺々しい声を発してしまった。

「まずは説得を試みるつもりです。しかし、ブラックスター王妃がその説得に速やかに応じてくれるかは分からないので、もしもの時にはエアリの力をお借りしたいのです」

 そう言って、リゴールは右手を差し出してくる。控えめな肉付きの手のひら。私は、それを取るか否か、少しばかり迷ってしまった。

 彼と共に生きると、彼の傍にいると、とうに決意したはずなのに。

 なぜリゴールの手を取ることを躊躇ってしまったのか、自分でもよく分からない。ただ、躊躇してしまったという事実があるだけだ。

 けれど、このままでは嘘つきになってしまう。
 だから私は、差し出された手をそっと握った。

 その時、手が差し出されてから、既に数十秒が経過していた。が、リゴールは時間の経過に怒ることはなく。いや、怒らないどころか、むしろ安堵の笑みをこぼしていた。

「……良かった」

 リゴールは、目を細め、鳥の羽のようなふんわりした笑みを浮かべながら、呟くように発する。

「ここのところ、わたくしのワガママで振り回してばかりで……気まずくなってしまい、申し訳ありませんでした」

 彼は丁寧に謝罪してきた。
 べつに、罪はないのに。

「気にしないで、リゴール」
「……ありがとうございます」

 リゴールの口から放たれる感謝の言葉。それは、私の胸をがっしり掴んで離さない。日頃滅多に見かけることのないような純真さに、心を奪われてしまう。

「嬉しいです!」

 彼と並んで歩く道を選んだら、待つのはきっと険しい道。恐らく、戦いを避けることはできないだろう。

 それでも歩もう、彼と共に。


 その日の夕方、まだ日が落ち始めていない時間帯に、私はリゴールと屋敷を出た。

 目的地は、屋敷から離れた自然の中。

 ちなみに、その場所を考え選んだのはリゴール自身。エトーリアの屋敷に被害が出てはならないということで、リゴールが、屋敷から離れた場所に決めたのだ。

 私は外出時によく着る黒いワンピースを着てきた。首元と輪を連ねたようなベルトが緑色なことくらいしか目立った特徴のない、比較的体に密着したデザインのワンピース。軽く膨らんだ肩回りなど、多少修繕しているため、新品には見えなくなってしまっている。が、着なれているから、このワンピースを着ておいた。

 もちろん、ペンダントも持ってきている。

「人のいないところで王妃と顔を合わせるなんて、危険じゃない?」
「それはそうですが……お母様に迷惑をかけるわけにはいきません」
「気にしなくて良いのよ」
「いえ。これ以上迷惑をかけては、追い出されてしまいそうですので」

 それはそうかも。
 最近のエトーリアは、リゴールに妙に厳しいものね。

「あ。もちろん、エアリが負傷しないように気をつけますよ。エアリが傍にいて下されば、わたくしの戦闘能力も二割増しくらいにはなりますから」

 二割増し、とは、何と曖昧な表現だろうか。戦闘能力が数値化されていない限り、二割増しなんて表現は、どこまでも曖昧な表現だ。

 そんな風に言葉を交わしているうちに、歩き出してから十五分ほどが経過していた。

「この辺りにしましょうか」

 辺りには、背の高い木々がたくさん生え、壁のように整然と並んでいる。木々には、生命を感じさせる深い緑の葉が、大量についている。その葉たちは、時折微かに吹く風に揺られ、ガサガサと音を立てていた。

「ここで王妃が来るのを待つの?」
「そうしようと思います」


 待つことしばらく。

 突如、木々の隙間の空間がぐにゃりと歪んだ。
 誰かの姿が見えたわけではないけれど、私は、それにすぐ気づくことができた。

 すぐ隣でしゃがみ込んでいたリゴールも気づいたようで、すっと立ち上がっていた。

「来た?」
「そうかもしれませんね……」

 緊張が空間を満たす。

「エアリは後ろにいて下さい」

 歪みは徐々に広がり、そこから体が現れる——そう、ブラックスター王妃の体が。

「んふふ……ここにいたのね……?」

 宙の歪みから現れた王妃は、以前とは違って、黒い衣装をまとっていた。

Re: あなたの剣になりたい ( No.135 )
日時: 2019/10/30 23:57
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CejVezoo)

episode.132 黒いベールの王妃

 現れた王妃は、黒いベールで唐紅の髪を隠していた。

 首には革製の黒いチョーカー。彼女の唇と同じように、しっとりとした艶がある。

 身にまとっている漆黒のドレスは、肩が大きく露出した大人っぽいデザイン。レース生地は硬そうながら肌に吸い付くようで、体のラインがくっきりと出ている。また、胸回りやウエスト、手首などには、金の糸で刺繍が施されている。それゆえ、シックな色みながら煌びやかな雰囲気に仕上がっていて。王妃という言葉の似合うドレスだ。

 そして、履いているのは夜の闇のような色をしたロングブーツ。膝までか太ももまでか、丈ははっきりとは分からない。ただ、不気味に輝く黒が、妙な色気を漂わせている。

「んふふ……今日こそ決着をつけましょう」

 王妃は右腕を前方へ伸ばす。すると、黒い鎌が現れた。現れた黒い鎌の柄は、王妃の右手にすんなり収まる。

「戦う気はありません!」

 リゴールが一歩前へ進み出る。

「このような戦いは無意味です。武器を下ろして下さい」

 相手は戦う気満々の王妃。けれども、リゴールは怯んでいない。彼は、本を取り出しもしないまま、堂々と王妃の前に立っている。

「武器を下ろせ? ……それは無理な願いね」

 うっすらと笑みを浮かべる王妃。

 こんなことを言ってはリゴールに失礼かもしれないが、普通に話して彼女を説得できるとはとても思えない。

 王妃はブラックスター王を盲信している。もはや、思考力はないも同然。そんな彼女が相手では、何を言っても効果はないだろう。
 すぐに暴力に走ったりしない。なるべく言葉で分かり合おうとする。それは、崇高な選択かもしれない。けれど、相手によっては、その選択が最善とは言えないこともあるのではないだろうか。

「わたくしは何もしません。ブラックスターの方々に手を出すつもりもありません。ですから、もう襲ってくるのは止めて下さい!」

 リゴールははっきりと告げる。
 だが、その言葉は、王妃には届かない。

「何を言っても……無駄よ!」

 王妃は鎌を手に、リゴールに迫る。

 私は剣を抜こうとした——が、それより先にリゴールは防御膜を張っていて。結果、振り下ろされた鎌を黄金の膜が防ぐ形になっていたのだった。

「戦いを続けても、こちらもそちらも損しかしません!」
「そんなことは関係ないのよ」

 王妃は冷ややかな声を発しつつ、さらに鎌を振る。だがリゴールもそう易々と殺られはしない。鎌による至近距離からの一撃を、リゴールはまたしても防御膜で防いだ。

「我らが王はホワイトスター王子を生かすなと仰せよ」
「発想が物騒なのです!」
「大人しくくたばりなさい」
「それはできません!」

 リゴールは体の前に張った黄金の膜で防御を継続している。が、王妃は諦めることなく、攻撃を仕掛け続けていて。彼女の攻めは、まだまだ終わりそうにない。

 しばらくして、王妃は一旦後ろへ下がる。
 それに合わせ、リゴールも一二歩後退。

 二人の間の距離が開く。

 時間ができたところを逃さず、リゴールは詰め襟の上衣から本を取り出す。そして、その本を開き、左手で持つ。

「説得は不可能なようですね」
「そう……んふふ。説得なんて、無意味よ……」

 王妃の言葉に、リゴールは目を伏せる。

「なら、申し訳ないですが撃退させていただきます」

 リゴールの声は真剣さに満ちていた。ただの脅しなどというものではないということは、少し聞けばすぐ分かる。

 だが王妃は、余裕の笑みを浮かべていた。

「んふふ……そう易々と撃退できると思わないことね」

 王妃は鎌を持っていない方の手を頭の高さにまで上げ、パチンと指を鳴らす。

 ——直後、王妃の前に得体の知れない生物が現れた。

 人間に似た二足歩行の生物で、背の高さは二メートルほど。頭部は坊主。肌はオリーブ色でごわごわしている。姿勢は猫背ぎみで、それゆえ、上に向かうに連れて大きくなっているように見えた。腕は私やリゴールの腕より数倍太く、ぱっと見ただけで筋肉がついていることが分かるような形をしている。

 そんな生物が三体も同時に現れたから、リゴールは愕然としていた。
 愕然とするのも無理はない。私だって、今、同じ思いだ。

「……さぁ、お行き」

 王妃が冷ややかに命じると、三体が一斉に動き出す。

 ターゲットは、リゴール。
 三体とも、リゴールを狙っている。

 太い腕を振り上げながら正面から接近してきた一体は、リゴールを捉えると、上げていた片腕を勢いよく振り下ろす。

 土煙が巻き起こる。
 だが、リゴールは飛び退いて回避していた。

「リゴール!」
「……問題ありません」

 声をかけると、彼は振り向いて返してくれる。
 その声には険しさがあり、余裕はあまりなさそうだった。

「私も戦うわ」
「構わないのですか?」
「もちろんよ」

 私は首にかけていたペンダントを握り、「剣!」と発する。すると、ペンダントは白い光を帯びて、剣へと形を変えた。

 そこへ、先ほど腕攻撃を仕掛けてきた個体が迫ってくる。

「任せて」

 私は剣の柄部分をしっかりと握り、躊躇いを払って、剣を振り抜く。
 白色の光が宙を駆け、生物を横向けに斬った。

 一撃目にしては上手くいった——けれど油断する暇はない。というのも、左右から残りの二体が迫ってきているのだ。

「エアリッ」
「……大丈夫!」

 両手で剣を持ち、その場で回転する。
 剣の刃を包む白い光が、回転によって円になり、近づこうとしてきていた生物二体を弾き飛ばした。

「それは何の技です!?」

 瞳を輝かせたリゴールが問いを放ってくる。

「あ、いや……」

 特に何の技ということはない。ただの思いつきだ。けれど、期待に瞳を輝かせて問われたら、ただの思いつきだなんて言いづらくなってしまう。がっかりされてしまいそうな気がして。

「何でもないの!」

 けれど、結局私は真実を述べた。
 嘘をついても何の意味もない、という結論に至ったからである。

 そして、改めて生物たちの方へ視線を向ける。少々可哀想な気もするが、残る二体も倒さなくてはならない。彼らが攻撃を仕掛けてくる以上、放っておくわけにはいかないのだ。

 だが、不思議なことに、二体は接近してこない。

 不気味に思い警戒していると、二体は、突如足を動かし始めた。歩くでも走るでもなく、その場で足を素早く動かす。前後左右、動かし、動かす。その様は奇妙としか言い様がない。

「何なの……?」

 徐々に土煙が巻き起こってくる。

 が、それ以外に変化はない。
 ただ少し視界が悪くなるだけ。

 どうやら攻撃ではなさそうだ。間接的な攻撃の可能性も考えたが、それもなさそう。となると、何か他の意図があるのだろう。しかし、現時点ではまだよく分からない。

Re: あなたの剣になりたい ( No.136 )
日時: 2019/10/30 23:58
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CejVezoo)

episode.133 ゼロ距離攻撃

 巻き起こる土煙が、視界を曇らせる。

 ——刹那、黒い影が見えた。

「っ……!?」

 土煙から現れたのは王妃。
 思った以上に接近されている。逃げる余裕はない。

 どうする!? と思っていた時、突如、背後から片手首を掴まれ、後方に向かって強く引かれた。

 何事かと驚き戸惑っていると、リゴールが目の前に現れる。
 直後、王妃の鎌と黄金の防御膜がぶつかり、ガキンと硬い音が響いた。

「リゴール!?」
「エアリ! 無理はなさらないで下さい!」

 鎌による攻撃を防がれた王妃は、一旦鎌を消す。そして、長い脚で蹴りを繰り出した。リゴールは咄嗟に片腕を体の前へ出し、蹴りを防ぐ。が、少しばかり顔をしかめていた。

「大丈夫!?」
「平気です。エアリは下がっていて下さい」
「そ、そうね。分かったわ」

 一応返しておいたけれど、はいはいと大人しく下がってなんていられない。
 私は護られるためにここへ来たわけではない。リゴールの力になるために、ここへ来たのだ。リゴールの足を引っ張るための私ではないのだから、なるべく護られず、戦いたい。

 でも……。

 瞬間、視界の端に生物が入った。

 私は剣を振り上げる。
 白い光が生物を切り裂く。

 剣が斬った生物は脱力し、その場で崩れ落ちた。

「よし!」

 つい叫んでしまった。

 一体倒したというだけで、それは誇るようなことではない。けれど、私にとっては大きなことで。だから、妙に大きな声を発してしまったのである。

 しかし、ほっとしている暇はなかった。
 というのも、反対側からもう一体が迫ってきたのだ。

 生物は接近してきながら、片腕を振り上げている。私は咄嗟にそちらへ視線を向け、横にした剣を胸の前へ出す。

 駆ける、衝撃。

 生物の腕を振り下ろす攻撃は、何げに凄まじい威力で。けれど、剣はその攻撃を何とか防いでくれた。

 だがすぐに次の攻撃が来る。

 腕を振り上げる生物。

 私は剣を上から下へ振る。
 縦向きに走る白色の輝き。それは見た目以上の鋭さを持っており、生物の太い片腕を傷つけた。

 さすがに、倒すには至らなかったけれど。
 ただ、生物の動きは確かに鈍った。直前までとは、キレがまったく違っている。

 ——これならいける!

 珍しく、前向きな思考が湧いてきた。

 その勢いに乗り、剣を水平に動かす。生物は筋肉の豊富そうな腕でそれを受け止めた。が、すぐに切り替え、さらなる攻撃を仕掛ける。

 とにかく攻めの姿勢を崩さない。そう心を決めて。

 勢いのままに剣を振りながら、数メートルほど離れたところにいるリゴールを一瞥する。

 彼は王妃と交戦していた。
 二人は互角の戦いを繰り広げている。両者共に一切後ろへ下がらない、激しい戦闘だ。

 リゴールには魔法がある。それゆえ、易々とやられる彼ではないはずだ。王妃は肉弾戦に切り替えているが、現に、リゴールは上手く捌けている。

 だから大丈夫。
 可能なら、そう思いたい。

 けれど私には無理だ。どうしても、心配で仕方がない。

 ならどうするか?

 簡単なこと。
 目の前の敵をさっさと倒して、援護しに行けば良い。

 ……いや、実際には、目の前の敵を倒すこと自体が大変なわけだが。

 でも、迷っていては始まらない。今の私がすべきことは一つ、目の前の生物を倒すこと。まずはそれを達成しなければ、リゴールの援護へ移れない。

 飛ぶように駆け寄ってくる生物。私は片足を伸ばし、生物の足に引っ掛ける。生物はつまづき、バランスを崩す。

「邪魔しないで!」

 生物がバランスを崩している隙に、剣を叩き込む。
 腕力があまりない私の一撃ではさほどダメージを与えられないかもと思ったが、案外そんなことはなく。縦に真っ二つにすることができた。

「ふぅ……」

 真っ二つになった生物は、地面に崩れ落ちる過程で、黒いもやになって消滅した。

 私はすぐに、進行方向を切り替える。
 リゴールの援護をしなければ。その一心で、リゴールと王妃が交戦している方へと向かう。

「エアリ!?」
「ここからは協力するわ」

 少し呼吸が乱れているけれど、問題ない。多少は動ける。

「し、しかし……」
「大丈夫。二人でなら勝てるわ」

 王妃は大きな一歩で後退。
 私たちと王妃の間の距離は広がる。

「んふふ……もう倒しちゃったのね……」

 余裕の笑みを浮かべる王妃は、どことなく憎たらしい。だが、同時に美しくもある。彼女は、羨ましいくらいの美貌を持っている。
 また、あれだけ動いたにもかかわらず呼吸が乱れていないところも、なかなか凄い。

「……ま、いいわ。こちらとしても……操るものがない方が動きやすいもの」

 王妃は唇にうっすらと笑みを浮かべたまま、高いヒールで大地を蹴る。そして急接近。狙いは恐らくリゴール。私狙いではなさそうな動き方だ。

 それに対し、リゴールは、金の光を発生させる。
 湧き出した光は、ものの数秒で、いくつもの球体へと形を変えた。

 リゴールは左腕を真っ直ぐに前へと伸ばす。

 すると、大量発生していた直径三センチほどの球体が、一斉に宙を駆けた。
 もちろん、王妃に向かって。

 だが、王妃は光の嵐を避けなかった。

 雨のように降り注ぐ黄金の球体を腕で払いながら、直進。リゴールに迫っていく。

 その光景を目にした私は焦る。しかし、その焦りは五秒もかからぬうちに消えた。王妃を迎え撃つリゴールが、驚くほど冷静な表情だったからだ。

 腰を捻り、蹴りを放つ王妃。

 リゴールは小さく張った膜で防御。
 何とか身を護れはしたリゴールだが、落ち着く暇はない。というのも、王妃が今度は拳による攻撃を仕掛けてきたのだ。

 だがその拳に焦っているのは私だけだったようで。
 リゴールは本を持っていない方の手で、王妃の手首を掴んだ。

「……参ります!」

 一瞬、青い瞳が煌めいたように見えた。

 その直後。
 リゴールが掴んでいた部分から、煌めく黄色い光が迸る。

 その光はあっという間に大きくなり、やがて、目を傷めかねないほどの強い光へと変化してゆく。

 私は思わず、瞼を閉じた。

 瞼を閉じていても感じるほどの眩しさだ。
 しばらくして、光が収まったと感じてから、私はゆっくりと瞼を開く。

 視界に、リゴールと王妃が入る——そして驚いた。

 王妃がまとっている衣服が、ところどころ、豪快に破れていたからである。

「どうです! ゼロ距離攻撃は!」

 リゴールは凛々しい顔つきで、勇ましく言い放つ。
 王子という身分に恥じない、凛とした態度。容姿自体は何も変わっていないのに、まとっている雰囲気はいつもとはかなり違っている。


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