コメディ・ライト小説(新)

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あなたの剣になりたい 【完結】
日時: 2020/01/24 19:10
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: zh8UTKy1)

初めまして。
あるいは、おはこんにちばんは。

四季と申します。
今作もお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします。


《あらすじ》

——思えば、それがすべての始まりだった。

親や使用人らと退屈ながら穏やかな日々を送っていた令嬢、エアリ・フィールド。
彼女はある夜、買い物を終え村へ帰る途中の森で、気を失っている見知らぬ少年リゴールと出会う。

だが、その時エアリはまだ知らない。

彼との邂逅が、己の人生に大きな変化をもたらすということを——。


美しかったホワイトスター。
憎しみに満ちるブラックスター。

そして、穏やかで平凡な地上界。

近くて遠い三つの世界。これは、そこに生きる人々の物語。

※シリアス要素があります。
※この作品は「小説家になろう」にて先行掲載しております。(完結済みです)


《目次》連載開始 2019.6.23

prologue >>01
episode >>02-31 >>34-205
epilogue >>206


《コメントありがとうございます!》
いろはうたさん

Re: あなたの剣になりたい ( No.117 )
日時: 2019/10/11 04:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

episode.114 凄惨な死か、穏やかなる死か

 リゴールの部屋の前へは、案外早く着いた。

 日頃のように呑気に歩いていれば、もう少し時間がかかったのだろう。だが、今日は走っていたから、予想以上に早く到着することができた。

「剣!」

 リゴールの部屋、その扉の前に着くや否や、発する。すると、手に持っていた銀色の円盤に星型の白い石が埋め込まれているペンダントが、白く輝き始め。十秒もかからぬうちに、剣へと姿を変えた。

 ちょうどその時、ブラックスター王妃が追いついてくる。

「んふふ……逃げても無駄よ。そう簡単に逃れることはできないわ」

 鎌の長い柄を右手で握り、左手を口元に添えながら、王妃はゆっくりと口角を持ち上げる。大人の余裕を感じさせる笑みは、どことなく不気味だ。

 でも、先ほどまでよりかは、ほんの少し心が軽い。
 なぜなら、今は剣が使えるからである。

 当然、剣が手にあるからといって王妃に確実に勝てるという保証はない。いや、それどころか、私が彼女を倒せる可能性は高くないかもしれない。

 だが、それでも、剣がある心強さは大きい。

 王妃を前にし、胸の鼓動は速まる。私はそれを抑えるよう意識しつつ、体の前で剣を構え、王妃を睨む。

「分かっているわ。けれど、こんなところで殺されるなんてごめんなのよ」
「んふふ……あなた、意外と身のほど知らずなのね。もう少し……利口と思っていたのだけれど」

 そう、私は賢くなんてない。
 勝ち目のない相手とでも戦おうとするほどに愚かな人間だ。

 けれど、命を狙われたらできる限りの抵抗をするのが、人間というものではないだろうか。私には、命を奪われそうになって抵抗しない者の方が、少し変わっていると感じられる。

「ま……でも構わないわ。んふふ……」

 王妃は笑いながら、直進してくる——そして、鎌が振り下ろされた。

 咄嗟に剣を振り、弾き返す。
 結構な衝撃が腕に走る。

 だが、そういうことは、リョウカとの訓練の中でも時々あった。それゆえ、さほど驚きはしない。

 そこから、もう一振り。
 しかし、そちらも何とか弾き返す。

 王妃は切り替えが早い。攻撃を弾かれてもそれほど気にせず、すぐに次の攻撃に移る。それは夢の時に見て記憶していたから、何とか反応することができた。

 王妃は一旦、二歩ほど後ろへ下がる。

「んふふ……良い動きをするじゃない……」

 体勢を立て直しつつ、王妃は、余裕に満ちた表情で褒めてくれた。

 でも、嬉しくない!
 ……いや、褒めてもらえたことは喜ばしいことではあるのだけれど。

 ただ、褒められても素直に喜びはできない私がいた。

 それにしても、初めて出会った時のウェスタといい、王妃といい、ブラックスターの女性はなぜ戦闘中に褒めてくれるのだろう。

 私からしてみれば、戦闘中に敵を褒めるなど、謎の行動でしかない。

 相手を認められるほど余裕があるということを、暗に示しているのだろうか?
 あるいは、実は褒める気などなくて、ただ馬鹿にしているだけなのだろうか?

 何にせよ、他人の心というのは分からないところが多過ぎる。

「褒められても、ちっとも嬉しくないわ」

 実際には「ちっとも」ということはないが。

「んふふ……そう? ブラックスター王妃に認められる人なんて、滅多にいないわよ……?」
「褒め言葉は求めていないわ」
「なら……何を求めているというのかしら」
「こんなこと、もう止めて! ……私が言いたいのはそれだけよ」

 彼女のことは嫌いではない。むしろ、人柄的には好みなくらいでもある。けれど、命を狙ってくるならば、戦わざるを得ない。

 だが、本当はそんなこと、望んでいないのだ。

 私はできるなら戦いたくない。生まれ育った世界は違っても、穏やかな関係でいられたら、それが一番良い。王子のリゴールとだって親しくなれたのだから、頑張れば、王妃とだって親しくなれるはずなのだ。

「殺し合う意味なんてないでしょ!? こんなこと、もう止めて!!」

 ここぞとばかりに言い放つ。
 すると、ほんの一瞬だけ王妃の表情が曇った。

 ——しかし、それも長くは続かず。

「無理な願いよ、それは」

 王妃の声が急激に冷たくなった。また、顔つきも、それまでとは大きく変わる。どことなく柔らかさのある色が滲んでいた顔が、刃のような鋭さを放つ顔へと変貌した。

「凄惨な死か、穏やかなる死か。んふふ……あなたが選べるのはそれだけ……」
「いいえ! そんな二択、どっちもごめんよ!」

 改めて剣を構える。
 見据えるは、王妃。

「そう……んふふ。やる気なのね?」
「本当はやりたくないけど、殺されるくらいなら戦うわ」
「いい覚悟ね……分かったわ」

 王妃はそう言って、鎌を、弧を描くように振ってくる。
 こちらはそれに、剣で対抗。

 火花が散る。

「貴女が退いてくれれば、こんな戦い必要ないのよ!」
「……いいえ、戦いは必要よ」

 王妃の鎌の扱いには、目を見張るものがあった。動きは速く、しかしながら狙いは正確。実力は、王妃の方が圧倒的に勝っている。

「んふふ……裕福に暮らしてきた人には分からないのかもしれないわね。けれど……戦いは必要。それは当然のことだわ」

 鎌を振る度、王妃の唐紅の髪がさらりと揺れる。
 その華やかな色みの髪は、闇の中ですら映える。

 右、左、右、右、左。
 上、下、下、上、下。

 王妃はあらゆるところから仕掛けてくる。それゆえ、攻撃を防ぐことで精一杯だ。反撃の隙は与えてもらえない。

「くっ……!」
「いつまで動けるかしらね? んふふ……」
「舐めないでちょうだい!」

 一応そう返しはするが、このままでは勝ちようがないというのもまた事実である。

 王妃の攻撃を防ぐことに必死では、勝利などできるわけがない。しかも、疲労で動きが遅れてきてしまえば、かなりの確率でやられる。
 何としても、反撃の隙を見つけなければ。

「んふふ……まさか。舐めてはいないわよ……?」

 王妃の表情は、いつの間にか元通り。
 唇に余裕の笑みを浮かべる、大人の女性らしい表情に戻っていた。

 まともにやり合っては勝てない——そう思った私は、いきなり、王妃の背中側の壁を指差して叫ぶ。

「あ! 変なのが!!」

 ほんの一瞬、王妃の視線が逸れる。

 そこを狙って踏み込む。
 そして、剣を振る。

 剣の先が王妃を捉えた。

 白銀の刃部分が、王妃の右腕を薙ぐ。腕を斬り落とすには至らなかったが、二の腕の辺りに一撃入れることができた。

 理想に最も近い形だ。

 これでいい。何も、腕を斬り落とすところまですることはないのだから。右腕の動きをほんの僅かにでも抑えることができたなら、それで十分だ。

「卑怯な……!」

 王妃の顔に焦りの色が浮かんだ。

 すかさずそこへ仕掛けていく。

 柄を両手でしっかりと握り、大きな一歩を踏み込む。そして、勢いよく振り上げる。そこからさらに、重力に従うようにして振り下ろす。

Re: あなたの剣になりたい ( No.118 )
日時: 2019/10/11 04:36
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

episode.115 温厚さはどこへやら

 白色の輝きをまとう剣を振り下ろした——が、鎌の柄で止められてしまう。

「あなた、案外卑怯ね……んふふ……」

 彼女が退散するところまで一気に追い込めるかと思ったが、世の中なかなか、そう上手くはいかないようで。さすがに押し切ることはできなかった。

 けれど、まだ最悪の展開ではない。
 一応少しはダメージを与えられているし、そのおかげか、王妃の鎌の動きはほんの僅かに鈍っている。

 とはいえ、いつまでもこんなことを続けるわけにはいかない。私の命は諦めて帰ってもらわなくては。

 ……でも、そんなことができる?

 私は、自分で自分に問いかける。

 そして私は私に答える。
 できるかどうかではなく、やらねばならないのだと。

「何とでも言えばいいわ。私は、生き延びるためなら、何だってするわ」

 心の迷いを振り払うように言い放つ。その発言は、一見王妃に向けた発言のようだが、本当は自身へ向けた言葉だったのかもしれない。

「んふふ……そう。どこまでも愚かね」
「愚か、ですって? まさか! 生き延びようとするのは、人間として当たり前のことじゃない」

 ブラックスターではそうではないのかもしれないが、少なくとも地上界ではそれが普通だ。日頃から意識しているか否かはともかく、人間誰しも、命を奪われそうになれば「生きたい」と思うものだろう。感謝しながらだとか、笑いながらだとか、そんな風にして命を奪われていく人間など、滅多に見かけない。

「いいえ。それは違うわ。……んふふ、良いかしら? 死とは……救済なの」

 王妃は話し始める。
 時間稼ぎか何かだろうか。

「誰にでも平等に訪れる救い……それは『死』だけよ」
「死が救い? そんな悲しいことを言わないで!」
「事実しかいっていないわ……んふふ。これが大人の世界なのよ……?」

 大人の世界?
 馬鹿なことを言わないでほしい。

 確かに私は、まだ、大人の世界のことは知らないけれど。でも、『死』を救済と肯定するような歪んだ空間が大人の世界だとは、とても思えない。そんなものが大人の世界なのなら、世界はもっと荒んでいるはず。

「貴女はどうして、そんな悲しいことを言うの。……過去に何かあったの? そうでないなら、そんな極端なことを言える理由が分からないわ」

 王妃は極端な思想を口から出す一方で、動きを止めている。攻撃を仕掛けてはこない。鎌も、先ほどから、少しも動かしていない。

 そこには何か意味があるように思えて。
 だからこそ、私は言う。

「もし何かあったなら……話だけでも聞くわ。私、多分、たいしたことはできない。でも、話を聞くことくらいはできるから」

 すると王妃はほんの少し寂しげな色を滲ませ、呆れたように、ふっと笑みをこぼす。

「そんなこと……何の意味もないわ」

 王妃は独り言のような呟きで返してきた。
 それはつまり、実は何かあるということで間違いないということなのだろうか。

 きっとそうだ。
 そうに違いない。

 何でもないのなら、話すことなどないのなら、「そんなこと何の意味もない」なんて意味深な言い方はしないはずだ。

「まぁいいわ……んふふ、今日はここまでにしましょう」

 ……ん?
 それは、私の命を奪うことを諦めて、去ってくれるということ?

 そういうことなら、とてもありがたいのだが。

「……殺す気がなくなったということ?」

 恐る恐る尋ねてみた。
 すると王妃は静かに返してくる。

「んふふ……今日のところは、よ」
「ということは、またいつかは襲いに来るということね」
「んふふ……それは、ヒ・ミ・ツ」

 秘密と言われるだけで複雑な心境になってしまうものだが、半分ふざけたような調子で言われたものだから、余計に何とも言えない気分になってしまった。

「じゃ」

 王妃の唇が動いた直後、彼女の姿は消え去った。
 私は一人、リゴールの部屋の前に取り残される。

 王妃の姿が完全に消えたことを確認するや否や、膝を折り、その場に座り込んでしまった。
 安堵の日差しを浴びて胸の内の氷が溶けたからだろう、恐らくは。

「は、はぁぁー……」

 夜の廊下に一人座り込み、最大級の溜め息をつくのだった。


 その晩は、左腕の怪我を自力で簡単に応急処置してから、ベッドで眠った。

 あんなことがあった後だから眠れないかも、と思っていたのだが、意外とそんなことはなく。逆にぐっすりと眠ることができた。王妃との戦いで激しく動いたからかもしれない。だとしたら皮肉なことだ。

 けれど、よく眠れるのは悪いことではない。


 翌朝、私は腕の傷のことをバッサに相談してみることにした。
 ブラックスター王妃に傷を負わされた、なんて、エトーリアには絶対言えないからだ。
 ということで、まず、朝一にバッサを呼びつけた。話す場所は私の部屋。自室で話せば、エトーリアには聞かれないはず。

「おはようございます、エアリお嬢様。朝からどうなさいました?」
「実は……昨夜怪我してしまって」

 そう告げると、バッサは首を傾げる。

「ベッドから転落なさって打ち身ですか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ではどのようなお怪我ですか?」

 私は寝巻きの白い左袖をめくる。
 露わになるのは、浅い傷。
 昨夜自力で手当てしておいたから問題はないだろうが、一応バッサにも確認しておいてほしくて。だから私は、バッサに傷を見せた。

「こ、これは! いかがなさったのです!?」

 傷を目にしたバッサは叫ぶ。

「実は、その……昨夜ちょっと襲われて」
「襲われ!?」
「それで、少し攻撃を受けてしまったの」
「攻撃を受け!?」

 バッサはいちいち叫びながら、目を皿のようにしている。

「敵が帰ってから、一応、自分で手当てはしてみたの。でも上手くできているか不安で。だからバッサに確認しようと思って、それで呼んだのよ」

 私はひとまず真実を話した。
 隠しても仕方ないから。

「エアリお嬢様! こういう場合は、もっと早く仰って下さい!」

 鋭い調子で言われてしまった。

「でも、わざわざ起こすのは悪くて……」
「そのような時のための住み込み使用人です! 躊躇わず起こして下さい!」
「ごめんなさい」
「次からは遠慮せず起こすようにして下さいよ!」

 今日のバッサは妙に厳しい物言いをする。いつものような温厚さは感じられない。

Re: あなたの剣になりたい ( No.119 )
日時: 2019/10/15 18:43
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AtgNBmF5)

episode.116 消毒液が染みる朝

 私は今、バッサに、傷の手当てしてもらっている。

「では消毒しますからね。染みるかもしれませんが、動かないで下さいよ」

 ベッドに腰掛ける私に、バッサは前もって注意してきた。その手には、消毒液に浸した脱脂綿をつまんだV字形の器具。

「じっとなさって下さいね」
「分かってるわ、バッサ」

 私はそう返したけれど。

「イタッ!」

 脱脂綿が左腕の傷に触れた瞬間、反射的に叫んでしまう。
 また、叫ぶと同時に、左腕を少々震わせてしまった。

 だが、こればかりは仕方ないだろう。何せ、反射的に動いてしまったのだから。意図的に動かしたわけではないから、仕方がないはずだ。

「じっとなさって下さいね?」
「イタタ……分かってるわ。でも、勝手に動いてしまったの。仕方ないのよ……」

 するとバッサは、呆れたように溜め息をつき、「そういうことなら仕方ありませんが」とぼやいていた。

「今後は、このようなことにならないよう、細心の注意を払って下さい」
「えぇ、分かっているわ。気をつける。だから、母さんには黙っていてちょうだいね」
「今回だけですよ」

 次にこんなことがあれば、バッサは黙っていてくれないかもしれない。彼女の反応を見て、そんな風に思った。

 けれど、今回は黙っていてくれる。
 ならそれでいい。

 このタイミングで、というのを避けられるのならば、それで十分。次のことは、最悪、その時に考えれば良いのだから。


 その日の昼食は、皆が食堂に集まった。
 私、リゴール、エトーリア。そしてリョウカも。デスタンはいないが、それ以外のメンバーは勢揃いしている。

 しかし、空間は静かだ。

 リゴールは小さく口を開け、スプーンでポタージュを飲んでいる。顔色を窺うようにエトーリアをちらちら見ているが、何かを発することはしない。

 一方エトーリアは、白くて丸く柔らかいパンを音もなく千切りながら、ぼんやりしている。考え事でもしているのか、視線が定まっていなかった。

 そんな中におかれ気まずい思いをしていると、リョウカが小声で話しかけてくる。

「ねぇねぇエアリ」

 場の雰囲気に気を遣っているのか、リョウカらしからぬ控えめな声だ。

「何だか妙に静かじゃない?」
「そ、そうかしら」

 咄嗟に気づいていないふりをしてしまった。

「だってほら、リゴールもエアリに話してきてないしっ」
「確かに……それもそうね」

 リョウカは恐らく、私たちの事情を何も知らないのだろう。だからこそこんなことを言ってきているに違いない。

 複雑な事情を敢えて説明することもないだろう——そう思い、私は気づいていなかったふりを続けることにした。

「エアリ、リゴールと何かあった?」

 リョウカは私の方へ、不安げな眼差しを向けてくる。

 心配してくれているのだろうか?
 だとしたら、少し申し訳ない気もするが。

「まさか。何もないわ」
「本当にー?」

 あ、怪しまれている……。

「えぇ、もちろん。本当よ。だって、そんな嘘をつく意味がないじゃない」

 嘘を隠すために嘘をつかなくてはならないなんて、何とも言えない心境だ。けれど、気づいていないふりをしていたとバレたら、今以上に気まずい空気になってしまいかねない。また、活発なリョウカのことだから、何を言い出すか分からない。そういうのは困る。

 ややこしいことになるのは避けたいから、申し訳ないけれど、ここで真実を打ち明けることはできないのだ。

「うん。ま、そうだよねっ。エアリが嘘つくわけないしっ」

 向日葵のような笑みを浮かべてくれているリョウカを見たら、少し胸が痛くなる。本当のことを話せなかった後ろめたさが、胸の奥を突き刺して。

「じゃあ、リゴールが大人しいのは体調不良か何かかなっ?」
「私には分からないわ……」
「何も聞いていないの?」
「えぇ。特に聞いていないわ」
「そっか」

 リョウカとの会話はそれで終わった。

 私はパンをかじりながら、気まずい空気に耐える。
 結局、その後誰かが話を振ってくることはなかった。


 さほど楽しくはない昼食だったけれど、エトーリアに何か言われるようなことはなかったし、良かった。そんな風に密かに安堵しながら、私は自室へと戻る。

 扉を開け、誰もいない自室の中へ——だが、そこは無人ではなかった。

「待っていたわよ……んふふ」

 いつも私が寝ているベッドに腰掛けていたのは、ブラックスター王妃。

 血のような色の髪と、豊満な肉体。そして、どことなく甘い香りを漂わせている。
 そんな彼女は、確かに、私の目の前に存在していた。

「え……」

 思わず漏らしてしまう。
 彼女が再び現れるとは、欠片も思っていなかったからだ。

 数日か数週間が経過してまた現れたというのなら、まだ分かる。完全に諦めてもらえたとは、こちらも思っていないから。けれど、昨夜戦ったばかりで今日のうちにまた現れるとは、理解できる範囲を超えていた。

「驚いてるって顔ね」
「……実際、驚いているわ」
「んふふ……正直だこと。嫌いじゃないわ」

 王妃はベッドからするりと立ち上がると、片手で赤いドレスの裾を簡単に整え、それからこちらへ歩み寄ってくる。

 彼女の体からは、得体の知れない圧力のようなものが発されている。そのせいで、距離が近づくにつれて後退したい衝動に駆られてしまうのだ。

 けれど私は、衝動に何とか抗おうとする。

「何しに来たのよ」

 強気なのは発する言葉だけ。
 けれど、その言葉は、この心をほんの少しだけ強くしてくれる。

「なぜ『死が救済である』と言うのか……昨夜、聞きたがっていたでしょう? だからね……んふふ。話しに来たの」

 王妃は右腕を伸ばし、私の背へと回す。
 一瞬かなり警戒したが、その手つきから攻撃の意図を感じることはなく。拍子抜け、という感じだった。

「どういうつもり」
「聞きたかったのではないの?」

 確かに「なぜそんなことを」と思った部分はあったけれど。でも、そんなことを話すためにわざわざやって来るなんて、理解できない。

「確かに、気になってはいたわ」
「そうよね……んふふ。少しばかり暗い話にはなってしまうかもしれないけれど……聞かせてあげるわ。ブラックスター王妃になる前の……日々のお話」

 王妃は私の背に片腕を伸ばしたまま、ベッドの方へと歩いていく。体に腕をしっかりと絡められているため、私は、王妃から離れることができなくて。仕方がないから、抵抗せず、流れに従うことにした。なぜなら、今の王妃からは殺気を感じなかったからだ。

Re: あなたの剣になりたい ( No.120 )
日時: 2019/10/15 18:44
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AtgNBmF5)

episode.117 我らが王を

 二人揃ってベッドに腰掛け、視線を重ねる。
 不思議な感覚だ、ブラックスターの王妃とこんな風に向かい合うことになるなんて。

 それに、不思議なのはそこだけではない。

 こうしていると、まるで母と娘であるかのように、真っ直ぐ見つめ合うことができる。

 ブラックスターはリゴールの命を狙っている。だから敵。そう認識しながらここまで来たけれど、今になって「本当に敵なのだろうか?」などという疑問を抱いてしまいそうになる。

 グラネイトは、ハイテンション過ぎてついていけないが、曲がったところのない純粋な人。
 ウェスタは、物静かで冷ややかなのに、時折とても優しい人。
 二人とも、敵として向かい合う時には恐ろしかったけれど、敵同士という枠がなくなった途端に善良な部分が見えてきて、嫌いではなくなった。

 だからもしかしたら、王妃にも、好意的に捉えられる部分があるかもしれない。

 今はそんなことを思ってしまう。

「生まれたのは、貧しい地区。親に捨てられ、親族はおらず、友人たちと路上暮らしをしていたわ」

 ゆっくりとした調子で語り始める王妃。
 その話は、いきなり、決して明るくはないものだった。

「悲惨ね……」

 思わず言ってしまった。
 言ってから、失礼なことを言ってしまった、と焦る。こんな小さなところで怒らせてしまったら、大惨事だ。

 だが、王妃は怒ったりはせず、むしろ笑みをこぼした。

「んふふ……直球な反応ね。嫌いじゃないわ」
「ごめんなさい」
「いいのよ、べつに。当然の反応だわ」

 当然の反応。
 上手く言葉にできないが、何だか寂しい表現だと思った。

「でも、ある時、友人たちは命を落としてしまった」
「命を? ……飢えか何か?」
「いいえ。皆で泥棒して、その途中で誤って殺されてしまったの」

 泥棒なんて、私にはよく分からない。盗むしかないほどに貧しくて、ということなのかもしれないが、いまいちイメージが湧かない。それは多分、罪を犯すほどの貧しさを経験したことがないからなのだろうが。

「そうだったのね」
「けれど、一人生き残ってしまって。ブラックスター王に初めて出会ったのは、その時よ……んふふ。不思議な出会いでしょう」

 それにしても不思議だ。

 今、私と彼女は、敵味方としてではなく言葉を交わしている。
 本当に、不思議でならない。

「友人を失い、自分も牢に入れられて、落ち込んだわ。そんな時、彼が声をかけてくれたの……直属軍に入らないかって」

 王妃は、淡々と、しかしどこか嬉しげに話す。

「もちろん……最初は入る気なんて欠片もなかったわ。皆が死んでしまったことに落ち込んでいたから……。けれど、彼は温かく励ましてくれた。その時にね、教えてもらったの。『死を悲しむことはない』とね」

 ——そう、話はそこへ至る。

「彼が言うには……『死は救済』なの。人は誰しも、生きている限り、悩み苦しむわ。人は体験したことのない『死』を恐れるけれど、本来それは恐れるようなことではなくて、この世と別れられることはつまり……人に与えられた唯一の救いなんだわ」

 それはあまりに抽象的で、私にはいまいちよく分からなかった。

 人は死を恐れる。
 そして、人は死に抗おうとする時にこそ最高の力を発揮する。

 ——なのに『死は救済』なの?

 救済から逃れるために、そんなにも必死になるのだとしたら、人は何て憐れな生き物なのだろう。

「んふふ……分かってくれるかしら?」
「ごめんなさい。ちょっと、よく分からないわ」

 私は正直に答えた。
 本当はもう少し理解を示した方が良かったのかもしれないが、心を偽るなんて高度なことは、私にはできなかったのだ。

「ま、そうよね……んふふ。無理もないわ」
「新鮮な捉え方だとは思うけれど」
「そうね。ブラックスターで育ったわけでないあなたには……理解できない部分もあるかもしれないわね」

 生まれ育ちが違えば、思考も思想も異なってくる。
 確かにそれは真実。
 だが、死に縋るほどに満ち足りていないのだとしたら、ブラックスターの環境には恐ろしいものがあると言わずにはいられない。

「ブラックスターはそんなに悲惨な状況なの? そんなことになっているのだとしたら、王様が何か手を打たなければならないのではないの?」

 率直な意見を言ってみた。
 刹那、王妃の顔つきが急変する。

「……我らが王を悪く言わないでちょうだい」

 声も急激に冷ややかになった。

「王は素晴らしいお方。皆の心を癒やすお言葉をお持ちよ。それを否定する者に……容赦はできないわ」

 ものの数秒で空気が変わってしまった。
 王を否定するような発言は、さすがに迂闊だったかもしれない。

 王妃は王のことを心から慕っている。そのことは知っていた。なのに私は、王を否定するようなことを言ってしまった。それは完全にミス。私は、犯してはならない過ちを犯してしまった。

「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
「あなたは可愛い娘こ。でも、我らが王を悪く言うというのなら……敵と見なすしかないわね……」

 感情のこもっていない声でそんなことを述べ、王妃はその場で立ち上がる。数秒後、右手に鎌が現れた。黒く光る、不気味な鎌が。

「っ……!」

 さらに数秒後、鎌の先が私の喉元へ突きつけられた。

 ひんやりとした感触。
 あまりに恐ろしく、背中を一筋の汗が伝う。

「歩み寄れるかもしれないと思ったけれど……それは勘違いだったようね。やはりこうなる結末しかありはしなかった……んふふ……」

 笑みさえ今は恐ろしい。

 怪物だ、彼女は。

 グラネイトやウェスタにも善良な部分があったように、王妃にも良いところはあるのではないかと、私は本気でそんなことを考えていた。けれど、それは違った。それはただ、私がそう信じたかっただけで。

 彼女は、グラネイトともウェスタとも違う。もちろんデスタンとも。

「こ、こんなこと! 止めて!」
「それはできないわ」

 王妃の耳に、私の制止は届かない。

「どうして急に……こんな危険なことをするのよ!」
「あなたは王を否定した。それは、許されることではないわ」

Re: あなたの剣になりたい ( No.121 )
日時: 2019/10/15 18:45
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: AtgNBmF5)

episode.118 平和的解決はもはや不可能

 鎌の先端が、喉元に触れる。
 ひんやりした不気味な感覚。感覚だけでゾッとしてしまうような、得体の知れない恐ろしさがあって。

「待って。こんなこと、無意味だわ。止めてちょうだい」
「残念ながら止められないのよ……ごめんなさい」

 言葉で止めてもらえれば、どんなに良いだろう。そう思い、最後の望みを託して止めるように言ってみた。

 けれど、望みは砕かれた。
 平和的解決はもはや不可能だ。

 背後はベッド。前には王妃。挟まれてしまい動けない状況に陥っている。つまり、どちらかを動かさなくては、ここから逃れられないのだ。

 ——やる!

 心を決め、蹴りを入れる。
 ほんの少しではあるが、王妃の体勢が崩れた。

 その隙に、すかさず逃れる。

「ちょこまかと……!」

 王妃の表情が急激に固くなる。彼女の顔から、余裕が完全に消えた。

 睨まれるのは少々恐ろしい。
 けれど、命を奪われるのに比べればずっとまし。

 私は生きたい。生き延びて、いろんなことを経験したい。だから諦められはしないのだ。たとえそれが救済であったとしても、私はそれを欲していない。

 私は扉に向かって走る。

「待ちなさい!」

 背後から聞こえる王妃の声。
 それに対し、私は、咄嗟に謝る言葉を発する。

「ごめんなさい、無理!」

 謝りつつも、足は止めない。

 どこへ行く? 誰に知らせる?

 そんなことを考えながら、駆ける。

 デスタンは今は戦力にならないから駄目。リゴールはより一層殺し合いになりそうだから駄目。エトーリアは論外。バッサも、巻き込みたくないから駄目。

 少し考えて、リョウカの部屋へ行ってみることに決めた。

 彼女が部屋にいる保証はない。それはつまり、彼女が部屋にいなかったら終わりということ。ある意味では、危険な賭けだ。


 もうまもなくリョウカの部屋に着く。

「リョウカ! いる!?」

 扉に鍵はかかっていなかった。だから私は、ノックもせず、その扉を開けた。
 ベッドはなく、敷き布団が床に直接敷かれている。二メートルほどの高さのタンスや椅子があるだけの、殺風景な部屋。

「エアリ!?」

 幸運なことに、リョウカは部屋にいた。

「リョウカ! 追われてるの、助けて!」
「お、追われてる!? 何それっ!?」

 ——その直後。

 バン! と大きな音を立てて、乱暴に扉が開いた。

「逃がさないわよ……?」

 長い柄の鎌を持った王妃が姿を現す。その表情は、冷ややかなまま。余裕のなさもそのままだ。

「ちょっ……エアリ、誰?」

 リョウカは怪訝な顔で尋ねてくる。
 少し困惑しているからか、いつもより声は小さい。

「リゴールを狙っている集団の一人なの」
「それって、敵ってこと?」
「そうなるわね」

 私がそう答えると、リョウカは壁に立て掛けていた刀を手に取る。

「じゃ、倒すんだね?」
「えぇ」
「オッケー」

 リョウカはウインク。
 それを見て、私は少しほっとする。

 味方が一人いるのといないのとでは、不安感に大きな差がある。敵と対峙している時の孤独ほど辛いものはないから、その辛さを和らげてくれる人の存在は、とてもありがたい。

 それが腕の立つ人なら、なおさら心強いというもの。

「エアリ、護身にはタンスの木刀使って」
「た、タンス?」
「そ。そこのタンスに、あたしが使ってる木刀あるから」
「わ……分かったわ」

 王妃が一歩迫ってくる。

 ほぼ同時に、リョウカが一歩前へ出る。

 私はリョウカの指示に従い、タンスに近づく。そして、その扉を開く。

 リョウカが言った通り、タンスの中には木刀が入っていた。しかも一本ではなく、三本だ。
 三本も入っているとは思わなかったから、驚き、少し戸惑ってしまった。

 けれど、呑気に戸惑っている暇はない。
 私はそのうちの一本をすぐに手に取った。

 ——その時。

 王妃とリョウカの戦いが突如始まる。

「邪魔者はすべて始末するわ……たとえ見知らぬ者であっても、ね。んふふ……」
「舐めないでよねっ」

 鎌と刀が交わり、甲高い接触音が空気を揺らす。それはあまりに刺々しく、恐怖すら感じるような音。優しさや柔らかさなど、欠片もない。

「リョウカ! 私も……」
「エアリはいいよっ! そこにいて!」

 王妃は柄の長さを活かした豪快な戦い方。対するリョウカは、王妃とは逆に、素早く細やかな戦闘スタイル。

 二人の戦い方は対照的。
 まさに真逆だ。

 しかし、強さ自体は互角といったところ。両者共に、負けはしないが勝ちにも行けないという、微妙な状況に陥ってしまっている。

「援護するわ!」

 そんな状況だからこそ、私は言った。
 一対一では互角でも、一対二になればリョウカが有利になるのではないかと、そう考えたからである。

「大丈夫っ! だから下がってて!」

 けれど、あっさり断られてしまった。
 私などは戦力のうちに含まれない弱さだということだろうか。足手まといにしかならない、と思われているのかもしれない。

 ……だとしたら、少し悔しい。

「本当に大丈夫なの?」
「うんっ。任せて!」

 王妃とリョウカの激しい攻防は続く。

 どちらも引かない。
 それゆえ前にも出られない。

 そんな進展のない戦いが続くのを、私はただ見守ることしかできなくて。それは正直、悔しいし苦しい。
 本当は私も力になりたいのだ。

 そんなことを考えつつ、王妃とリョウカの戦闘を見守っていると。

「とりゃっ!」

 リョウカが先に動いた。
 刀ではなく足を使い、王妃の手元に蹴りを入れたのだ。

「くっ……」

 鎌の柄は王妃の手からするりと抜けた。
 結果、王妃は鎌を手放すことになったのである。

「せい!」

 そこへ、リョウカは刀を降り下ろす。

 王妃は咄嗟に、胸の前で両腕を交差させる——そこへリョウカの斬撃が入った。

「んぐっ……」

 赤い飛沫が散る。
 顔を強張らせている王妃に向かって、リョウカは直進していく。もちろん、刀を持ったまま。

「たあっ!」

 リョウカは刀を槍のように構え、先端を王妃に向けて突き出す。
 刀は、王妃の胸へ命中した。

「く……はっ……」

 私は、二人から少し離れた場所で、王妃を凝視する。
 刀は確かに刺さっているが、だからといって油断はできない。王妃が怪しげな術を使う可能性もゼロではないから。


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